Reセカイ

月乃彰

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第37話 誘拐

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 今のルイズは、超能力も、魔術もなく、魔力強化は困難だ。
 殆ど素の状態である彼女のはずなのに、威圧感は下手なレベル5を超えている。
 イーライが過去に相対した何よりも、ルイズは強いと思わせられる。
 まずは三発、射撃した。が、ルイズは必要最低限の動作で全て避けた。
 走っても来ない。彼女は歩いている。イーライは距離を保つために、彼女から逃げる。
 が、その瞬間。その刹那。ルイズの姿が消えて、銀色の一閃が走る。イーライは何とか反応し、ナイフの一撃を躱すことができた。
 続く二撃目。斜め下から上への斬り上げ。イーライは同じくナイフで弾くも、基礎的な筋力差があり過ぎた。
 ナイフを弾き飛ばされ、胴体がガラ空きになった。体制も崩されている。
 腹を狙った一突き。ルイズのナイフが、的確に壊れてはいけない臓器を壊す。

「⋯⋯残念ね。あなたの超能力は強いけれど、一対一で輝く力じゃないもの。私を一人で殺しに来なければ、もっと上手く立ち回れたはずよ」

 これでチェック・メイトだ。ナイフが引き抜かれれば、イーライはゆらりゆらりと仰向けに倒れ込む⋯⋯はずだった。

「⋯⋯ん?」

 ナイフが引き抜けない。引っかかっている。イーライが、左手で、腕を握っている。
 そして直後、ルイズの頭に銃口が突きつけられ、発砲される。
 頭をぶち抜かれたことでルイズは大きく後ろに蹌踉めく。イーライは更に彼女に回し蹴りを叩き込み、吹き飛ばした。
 弾丸を撃ち込んだはずだが、ルイズは即死していない。既のところで首を曲げ、頭蓋骨で弾丸を滑らせ致命傷を回避したのだ。
 倒れそうになったが踏み止まり、ルイズは一気に距離を詰めるべく走る。
 それを迎撃するため、イーライは銃撃。マガジン内の全てを、狙わずに、弾幕上に発射することで寄らせないようにした。
 腹に突き刺さったナイフを抜き、適当に投げ捨てた。これで、ルイズの得物は無くなった。そしてイーライの拳銃も、おそらく使えなくなった。リロードの時間はないだろう。

「⋯⋯あははは。かっこいいわね、イーライ・コリン。自分の命を危険に晒してでも、敵を殺そうとするその覚悟。本当に、かっこいいわ」

「⋯⋯⋯⋯」

「でもまぁ⋯⋯もう、立っているのがやっとじゃないかしら? 腹を突き刺したもの。それに無理に動いた」

 イーライは血反吐を吐き、膝を地面に付ける。ナイフを握っていられず、離してしまう。

「さて、終わりね」

 ルイズは死にかけのイーライにとどめを刺すべく、歩こうとした。
 しかし、目が眩む。倒れそうになる。平衡感覚でも失われたようだ。頭の中にモスキートンが鳴り響く。

「⋯⋯お前も無理してるな。そうだよな。頭に一発、滑らせたとはいえ食らったからな」

 ルイズは、あの弾丸の衝撃で脳震盪を起こしている。
 イーライはその絶好のチャンスを逃さない。ルイズは、ここで殺しておかないといけない相手だと理解したからだ。
 捕まえるだなんていう余裕は、最早、無い。

「あは! 良いハンデよ──っ」

 ルイズは何か殺気のようなもの、瞬間、感じ取り、その場から跳躍し離れたことでその攻撃を躱した。
 
「大丈夫⋯⋯ではないようですね。すみません。遅れました」

 結晶が地面を這い、ルイズの足元付近で突き上がった。
 それを行ったリエサは、口の端から白い息を吐き出している。
 少人数で実験場を特定し、特定次第、連絡し、待機メンバーと合流する手筈。しかし今日はいつもとは状況が異なっていたらしく、イーライとミナは先行して現場に向かっていた。
 リエサは待機メンバーの中で最も早く到着した。そしてこれから、続々と来るだろう。

「いや、問題ない。⋯⋯油断するな。こいつは今、能力が使えないが、それでも実力は相当ある」

「ええ。身を以て知っています。それより先生、お腹の傷、ちょっと痛みますけど我慢してくださいね」

「ん? ああ⋯⋯」

 リエサはイーライの腹部の傷に結晶を被せ、止血した。その際にかなりの痛みを感じたが、少なくとも失血死することはなくなっただろう。

「悪いな」

「いえ」

 万全とは言い難い。二対一でも、まるで優位を感じさせない。
 しかし、増援が来るまで耐えることは、無理な話ではなさそうだ。
 何とかして時間を稼がねば。二人は意思を疎通せずとも同じ結論を導き出し、構えた──その瞬間。

「リエサ! 先生!」

 ミナの叫び声が聞こえた。何事かと思い、声のした方に振り返る。
 目の前、無数の光線が迫っていた。何も理解できないまま、リエサ、イーライ、そしてルイズは光線に直撃しそうになった。
 が、イーライが視認したことで、光線は直前で乱れ、拡散する。

「わぁ。本当に消えるだね、キミの能力。『能力封殺フォービット』⋯⋯そこの彼は、模倣元オリジナルかな?」

 白髪の少女が、あの光線を放ったようだ。
 多少なりとも魔術に知識があるルイズは、今の魔術があまりにも異常で、高等テクニックなんてものではないことを理解し、彼女がアンノウン相手に生き残っていることに納得した。

「どんなインチキを使っているのかしら。無詠唱術式の割に出力は一級を超えているし、同時行使⋯⋯それもその数。ありえないわね」

「才能だよ。私は魔術に愛されているんだ」

 エストは魔術陣を展開すると、彼女の近くに死体となったリクが現れた。先程まで彼の死体があった場所には、魔力が篭った石が出現していた。

「皆殺し⋯⋯じゃなくてアンノウンの殺害が依頼内容だったんだけどね。こうも混戦となると、難しいよ。それに仕事仲間が死んだときた。私は大人しく、撤退といこうかな」

 エストは浮遊し始めた。
 反転、未来視、重力操作、傷の治癒、加えて浮遊。出鱈目な魔術師だとアンノウンは思っていたが、この調子だとできないことはないのかもしれない。
 ここで相手するには、彼としても面倒な程だ。

「でもまあ⋯⋯ただ逃げるのも面白くないし、依頼主に悪いからね⋯⋯」

 エストはミナの方に目を向ける。嫣然と微笑むが、その裏には得たいの知れない感情があるように思えた。
 そして次の瞬間、ミナの意識が飛ぶ。彼女は急に倒れたのだ。気がついたときには、エストは魔術らしいものを使っていた。

「ねぇそこのオリジナルと銀髪の子、この子、ミナちゃんの友達、先生なんでしょ? なら、取り返しに来ないとね? ああ、あとアンノウン。キミからしても、この子は計画のファクターのはずだ」

「⋯⋯チッ⋯⋯迂闊だったなァ」

 エストはリクの死体と、気絶したミナを浮遊させた。そのまま、二人を連れて行こうとしている。
 勿論、それを許せるほどイーライたちは優しくない。能力を使って叩き落とそうとするが、

「なるほどね。対能力にはまさに制限なしの封殺効果。未来が見えなくなった。だけれど、それ以外に対しては妨害に留まる。なら私には無駄だね。相手が悪かったよ、キミ」

「お前っ! 星華を返せ!」

「じゃあ取り返しに来なよ。場所は⋯⋯そうだね、GMCには、港でこの二人を引き渡そうかな」

 エストはそれだけ言って、その場から消えた。転移能力も持っているらしい。あるいは、反転の応用術だろうか。どちらにせよかなり器用らしい。
 その場に残されたのは、リエサとイーライ、ルイズとアンノウンだ。二陣営は敵対関係にあるが、どちらにとっても重要な星華ミナが連れ去られた。

「⋯⋯ヴァンネル。テメェの上にこのことを伝えろ。今日はこれで引き上げる」

「あの二人を殺すわ、とりあえず。私一人だけで十分だから、帰るのはあなただけね」

「駄目だ。頭に血が登ってんのかァ? テメェ。それでも暗殺者かよ。周りをよく見ろや」

 ルイズは視界を広げる。
 彼らは、既に囲まれていた。メディエイトの面々、そしてユウカも居た。
 能力が封殺されている状態だと、分が悪過ぎる。
 ここは逃げるのが得策だろう。逃げに徹せれば、問題はない。
 勿論、イーライたちはそれを逃さない。リエサは結晶の弾丸を放ち、レオンは風の刃を穿ち、ユウカは破壊を伝播させ、アルゼスは衝撃波を飛ばす。
 が、ルイズとアンノウンは、身体能力のみで能力の影響範囲外へと逃れる。その際に一瞬だけイーライの視認から外れたことで、能力の行使を許してしまった。
 アンノウンは能力を応用し、その場から消え去った。

「あの超能力⋯⋯テレポートに近しいこともできるのか」

 『不解概念』は空間そのものにも干渉できるのだろう。そこにワープホールのような定義を押し付ければ、転移の真似事も可能だ。
 何でもありの超能力。なら、可笑しくはない。
 もうここでやれることはない。イーライたちは一度メディエイトに戻り、話し合うことにした。

 ◆◆◆

 学園都市が存在するルーグルア国は島国であるものの、都市自体は内陸にあり、海には面していない。
 しかし、学園都市には大きな川が通っており、そこには川港がある。十中八九、そこが目的の場所だ。
 現在の時刻は二十三時。港は四六時中開いているが、人はほとんど居ないはずだ。そもそも、関係者以外は立入禁止。
 逆に言えば、暴れるにはうってつけの環境だ。

「そもそも、なぜミナを攫ったのか。それをなぜ私たちに伝えたのか⋯⋯いや、今はそんなことどうでもいい。問題は、あの白髪の少女をどうやって倒すか、ね」

 メディエイトに帰還したリエサたちは、作戦会議を行っていた。
 特にリエサは、一目見て分かるほど焦っている。無理もない。親友が連れ去られたのだから、動揺するに決まっている。

「魔術師なるもの⋯⋯ああもう非現実的ね。分からない。学園都市ここに来る前の感覚を思い出すね、全く」

 超能力も外の世界からしてみれば、十分非現実的なオーバーテクノロジーの一つだ。しかし、一応は理論が体系化されており、それは科学的に証明されている。
 が、魔術は違う。少なくとも超能力社会からしてみれば、創作物の世界観だ。

「大体、あのアンノウンとまともにやり合える実力者。わけのわからない魔術。対策もどうこうもない⋯⋯どうすれば⋯⋯」

「月宮、少し落ち着こうぜ? 星華が攫われて動揺しているのは分かるが、いつものアンタらしくない」

 取り乱しているリエサに、レオンは落ち着くように言った。彼女は深呼吸する。

「ごめんなさい。焦っていた」

 冷静さを取り戻すことはできたが、それでも現状は変わらない。

「あの魔術師を倒すにしても交渉するにしても、とりあえず、現状を把握するべきだ。情報を纏めよう」

 ユウカは慣れた手付きで、ホワイトボードに分かっている情報を書き込む。
 まずは、エストの目的。彼女がミナを攫った理由としては、彼女の発言にヒントがある。

「確か、アンノウン⋯⋯というよりは、財団にとってファクターとなる、みたいなこと言っていましたよね?」

 その場には居らず、バックアップに回っていたため、誰よりも現場を俯瞰していたヒナタには心辺りがあった。
 ファクター。つまるところ、O.L.S.計画にとっての重要人物が、ミナであるということだろう。
 無論、ミナ自身に自覚があったわけではない。大方、勝手に計画に組み込まれていたといったところか。

「そうだな。星華が計画のファクターだとすれば、アンノウンたち財団への人質にもなる。攫う理由にはなるだろう。だが、そうなれば余計に、俺たちに取り返すチャンスを与えた理由が分からない」

 イーライの疑問は尤もだ。エストも魔術サイドの人間であり、おそらく目的はO.L.S.計画の阻止。あるいは計画そのものの奪取だろう。なぜそんなことをするのかまでは分からないものの、阻止が目的だとすれば、何も言わずに連れ去れば良い。

「⋯⋯いや、奴は、歴とした魔術師陣営じゃないのかもしれない」

「⋯⋯それはどういうことだ? アルゼス」

「これはただの勘なんですが、奴はどうも魔術陣営の魔術師というより、フリーランス的な⋯⋯自分のために魔術陣営と協力しているだけの個人な気がするんですよ」

 おそらく魔術陣営のことを、『依頼主』だと言ったり、言葉の節々に現状を面白がっている様子が見えたり、アルゼスにはエストがように思えた。そこにははなかった。

「つまり、どういうことかっていうと⋯⋯奴は本気で星華を攫いたいわけじゃない。あるいは、それ自体が目的ではなく、何か別の目的のための手段。もっと個人的な欲望に近いもの⋯⋯だと」

「分からないな。結局、あの白髪術師の目的は分からない。行動原理もそうだ。下手をすれば計画も何もない。ただのお遊び。私たち全員を誘い出し、殺すための⋯⋯いや、待てよ?」

 ユウカは最悪の事態を予想した。
 最初から、その可能性は提示されていた。誰でも思いつくはずの策。
 考えつかなかったのは、あり得ないとして前提から外していたからだ。魔術師の介入がそもそも予想外だったからだ。

「⋯⋯もしかすれば、計画を頓挫させるために、魔術陣営はアンノウンの殺害を企んでいるんじゃないか? あの白髪術師はアンノウンと対等以上に戦っていたが、殺し切ることはできなかった。なら、罠を仕掛け、そこにアンノウンを誘い込み、殺す」

 正面衝突で対等以上に戦えるのである。有利な状況に持っていけばほぼ確実に勝利することができるというもの。
 そして、この策に気がついたとしても、計画にとって重要な人間を見殺しにすることはできない。必ず、罠に飛び付かないといけない。

「ただそうなると今度は、メディエイトを巻き込んだ理由は何か、ってなるわね」

「⋯⋯いや普通に巻き込まれただけの可能性もあると思うぜ? 相手からしてみれば、折角アンノウンに敵対している陣営が居るんだ。オレなら利用するに決まってるな」

 魔術陣営とメディエイトは、敵対する理由はない。が、同じ学園都市の超能力者だとして、信用されない相手にはなり得る。敵の敵が味方だとは限らないのだから。
 自分たちだけで何とかなるのであれば、巻き込まない理由はないだろう。もしアンノウンがこれで無力化できれば好都合だ。どちらにせよ目的は達成される。
 少なくとも、あの場で三つ巴の乱戦になるよりは、漁夫の利を狙ったほうが良いはずだ。

「⋯⋯あの魔術師が盤面握ってるから、ただ普通に助けに行ったところで⋯⋯」

 前提として、エストは本当に港に居るのか。居たとして、普通に待っているのか。
 あの場で、アンノウンとルイズが撤退することは、エストにも予想できたはずだ。潰し合いになることはない、と。
 であれば、
 答えは単純明快。ほぼ確実に、潰し合う。

「⋯⋯盤面を支配⋯⋯潰し合いを誘発⋯⋯」

 リエサは、ならば、と策を考える。

「じゃあ、それを根底から覆せば──」
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