Reセカイ

月乃彰

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第48話 壊理

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 星華ミナたちは近いうちに、財団を襲撃する可能性がある。
 そう上から連絡があり、アルゼスたちは財団本部の警備に回っていた。
 情報元はリンネだ。彼女の情報収集能力は学園都市でも一級品だ。可能性とは言われているが、ほぼ間違いない。
 いや、間違ってなどいなかった。

「星華。あんたたちは馬鹿な真似をした。よりにもよって、ここを襲撃しようとなんて」

 アルゼス、リンネは今、ミナと相対していた。

「まだ早計です。わたしたちが馬鹿なことをしたかどうかは」

「もう決まっている。何しろリンネの前に現れたからな。まだ空きはあるだろ?」

 リンネは不敵な笑みを浮かべながら、その右手をミナの方に向けた。

「勿論ですよ、リーダー。私がそのようなミスを犯すはずないじゃないですか」

 リンネの超能力にはいくつかの制限がある。
 一つ、発動条件は、対象の選定が必要なこと。もっと具体的に言えば、対象の生身を視認すること。しかしこれはあってないようなものだ。
 二つ、複数を同時進行で洗脳することはできない。が、一人ずつ洗脳していけば複数人に能力を行使することができる。
 三つ、洗脳できる対象の数などには制限がある。もし彼女が全力を尽くしたとしても、レベル6相当の超能力者を五、六人、完全催眠するのがやっとだろう。
 そして、これら三つの条件は、あくまでも完全催眠をする場合の話だ。催眠の強度を弱めればその限りでもない。
 例えば、簡単な衝撃で解ける程度の催眠なら、発動条件は写真を見るだけでも良い。百人でも同時に能力を使えるだろうし、洗脳可能数は百人以上だ。
 だが、レベル6ともなると、下手をすれば自己解除されたり、そもそも抵抗されたりする可能性があるためするべきではない。

「あのときはあの男のせいで白石ユウカしか洗脳できなかったけれど、今度はきっちりあなたも洗脳してあげましょう」

 対面している。妨害されることもない。そしてこれまで、リンネの超能力による完全催眠を、真っ向から無効化したのはアンノウンただ一人を除き存在しない。
 無論、ミナだって例外にはなれない。彼女の超能力者としての実力だと、リンネには抵抗もできずに術中に落ちる。

「⋯⋯⋯⋯」

 リンネは手の平をミナに向けたまま、だ。
 何も変化は訪れない。

「⋯⋯リンネ。ふざけている場合じゃ──」

 アルゼスがリンネの方を見たとき、そこに彼女の姿はなかった。
 彼女は通路の突き当りまで飛ばされており、ピクリとも動かない。死んではいないだろうが、気絶は確実にしている。

「────ッ!?」

 遅れて、とてつもない風圧がアルゼスを襲った。彼はよろめいたが、飛ばされることなく、そしてに目を向ける。

「はー、危なかった。もう少しでワタシの仕事が失敗に終わるところだった」

 身長ほどある白い長髪。実年齢よりかなり幼く見える顔。日本人らしくない青い目と、ハーフらしい顔つき。無地のダボダボの白シャツに着られている少女の名は、宵本メイリだ。

「ごきげんよう、星華ミナ。アナタを助けてあげたよ。だから代わりに⋯⋯」

 メイリの眼前に星屑が舞い、そして直後に爆裂が生じる。だがそれは即座に拡散されて、メイリに当たることなく消滅した。

「恩知らずここに極まれり、だね。全く、同級生とはいえ、もう少し礼儀を知るべきだと思うよ?」

「殺されそうになった相手に礼儀なんて必要ないでしょ」

 ミナは突然現れたメイリを警戒し、距離を取る。

「ああ、それもそうだね。でも大丈夫。今度はアナタを誘拐しに来た。殺しから人攫いに変わったんだ。突然の要件変更だなんて、面倒だとは思わない?」

「知らないよ。どっちにしても迷惑だから」

 ミナ、アルゼス、メイリの三つ巴。
 しかし、最も厄介なのはメイリだ。ミナとアルゼスは真っ先に彼女を倒さなければいけないと判断し、攻撃を仕掛ける。

「二対一度だなんて卑怯、ね」

 ミナの爆裂を即時拡散し無効化。だがそんなことは分かりきっている。
 出力25%。星屑のエネルギーを身体に廻し、ドロップキックをブチかます。
 メイリは体を少しひねるだけで躱し、

「っ!」

 続くアルゼスの拳も避け、二人から距離を取った。しかし、攻撃を仕掛けてくる素振りはない。

(⋯⋯やっぱり、宵本の能力は強力だけど、対人の攻撃性能はあんまりない)

 エントロピー、秩序を示す状態量を操るという概念系の強能力だが、どちらかと言えば対物破壊に向いている超能力だ。
 直接接触したとしても、人間を対象にしたエントロピー操作は困難らしい。

(遠距離攻撃は全部無効化される。有効打になるのは近接戦闘。なら⋯⋯!)

 狙うはラッシュ。今はアルゼスがミナに協力的だ。彼ならば、ミナと同じ考えに至っているはずである。
 その証拠に、ミナの動きに合わせてアルゼスもメイリとの距離を詰めた。

「────!」

 だが、瞬間、二人の全身を氷が覆う。氷によって地面に固定された。そして、天井から一瞬、ミシミシという音がし、

「⋯⋯大気中には水分がある。それのエントロピーを低下させれば、氷になるのは当然⋯⋯ああ、キミたちなら知ってるね」

 メイリが天井を破壊し、崩落させ、押しつぶすという攻撃手段を取ることは予期していた。そして彼女自身、それがまともに通用するとは思っていなかった。
 だから動きを止めた。一瞬だとしても、確実な隙になるから。

「⋯⋯ふふふ。殺ったと思ったんだけど」

 メイリの任務は『星華ミナを生きたまま確保すること』だ。
 アルゼスの生死は問わない。邪魔だから殺しておこう、そんな気持ちで、メイリは彼を殺そうとした。ミナの方は全身骨折程度に済ませるつもりだった。
 だが、

「⋯⋯あんた⋯⋯なんで⋯⋯俺は敵だぞ⋯⋯?」

 アルゼスに降り掛かる瓦礫はなかった。全部、溶けて砕け、彼に被害を加えるような物は一切無かった。

「だからって、見殺しにできるわけじゃないですから」

 ミナは自分を拘束した氷を能力で溶かした。その時には既にアルゼスを助けることが最優先で、反撃できたはずなのにそうしなかった。

「────。俺があんたの背中を刺すかもしれないんだぞ」

「でも、あなたはそうしなかった」

 結果論だ。アルゼスはミナを背後から襲うことができた。彼の速さなら、彼女を殺すことも、人質にすることもできた。
 なのになぜ、ミナは、これが分かっていてアルゼスを守った? 助けた?

「⋯⋯それと」

「──まるでヒーローだ。ただ、殺人鬼を助けるヒーローなんて聞いたこともない」

 メイリが侮蔑混じりの嘲笑を付して、ミナを罵る。そこには彼女らしくない⋯⋯否、本心がようやく混じった言葉だと、ミナは思った。

「⋯⋯全く面倒になってきた。⋯⋯別に、生きていればどうなってもいいでしょ」

 メイリの超能力は、エントロピーの低下が可能なことは、先程の氷結現象で分かった。
 嫌な予感がしたアルゼスは、その場から逃れようとしたが、ミナはそのことに気がついていない。
 いや違う。ミナは、アルゼスを既に敵として見ておらず、守るために構えていた。

「────」

 崩落した天井の瓦礫が、瞬時にして元に戻る。そう言えば語弊がある。天井は抜けたままだ。瓦礫は、一つに固まっただけだ。
 固まる速度は凄まじく、そして強烈だ。壊したりするよりも、アルゼスはミナを掴んで、逃れていた。

「これで貸し借り無しだ」

 三つ巴ではなく、最早二対一の能力戦闘だ。
 アルゼスは斥力を前方に生じさせる。拡散し、無効化されるが、その間に目前に現れる。そして能力により補助した拳を、メイリの腹に叩き込んだ。
 
「ぐう!?」

 これだけでは終わらない。即座に地面に叩きつけるように斥力を発生させた。人が気絶する程度の威力にしたものの、間一髪の所でメイリは重力域から脱出し、氷結現象を引き起こす。だがミナの能力が氷を溶かした。

「っ!?」

 全身からの爆発によるブーストで、ミナは一瞬でメイリの眼前まで距離を詰めた。
 手の平には星屑が凝縮されており、それがメイリの頭に近づけられていた。ミナの意識一つで、爆破する。

(全身が痛い⋯⋯けど、それだけ速い! そしてこれだけ近ければ、拡散は間に合わないっ!)

 爆破音が響いた。黒煙がメイリの頭部から上がっている。
 能力者なら、死なない程度に抑えた威力だ。だからといって無問題というわけでもない程度。
 ミナは肩で呼吸し、全身の痛みに息がより荒れる。

「⋯⋯ったいなぁ」

 顔面に大火傷を負ったメイリだが、死なないどころか気絶もしなかった。ミナが火力操作を間違えたわけではない。
 ただ単純、ミナの速度より早く防御し、無効化まではいかずとも威力を削いだのだ。

「久しくヒヤリとしたよ⋯⋯」

 メイリの顔の火傷が。超能力の応用だろう。
 
「⋯⋯狂犬を捕まえるのは苦労する」

 アルゼスとミナの猛撃を、メイリは躱し続ける。しかし反撃の隙がまるでなく、防戦一方だ。
 二分か三分。二人は攻撃を止めなかった。体力をかなり消耗したが、それはメイリも同じはずだ。
 そして遂に、メイリの超能力に綻びが出る。
 ミナの星屑の爆裂。牽制程度に放っていたそれが、消し切られずにメイリにダメージを与えた。服の一部が燃え尽き、火傷を負わせた。

「っ⋯⋯」

 アルゼスも斥力を発生させ、メイリを吹き飛ばす。確かに威力は削がれたが、無力化はされていない。
 メイリは後方にあった扉を突き破り、部屋に突っ込んだ。棚を派手に倒し、資料の束が宙に舞う。

「能力出力が⋯⋯」

 ミナとアルゼスは強力な遠距離攻撃を持っている。この二人を相手に攻撃をいなし続けられたのは、これら遠距離攻撃を拡散、無効化できたからだ。
 能力出力が低下し、まともに拡散することが難しくなった今、後は攻撃を幾度も重ねられるだけで敗北することが確定した。

「宵本メイリ。観念して。もう限界でしょ」

 あと一度、天井を崩落させることができる。
 あと二度、氷結させることができる。
 何度でも、自己を直すことができる。
 だがそれだけだと、星華ミナを、アルゼス・スミスを倒すことはできない。
 ならば求めるは、混沌。即ち、逆転の一手。

(今のワタシに何ができる⋯⋯)

「今のあんたにできることはない。あんたが所属するグループ──」

「────」

 宵本メイリ。財団暗部組織『革命家』に所属する超能力者。所属する理由には、小さくない陰りがあった。

「⋯⋯ぁ。ぁぁ⋯⋯」

 超能力は身体機能だ。
 例えば、昨日までできなかったことが、今日はあっさりできることがある。それと同じで、ある日突然、とても些細なことで、能力が成長することがある。

「駄目。だめだよ。それは⋯⋯それだけは、ダメなんだ⋯⋯。あれから、一度たりとも間違っては──」

「⋯⋯え?」

 まるで人が変わったように、メイリは震えだしている。過去のトラウマでも抉られているようだ。

「⋯⋯星華。おい星華!」

 怯えているメイリに対して、ミナは無意識に手を指し伸ばそうとした。彼女の人を助けようとする気持ちが、そうさせたのである。
 だが、メイリの様子を窺っていたアルゼスは彼女の異常に気が付いた。

「うあ、あぁ⋯⋯っ!」

 頭を抱え、メイリの全身が震える。しかしそこには恐怖、トラウマとは他に、また別のものも含まれていた。
 それとは、

「能力の暴走⋯⋯!」

 ミナは爆発を使って距離を離す。何かヤバイ。感覚がそう訴える。アルゼスも同じく、ミナと一緒に逃れた。
 だが、

「──は? 外?」

 アルゼスたちは、いつの間にか、外に居た。
 否。
 建物が消滅し、そこが外になった。

「ぐっ!?」

 『混沌操作コントロール・エントロピー』は、対人効果が非常に弱い。そう、弱いだけだ。
 メイリのトラウマが刺激されたというきっかけで、彼女の超能力は極短時間のうちに急激に成長する。
 確かに、視認による遠隔発動では、やはり未だ対人への能力行使はままならない。
 だが、接触という条件を満たせば、

「星華っ!」

 メイリによって接触されそうになったミナを、アルゼスが突き飛ばし助けた。
 結果として、ミナが受けるはずだったメイリの超能力はアルゼスが身代わりになった。
 触れた部位は右腕。そして直ちに、アルゼスの右腕が崩壊を始めようとしていた。

「ちぃっ!」

 アルゼスは能力を用いて右腕を引き千切る。今までに感じたことのない激痛を感じたが、気合で彼は意識を保つ。
 悲しくもないが、痛みで涙が出る。今にも倒れそうになっている。

「アルゼスっ! だいじょ、ぶじゃないですよね!? 今すぐに手当を⋯⋯!」

「俺に構うな、警戒しろ! 宵本メイリを!」

 ミナは辺りを警戒する。が、居ない。
 メイリにそんなスピードはなかったはずだ。隠れられるような場所もない。

「後ろ!」

 手の平に星屑を収束。瞬時に爆裂。メイリの反応速度だと、防げなかった。それは今でも同じだ。
 メイリはミナの爆裂にまたもや直撃する。今度は頭部だけでなく、全身を焼き尽くされる。
 しまった、とミナは一瞬思考する。思わず、火力を上げすぎた。あれでは殺してしまうかもしれない。

「⋯⋯⋯⋯」

 メイリは死ななかった。死ぬことがなかった。自己のエントロピーを低下させ、物理的に体を元に直す。
 死んだ状態からの即時再生は、メイリの限界を優に超えている。

「ワタシは⋯⋯ワタシは⋯⋯彼を救うため、に⋯⋯。星華、ミナ⋯⋯は、ワタシが、ツカマエル!」
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