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第116話 暗翠万緑都
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財団からの報せを聞き、アンノウンは即座にテレポートした。座標は知っていたからだ。
しかし彼が到着した頃には、既に戦いは始まっていた。
都市、グリンスタッド。
人口約四百万人。緑が豊かな都市であり、観光スポットとして人気の高い場所だ。例年多くの観光客が訪れている。特に人気高いところを二つ挙げるとすれば、都立自然公園とグレートシーヴァ湖だろうか。
アンノウンはそんなものに興味がないから、グリンスタッドに行ったことはない。けれどその地理は殆ど全て頭に叩き込んでいる。
中央部、最も高い建造物の屋上に転移してきた彼は、都市を一望する。
「⋯⋯酷ェ有様だな」
植物型の魔獣とノースが蔓延っている。一般人は排斥済みらしく、殺し殺されているのは魔術師だ。
確かに人員はできうる限りのリソースを割き、配置されていた。しかし足りない。絶対的な数も、そしてその実力も。
アンノウンは彼ら全員を救うことは不可能だと理解した。だができるだけの善処に、努力は厭わない。
それがせめてもの償いなのだから。
──それは巨大なノースだった。
赤みがかった両生類じみた長い胴体に計六本の脚。ギョロギョロとした目が四つあり、丸い口を持つ。
全長およそ十五メートル。まさに異形らしい。
それと対面していた魔術師は五名だった。それぞれ四級から二級の魔術師である。
そして現在、二級魔術師が叩き潰され即死した、呆気なく。
「あ。ああ」
四級魔術師だったその女性は、二級魔術師の男性と付き合っていた。婚約も考えていた。
そんな大事な人が目の前で殺されてしまったものだから、彼女はその事実を信じられなかった。
怒り? 悲しみ? そんなものはなかった。何も、なかった。ただ、「あとを追わなければ」と思った。
だから彼女は、歩いた。歩いて、逝こうとした。
──しかし、瞬間。目前に、黒髪の少年が現れる。彼の足元では僅かに砂が舞っていた。おそろしく速い速度でここまで来たのだろうか。
そして次の瞬間には、ノースはバラバラに解体されていた。というより、体のいたる所が消し飛んだようだ。紫色の血を撒き散らしながら、肉片へと変換されたのである。
「⋯⋯なんで。私を助けたの、どうして私に、彼のあとを追わせてくれなかった!」
「テメェの事情なんぞ知らん。が、目の前で人に死なねると目覚めが悪ィんだ」
アンノウンはノースの肉片を広い、それからその化物について解析を行う。ほんの数秒で理解したあと、彼は小さく舌打ちした。
それからようやくアンノウンは哀れな自殺願望を抱く女性の方に振り返る。
「誰も、テメェが死ぬことは望んじゃいない。それでも死にたきゃ、勝手に独りで死ね」
アンノウンはテレポートし、その場から去った。その後、彼女がどうなろうが知ったことではない。
しかし、彼がやるべきことは何も変わらない。
アンノウンはできる限りの償いを行う。できる限りの人助けをする。
全員を助けることはできない。彼は万能ではない。その一つの理由は、彼の体は一つしかないことだ。
都市一つ。そこで戦う全ての魔術師たちの命を助けることはどうしたって不可能だった。
三十分後。アンノウンはグリンスタッドに展開された不明の魔術式を解析、解体した。
残る魔獣とノースは、残存の魔術師たちでも十分対処できる。
ならば、次にすべき事は一つ。先程、報告にあった不明な建物群の調査と、おそらくそこに居るであろう大魔族、レジアの討伐だ。
アンノウンはそこに向かった。向かおうとしたが、それより先に事態は急変した。
「⋯⋯何だァ?」
グリンスタッドが、再び植物に覆われていく。侵食されている。
なぜだ? アンノウンは先程、この都市に刻み込まれていた魔術式を解体したはずだ。それは確実に行われたはずだ。なのに、なぜ。
事態の把握に努めようとしたが、しかし、すぐにアンノウンはそれどころではないと気がつく。
「お前か? 俺の術式を壊したのは」
それは、いつの間にかそこに居た。
自然的に鮮やかな、絹のような緑の長髪。整った中性的な顔つき。額からは二本の角が生えていることを除けば、まるっきり人間の姿だ。
この化物の名は、レジア。『暗翠』の大魔族。
彼は片手に重量バランスがまるで狂っていそうな片手斧を軽々と持っていた。
「そうだ、と言ったら?」
植物の茎のようなものが魔力を帯びて、触手のように動きアンノウンを襲った。
アンノウンは攻撃を掻い潜り、レジアに接近。さっさと手で触れて、その存在を消し飛ばしてやると考えていた。
だが、レジアに触れても消し去ることはできなかった。
抵抗力が高かったのもあるし、それより先に、アンノウンの腕が植物化したからだ。
「そこらの魔術師より魔力はあるが、魔力操作に見合っていないな。魔力が使えるだけで魔術師ではないのか? 超能力者、って奴なのか? お前は」
アンノウンは腕を切り飛ばし、オーバーライドする。
その光景を珍しいそうにレジアは見ていた。
「はは。奇妙な術だ。魔力を感じないというのに、まるで魔術のようなことをする。成程、それが超能力か」
レジアの言葉に耳を貸すことなく、アンノウンは彼の魔術を解析しようとした。
そして、表面的な情報だけで、その異質さ、練度、馬鹿みたいな能力を知った。
「⋯⋯。⋯⋯面白ェ!」
アンノウンは黒翼を展開した。
勿論、無能力者であるレジアにその異常さは理解できないが、食らってはならないもの、受けてはならないものであるということくらいはひと目で理解した。
だから、
「恐ろしいな。そして心底興味が湧かない」
無表情だ。そも、魔族に感情というものがあるのか、人間には分からない。が、レジアは取り繕おうとも思っていなかった。
そう。だから、よって、レジアはアンノウンで遊ぶつもりもなく殺す気になった。
植物の根が、茎が、葉が、幾つも織られて、幾つも重ねられて、幾つも顕る。
そして、圧倒的な質量攻撃が吹き荒れた。
アンノウンは直ちに回避運動を取る。だが、植物の集合体は的確に彼を撃ち抜こうとしていた。
開戦から二秒後。周辺が瓦礫の山に変えられた。
アンノウンは短距離テレポートし、レジアの側面を取る。黒翼は既に予備動作を終えており、あとは振り払われるだけだ。
が、レジアはこれを見切り、片手斧によって反撃する。
──No Effectにはならなかった。
(まだ分かってねェ術式だ。⋯⋯ああ、いや、そうか)
魔術と超能力は互いに真反対ともいえる性質を持つものの、影響はし合う。
心核結界だ。このグリンスタッド全域を覆うこの植物たちは、レジアの心核結界によるもの。
だから、この領域内において、あらゆる魔術や超能力は弱化される。相殺されてしまう。
(能力自体を封殺するほど強固なもんじゃねェが、複雑で現実から乖離している改変ほど出力は低下する)
アンノウンだと、あらゆる攻撃を無効化するNo Effectと非接触の不解化及び他者のオーバーライドなどが使えなくなっている。
自己のオーバーライドやテレポート。黒翼の展開などはできるものの、出力が低下している。
対してレジアは、今わかっているだけでも三つは心核結界の恩恵を受けている。
(一つ、魔力の実質的な無限化。一つ、術式適応範囲内における無制限の魔力探知。一つ、不死身ともいえる再生能力)
身体能力や魔術能力の強化は数にも入れていない。
今のレジアは平時よりどれだけ強いのか検討つかない。アンノウンはそもそも平時の彼の強さを知らないからということもあるが、何より、
(コイツ⋯⋯全力じゃねェな。興味ないとか言ってたわりにはしっかりオレの動きを観察してやがる)
レジアには明らかな余裕があった。
アンノウンの黒翼を躱し、接触を避け、岩投げなどの単純な物理攻撃は防御している。
レジアは防戦をメインにしつつ、アンノウンの隙を探しているのだ。
(オレもコイツも、互いに接触=即死の能力だ。一度触れた時点でコイツの抵抗力は把握できた。抵抗力削って今度は確実に殺せる。が、コイツも同じと考えるべきだろう。つまり、先に触れたほうが勝ちのクソゲーで、おそらくそのリミットが先に来るのはオレだ)
心核結界内においては、アンノウンはレジアに、一撃必殺能力の出力という面では劣ると認めざるを得ない。
(けっ。まさかオレが挑戦側になるとはな)
──だから、面白ェ。
アンノウンは自己へのオーバーライドを強める。それによって、彼の姿に掛かるノイズも濃くなる。
「本当にお前人間か?」
「さァな。知らねェよ」
黒翼を横薙ぎ。レジアは姿勢を低くして回避。曲げた脚をバネのように、レジアはその体制から一気に跳躍。アンノウンの首を狙って片手斧を薙ぎ払う。
が、アンノウンは自己の肉体を引き伸ばし、斧を避けた。
「身軽だな。ならこれはどうだ?」
茎が伸びる。アンノウンはそれを避けるために空中に転移したが、一瞬でレジアは彼を補足した。
斧が振り下ろされた。アンノウンはこれを硬質化した両腕でガードする。
地面に叩き落とされるも、その程度でダメージを受けることはない。
着地したアンノウンに、レジアは踏みつけるように落ちてくる。彼はバク転し回避。黒翼を振り払う。
が、レジアは姿勢を低くして躱し、それからアンノウンに接近。足を払う。
アンノウンは黒翼で飛行し、その場を離れ、レジアから距離を取る。
(周囲に人はいねェな)
アンノウンは右腕を突き出し、小さな黒い太陽を創り出し、レジアに放つ。
レジアは即座に無数とも言える魔性植物を展開。黒い太陽を受け止め、そして飲み込む。
「はッ。並のレベル6なら近付くこともできねェ熱量と改変力なんだがな」
「ああ。通りで。表面が焼けたわけだ」
レジアの軽度の火傷が瞬間的に治癒する。
「それにしても中々やるな、人間。俺相手にここまで生きていられる奴は魔術師でも滅多にいないぞ」
「仮にもオレは最強名乗ってるんでな。まだまだやらせてもらうぜ」
アンノウンは解析した一般攻撃魔術陣を複数展開し、断続的に掃射する。
レジアは的確にタイミングを合わせて全て防御する。防御しつつ、彼はアンノウンに右手を向ける。
「いいか、人間。一般攻撃魔術はこう撃つものだ」
たった一門。されど、一門。高圧縮高出力極太の魔術光線が放たれた。それはアンノウンの全身を消し飛ばす勢いだった。
「⋯⋯少しは骨のある奴だと思ったんだが。今ので消し飛んだか⋯⋯?」
そこに、アンノウンは居ない。レジアは残念な気持ちを抱いた。しかしその感情もすぐになくなる。
──が、瞬間、レジアの心臓を黒翼が貫いた。
「油断大敵、ってやつだぜ」
アンノウンは最大出力の不解化をレジアに対して行う。彼の姿が消える──ことはなかった。
レジアの胴体が半分ほど円型に消し飛んだけで済んだ。それで、不解化は収められた。
だがしかし、いくら大魔族といえど、致命傷のはずだ。
「まともに大魔族と殺り合うわけねェだろォが。そもそも有利な環境で戦ってやってんだ。不意打ちくらいしてやるさ」
「⋯⋯まあ、そうか。そうだな。これは決闘でも何でもないからな」
レジアは確かに大ダメージを受けた。普段の彼ならば、戦闘は続行できない。もう一度触れられれば、今度こそ確実に即死するだろう。
しかし、今は違う。
ここは、この都市は、全てレジアという大魔族の心核結界内部だ。
レジアの胸の傷が埋まっていく。魔力の流出が止まっていく。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯厄介なのが来たな。もう終わったのか」
そんな時、レジアは新たに二つの脅威となる魔力を感じた。目線の先には、二人の魔術師が立っていた。
一人はこの前あったばかりだ。もう一人は、ギーレから渡された危険人物リストに載っていた。
白髪の男だ。190cmで筋肉質な体格からは、到底七十代の老人とは思えない。黒スーツに、黒のコートを肩から羽織っている彼は、その手に1.7mほどの細い、普遍的な剣を握っていた。
「焔の特級魔術師、ゼルス・フラームだな。俺との相性は最悪だ」
「だからここに居るのだよ、魔族」
ゼルス・フラーム。四人いる特級魔術師の中で、唯一、御三家出身の魔術師である。
「シュラフト殿、そしてそこの少年。少しはやるようだが、離れてくれないか?」
「アァ? んだテメェ、急に現れて⋯⋯」
「さもなくば、火傷させてしまうのでな」
フラーム家相伝、固有魔力『焔火』。それは至ってシンプルな力だ。ただ、焔を生み出し、操るだけ。
ただし、彼の場合、出力と魔力総量が桁外れている。だから、特級魔術師と成っている。
「〈火焔〉」
剣を持っている右手とは反対。左手を前に突き出し、ゼルスは一言、詠唱した。
そして放たれた炎。赤色の火は、一瞬でレジアを覆った。
その火力を理解したアンノウンは、笑いながらも、驚きを隠せない。苦笑というものを初めてやったと思う。
「はは⋯⋯どうなってやがる?」
実態の温度からはかけ離れた赤色の炎を見てアンノウンは言った。
周囲のビルの硝子は液状化し、地面のコンクリートは熱で破裂さえした。一瞬だったから溶けてはいないが、石さえも簡単に溶かす勢いの火力の魔術だった。
「本当に、最悪だ、相性が」
全身の大火傷を回復させつつ、レジアは立っていた。その顔は不愉快に歪んでいた。
「負ける言い訳はそれだけかね?」
「下らない」
大魔術の魔力反応が、レジアより生じる。
──幾重も禍々しい色をした葉が造られた。
大質量、高火力の魔術。人を殺すためにレジアが創った魔術。
アンノウンは理解した。先程までは、全力では勿論なくて、本気ですらなかったのだ、と。
そしてこれからが本番であると。
「来い、人間共」
レジアは冷たく、言い放った。
しかし彼が到着した頃には、既に戦いは始まっていた。
都市、グリンスタッド。
人口約四百万人。緑が豊かな都市であり、観光スポットとして人気の高い場所だ。例年多くの観光客が訪れている。特に人気高いところを二つ挙げるとすれば、都立自然公園とグレートシーヴァ湖だろうか。
アンノウンはそんなものに興味がないから、グリンスタッドに行ったことはない。けれどその地理は殆ど全て頭に叩き込んでいる。
中央部、最も高い建造物の屋上に転移してきた彼は、都市を一望する。
「⋯⋯酷ェ有様だな」
植物型の魔獣とノースが蔓延っている。一般人は排斥済みらしく、殺し殺されているのは魔術師だ。
確かに人員はできうる限りのリソースを割き、配置されていた。しかし足りない。絶対的な数も、そしてその実力も。
アンノウンは彼ら全員を救うことは不可能だと理解した。だができるだけの善処に、努力は厭わない。
それがせめてもの償いなのだから。
──それは巨大なノースだった。
赤みがかった両生類じみた長い胴体に計六本の脚。ギョロギョロとした目が四つあり、丸い口を持つ。
全長およそ十五メートル。まさに異形らしい。
それと対面していた魔術師は五名だった。それぞれ四級から二級の魔術師である。
そして現在、二級魔術師が叩き潰され即死した、呆気なく。
「あ。ああ」
四級魔術師だったその女性は、二級魔術師の男性と付き合っていた。婚約も考えていた。
そんな大事な人が目の前で殺されてしまったものだから、彼女はその事実を信じられなかった。
怒り? 悲しみ? そんなものはなかった。何も、なかった。ただ、「あとを追わなければ」と思った。
だから彼女は、歩いた。歩いて、逝こうとした。
──しかし、瞬間。目前に、黒髪の少年が現れる。彼の足元では僅かに砂が舞っていた。おそろしく速い速度でここまで来たのだろうか。
そして次の瞬間には、ノースはバラバラに解体されていた。というより、体のいたる所が消し飛んだようだ。紫色の血を撒き散らしながら、肉片へと変換されたのである。
「⋯⋯なんで。私を助けたの、どうして私に、彼のあとを追わせてくれなかった!」
「テメェの事情なんぞ知らん。が、目の前で人に死なねると目覚めが悪ィんだ」
アンノウンはノースの肉片を広い、それからその化物について解析を行う。ほんの数秒で理解したあと、彼は小さく舌打ちした。
それからようやくアンノウンは哀れな自殺願望を抱く女性の方に振り返る。
「誰も、テメェが死ぬことは望んじゃいない。それでも死にたきゃ、勝手に独りで死ね」
アンノウンはテレポートし、その場から去った。その後、彼女がどうなろうが知ったことではない。
しかし、彼がやるべきことは何も変わらない。
アンノウンはできる限りの償いを行う。できる限りの人助けをする。
全員を助けることはできない。彼は万能ではない。その一つの理由は、彼の体は一つしかないことだ。
都市一つ。そこで戦う全ての魔術師たちの命を助けることはどうしたって不可能だった。
三十分後。アンノウンはグリンスタッドに展開された不明の魔術式を解析、解体した。
残る魔獣とノースは、残存の魔術師たちでも十分対処できる。
ならば、次にすべき事は一つ。先程、報告にあった不明な建物群の調査と、おそらくそこに居るであろう大魔族、レジアの討伐だ。
アンノウンはそこに向かった。向かおうとしたが、それより先に事態は急変した。
「⋯⋯何だァ?」
グリンスタッドが、再び植物に覆われていく。侵食されている。
なぜだ? アンノウンは先程、この都市に刻み込まれていた魔術式を解体したはずだ。それは確実に行われたはずだ。なのに、なぜ。
事態の把握に努めようとしたが、しかし、すぐにアンノウンはそれどころではないと気がつく。
「お前か? 俺の術式を壊したのは」
それは、いつの間にかそこに居た。
自然的に鮮やかな、絹のような緑の長髪。整った中性的な顔つき。額からは二本の角が生えていることを除けば、まるっきり人間の姿だ。
この化物の名は、レジア。『暗翠』の大魔族。
彼は片手に重量バランスがまるで狂っていそうな片手斧を軽々と持っていた。
「そうだ、と言ったら?」
植物の茎のようなものが魔力を帯びて、触手のように動きアンノウンを襲った。
アンノウンは攻撃を掻い潜り、レジアに接近。さっさと手で触れて、その存在を消し飛ばしてやると考えていた。
だが、レジアに触れても消し去ることはできなかった。
抵抗力が高かったのもあるし、それより先に、アンノウンの腕が植物化したからだ。
「そこらの魔術師より魔力はあるが、魔力操作に見合っていないな。魔力が使えるだけで魔術師ではないのか? 超能力者、って奴なのか? お前は」
アンノウンは腕を切り飛ばし、オーバーライドする。
その光景を珍しいそうにレジアは見ていた。
「はは。奇妙な術だ。魔力を感じないというのに、まるで魔術のようなことをする。成程、それが超能力か」
レジアの言葉に耳を貸すことなく、アンノウンは彼の魔術を解析しようとした。
そして、表面的な情報だけで、その異質さ、練度、馬鹿みたいな能力を知った。
「⋯⋯。⋯⋯面白ェ!」
アンノウンは黒翼を展開した。
勿論、無能力者であるレジアにその異常さは理解できないが、食らってはならないもの、受けてはならないものであるということくらいはひと目で理解した。
だから、
「恐ろしいな。そして心底興味が湧かない」
無表情だ。そも、魔族に感情というものがあるのか、人間には分からない。が、レジアは取り繕おうとも思っていなかった。
そう。だから、よって、レジアはアンノウンで遊ぶつもりもなく殺す気になった。
植物の根が、茎が、葉が、幾つも織られて、幾つも重ねられて、幾つも顕る。
そして、圧倒的な質量攻撃が吹き荒れた。
アンノウンは直ちに回避運動を取る。だが、植物の集合体は的確に彼を撃ち抜こうとしていた。
開戦から二秒後。周辺が瓦礫の山に変えられた。
アンノウンは短距離テレポートし、レジアの側面を取る。黒翼は既に予備動作を終えており、あとは振り払われるだけだ。
が、レジアはこれを見切り、片手斧によって反撃する。
──No Effectにはならなかった。
(まだ分かってねェ術式だ。⋯⋯ああ、いや、そうか)
魔術と超能力は互いに真反対ともいえる性質を持つものの、影響はし合う。
心核結界だ。このグリンスタッド全域を覆うこの植物たちは、レジアの心核結界によるもの。
だから、この領域内において、あらゆる魔術や超能力は弱化される。相殺されてしまう。
(能力自体を封殺するほど強固なもんじゃねェが、複雑で現実から乖離している改変ほど出力は低下する)
アンノウンだと、あらゆる攻撃を無効化するNo Effectと非接触の不解化及び他者のオーバーライドなどが使えなくなっている。
自己のオーバーライドやテレポート。黒翼の展開などはできるものの、出力が低下している。
対してレジアは、今わかっているだけでも三つは心核結界の恩恵を受けている。
(一つ、魔力の実質的な無限化。一つ、術式適応範囲内における無制限の魔力探知。一つ、不死身ともいえる再生能力)
身体能力や魔術能力の強化は数にも入れていない。
今のレジアは平時よりどれだけ強いのか検討つかない。アンノウンはそもそも平時の彼の強さを知らないからということもあるが、何より、
(コイツ⋯⋯全力じゃねェな。興味ないとか言ってたわりにはしっかりオレの動きを観察してやがる)
レジアには明らかな余裕があった。
アンノウンの黒翼を躱し、接触を避け、岩投げなどの単純な物理攻撃は防御している。
レジアは防戦をメインにしつつ、アンノウンの隙を探しているのだ。
(オレもコイツも、互いに接触=即死の能力だ。一度触れた時点でコイツの抵抗力は把握できた。抵抗力削って今度は確実に殺せる。が、コイツも同じと考えるべきだろう。つまり、先に触れたほうが勝ちのクソゲーで、おそらくそのリミットが先に来るのはオレだ)
心核結界内においては、アンノウンはレジアに、一撃必殺能力の出力という面では劣ると認めざるを得ない。
(けっ。まさかオレが挑戦側になるとはな)
──だから、面白ェ。
アンノウンは自己へのオーバーライドを強める。それによって、彼の姿に掛かるノイズも濃くなる。
「本当にお前人間か?」
「さァな。知らねェよ」
黒翼を横薙ぎ。レジアは姿勢を低くして回避。曲げた脚をバネのように、レジアはその体制から一気に跳躍。アンノウンの首を狙って片手斧を薙ぎ払う。
が、アンノウンは自己の肉体を引き伸ばし、斧を避けた。
「身軽だな。ならこれはどうだ?」
茎が伸びる。アンノウンはそれを避けるために空中に転移したが、一瞬でレジアは彼を補足した。
斧が振り下ろされた。アンノウンはこれを硬質化した両腕でガードする。
地面に叩き落とされるも、その程度でダメージを受けることはない。
着地したアンノウンに、レジアは踏みつけるように落ちてくる。彼はバク転し回避。黒翼を振り払う。
が、レジアは姿勢を低くして躱し、それからアンノウンに接近。足を払う。
アンノウンは黒翼で飛行し、その場を離れ、レジアから距離を取る。
(周囲に人はいねェな)
アンノウンは右腕を突き出し、小さな黒い太陽を創り出し、レジアに放つ。
レジアは即座に無数とも言える魔性植物を展開。黒い太陽を受け止め、そして飲み込む。
「はッ。並のレベル6なら近付くこともできねェ熱量と改変力なんだがな」
「ああ。通りで。表面が焼けたわけだ」
レジアの軽度の火傷が瞬間的に治癒する。
「それにしても中々やるな、人間。俺相手にここまで生きていられる奴は魔術師でも滅多にいないぞ」
「仮にもオレは最強名乗ってるんでな。まだまだやらせてもらうぜ」
アンノウンは解析した一般攻撃魔術陣を複数展開し、断続的に掃射する。
レジアは的確にタイミングを合わせて全て防御する。防御しつつ、彼はアンノウンに右手を向ける。
「いいか、人間。一般攻撃魔術はこう撃つものだ」
たった一門。されど、一門。高圧縮高出力極太の魔術光線が放たれた。それはアンノウンの全身を消し飛ばす勢いだった。
「⋯⋯少しは骨のある奴だと思ったんだが。今ので消し飛んだか⋯⋯?」
そこに、アンノウンは居ない。レジアは残念な気持ちを抱いた。しかしその感情もすぐになくなる。
──が、瞬間、レジアの心臓を黒翼が貫いた。
「油断大敵、ってやつだぜ」
アンノウンは最大出力の不解化をレジアに対して行う。彼の姿が消える──ことはなかった。
レジアの胴体が半分ほど円型に消し飛んだけで済んだ。それで、不解化は収められた。
だがしかし、いくら大魔族といえど、致命傷のはずだ。
「まともに大魔族と殺り合うわけねェだろォが。そもそも有利な環境で戦ってやってんだ。不意打ちくらいしてやるさ」
「⋯⋯まあ、そうか。そうだな。これは決闘でも何でもないからな」
レジアは確かに大ダメージを受けた。普段の彼ならば、戦闘は続行できない。もう一度触れられれば、今度こそ確実に即死するだろう。
しかし、今は違う。
ここは、この都市は、全てレジアという大魔族の心核結界内部だ。
レジアの胸の傷が埋まっていく。魔力の流出が止まっていく。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯厄介なのが来たな。もう終わったのか」
そんな時、レジアは新たに二つの脅威となる魔力を感じた。目線の先には、二人の魔術師が立っていた。
一人はこの前あったばかりだ。もう一人は、ギーレから渡された危険人物リストに載っていた。
白髪の男だ。190cmで筋肉質な体格からは、到底七十代の老人とは思えない。黒スーツに、黒のコートを肩から羽織っている彼は、その手に1.7mほどの細い、普遍的な剣を握っていた。
「焔の特級魔術師、ゼルス・フラームだな。俺との相性は最悪だ」
「だからここに居るのだよ、魔族」
ゼルス・フラーム。四人いる特級魔術師の中で、唯一、御三家出身の魔術師である。
「シュラフト殿、そしてそこの少年。少しはやるようだが、離れてくれないか?」
「アァ? んだテメェ、急に現れて⋯⋯」
「さもなくば、火傷させてしまうのでな」
フラーム家相伝、固有魔力『焔火』。それは至ってシンプルな力だ。ただ、焔を生み出し、操るだけ。
ただし、彼の場合、出力と魔力総量が桁外れている。だから、特級魔術師と成っている。
「〈火焔〉」
剣を持っている右手とは反対。左手を前に突き出し、ゼルスは一言、詠唱した。
そして放たれた炎。赤色の火は、一瞬でレジアを覆った。
その火力を理解したアンノウンは、笑いながらも、驚きを隠せない。苦笑というものを初めてやったと思う。
「はは⋯⋯どうなってやがる?」
実態の温度からはかけ離れた赤色の炎を見てアンノウンは言った。
周囲のビルの硝子は液状化し、地面のコンクリートは熱で破裂さえした。一瞬だったから溶けてはいないが、石さえも簡単に溶かす勢いの火力の魔術だった。
「本当に、最悪だ、相性が」
全身の大火傷を回復させつつ、レジアは立っていた。その顔は不愉快に歪んでいた。
「負ける言い訳はそれだけかね?」
「下らない」
大魔術の魔力反応が、レジアより生じる。
──幾重も禍々しい色をした葉が造られた。
大質量、高火力の魔術。人を殺すためにレジアが創った魔術。
アンノウンは理解した。先程までは、全力では勿論なくて、本気ですらなかったのだ、と。
そしてこれからが本番であると。
「来い、人間共」
レジアは冷たく、言い放った。
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息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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