Reセカイ

月乃彰

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第54話 ターニング・ポイント

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「未曾有の⋯⋯戦争?」

 唐突に言われた脈絡のない言葉。この意味を解することができず、アレンは言葉を反射する。

「そう。その戦争を止めるには、二つ。アンノウンの抹殺か無力化。そしてこっちのほうが重要で、ジョーカー及びその背後に居るであろう存在の殺害」

 学園都市第一位と第二位を殺すか無力化した上で、更に財団でも正体を突き止められない存在の発見、殺害。
 この文言だけで分かる、事態の大きさ。戦争と言われるだけはある。

「⋯⋯どういうことだ? というか、そもそもどうして戦争なんて起きるんだ?」

「あ、ゴメンね。戦争起きるかもってのはただの私の推測だよ」

「は?」

 ミリアは呆けたような顔で、口だけの謝罪を言い放つ。だからアレンは思わずそう言ってしまった。
 だが、FOURがミリアの発言を擁護する。

「ああ、ONEの言うところの『推測』は、私たちで言うところの『確証』。多少事実と差異はあれど、彼女が『推測』を外したことはありません。少なくとも、ここ二百年と半世紀は」

 ミリア・アインドラがどういう人物なのか分からない以上、彼女の言葉を盲信することはできない。しかし、彼女の言葉が全くの嘘だとも思えなかった。

「⋯⋯まあ、じゃあその『推測』を話してもらえないか?」

 ミリアは、これから学園都市で起こるであろう戦争について話し始めた。
 ──RDC財団には、『革命家』と呼ばれる暗部組織がある。そこに所属するメンバーは三人。
 学園都市第二位、『革命レボリューション』、ジョーカー。
 同じく第五位、『変異変貌リメイク・ライフ』、レイチェル・S・ブラック。
 レベル6に限りなく近いレベル5、『混沌操作コントロール・エントロピー』、宵本明織よいもとめいり

「元々、空井リクもここに所属していたんだけど、彼は魔術師で、GMCのスパイだった。それは君たち⋯⋯いや、そこの魔術師はよく知っていることでしょ?」

 ミリアはエストの方に目をやる。心なしか、そこには僅かながらに敵意が込められていた。

「そうだね。彼はGMCのスパイだよ。そして君たちがルイズに殺させた術師だ。⋯⋯でもまあ、私が蘇生した」

「⋯⋯そう。ま、話を続けようか」

 『革命家』は暗部組織最高の武力組織として作られた。他の暗部組織、通常の機動隊では対処不可能な敵を想定していた。
 だが、二年前から『革命家』に怪しい動きが見られるようになった。
 その報告を受けたDicidersは、これを調べた。
 しかし、かなりの時間と労力を掛けたものの、大した成果は得られなかった。
 が、ある確証は得た。『革命家』は、何者かに乗っ取られたということだ。

「いや、元から仕込まれていたんだろうね。じゃなきゃ、そうはならない」

 ミリアは話を続ける。
 財団は『革命家』ではなく、このバックにいる何者かを調べようとした。
 何者かについての情報は殆ど無かったが、男であること、ジョーカーを育てた者であることは判明した。
 名前、出身、人種、年齢、全てが不詳。
 分かったことは──裏社会において、彼の存在を知らぬ者はいないこと。誰も彼の素性は分からないが、誰もが彼を、彼の存在を知っていること。

「今回の騒動の根本。財団だけでなく、学園都市を窮地に落とす者は、こう呼ばれている。イーライ・コリン。君なら知っているはずだ⋯⋯『色彩』を」

「『色彩』⋯⋯か」

 アレンやユウカなど、表の人間は知らない。
 そして裏社会に関わったことのあるイーライでさえ、名前だけしか知らない存在。
 S.S.R.F.の情報力を以てして、全く分からない人間だ。

「⋯⋯で、その『色彩』とやらがどうやって学園都市で大戦争を起こすんだ?」

 まだ肝心なことをアレンたちは聞いていない。

「そうだね⋯⋯君たちは『シャフォン教』を知っているかい?」

 その名を聞いたとき、真っ先に反応したのはリエサだった。彼女は話を察したようで、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

「『色彩』はさっきも言ったように、裏社会じゃ知らない人間はいない。それだけお仲間さん、繋がりも多いってこと。⋯⋯あとはそっち方面に詳しいリアム、君が説明して。私はちょっと疲れた」

 ミリアはどこからともなく取り出した珈琲を飲む。

「分かったよ、ONE⋯⋯アインドラ」

 THREE、リアム・スレイン。彼はDicidersであると同時に、フィールド・エージェントの最高責任者でもある。
 そのため、これから先の話はよく知っていることだ。

「じゃあ、改めまして。まずは『シャフォン教』とはなにか、について、説明する必要はあるのかな?」

 リエサは知っている。だが、詳しくは知らない。だから答えは沈黙。他のメンバーは当然知らない。
 これを踏まえて、リアムは一から説明することにした。

「オーケー。ならミース学園の成り立ちから話そうか」

 学園都市のトップ三校のうちのひとつ、ミース学園。
 言わずとしれたマンモス校であり、そして宗教系の学校でもある。
 元々、学園都市があった地域では様々な宗教があった。だが、学園都市の開発の過程で、これらは統合される必要があった。各宗教全ての学校など作られるはずがなかったからだ。
 そこで統合された学園こそがミース学園である。
 主要三つの宗教から代表を選出し、学園を運営していく方針となったミース学園は、今日では三大学校の一つとして数えられるほどの規模を有するようになった。

「まぁ、ここまでならおかしな点はない。多少争いごとはあったけども、仕方ないことだった。⋯⋯でも、ミース学園は⋯⋯主要三宗教、プロイ、メシメリ、ニヒタは、ある一つの宗教の存在をなかったことにしたんだ」

「それが、『シャフォン教』。⋯⋯ミース学園として統合されるにあたり、唯一反発し、そして追放された宗教、ですよね?」

「その通り」

 リエサが付け加えた説明にリアムは肯定する。
 『シャフォン教』。人でありながら神となり、全ての人々が理想を実現できる世界を作るとされる『モナーチ』を信仰する宗教である。
 だが、唯一神を信仰する主要三宗教からすれば、それは『神に反抗する存在』として捉えられており、元から忌わしく思われていた。
  
「主要三宗教は、信仰の仕方が違うだけで同じ神を信仰していた。これに反抗すれば、『シャフォン教』が排斥されるのは当然だった」

 今ほど他宗教に寛容な世の中ではなかった時代において、宗教弾圧は想像もできないほど苛烈を極めていただろう。

「当然、『シャフォン教』はタブー扱いだ。まず名指しで調べでもしない限り、ミース学園の成り立ちについて調べるだけじゃ名前すら出てこない。ほぼ焚書扱いだよ」

 だから、『シャフォン教』を知る者はミース学園所属でさえ非常に少ない。
 リエサも、偶然話を聞かなければ調べることもなかったし、代表生徒と関わりがなければ、この成り立ちは分からなかったはずだ。

「⋯⋯なるほどね。つまり、まとめるとこうだ。『シャフォン教』は自分たちを排斥したミース学園を、そしてそもそもの原因である学園都市自体を恨んでいる。そこで裏社会に友達が多い『色彩』が、件の宗教に関わっている⋯⋯と。碌なことにならないだろうね、特に宗教系なんて」

 エストがリアムの説明をまとめた。
 唯一神を信仰する宗教とは盲目的な傾向になりやすい。
 今でこそ他の宗教を弾圧するような異端審問なぞ流行らないが、一昔前までは宗教戦争なんでものがあった。
 ましてや自分たちを認めなかった、あろうことか見ないふりをした、弾圧し、まともに記録もしようとしないような扱いをされた宗教は、どれほどの恨みつらみを持つだろうか。

「ここまで話せばわかるはず。我々が危惧している、戦争とは何か、を」

 なるほど確かにこれなら未曾有の戦争となるだろう。
 宗教絡みの戦争。学園都市全体を巻き込んだ復讐のための戦争。
 そしてこれでさえ表の話で、裏はもっと醜いだろう。
 財団でさえ把握しきれていない人間が、碌でもない目的のために暗躍し、O.L.S.計画を我が物としようとしている。
 何もかもが分からない。だからこそ、この戦争は止めなくてはならない。

「事態の大きさ、理解できたと思うから、さて、もう一度聞くよ」

 説明が終わり、ミリアは再度、アレンたちに問う。

「──我々財団に協力し、これから起こるであろう戦争を止めてもらう」

 ◆◆◆

 メディエイトは財団と協力することを条件に、財団への襲撃の件を無かったことにし、また、O.L.S.計画の凍結を要求した。
 これら要求は飲まれ、無事、メディエイトの当初の目的は達成された。
 だが代わりに現れた、学園都市を巻き込む大戦争を止めるという新たな問題解決に向けて、活動することになった。

「とは言っても、できることないし。それに学業をこれ以上疎かにすることはできない。⋯⋯最近、メディエイトで働き詰めだったし」

 ミナとリエサは現在、寮の自室に居る。
 戦争自体はまだ発生していないし、予兆もない。
 財団のバックアップがあるとはいえ、情報も何もない今、無闇矢鱈に動いたって大した成果は挙げられない。
 何か情報を掴むまで、ミナとリエサたちはしばらくメディエイトから休暇を与えられた。よって、学業に専念することにした。

「うーん、まあそれはそうなんだけどさ。宵本メイリ⋯⋯あの子から何か情報得られなかったの?」

 アルゼスが連れ帰ってきた少女、メイリ。彼女は『革命家』のメンバーであり、尋問は当然行われていた。
 しかし、彼女は一切口を開かなかった。拷問ができるほど学園都市は倫理観を捨てたわけではない。

メイリレベル6相当に通じる洗脳系、記憶読取系の超能力者は居ない。情報一つ引き出せないのが現状ね」

 メイリはファインド大学付属高校に属する一年生だ。彼女のレベルは5だが、おそらく彼女はこのレベル測定を誤魔化している。彼女の超能力であれば、十分可能なことだろう。 
 リンネの洗脳も勿論試したが、無効化された。
 洗脳のために発する光線的なものがあるらしい。通常、それはリンネ自身にも認識できず、干渉など以ての外。なのだが、メイリはこれを弾くことができる。そうなると、抵抗を突破するしない以前の問題になってしまう。

「じゃあ待つしかない、ってことかぁ⋯⋯なんだかなぁ⋯⋯」

 財団の話が本当なら、『革命家』、『シャフォン教』はいつ開戦の狼煙を上げてもおかしくない。不意にテロなんて起こされようものなら、大量の死傷者が出てしまうかもしれない。

「後手に回るのは良くないことね。でもそれは先生、アレンさんたちが一番分かってるよ」

 なんにせよ、ミナたちには何もできない。情報収集は残念ながら専門外だ。できても『シャフォン教』について調べることくらいだが、それは既にやっていた。

「とは言っても、本当に何もしないわけにはいかないよね。⋯⋯わたしの抱える爆弾について、少しでも調べないと」

 ミナは胸の前で拳を握る。
 彼女はレイチェルに殺されかけた影響で能力が覚醒しかけた。そしてこれは一時的なものではなかった。ミナのレベルは5.8から5.9となった。たった0.1ではあるが、実感できるほどの差がそこにはある。

「能力のコントロールが雑になっているし、あと、レオン君、白石先輩が言っていた『不可視の力』も、今のわたしには使えない」

 暴走状態の時に使えた『不可視の力』。間違いなく超能力ではないし、ミナの固有魔力からも掛け離れた性質の力だ。まさか異能というものなのかもしれない。
 もしこれが使いこなせたのなら便利だが、どうやってこの力を引き出すのか、ミナにはまるで分からなかった。

「⋯⋯そうね、ミナ、あんたの力はこれから起こるかもしれない戦いで必ず必要になる。折角、レベルが少し上がったんでしょ? なら、十全に使えるようにならないと」

 ミナという戦力は無碍にはできない。彼女の範囲殲滅、火力は制圧戦においても有用となる。
 それは誰でもないミナ自身が理解していることだ。

「⋯⋯リエサ、いいの?」

「どうせ暇だしね、今日は。それに私も超能力を本格的に鍛えようかなって」

 学園都市において、超能力の使用は基本的に制限されている。だが、一部の施設では超能力の使用制限がない。無論、完全な無制限というわけでもないが。
 ミース学園も能力の使用が許可された訓練施設はある。ミース学園の生徒であれば、いつでも利用可能だ。
 二人はそこに向かうことにした。
 その日は曇りだった。雨の予報はなかったが、今にも降りそうな天候だ。
 ミナとリエサは団欒しつつ歩いていた──しかし彼を見た瞬間、二人は黙る。

「ああ?」

 目線の先には、黒髪の少年──アンノウンが居た。
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