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第53話 Diciders
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RDC財団本部施設襲撃から十三時間後。
学園都市統括理事会からメディエイトに向けて送られたメールの内容に従い、アレンたちは学園都市の中央部、統括理事会本部に足を運んでいた。
「メディエイトの機関長として挨拶に来たときとはわけがちがうな⋯⋯ぶっちゃけ、すげぇ怖い」
言ってしまえば、これから『敵対組織』の根城に無警戒で突っ込むようなものだ。
扉をノックすれば、鉛球が飛んできてもおかしくないような状況。
「もし即座に攻撃されようものなら、私がこのビルを氷結させます。それから逃亡しましょう」
リエサの超能力を全開放すれば、ビル一つを絶対零度の低温空間に納めることができる。あの時と違い消耗していない今なら、問題ないだろう。
とにかく、警戒は怠るべきではない。全方位、即座に対処できるように、ビルに入る。
「⋯⋯⋯⋯」
内部は不自然なほど⋯⋯否、それが当然であるべきで、静かだった。
しかし、エントランス中央、一人の男が立っていた。
整った深い蒼の髪。二十代前半くらいだろう。黒のスーツを着た青年だが、雰囲気はまるで重鎮だ。
強さとはまた違う、圧倒的な存在感を覚えさせる。
「初めまして。御足労頂きありがとうございます、メディエイトの皆様方」
男の声は不思議と惹かれるものだった。
(⋯⋯精神操作系か? 能力を使っている様子がない⋯⋯ということは、変質した結果か)
精神操作系の超能力者は、能力を使わずとも精神に干渉する特徴を持つようになる。例えば声が魅力的に聞こえたり、容姿に惹かれやすくなったり、彼のように、存在感が大きくなったり、だ。
「まずはご挨拶と行きましょう。私は──■■■・■■■■」
「はい、そこまで」
彼の声にノイズが走った。あるいは、空白となった。
これを行ったのは誰でもない。
「⋯⋯おや? あなたは⋯⋯。先程まで居なかったはずですが」
灰色の目が発光していたのは、エストだ。ここには来ていなかったはずだが、いつの間にかそこに居た。
「最初から居たよ。見えていなかっただけ。それよりキミさ、今何をしようとしたのかな?」
「さあ。なんのことだか。⋯⋯ともあれ、私のことはFOURと呼んでください。それが私の役職名ですから」
自らをFOURと名乗る青年は、笑顔を浮かべている。
「⋯⋯エストさん、あなたなんでここにいるんですか」
リエサは突然現れたエストに当然の疑問をぶつける。そも、彼女はアンノウンとの戦闘で力の大半を失ったはずだ。
「私だって関係者だ。それに力の大半失ったって言っても、魔法と魔術だけだからね。超能力と能力、あと魔女としての力は全然平気」
類義語ばかり並べられて、全部一緒ではないのかと勘違いする。が、彼女にとっては全部別物らしい。
「何やら話しているようですが、案内しても?」
FOURはコホンとわざとらしく喉を鳴らし、そう言った。
「ああ、頼む」
アレンが返答すると、青年は歩き出した。
しばらく歩いて気がついたことがある。
まず、エントランスの時点で分かっていたことだが、どうやらこのビルには一切の人が居ないようだ。
人が仕事をしていた形跡はあるから、今だけ居ないのだろう。
そしてもう一つ、現在、ミナたちはエレベーターで地下に向かっているが、深度が深まるごとに現実性が強固になっている。
「到着しました」
エレベーターが停止し、扉が開く。
──そこは、学校の教室ほどの広さの空間だった。
部屋の中央には円卓があり、この円卓には五つの席があった。うち一つを除き、全員、ミナたちの方を向くように座っていた。
現実性はとてつもなく強固だ。レベル5のミナや、それに相当するリエサでも能力を使うことはほぼ不可能。ユウカでも何とか低出力で発動することが限界だろうか。
「こちらに」
部屋には最初はなかったろうソファが用意されており、ミナたちはこれに座るよう青年に促された。
ミナたちが座った後、青年は残った空席に座った。
そして一番前、手前側に座っていた少女が立ち上がる。
「ようこそ、襲撃者さんたち。初めまして! 名前を聞かせてもらってもいいかな? ⋯⋯ああいや、まずはこちらから名乗らないとね」
毛先にかけて真紅のグラデーションがかかった黒の長髪。アクアマリンのように鮮やかな目。黒を基調とし、赤のアクセントが入ったドレスを着た十代前半ほどの少女。
「私はミリア・アインドラ。皆からはONEと呼ばれているよ。ミリアちゃんとでも、ONEとでも、好きに呼んでくれて構わないよー!」
彼女が名前を名乗った時、他のメンバーは呆れた顔を浮かべたりした。
「ミリア・アインドラ⋯⋯っ!?」
真っ先に声を上げて驚いたのはアレンだった。
それもそのはず。彼女の名は、この学園都市に住まうのなら一度は聞いたことがあるはずだからだ。
「それって⋯⋯まさか、財団の創設者の一人⋯⋯いいや、だとしたら⋯⋯」
RDC財団は一七五五年に発足した組織だ。その創設者となれば、軽く二百年と半世紀以上は生きてきたことになる。
「そんな長生きな人間は存在しない、って? あはは! そりゃそうだよねぇー。でもまあ、本当だよ。勿論、私は襲名制を採用しているわけでもないから、ミリア・アインドラと言えばこの私で間違いないよ!」
ミリア・アインドラ。
前述の通り、RDC財団の創設者の一人にして、そのトップ。
教科書にも名を残すほどの物理学者であり、超能力というものを史上初、発見し、現在の能力学の基礎を築き上げた功績者だ。
「じゃ、他の皆もほら、名乗ろうよ。ここに耳以外の感覚器官が機能した状態できている人なんてとっても珍しいんだからさ!」
「⋯⋯あ、私はもう呼び名は紹介しましたので、順番に名乗るなら飛ばしてくださいね」
「⋯⋯はあ。全く、仕方あるまい」
そうして、五人の男女は名乗る。
デード・エクス。淡い緑色のショートヘア、深緑色の目をした三十代ほどの女。研究者らしく、黒のシャツの上に白衣を羽織っている。
リアム・スレイン。焦げ茶色のロングヘアで、糸目の三十代ほどの男。深く色素の薄い緑色のスーツを着ている。
レリー・ゴーン。少し長めの白髪、光のない黒い目をしたローブにも似た服装をしている老人。
全員普遍的な外見をしており、所謂強者としての雰囲気などはない。
だが、それとは異なる雰囲気はあった。あるいはカリスマ、あるいは存在感、あるいは威圧感、あるいは⋯⋯生物として、全くの別物感。言うなれば、上位存在だ。
「これで私たちの自己紹介は終わりだよ。そして君たちのことはもうよく知っている。じゃあ、本題に入ろっか? レリー、頼んだよ」
ミリアは話を進める。
レリーは彼女の言葉に従い、始めた。
「最初に。お前たちが行った蛮行に関して、我々は咎めないことにした。理由は、それが財団にとって、そしてお前たちにとっても落とし所の良い処分であるからだ。しかし、無条件で、というわけにもいくまい」
財団にとっては、O.L.S.計画の情報の流出は、財団という組織のバッドイメージに直結し、見過ごせない大損害を被ることになるだろう。
ミナたちもテロ犯として牢獄行きの可能性が大いにある。どちらにとってもデメリットのほうが大きい、これ以上争うことは。
「そこで、だ。我々はお前たちに二つ要求する。一つ目は、アンノウンを抹殺すること。もう一つは、学園都市第二位の超能力者、ジョーカー及びその関係者の捜索と、同じく抹殺だ」
──その驚愕すべき要求内容に、アレンたちは言葉を失った。
無理難題とも言える内容であることもさりながら、自ら、O.L.S.計画の要であるはずのアンノウンを切り捨てる、というのだ。
なぜ、そんなことを求めるのか。なぜ、それを自分たちに求めるのか。
「⋯⋯それは⋯⋯なぜですか」
「なぜ? ああ⋯⋯それを説明するには、まずO.L.S.計画の目的と、少しばかりアンノウンの経歴について話さねばならない」
一七五五年、今の財団のトップであるDメンバーたちは、その前身とも言えるグループ、A.A.の所属のメンバーであった。
リーダーであるミリア・アインドラに魅せられて、他の四人は集まった。
そして彼ら彼女らの目的は世界の正常性を維持すること。この目的のために、財団は世界規模での編纂者を求めた。
「その編纂者こそ⋯⋯O.L.S.計画で生まれる超能力者、だと?」
「理解が早くて助かる、エドワーズ機関長」
Over Level Shift計画とは文字通り、超越者を生み出すための計画だ。それによって生まれる超能力者は、世界全体を改変する能力規模を持つと算出される。
そしてこの超越者に至ることができる確率が最も高いと判断された者がアンノウンなのだ。
「アンノウンの超能力は、レベル6の時点で限定的であるが世界そのものへの干渉を可能としている。それほどの素質があるということだ」
「⋯⋯なるほど。⋯⋯では、彼を殺す理由は?」
「我々は最早、彼を制御する術を失ったからだ」
「⋯⋯はい?」
かつて、アンノウンは自分の能力を忌避していた。能力を忌み嫌い、使おうとせず、どころか自ら能力を消し去ろうとしていた。理由は、得体の知れない力だったから、周りの人間に気味悪がれたから。
なんにせよ、アンノウンは財団に協力するつもりは一切なかった。だから、財団はアンノウンの記憶を消し去り、人格を作り直し、O.L.S.計画に参加させた。
「⋯⋯⋯⋯」
「しかし、アンノウンは何らかの方法で『かつての記憶』を部分的かあるいは全部か、思い出した。計画に非協力的な彼は、邪魔でしかない」
アンノウンは数多くのホムンクルスを葬った。残虐な方法で。それは到底、許されることのない所業だ。
だが、償うために死ぬことはない。
だが、こんな大人たちのせいで死んで良い子供ではない。
「次、ジョーカーの殺害だが、彼は我々に対して──」
「──もういい」
「⋯⋯なに?」
「もう、いい。そう言ったんだ。ご老人」
アレンは拳銃を取りだし、レリーに向ける。それを見た彼らは驚き、椅子を立ち上がった。まるで、そうなることを全く予期していなかったようだ。
しかし、ミリアだけは今だ微笑を浮かべている。
「俺たちメディエイトは、学生の、子供の未来の為の組織。彼らを助けることが理念だ」
「⋯⋯ほう。アンノウンを殺してでも、O.L.S.計画を止めようとしたのに、か? 彼に相応の事情があったと知るや否や、手の平を返すことを良しとするのか?」
「俺たちはO.L.S.計画を止めることが目的だった。アンノウンの殺害は目的ではない。ならば可笑しな判断ではない」
「そうか。しかし、ここに来た時点でお前たちに選択の余地はない。我々の邪魔をした。それは万死に値する」
レリーは拳銃を突き出した。
一触即発の事態だ。ここは超能力が抑制されている。が、ユウカであれば能力は起動できる。この要因を破壊すれば、武力勝負において負けはない。
だが、誰でもない彼らが、それを予期しないわけがない。
「まあまあ、そう怒らないの、レリー」
「⋯⋯ONE、我々の顔に二度も泥を塗った彼らを許せというのか?」
「そういうこと。私は何も、彼らと喧嘩したいわけじゃないからね。私は平和主義者なんだ」
ミリアが場を鎮める。不思議と、彼女の声は人を落ち着かせるようだ。
「でもね、アレン・T・エドワーズ機関長。私たちにも目的があって、手段があって、それらを実行する必要性があるんだよ」
ミリアは立ち上がり、靴音を鳴らしながらアレンたちに近寄る。
そしてその碧い目で、アレンの顔を覗き込んだ。
「君たちメディエイトがなぜ今日まで『学生のための組織』であれたのか。私たちがなぜ、君たちを簡単に抹消できないか」
現実性を強固にする作用は、現実強度を補強する機械を用いて発生している。
ミリアはこの機械を操作するためのデバイスを持ち歩いており、いつでもオンオフが可能だ。
また、彼女は──語弊はあるが──超能力者である。
「それはね、君の存在が理由だ。エドワーズ君。君には超法規的権限が与えられている」
特異機関、メディエイト。その機関長たるアレンには、様々な特権が与えられている。しかし、中でも、他に類を見ない特権こそ、超法規的権限。
内容はただ一つ、『学園都市理事会並びにRDC財団の規定したあらゆる規約、法律等による罰則を受けない』こと。
「なんだそれは⋯⋯なぜ、そんな権限を⋯⋯?」
特異機関ではないが、いち組織の長でもあるユウカは、その特権内容に驚きを隠せないでいた。
他の特異機関でさえ、それほどまでの権限は有すことはない。
「メディエイトの前機関長、アナスタシア・ロワーは財団の職員統括議会⋯⋯まあ、私たちを除けば最高位の職員だった。中でも彼女はDicidersに意見できる立場でね。⋯⋯そして、彼女はメディエイトの次の機関長を君にしたんだ、エドワーズ君」
「⋯⋯⋯⋯ああ。それで? 話が見えてこない」
「わかっているだろ? 私たちにとって最も邪魔なのは君なのさ。アンノウンでもなく、GMCでもなく、ね。⋯⋯それで、邪魔ってことは、味方に付ければとても頼りになるってことだとは思わない?」
財団はメディエイトを取り込もうとしている。そのために、今、脅しをかけている。
「だからね、メディエイトの諸君。私は君たちに依頼する。⋯⋯これから行われるであろう学園都市の未曾有の戦争を、止めてもらう」
学園都市統括理事会からメディエイトに向けて送られたメールの内容に従い、アレンたちは学園都市の中央部、統括理事会本部に足を運んでいた。
「メディエイトの機関長として挨拶に来たときとはわけがちがうな⋯⋯ぶっちゃけ、すげぇ怖い」
言ってしまえば、これから『敵対組織』の根城に無警戒で突っ込むようなものだ。
扉をノックすれば、鉛球が飛んできてもおかしくないような状況。
「もし即座に攻撃されようものなら、私がこのビルを氷結させます。それから逃亡しましょう」
リエサの超能力を全開放すれば、ビル一つを絶対零度の低温空間に納めることができる。あの時と違い消耗していない今なら、問題ないだろう。
とにかく、警戒は怠るべきではない。全方位、即座に対処できるように、ビルに入る。
「⋯⋯⋯⋯」
内部は不自然なほど⋯⋯否、それが当然であるべきで、静かだった。
しかし、エントランス中央、一人の男が立っていた。
整った深い蒼の髪。二十代前半くらいだろう。黒のスーツを着た青年だが、雰囲気はまるで重鎮だ。
強さとはまた違う、圧倒的な存在感を覚えさせる。
「初めまして。御足労頂きありがとうございます、メディエイトの皆様方」
男の声は不思議と惹かれるものだった。
(⋯⋯精神操作系か? 能力を使っている様子がない⋯⋯ということは、変質した結果か)
精神操作系の超能力者は、能力を使わずとも精神に干渉する特徴を持つようになる。例えば声が魅力的に聞こえたり、容姿に惹かれやすくなったり、彼のように、存在感が大きくなったり、だ。
「まずはご挨拶と行きましょう。私は──■■■・■■■■」
「はい、そこまで」
彼の声にノイズが走った。あるいは、空白となった。
これを行ったのは誰でもない。
「⋯⋯おや? あなたは⋯⋯。先程まで居なかったはずですが」
灰色の目が発光していたのは、エストだ。ここには来ていなかったはずだが、いつの間にかそこに居た。
「最初から居たよ。見えていなかっただけ。それよりキミさ、今何をしようとしたのかな?」
「さあ。なんのことだか。⋯⋯ともあれ、私のことはFOURと呼んでください。それが私の役職名ですから」
自らをFOURと名乗る青年は、笑顔を浮かべている。
「⋯⋯エストさん、あなたなんでここにいるんですか」
リエサは突然現れたエストに当然の疑問をぶつける。そも、彼女はアンノウンとの戦闘で力の大半を失ったはずだ。
「私だって関係者だ。それに力の大半失ったって言っても、魔法と魔術だけだからね。超能力と能力、あと魔女としての力は全然平気」
類義語ばかり並べられて、全部一緒ではないのかと勘違いする。が、彼女にとっては全部別物らしい。
「何やら話しているようですが、案内しても?」
FOURはコホンとわざとらしく喉を鳴らし、そう言った。
「ああ、頼む」
アレンが返答すると、青年は歩き出した。
しばらく歩いて気がついたことがある。
まず、エントランスの時点で分かっていたことだが、どうやらこのビルには一切の人が居ないようだ。
人が仕事をしていた形跡はあるから、今だけ居ないのだろう。
そしてもう一つ、現在、ミナたちはエレベーターで地下に向かっているが、深度が深まるごとに現実性が強固になっている。
「到着しました」
エレベーターが停止し、扉が開く。
──そこは、学校の教室ほどの広さの空間だった。
部屋の中央には円卓があり、この円卓には五つの席があった。うち一つを除き、全員、ミナたちの方を向くように座っていた。
現実性はとてつもなく強固だ。レベル5のミナや、それに相当するリエサでも能力を使うことはほぼ不可能。ユウカでも何とか低出力で発動することが限界だろうか。
「こちらに」
部屋には最初はなかったろうソファが用意されており、ミナたちはこれに座るよう青年に促された。
ミナたちが座った後、青年は残った空席に座った。
そして一番前、手前側に座っていた少女が立ち上がる。
「ようこそ、襲撃者さんたち。初めまして! 名前を聞かせてもらってもいいかな? ⋯⋯ああいや、まずはこちらから名乗らないとね」
毛先にかけて真紅のグラデーションがかかった黒の長髪。アクアマリンのように鮮やかな目。黒を基調とし、赤のアクセントが入ったドレスを着た十代前半ほどの少女。
「私はミリア・アインドラ。皆からはONEと呼ばれているよ。ミリアちゃんとでも、ONEとでも、好きに呼んでくれて構わないよー!」
彼女が名前を名乗った時、他のメンバーは呆れた顔を浮かべたりした。
「ミリア・アインドラ⋯⋯っ!?」
真っ先に声を上げて驚いたのはアレンだった。
それもそのはず。彼女の名は、この学園都市に住まうのなら一度は聞いたことがあるはずだからだ。
「それって⋯⋯まさか、財団の創設者の一人⋯⋯いいや、だとしたら⋯⋯」
RDC財団は一七五五年に発足した組織だ。その創設者となれば、軽く二百年と半世紀以上は生きてきたことになる。
「そんな長生きな人間は存在しない、って? あはは! そりゃそうだよねぇー。でもまあ、本当だよ。勿論、私は襲名制を採用しているわけでもないから、ミリア・アインドラと言えばこの私で間違いないよ!」
ミリア・アインドラ。
前述の通り、RDC財団の創設者の一人にして、そのトップ。
教科書にも名を残すほどの物理学者であり、超能力というものを史上初、発見し、現在の能力学の基礎を築き上げた功績者だ。
「じゃ、他の皆もほら、名乗ろうよ。ここに耳以外の感覚器官が機能した状態できている人なんてとっても珍しいんだからさ!」
「⋯⋯あ、私はもう呼び名は紹介しましたので、順番に名乗るなら飛ばしてくださいね」
「⋯⋯はあ。全く、仕方あるまい」
そうして、五人の男女は名乗る。
デード・エクス。淡い緑色のショートヘア、深緑色の目をした三十代ほどの女。研究者らしく、黒のシャツの上に白衣を羽織っている。
リアム・スレイン。焦げ茶色のロングヘアで、糸目の三十代ほどの男。深く色素の薄い緑色のスーツを着ている。
レリー・ゴーン。少し長めの白髪、光のない黒い目をしたローブにも似た服装をしている老人。
全員普遍的な外見をしており、所謂強者としての雰囲気などはない。
だが、それとは異なる雰囲気はあった。あるいはカリスマ、あるいは存在感、あるいは威圧感、あるいは⋯⋯生物として、全くの別物感。言うなれば、上位存在だ。
「これで私たちの自己紹介は終わりだよ。そして君たちのことはもうよく知っている。じゃあ、本題に入ろっか? レリー、頼んだよ」
ミリアは話を進める。
レリーは彼女の言葉に従い、始めた。
「最初に。お前たちが行った蛮行に関して、我々は咎めないことにした。理由は、それが財団にとって、そしてお前たちにとっても落とし所の良い処分であるからだ。しかし、無条件で、というわけにもいくまい」
財団にとっては、O.L.S.計画の情報の流出は、財団という組織のバッドイメージに直結し、見過ごせない大損害を被ることになるだろう。
ミナたちもテロ犯として牢獄行きの可能性が大いにある。どちらにとってもデメリットのほうが大きい、これ以上争うことは。
「そこで、だ。我々はお前たちに二つ要求する。一つ目は、アンノウンを抹殺すること。もう一つは、学園都市第二位の超能力者、ジョーカー及びその関係者の捜索と、同じく抹殺だ」
──その驚愕すべき要求内容に、アレンたちは言葉を失った。
無理難題とも言える内容であることもさりながら、自ら、O.L.S.計画の要であるはずのアンノウンを切り捨てる、というのだ。
なぜ、そんなことを求めるのか。なぜ、それを自分たちに求めるのか。
「⋯⋯それは⋯⋯なぜですか」
「なぜ? ああ⋯⋯それを説明するには、まずO.L.S.計画の目的と、少しばかりアンノウンの経歴について話さねばならない」
一七五五年、今の財団のトップであるDメンバーたちは、その前身とも言えるグループ、A.A.の所属のメンバーであった。
リーダーであるミリア・アインドラに魅せられて、他の四人は集まった。
そして彼ら彼女らの目的は世界の正常性を維持すること。この目的のために、財団は世界規模での編纂者を求めた。
「その編纂者こそ⋯⋯O.L.S.計画で生まれる超能力者、だと?」
「理解が早くて助かる、エドワーズ機関長」
Over Level Shift計画とは文字通り、超越者を生み出すための計画だ。それによって生まれる超能力者は、世界全体を改変する能力規模を持つと算出される。
そしてこの超越者に至ることができる確率が最も高いと判断された者がアンノウンなのだ。
「アンノウンの超能力は、レベル6の時点で限定的であるが世界そのものへの干渉を可能としている。それほどの素質があるということだ」
「⋯⋯なるほど。⋯⋯では、彼を殺す理由は?」
「我々は最早、彼を制御する術を失ったからだ」
「⋯⋯はい?」
かつて、アンノウンは自分の能力を忌避していた。能力を忌み嫌い、使おうとせず、どころか自ら能力を消し去ろうとしていた。理由は、得体の知れない力だったから、周りの人間に気味悪がれたから。
なんにせよ、アンノウンは財団に協力するつもりは一切なかった。だから、財団はアンノウンの記憶を消し去り、人格を作り直し、O.L.S.計画に参加させた。
「⋯⋯⋯⋯」
「しかし、アンノウンは何らかの方法で『かつての記憶』を部分的かあるいは全部か、思い出した。計画に非協力的な彼は、邪魔でしかない」
アンノウンは数多くのホムンクルスを葬った。残虐な方法で。それは到底、許されることのない所業だ。
だが、償うために死ぬことはない。
だが、こんな大人たちのせいで死んで良い子供ではない。
「次、ジョーカーの殺害だが、彼は我々に対して──」
「──もういい」
「⋯⋯なに?」
「もう、いい。そう言ったんだ。ご老人」
アレンは拳銃を取りだし、レリーに向ける。それを見た彼らは驚き、椅子を立ち上がった。まるで、そうなることを全く予期していなかったようだ。
しかし、ミリアだけは今だ微笑を浮かべている。
「俺たちメディエイトは、学生の、子供の未来の為の組織。彼らを助けることが理念だ」
「⋯⋯ほう。アンノウンを殺してでも、O.L.S.計画を止めようとしたのに、か? 彼に相応の事情があったと知るや否や、手の平を返すことを良しとするのか?」
「俺たちはO.L.S.計画を止めることが目的だった。アンノウンの殺害は目的ではない。ならば可笑しな判断ではない」
「そうか。しかし、ここに来た時点でお前たちに選択の余地はない。我々の邪魔をした。それは万死に値する」
レリーは拳銃を突き出した。
一触即発の事態だ。ここは超能力が抑制されている。が、ユウカであれば能力は起動できる。この要因を破壊すれば、武力勝負において負けはない。
だが、誰でもない彼らが、それを予期しないわけがない。
「まあまあ、そう怒らないの、レリー」
「⋯⋯ONE、我々の顔に二度も泥を塗った彼らを許せというのか?」
「そういうこと。私は何も、彼らと喧嘩したいわけじゃないからね。私は平和主義者なんだ」
ミリアが場を鎮める。不思議と、彼女の声は人を落ち着かせるようだ。
「でもね、アレン・T・エドワーズ機関長。私たちにも目的があって、手段があって、それらを実行する必要性があるんだよ」
ミリアは立ち上がり、靴音を鳴らしながらアレンたちに近寄る。
そしてその碧い目で、アレンの顔を覗き込んだ。
「君たちメディエイトがなぜ今日まで『学生のための組織』であれたのか。私たちがなぜ、君たちを簡単に抹消できないか」
現実性を強固にする作用は、現実強度を補強する機械を用いて発生している。
ミリアはこの機械を操作するためのデバイスを持ち歩いており、いつでもオンオフが可能だ。
また、彼女は──語弊はあるが──超能力者である。
「それはね、君の存在が理由だ。エドワーズ君。君には超法規的権限が与えられている」
特異機関、メディエイト。その機関長たるアレンには、様々な特権が与えられている。しかし、中でも、他に類を見ない特権こそ、超法規的権限。
内容はただ一つ、『学園都市理事会並びにRDC財団の規定したあらゆる規約、法律等による罰則を受けない』こと。
「なんだそれは⋯⋯なぜ、そんな権限を⋯⋯?」
特異機関ではないが、いち組織の長でもあるユウカは、その特権内容に驚きを隠せないでいた。
他の特異機関でさえ、それほどまでの権限は有すことはない。
「メディエイトの前機関長、アナスタシア・ロワーは財団の職員統括議会⋯⋯まあ、私たちを除けば最高位の職員だった。中でも彼女はDicidersに意見できる立場でね。⋯⋯そして、彼女はメディエイトの次の機関長を君にしたんだ、エドワーズ君」
「⋯⋯⋯⋯ああ。それで? 話が見えてこない」
「わかっているだろ? 私たちにとって最も邪魔なのは君なのさ。アンノウンでもなく、GMCでもなく、ね。⋯⋯それで、邪魔ってことは、味方に付ければとても頼りになるってことだとは思わない?」
財団はメディエイトを取り込もうとしている。そのために、今、脅しをかけている。
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