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第113話 Vampire Hunting ②
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──全てを虚無へと還す魔法。エストが持つ最強の魔法。あの白神の半身を消し飛ばした魔法。
言うまでもなく、直撃すれば、神でもなければ消し飛ばされる。
が、イアは全身に大火傷を負い、両腕と胴体の30%が消し飛ぶに留まる。
なぜか?
「詠唱したのは魔力消費を極限に抑えるため。虚無へと還す力は抑えて、純粋な魔法火力の比率を大きくした。なんでって、そうしないとキミは再生すらできなくなるからだよ」
イアは魔力を隠そうともしていなかった。もはや、この戦いに魔力隠密は不必要だと悟ったからだ。
傷の再生は遅かった。おそらく虚無へと還す魔法の影響だ。
だが、それでもなんとか片腕だけは再生させた。
「ははは。慢心だな。やはりお前も魔族か。ここで殺しておけばよかったと後悔することになるな」
イアは戦闘態勢に入っていた。そして喋りもしていた。リエサからの報告だと、カーテナに操られている時は喋ることも、表情を変えることもなかったらしい。
「⋯⋯ねぇ、今のキミの主人は誰? 誰の命令で私を殺そうとしているのかな?」
「私の主人? それは⋯⋯」
イアは言葉に詰まる。出てくるべき言葉が、どういうわけが出なかったからだ。居るはずなのに、名前も顔も出てこない。
「今の、私は⋯⋯。⋯⋯いや、そんなことどうでもいい。とにかく、お前は私に攻撃を仕掛けた。それ以上の、お前を殺す理由はあるか?」
「さあね」
やはり、今のイアに命令者は存在しない。
エストは一般攻撃魔術をいくつか放つ。イアはそれを回避しつつ、隙を見て反撃に同じ魔術を使う。
が、エストにそれは通用しない。光線は反射され、イアのところに返ってきた。
「エスト一級魔術師、固有魔力は反転。その反射防御魔術もその応用だな」
イアは自らの魔術をはたき落とした。
「ふーん。知ってたんだ」
今のイアの状態が何となく分かってきた。
拘束術式の影響でエストへの敵対行動を取ることに何の疑問も持たなくなっているが、それ以外の精神状態は普段と変わらない。つまり彼女は殆ど支配されていない状態に近い。
敵対者の無差別排除。何者かの味方になることも、何者かの命令を受けて戦うこともない。ただ、自己を守るためだけの状態。
(力を抑制し、精神を支配し、駒とする魔術を、そんな使い方すれば、そりゃイアでも抵抗できなくなるよ。抵抗すべきものがないんだから)
一先ず伏兵は居なさそうだ。あえてそうできる可能性があるから断定はできないが、そもそも最初の自己強化魔法の重ねがけの時に襲われなかった理由がない。
まずは小手調べだ。イアの魔術や戦闘スタイルを見極めるところから、エストは始める。
エストはなんてことのない、神聖属性の魔法を放つ。元の世界では吸血鬼には神聖属性魔法はよく効いたが、ここではどうだろうか。
「⋯⋯ほう」
イアはその神聖属性の魔法を素手で弾こうとしたが、すり抜けるようにして光線はイアに着弾した。
まず、攻撃が自身に通じたこと、そして魔力で防御したというのにダメージが貫通してきたことにイアは驚いた。
「私に攻撃を通すことができる程度にはやるようだな」
「無限階の時間遅延でしょ? 私からしてみれば厄介なものですらない」
エストは笑いながら、問題の解決策を披露する。
「狙ったのはキミじゃない。キミがいる場所だ。ね、簡単な話でしょ?」
光線はポインターのようなもの。
イアに光が通じているのは、彼女がそれを遅延対象にしていないから。
攻撃の正体は、座標指定型の属性爆散魔法。
それに気が付いたとしても、イアにはどうもできない。
言葉の応酬に意味はない。イアはエストを三百六十度囲むように魔術陣を展開。そして魔術光線を放つ。
まさか二度も同じことをするはずがない。当然のようにエストの反射防御は無意味となり、光線が彼女に迫る。
(防御魔術が相殺された?)
警戒していたエストは転移によってその場を離脱しつつ、防御を破られた原因を特定する。
中和。掻き消された。どうやって? それができるとすれば、心核結界ぐらいだ。
(⋯⋯そうか。心核結界。魔術の相殺効果)
心核結界にある効果の一つである魔術の相殺効果。より高度な心核結界が、勝負対象のそれを塗り潰すという法則。
心核結界は大魔術という種類に分類され、通常の魔術より上のレベル。
イアがやったのは、おそらく通常魔術の大魔術化だ。もっといえば、心核結界から相殺効果のみを抽出し、これを通常の魔術に適応した。
(とんだ離れ業だね。そして私よりイアのほうが魔力出力は大きい、と。コスパは最悪だろうけど⋯⋯)
エストはイアの魔力量を感知する。大雑把にしか分からないとは言え、魔力量の減少が見分けられないほどじゃない。
(確かに魔力消費は激しくなっている。けど、そもそも元が膨大だから関係ない。というか多いね。私より多いんだけど)
「何考え事をしている? そんなにお前も自動防御を突破されたことが信じられないか?」
「いいや。やり方は凄いけど、効率的じゃないね、って思っただけ」
最早、互いに自動防御魔術は意味を為さない。それでも解くことはないにしても、これに頼らない戦い方を強いられるようになった。
一般攻撃魔術が炸裂し合う。質も量もイアに軍配がある。
傍から見れば神話の魔術戦にも見えるだろうが、しかし、彼女たちからすれば威力調査に過ぎない。
(やっぱりね。魔術の撃ち合いじゃ私の方が不利。単純に練度で負けてる)
階級魔法と魔術は似ているが別物だ。ある程度までなら魔法の知識と技能で魔術を使うことはできるが、イアとの撃ち合いとなると、エストの練度不足が際立つ。
いつまでも有効打にならない魔術を使うつもりはない。なら得意で戦うほうがずっと有意義だ。それに小手調べは既に終えている。
「そろそろ本気でいくかな」
エストは魔術を解除する。魔術と魔法の併用は、無駄なリソースを割くことになるからだ。
彼女が扱う魔法に自動防御はないし、創ろうと思ったこともない。なぜならば必要なかったから。
変わった。イアはそれを直感した瞬間、魔術を詠唱していた。
「〈加速〉」
「スピードアップの魔術? 良い判断だね」
エストの姿が消える。そこに風が待っていた。彼女のスピードを目で追ったイアは、上を向く。
白の魔女は跳び上がり、イアに踵を落としてきた。イアは体を捻り回避。裏拳で反撃するも、そこにエストはいない。
白い魔法陣が消えるのを確認した。魔力感知の感度を上げ、エストの僅かに感じられる魔力を探す。
右側、下。槍のように突き上げられる足。それは見事にイアの顎を捉え、彼女は頭に衝撃を受ける。
回し蹴りの追撃をイアは躱すことができなかった。ならば受けるしかない、と、イアは腕で防御の姿勢を取る。
エストの長い足がイアの腕を粉砕しつつ、彼女を吹き飛ばす。
「ッ!」
イアは粉砕した腕を再生させつつ、羽ばたき体制を整える。即座、エストが迫り来る。これを迎撃するには魔術では遅い。イアは両手の鉤爪を振り払う。
周り木々を切断するも、エストはその飛ぶ斬撃を回避していた。その手には白い魔法陣が──何かマトモな魔力反応じゃない──展開されている。
「〈虚化〉」
そこにある次元を第ゼロ次元──つまるところ無に帰す魔法。当然、巻き込まれれば即死する。
イアは何とか致命傷は避けるも、左肩が丸々吹き飛んで腕と左翼が千切れた。
「チィ──」
空間操作だ。転移も、この次元を消し去るものも。それが原理。
白の魔女という称号が何なのかは分からないが、エストという魔法使いは空間操作の魔法の使い手だ。
似たような時間操作の魔術を使うからこそ、イアは理解した。その圧倒的とも言えるレベルに。
まさしく、イアという魔術師と同等かそれ以上の存在だ。
(魔術を使う暇がない。速い。〈加速〉使ってこれだと⋯⋯スピードにおいては負けを認めざるを得ない)
目で追うことはできるが、体はついていくのが精一杯。
本当にそうか?
(いや⋯⋯違う。翻弄はされていない。私が負けているのは近接戦だ)
スピードは確かにエストの方が上だが、イアでは対応できないものではない。現に、エストは魔法の方が得意なはずなのに今の戦闘スタイルは接近戦主体。魔法は隙を見て使っている状態。つまり、
「露骨だな? そんなに私と撃ち合いたくないか?」
イアは再生させた翼で羽ばたき距離を取る。エストは距離を詰めようとしなかった。
「分かっちゃった?」
イアは指先をエストに向ける。やけにスローに見えたが、エストはその間、動かなかった。不思議な感覚だ。
「〈時間跳躍〉」
そして、時間を跳躍させる魔術弾が飛んでくる。エストは全身全霊で躱し、四つの魔法陣を展開。空間を消し飛ばす魔砲を放つ。
イアも同数の魔術陣を展開すると、エストの魔砲は止められ、消える。
「〈時間停止〉」
「⋯⋯っ」
エストの時間が止まる。間髪いれず、イアは無詠唱化一般攻撃魔術を最大出力最大密度で展開。
エストの時間停止は僅か0.5秒。実力差から考えるに一秒か二秒は止まっていてもいいはずだ。
が、一秒未満でも隙は隙だった。イアの攻撃魔術がエストに直撃する。
「空間操作が得意なら時間操作への耐性も持っているということか?」
返答が無かった理由はエストが死んだからではない。それより早く、イアに攻撃を仕掛けたからだ。
背後、エストが長い白髪を風に流されながら回っていた。その姿は酷い傷を負っていたが、彼女はまるでそのことを気にせず笑ってさえいた。
拳がイアの顔面を捉える。イアは防御魔術を展開するも、それごと吹き飛ばされそうになり体制を崩す。
瞬間、地面が避け、そこから光が漏れ出す。
一般攻撃魔術の魔力反応。色は赤黒い。
エストは転移しようとするも、判断に遅れた。それより早く光は炸裂する。
視界がレッドアウトし、イアは大きく息を吐く。全身の細かい傷を瞬く間に治し、そして土煙を翼で振り払う。
「思うに、一般攻撃魔術だけで魔術戦は完結する。なぜなら一般攻撃魔術は人を殺すのに必要な火力を十分に備えた上で、拡張性に優れているからだ」
本来の一般攻撃魔術の色は白に近い。元来は紫にも近い黒色だったが、その魔術が汎用化されるにあたり最適化されるうえでそうなったとされる。
決して赤黒い、おどろおどろしい光線を放つ魔術ではない。
「特に私のような、固有の魔力そのものに殺傷能力がないタイプだと、一般攻撃魔術はメイン火力になる。だから以前から色々と考えていたんだ。どうにかして拡張性を活かせないか? と」
射出速度を上げたり、密度を上げたり、連射速度を上げたり、門数を増やしたり。
だがどれもがイアにはしっくりこなかった。もっと、固有の魔術が欲しかったからだ。
「お前の一般攻撃魔術を見て、試してみた。アドリブにしては上手くいったと思わないか?」
エストは全身に傷を負っている。しかし血が一切流れていない。
体が重くて、頭痛がして、動悸が酷くて、目眩がする。
エストは貧血の症状を発症している。それもそのはずだ。
「吸血⋯⋯血を吸い取る魔術。中々、ユニークな魔術改造をしたね」
エストが使う治癒魔法。彼女の世界では緑魔法と呼ばれるその原理は、自然再生能力の操作だ。傷を治すことはできても、失った血を作ることはできない。それはまた別の魔法を使わなければならなく、二度手間で魔力を余分に消費する。
魔法を二つ展開し、エストは自らの傷と失血を回復させる。
「今ので確信した、エスト。お前の魔力が減らない理由。⋯⋯魔力を魔法で作っているんだろ? 魔法を使ったタイミング。一瞬だが魔力が消えていた。質量保存の法則みたいなものが魔術論にもあるはずだが、異界の魔女に法則は通じないのか?」
イアはその言葉に「まあこの世界にもその法則を無視しているやつは居るから一概には言えないが」と付け加えていた。
しかしそんな僅かな例外でも、例外になる理由はあるものだ。
エストのそれは明確に理を超越している。
「⋯⋯とんでもない魔力感知だね? 今ので視られたんだ」
「ああ。で、鑑みるにその魔法の弱点は大きく二つだ」
イアは右手を前に突き出し、魔術陣を展開。
大技の前には、それ相応の魔力の起こりが発生する。
エストはその魔力の起こりを、心核結界のものだと判断した。
「さあ。答え合わせと洒落込もうか?」
固有魔力『時間操作』。この魔力を持つイアの心核結界の効果は、対象の時間の時間を抹消するというもの。
これに対抗するためには同じく心核結界が必須となる。この世界の魔術論的に、エストの持つ第十一階級の世界支配魔法では対抗できない。いや、厳密には相殺できない。相打ちとなるだけだろう。
ただしそれは心核結界と世界支配魔法の性質の違いによるもの。同じ火の魔術と魔法をぶつけたからといって、互いの火の熱を消すことができないのと同じだ。
しかし、火の魔術に対して水の魔法を放てば鎮火することはできる。
「『十二の死槍』──心核結界〈壊れた幻想〉」
イアの心核結界が展開される。真っ黒い心象に、夥しい鮮血の湖が広がっている。何ともグロテスクな空間が創られたものだ、とエストは思った。
この空間に囚われた時点で、対象は存在が時間的に否定される。だが、エストは直ちにそうはならなかった。
イアは違和感を覚えた。耐えられることは想定していた。現に心核結界を展開したのはエストから魔法もしくは魔力を奪う為だ。彼女に心核結界かそれに相当する魔法を使わせて、魔力再生の魔法を封じる。これが目的の心核結界だった。
そして次の瞬間、見えない斬撃が飛んできた。ただの斬撃魔法ではないことを見抜き、イアは心核結界を解除し回避する。
心核結界が解かれ、二人は現実世界に帰還する。
「⋯⋯私が司る⋯⋯魔法の、色は、白。この色の⋯⋯意味は──時空間支配の魔法⋯⋯であること」
「なるほどな。私の心核結界への対策はしてきたか」
イアの〈壊れた幻想〉は対象の時間を抹消することによるその存在の否定。
対し、エストが完全無詠唱で使った魔法〈世界停止〉は、概念ごと全てを停めることが可能。
この魔法を自己に使用できるよう成立させるには三つの条件が必須だった。
一つ目、魔力消費量と行使難易度の上昇。
二つ目、停止時間は最大五秒。
三つ目、同質の力には出力差が同等でも直ちに掻き消される脆弱性。
イアの得意分野の魔術に魔力出力で勝てるのか、という勝負に、エストは見事に勝利した。
──しかし、イアが展開した〈壊れた幻想〉の継続時間は5.2秒。つまり、エストは0.2秒。その影響を受けた。
「──その割には、酷い面をしているように見えるが?」
特級魔族でさえ、極々短時間の〈壊れた幻想〉への暴露は、長時間の意識喪失を引き起こしていた。
無論、エストは気絶こそしなかったが、脳への大ダメージは避けられなかった。
エストの目と鼻から鮮血が流れ零れた──。
言うまでもなく、直撃すれば、神でもなければ消し飛ばされる。
が、イアは全身に大火傷を負い、両腕と胴体の30%が消し飛ぶに留まる。
なぜか?
「詠唱したのは魔力消費を極限に抑えるため。虚無へと還す力は抑えて、純粋な魔法火力の比率を大きくした。なんでって、そうしないとキミは再生すらできなくなるからだよ」
イアは魔力を隠そうともしていなかった。もはや、この戦いに魔力隠密は不必要だと悟ったからだ。
傷の再生は遅かった。おそらく虚無へと還す魔法の影響だ。
だが、それでもなんとか片腕だけは再生させた。
「ははは。慢心だな。やはりお前も魔族か。ここで殺しておけばよかったと後悔することになるな」
イアは戦闘態勢に入っていた。そして喋りもしていた。リエサからの報告だと、カーテナに操られている時は喋ることも、表情を変えることもなかったらしい。
「⋯⋯ねぇ、今のキミの主人は誰? 誰の命令で私を殺そうとしているのかな?」
「私の主人? それは⋯⋯」
イアは言葉に詰まる。出てくるべき言葉が、どういうわけが出なかったからだ。居るはずなのに、名前も顔も出てこない。
「今の、私は⋯⋯。⋯⋯いや、そんなことどうでもいい。とにかく、お前は私に攻撃を仕掛けた。それ以上の、お前を殺す理由はあるか?」
「さあね」
やはり、今のイアに命令者は存在しない。
エストは一般攻撃魔術をいくつか放つ。イアはそれを回避しつつ、隙を見て反撃に同じ魔術を使う。
が、エストにそれは通用しない。光線は反射され、イアのところに返ってきた。
「エスト一級魔術師、固有魔力は反転。その反射防御魔術もその応用だな」
イアは自らの魔術をはたき落とした。
「ふーん。知ってたんだ」
今のイアの状態が何となく分かってきた。
拘束術式の影響でエストへの敵対行動を取ることに何の疑問も持たなくなっているが、それ以外の精神状態は普段と変わらない。つまり彼女は殆ど支配されていない状態に近い。
敵対者の無差別排除。何者かの味方になることも、何者かの命令を受けて戦うこともない。ただ、自己を守るためだけの状態。
(力を抑制し、精神を支配し、駒とする魔術を、そんな使い方すれば、そりゃイアでも抵抗できなくなるよ。抵抗すべきものがないんだから)
一先ず伏兵は居なさそうだ。あえてそうできる可能性があるから断定はできないが、そもそも最初の自己強化魔法の重ねがけの時に襲われなかった理由がない。
まずは小手調べだ。イアの魔術や戦闘スタイルを見極めるところから、エストは始める。
エストはなんてことのない、神聖属性の魔法を放つ。元の世界では吸血鬼には神聖属性魔法はよく効いたが、ここではどうだろうか。
「⋯⋯ほう」
イアはその神聖属性の魔法を素手で弾こうとしたが、すり抜けるようにして光線はイアに着弾した。
まず、攻撃が自身に通じたこと、そして魔力で防御したというのにダメージが貫通してきたことにイアは驚いた。
「私に攻撃を通すことができる程度にはやるようだな」
「無限階の時間遅延でしょ? 私からしてみれば厄介なものですらない」
エストは笑いながら、問題の解決策を披露する。
「狙ったのはキミじゃない。キミがいる場所だ。ね、簡単な話でしょ?」
光線はポインターのようなもの。
イアに光が通じているのは、彼女がそれを遅延対象にしていないから。
攻撃の正体は、座標指定型の属性爆散魔法。
それに気が付いたとしても、イアにはどうもできない。
言葉の応酬に意味はない。イアはエストを三百六十度囲むように魔術陣を展開。そして魔術光線を放つ。
まさか二度も同じことをするはずがない。当然のようにエストの反射防御は無意味となり、光線が彼女に迫る。
(防御魔術が相殺された?)
警戒していたエストは転移によってその場を離脱しつつ、防御を破られた原因を特定する。
中和。掻き消された。どうやって? それができるとすれば、心核結界ぐらいだ。
(⋯⋯そうか。心核結界。魔術の相殺効果)
心核結界にある効果の一つである魔術の相殺効果。より高度な心核結界が、勝負対象のそれを塗り潰すという法則。
心核結界は大魔術という種類に分類され、通常の魔術より上のレベル。
イアがやったのは、おそらく通常魔術の大魔術化だ。もっといえば、心核結界から相殺効果のみを抽出し、これを通常の魔術に適応した。
(とんだ離れ業だね。そして私よりイアのほうが魔力出力は大きい、と。コスパは最悪だろうけど⋯⋯)
エストはイアの魔力量を感知する。大雑把にしか分からないとは言え、魔力量の減少が見分けられないほどじゃない。
(確かに魔力消費は激しくなっている。けど、そもそも元が膨大だから関係ない。というか多いね。私より多いんだけど)
「何考え事をしている? そんなにお前も自動防御を突破されたことが信じられないか?」
「いいや。やり方は凄いけど、効率的じゃないね、って思っただけ」
最早、互いに自動防御魔術は意味を為さない。それでも解くことはないにしても、これに頼らない戦い方を強いられるようになった。
一般攻撃魔術が炸裂し合う。質も量もイアに軍配がある。
傍から見れば神話の魔術戦にも見えるだろうが、しかし、彼女たちからすれば威力調査に過ぎない。
(やっぱりね。魔術の撃ち合いじゃ私の方が不利。単純に練度で負けてる)
階級魔法と魔術は似ているが別物だ。ある程度までなら魔法の知識と技能で魔術を使うことはできるが、イアとの撃ち合いとなると、エストの練度不足が際立つ。
いつまでも有効打にならない魔術を使うつもりはない。なら得意で戦うほうがずっと有意義だ。それに小手調べは既に終えている。
「そろそろ本気でいくかな」
エストは魔術を解除する。魔術と魔法の併用は、無駄なリソースを割くことになるからだ。
彼女が扱う魔法に自動防御はないし、創ろうと思ったこともない。なぜならば必要なかったから。
変わった。イアはそれを直感した瞬間、魔術を詠唱していた。
「〈加速〉」
「スピードアップの魔術? 良い判断だね」
エストの姿が消える。そこに風が待っていた。彼女のスピードを目で追ったイアは、上を向く。
白の魔女は跳び上がり、イアに踵を落としてきた。イアは体を捻り回避。裏拳で反撃するも、そこにエストはいない。
白い魔法陣が消えるのを確認した。魔力感知の感度を上げ、エストの僅かに感じられる魔力を探す。
右側、下。槍のように突き上げられる足。それは見事にイアの顎を捉え、彼女は頭に衝撃を受ける。
回し蹴りの追撃をイアは躱すことができなかった。ならば受けるしかない、と、イアは腕で防御の姿勢を取る。
エストの長い足がイアの腕を粉砕しつつ、彼女を吹き飛ばす。
「ッ!」
イアは粉砕した腕を再生させつつ、羽ばたき体制を整える。即座、エストが迫り来る。これを迎撃するには魔術では遅い。イアは両手の鉤爪を振り払う。
周り木々を切断するも、エストはその飛ぶ斬撃を回避していた。その手には白い魔法陣が──何かマトモな魔力反応じゃない──展開されている。
「〈虚化〉」
そこにある次元を第ゼロ次元──つまるところ無に帰す魔法。当然、巻き込まれれば即死する。
イアは何とか致命傷は避けるも、左肩が丸々吹き飛んで腕と左翼が千切れた。
「チィ──」
空間操作だ。転移も、この次元を消し去るものも。それが原理。
白の魔女という称号が何なのかは分からないが、エストという魔法使いは空間操作の魔法の使い手だ。
似たような時間操作の魔術を使うからこそ、イアは理解した。その圧倒的とも言えるレベルに。
まさしく、イアという魔術師と同等かそれ以上の存在だ。
(魔術を使う暇がない。速い。〈加速〉使ってこれだと⋯⋯スピードにおいては負けを認めざるを得ない)
目で追うことはできるが、体はついていくのが精一杯。
本当にそうか?
(いや⋯⋯違う。翻弄はされていない。私が負けているのは近接戦だ)
スピードは確かにエストの方が上だが、イアでは対応できないものではない。現に、エストは魔法の方が得意なはずなのに今の戦闘スタイルは接近戦主体。魔法は隙を見て使っている状態。つまり、
「露骨だな? そんなに私と撃ち合いたくないか?」
イアは再生させた翼で羽ばたき距離を取る。エストは距離を詰めようとしなかった。
「分かっちゃった?」
イアは指先をエストに向ける。やけにスローに見えたが、エストはその間、動かなかった。不思議な感覚だ。
「〈時間跳躍〉」
そして、時間を跳躍させる魔術弾が飛んでくる。エストは全身全霊で躱し、四つの魔法陣を展開。空間を消し飛ばす魔砲を放つ。
イアも同数の魔術陣を展開すると、エストの魔砲は止められ、消える。
「〈時間停止〉」
「⋯⋯っ」
エストの時間が止まる。間髪いれず、イアは無詠唱化一般攻撃魔術を最大出力最大密度で展開。
エストの時間停止は僅か0.5秒。実力差から考えるに一秒か二秒は止まっていてもいいはずだ。
が、一秒未満でも隙は隙だった。イアの攻撃魔術がエストに直撃する。
「空間操作が得意なら時間操作への耐性も持っているということか?」
返答が無かった理由はエストが死んだからではない。それより早く、イアに攻撃を仕掛けたからだ。
背後、エストが長い白髪を風に流されながら回っていた。その姿は酷い傷を負っていたが、彼女はまるでそのことを気にせず笑ってさえいた。
拳がイアの顔面を捉える。イアは防御魔術を展開するも、それごと吹き飛ばされそうになり体制を崩す。
瞬間、地面が避け、そこから光が漏れ出す。
一般攻撃魔術の魔力反応。色は赤黒い。
エストは転移しようとするも、判断に遅れた。それより早く光は炸裂する。
視界がレッドアウトし、イアは大きく息を吐く。全身の細かい傷を瞬く間に治し、そして土煙を翼で振り払う。
「思うに、一般攻撃魔術だけで魔術戦は完結する。なぜなら一般攻撃魔術は人を殺すのに必要な火力を十分に備えた上で、拡張性に優れているからだ」
本来の一般攻撃魔術の色は白に近い。元来は紫にも近い黒色だったが、その魔術が汎用化されるにあたり最適化されるうえでそうなったとされる。
決して赤黒い、おどろおどろしい光線を放つ魔術ではない。
「特に私のような、固有の魔力そのものに殺傷能力がないタイプだと、一般攻撃魔術はメイン火力になる。だから以前から色々と考えていたんだ。どうにかして拡張性を活かせないか? と」
射出速度を上げたり、密度を上げたり、連射速度を上げたり、門数を増やしたり。
だがどれもがイアにはしっくりこなかった。もっと、固有の魔術が欲しかったからだ。
「お前の一般攻撃魔術を見て、試してみた。アドリブにしては上手くいったと思わないか?」
エストは全身に傷を負っている。しかし血が一切流れていない。
体が重くて、頭痛がして、動悸が酷くて、目眩がする。
エストは貧血の症状を発症している。それもそのはずだ。
「吸血⋯⋯血を吸い取る魔術。中々、ユニークな魔術改造をしたね」
エストが使う治癒魔法。彼女の世界では緑魔法と呼ばれるその原理は、自然再生能力の操作だ。傷を治すことはできても、失った血を作ることはできない。それはまた別の魔法を使わなければならなく、二度手間で魔力を余分に消費する。
魔法を二つ展開し、エストは自らの傷と失血を回復させる。
「今ので確信した、エスト。お前の魔力が減らない理由。⋯⋯魔力を魔法で作っているんだろ? 魔法を使ったタイミング。一瞬だが魔力が消えていた。質量保存の法則みたいなものが魔術論にもあるはずだが、異界の魔女に法則は通じないのか?」
イアはその言葉に「まあこの世界にもその法則を無視しているやつは居るから一概には言えないが」と付け加えていた。
しかしそんな僅かな例外でも、例外になる理由はあるものだ。
エストのそれは明確に理を超越している。
「⋯⋯とんでもない魔力感知だね? 今ので視られたんだ」
「ああ。で、鑑みるにその魔法の弱点は大きく二つだ」
イアは右手を前に突き出し、魔術陣を展開。
大技の前には、それ相応の魔力の起こりが発生する。
エストはその魔力の起こりを、心核結界のものだと判断した。
「さあ。答え合わせと洒落込もうか?」
固有魔力『時間操作』。この魔力を持つイアの心核結界の効果は、対象の時間の時間を抹消するというもの。
これに対抗するためには同じく心核結界が必須となる。この世界の魔術論的に、エストの持つ第十一階級の世界支配魔法では対抗できない。いや、厳密には相殺できない。相打ちとなるだけだろう。
ただしそれは心核結界と世界支配魔法の性質の違いによるもの。同じ火の魔術と魔法をぶつけたからといって、互いの火の熱を消すことができないのと同じだ。
しかし、火の魔術に対して水の魔法を放てば鎮火することはできる。
「『十二の死槍』──心核結界〈壊れた幻想〉」
イアの心核結界が展開される。真っ黒い心象に、夥しい鮮血の湖が広がっている。何ともグロテスクな空間が創られたものだ、とエストは思った。
この空間に囚われた時点で、対象は存在が時間的に否定される。だが、エストは直ちにそうはならなかった。
イアは違和感を覚えた。耐えられることは想定していた。現に心核結界を展開したのはエストから魔法もしくは魔力を奪う為だ。彼女に心核結界かそれに相当する魔法を使わせて、魔力再生の魔法を封じる。これが目的の心核結界だった。
そして次の瞬間、見えない斬撃が飛んできた。ただの斬撃魔法ではないことを見抜き、イアは心核結界を解除し回避する。
心核結界が解かれ、二人は現実世界に帰還する。
「⋯⋯私が司る⋯⋯魔法の、色は、白。この色の⋯⋯意味は──時空間支配の魔法⋯⋯であること」
「なるほどな。私の心核結界への対策はしてきたか」
イアの〈壊れた幻想〉は対象の時間を抹消することによるその存在の否定。
対し、エストが完全無詠唱で使った魔法〈世界停止〉は、概念ごと全てを停めることが可能。
この魔法を自己に使用できるよう成立させるには三つの条件が必須だった。
一つ目、魔力消費量と行使難易度の上昇。
二つ目、停止時間は最大五秒。
三つ目、同質の力には出力差が同等でも直ちに掻き消される脆弱性。
イアの得意分野の魔術に魔力出力で勝てるのか、という勝負に、エストは見事に勝利した。
──しかし、イアが展開した〈壊れた幻想〉の継続時間は5.2秒。つまり、エストは0.2秒。その影響を受けた。
「──その割には、酷い面をしているように見えるが?」
特級魔族でさえ、極々短時間の〈壊れた幻想〉への暴露は、長時間の意識喪失を引き起こしていた。
無論、エストは気絶こそしなかったが、脳への大ダメージは避けられなかった。
エストの目と鼻から鮮血が流れ零れた──。
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