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第35話 超能力vs魔術
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何度も何度も、彼は殺してきた。
2016年──三年前から始まったO.L.S.計画だが、その目標である二万人の人造人間の殺害は、ようやく四分の一が終わったところだ。
「⋯⋯⋯⋯」
毎日のように、何人も殺してきた。
それは作業のように思えた。ホムンクルスたちは記憶の共有をしているためか、作戦や彼の能力への対抗策は考えているものの、そもそもの圧倒的な実力差によって全てねじ伏せられてきた。
退屈だ。誤差みたいなものだ。殺しにも飽きがくるらしい。面倒だ。
「⋯⋯⋯⋯」
それでも、やる。彼はそれを、狂ったように、律儀に、実行する。誰に命じられたわけでもないのに。いや、しかし、自分には命じられたか。
「⋯⋯クソが」
そして今日も、殺す。
「⋯⋯もう少し頭使って考えろ。テメェらと俺とじゃ、基礎からしてチゲェんだよ」
彼はホムンクルスの頭に触れて、そこだけを消滅させた。
彼の能力による消滅は、あらゆる干渉を受けなくすること。実際に消えたわけではないが、これによる結果は、切り離しに近い。
断面から血が流れる。傍から見れば、首から先が消し飛んだようだが、彼からすれば、繋がったままなのに切れている状態だ。
「⋯⋯⋯⋯」
気色悪いとは思わない。ただ、常人の感覚からすれば、異常なのだろう、と思うだけだ。
「⋯⋯ったく。財団は何やってやがる。何でまた、見つかるってんだ」
彼は、そこに能力を使った。すると、そこが一瞬で消滅し、隠れていた青髪の少年が現れる。
「テメェは⋯⋯ああ、裏切者かァ⋯⋯」
「⋯⋯バレていた、ようだね」
財団に侵入し、O.L.S.計画について調べていた魔術師、空井リク。彼の裏切りは既にバレており、勿論、アンノウンにも知らされていた。
「生憎と、今の俺は機嫌が悪い。それに実験を見られたからなァ⋯⋯ここでちと、死んでいけや、と言いたいが⋯⋯」
アンノウンはポケットに手を突っ込み、まるで戦う気はないと示す。
「お前の死神は、俺じゃあ、ねェようだ。代わりに、そこのテメェを殺してやるよ」
アンノウンは振り返り、迫って来た人体を軽く消し飛ばしかねない威力の光線を回避する。
「これが魔術か。見るのは初めてだが⋯⋯面倒なもんだなァ」
「うわ。ホントに消えた」
その魔術を行使したのは、身長ほどある白髪の丸眼鏡を掛けた少女だった。
黒と白を基調とするワンピースのような服装。これまで陽の光を浴びたことがないと思わせるような白い肌。灰色の目。そして、男女、誰であろうと釘付けになるほどの、人の域を超えたかのような、あるいは形容し難い美貌。
「誰だテメェ。財団には居ねェだろ。魔術側の人間か?」
「うーん。そうだとも、そうでないとも言えるね。私はただの協力者。O.L.S.計画とか、実に興味深いだからだよ」
「そうか。まあ何であれ、殺す相手には変わらねェな」
「ああ、あと、私が誰かって話だね。私の名前は──エスト。故郷じゃ、『白の魔女』なんて呼ばれていたかな」
「誰も聞いてねェよ、テメェの名前なんぞなッ!」
アンノウンとエストとの戦闘が始まった。
リクは、エストの加勢に入ろうとするが、アンノウンの先の言葉を思い出し、辺りを警戒する。
だから、何とか反応できたのかもしれない。
物陰から飛び出してきた影。それが手に持つナイフが、もう少しでリクの首を狩らんとしていた。
「アンノウンめ⋯⋯言いふらさなければお前の首を斬れたのに」
「ルイズ⋯⋯!」
黄金の剣はそのナイフに叩き斬られたが、リクは彼女から距離を取っていた。
「久しぶりね、お師匠様。お前を殺しに来たわ。その首、貰えるかしら?」
「丁重にお断りするよ、ルイズ。⋯⋯君に魔術を教えたことが、ここに来て仇になるとは」
「はははは⋯⋯教えきってもないのに、よく言えたものだわ」
ルイズは再び、リクに襲い掛かる。やはり、速い。だが問題なく対応できるスピードだ。
(魔力の使用妨害はない。僕には大して効果ないと踏んでいるのか? 魔力による身体強化も見られないということは、氷結能力を使ってくるな)
リクは黄金の剣をいくつも生成し、迎え撃つため、射出する。ルイズは見事にそれらを回避し、弾き、一瞬で距離を詰めて、間合いに入り込む。
だが、リクは彼女の強さを熟知している。接近戦において、リクはルイズに勝てない。だからこそ、必ずルイズは近付いてくる。
詠唱が必要な魔術は近接戦ではほぼ使えない。しかし、その弱点を克服する方法はある。
それは、無詠唱術式。大半の魔術師が使う詠唱が必要な回路術式に比べ、出力も精度も落ちるが、無詠唱で発動可能だ。
リクは無詠唱術式により、〈黄金の都〉を発動した。これはルイズに一度だって見せたことがない。
「────」
魔術に疎いルイズは、無詠唱術式の存在を考慮に入れていない。近づいて、魔術を使わせずに殺すと考えているはず。これは、彼女へのカウンター。
発動さえすれば、一瞬でルイズを殺すことができる。
──そう、発動さえすれば。
〈黄金の都〉は、術者のコントロールが乱れたことで無詠唱術式により発動されなかった。
できた致命的な隙に、ルイズはリクの首にナイフを突き刺した。
「な、に⋯⋯!?」
咄嗟に魔力で防御したおかげで、ナイフが深く刺さることはなかった。出血こそ抑えているが、重傷には変わりない。
「まさか⋯⋯君、無詠唱術式を!?」
「正解。知らないとでも思った? 調べたのよ。お前を殺すのなら、魔術について調べるのは当然」
ルイズの『能力封殺』では、リクの魔術を妨害する程度の影響しか及ぼせない。発動そのものを封じることはできない。
が、発動直前に妨害された場合は異なる。妨害されていないと思い込んでいた状態では異なる。
「まあもう通用しないだろうから、魔術で相手してあげるわ。お前から教えられた魔術で、お前を殺してやろうかしらね」
「はっ⋯⋯僕に魔術で勝てると思ってるのかな」
全部嘘だ。ルイズは真っ当に魔術だけで戦う魔術師ではない。妨害も、氷結も、そして魔術ももちろん、使ってくるに決まっている。
ルイズの強み、手数の多さが、何より厄介だ。
「笑わせてくれるわね。お前こそ、私に殺し合いで勝てるとでも思っているのかしら?」
◆◆◆
エスト、と名乗った少女を、アンノウンは知らない。
アンノウンが財団から知らされたのは、『空井リクたち財団を裏切ろうとしている。また、特に空井リクは魔術師側の人間であり、財団に差し向けられたスパイである』ということ。
つまり、エストとは魔術師側の人間であるのだろう。
(魔術ってもんが何なのかはよく知らねェ。俺の能力の発動条件は、対象の情報を理解しなければいけないことだが⋯⋯俺は魔術というものを理解できていない。演算が⋯⋯物理学の範囲外、なんだろうなァ⋯⋯)
アンノウンの超能力は、人外じみた演算能力とコントロール精度を必要とする。彼は問題なくそれらすべてを行えるし、物理学の範疇ならば消滅、再定義できないものはない。
しかし、魔術というものに明るくないアンノウンは、能力を使うことが困難だった。
ああ、そうだ。理解できていない。理解できていないだけ、である。
「キミの超能力なら、私の魔術を回避する必要性はないと思うんだけどね。わざわざそうしてるってことは、魔術を消せないんでしょ?」
「ああそうだ。で、それがどうしたァ? だったら──」
「──だったら、それがプラズマの類であると仮定し、観測結果から予測する」
アンノウンの言おうとしていたこと。やったことを、エストは言い当てる。
エストの攻撃魔術は遂に離散したが、それに驚く素振りを見せなかった。
「必要なものは理解。けれど、それはできない。ならば予測する。予測結果が事実に近ければ近いほど、能力は安定した影響を及ぼす⋯⋯キミの予想の精度は、かなり高いようだね。私の魔術を消滅させたんだから」
「くくく⋯⋯さっきからなんだァ⋯⋯? まるで余裕そうだなァッ! 癪に触るぜ、テメェの態度ッ!」
アンノウンは人外じみた速度でエストに突っ込む。その右手で、彼女に触れようとした。直接触れることで、より強い出力により、エストという人間を不解化させようとしたのである。
だが──
「⋯⋯!?」
アンノウンは、自分の能力を受けた。自分自身は不解化できなかったから、それは無意味に終わる。しかし、それとはまた別に衝撃も感じた。
「⋯⋯魔力か」
「正解。私の魔術さ。私の魔力は『反転』。ありとあらゆる事象、現象を反転させることができる。それを応用すれば、私に対するあらゆる攻撃を反射させることも可能ってわけさ」
「なるほどなァ⋯⋯ご丁寧に答えてくれるたァ⋯⋯ナメてんのか?」
「まさか。それとも、魔術は名前だけしか知らないのかな? なら、教えたげるよ。魔術にはね、『縛り』ってのがある。自分にとって不利益な条件を課せば、その分、有益な力を得ることができるんだよ」
自らの魔力、魔術の詳細を開示するというデメリットを受ける代わりに、魔力出力の上昇というメリットを得る。
この『縛り』の欠点としては、相手が自分の魔力を解析していたり、知っていたり、予測していて、かつ、間違っていなければ、意味がないということ。アンノウンは今の一瞬でエストの魔力には察しがついていたため、恩恵はそれほどなかった。
「『反転』ねェ⋯⋯」
今ので、アンノウンはエストの魔力を観測した。どうやら、彼女は体の表面に膜のようなものを展開している。
おそらく、エストはこの膜に触れたものをフルオートで反射している。アンノウンの自動不解化と同じ理屈だ。フィルターを構築し、無害か有害かを識別している。
(膜の破壊は無理だなァ。俺が魔力というものを理解していない以上、超能力による魔力への干渉は不可能。ったく、魔術師と戦うなんてないと思っていたのが間違いだった。⋯⋯まあいい。なら、他の方法で殺す)
先ず仕掛けたのはエストだ。彼女は左手を前に突き出し、魔術陣がそこに展開される。そこから放たれたものは、一般攻撃魔術。アンノウンに不意打ちで放った光線と同じもの。
アンノウンはそれを、また、同じように避ける。
そして次の瞬間、背後に殺意を感じた。アンノウンは防御の為にそこに石の壁を生成した。しかし、
「っ!?」
エストは、その石の壁を容易く破壊し、アンノウンに回し蹴りを当てた。
アンノウンは何メートルも吹き飛んだ。超能力者としての高い身体能力により、死ぬことは当然、気絶もしなかったが、痛みに慣れていない彼にとっては何もかもが衝撃的だった。
(何が⋯⋯起こった? この女が俺の背後に飛んできたのには予想付くが⋯⋯壁を破壊し、俺の防御を突破するだと?)
少なくとも、アンノウンを蹴りつけた威力では、あの石の壁を破壊することはできない。
いやそれより、どのようにしてアンノウンのオート防御を突破したのか。魔術ですらないただの体術なら、その肉体を消滅させるはずだ。
「言ったでしょ、私の魔力は『反転』だって。魔力込めればその性質を体術にも付与できる。私は⋯⋯消滅するという事象を反転させた」
「ハッ! 事象の反転とはな! だがッ! それなら魔力の消耗も辛いんじゃねェか!?」
「ふふふ⋯⋯生憎様、私の魔力は無制限でね」
エストの背後に魔術陣が無数に展開される。全て、一般攻撃魔術だ。圧倒的物量。躱しきることはほぼ不可能だろう。
アンノウンは躱すのではなく、防御を選択した。不解化させる対象を目前の全てに設定。ただちに能力を行使する。
が、その時、アンノウンは違和感を覚えた。ただちに彼は回避に専念し、違和感を覚えなかった攻撃のみを防御した。
「へぇ⋯⋯気づいたか、はたまた勘なのか。面白いね」
「事象の反転が可能なんだろォが。気付かないとでも思ったかよ」
「ふふふ。私が手間取るなんて、ここの人間は実に面白いね」
「そうかよッ!」
アンノウンは大気に能力を使用し、不解化させ、それを再定義することで、実質的に無から有を生み出すことができる。石の壁も、そうやって作り出した。
彼の能力に質量保存の法則は通用しない。性質も関係ない。不解化させれば、それは何にでもなる可能性の塊だ。
アンノウンは、大気を再定義することで、魔術陣を展開した。
「おお。能力による魔術の再現。できるとは思っていたけど、もうやれるなんて」
アンノウンは、一般攻撃魔術に限るが、それを理解した。仮説からなるものではない。正真正銘の魔力により構成された魔術だ。
「このままテメェの魔力も解析、無力化してやるよ」
アンノウンの真に恐れるべき力は、その超能力ではない。それは、彼の観測と理解能力。故に彼の能力は無敵の力を有しており、故に彼は最強と呼ばれる。『不解概念』を彼ほど使いこなせる者はいない。
「なるほど。先の言葉、訂正させてもらうよ。キミは手間取るどころの相手じゃない。⋯⋯殺し合いだね」
今までのは、ただの様子見だ。本当の殺し合いはここからだ。
学園都市最強の超能力者と──かつて、世界の終焉を跳ね除けた魔女との戦いが、今、始まる。
2016年──三年前から始まったO.L.S.計画だが、その目標である二万人の人造人間の殺害は、ようやく四分の一が終わったところだ。
「⋯⋯⋯⋯」
毎日のように、何人も殺してきた。
それは作業のように思えた。ホムンクルスたちは記憶の共有をしているためか、作戦や彼の能力への対抗策は考えているものの、そもそもの圧倒的な実力差によって全てねじ伏せられてきた。
退屈だ。誤差みたいなものだ。殺しにも飽きがくるらしい。面倒だ。
「⋯⋯⋯⋯」
それでも、やる。彼はそれを、狂ったように、律儀に、実行する。誰に命じられたわけでもないのに。いや、しかし、自分には命じられたか。
「⋯⋯クソが」
そして今日も、殺す。
「⋯⋯もう少し頭使って考えろ。テメェらと俺とじゃ、基礎からしてチゲェんだよ」
彼はホムンクルスの頭に触れて、そこだけを消滅させた。
彼の能力による消滅は、あらゆる干渉を受けなくすること。実際に消えたわけではないが、これによる結果は、切り離しに近い。
断面から血が流れる。傍から見れば、首から先が消し飛んだようだが、彼からすれば、繋がったままなのに切れている状態だ。
「⋯⋯⋯⋯」
気色悪いとは思わない。ただ、常人の感覚からすれば、異常なのだろう、と思うだけだ。
「⋯⋯ったく。財団は何やってやがる。何でまた、見つかるってんだ」
彼は、そこに能力を使った。すると、そこが一瞬で消滅し、隠れていた青髪の少年が現れる。
「テメェは⋯⋯ああ、裏切者かァ⋯⋯」
「⋯⋯バレていた、ようだね」
財団に侵入し、O.L.S.計画について調べていた魔術師、空井リク。彼の裏切りは既にバレており、勿論、アンノウンにも知らされていた。
「生憎と、今の俺は機嫌が悪い。それに実験を見られたからなァ⋯⋯ここでちと、死んでいけや、と言いたいが⋯⋯」
アンノウンはポケットに手を突っ込み、まるで戦う気はないと示す。
「お前の死神は、俺じゃあ、ねェようだ。代わりに、そこのテメェを殺してやるよ」
アンノウンは振り返り、迫って来た人体を軽く消し飛ばしかねない威力の光線を回避する。
「これが魔術か。見るのは初めてだが⋯⋯面倒なもんだなァ」
「うわ。ホントに消えた」
その魔術を行使したのは、身長ほどある白髪の丸眼鏡を掛けた少女だった。
黒と白を基調とするワンピースのような服装。これまで陽の光を浴びたことがないと思わせるような白い肌。灰色の目。そして、男女、誰であろうと釘付けになるほどの、人の域を超えたかのような、あるいは形容し難い美貌。
「誰だテメェ。財団には居ねェだろ。魔術側の人間か?」
「うーん。そうだとも、そうでないとも言えるね。私はただの協力者。O.L.S.計画とか、実に興味深いだからだよ」
「そうか。まあ何であれ、殺す相手には変わらねェな」
「ああ、あと、私が誰かって話だね。私の名前は──エスト。故郷じゃ、『白の魔女』なんて呼ばれていたかな」
「誰も聞いてねェよ、テメェの名前なんぞなッ!」
アンノウンとエストとの戦闘が始まった。
リクは、エストの加勢に入ろうとするが、アンノウンの先の言葉を思い出し、辺りを警戒する。
だから、何とか反応できたのかもしれない。
物陰から飛び出してきた影。それが手に持つナイフが、もう少しでリクの首を狩らんとしていた。
「アンノウンめ⋯⋯言いふらさなければお前の首を斬れたのに」
「ルイズ⋯⋯!」
黄金の剣はそのナイフに叩き斬られたが、リクは彼女から距離を取っていた。
「久しぶりね、お師匠様。お前を殺しに来たわ。その首、貰えるかしら?」
「丁重にお断りするよ、ルイズ。⋯⋯君に魔術を教えたことが、ここに来て仇になるとは」
「はははは⋯⋯教えきってもないのに、よく言えたものだわ」
ルイズは再び、リクに襲い掛かる。やはり、速い。だが問題なく対応できるスピードだ。
(魔力の使用妨害はない。僕には大して効果ないと踏んでいるのか? 魔力による身体強化も見られないということは、氷結能力を使ってくるな)
リクは黄金の剣をいくつも生成し、迎え撃つため、射出する。ルイズは見事にそれらを回避し、弾き、一瞬で距離を詰めて、間合いに入り込む。
だが、リクは彼女の強さを熟知している。接近戦において、リクはルイズに勝てない。だからこそ、必ずルイズは近付いてくる。
詠唱が必要な魔術は近接戦ではほぼ使えない。しかし、その弱点を克服する方法はある。
それは、無詠唱術式。大半の魔術師が使う詠唱が必要な回路術式に比べ、出力も精度も落ちるが、無詠唱で発動可能だ。
リクは無詠唱術式により、〈黄金の都〉を発動した。これはルイズに一度だって見せたことがない。
「────」
魔術に疎いルイズは、無詠唱術式の存在を考慮に入れていない。近づいて、魔術を使わせずに殺すと考えているはず。これは、彼女へのカウンター。
発動さえすれば、一瞬でルイズを殺すことができる。
──そう、発動さえすれば。
〈黄金の都〉は、術者のコントロールが乱れたことで無詠唱術式により発動されなかった。
できた致命的な隙に、ルイズはリクの首にナイフを突き刺した。
「な、に⋯⋯!?」
咄嗟に魔力で防御したおかげで、ナイフが深く刺さることはなかった。出血こそ抑えているが、重傷には変わりない。
「まさか⋯⋯君、無詠唱術式を!?」
「正解。知らないとでも思った? 調べたのよ。お前を殺すのなら、魔術について調べるのは当然」
ルイズの『能力封殺』では、リクの魔術を妨害する程度の影響しか及ぼせない。発動そのものを封じることはできない。
が、発動直前に妨害された場合は異なる。妨害されていないと思い込んでいた状態では異なる。
「まあもう通用しないだろうから、魔術で相手してあげるわ。お前から教えられた魔術で、お前を殺してやろうかしらね」
「はっ⋯⋯僕に魔術で勝てると思ってるのかな」
全部嘘だ。ルイズは真っ当に魔術だけで戦う魔術師ではない。妨害も、氷結も、そして魔術ももちろん、使ってくるに決まっている。
ルイズの強み、手数の多さが、何より厄介だ。
「笑わせてくれるわね。お前こそ、私に殺し合いで勝てるとでも思っているのかしら?」
◆◆◆
エスト、と名乗った少女を、アンノウンは知らない。
アンノウンが財団から知らされたのは、『空井リクたち財団を裏切ろうとしている。また、特に空井リクは魔術師側の人間であり、財団に差し向けられたスパイである』ということ。
つまり、エストとは魔術師側の人間であるのだろう。
(魔術ってもんが何なのかはよく知らねェ。俺の能力の発動条件は、対象の情報を理解しなければいけないことだが⋯⋯俺は魔術というものを理解できていない。演算が⋯⋯物理学の範囲外、なんだろうなァ⋯⋯)
アンノウンの超能力は、人外じみた演算能力とコントロール精度を必要とする。彼は問題なくそれらすべてを行えるし、物理学の範疇ならば消滅、再定義できないものはない。
しかし、魔術というものに明るくないアンノウンは、能力を使うことが困難だった。
ああ、そうだ。理解できていない。理解できていないだけ、である。
「キミの超能力なら、私の魔術を回避する必要性はないと思うんだけどね。わざわざそうしてるってことは、魔術を消せないんでしょ?」
「ああそうだ。で、それがどうしたァ? だったら──」
「──だったら、それがプラズマの類であると仮定し、観測結果から予測する」
アンノウンの言おうとしていたこと。やったことを、エストは言い当てる。
エストの攻撃魔術は遂に離散したが、それに驚く素振りを見せなかった。
「必要なものは理解。けれど、それはできない。ならば予測する。予測結果が事実に近ければ近いほど、能力は安定した影響を及ぼす⋯⋯キミの予想の精度は、かなり高いようだね。私の魔術を消滅させたんだから」
「くくく⋯⋯さっきからなんだァ⋯⋯? まるで余裕そうだなァッ! 癪に触るぜ、テメェの態度ッ!」
アンノウンは人外じみた速度でエストに突っ込む。その右手で、彼女に触れようとした。直接触れることで、より強い出力により、エストという人間を不解化させようとしたのである。
だが──
「⋯⋯!?」
アンノウンは、自分の能力を受けた。自分自身は不解化できなかったから、それは無意味に終わる。しかし、それとはまた別に衝撃も感じた。
「⋯⋯魔力か」
「正解。私の魔術さ。私の魔力は『反転』。ありとあらゆる事象、現象を反転させることができる。それを応用すれば、私に対するあらゆる攻撃を反射させることも可能ってわけさ」
「なるほどなァ⋯⋯ご丁寧に答えてくれるたァ⋯⋯ナメてんのか?」
「まさか。それとも、魔術は名前だけしか知らないのかな? なら、教えたげるよ。魔術にはね、『縛り』ってのがある。自分にとって不利益な条件を課せば、その分、有益な力を得ることができるんだよ」
自らの魔力、魔術の詳細を開示するというデメリットを受ける代わりに、魔力出力の上昇というメリットを得る。
この『縛り』の欠点としては、相手が自分の魔力を解析していたり、知っていたり、予測していて、かつ、間違っていなければ、意味がないということ。アンノウンは今の一瞬でエストの魔力には察しがついていたため、恩恵はそれほどなかった。
「『反転』ねェ⋯⋯」
今ので、アンノウンはエストの魔力を観測した。どうやら、彼女は体の表面に膜のようなものを展開している。
おそらく、エストはこの膜に触れたものをフルオートで反射している。アンノウンの自動不解化と同じ理屈だ。フィルターを構築し、無害か有害かを識別している。
(膜の破壊は無理だなァ。俺が魔力というものを理解していない以上、超能力による魔力への干渉は不可能。ったく、魔術師と戦うなんてないと思っていたのが間違いだった。⋯⋯まあいい。なら、他の方法で殺す)
先ず仕掛けたのはエストだ。彼女は左手を前に突き出し、魔術陣がそこに展開される。そこから放たれたものは、一般攻撃魔術。アンノウンに不意打ちで放った光線と同じもの。
アンノウンはそれを、また、同じように避ける。
そして次の瞬間、背後に殺意を感じた。アンノウンは防御の為にそこに石の壁を生成した。しかし、
「っ!?」
エストは、その石の壁を容易く破壊し、アンノウンに回し蹴りを当てた。
アンノウンは何メートルも吹き飛んだ。超能力者としての高い身体能力により、死ぬことは当然、気絶もしなかったが、痛みに慣れていない彼にとっては何もかもが衝撃的だった。
(何が⋯⋯起こった? この女が俺の背後に飛んできたのには予想付くが⋯⋯壁を破壊し、俺の防御を突破するだと?)
少なくとも、アンノウンを蹴りつけた威力では、あの石の壁を破壊することはできない。
いやそれより、どのようにしてアンノウンのオート防御を突破したのか。魔術ですらないただの体術なら、その肉体を消滅させるはずだ。
「言ったでしょ、私の魔力は『反転』だって。魔力込めればその性質を体術にも付与できる。私は⋯⋯消滅するという事象を反転させた」
「ハッ! 事象の反転とはな! だがッ! それなら魔力の消耗も辛いんじゃねェか!?」
「ふふふ⋯⋯生憎様、私の魔力は無制限でね」
エストの背後に魔術陣が無数に展開される。全て、一般攻撃魔術だ。圧倒的物量。躱しきることはほぼ不可能だろう。
アンノウンは躱すのではなく、防御を選択した。不解化させる対象を目前の全てに設定。ただちに能力を行使する。
が、その時、アンノウンは違和感を覚えた。ただちに彼は回避に専念し、違和感を覚えなかった攻撃のみを防御した。
「へぇ⋯⋯気づいたか、はたまた勘なのか。面白いね」
「事象の反転が可能なんだろォが。気付かないとでも思ったかよ」
「ふふふ。私が手間取るなんて、ここの人間は実に面白いね」
「そうかよッ!」
アンノウンは大気に能力を使用し、不解化させ、それを再定義することで、実質的に無から有を生み出すことができる。石の壁も、そうやって作り出した。
彼の能力に質量保存の法則は通用しない。性質も関係ない。不解化させれば、それは何にでもなる可能性の塊だ。
アンノウンは、大気を再定義することで、魔術陣を展開した。
「おお。能力による魔術の再現。できるとは思っていたけど、もうやれるなんて」
アンノウンは、一般攻撃魔術に限るが、それを理解した。仮説からなるものではない。正真正銘の魔力により構成された魔術だ。
「このままテメェの魔力も解析、無力化してやるよ」
アンノウンの真に恐れるべき力は、その超能力ではない。それは、彼の観測と理解能力。故に彼の能力は無敵の力を有しており、故に彼は最強と呼ばれる。『不解概念』を彼ほど使いこなせる者はいない。
「なるほど。先の言葉、訂正させてもらうよ。キミは手間取るどころの相手じゃない。⋯⋯殺し合いだね」
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