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第114話 Vampire Hunting ③
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〈壊れた幻想〉はイアの手札の中でも最も厄介な魔術だ。
彼女と戦うならば、この心核結界への対策は必須。理由はいくつかあるが、エストが特に危惧していたのは脳へのダメージ。
特級魔族四体との戦闘で、イアは極短時間の心核結界の展開を行った。結果として、特級魔族は約十五分の意識喪失を引き起こした。
〈壊れた幻想〉の原理は時間の巻戻しだ。その先にある存在の抹消を発生させる。勿論、巻戻しには身体だけでなく精神や記憶も含んでいる。
精神や記憶の巻戻しを受けた際、最も負荷を受けるのはこれを司る脳である。例え巻戻しそのものを防いだ、あるいは問題ない程度に抑えたとしても、脳へのダメージが影響して意識を喪失する。
「私の心核結界を1秒にも満たない短時間とはいえ、食らったな? 心核結界なら、魔力回路は麻痺しても、脳回路へのダメージは最小限に抑えられたはずだ」
〈壊れた幻想〉による脳へのダメージ。加えて〈世界断〉と〈世界停止〉の連続使用による負荷。
それは、決して完璧に治すことができるようなダメージではなかった。
「両方を取ろうとしたからそうなるんだ。間違ったな、エスト」
今のエストには、高度な魔法を使えば脳回路が焼き切れ死ぬか、使えたとしてもイアに通用するほどの出力と精度は出せない。
対してイアは、魔力回路こそ麻痺しているが、たった五秒の展開、維持だったこともあり、これより一分後に回復する。
更に、イアにはまだ、エストには使っていない能力がある。そしてそれは魔力回路の麻痺は一切影響しない手札だ。
「そろそろ私も本気でやるとしよう。⋯⋯さァ。かかってこい、時空の魔法使い。異界の魔女! 白の魔女っ! エストッ!」
──イアは両手を大きく広げる。目以外の服を含む全てが影に染まる。そして、影より無数の蠢く獣が、目が、顕になる。
空が黒く、月が紅くなる。
環境支配魔術──否。心核結界──否。空間結界──否。
断じて否。全て否。魔術ではない。
それは、この世に只々一ツ。
──異常。吸血鬼イア・スカーレットの持つ異能。
「──くく。──はは。────アハハハハ」
エストは、目と鼻の血を服の袖で拭う。お気に入りの洋服が紅く汚れたことを彼女は一切気にしない。
自分みたいな機械仕掛けの神なんて要らないと、そんな傲慢さを否定された。否定してくれた。
ああ、そうか。そうだ。
「キミの心核結界を魔法で凌いでさぁ⋯⋯魔力回路麻痺したとこで一気に殺し掛かるつもりだったんだ。でも失敗した。なのに、愉しくなってきたんだよ」
エストの声が高くなっている。心の底から愉しそうな声だ。
これが、戦いだ。これが、闘いだ。
計画通りにはいかない。不測の事態が起きてこそ、戦闘というもの。想定とは、強者には通用しない。しないのだ。してたまるものか。
「オカシイよね。でも思えばそうだ。私は、こういうのを求めていたんだ」
かつてあの魔女と戦っていた時、エストは高揚していた。
なぜか? 分からなかった。愉しかった、それだけしか、分からなかった。
でも、今ならば、分かる気がする。
「まあでも今はどうだっていい⋯⋯」
エストは、魔術を起動する。
「さぁ、来なよ。吸血鬼、イア・スカーレット」
「ならば手解きしてやる、魔術というものを。見習い魔術師、エスト」
両手を広げ、獣が形を成し、影より顕る。狼や蝙蝠、蛇などがエストに襲い掛かる。
魔力回路が麻痺したイアに、エストに攻撃を通す術はないかのように思われた。
魔術のオートマ化は脳への負担が大きく、今のエストは、反射防御魔術をマニュアルで運用せざるを得なかった。
「────」
獣の牙や鉤爪、毒牙などによる攻撃を全て把握し、演算し、反射する。
そして一番、受けてはならないイアの貫手を反射する。彼女の右手は砕かれ、鮮血が巻き散るが、しかし本人は気にもしていない。
反撃の一般攻撃魔術を躱すためにイアは飛び退く。が、エストが真後ろに転移し、イア自身を反射する。
イアは木を砕き、地面に叩き付けられるも、傷一つない。いや、一瞬で治っている。
「駄目だな、魔力が全然、足りないな」
イアは羽ばたくと、瞬間でエストとの距離を詰め切る。その長い爪をナイフのように、エストの眼窩を貫こうと突き出す。当然のように反射される。しかし足元。イアの影が蠢き獣が顕れ、エストの足を噛み千切った。
エストはその場から転移し、距離を取った。
「もっと魔力を込めろ。魔術の展開数を増やせ。瞬発力と出力を上げてみせろ。できるはずだろ? できなきゃすぐ死んじゃうぞ」
「はは。余裕だぁね。じゃあまずその余裕かました顔をグチャグチャにしたげる」
同時魔術展開、五門。ノーマルとリバースした魔力を込めた魔術光線を放つ。
見極めることは極めて難しい。少なくとも刹那では不可能だ。ならば、全部避けるだけ。
イアは光線の間を潜り抜け、エストに接近する。同時に使い魔を出し、手数を増やす。
射程に入ったところで、獣たちを一気に襲わせる。
が、次の瞬間、獣たちが襲ったのはイアだった。彼女は傷を受けつつ、薙ぎ払い、獣たちを殺し尽くす。
「ほぉ。少しはやるみたいだな」
位置の交換だ。ノーモーションでされるものだから対応は実質不可。勘と読みだよりにならざるを得ない。
しかし条件はあるはずで、大方予想が付く。
(転移は位置情報を特定の基準点を元に反転していて、位置交換はそのまま対象と自らの位置情報を反転させている。で、あれば基準点と対象選別の条件は何か。おそらく同じ。魔力だ)
イアの魔力感知能力は全魔術師の中でもずば抜けて高い。極めて小さい魔力反応を、エストが転移する際に感じられた。
(基準点には魔力が生じる。位置交換はそれがない。そして、それさえ分かればタイミングも──)
基準点と思しき魔力反応を感じたイアは、エストの転移先を予測し、真後ろに拳を薙ぎ払う。
それは見事にエストの側頭部を打ち付け、彼女の頭蓋骨を叩き割った。
──イア・スカーレットの心核結界展開から四十秒が経過した。そこでの、脳の更なる損傷。
これより二十秒後に、戦いは決着する。
「────」
エストは距離を取り、何が起きたかを把握し、次の行動を決める。それらに費やされた時間はほぼなく、傍から見れば反射的に動いているように見られた。
「らっ!」
転移はせずにエストは走ってイアに迫る。速いが、対応できないものではない。
キックを掴み返し、吸血鬼の腕力を活かしてぶん投げる。が、エストは転移でそこからイアの真上に跳び、移動。そして魔力の起こりを確認。
基準点の位置はイアの背後。距離を取ったまま後ろに周り、魔術を放つのだろう。
転移完了までと魔術の発動まで、瞬く間もないがタイムラグがある。先読みできているイアならば、その距離を詰め切ることが可能。
「──残念」
転移は、していない。
そこにあるのは大口径の一般攻撃魔術。イアは反射的に魔力防御を行う。
エストの反転一般攻撃魔術が炸裂する。イアの全身は、その強固な防御ごと貫き焼き尽くす火力の魔術砲に包まれた。
イアの一度目の心核結界の展開から一分が丁度経過した。
ジャンヌはイアの死亡を確認した瞬間に魔術を起動。
青白い光がイアの肉体を穿ち、彼女の拘束術式を破壊する。
イアはその後、蘇生と再生を終える。エストは能力をいつでも起動できるようにしつつ、彼女の様子を窺う。
「⋯⋯⋯⋯」
が、その心配はなかった。イアはその場に倒れ込む。意識はない。
「⋯⋯はぁ。たった一殺するだけでこんなに苦労するなんてね。全くキミは⋯⋯本当に、最強だよ」
エストはどっと疲れを感じた。
その後、気絶したイアをGMCの病院に送り込まれた。
エストも脳へのダメージが酷く、同じく入院することになった。現実強度が元に戻った瞬間、とんでもない頭痛に襲われたのだ。しばらくは魔術を使うなと医師より命じられた。
◆◆◆
『大魔族連合』の宣言から六日が経過した。
グリンスタッドでのテロの予告日はとっくに過ぎている。
だが、元より魔族の言葉を信じるつもりはなかった。この六日間ずっとGMCと財団は警戒を続けていた。
もしかすれば明日かもしれない。一ヶ月後かもしれない。あるいは、一年後かもしれない。そう考えていた。
都市グリンスタッドの各地には結界魔術がいつでも展開できるように楔が打ち付けられている。
この結界魔術の効果は大きく二つ。一般人の隔離と出入りの遮断である。
テロが宣告されているとはいえ、都市一つに住まう全ての住人の避難命令は出せない。魔術や魔族の露呈の可能性がある以上、どうしてもここは後手に回らなければならなかった。
「⋯⋯なんだこれ?」
これから会社に向かおうと大通りを歩いていたその男は、見慣れないものを見た。
この道は通勤経路であり、何年も歩いているから、知っている。
太い茎の赤い花弁の植物。
ここの道路脇に、こんな植物は生えていない。なのに目の前には、見知らぬ植物が生えていた。
違和感を覚えて、男はその植物に近づいた。すると、突然植物は自発的に動き、花弁が開き、男の頭を喰いちぎった。
あまりにも素早く、当たり前のように行われたものだから、朝の通勤ラッシュで騒々しい都市が、男の首無し死体に気が付き悲鳴を上げるまでに少し時間がかかった。
記録──2020.1.21
初期被害者数──死者18名、重傷者数34名、行方不明者7名。
7:37に最初の被害者が確認され、その6分後にグリンスタッドに備えられていた結界魔術が起動し、全住民の避難が完了。
内部に駐在していた魔術師が、発生した植物型魔獣及びノースとの交戦を開始する。
同日、8:00、グリンスタッド北部に突如として古びた建物群が顕現。北部側に避難していた一般人と護衛の魔術師、財団機動部隊が壊滅的被害を受ける。
これに対応するため、GMCはグリンスタッドを囲っていた結界を無理矢理に拡張し、不明な建物群を囲うことに成功した。
以降、一般人の被害は確認されない。
8:13──特級魔術師シュラフト及び特級魔術師ゼルス・フラームが現場に到着。
4分後、超能力者アンノウンが都市グリンスタッドに侵入し、内部の魔獣、魔族の殲滅と大規模な環境支配魔術の解析、解除を開始する。
──そして、これらと時を同じくして、GMCルーグルア支部とRDC財団本部サイト-13に、それぞれカーテナ・カエリとギーレを確認。グリンスタッドにはレジアの存在を確認。
GMCと財団は、三ヶ所に出現した大魔族と大量の魔族、魔獣の同時対応を強いられることになった。
彼女と戦うならば、この心核結界への対策は必須。理由はいくつかあるが、エストが特に危惧していたのは脳へのダメージ。
特級魔族四体との戦闘で、イアは極短時間の心核結界の展開を行った。結果として、特級魔族は約十五分の意識喪失を引き起こした。
〈壊れた幻想〉の原理は時間の巻戻しだ。その先にある存在の抹消を発生させる。勿論、巻戻しには身体だけでなく精神や記憶も含んでいる。
精神や記憶の巻戻しを受けた際、最も負荷を受けるのはこれを司る脳である。例え巻戻しそのものを防いだ、あるいは問題ない程度に抑えたとしても、脳へのダメージが影響して意識を喪失する。
「私の心核結界を1秒にも満たない短時間とはいえ、食らったな? 心核結界なら、魔力回路は麻痺しても、脳回路へのダメージは最小限に抑えられたはずだ」
〈壊れた幻想〉による脳へのダメージ。加えて〈世界断〉と〈世界停止〉の連続使用による負荷。
それは、決して完璧に治すことができるようなダメージではなかった。
「両方を取ろうとしたからそうなるんだ。間違ったな、エスト」
今のエストには、高度な魔法を使えば脳回路が焼き切れ死ぬか、使えたとしてもイアに通用するほどの出力と精度は出せない。
対してイアは、魔力回路こそ麻痺しているが、たった五秒の展開、維持だったこともあり、これより一分後に回復する。
更に、イアにはまだ、エストには使っていない能力がある。そしてそれは魔力回路の麻痺は一切影響しない手札だ。
「そろそろ私も本気でやるとしよう。⋯⋯さァ。かかってこい、時空の魔法使い。異界の魔女! 白の魔女っ! エストッ!」
──イアは両手を大きく広げる。目以外の服を含む全てが影に染まる。そして、影より無数の蠢く獣が、目が、顕になる。
空が黒く、月が紅くなる。
環境支配魔術──否。心核結界──否。空間結界──否。
断じて否。全て否。魔術ではない。
それは、この世に只々一ツ。
──異常。吸血鬼イア・スカーレットの持つ異能。
「──くく。──はは。────アハハハハ」
エストは、目と鼻の血を服の袖で拭う。お気に入りの洋服が紅く汚れたことを彼女は一切気にしない。
自分みたいな機械仕掛けの神なんて要らないと、そんな傲慢さを否定された。否定してくれた。
ああ、そうか。そうだ。
「キミの心核結界を魔法で凌いでさぁ⋯⋯魔力回路麻痺したとこで一気に殺し掛かるつもりだったんだ。でも失敗した。なのに、愉しくなってきたんだよ」
エストの声が高くなっている。心の底から愉しそうな声だ。
これが、戦いだ。これが、闘いだ。
計画通りにはいかない。不測の事態が起きてこそ、戦闘というもの。想定とは、強者には通用しない。しないのだ。してたまるものか。
「オカシイよね。でも思えばそうだ。私は、こういうのを求めていたんだ」
かつてあの魔女と戦っていた時、エストは高揚していた。
なぜか? 分からなかった。愉しかった、それだけしか、分からなかった。
でも、今ならば、分かる気がする。
「まあでも今はどうだっていい⋯⋯」
エストは、魔術を起動する。
「さぁ、来なよ。吸血鬼、イア・スカーレット」
「ならば手解きしてやる、魔術というものを。見習い魔術師、エスト」
両手を広げ、獣が形を成し、影より顕る。狼や蝙蝠、蛇などがエストに襲い掛かる。
魔力回路が麻痺したイアに、エストに攻撃を通す術はないかのように思われた。
魔術のオートマ化は脳への負担が大きく、今のエストは、反射防御魔術をマニュアルで運用せざるを得なかった。
「────」
獣の牙や鉤爪、毒牙などによる攻撃を全て把握し、演算し、反射する。
そして一番、受けてはならないイアの貫手を反射する。彼女の右手は砕かれ、鮮血が巻き散るが、しかし本人は気にもしていない。
反撃の一般攻撃魔術を躱すためにイアは飛び退く。が、エストが真後ろに転移し、イア自身を反射する。
イアは木を砕き、地面に叩き付けられるも、傷一つない。いや、一瞬で治っている。
「駄目だな、魔力が全然、足りないな」
イアは羽ばたくと、瞬間でエストとの距離を詰め切る。その長い爪をナイフのように、エストの眼窩を貫こうと突き出す。当然のように反射される。しかし足元。イアの影が蠢き獣が顕れ、エストの足を噛み千切った。
エストはその場から転移し、距離を取った。
「もっと魔力を込めろ。魔術の展開数を増やせ。瞬発力と出力を上げてみせろ。できるはずだろ? できなきゃすぐ死んじゃうぞ」
「はは。余裕だぁね。じゃあまずその余裕かました顔をグチャグチャにしたげる」
同時魔術展開、五門。ノーマルとリバースした魔力を込めた魔術光線を放つ。
見極めることは極めて難しい。少なくとも刹那では不可能だ。ならば、全部避けるだけ。
イアは光線の間を潜り抜け、エストに接近する。同時に使い魔を出し、手数を増やす。
射程に入ったところで、獣たちを一気に襲わせる。
が、次の瞬間、獣たちが襲ったのはイアだった。彼女は傷を受けつつ、薙ぎ払い、獣たちを殺し尽くす。
「ほぉ。少しはやるみたいだな」
位置の交換だ。ノーモーションでされるものだから対応は実質不可。勘と読みだよりにならざるを得ない。
しかし条件はあるはずで、大方予想が付く。
(転移は位置情報を特定の基準点を元に反転していて、位置交換はそのまま対象と自らの位置情報を反転させている。で、あれば基準点と対象選別の条件は何か。おそらく同じ。魔力だ)
イアの魔力感知能力は全魔術師の中でもずば抜けて高い。極めて小さい魔力反応を、エストが転移する際に感じられた。
(基準点には魔力が生じる。位置交換はそれがない。そして、それさえ分かればタイミングも──)
基準点と思しき魔力反応を感じたイアは、エストの転移先を予測し、真後ろに拳を薙ぎ払う。
それは見事にエストの側頭部を打ち付け、彼女の頭蓋骨を叩き割った。
──イア・スカーレットの心核結界展開から四十秒が経過した。そこでの、脳の更なる損傷。
これより二十秒後に、戦いは決着する。
「────」
エストは距離を取り、何が起きたかを把握し、次の行動を決める。それらに費やされた時間はほぼなく、傍から見れば反射的に動いているように見られた。
「らっ!」
転移はせずにエストは走ってイアに迫る。速いが、対応できないものではない。
キックを掴み返し、吸血鬼の腕力を活かしてぶん投げる。が、エストは転移でそこからイアの真上に跳び、移動。そして魔力の起こりを確認。
基準点の位置はイアの背後。距離を取ったまま後ろに周り、魔術を放つのだろう。
転移完了までと魔術の発動まで、瞬く間もないがタイムラグがある。先読みできているイアならば、その距離を詰め切ることが可能。
「──残念」
転移は、していない。
そこにあるのは大口径の一般攻撃魔術。イアは反射的に魔力防御を行う。
エストの反転一般攻撃魔術が炸裂する。イアの全身は、その強固な防御ごと貫き焼き尽くす火力の魔術砲に包まれた。
イアの一度目の心核結界の展開から一分が丁度経過した。
ジャンヌはイアの死亡を確認した瞬間に魔術を起動。
青白い光がイアの肉体を穿ち、彼女の拘束術式を破壊する。
イアはその後、蘇生と再生を終える。エストは能力をいつでも起動できるようにしつつ、彼女の様子を窺う。
「⋯⋯⋯⋯」
が、その心配はなかった。イアはその場に倒れ込む。意識はない。
「⋯⋯はぁ。たった一殺するだけでこんなに苦労するなんてね。全くキミは⋯⋯本当に、最強だよ」
エストはどっと疲れを感じた。
その後、気絶したイアをGMCの病院に送り込まれた。
エストも脳へのダメージが酷く、同じく入院することになった。現実強度が元に戻った瞬間、とんでもない頭痛に襲われたのだ。しばらくは魔術を使うなと医師より命じられた。
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『大魔族連合』の宣言から六日が経過した。
グリンスタッドでのテロの予告日はとっくに過ぎている。
だが、元より魔族の言葉を信じるつもりはなかった。この六日間ずっとGMCと財団は警戒を続けていた。
もしかすれば明日かもしれない。一ヶ月後かもしれない。あるいは、一年後かもしれない。そう考えていた。
都市グリンスタッドの各地には結界魔術がいつでも展開できるように楔が打ち付けられている。
この結界魔術の効果は大きく二つ。一般人の隔離と出入りの遮断である。
テロが宣告されているとはいえ、都市一つに住まう全ての住人の避難命令は出せない。魔術や魔族の露呈の可能性がある以上、どうしてもここは後手に回らなければならなかった。
「⋯⋯なんだこれ?」
これから会社に向かおうと大通りを歩いていたその男は、見慣れないものを見た。
この道は通勤経路であり、何年も歩いているから、知っている。
太い茎の赤い花弁の植物。
ここの道路脇に、こんな植物は生えていない。なのに目の前には、見知らぬ植物が生えていた。
違和感を覚えて、男はその植物に近づいた。すると、突然植物は自発的に動き、花弁が開き、男の頭を喰いちぎった。
あまりにも素早く、当たり前のように行われたものだから、朝の通勤ラッシュで騒々しい都市が、男の首無し死体に気が付き悲鳴を上げるまでに少し時間がかかった。
記録──2020.1.21
初期被害者数──死者18名、重傷者数34名、行方不明者7名。
7:37に最初の被害者が確認され、その6分後にグリンスタッドに備えられていた結界魔術が起動し、全住民の避難が完了。
内部に駐在していた魔術師が、発生した植物型魔獣及びノースとの交戦を開始する。
同日、8:00、グリンスタッド北部に突如として古びた建物群が顕現。北部側に避難していた一般人と護衛の魔術師、財団機動部隊が壊滅的被害を受ける。
これに対応するため、GMCはグリンスタッドを囲っていた結界を無理矢理に拡張し、不明な建物群を囲うことに成功した。
以降、一般人の被害は確認されない。
8:13──特級魔術師シュラフト及び特級魔術師ゼルス・フラームが現場に到着。
4分後、超能力者アンノウンが都市グリンスタッドに侵入し、内部の魔獣、魔族の殲滅と大規模な環境支配魔術の解析、解除を開始する。
──そして、これらと時を同じくして、GMCルーグルア支部とRDC財団本部サイト-13に、それぞれカーテナ・カエリとギーレを確認。グリンスタッドにはレジアの存在を確認。
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