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第38話 人外
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『不解概念』を応用し、空間そのものをワープゲートに再定義することで転移したアンノウンとルイズ。
そこは財団の機動部隊関係の事務所だった。
「⋯⋯あなたの能力、本当に何でもありなのね」
あまりの規格外さに、ルイズは思わず素が出た。が、当のアンノウンは褒め言葉を無視し、要件だけを伝える。
「機動部隊一つを港に派遣しろ。俺がそうしろと命令したと伝えりゃ説明は不要だ」
それだけ言って、アンノウンは背を向けて歩き始めた。どこかへ行くようだ。
「あら、親切なのね、思っていたより。あなたはどうするのかしら? あと、どうして? あなた一人で⋯⋯戦力的には十分。私が加われば過剰戦力でしょう」
「仮眠だ。理由はテメェで考えろ」
「そう。おやすみなさいね。三十分後に現場に到着するようにしておくわ」
「⋯⋯⋯⋯」
アンノウンは自分の部屋まで歩いて行き、扉を開け、電灯も点けずにベッドではなく、倒れるようにソファに横たわる。
眠気が酷い。ベッドで横になれば熟睡してしまいそうだった。今日で三日目。きちんと眠らずに実験を続けている。
「⋯⋯いや、違ェ⋯⋯アイツだ。アイツとの戦闘の後から調子が狂ってやがる⋯⋯」
アンノウンは体調不良。睡眠不足なら、本来は特に問題ない。能力でいくらでも誤魔化せる。誤魔化しが効かなくなるのは、もっと先の話だ。
「っ⋯⋯」
急に、熱いものを喉の奥に感じた。反射的にアンノウンはそれを吐き出した。
激痛がした。自分の手を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。鉄の匂いがする。ようやく、血を吐いたことに気がついた。
「チッ⋯⋯」
エストの魔術を防御したとき、おそらく、アンノウンは能力を暴走させてしまっていた。彼の能力の全開出力は、肉体である時点で、その強度では耐えられない。戦闘の合間だけであっても、ここまでの反動があるのだ。
「⋯⋯⋯⋯薬」
財団から渡された薬を、アンノウンは摂取する。能力の出力を強制的に下げ、抑制する薬剤だ。これは応急処置のようなものに過ぎないが、幾らか気分はマシになった。
それがアンノウンの気を緩めたのか、すぐに彼の意識は闇の中に落ちた。
そして三十分後。彼は目覚め、目的に転移する。
◆◆◆
学園都市の形状は円形であり、一直線の大河が、北部と南部で都市を二分している。
ミース学園、メディエイトの事務所があるのは南部であるものの、大河から近場にあった。
付近にはフォンス港があり、おそらく、エストが指定した場所はここだ。
時刻は夜。もうすぐ日が変わる頃か。時期が時期ということもあり、夜になれば少々肌寒い。
港に人は居なかった。足音を立てれば響くくらいだ。
彼女が居たのは、ある一角の倉庫だった。探せば見つかるだろうが、しばらく時間は掛かると予想していた。
「⋯⋯一直線に来た。どうにかして私の居場所を確定させたね」
未来を見ることができるエストには、警戒状態である場合において、ほぼ全ての奇襲に意味はなくなる。
この後に起こる冷気の霧も、それを目くらましに行われる大質量の結晶攻撃も、暴風も無意味だ。
まずは正面から来る結晶を、エストは反転させる。直後、結晶は砕け散った。彼女がやったわけではない。
暴風も反射だ。これも反射直後に離散する。
「中々に高い火力だよ。まともに命中したら全身ズタズタだね。当たらないけど」
風で霧が晴れた。視界が確保できた。──と、普通なら考えるだろう。思考誘導の賜物だ。しかし、事実として、霧はまだ存在する。
エストはわざわざ未来を見ずとも、そのことに気がついていた。
「⋯⋯超能力発動時、現実改変反応が発生する。敏感な能力者なら感知できるものだし、ここに居るキミたちなら分かる感覚だと思う。⋯⋯ところで、いつ、キミたちに私は超能力者だと言ったっけ?」
二連続の超能力攻撃。ならば最後の一撃も超能力だと思ってしまう。が、エストを最後に襲ったのは弾丸だった。
尤も、無駄だったが。反転の魔力は、超能力も魔術も物理も関係なく反射する。
「さあて、これで終わり? 奇襲が失敗に終わったくらいで作戦が頓挫するわけじゃないでしょ。二つ目の作戦を私に見せてよ、ね!」
エストを中心に展開される全方位の攻撃魔術。一つ一つが一級魔術師が行使する詠唱ありのそれを凌駕する火力だ。無論、魔術師ですらないリエサたちは、命中すれば致命傷は必至。
そしてその物量は、避けられたものではなかった。
そのはずだったが、リエサたちが避けるまでもなく、攻撃魔術は命中しなかった。
ならば外れたのか? いや、そうではない。攻撃魔術が狙った対象が、また別のものだったからだ。
潜んでいた第三勢力。特殊部隊のような格好をした人々を、その魔術は一瞬で屠った。
「⋯⋯え?」
「なーんてね。こんな小芝居に騙されて、まだチャンスを伺うなんて。だから死ぬんだよ」
エストは魔術を解いた。その瞬間、彼女から溢れていた殺気が無くなった。その豹変ぶりには、むしろ恐怖さえ感じる程だった。
得体のしれない怪物、である気がした。
「邪魔者は居なくなったし、さ、話そっか。キミたちは財団と敵対しているんでしょ? なら共通敵を持つってことだよ」
「⋯⋯お前⋯⋯何のつもりだ」
イーライは彼女に真っ先に話しかけた。威圧こそかけているが、当の本人には全く効果が無さそうだ。
「何のつもりか、ね。今はそんな悠長なこと説明している暇はないと思うけど。⋯⋯そうだね。私はキミたちと協力したいんだよ」
エストは、彼女の立場や目的を話し始めた。
「私はGMCからの依頼を受けて活動するフリーランスの魔術師だ。今はね。今回の件もその一環。内容はO.L.S.計画の阻止⋯⋯もっと言えば、第一位の超能力者、アンノウンの抹殺」
エストが殺害した人間の死体がいつの間にか消え去っている。が、彼女はそれを気にせずに話を続けていることから、原因は明らかだ。
「正直アンノウン相手はしんどい。更に財団も本腰上げて私を殺しに来るだろうね。だから協力者が欲しいってわけ。どう? キミたちからしても、私という戦力は無視できないと思うよ」
確かに、エストは強力な助っ人だ。しかし無条件に信用はできない。それは彼女が魔術師、GMC側の人間であるということよりも、
「⋯⋯お前、一体何者なんだ」
「何者? ⋯⋯私はエスト。ラストネームは疾うの昔に捨てたただの魔術師だよ」
「違う。お前の正体だ。⋯⋯俺には、お前が人間であるかさえ分からない」
イーライがエストと対面し、ずっと覚えていた違和感。否、そは確信であるものの、過去に例がないがために分からなかったもの。
彼の超能力は、あらゆる異能に干渉する。超能力であれば完全に無効化し、魔術であれば妨げる。
そして、この世非ざるものであれば、その存在そのものを──拒絶する。
「お前を視界内に入れてから、ずっとそうだ。ずっと、俺の目が焼けるように痛い。俺が能力を使って、超能力を無効化したときも、魔術とやらを妨害したときも、感じなかった痛みが絶え間なく続いている。どういうことだ。説明しろ。魔術師、エスト!」
その時、声高らかな、まるで有頂天のような笑い声がした。
高く美声。ありとあらゆる者を魅了するそれ。故に、彼女の人外性を強調する。
「──私はエスト。『白の魔女』、エスト。そうさ。キミの言うとおり、ご察し通りさ。私はかつて人間だった」
変わった気がした、何もかもが。本来の彼女は、おそらく今だ。今までのそれは、偽装でしかなかった。猫被り、というものだ。
ルイズがエストの正体を見抜けなかったのは、単に彼女の能力が『理解した範囲の能力を模倣し、強化する』ものであったからだ。
だからこそ、エストはこの可能性を考えなかった。まさか自分の正体がバレてしまうなんて。
「⋯⋯っ!」
「そうだね。嘘をついていた。悪かったよ。私は、別にアンノウンを殺すことに手を焼いているわけじゃない。そりゃ『反転』の魔力と『未来視』だけじゃ骨が折れるけど、本来の力ならどうってことないよ」
ようやく分かった。エストを信じられない理由が。
「ただ⋯⋯私はキミたちを見てみたかった。私は知識欲が人より強くてね。この世界の魔術を、超能力を、そして⋯⋯異能なるものを。見て、知って、理解し、知識として記憶しておきたい。それがこの私、『白の魔女』の『欲望』なのさ」
かの魔女は、普通の人に対する感情が、小動物へ向ける程度であるということを、無意識に理解していたからだ。
あるいはそれは、実験用モルモットに対するものであるかもしれない。何にせよ、彼女は対等な存在ではない。
被捕食者が捕食者を恐れるように。人間は魔女を怖れている。
そこには利害や合理的な条件は不必要だ。本能的な恐怖のみが、全ての基準となる。
「それで? じゃあ、私が怪物だとして、化物だとして、人外だとして、とても信用できたものじゃないとして、今ここで何ができるのかな? 選択は二つに一つだよ。友だちを失い、そしてアンノウンによって殺されるか、私と契約し、命を存えるか。さあ、自由意志はある。選択はキミたち次第だよ、人間」
怖い。怖れている。こんな魔女と、契約なんてしても良いのだろうか。信用できたものではないのに。
「──『白の魔女』、エスト。あなたは私たちに何を望むんですか」
誰もが怯えていた。そして彼女も同じだった。ただ一つ異なるのは、ただ怯えていただけではないということ。
そこには意思があった。何としてでも友だちを助けるという決意が。
「そんな大それたものは望まないよ。ただ私にキミたちを見せてほしいだけなのさ。何も、取って食おうだなんて思ってもない。私の味覚は食人文化に染まってないからね」
要は、観察させてほしい、ということだ。デメリットがあるようには思えない。
「⋯⋯本当に?」
「本当だよ。何なら『縛り』結ぼうか? これは別に魔術師だけで通用する概念じゃないみたいだしね。⋯⋯こほん。えーっと⋯⋯私はキミたちに全身全霊協力しよう。その結果として、私がキミたちを殺すことはない。その代価に、キミたちは私に全てを見せることを条件とする⋯⋯っと」
瞬間、リエサたちとエストの体奥底に、何かが刻まれたような感覚があった。
それが何なのか理解できなかったが、何となく、それが契約であるのだと思った。
「ハイ終わり。じゃ、よろしくね。──リエサ・ツキミヤ」
リエサの名前を呼ぶ前に、エストの白灰色の目が光った気がした。
それに驚くより前に、しかし、事態は急変した。
突如として、倉庫の天井に大穴が開く。月光がスポットライトみたいにリエサたちを照らしているが、同時に一人の影を作っていた。
「⋯⋯ったくよォ。面倒なことになりやがって」
長めの黒髪に、黒のシャツ、スキニーパンツ。肌はそれに反して、今まで日光というものを浴びてこなかったのか、真っ白だった。
整った顔立ちは中性的な美形と言えるが、黙っていればの話で、雰囲気はかけ離れたものだ。
彼こそ最強の超能力者、学園都市のナンバーワン。名を、アンノウン。
「漁夫の利だと思っていたがァ⋯⋯どうやら手を組んだらしいなァ? そこの得体の知れない人外と手を組むなんぞ、さぞ怖いもの知らずらしい」
「ふーん。キミは私が人間でないことを分かっていたのか。それでそんなに余裕が? 面白いね」
「テメェが何者であれ、俺の敵じゃねェからなァッ!」
アンノウンの背後から、高速の何かがエストを襲った。
まるで見えなかった。真っ黒い何かが通ったことだけが分かった。
「黒い翼⋯⋯いや、ただ似ているだけかな」
エストはそれを見切り、躱していた。
それは、彼女の表現したように黒い翼だった。しかし翼膜や羽に似たものはない。つまりは、前縁のみの翼ということだ。
アンノウンはそれを背中から一対展開している。
「俺の能力で不解化させたものは、俺以外には認識できない。そしてそれは何物にも干渉できない。が、俺は不解化させたそれを、変容させることなく、形のみを変えて可視化させた。それがこれだ」
不解化した物質の特性を、一部分のみ利用しているもの。
本来、何物からも干渉できず、同時に干渉もできないものである不解化物質から、被干渉の定義のみを取り払った。
結果として、一方的に干渉可能な物質ができあがる。
「⋯⋯全く、気味悪いね、その特性。個人的にそういうものは、もう二度と見たくないんだよ」
「ああ?」
「気持ち悪いから往ねって言ってるの、わからない?」
アンノウンを取り囲むように魔術陣が展開、光線が発射される。が、黒翼がそれら光線全てを弾いた。風を切る音が聞こえた。余りにも速すぎる動きで、黒いバリアのようなものが貼られているようにも見えた。
「無駄だ、ッてんだろうが魔術師!」
「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ、人間」
常軌を逸した者同士の殺し合いが、始まった。
そこは財団の機動部隊関係の事務所だった。
「⋯⋯あなたの能力、本当に何でもありなのね」
あまりの規格外さに、ルイズは思わず素が出た。が、当のアンノウンは褒め言葉を無視し、要件だけを伝える。
「機動部隊一つを港に派遣しろ。俺がそうしろと命令したと伝えりゃ説明は不要だ」
それだけ言って、アンノウンは背を向けて歩き始めた。どこかへ行くようだ。
「あら、親切なのね、思っていたより。あなたはどうするのかしら? あと、どうして? あなた一人で⋯⋯戦力的には十分。私が加われば過剰戦力でしょう」
「仮眠だ。理由はテメェで考えろ」
「そう。おやすみなさいね。三十分後に現場に到着するようにしておくわ」
「⋯⋯⋯⋯」
アンノウンは自分の部屋まで歩いて行き、扉を開け、電灯も点けずにベッドではなく、倒れるようにソファに横たわる。
眠気が酷い。ベッドで横になれば熟睡してしまいそうだった。今日で三日目。きちんと眠らずに実験を続けている。
「⋯⋯いや、違ェ⋯⋯アイツだ。アイツとの戦闘の後から調子が狂ってやがる⋯⋯」
アンノウンは体調不良。睡眠不足なら、本来は特に問題ない。能力でいくらでも誤魔化せる。誤魔化しが効かなくなるのは、もっと先の話だ。
「っ⋯⋯」
急に、熱いものを喉の奥に感じた。反射的にアンノウンはそれを吐き出した。
激痛がした。自分の手を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。鉄の匂いがする。ようやく、血を吐いたことに気がついた。
「チッ⋯⋯」
エストの魔術を防御したとき、おそらく、アンノウンは能力を暴走させてしまっていた。彼の能力の全開出力は、肉体である時点で、その強度では耐えられない。戦闘の合間だけであっても、ここまでの反動があるのだ。
「⋯⋯⋯⋯薬」
財団から渡された薬を、アンノウンは摂取する。能力の出力を強制的に下げ、抑制する薬剤だ。これは応急処置のようなものに過ぎないが、幾らか気分はマシになった。
それがアンノウンの気を緩めたのか、すぐに彼の意識は闇の中に落ちた。
そして三十分後。彼は目覚め、目的に転移する。
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学園都市の形状は円形であり、一直線の大河が、北部と南部で都市を二分している。
ミース学園、メディエイトの事務所があるのは南部であるものの、大河から近場にあった。
付近にはフォンス港があり、おそらく、エストが指定した場所はここだ。
時刻は夜。もうすぐ日が変わる頃か。時期が時期ということもあり、夜になれば少々肌寒い。
港に人は居なかった。足音を立てれば響くくらいだ。
彼女が居たのは、ある一角の倉庫だった。探せば見つかるだろうが、しばらく時間は掛かると予想していた。
「⋯⋯一直線に来た。どうにかして私の居場所を確定させたね」
未来を見ることができるエストには、警戒状態である場合において、ほぼ全ての奇襲に意味はなくなる。
この後に起こる冷気の霧も、それを目くらましに行われる大質量の結晶攻撃も、暴風も無意味だ。
まずは正面から来る結晶を、エストは反転させる。直後、結晶は砕け散った。彼女がやったわけではない。
暴風も反射だ。これも反射直後に離散する。
「中々に高い火力だよ。まともに命中したら全身ズタズタだね。当たらないけど」
風で霧が晴れた。視界が確保できた。──と、普通なら考えるだろう。思考誘導の賜物だ。しかし、事実として、霧はまだ存在する。
エストはわざわざ未来を見ずとも、そのことに気がついていた。
「⋯⋯超能力発動時、現実改変反応が発生する。敏感な能力者なら感知できるものだし、ここに居るキミたちなら分かる感覚だと思う。⋯⋯ところで、いつ、キミたちに私は超能力者だと言ったっけ?」
二連続の超能力攻撃。ならば最後の一撃も超能力だと思ってしまう。が、エストを最後に襲ったのは弾丸だった。
尤も、無駄だったが。反転の魔力は、超能力も魔術も物理も関係なく反射する。
「さあて、これで終わり? 奇襲が失敗に終わったくらいで作戦が頓挫するわけじゃないでしょ。二つ目の作戦を私に見せてよ、ね!」
エストを中心に展開される全方位の攻撃魔術。一つ一つが一級魔術師が行使する詠唱ありのそれを凌駕する火力だ。無論、魔術師ですらないリエサたちは、命中すれば致命傷は必至。
そしてその物量は、避けられたものではなかった。
そのはずだったが、リエサたちが避けるまでもなく、攻撃魔術は命中しなかった。
ならば外れたのか? いや、そうではない。攻撃魔術が狙った対象が、また別のものだったからだ。
潜んでいた第三勢力。特殊部隊のような格好をした人々を、その魔術は一瞬で屠った。
「⋯⋯え?」
「なーんてね。こんな小芝居に騙されて、まだチャンスを伺うなんて。だから死ぬんだよ」
エストは魔術を解いた。その瞬間、彼女から溢れていた殺気が無くなった。その豹変ぶりには、むしろ恐怖さえ感じる程だった。
得体のしれない怪物、である気がした。
「邪魔者は居なくなったし、さ、話そっか。キミたちは財団と敵対しているんでしょ? なら共通敵を持つってことだよ」
「⋯⋯お前⋯⋯何のつもりだ」
イーライは彼女に真っ先に話しかけた。威圧こそかけているが、当の本人には全く効果が無さそうだ。
「何のつもりか、ね。今はそんな悠長なこと説明している暇はないと思うけど。⋯⋯そうだね。私はキミたちと協力したいんだよ」
エストは、彼女の立場や目的を話し始めた。
「私はGMCからの依頼を受けて活動するフリーランスの魔術師だ。今はね。今回の件もその一環。内容はO.L.S.計画の阻止⋯⋯もっと言えば、第一位の超能力者、アンノウンの抹殺」
エストが殺害した人間の死体がいつの間にか消え去っている。が、彼女はそれを気にせずに話を続けていることから、原因は明らかだ。
「正直アンノウン相手はしんどい。更に財団も本腰上げて私を殺しに来るだろうね。だから協力者が欲しいってわけ。どう? キミたちからしても、私という戦力は無視できないと思うよ」
確かに、エストは強力な助っ人だ。しかし無条件に信用はできない。それは彼女が魔術師、GMC側の人間であるということよりも、
「⋯⋯お前、一体何者なんだ」
「何者? ⋯⋯私はエスト。ラストネームは疾うの昔に捨てたただの魔術師だよ」
「違う。お前の正体だ。⋯⋯俺には、お前が人間であるかさえ分からない」
イーライがエストと対面し、ずっと覚えていた違和感。否、そは確信であるものの、過去に例がないがために分からなかったもの。
彼の超能力は、あらゆる異能に干渉する。超能力であれば完全に無効化し、魔術であれば妨げる。
そして、この世非ざるものであれば、その存在そのものを──拒絶する。
「お前を視界内に入れてから、ずっとそうだ。ずっと、俺の目が焼けるように痛い。俺が能力を使って、超能力を無効化したときも、魔術とやらを妨害したときも、感じなかった痛みが絶え間なく続いている。どういうことだ。説明しろ。魔術師、エスト!」
その時、声高らかな、まるで有頂天のような笑い声がした。
高く美声。ありとあらゆる者を魅了するそれ。故に、彼女の人外性を強調する。
「──私はエスト。『白の魔女』、エスト。そうさ。キミの言うとおり、ご察し通りさ。私はかつて人間だった」
変わった気がした、何もかもが。本来の彼女は、おそらく今だ。今までのそれは、偽装でしかなかった。猫被り、というものだ。
ルイズがエストの正体を見抜けなかったのは、単に彼女の能力が『理解した範囲の能力を模倣し、強化する』ものであったからだ。
だからこそ、エストはこの可能性を考えなかった。まさか自分の正体がバレてしまうなんて。
「⋯⋯っ!」
「そうだね。嘘をついていた。悪かったよ。私は、別にアンノウンを殺すことに手を焼いているわけじゃない。そりゃ『反転』の魔力と『未来視』だけじゃ骨が折れるけど、本来の力ならどうってことないよ」
ようやく分かった。エストを信じられない理由が。
「ただ⋯⋯私はキミたちを見てみたかった。私は知識欲が人より強くてね。この世界の魔術を、超能力を、そして⋯⋯異能なるものを。見て、知って、理解し、知識として記憶しておきたい。それがこの私、『白の魔女』の『欲望』なのさ」
かの魔女は、普通の人に対する感情が、小動物へ向ける程度であるということを、無意識に理解していたからだ。
あるいはそれは、実験用モルモットに対するものであるかもしれない。何にせよ、彼女は対等な存在ではない。
被捕食者が捕食者を恐れるように。人間は魔女を怖れている。
そこには利害や合理的な条件は不必要だ。本能的な恐怖のみが、全ての基準となる。
「それで? じゃあ、私が怪物だとして、化物だとして、人外だとして、とても信用できたものじゃないとして、今ここで何ができるのかな? 選択は二つに一つだよ。友だちを失い、そしてアンノウンによって殺されるか、私と契約し、命を存えるか。さあ、自由意志はある。選択はキミたち次第だよ、人間」
怖い。怖れている。こんな魔女と、契約なんてしても良いのだろうか。信用できたものではないのに。
「──『白の魔女』、エスト。あなたは私たちに何を望むんですか」
誰もが怯えていた。そして彼女も同じだった。ただ一つ異なるのは、ただ怯えていただけではないということ。
そこには意思があった。何としてでも友だちを助けるという決意が。
「そんな大それたものは望まないよ。ただ私にキミたちを見せてほしいだけなのさ。何も、取って食おうだなんて思ってもない。私の味覚は食人文化に染まってないからね」
要は、観察させてほしい、ということだ。デメリットがあるようには思えない。
「⋯⋯本当に?」
「本当だよ。何なら『縛り』結ぼうか? これは別に魔術師だけで通用する概念じゃないみたいだしね。⋯⋯こほん。えーっと⋯⋯私はキミたちに全身全霊協力しよう。その結果として、私がキミたちを殺すことはない。その代価に、キミたちは私に全てを見せることを条件とする⋯⋯っと」
瞬間、リエサたちとエストの体奥底に、何かが刻まれたような感覚があった。
それが何なのか理解できなかったが、何となく、それが契約であるのだと思った。
「ハイ終わり。じゃ、よろしくね。──リエサ・ツキミヤ」
リエサの名前を呼ぶ前に、エストの白灰色の目が光った気がした。
それに驚くより前に、しかし、事態は急変した。
突如として、倉庫の天井に大穴が開く。月光がスポットライトみたいにリエサたちを照らしているが、同時に一人の影を作っていた。
「⋯⋯ったくよォ。面倒なことになりやがって」
長めの黒髪に、黒のシャツ、スキニーパンツ。肌はそれに反して、今まで日光というものを浴びてこなかったのか、真っ白だった。
整った顔立ちは中性的な美形と言えるが、黙っていればの話で、雰囲気はかけ離れたものだ。
彼こそ最強の超能力者、学園都市のナンバーワン。名を、アンノウン。
「漁夫の利だと思っていたがァ⋯⋯どうやら手を組んだらしいなァ? そこの得体の知れない人外と手を組むなんぞ、さぞ怖いもの知らずらしい」
「ふーん。キミは私が人間でないことを分かっていたのか。それでそんなに余裕が? 面白いね」
「テメェが何者であれ、俺の敵じゃねェからなァッ!」
アンノウンの背後から、高速の何かがエストを襲った。
まるで見えなかった。真っ黒い何かが通ったことだけが分かった。
「黒い翼⋯⋯いや、ただ似ているだけかな」
エストはそれを見切り、躱していた。
それは、彼女の表現したように黒い翼だった。しかし翼膜や羽に似たものはない。つまりは、前縁のみの翼ということだ。
アンノウンはそれを背中から一対展開している。
「俺の能力で不解化させたものは、俺以外には認識できない。そしてそれは何物にも干渉できない。が、俺は不解化させたそれを、変容させることなく、形のみを変えて可視化させた。それがこれだ」
不解化した物質の特性を、一部分のみ利用しているもの。
本来、何物からも干渉できず、同時に干渉もできないものである不解化物質から、被干渉の定義のみを取り払った。
結果として、一方的に干渉可能な物質ができあがる。
「⋯⋯全く、気味悪いね、その特性。個人的にそういうものは、もう二度と見たくないんだよ」
「ああ?」
「気持ち悪いから往ねって言ってるの、わからない?」
アンノウンを取り囲むように魔術陣が展開、光線が発射される。が、黒翼がそれら光線全てを弾いた。風を切る音が聞こえた。余りにも速すぎる動きで、黒いバリアのようなものが貼られているようにも見えた。
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