Reセカイ

月乃彰

文字の大きさ
39 / 116

第39話 虚飾

しおりを挟む
 床のコンクリートを平然と叩き割る。移動の度に風圧が生じ、目では追えない。攻撃に至っては反応さえできない。
 明らかにレベルが違う戦いを見せられては、リエサたちは加勢も乱入もできなかった。ただただ、足手まといになるだろう、と確信できる。

「⋯⋯ミナ」

 なら他のことをするまでだ。リエサたちの目的はミナを取り戻すこと。エストはこちらと協力したいと言っていた。なら、近くに居るはずだ。
 これだけ騒がしくなっても来ないということは眠っているはずだ。であれば探さなくては。
 リエサは一瞬、辺りに目を向けた。そのせいで、迫り来る殺人鬼に気がつくことができなかった。
 背後、彼女はナイフを振りかぶっていた。

「リエサっ!」

 暴風が発生する。それにより、殺人鬼は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
 レオンがリエサを助けなければ、彼女は首を切り落とされていただろう。

「ごめん、助かった」

「いいってことよ」

 二人は吹き飛ばした殺人鬼の方を見る。
 予想通り、彼女はルイズだった。壁に叩きつけられたというのに平然と立っていた。まるでダメージが入っていないようだ。

「はあ⋯⋯数が多いからさっさと減らしたいのに。潜めていた奴らは全員死んだし⋯⋯全く、煩わしいわね」

 何か、彼女は雰囲気が違う。いや、リエサはよく知っている。ルイズの本性だ。しかし、以前よりもおどろおどろしくなっている気がする。

「来るぞ──」

「〈時間倍加速ダブル・アクセル〉」

 ルイズの動きは、人に許されたそれではなかった。スピードだけなら、目視もできなかっただけ、あのアンノウンとエストよりも速かった。
 つまり、いつの間にかリエサの胸にはナイフが突き刺さっていたのだ。

「⋯⋯あら」

 が、ルイズには肉を刺した感覚がなかった。彼女が突き刺したのは結晶。ナイフの刃渡りでは、肉まで到達しなかった。
 刺突の衝撃が凄まじく、吐きそうなくらい痛かったが、リエサは気絶することなく意識を保っている。
 直ちに結晶を生み出し、ルイズを結晶漬けにしようとした。
 しかしそれよりもはやく蹴り飛ばされ、何メートルか転がる。

「以前なら衝撃を受け流せずに肋骨折れたわ。でも今のあなたは前とは違う⋯⋯ははは。やれやれ⋯⋯鬱陶しい」

「けほっ⋯⋯か⋯⋯」

 リエサは血を吐く。ダメージを受け流してようやっとこれだ。
 明らかに格上。まともにやって勝てるような相手ではない。

「お前っ!」

 暴風が打ち付ける。ルイズは避けたが、代わりに地面が抉れた。

「リエサ、下がるんだ。まだ傷治りきってないだろ」

「いいや、それはできない。⋯⋯私とあんた、二人で何とか、ようやく抑えられる相手よ」

 リエサの判断は間違っていない。レオンは渋々了承しつつも、彼女を後方に回し、彼は前衛に出る。
 イーライかユウカ。どちらかが加勢に来てくれればルイズは倒すことができる。だが、あの二人は今、また別の相手と戦っていた。

「⋯⋯加勢は期待できない、か。⋯⋯レオン、私に策がある。ルイズを海に追いやれる?」

「⋯⋯やる。やってみせるぜ」

 レオンは何となく、リエサのやりたいことが理解できた。短時間で、そして限られた戦力でなら、これ以上はない。
 これは短期決戦だ。ルイズもそれを狙っている。なら乗ってくるはずだ。

「作戦会議は終わりかしら? じゃ、殺すわね」

 ルイズは『氷結』の超能力を使ってナイフの代わりを作った。魔力による身体強化もし、再度、彼女は突っ込んでくる。
 やはり目では追えない。しかし、軌道を予測し、風の防壁を作り上げる。一瞬立ち止まったところに暴風を叩き込むも、躱され、ナイフを投げられる。
 ナイフは空中に生成された結晶に弾かれるが、既に二本目のナイフをルイズは持っていた。
 一閃。轟音、豪風が発生するほどの一撃。人体など容易く両断できただろう。事実、レオンの回避が間に合わなければ、彼の右腕は肩から先が無くなっていた。

「やっぱりただの氷で作ったようなモノは、これくらいで壊れちゃうわね」

 ルイズが持っていた氷のナイフは、その衝撃でボロボロになっていた。だから彼女はナイフを作り直していた。

「その点、あなたの氷⋯⋯いや、結晶はいいわね。コピーしたいけれど、まだ条件を満たせていないわ」

「そう。コピーできるものならしてみなよ!」

 リエサの背後に結晶の弾丸が生成され、そして射出する。
 ルイズは倉庫内の壁を跳躍したり、まるで蜘蛛のように不規則に動き回って、結晶の弾丸を躱す。
 
「無駄かしら!」

「こっちの台詞よ!」

 距離を詰めて来たところに、リエサはカウンターを叩き込む。足元、展開される結晶は、突き刺すようにルイズを取り込もうとした。
 が、瞬間、結晶の全てが消え去った。
 しかし、寧ろ、リエサは笑みを浮かべた。この超能力を使っているのは自分たちの担任だ。内容は、特徴は、そして弱点は、よく知っている。

「至近距離だと、視認による能力封殺はできない!」

 即ち、至近距離かつ視界外の攻撃であれば、能力の使用が可能。
 ルイズの足元から結晶の柱を突き上げるように生成する。
 彼女は驚異的な反射神経で跳躍することで、全身が結晶化することは避けられた。が、右足首ほどまでが結晶化していた。

「今よ、レオン!」

 リエサの呼び掛けに、レオンは能力を使用する。風は不可視だ。見れば、そして触れば消せるが、視界外であれば無意味だし、偶然触って消すことができる頃にはもう遅かった。
 倉庫の窓を破ってルイズは外に投げ出される。
 真下は海。ルイズは氷結能力を使って海を凍らせ、体制を立て直し着氷する。
 次の一手を警戒。そして予想通り、リエサたちが追いかけて来た。何の躊躇もなく凍った海の上を走るのは、万一溶けても問題ないからだ。

(増援を期待せずに分断した? 倉庫内での戦闘の方をどうして捨てたのかしら?)

 ルイズの身体能力だと、倉庫内を縦横無尽に跳び回ることができる。ただし、閉鎖空間では、リエサとレオンの能力は凶悪な性能を誇る。
 無論、外部でも二人の能力は強力だし、別の強さがあるためそちらを優先したと考えればおかしくはないが、

(何か、狙っているのかもしれないわね。違和感があるわ)

 直感が、そう言っている。
 ルイズの右足は結晶化しており、動きづらくなっている。機動力が奪われた今、スピードで翻弄しつつ斬り殺すことは選択外だ。
 構え、待ち、反撃を叩き込む。人間は首を掻っ切れば死ぬ。少なくとも、リエサとレオンは普通の人間だ。
 違和感は危険因子ではないと判断。狙っているものにチャンスが来るよりも先に、仕留めれば良い。

(速いわね。流石は氷雪系の能力者。氷の上でも、いやむしろ速くなっているほど)

 だが、意味はない。速くとも、それは以前と比較して。絶対評価なら脅威になり得ない。学生として見れば上位だろうが、ルイズのような本職からしてみれば最低ラインだ。

「悪くないわ。けれど若い──」

 ルイズの氷のナイフが、リエサの首を捉えた。
 そして──滑った。

「油断大敵、ってね」

(手応えがない⋯⋯。首に結晶を⋯⋯!)

 リエサはルイズに膝蹴りを叩き込んだ。鋼鉄を越す硬度の結晶を纏っているため、その衝撃は並大抵のものではない。いくらルイズでも、まともに鳩尾に打ち込まれれば吐きそうになる。

「っ!」

 が、ルイズは正常な人間ではない。人なら気絶しかねない一撃であろうと、彼女は意識を保ち、反撃に走る。
 しかし、レオンの飛び蹴りが顔面を打つ。風による後押しで、ルイズの体は何十メートルも吹き飛ばされた。

「不味い⋯⋯」

 ゲーム的に言うのであれば、クリティカルヒットを二連続で食らったようなものだ。
 それで気絶していなくとも、ルイズはかなり削られた。あと数発、耐えられるかどうかというところか。
 油断はしていなかった。本気だった。だが、全力ではなかった。
 それはこの後にあるはずのユウカとの戦闘のために、温存していたからだ。
 アンノウンはエストの相手で手一杯だし、連れてきた部隊はあの魔術で全滅。使い物にもならなかった。

「⋯⋯後先考えていられるような相手ではないわね。認めてあげる。あなたたちは、強いわ。だから全力で相手したげる──」

 ルイズは両手にナイフを持つ。右手は逆手。左手は普通に。体力を余計に使うから、普段はしない。非効率極まれり、だ。しかし、ルイズの斬撃を何度も防げる相手なら、やる価値は十二分にある。

「⋯⋯⋯⋯」

 リエサは、レオンは、怖かった。ルイズは本当に、自分たちとはレベルが違うと理解させられる。全力でやって、ようやく追い付けた。なのにこれから、離されるだろう。成すすべも無く、殺されるだろう。
 そんなことは、最初から分かっていた。だからこそ⋯⋯全力を出させるわけにはいかなかった。

「──⋯⋯夜だから、気づくのに遅れたんじゃないの?」

「──⋯⋯ああ。⋯⋯それかしら?」

 それは些細な、しかし強大な変化。やけに、寒いと思っていた。
 それもそのはずだ。なにせ、上から直径三十メートルはありそうな氷塊が降ってきているのだから。
 逃げようとすれば逃げられる。ただ、それに全力を注がねばならないし、避けられるのは
 確実に言えるのは、水中においてリエサの『冥白結晶ホワイト・クリスタル』はあまりにも強過ぎるということ。『氷結フリーズ』の完全上位互換。能力勝負では勝てないだろう。

(結晶じゃない。あれは本物の氷の塊。ダイヤモンドダストと同じ理屈で作り出したもの)

 ルイズは勿論、それを消そうと見た。しかし完全には消えなかった。多少、小さくなった程度だろうか。
 能力封殺で消えない能力はない。いかなる能力であろうと、それ由来のものは全て消える。だが消えないものがあるなら、それは自然現象だ。
 『冥白結晶』はあくまで、氷のような性質を持ち、鋼鉄を超える硬度を持つ結晶を生成、操作する能力。それによって凍らされたものは、能力が直接関係したわけではないため、『能力封殺』の対象外だ。
 天空より大氷塊が堕ちる。
 冷気が漂い、肌を凍てつかせる。
 迫り来る大影。ただただ膨大な質量。
 ゆえに小手先の技術ではどうすることもできない。
 聞こえもしないのに、轟音が鳴っていた。

「成程⋯⋯あははは──!」

 ルイズは能力を切り替えた。魔力ではない。氷結でもない。彼女本来の超能力。
 名は──『虚飾ヴァニティ』。その効果──理解したあらゆる特殊な力を、オリジナルから強化しコピーする。ただし、コピーできるものは理解した範囲に限られ、また、ストックできる個数はこれを除き三つまで。そして同時にコピーしたものを複数使用することはできない。
 ルイズはこの超能力を久しく使った。新たに四つ目の超能力をコピーした時、彼女は一つ、能力を捨てる必要がある。
 捨てた力は『氷結フリーズ』。

「私の超能力を⋯⋯!」

 得た超能力は⋯⋯『冥白結晶ホワイト・クリスタル』。
 ルイズがコピー&強化できるのは、能力の性能のみ。能力者本人の能力の練度や記憶まではコピーできない。

大氷塊それを、壊してやるわ!」

 上空104メートルより墜落する大氷塊を砕かんとするため、ルイズは真上に大結晶を生成する。
 リエサは平然を行っていたが、とてつもない集中力と精度の能力操作を要求された。
 強化による出力上昇がなければ、ルイズという天才能力者でなければ、初見でそれを生み出すことは叶わなかっただろう。
 オリジナルより遥かに劣るものの、青い輝きと共に、ルイズは大結晶を創り出した。
 衝突。天地を響かせんと、空気が震える。
 大質量攻撃は相殺することはなく、大氷塊は海に堕ちる。
 砕かれた氷は海を漂う。波紋は海を荒らす。水飛沫が何メートルも立ち上がり、雨を錯覚させた。

「奴はどうなった⋯⋯!?」

 リエサは結晶を足場にして、レオンは飛行し、海に落ちることを避けた。あの大氷塊が堕ちる直前に、レオンの能力によって退避したのだ。
 レオンはルイズを探す。霧で見えづらかったが、直ぐに人影を見つけてしまった。
 海上の氷塊に立つ、血塗れのルイズを。

「⋯⋯まだ、よ。まだ、私は⋯⋯終えて⋯⋯ない⋯⋯わ」

 が、満身創痍だ。膝を付き、そのまま倒れ伏せる。ルイズは立っていられなくなった。
 警戒こそすれど、ルイズが気絶したことをリエサは直感した。あれだけの結晶を作ったのだ。体力の消耗は、ましてや慣れていないと、それだけで危険な状態となるだろう。なにせリエサでさえ、体温の低下が危険なほどなのだから。

「⋯⋯なんとか勝てた、ってところだな。⋯⋯はあ、リエサがいないと何もできずに死んでたぜ。ありがとな」

「私一人でもそうだったと思う。お礼を言うのは私の方ね」

 人数差。能力相性。策略。そして何よりも幸運。どれか一つでも欠けていれば、二人が生き残ることはなかった。
 しかし、勝者はリエサとレオンであり、そして敗者はルイズである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...