Reセカイ

月乃彰

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第49話 勝敗

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 財団施設内、外部。そこは自然溢れる公園のような構造になっており、普段であれば昼食を食べたり、軽く運動をしたりする職員が居る。
 しかし今は異なる。
 たった二人の人物たちが戦闘を繰り広げている。それだけで、誰もここに近づくことができないでいた。

「あれは⋯⋯アンノウンか? 奴を相手に、あの少女⋯⋯」

「いや待て。何かおかしいぞ。なぜアンノウンは能力を使っていないんだ?」

「知らねぇよ。だが⋯⋯どちらにせよ⋯⋯」

 一般の研究員だけでなく、事態の鎮圧に繰り出された機動部隊でさえ、二人の戦闘に手を出すことはできないでいた。
 速すぎるからだ。超能力者は確かに身体能力が高くなる傾向にあるが、しかし、アンノウンのそれは常軌を逸している。
 そしてそれと互角に渡りあっている少女も、アンノウンクラスの化物だ。

「っ!?」

 互いの一挙手一投足が死につながる予感は間違ってなどいなかった。
 アンノウンはエストの連撃を捌き切ることができず、左の裏拳を側頭部に食らう。
 一瞬、全身に力が入らなくなる。そしてこの一瞬は致命的な時間である。ただちに距離を詰め直され、回し蹴りが飛んでくる。

「────!」

 音を超えかねない速度。だが、唐突にエストはバランスを崩し、倒れそうになった。それもそのはずだ。彼女の左足は、踝の辺りから丸々なくなっていたのだから。

「ケッ」

 アンノウンの超能力が、復活していた。
 ノイズが走った黒翼が展開。それは一気に肥大化し、エスト目掛けて振り下ろされる。
 地面が隆起し、コンクリートが砕かれる。
 躱したエストへの追撃として、もう片方の黒翼で突き刺す。だが、彼女は側転でもするようにして跳躍して回避。
 が、三撃目は命中すると、アンノウンは確信した。既に振り下ろした黒翼は、いつでも突き刺すことができるようになっていたからだ。

「⋯⋯ははッ!」
 
 しかし、いつの間にか、エストはアンノウンの背後に跳んでいた。

「〈魔法抵抗貫通強化ペネトレイト・ブースト・マジック次元断ディメンション・スラッシュ〉」

 それは第十階級魔法。〈仮想質量殴撃〉の一つ下の魔法であり、出力も効果も、小さくない差がある。
 だがそれでも、強化することにより威力を底上げしたこの魔法は、十分な火力を持つ。
 アンノウンは不可視の斬撃を黒翼によって防ぐ。しかし、斬撃は貫通した。

「っ⋯⋯」

 黒翼によって軌道がずれていなければ、アンノウンの首は飛んでいた。証拠に、アンノウンの首に赤い一筋が表れていた。
 痛みを感じる余裕もなく、エストはアンノウンに接近し、いつの間にか手に持っていた黒みがかった紫色の剣を振りかぶっていた。
 防御に使った黒翼を平然と切り裂いた。だが、アンノウンはそんなこと百も承知。後に跳んで斬撃を躱した。

「ッらあ!」

 斬られていないもう片翼を切り上げる。が、それが裂いたのはエストの残像である。
 彼女は、アンノウンの真横に居た。
 速すぎる。アンノウンは相手が音速で動こうとも目で追える。反応できる。そして自身も、音速で動くことができる。
 なのに今のエストは、目で追うこともままならなかった。

 第十一階級白魔法〈世界を断つ刃ワールド・ブレイク〉。

 次元でさえなく、世界という概念そのものを断ち切る魔法。
 同じく世界という概念そのものを守る術でなければ、対抗さえできない防御無視の魔法だ。
 選択できるのは回避のみ。しかし、アンノウンの反応速度とスピードでは無理難題だった。

「────」

 アンノウンは、右腕に灼熱の痛みを感じた。それもそのはずだ。なにしろ、彼の右の肩から先が斬り落とされていたのだから。
 断面はあまりにも綺麗だった。だから、鮮血も勢い良く吹き出る。
 痛みを感じたのは一瞬だけだった。アドレナリンで痛覚は麻痺する。
 アンノウンは能力を応用し、斬り落とされた右肩の断面を圧迫し、失血を止める。

「あれれ? そんな能力あるのに、再生しない⋯⋯いや、できないのか。⋯⋯宝の持ち腐れだね」

「⋯⋯ンだと?」

「キミ、自分自身に能力使えないんでしょ。他人をどうこうすることはできても、自分自身を不解化し、定義を変更することはできない。だから宝の持ち腐れ、って言ったのさ」

 エストは持っていた紫色の形が不確かな剣を片手で構える。まるで重量感を思わせない構え方だ。
 否、まさしくそうなのだろう。この剣は、叩き斬る剣ではない。
 ビームサーベルのように、消し飛ばし、切断する剣なのだろう。

「〈劫気開放〉」

 紫色の剣に黒い稲妻のようなものが走った。
 魔法でも、当然魔術でも、そして超能力でもない、また、新たな系統の異能。アンノウンの感覚としては魔術に近い性質を持っているようだが、異質なことには変わらない。
 エストとアンノウンの距離は開いている。当たり前だが、剣の届く範囲ではない。
 しかしだと言うのに、エストはその剣を三度振るった。
 そうすれば、黒い稲妻のようなものが三つ、空を飛び、アンノウンに迫っていた。

「飛ぶ斬撃ってやつだよ。この超人社会なんだ。珍しくもないよね」

 超能力や魔術であれば、飛ぶ斬撃など確かに珍しくもない。
 オリジナルであれば、このエネルギーを刀身状にし、そもそものリーチを極端に伸ばす使い方をしていた。
 だが、エストは身体能力で斬撃を飛ばし、その斬撃にエネルギーを纏わせたのである。

「チィッ⋯⋯」

 黒翼で防ぐことができる斬撃だが、威力自体は先の二つに勝るとも劣らない。対物破壊力としては寧ろこちらに軍配が上がるだろう。
 何よりも物量が大きい。エストは飛ぶ斬撃を何発も放っている。

(⋯⋯このままだと押し負ける。リスキーだが、反撃しなけりゃならねェ)

 現状、エストの攻撃を防ぐには防御、回避に徹するしかない。
 勿論、そんなことをすればアンノウンは一切反撃できずに削り殺されるのが関の山だ。

(いや、待て⋯⋯誘われている? コイツ⋯⋯俺に反撃してくださいと言わんばかりの隙を、わざと作っているな?)

 非常に分かりづらい隙が、エストの猛撃の中にはあった。
 アンノウンほどの実力でなければ気がつくことはできなかったし、彼ほどの分析力がなければ、それがであることも分からなかった。
 この猛撃が続けば、一切の隙がもしなければ、エストはアンノウンを削り殺すことができる。
 なのにどうして、わざと隙を作っているのか。
 なのになぜ、反撃を誘っているのか。

「──乗ってやらねェよ」

「──気づかれた」

 エストの魔法は世界にとっての異物そのもの。他の異能とはまた異なる原理で働いている。
 とどのつまり、魔法を使うたびにエストには無視できない負荷が掛かっている。

(⋯⋯元の世界じゃ、第十一階級魔法だけを使っての戦闘でも、三日三晩くらいは続けられる。でも異世界こっちだと精々三時間。ましてや、私は昨晩から寝ていないし、心核結界も二回展開した)

 本来のエストであれば、一ヶ月間不眠不休でも活動し続けられる。だがこの世界だと普通の人より多少寝なくても良い程度である。
 昨晩から一睡もしておらず、アンノウンという互角の相手との戦闘は、それだけエストに多大な負担となっていた。その疲労が、外には表れずとも蓄積していっている。
 エストの魔力回路の限界はすぐそこまで迫ってきていることは、最早自明だ。
 つまり、アンノウンに耐久戦を敷かれた時点でエストの敗北が決定する。

「⋯⋯本調子じゃないってのはお互い様だからね。認めよう。今はキミのほうが強い」

 だから賭けに出るのは、エストの方だ。
 凄まじいエネルギー反応。アンノウンの直感が鳴らす警報音は今までの比ではない。
 おそらくそのエネルギーを、感知できた分だけでも、発散するだけで財団施設が丸々吹き飛ぶ。剣を振り下ろそうものなら、少なくとも周辺学区が軒並み更地になるだろう。
 今、エストはそんな超高密度の異界のエネルギーを剣に収束させ、範囲を絞り、放つつもりだ。
 させるわけにはいかない。アンノウンはそれを阻止するためにエストに走り出す。
 最高出力の能力行使。
 しかしそこに、エストの無詠唱魔法が展開される。眼前の魔力反応とは違う別種の魔法。二つの魔法を同時に使っているのだ。

(ッ!? 痛みが、ま──)

「〈全てを還す虚ろな剣ヴォイド・カリバー〉」

 エストはその虚ろな幻影の如き剣を振り下ろした。
 紫の衝撃波のようなものが剣から放たれる。それは正しく破壊のエネルギーであり、アンノウンに直撃する。
 その直後、エネルギーは不自然さを隠そうともしない勢いで消滅した。
 だがその瞬きの間、いくつかの棟は跡形もなく消し飛んだ。

「⋯⋯我ながら凄まじい火力だね。わりと本気で制御したんだけど」

 エストの持っていた剣が離散する。
 被害はもっと抑えるつもりだったが、やはり異世界ここに来てからは、自身の魔力出力だけでなく制御力も低下しているようだ。

「ぐ⋯⋯あーあ。えぐい反動だ⋯⋯無茶しすぎたなぁ」

 おそらくエストが元の世界にいたとして、万全な状態であろうと、同じことをすれば立ち眩みくらいはするだろうことをした。
 この世界なら尚更だ。吐血しないだけまだマシなくらいである。

「さあて、と。最大の難敵は滅ぼした。あとは消化試合だ。⋯⋯適当に記憶でも読み取って⋯⋯」

 エストは目に付いた施設内に転移しようとした。
 が、その時だった。
 彼女の未来視に、ノイズが走る。

「────っ!?」

 反射的に、エストは防御魔法を何重にして展開していた。けれど、気がついた時にはエストは空中に吹き飛ばされていた。

(何⋯⋯? ⋯⋯どういうこと⋯⋯?)

 防御魔法は残り一枚まで砕かれていた。防ぎ切ることはできたようだが、尋常ではないパワーだ。
 エストの目線の先には、アンノウンが立っていた。全身に傷を負い、出血が酷く、なぜ立っていられているのか分からない状態だ。

「⋯⋯ああ、なるほど。死の淵で覚醒した、ってやつだね。でも無駄だ。なぜならそこは、私がとっくの昔に通り過ぎたポイントだから」

「さァーッきからァ! 独り言が多ェんだよ魔女がよォッ!」

 アンノウンの付近の空間がドロドロと解け始める。
 否、現実が彼の超能力に侵食されている。心象風景の具現化ではなく、変換。それが起こっている。

「黙っていやがれェェッ!」

 黒翼が二対展開され、それら全てがエストを突き刺そうとした。彼女は三つ避け、防ぐことができたが、最後の一撃を脳天に突き立てられる。
 黒翼は彼女の頭を内側から破裂させ、そして彼女の全身をズタズタに切り裂いた。
 肉片が地面に、湿った音を立てて落ちる。
 そして肉片が蠢き、一つに固まろうとする。

「させねェよッ!」

 アンノウンはそれら肉片に能力を行使した。抵抗力は著しく低下していたようで、触れるまでもなく消滅する。
 そしてそこで、アンノウンの超能力がオーバーフローし、黒翼がノイズを走らせ消え去る。
 アンノウンの意識も電源が抜かれた機器のようにプツリと消えかけるが、何とか意識を保つ。
 それでも、なんとか立っていられるだけだ。まともに自動防御も機能していない。これ以上の戦闘はできない。
 休まなければならない。アンノウンは安全地帯を求めて、ゆっくりと歩き始めた。

 ◆◆◆

 建物の壁に背中を付けて、全裸の白髪の少女は座り込む。

「⋯⋯まっずい。マジでやばい。魔力回路焼き切れたかも⋯⋯」

 アンノウンに不意を付かれ、頭に黒翼を突き立てられた時、エストは本気で死を感じた。
 あの状況下では自己蘇生は通らないと予期した彼女は、魂と肉体を切り離し、あの場から逃げ出したのである。
 通常、そんなことをすれば即死は免れないが、エストは魂を魔力で補強することで消滅することを避け、安全なところで体を蘇生したのである。

「アイツのようにはいかないか⋯⋯この肉体に私の魂、魔力が馴染んでいない。まっさらな、外見だけ同じ器を作り出しただけだもんね」

 時間が経てばエストの魂、魔力がこの新しい肉体に馴染み、元の力を取り戻すだろうが、それまでは早くとも一月は掛かるだろう。
 そしてどちらにせよ、今は外見通りの少女の並の力しか持たない。魔力が馴染んでいないということは回し辛いということであり、常に起動しなければいけない魔法を一つ除き、まともに魔術も魔法も使えないのである。

「とりあえず私は一旦リタイアだ。⋯⋯あとは彼女たちに任せるしかないね」

 アンノウンもただでは済んでいない。不意打ちとはいえ、エストを殺し掛けるほどの能力を行使したのだ。ほぼ、死にかけの状態で。
 ならば消耗は激しく、アンノウンは積極的に戦闘を仕掛けなくなる。実質、無力化したも同然だろう。

「⋯⋯まあそういうわけだよ。できれば助けてもらえると助かるね」

 エストは通信機を通して、ヒナタらに事の顛末を伝えた。

『⋯⋯わかりました。ですが直接助けに行くことはできません。ランドマークまで自力で来てください』

 通信機にランドマークの座標が送られる。

「りょーかい」
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