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第115話 超臨界・仄明星々
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RDC財団本部サイト-13はグリンスタッドから数十キロメートル離れた位置にある。
都市部からは離れた場所であり、通行は制限されている。通行できるのは財団関係者のみだ。
しかしながら、今日は違った。
「全く、手緩い歓迎だ。サイト-16には及ばないね」
門番を殺害し、駆けつけた警備員を魔獣に食わせ殺し、ようやく来た機動部隊をさっさと全滅させる。
時間稼ぎとしては上出来だ。なにせ大魔族の足を三秒止めたのだから。
ただ問題なのは、その時間稼ぎはまるで意味が無かったことだ。
「まさか、私が財団をもう一度狙うとは思わなんだろう?」
襲撃者、大魔族ギーレは、サイト-13の入口に到着する。
サイトは刑務所のようなコンクリートの外壁に囲まれており、外から中の様子を伺うことはできない。
しかし、迎撃の準備は整っていると考えるべきだろう。ノコノコと無防備に侵入すれば、文字通り蜂の巣にされる。
だが彼は魔族だ。通常兵器など通じない。
ギーレはコンクリートの壁に触れ、一般攻撃魔術を応用し、炸裂させる。
これによって外壁は砕け、その煙が舞う。
そんなの関係ないと言わんばかりに、待機していた機動部隊たちが煙幕を狙って対魔族銃器を掃射。
「なるほど驚いた。確かに可能性はあったが、もうそこまで準備していたか。⋯⋯でも、とんだ笑い話だ。B、Aクラスのアノマリーに銃弾が通じたことはあったのかい?」
ギーレは弾丸を見て、防御魔術を展開した。
それは必要最低限の展開時間、箇所、強度に調整されている。最早自動化されているのではないかと見紛うほどだ。
「まさか。馬鹿げた話だ。つまり、どちらにせよ君たちは相手にならないということだよ。滑稽だね」
至るところの空間が割れ、魔獣が顕れ機動部隊を蹂躙していく。一分も経たない間に、第一次防衛陣は突破される。
「⋯⋯さて」
──瞬間、ギーレの周りには星屑が舞った。彼の反応速度でも、これを見てから避けることはできない。
彼は事前に察知し、魔獣を盾にして爆裂を凌いだだけだ。
「星華ミナ⋯⋯だったか」
ギーレは振り返り、空中に浮遊していたミナを見た。余裕そうな作り笑顔を浮かべていた。
「君はミース学園の生徒だろう?」
「────」
ギーレを囲むように全方位から力が生じる。それは瞬く間もなく大きくなっていった。
まるでブラックホールだ。ギーレは脚力を強化し、脱出するために跳躍した。
「『暗黒斥力』⋯⋯」
そして間髪入れず、ギーレの背後に白髪をたなびかせ、キックの予備動作を取っていた少女が居る。
ギーレはイカのような魔獣を盾にして彼女の蹴り──接触を避けるも、衝撃までは消すことはできずに地面に叩きつけられた。
しかし彼は両足で着地し、追撃の爆裂をバク転で躱し、体制を直す。
「『破壊』、ね」
ギーレに相対するように、ミナ、アルゼス、ユウカが立つ。
「──まさか、財団は学徒動員でもするほど弱ったのかい?」
レベル6が二名。そしてレベル6相当の超能力者一名。計三名が、ギーレと対面する。
「だが、だとしても人員配置には不備があるね。役不足だ。君たち程度⋯⋯」
爆裂の反作用による高速移動。全身にその影響を及ばせることで、ミナのスピードは更に飛躍していた。
(速い──)
一瞬でギーレの目前に現れ、至近距離、魔力が込められた減衰なしの超爆破を起動する。
防御魔術と魔力防御を最大出力で即時展開し、ギーレは頭が吹き飛ばされることを防いだ。
ミナの回し蹴りも後ろに倒れるように避けて、後隙を蛇型の魔獣を召喚することで消す。
ミナは蛇型の魔獣を爆裂で一掃した。
続くようにして、アルゼスが近接戦を仕掛けてくる。彼の持つ短剣を左腕で受け流し、空いた胴体に拳を叩き込む。が、彼は膝でガード。瞬発的な斥力がギーレを襲い、上空に吹き飛ばされた。
空中に居る彼を狙い、ユウカは斬撃を放つ。ギーレはこれを魔獣を盾にして防いだ。そして魔力を推進力とするため、爆発させ、着地した。
そこを三人がかりで襲い掛かる。だが、その瞬間、地面が丸ごと何かの口のようなものになって、三人は口内に落ちる。
「食われた、と思っただろう? 私からしてみれば、君たちはただただその場で転んだようにしか見えないんだがね」
三人は立ち上がる。囲っているというのにギーレには隙がない。判断を間違えれば死が待っていると直感した。
「それにしても驚いたよ。まさかこんなに強いとは。やるじゃないか。厄介だね」
ギーレはわざとらしい笑みを浮かべたかと思えば、次の瞬間、彼を中心として三方向の空間が割れる。それは魔獣を召喚する合図。
ミナには海月のような、ユウカには百足のような、アルゼスには蝿のような魔獣の群れが押し寄せる。
能力をフル活用、もしくは魔道具によって魔獣の群れを殲滅する。
そしてギーレを捉え直そうとするも、そこに彼の姿はなかった。魔力感知や気配を探るも、時すでに遅し。
「だから、一番崩しやすいのから殺すことにした」
刹那でギーレはアルゼスの背後に回っていた。手刀がアルゼスの首を叩き斬ろうとしていた。
ミナもユウカも、助けは間に合わない。反撃は考慮に値しない。
しかし、その、瞬間だった。
近くの建物。その物陰より、人影が飛び出してきたのを、ギーレは見ていなかった。
その人物は刀の柄に手を掛け、居合の構えを取っていた。
◆◆◆
テロ決行の3日前。1月19日、0:19。
GMCが管理、運営するとある病院は、関係者専用のものである。
テロ宣言日の夜にサイト-16が襲撃され、多数の死傷者を出した。その大半の被害者がこの病院に輸送された。
もちろん、マリア・ヒューズもそうだった。
「⋯⋯⋯⋯」
彼女の容態は回復傾向にある。既に体の痛みはなく、通常業務ならばこなすことができるだろう。
彼女一人が居なくなったところで、彼女のチームメンバーたちの日々の業務に支障が出るとは思えない。しかし、彼女らの仕事はイレギュラーが付きものだ。そのイレギュラーに対応するためには、マリアの知識と能力は必要不可欠だろう。
だからすぐにでも復帰したいところで、実際、マリアは明日から出勤することになっている。
帰った時にあるであろうデスクの上の資料の山を想起しつつ、彼女は目を閉じて眠ろうとしていた。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯!」
そんな時、マリアは僅かな足音を聞き取った。
隣の部屋の何でもない音を聞き取っただけなら気にすることなく眠りについていた。ましてや彼女が神経質なわけでもない。
確実に、マリアの病室に近づいていっている。ナースコールを押した記憶はない。
(こんな時間に誰が外を歩くの? 一直線にこっちに来ている。何より嫌な予感がする)
マリアの意識は既に覚醒している。拳銃を手に取りセーフティを解除し、扉の裏側に隠れ、息を潜める。
やがて足音はマリアの病室の前で止まった。
そして、ゆっくりとドアノブが動き、扉が開く。
「────動くな」
侵入者はマリアの言葉を無視して、振り返ろうとした。だからマリアは容赦なく引き金を引いた。
しかしハンマーは弾かれなかった。その前に拳銃は破壊されたからだ、彼女の右手ごと。
「っ──」
手が急にズタズタに引き裂かれた原因はわからない。しかし痛みに悶ている暇も、その原因を理解する時間もない。
彼女は残った左手を使って、侵入者に抵抗しようとした。
が、侵入者の手刀は一瞬でマリアの心臓を貫いた。
なすすべなく、たった十秒も経たず、マリア・ヒューズは殺害された。
「⋯⋯⋯⋯」
侵入者は何事もなかったかのように立ち去った。
◆◆◆
マリア・ヒューズの死亡は、翌日の朝には既に財団に報告されていた。
現場の魔力残滓から、犯人はとある一級魔詛使いであると判断。病院には結界術の展開痕跡があり、これが理由で魔術的警報装置や防犯装置が無効化されたのだと予想された。
犯人である魔詛使いは居場所が特定され、拘束。情報を吐き出させたあと、処理されている。
その犯人にマリアを殺させたのは、供述内容からするにギーレだと思われた。
「⋯⋯ヒューズ。彼女を殺したのがギーレだとすれば、その目的は何だ?」
マリアの直属の上司、D-3、リアム・スレイン。
彼は自らの執務室にて、思考を巡らせている。こういうことはマリアの得意分野だったが、彼女亡き今、リアムが代わりを務めなくてはならない。
「復讐ではないはずだ。わざわざ魔詛使いを雇ってまでするような合理的理由ではない。彼女が飼っているアノマリーを彼女以外が飼い慣らすことは非常に難しい。これもないだろう。ならば⋯⋯」
マリア・ヒューズという人間の価値。一番、財団が頼りにしてきて、相手にとって厄介な部分は何か。
それは、知識と能力。アノマリーを知り尽くしており、凄腕の元フィールドエージェントであった経験からくる判断、推察能力。
「⋯⋯ありえないことはない」
──時は現在に戻る。
物陰より飛び出したのは、剣野ミライ。目的は居合抜刀による最速の斬撃により、ギーレを不意打ちで殺すこと。
この際、情報収集は考えない。『死の祝福』による回復、蘇生不可の即死攻撃を仕掛け一撃で仕留める。魔族に能力を載せた斬撃が通ることは確認済みだ。
そのためにミナ、ユウカ、アルゼスで隙を作った。
全ては、この一太刀のために。
「──まさか、気が付かないとでも思ったのかい?」
ギーレは振り返り、ミライの刀の側面を拳で叩き付け、折る。そしてできた一瞬の隙を狙って蹴りを入れた。ミライは壁面に叩きつけられた。
「魔力探知が妨害されているから不意打ちが通るとでも? ははは! 甘い。本当に、甘いよ」
固有魔力『魔物支配』。その効果は、調伏した魔物を支配し、自由自在に操ることができるというもの。
ギーレはサイト-13に侵入した時点で、昆虫型、鳥型の魔獣などを飛ばしている。それらとの視界共有で、彼は魔力感知ができずとも位置情報を把握していた。
「さあて、と。じゃあ終わらせようか」
ミライが不意打ちを狙っていたから、ギーレは敢えて隙を見せて、それを誘った。見事これは成功した。
もう伏兵は居ない。ならば、確実に勝てる方法で勝つのみ。
「心核結界〈魔胎生窟〉」
ギーレは結界を閉じ、逃亡の可能性を消し去る。
ここで確実に葬れば、彼の目標は達成される。既にこのサイトで欲しいアノマリーは、使役する魔獣が確保しているのだから。
薄暗い洞窟のような結界空間。三人の周りには無数の魔獣が現れる。
魔力強化と魔術の必中化。および即時の出現。
ギーレ本人も強化され、最早勝ち目はないと言える。
だが──
「──心核結界〈墜幻想煌星〉」
ミナの詠唱魔術に、驚いたのはギーレだった。
魔術を習って一ヶ月と少し。その程度の少女が、まさか、魔術の極地とも言える心核結界の展開を行った。
だが所詮は付け焼き刃程度のはず。ましてやギーレには、出力でも練度でも、勝ち目はない。だから、今の今まで人数有利を取っていながら心核結界を使わなかった。
実際それは間違っていなくて、ミナの魔力出力、練度ではギーレの心核結界に対抗することも叶わない。
しかしギーレは気がついた。彼女は端から、ギーレの心核結界を塗り潰そうだなんて考えていないことに。彼女の心核結界が、彼女の固有魔力とはかけ離れた性質を持っていることに。
星華ミナは超能力と魔術をかけ合わせて使っている、ということに。
「──まさか」
心核結界は結界を構築し、そこを心象で満たし、固有魔力を付与する大魔術。心象でもある固有魔力だからこそ、それを投影することで独自の世界を顕現できる。
だが、結界に付与するものは固有魔力でなければならない、という常識はネイフェルンが否定していた。
ミナが心核結界に付与したものは魔力を込めた超能力だ。
そして、彼女は心核結界をギーレのそれの外郭を取り囲むようにして展開した。
──直ちに、心核結界の外壁は爆破解体された。
「⋯⋯驚いた。君が、心核結界を使えるとは」
エストから教えられたことがある。
ミナには才能があるが、大魔族や特級魔術師とやり合うには実力が足りない。どんなに早くても、まともにやり合えるのは十年後。
だから今の彼女に必要なのは、特異性。正面から戦うのではなく、他にはないモノで格上を屠る能力。
それが、超能力と魔術の合わせ技だった。
「しかし、君のそれには超能力が編み込まれている。脳への負担もさぞ辛いだろう? ⋯⋯思うに、決定打を失ったのではないかね?」
三人の中で最も強いのはユウカだ。時点でアルゼス。しかし、決定力という意味では、ミナが最も高い。理由は、彼女の超能力の破壊力と範囲だ。それはユウカより、対魔族性能としては優れていた。
ギーレも心核結界の展開によって魔力回路は麻痺している。しかし、特別彼にとって、それによる影響は微々たるものだった。
『魔物支配』は使用困難となっている。
ただし、彼は既に魔獣を幾体も顕現させていた。
開放済みの魔獣は、例え魔力回路が麻痺していようと使役することができる。魔力回路は主従関係を司っていない。それは調伏が完了した時点で契約として成立している。
「私の魔力回路はこれから一分後に回復する。それが君たちの命日だ」
四級から二級の魔獣が、ギーレの元に戻って来た。そしてミナたちに牙を向く。
心核結界が回復するまでに、決着を付けなくてはならない。
まず動き出したのはギーレだった。
今、ミナは心核結界の展開により脳回路、魔力回路共に疲弊しきっている。彼女をカバーするように、ユウカが前に出た。
手を前に出し、斬撃を牽制として放つ。ギーレは魔獣を盾にそのまま走り、ユウカとの距離は詰められた。
その頃には盾にされた魔獣は見るも無惨な状態になっていた。ギーレはそれをぶん投げる。
ユウカは手で触れて弾く。破壊はされていない。
ギーレはユウカに対して接近戦を仕掛ける。ギーレの肉体は人間のものとほぼ同一。構造的に、魔力を伴わない攻撃でもダメージを受けるため、『破壊』を持つユウカとの接近戦は本来避けて然るべき。
しかし、ことギーレにおいてはその限りではない。
ユウカはギーレに触れようと、手を伸ばす。
「その超能力の発動条件は『手の平か指で触れること』だろう?」
しかし、ギーレはユウカの手首を掴み、受流した。空いた胴体に、右ストレートをぶちかます。
追撃してユウカをダウンさせたいところだが、アルゼスが背後に回っている。
ギーレはユウカをぶん回し、アルゼスに当て、二人もろとも吹き飛ばす。
直後、舞った星屑も、予兆が見られる前に既に回避体制に入っていたから問題なく躱す。
「白石ユウカ。単純な強さならアンノウンに次ぐレベル6の超能力者。まさか調べていないとでも思っていたのかい? 君の超能力、身体能力、戦闘におけるクセ。全部把握済みだ」
ユウカは突っ込んだ瓦礫を破壊しつつ、立ち上がる。アルゼスもまだまだ余裕はある。
まだ戦う余力はある。が、しかし、相手が強すぎる。
「ああ、確かに恐ろしい。初見なら何も分からず死んでいたかもしれないね。ただね、私は私が強いだなんて、ましてや最強だなんて思ったことはない。だから、油断しないんだよ」
ギーレは構えを取る。
純粋な格闘戦においても、彼は非常に高水準だった。大魔族由来の身体能力を、長年の経験が後押ししていた。
「⋯⋯スミス、このままじゃ埒が明かない。私に合わせろ。君ならできるはずだ」
「スピードなら自信がある。合わせてやるさ。思い通り、遠慮なく、好きに動いてくれ。必ず合わせる」
ギーレは最早、ミナの方を一瞥もしていない。
彼が最も警戒しているのは白石ユウカであり、アルゼスにはリソースの三割程度を割くぐらいにしている。
ユウカが、動き出す。一直線にギーレに接近する。
(速い、さっきより更に)
ユウカはギアを一つ上げたようだ。
正面から二人がラッシュを仕掛けてくる。ギーレはそれを迎撃すべく、構えていた。
瞬間、目の前に光が生じる。ミナのスターダストだ。これに殺傷能力はない。が、ギーレは目を瞑ってしまった。
ユウカの接触を、直前までの記憶と気配を読んで躱すも、アルゼスの蹴りをノーガードで食らう。
ユウカの裏拳が飛んでくる。ギーレは魔獣をクッションに受け止めた。
(何度も受け止めることはできない。すぐに魔獣のストックが尽きてしまう)
ユウカの『破壊』は魔獣には通用しない。純粋に魔力強化した打撃で魔獣は葬られている。かといって、耐えられそうな二級クラスの魔獣を盾に使うのは勿体ない。
(リソース節約のために一級魔獣を出しておかなかったのは失敗だったな。魔術を使える奴がいれば多少楽になったんだが)
そんなことを考えつつ、ギーレはユウカとアルゼスのラッシュを的確に捌いていく。
このまま時間を稼ぎ、魔力回路の回復を待ちたいところだが、どんどんとユウカのスピードは上がっていっている。
魔力強化術に慣れてきている。それを、習得している。
ギーレがそのことを理解した時、口角が自然と上がった。
「『完全複製』ッ! 視えているんだね、私の術が!」
経過時間──三十秒。
ユウカの正確な体内時間はそう言っている。まだ、ギーレには余裕がありそうだ。
一瞬だけ、ユウカはミナの方に目をやった。
今この場で、ギーレに致命傷を与えることができる人間は彼女ただ一人。ユウカではできない。アルゼスでもそうだ。
ミナは自分の役割を理解している。だから、立ってはいるが息を整え、可能な限り体調の回復に専念している。
(残り三十秒。それまでに⋯⋯!)
──『魔物支配』、再起動。
────回路術式Ⅴ、展開。
「──〈夥纏葬玉〉」
ギーレの指先に、数多の魔獣の魔力、核が集まり、織られ、一つに成る。
それによる拒否反応。反発。あるいは融合。なんであれ、総量からはかけ離れた魔力を編み出す。
自らの手札を大幅に減らす代わりに、術師の出力を超えた一撃を放つ魔術。ギーレはそれを使用した。
黒色の玉が生成され、ユウカたちに放たれ、破裂する。
「⋯⋯そうさ。私の魔力回路は一分後に回復する。ただし、それは⋯⋯心核結界の再使用が可能になるまでだ」
心核結界と回路術式Ⅴは、同じ魔術の奥義とされる。この二つに絶対的な性能差はなく、行使難易度、魔力回路への負荷は変わらない。
だが、明確に違う点が一つ。
「通常の魔術と心核結界では、魔力回路の負荷が掛かる部分が違うんだ。心核結界では特に結界術⋯⋯構築に関係する部分への負荷が大きい。逆に言えば、それ以外への負荷は小さくて済む」
それでも、大多数の心核結界会得者にとっては、ほとんど誤差みたいなものだ。心核結界が使えるくらい回復しなければ、まともに魔術は使えない。それが常識。
しかしここには例外が居る。
大魔族、ギーレは、GMCでも未だブラックボックス扱いされている脳の魔力回路の部分を、その構造を把握している。ゆえに外科手術などによって、この弱点を緩和している。
ギーレは心核結界展開後、再度心核結界が使えるようになるまでに平均一分。魔術だと三十秒後には使用可能となる。
「まあ、そういうわけだよ。⋯⋯無意味に君を庇った彼女に、最期の手向けってやつだ」
──ユウカは、ギーレの魔術を見た瞬間、覚悟を決めた。
彼女はミナとアルゼスを守るために、真っ先に玉に向かった。それを、超能力をフル活用し、魔力防御した全身を盾として、受け止めた。
それでも威力は殺し切れず、近くに居たアルゼスは全身に大火傷をしたような傷を受け、意識も喪った。
しかし、遠くにいたミナは殆ど無傷で済んだ。
アルゼスも生きている。僅かにだが呼吸音が聞こえる。
白石ユウカは、大魔族の奥義ともいえる魔術から、二人の命を守ったのである。
「────」
ミナは、そこに落ちていた「風紀委員」と書かれた腕章を見つめていた。
そして、それからギーレの方に顔を向ける。
心の奥から溢れるような憎悪。悲嘆。そして、殺意。
「⋯⋯大魔族、ギーレ。⋯⋯オマエのせいで。皆が傷ついた。関係ない人が殺された。オマエのせいで。オマエの、せいで」
ユウカが目の前で殺された。ミナを守るために、あの魔術を受け止めたからだ。
アルゼスは死んでいてもおかしくない負傷を負っている。同じくミナを守るために、前に出ていたからだ。
リエサが病院に運び込まれたと知ったとき、ミナは、言いようもない恐怖を覚えた。もしかしたら、死んでしまったんしゃないかと思ったから。
だけど、けれど、しかし、だが、その引き金となったのは、この事件の発端は、原因は、要因は、元凶は、全ての責任、全ての罪は──、
「──オマエ、だ」
堪えていた。ここで冷静さを失えば、きっと、ミナはミナでなくなる。だからずっと、冷静を保とうとしていた。
──回復に専念しなければ。
けれど、ミライが傷ついたことが、最初にミナの心を傷つけた。
──もっとわたしが上手くやっていれば。
心核結界による魔力回路の麻痺、脳回路への多大な負荷。
そんなもの、どうだっていい。どうでもいい。全部、後回しだ。
「わたしは、わたしが⋯⋯」
星華ミナの持つ『仄明星々』、『変質』、『星塵』。
これら三つのチカラは解析、最適化された上で、統合する。
今まで、別々に動いていた要素全てが合わさり、そして、これの次元を上げる。
「⋯⋯ 害獣を、駆除してやる」
超能力者、星華ミナ。レベル、5.99。
魔術使い、星華ミナ。等級、一級相当。
異能力者、星華ミナ。Risk Level、Bet。
そのどれもが、各分野における最高クラスには及ばない。だがしかし、それらが一つに合わさり、相乗効果を加味すれば──。
統合能力──『超臨界・仄明星々』
ここに、新たなヒトのカタチが成された。
都市部からは離れた場所であり、通行は制限されている。通行できるのは財団関係者のみだ。
しかしながら、今日は違った。
「全く、手緩い歓迎だ。サイト-16には及ばないね」
門番を殺害し、駆けつけた警備員を魔獣に食わせ殺し、ようやく来た機動部隊をさっさと全滅させる。
時間稼ぎとしては上出来だ。なにせ大魔族の足を三秒止めたのだから。
ただ問題なのは、その時間稼ぎはまるで意味が無かったことだ。
「まさか、私が財団をもう一度狙うとは思わなんだろう?」
襲撃者、大魔族ギーレは、サイト-13の入口に到着する。
サイトは刑務所のようなコンクリートの外壁に囲まれており、外から中の様子を伺うことはできない。
しかし、迎撃の準備は整っていると考えるべきだろう。ノコノコと無防備に侵入すれば、文字通り蜂の巣にされる。
だが彼は魔族だ。通常兵器など通じない。
ギーレはコンクリートの壁に触れ、一般攻撃魔術を応用し、炸裂させる。
これによって外壁は砕け、その煙が舞う。
そんなの関係ないと言わんばかりに、待機していた機動部隊たちが煙幕を狙って対魔族銃器を掃射。
「なるほど驚いた。確かに可能性はあったが、もうそこまで準備していたか。⋯⋯でも、とんだ笑い話だ。B、Aクラスのアノマリーに銃弾が通じたことはあったのかい?」
ギーレは弾丸を見て、防御魔術を展開した。
それは必要最低限の展開時間、箇所、強度に調整されている。最早自動化されているのではないかと見紛うほどだ。
「まさか。馬鹿げた話だ。つまり、どちらにせよ君たちは相手にならないということだよ。滑稽だね」
至るところの空間が割れ、魔獣が顕れ機動部隊を蹂躙していく。一分も経たない間に、第一次防衛陣は突破される。
「⋯⋯さて」
──瞬間、ギーレの周りには星屑が舞った。彼の反応速度でも、これを見てから避けることはできない。
彼は事前に察知し、魔獣を盾にして爆裂を凌いだだけだ。
「星華ミナ⋯⋯だったか」
ギーレは振り返り、空中に浮遊していたミナを見た。余裕そうな作り笑顔を浮かべていた。
「君はミース学園の生徒だろう?」
「────」
ギーレを囲むように全方位から力が生じる。それは瞬く間もなく大きくなっていった。
まるでブラックホールだ。ギーレは脚力を強化し、脱出するために跳躍した。
「『暗黒斥力』⋯⋯」
そして間髪入れず、ギーレの背後に白髪をたなびかせ、キックの予備動作を取っていた少女が居る。
ギーレはイカのような魔獣を盾にして彼女の蹴り──接触を避けるも、衝撃までは消すことはできずに地面に叩きつけられた。
しかし彼は両足で着地し、追撃の爆裂をバク転で躱し、体制を直す。
「『破壊』、ね」
ギーレに相対するように、ミナ、アルゼス、ユウカが立つ。
「──まさか、財団は学徒動員でもするほど弱ったのかい?」
レベル6が二名。そしてレベル6相当の超能力者一名。計三名が、ギーレと対面する。
「だが、だとしても人員配置には不備があるね。役不足だ。君たち程度⋯⋯」
爆裂の反作用による高速移動。全身にその影響を及ばせることで、ミナのスピードは更に飛躍していた。
(速い──)
一瞬でギーレの目前に現れ、至近距離、魔力が込められた減衰なしの超爆破を起動する。
防御魔術と魔力防御を最大出力で即時展開し、ギーレは頭が吹き飛ばされることを防いだ。
ミナの回し蹴りも後ろに倒れるように避けて、後隙を蛇型の魔獣を召喚することで消す。
ミナは蛇型の魔獣を爆裂で一掃した。
続くようにして、アルゼスが近接戦を仕掛けてくる。彼の持つ短剣を左腕で受け流し、空いた胴体に拳を叩き込む。が、彼は膝でガード。瞬発的な斥力がギーレを襲い、上空に吹き飛ばされた。
空中に居る彼を狙い、ユウカは斬撃を放つ。ギーレはこれを魔獣を盾にして防いだ。そして魔力を推進力とするため、爆発させ、着地した。
そこを三人がかりで襲い掛かる。だが、その瞬間、地面が丸ごと何かの口のようなものになって、三人は口内に落ちる。
「食われた、と思っただろう? 私からしてみれば、君たちはただただその場で転んだようにしか見えないんだがね」
三人は立ち上がる。囲っているというのにギーレには隙がない。判断を間違えれば死が待っていると直感した。
「それにしても驚いたよ。まさかこんなに強いとは。やるじゃないか。厄介だね」
ギーレはわざとらしい笑みを浮かべたかと思えば、次の瞬間、彼を中心として三方向の空間が割れる。それは魔獣を召喚する合図。
ミナには海月のような、ユウカには百足のような、アルゼスには蝿のような魔獣の群れが押し寄せる。
能力をフル活用、もしくは魔道具によって魔獣の群れを殲滅する。
そしてギーレを捉え直そうとするも、そこに彼の姿はなかった。魔力感知や気配を探るも、時すでに遅し。
「だから、一番崩しやすいのから殺すことにした」
刹那でギーレはアルゼスの背後に回っていた。手刀がアルゼスの首を叩き斬ろうとしていた。
ミナもユウカも、助けは間に合わない。反撃は考慮に値しない。
しかし、その、瞬間だった。
近くの建物。その物陰より、人影が飛び出してきたのを、ギーレは見ていなかった。
その人物は刀の柄に手を掛け、居合の構えを取っていた。
◆◆◆
テロ決行の3日前。1月19日、0:19。
GMCが管理、運営するとある病院は、関係者専用のものである。
テロ宣言日の夜にサイト-16が襲撃され、多数の死傷者を出した。その大半の被害者がこの病院に輸送された。
もちろん、マリア・ヒューズもそうだった。
「⋯⋯⋯⋯」
彼女の容態は回復傾向にある。既に体の痛みはなく、通常業務ならばこなすことができるだろう。
彼女一人が居なくなったところで、彼女のチームメンバーたちの日々の業務に支障が出るとは思えない。しかし、彼女らの仕事はイレギュラーが付きものだ。そのイレギュラーに対応するためには、マリアの知識と能力は必要不可欠だろう。
だからすぐにでも復帰したいところで、実際、マリアは明日から出勤することになっている。
帰った時にあるであろうデスクの上の資料の山を想起しつつ、彼女は目を閉じて眠ろうとしていた。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯!」
そんな時、マリアは僅かな足音を聞き取った。
隣の部屋の何でもない音を聞き取っただけなら気にすることなく眠りについていた。ましてや彼女が神経質なわけでもない。
確実に、マリアの病室に近づいていっている。ナースコールを押した記憶はない。
(こんな時間に誰が外を歩くの? 一直線にこっちに来ている。何より嫌な予感がする)
マリアの意識は既に覚醒している。拳銃を手に取りセーフティを解除し、扉の裏側に隠れ、息を潜める。
やがて足音はマリアの病室の前で止まった。
そして、ゆっくりとドアノブが動き、扉が開く。
「────動くな」
侵入者はマリアの言葉を無視して、振り返ろうとした。だからマリアは容赦なく引き金を引いた。
しかしハンマーは弾かれなかった。その前に拳銃は破壊されたからだ、彼女の右手ごと。
「っ──」
手が急にズタズタに引き裂かれた原因はわからない。しかし痛みに悶ている暇も、その原因を理解する時間もない。
彼女は残った左手を使って、侵入者に抵抗しようとした。
が、侵入者の手刀は一瞬でマリアの心臓を貫いた。
なすすべなく、たった十秒も経たず、マリア・ヒューズは殺害された。
「⋯⋯⋯⋯」
侵入者は何事もなかったかのように立ち去った。
◆◆◆
マリア・ヒューズの死亡は、翌日の朝には既に財団に報告されていた。
現場の魔力残滓から、犯人はとある一級魔詛使いであると判断。病院には結界術の展開痕跡があり、これが理由で魔術的警報装置や防犯装置が無効化されたのだと予想された。
犯人である魔詛使いは居場所が特定され、拘束。情報を吐き出させたあと、処理されている。
その犯人にマリアを殺させたのは、供述内容からするにギーレだと思われた。
「⋯⋯ヒューズ。彼女を殺したのがギーレだとすれば、その目的は何だ?」
マリアの直属の上司、D-3、リアム・スレイン。
彼は自らの執務室にて、思考を巡らせている。こういうことはマリアの得意分野だったが、彼女亡き今、リアムが代わりを務めなくてはならない。
「復讐ではないはずだ。わざわざ魔詛使いを雇ってまでするような合理的理由ではない。彼女が飼っているアノマリーを彼女以外が飼い慣らすことは非常に難しい。これもないだろう。ならば⋯⋯」
マリア・ヒューズという人間の価値。一番、財団が頼りにしてきて、相手にとって厄介な部分は何か。
それは、知識と能力。アノマリーを知り尽くしており、凄腕の元フィールドエージェントであった経験からくる判断、推察能力。
「⋯⋯ありえないことはない」
──時は現在に戻る。
物陰より飛び出したのは、剣野ミライ。目的は居合抜刀による最速の斬撃により、ギーレを不意打ちで殺すこと。
この際、情報収集は考えない。『死の祝福』による回復、蘇生不可の即死攻撃を仕掛け一撃で仕留める。魔族に能力を載せた斬撃が通ることは確認済みだ。
そのためにミナ、ユウカ、アルゼスで隙を作った。
全ては、この一太刀のために。
「──まさか、気が付かないとでも思ったのかい?」
ギーレは振り返り、ミライの刀の側面を拳で叩き付け、折る。そしてできた一瞬の隙を狙って蹴りを入れた。ミライは壁面に叩きつけられた。
「魔力探知が妨害されているから不意打ちが通るとでも? ははは! 甘い。本当に、甘いよ」
固有魔力『魔物支配』。その効果は、調伏した魔物を支配し、自由自在に操ることができるというもの。
ギーレはサイト-13に侵入した時点で、昆虫型、鳥型の魔獣などを飛ばしている。それらとの視界共有で、彼は魔力感知ができずとも位置情報を把握していた。
「さあて、と。じゃあ終わらせようか」
ミライが不意打ちを狙っていたから、ギーレは敢えて隙を見せて、それを誘った。見事これは成功した。
もう伏兵は居ない。ならば、確実に勝てる方法で勝つのみ。
「心核結界〈魔胎生窟〉」
ギーレは結界を閉じ、逃亡の可能性を消し去る。
ここで確実に葬れば、彼の目標は達成される。既にこのサイトで欲しいアノマリーは、使役する魔獣が確保しているのだから。
薄暗い洞窟のような結界空間。三人の周りには無数の魔獣が現れる。
魔力強化と魔術の必中化。および即時の出現。
ギーレ本人も強化され、最早勝ち目はないと言える。
だが──
「──心核結界〈墜幻想煌星〉」
ミナの詠唱魔術に、驚いたのはギーレだった。
魔術を習って一ヶ月と少し。その程度の少女が、まさか、魔術の極地とも言える心核結界の展開を行った。
だが所詮は付け焼き刃程度のはず。ましてやギーレには、出力でも練度でも、勝ち目はない。だから、今の今まで人数有利を取っていながら心核結界を使わなかった。
実際それは間違っていなくて、ミナの魔力出力、練度ではギーレの心核結界に対抗することも叶わない。
しかしギーレは気がついた。彼女は端から、ギーレの心核結界を塗り潰そうだなんて考えていないことに。彼女の心核結界が、彼女の固有魔力とはかけ離れた性質を持っていることに。
星華ミナは超能力と魔術をかけ合わせて使っている、ということに。
「──まさか」
心核結界は結界を構築し、そこを心象で満たし、固有魔力を付与する大魔術。心象でもある固有魔力だからこそ、それを投影することで独自の世界を顕現できる。
だが、結界に付与するものは固有魔力でなければならない、という常識はネイフェルンが否定していた。
ミナが心核結界に付与したものは魔力を込めた超能力だ。
そして、彼女は心核結界をギーレのそれの外郭を取り囲むようにして展開した。
──直ちに、心核結界の外壁は爆破解体された。
「⋯⋯驚いた。君が、心核結界を使えるとは」
エストから教えられたことがある。
ミナには才能があるが、大魔族や特級魔術師とやり合うには実力が足りない。どんなに早くても、まともにやり合えるのは十年後。
だから今の彼女に必要なのは、特異性。正面から戦うのではなく、他にはないモノで格上を屠る能力。
それが、超能力と魔術の合わせ技だった。
「しかし、君のそれには超能力が編み込まれている。脳への負担もさぞ辛いだろう? ⋯⋯思うに、決定打を失ったのではないかね?」
三人の中で最も強いのはユウカだ。時点でアルゼス。しかし、決定力という意味では、ミナが最も高い。理由は、彼女の超能力の破壊力と範囲だ。それはユウカより、対魔族性能としては優れていた。
ギーレも心核結界の展開によって魔力回路は麻痺している。しかし、特別彼にとって、それによる影響は微々たるものだった。
『魔物支配』は使用困難となっている。
ただし、彼は既に魔獣を幾体も顕現させていた。
開放済みの魔獣は、例え魔力回路が麻痺していようと使役することができる。魔力回路は主従関係を司っていない。それは調伏が完了した時点で契約として成立している。
「私の魔力回路はこれから一分後に回復する。それが君たちの命日だ」
四級から二級の魔獣が、ギーレの元に戻って来た。そしてミナたちに牙を向く。
心核結界が回復するまでに、決着を付けなくてはならない。
まず動き出したのはギーレだった。
今、ミナは心核結界の展開により脳回路、魔力回路共に疲弊しきっている。彼女をカバーするように、ユウカが前に出た。
手を前に出し、斬撃を牽制として放つ。ギーレは魔獣を盾にそのまま走り、ユウカとの距離は詰められた。
その頃には盾にされた魔獣は見るも無惨な状態になっていた。ギーレはそれをぶん投げる。
ユウカは手で触れて弾く。破壊はされていない。
ギーレはユウカに対して接近戦を仕掛ける。ギーレの肉体は人間のものとほぼ同一。構造的に、魔力を伴わない攻撃でもダメージを受けるため、『破壊』を持つユウカとの接近戦は本来避けて然るべき。
しかし、ことギーレにおいてはその限りではない。
ユウカはギーレに触れようと、手を伸ばす。
「その超能力の発動条件は『手の平か指で触れること』だろう?」
しかし、ギーレはユウカの手首を掴み、受流した。空いた胴体に、右ストレートをぶちかます。
追撃してユウカをダウンさせたいところだが、アルゼスが背後に回っている。
ギーレはユウカをぶん回し、アルゼスに当て、二人もろとも吹き飛ばす。
直後、舞った星屑も、予兆が見られる前に既に回避体制に入っていたから問題なく躱す。
「白石ユウカ。単純な強さならアンノウンに次ぐレベル6の超能力者。まさか調べていないとでも思っていたのかい? 君の超能力、身体能力、戦闘におけるクセ。全部把握済みだ」
ユウカは突っ込んだ瓦礫を破壊しつつ、立ち上がる。アルゼスもまだまだ余裕はある。
まだ戦う余力はある。が、しかし、相手が強すぎる。
「ああ、確かに恐ろしい。初見なら何も分からず死んでいたかもしれないね。ただね、私は私が強いだなんて、ましてや最強だなんて思ったことはない。だから、油断しないんだよ」
ギーレは構えを取る。
純粋な格闘戦においても、彼は非常に高水準だった。大魔族由来の身体能力を、長年の経験が後押ししていた。
「⋯⋯スミス、このままじゃ埒が明かない。私に合わせろ。君ならできるはずだ」
「スピードなら自信がある。合わせてやるさ。思い通り、遠慮なく、好きに動いてくれ。必ず合わせる」
ギーレは最早、ミナの方を一瞥もしていない。
彼が最も警戒しているのは白石ユウカであり、アルゼスにはリソースの三割程度を割くぐらいにしている。
ユウカが、動き出す。一直線にギーレに接近する。
(速い、さっきより更に)
ユウカはギアを一つ上げたようだ。
正面から二人がラッシュを仕掛けてくる。ギーレはそれを迎撃すべく、構えていた。
瞬間、目の前に光が生じる。ミナのスターダストだ。これに殺傷能力はない。が、ギーレは目を瞑ってしまった。
ユウカの接触を、直前までの記憶と気配を読んで躱すも、アルゼスの蹴りをノーガードで食らう。
ユウカの裏拳が飛んでくる。ギーレは魔獣をクッションに受け止めた。
(何度も受け止めることはできない。すぐに魔獣のストックが尽きてしまう)
ユウカの『破壊』は魔獣には通用しない。純粋に魔力強化した打撃で魔獣は葬られている。かといって、耐えられそうな二級クラスの魔獣を盾に使うのは勿体ない。
(リソース節約のために一級魔獣を出しておかなかったのは失敗だったな。魔術を使える奴がいれば多少楽になったんだが)
そんなことを考えつつ、ギーレはユウカとアルゼスのラッシュを的確に捌いていく。
このまま時間を稼ぎ、魔力回路の回復を待ちたいところだが、どんどんとユウカのスピードは上がっていっている。
魔力強化術に慣れてきている。それを、習得している。
ギーレがそのことを理解した時、口角が自然と上がった。
「『完全複製』ッ! 視えているんだね、私の術が!」
経過時間──三十秒。
ユウカの正確な体内時間はそう言っている。まだ、ギーレには余裕がありそうだ。
一瞬だけ、ユウカはミナの方に目をやった。
今この場で、ギーレに致命傷を与えることができる人間は彼女ただ一人。ユウカではできない。アルゼスでもそうだ。
ミナは自分の役割を理解している。だから、立ってはいるが息を整え、可能な限り体調の回復に専念している。
(残り三十秒。それまでに⋯⋯!)
──『魔物支配』、再起動。
────回路術式Ⅴ、展開。
「──〈夥纏葬玉〉」
ギーレの指先に、数多の魔獣の魔力、核が集まり、織られ、一つに成る。
それによる拒否反応。反発。あるいは融合。なんであれ、総量からはかけ離れた魔力を編み出す。
自らの手札を大幅に減らす代わりに、術師の出力を超えた一撃を放つ魔術。ギーレはそれを使用した。
黒色の玉が生成され、ユウカたちに放たれ、破裂する。
「⋯⋯そうさ。私の魔力回路は一分後に回復する。ただし、それは⋯⋯心核結界の再使用が可能になるまでだ」
心核結界と回路術式Ⅴは、同じ魔術の奥義とされる。この二つに絶対的な性能差はなく、行使難易度、魔力回路への負荷は変わらない。
だが、明確に違う点が一つ。
「通常の魔術と心核結界では、魔力回路の負荷が掛かる部分が違うんだ。心核結界では特に結界術⋯⋯構築に関係する部分への負荷が大きい。逆に言えば、それ以外への負荷は小さくて済む」
それでも、大多数の心核結界会得者にとっては、ほとんど誤差みたいなものだ。心核結界が使えるくらい回復しなければ、まともに魔術は使えない。それが常識。
しかしここには例外が居る。
大魔族、ギーレは、GMCでも未だブラックボックス扱いされている脳の魔力回路の部分を、その構造を把握している。ゆえに外科手術などによって、この弱点を緩和している。
ギーレは心核結界展開後、再度心核結界が使えるようになるまでに平均一分。魔術だと三十秒後には使用可能となる。
「まあ、そういうわけだよ。⋯⋯無意味に君を庇った彼女に、最期の手向けってやつだ」
──ユウカは、ギーレの魔術を見た瞬間、覚悟を決めた。
彼女はミナとアルゼスを守るために、真っ先に玉に向かった。それを、超能力をフル活用し、魔力防御した全身を盾として、受け止めた。
それでも威力は殺し切れず、近くに居たアルゼスは全身に大火傷をしたような傷を受け、意識も喪った。
しかし、遠くにいたミナは殆ど無傷で済んだ。
アルゼスも生きている。僅かにだが呼吸音が聞こえる。
白石ユウカは、大魔族の奥義ともいえる魔術から、二人の命を守ったのである。
「────」
ミナは、そこに落ちていた「風紀委員」と書かれた腕章を見つめていた。
そして、それからギーレの方に顔を向ける。
心の奥から溢れるような憎悪。悲嘆。そして、殺意。
「⋯⋯大魔族、ギーレ。⋯⋯オマエのせいで。皆が傷ついた。関係ない人が殺された。オマエのせいで。オマエの、せいで」
ユウカが目の前で殺された。ミナを守るために、あの魔術を受け止めたからだ。
アルゼスは死んでいてもおかしくない負傷を負っている。同じくミナを守るために、前に出ていたからだ。
リエサが病院に運び込まれたと知ったとき、ミナは、言いようもない恐怖を覚えた。もしかしたら、死んでしまったんしゃないかと思ったから。
だけど、けれど、しかし、だが、その引き金となったのは、この事件の発端は、原因は、要因は、元凶は、全ての責任、全ての罪は──、
「──オマエ、だ」
堪えていた。ここで冷静さを失えば、きっと、ミナはミナでなくなる。だからずっと、冷静を保とうとしていた。
──回復に専念しなければ。
けれど、ミライが傷ついたことが、最初にミナの心を傷つけた。
──もっとわたしが上手くやっていれば。
心核結界による魔力回路の麻痺、脳回路への多大な負荷。
そんなもの、どうだっていい。どうでもいい。全部、後回しだ。
「わたしは、わたしが⋯⋯」
星華ミナの持つ『仄明星々』、『変質』、『星塵』。
これら三つのチカラは解析、最適化された上で、統合する。
今まで、別々に動いていた要素全てが合わさり、そして、これの次元を上げる。
「⋯⋯ 害獣を、駆除してやる」
超能力者、星華ミナ。レベル、5.99。
魔術使い、星華ミナ。等級、一級相当。
異能力者、星華ミナ。Risk Level、Bet。
そのどれもが、各分野における最高クラスには及ばない。だがしかし、それらが一つに合わさり、相乗効果を加味すれば──。
統合能力──『超臨界・仄明星々』
ここに、新たなヒトのカタチが成された。
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