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第40話 反能力者
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今回、O.L.S.計画の続行の為に派遣された機動部隊はベータ-1『鉄槌』であった。
最高責任者たち直属の部隊であるアルファ系列を除けば、ベータ-1は最高戦力であった。しかし、エストの一般攻撃魔術によって壊滅した。
ただ一人。部隊長、エルラード・デイ・ウィットを残して。
「初めまして。まさかあなたほどの人とお会いできるとは、嬉しい限りだ。イーライ・コリン」
エルラード・デイ・ウィット。かつてS.S.R.F.に所属していた頃、イーライと同期であった人物だ。直接的な関係はなかったが、その男の噂はよく聞いていた。
「『殺し屋』、『両剣』、『壊塵』、『怪物』⋯⋯お前の二つ名は無数に聞いたよ。S.S.R.F.を抜けたのは知っていたが⋯⋯まさか財団所属になったとは」
白いスーツに、黒のコート。海のような青い目に、綺羅びやかな金髪は短く整えられている。そして、スーツの上からでもわかるほどの鍛え抜かれた肢体。
彼はネクタイを緩めると、腰に携えていた二刀を抜く。
それらは、両手剣だ。本来、両手で扱うはずの一刀を、彼はそれぞれ片手で持っている。刀身は確かに細いものの、それでも、普通の人間が片手で持てるわけがない。ましてや振るうことは叶わない。
しかし彼は、それを当たり前に構えている。まるで重さを感じさせないように。
「先生、この男の超能力とか知っているんですか? ⋯⋯まず間違いなく、この信じられない膂力は素の身体能力なんでしょう?」
「そうだ。が、少し間違っている。俺は奴に能力を使っていない⋯⋯使っても意味がないし、使えない」
「それはどういう⋯⋯」
「彼は能力因子を持たない絶対の反能力者だからだ」
超能力者は、現実強度が他人より大きく、能力の指向性を決める能力因子を持つ。通常、能力因子は誰しもが持っているものだが、稀に持たない者も居る。
そして能力因子を持たない人間は、常人よりも現実強度が高い傾向にある。
エルラードの現実強度は、レベルに変換すれば6は下らないだろう。
「追記するのであれば、私は財団のあらゆる科学力の集大成。超能力ではない、新技術の塊だ」
一歩、エルラードは踏み込んだ。それだけで、彼はイーライの目の前まで来ていた。十メートル弱はあった距離を、瞬き一つ未満で詰めてきた。
既に剣は振り下ろされていた。イーライはまるで反応できていなかった。
「────」
間に入ってエルラードの両手剣を防いだのはユウカだ。彼女は剣に触れた瞬間、剣は崩壊した。崩壊を伝播させ、彼女はエルラードの両手を崩そうとした。
「⋯⋯全く。本当に能力が通用しないとは」
「その能力⋯⋯。そうか、あなたが白石ユウカか」
エルラードは構える。徒手空拳は心得ているようだ。
スピードはユウカが何とか反応できる程度。イーライは目視がやっと。
つまり、二対一である現状さえイーブンとは言えないほどの実力差がある。
百九十センチメートルはある巨体。それに見合わぬスピード。エルラードの拳は風を切る。
狙われたユウカは冷や汗をかいた。下手なレベル5の肉体強化系超能力者を凌駕している。頭を捉えられれば、首が千切れかねない。
「っ⋯⋯」
イーライが発砲した弾丸は弾かれた。服には穴が空いていることを鑑みるに、エルラードの素の肉体の強度だ。
「言っただろう。私は財団の技術力の集大成だ、と。たかだか九ミリ弾丸。掠り傷一つ付くはずがない」
「ならコイツはどうだ!」
イーライは持っていた拳銃ではなく、ホルダーに閉まっていたまた別の拳銃を取り出す。
銀色の大口径拳銃、デザート・イーグル。最早拳銃の利点を捨て去ったとしか思えないほど長い銃身。
それは特別に改造が施されたモデル。50口径徹甲弾仕様。拳銃としては無駄としか言いようのない改造だが、こと、学園都市においてはその限りではなかった。本来は対超能力者用の拳銃である。
轟音のような発砲音。弾丸は一直線にエルラードに飛来する。
血飛沫が舞う。
「⋯⋯くくく。私の肉体に傷がつくとは」
エルラードは避けようとした。しかし、避けきれなかった。発射速度もノーマルを凌駕していたのだ。
彼の左上腕が一部抉れていた。
「だがその拳銃。人類に扱えたものか? どれだけ超能力者の身体能力が高かろうと、限界というものがある」
イーライはそれを片手で発砲したとは言え、きちんとした姿勢で、きちんと反動を逃した。それでも、負荷は尋常ではない。下手をすれば骨が折れてしまうだろう。
「せめて両手で撃ったらどうだ。尤も⋯⋯一丁の物量で何とかなるとは思えんが」
「だろうな。だから二丁持ちか、ナイフを常に持ってるんだ、俺は」
イーライは九ミリ拳銃を投げ捨て、同じタイプ、二つ目のデザート・イーグルを取り出した。
二丁拳銃の物量。当たれば高強度の肉体も破壊される威力。エルラードは物陰に隠れても無駄だと判断し、躱すために動き回る。
「させるか、っての!」
エルラードの足元が突然割れ、穴が開く。足を取られ、動きが止まった。無論、それを逃すはずがない。イーライはしっかりとエルラードの頭に弾丸を叩き込む。それも一発ではない。弾倉が空になるまで、的確に頭を撃ち続けた。
頭蓋骨は特別強度が大きかったようで、最初の数発は弾いていた。しかし、ついに耐えきれなくなり貫通した。
エルラードは倒れ伏せる。
「⋯⋯はあ。ああ、クソ。腕がいてぇ」
イーライは思わず拳銃を地面に捨ててしまった。ただでさえ反動が大きいのに、拳銃自体の重さも十キロを超えていたからだ。いくら超能力者の身体能力と言えど、それを片手で連発するのは文字通り骨が折れる。
「大丈夫ですか、先生」
「心配かけさせたくないが、大丈夫とは言えないな。だが問題はない。⋯⋯月宮とソマーズを助けに──」
その時だった。
肉を裂く、音がした。
◆◆◆
アンノウンは魔術を知らない。だが、彼はその頭脳と超能力で魔術を解析し、ついに無効化まで漕ぎ着けた。
エストの一般攻撃魔術も、反転魔術も無力化可能となった。それは魔術師であるエストにとっては致命的となる。
「テメェの攻撃はもう通らねェ! このまま殺してやるよ!」
黒い翼は時間を追うごとに、より速く、より強くなっている。
アンノウンの真骨頂だ。彼はエストの強さを解析し、自らの能力を強化していっている。
音速を超えた一突き。エストは躱すが、余裕はそこにない。
「⋯⋯あーね。うん。⋯⋯最強の超能力者の名は伊達じゃないね」
「なんだァ? 世辞ならもっと早くに言っとくべきだったなァ。もう遅ェよ」
アンノウンの腕がエストの胸を貫いた。心臓を掴み、引き抜き、そして潰す。
エストは血を吐く。だが、蹌踉めくことはなく、死ぬこともなかった。
「⋯⋯⋯⋯なに」
エストの左手に白い光が輝いたかと思えば、次の瞬間、彼女の致命傷は無くなった。まるで時が戻ったかのように。
「ねぇ、知ってる? この世界の魔術の頂点。その、技術をさ」
「⋯⋯ほう。テメェ⋯⋯」
「何度も言うけど、私は天才なんだ。⋯⋯キミは、それを使うに値する」
エストは左手を前に突き出した。そこに魔術陣が展開される。同時、アンノウンは強烈な魔力を感じた。そして理解する。これは、彼がどんなに時間を掛けても完全には無効化できない代物であると。例え、彼の超能力だったとしても。
「さあ、見せてあげる」
魔力反応がピークを迎える。瞬間、世界が塗り替えられた。
汎用魔術式とは、一般攻撃、防御魔術などのような、固有魔力に関わらず、誰でも扱える術式のことを言う。
そしてその一種に、結界魔術というものがある。結界魔術は空間を隔てる術式であり、通常は隠蔽工作などに使われるものだ。
しかし、魔術の頂点であるその技術において、結界魔術の運用方法は少し異なっていた。
「結界を展開し、そこに術者の心象風景を投射する。言ってしまえば世界の侵食だよ。だから消耗が激しく、そして限られた魔術師にしか使えない」
魔術の奥義とは違う。特殊な高等技術。ただでさえ向き不向きがある結界魔術を、より高度に扱うことが前提の魔術であり、もはや努力で何とかできる範囲を越えている。
「その名は⋯⋯『心核結界』。この私が一番得意とする時空間魔術さ」
エストが展開した『心核結界』。様子は、何も変わらない。その色を除き。
白と黒のみで構成された世界。空気は冷たくも熱くもない。適温というわけでもない。何も感じない、と表現すべきだ。
色があるのはエストとアンノウンだけ。
だが、アンノウンはそれら全てを見ていない。知っていない。感じておらず、理解もしていない。
行われるのは、そう。ひとつだけ。
「どうだい? 感想は?」
この空間内において、犠牲者ができることはただ一つ。
無を解することのみ。
エストは犠牲者に『無という情報』を与える。
無は、文字通り無だ。しかし、犠牲者はそれを何としてでも理解し、処理しようとする。
処理できるはずのない情報を、いつまでも処理しようとする。即ち、その次の行動に移せない。
これで一件落着。普通ならそう思うだろう。だが、エストはそうではなかった。
「⋯⋯く。くくく⋯⋯テメェ⋯⋯やってくれたなァ!」
黒い斬撃がエストを襲う。彼女はそれを魔術で防御したが、一撃で粉砕された。
「予想通りだね。詠唱破棄したとは言え、一瞬スタンしただけ。⋯⋯やっぱりキミには⋯⋯」
「ごちゃごちゃうっせェよ。馬鹿は話が長ェ」
「そういう癖なんだ。要約する気がないからね」
エストの左手にはいつの間にか剣が握られていた。真っ白な細い刀身の剣。全長はエストの身長を越えているほど長いが、彼女はそれを難なく片手で持っている。
「私の魔術は最早無力らしい。なら、直に叩くに限るね」
魔術師は魔力により身体能力を強化することができる。無論、個人差はあるが、エストのそれは並の術師を遥かに超える。
そもそもの基礎スペックも人の域にない。果たしてその細い四肢のどこに、そんな力があるのだろうか。
(速ェ!?)
アンノウンは第一位の能力者だ。身体能力もトップレベルである。そんな彼でさえ、追いつくことはできない。数十メートルなら瞬間移動とさして変わらない。
だが反応できないわけではない。黒翼で剣を防御する。
パワーはスピードほど規格外ではなかった。だから何とか弾くことができた。
(捕まえて筋力差で押し込める)
連続。超速。絶え間ない剣戟をアンノウンは的確に捌いていく。無傷で凌ぐ。風圧さえ生じる嵐だった。
隙を見計らい、翼ではなく触手を展開し、エストの首を掴む。
「────」
エストは反転魔術により、転移。だがアンノウンは転移先に生じた『起こり』を感知し、黒翼を突き刺す。
エストはそれを剣で弾いた──が、剣は折れた。
「それが何でできてるのか知らねェが、解析が終われば折ることくらい容易いぞ」
「キミの超能力の一番厄介なとこは、その適応力だよ。今のでわかった。キミのそれに限度はあれど、『心核結界』クラスでないと適応は短時間で終わる」
エストの魔力をアンノウンは感知していた。だからスピードに対応できたし、適応しつつある。だから、魔術による位置変更も察知できた。
故に、今まで度々起こっていた変化がずっと気になっていた。
そして、この時点でエストの魔力は完全に変化した。
いや、それは魔力だろうか? また別の何かではないのか。
「⋯⋯いいや、魔力だよ。ただ、キミの知っているものとは全く異なる。何せ、キミたちで言うところの『異能』に類するものらしいからね」
「テメェ⋯⋯俺の思考を⋯⋯」
「アンノウン。キミの対処法は適応される前に倒すこと」
簡単に言うが、それができないからアンノウンは最強の超能力者なのだ。エストクラスの魔術師でも瞬殺は困難を極める。数度観測すればすぐに適応される。
「そしてもう一つ。⋯⋯無数とも言える手段によって削り切る」
エストの背後に九十五の魔術陣に酷似した別物が展開された。
「キミさ、その超能力使うのにどれだけ脳のリソースを割いているの? どれだけ消耗するの? ⋯⋯私も似たようなことしたことあるから分かるんだよ。相当辛くなってくるでしょ、そろそろさ」
エストの言っていることは間違っていなかった。
アンノウンの超能力は強力な分、扱うには人には強大すぎる負荷を負わなければならない。アンノウンのようなスーパーコンピュータ並の計算力が無ければ使用はほぼ不可能だ。
それを常に続けていれば、脳に限界が来る。
オート防御程度なら問題ないが、アンノウンはエストとの戦闘のためにかなり頭を酷使していた。
「⋯⋯だったら何だってんだァ? それでテメェが勝てるとでも?」
「そうさ。ここからが私本来の力で、まだまだ体力には余裕があるからね」
「⋯⋯⋯⋯」
アンノウンの脳裏に、撤退の二文字が浮かんだ。
エストには、少なくともこの盤面で勝てるとは思えなかった。彼女が持つ異能が何なのか分からない今。消耗した今。これ以上の戦闘続行は避けるべきだろう。
「⋯⋯チッ」
アンノウンは全身を不解物質によって包み込んだ。それにより転移することで、彼は姿を消した。
エストは追跡しなかった。
「⋯⋯は。⋯⋯けほっ⋯⋯ああ、ね。やっぱり。⋯⋯私の異能は、この世界にとっての異物。文字通り⋯⋯」
エストは余裕ぶっていた表情を崩した。彼女本来の力。魔法を使う度に、彼女は世界からの反発を受けていた。
異能とは世界の異物だ。それを排斥する力が、エストには働いている。
魔術や超能力を使っていれば、存在そのものが異能のようなものであるエストでも、多少体調が悪い程度で済んでいた。
「私の天才的な演技力が無ければ、とっくにこの弱点に気づかれていて押し負けていたかもしれないね⋯⋯あー、やだやだ。異世界ってのはこれだから⋯⋯」
エストは開放していた魔力を抑えた。体調が戻っていくが、本調子には程遠い。
「⋯⋯さて、と。一番の厄介者は撃退した。そろそろ助けなきゃ、協力者としての顔が立たないね」
最高責任者たち直属の部隊であるアルファ系列を除けば、ベータ-1は最高戦力であった。しかし、エストの一般攻撃魔術によって壊滅した。
ただ一人。部隊長、エルラード・デイ・ウィットを残して。
「初めまして。まさかあなたほどの人とお会いできるとは、嬉しい限りだ。イーライ・コリン」
エルラード・デイ・ウィット。かつてS.S.R.F.に所属していた頃、イーライと同期であった人物だ。直接的な関係はなかったが、その男の噂はよく聞いていた。
「『殺し屋』、『両剣』、『壊塵』、『怪物』⋯⋯お前の二つ名は無数に聞いたよ。S.S.R.F.を抜けたのは知っていたが⋯⋯まさか財団所属になったとは」
白いスーツに、黒のコート。海のような青い目に、綺羅びやかな金髪は短く整えられている。そして、スーツの上からでもわかるほどの鍛え抜かれた肢体。
彼はネクタイを緩めると、腰に携えていた二刀を抜く。
それらは、両手剣だ。本来、両手で扱うはずの一刀を、彼はそれぞれ片手で持っている。刀身は確かに細いものの、それでも、普通の人間が片手で持てるわけがない。ましてや振るうことは叶わない。
しかし彼は、それを当たり前に構えている。まるで重さを感じさせないように。
「先生、この男の超能力とか知っているんですか? ⋯⋯まず間違いなく、この信じられない膂力は素の身体能力なんでしょう?」
「そうだ。が、少し間違っている。俺は奴に能力を使っていない⋯⋯使っても意味がないし、使えない」
「それはどういう⋯⋯」
「彼は能力因子を持たない絶対の反能力者だからだ」
超能力者は、現実強度が他人より大きく、能力の指向性を決める能力因子を持つ。通常、能力因子は誰しもが持っているものだが、稀に持たない者も居る。
そして能力因子を持たない人間は、常人よりも現実強度が高い傾向にある。
エルラードの現実強度は、レベルに変換すれば6は下らないだろう。
「追記するのであれば、私は財団のあらゆる科学力の集大成。超能力ではない、新技術の塊だ」
一歩、エルラードは踏み込んだ。それだけで、彼はイーライの目の前まで来ていた。十メートル弱はあった距離を、瞬き一つ未満で詰めてきた。
既に剣は振り下ろされていた。イーライはまるで反応できていなかった。
「────」
間に入ってエルラードの両手剣を防いだのはユウカだ。彼女は剣に触れた瞬間、剣は崩壊した。崩壊を伝播させ、彼女はエルラードの両手を崩そうとした。
「⋯⋯全く。本当に能力が通用しないとは」
「その能力⋯⋯。そうか、あなたが白石ユウカか」
エルラードは構える。徒手空拳は心得ているようだ。
スピードはユウカが何とか反応できる程度。イーライは目視がやっと。
つまり、二対一である現状さえイーブンとは言えないほどの実力差がある。
百九十センチメートルはある巨体。それに見合わぬスピード。エルラードの拳は風を切る。
狙われたユウカは冷や汗をかいた。下手なレベル5の肉体強化系超能力者を凌駕している。頭を捉えられれば、首が千切れかねない。
「っ⋯⋯」
イーライが発砲した弾丸は弾かれた。服には穴が空いていることを鑑みるに、エルラードの素の肉体の強度だ。
「言っただろう。私は財団の技術力の集大成だ、と。たかだか九ミリ弾丸。掠り傷一つ付くはずがない」
「ならコイツはどうだ!」
イーライは持っていた拳銃ではなく、ホルダーに閉まっていたまた別の拳銃を取り出す。
銀色の大口径拳銃、デザート・イーグル。最早拳銃の利点を捨て去ったとしか思えないほど長い銃身。
それは特別に改造が施されたモデル。50口径徹甲弾仕様。拳銃としては無駄としか言いようのない改造だが、こと、学園都市においてはその限りではなかった。本来は対超能力者用の拳銃である。
轟音のような発砲音。弾丸は一直線にエルラードに飛来する。
血飛沫が舞う。
「⋯⋯くくく。私の肉体に傷がつくとは」
エルラードは避けようとした。しかし、避けきれなかった。発射速度もノーマルを凌駕していたのだ。
彼の左上腕が一部抉れていた。
「だがその拳銃。人類に扱えたものか? どれだけ超能力者の身体能力が高かろうと、限界というものがある」
イーライはそれを片手で発砲したとは言え、きちんとした姿勢で、きちんと反動を逃した。それでも、負荷は尋常ではない。下手をすれば骨が折れてしまうだろう。
「せめて両手で撃ったらどうだ。尤も⋯⋯一丁の物量で何とかなるとは思えんが」
「だろうな。だから二丁持ちか、ナイフを常に持ってるんだ、俺は」
イーライは九ミリ拳銃を投げ捨て、同じタイプ、二つ目のデザート・イーグルを取り出した。
二丁拳銃の物量。当たれば高強度の肉体も破壊される威力。エルラードは物陰に隠れても無駄だと判断し、躱すために動き回る。
「させるか、っての!」
エルラードの足元が突然割れ、穴が開く。足を取られ、動きが止まった。無論、それを逃すはずがない。イーライはしっかりとエルラードの頭に弾丸を叩き込む。それも一発ではない。弾倉が空になるまで、的確に頭を撃ち続けた。
頭蓋骨は特別強度が大きかったようで、最初の数発は弾いていた。しかし、ついに耐えきれなくなり貫通した。
エルラードは倒れ伏せる。
「⋯⋯はあ。ああ、クソ。腕がいてぇ」
イーライは思わず拳銃を地面に捨ててしまった。ただでさえ反動が大きいのに、拳銃自体の重さも十キロを超えていたからだ。いくら超能力者の身体能力と言えど、それを片手で連発するのは文字通り骨が折れる。
「大丈夫ですか、先生」
「心配かけさせたくないが、大丈夫とは言えないな。だが問題はない。⋯⋯月宮とソマーズを助けに──」
その時だった。
肉を裂く、音がした。
◆◆◆
アンノウンは魔術を知らない。だが、彼はその頭脳と超能力で魔術を解析し、ついに無効化まで漕ぎ着けた。
エストの一般攻撃魔術も、反転魔術も無力化可能となった。それは魔術師であるエストにとっては致命的となる。
「テメェの攻撃はもう通らねェ! このまま殺してやるよ!」
黒い翼は時間を追うごとに、より速く、より強くなっている。
アンノウンの真骨頂だ。彼はエストの強さを解析し、自らの能力を強化していっている。
音速を超えた一突き。エストは躱すが、余裕はそこにない。
「⋯⋯あーね。うん。⋯⋯最強の超能力者の名は伊達じゃないね」
「なんだァ? 世辞ならもっと早くに言っとくべきだったなァ。もう遅ェよ」
アンノウンの腕がエストの胸を貫いた。心臓を掴み、引き抜き、そして潰す。
エストは血を吐く。だが、蹌踉めくことはなく、死ぬこともなかった。
「⋯⋯⋯⋯なに」
エストの左手に白い光が輝いたかと思えば、次の瞬間、彼女の致命傷は無くなった。まるで時が戻ったかのように。
「ねぇ、知ってる? この世界の魔術の頂点。その、技術をさ」
「⋯⋯ほう。テメェ⋯⋯」
「何度も言うけど、私は天才なんだ。⋯⋯キミは、それを使うに値する」
エストは左手を前に突き出した。そこに魔術陣が展開される。同時、アンノウンは強烈な魔力を感じた。そして理解する。これは、彼がどんなに時間を掛けても完全には無効化できない代物であると。例え、彼の超能力だったとしても。
「さあ、見せてあげる」
魔力反応がピークを迎える。瞬間、世界が塗り替えられた。
汎用魔術式とは、一般攻撃、防御魔術などのような、固有魔力に関わらず、誰でも扱える術式のことを言う。
そしてその一種に、結界魔術というものがある。結界魔術は空間を隔てる術式であり、通常は隠蔽工作などに使われるものだ。
しかし、魔術の頂点であるその技術において、結界魔術の運用方法は少し異なっていた。
「結界を展開し、そこに術者の心象風景を投射する。言ってしまえば世界の侵食だよ。だから消耗が激しく、そして限られた魔術師にしか使えない」
魔術の奥義とは違う。特殊な高等技術。ただでさえ向き不向きがある結界魔術を、より高度に扱うことが前提の魔術であり、もはや努力で何とかできる範囲を越えている。
「その名は⋯⋯『心核結界』。この私が一番得意とする時空間魔術さ」
エストが展開した『心核結界』。様子は、何も変わらない。その色を除き。
白と黒のみで構成された世界。空気は冷たくも熱くもない。適温というわけでもない。何も感じない、と表現すべきだ。
色があるのはエストとアンノウンだけ。
だが、アンノウンはそれら全てを見ていない。知っていない。感じておらず、理解もしていない。
行われるのは、そう。ひとつだけ。
「どうだい? 感想は?」
この空間内において、犠牲者ができることはただ一つ。
無を解することのみ。
エストは犠牲者に『無という情報』を与える。
無は、文字通り無だ。しかし、犠牲者はそれを何としてでも理解し、処理しようとする。
処理できるはずのない情報を、いつまでも処理しようとする。即ち、その次の行動に移せない。
これで一件落着。普通ならそう思うだろう。だが、エストはそうではなかった。
「⋯⋯く。くくく⋯⋯テメェ⋯⋯やってくれたなァ!」
黒い斬撃がエストを襲う。彼女はそれを魔術で防御したが、一撃で粉砕された。
「予想通りだね。詠唱破棄したとは言え、一瞬スタンしただけ。⋯⋯やっぱりキミには⋯⋯」
「ごちゃごちゃうっせェよ。馬鹿は話が長ェ」
「そういう癖なんだ。要約する気がないからね」
エストの左手にはいつの間にか剣が握られていた。真っ白な細い刀身の剣。全長はエストの身長を越えているほど長いが、彼女はそれを難なく片手で持っている。
「私の魔術は最早無力らしい。なら、直に叩くに限るね」
魔術師は魔力により身体能力を強化することができる。無論、個人差はあるが、エストのそれは並の術師を遥かに超える。
そもそもの基礎スペックも人の域にない。果たしてその細い四肢のどこに、そんな力があるのだろうか。
(速ェ!?)
アンノウンは第一位の能力者だ。身体能力もトップレベルである。そんな彼でさえ、追いつくことはできない。数十メートルなら瞬間移動とさして変わらない。
だが反応できないわけではない。黒翼で剣を防御する。
パワーはスピードほど規格外ではなかった。だから何とか弾くことができた。
(捕まえて筋力差で押し込める)
連続。超速。絶え間ない剣戟をアンノウンは的確に捌いていく。無傷で凌ぐ。風圧さえ生じる嵐だった。
隙を見計らい、翼ではなく触手を展開し、エストの首を掴む。
「────」
エストは反転魔術により、転移。だがアンノウンは転移先に生じた『起こり』を感知し、黒翼を突き刺す。
エストはそれを剣で弾いた──が、剣は折れた。
「それが何でできてるのか知らねェが、解析が終われば折ることくらい容易いぞ」
「キミの超能力の一番厄介なとこは、その適応力だよ。今のでわかった。キミのそれに限度はあれど、『心核結界』クラスでないと適応は短時間で終わる」
エストの魔力をアンノウンは感知していた。だからスピードに対応できたし、適応しつつある。だから、魔術による位置変更も察知できた。
故に、今まで度々起こっていた変化がずっと気になっていた。
そして、この時点でエストの魔力は完全に変化した。
いや、それは魔力だろうか? また別の何かではないのか。
「⋯⋯いいや、魔力だよ。ただ、キミの知っているものとは全く異なる。何せ、キミたちで言うところの『異能』に類するものらしいからね」
「テメェ⋯⋯俺の思考を⋯⋯」
「アンノウン。キミの対処法は適応される前に倒すこと」
簡単に言うが、それができないからアンノウンは最強の超能力者なのだ。エストクラスの魔術師でも瞬殺は困難を極める。数度観測すればすぐに適応される。
「そしてもう一つ。⋯⋯無数とも言える手段によって削り切る」
エストの背後に九十五の魔術陣に酷似した別物が展開された。
「キミさ、その超能力使うのにどれだけ脳のリソースを割いているの? どれだけ消耗するの? ⋯⋯私も似たようなことしたことあるから分かるんだよ。相当辛くなってくるでしょ、そろそろさ」
エストの言っていることは間違っていなかった。
アンノウンの超能力は強力な分、扱うには人には強大すぎる負荷を負わなければならない。アンノウンのようなスーパーコンピュータ並の計算力が無ければ使用はほぼ不可能だ。
それを常に続けていれば、脳に限界が来る。
オート防御程度なら問題ないが、アンノウンはエストとの戦闘のためにかなり頭を酷使していた。
「⋯⋯だったら何だってんだァ? それでテメェが勝てるとでも?」
「そうさ。ここからが私本来の力で、まだまだ体力には余裕があるからね」
「⋯⋯⋯⋯」
アンノウンの脳裏に、撤退の二文字が浮かんだ。
エストには、少なくともこの盤面で勝てるとは思えなかった。彼女が持つ異能が何なのか分からない今。消耗した今。これ以上の戦闘続行は避けるべきだろう。
「⋯⋯チッ」
アンノウンは全身を不解物質によって包み込んだ。それにより転移することで、彼は姿を消した。
エストは追跡しなかった。
「⋯⋯は。⋯⋯けほっ⋯⋯ああ、ね。やっぱり。⋯⋯私の異能は、この世界にとっての異物。文字通り⋯⋯」
エストは余裕ぶっていた表情を崩した。彼女本来の力。魔法を使う度に、彼女は世界からの反発を受けていた。
異能とは世界の異物だ。それを排斥する力が、エストには働いている。
魔術や超能力を使っていれば、存在そのものが異能のようなものであるエストでも、多少体調が悪い程度で済んでいた。
「私の天才的な演技力が無ければ、とっくにこの弱点に気づかれていて押し負けていたかもしれないね⋯⋯あー、やだやだ。異世界ってのはこれだから⋯⋯」
エストは開放していた魔力を抑えた。体調が戻っていくが、本調子には程遠い。
「⋯⋯さて、と。一番の厄介者は撃退した。そろそろ助けなきゃ、協力者としての顔が立たないね」
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妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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