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第56話 魔術の鍛錬
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ファミリーレストランで食事を済ませ、各々は解散することになった。
しかし、ミナはエストに呼ばれ、要件を聞くと、魔術の修行をするとのこと。
ミナはリエサにそう伝え、彼女は一人で帰ることになった。
そうして残った二人は、路地裏に向かった。こんなところで何をするのか、ミナはそう思った。
「人に見られると面倒なんだよね。さ、私の手を握って」
言われるがままに、ミナはエストの手を握る。
そうするとエストは何かを唱えた。小声だったから何と言ったのかは分からないが、英語だった。
そして気がつくと、ミナは見知らぬ場所に居た。
薄暗い森の中。目の前には一階建ての家がある。それは洋風であるものの、学園都市らしくない。どちらかと言えばヨーロッパ諸国の建築様式に近いだろうか。
「ようこそ、我が家へ。歓迎するよ」
「⋯⋯へ?」
そう、転移したのだ、二人は。
おそらくここは学園都市ではない。そしてそれほどまでの長距離転移など、できる超能力者はレベル6でもあり得ない。
夢か幻か、はたまたここは異空間なのか。それともエストという魔術師は、あり得ないとされる長距離転移が可能なのか。
「そうだね。キミの予想は半分正しくて、半分間違ってる」
「あの、平然と思考読むのやめてくれませんか? ⋯⋯で、ここどこなんですか?」
「我が家。私の故郷で、キミからすれば異世界だね」
「あー、異世界ですか。ふーん。異世界。──異世界っ!?」
ミナは一瞬、エストの言葉を理解できなかった。まるで何を言っているのか意味が分からなかった。
だが、彼女には嘘をついている素振りも何もなかったから、それは真実なのだろう。
「いいノリツッコミだね。私キミのことちょっと好きかも」
「いや。いやいやいや⋯⋯待ってください、ちょっと意味分かんないんですけど!? じゃあなんですか? あなた所謂異世界人なんですか!?」
「そうだよ?」
「そうだよ⋯⋯じゃないですよもう⋯⋯なんでこんな所に連れてこられたんですか。というか戻れるんですか?」
「もちろん。それでここに連れてきた理由だけど、要約すればここなら私は魔法を⋯⋯魔術を十全に使えるんだ」
エストはミナたちの世界からすれば異物であり、本来であればその存在すら許されない。あの世界に渡った時点で存在そのものが抹消されるか、あるいは適合し二度と元の世界には戻れなくなる。
そのため、エストは自身を世界から保護する魔法を世界を渡る前に行使することで対策していた。
だがこの魔法も完璧ではなく、彼女はミナたちの世界だと魔法を使う度に自壊するほどの反動を受け、半端に適応するため、魔術も超能力も他の術師、超能力者と比べても反動が大きくなる。
しかし、元の世界なら問題はない。エストのアンノウンとの戦闘で麻痺した魔力回路はミナたちの世界特有のものだ。ここでは関係がないため、彼女は本来の実力を発揮することができる。
ミナはエストから一通りの説明を受けた。
「⋯⋯あの、今の聞く限り、わたしの身にも何か変化が起きているんじゃないですか? エストさんが超能力とか魔術を得て、本来の力を使うと反動を受けるということは⋯⋯」
「ああ、その辺なら大丈夫。ここには私の思い通りになる空間結界が貼られていてね。力を十全に発揮できる今の私なら、キミの力、キミの肉体は完璧に保護できる。専門的に言うなら、ここではキミの世界と全く同じ理を機能させているのさ」
無論、エストにはエストの世界の理を適応させている。二つの世界の理を同時に、しかも別々に適応させた上に競合もしないよう調整するのは非常に難しいことなのだが、一度確立してしまえばあとは自動で維持できる。
「質問は以上かな? じゃあ早速、魔術の練習といこう。私はこう見えても魔法の教授をやっているんだよ。実践も含めてね」
状況を何とか飲み込みつつ、ミナはエストから魔術を教えてもらう。
「聞いた話だと魔術の発動は可能なようだね? なら、一度見せて」
ミナは了承し、魔術を使う。術陣が展開されて、そこから黄金の剣が生成された。
エストはその剣を掴み、調べる。
「ふむ⋯⋯なるほど⋯⋯」
一瞬見ただけだが、エストの目であればそれで十分だった。
「どうですか?」
ミナは、我ながら上手くできたと思っていた。少なくとも初めて魔術を使った頃より、精度も効率も上がったはずだ。
「悪くないね。構成魔力も物質として形状を保っている。強度も申し分ない。筋はあるよ、キミ」
エストは黄金の剣に自身の魔力を流し、一瞬で砕く。物理的な破壊ではなく、より高圧の魔力を流したことで物質化した魔力が解けたのだ。
「ただ、キミの魔力出力、効率を最大限生かしきれていないみたいだね。センスはいいから、まずは自分の力を最大限発揮できるようにするところから始めようか」
エストはミナに、基礎的な鍛錬から行うように指示した。
魔術において最も重要なことはイメージだ。
いかに自分の力をイメージできるか。自分ならばできると思うことが大切である。
「魔力の出力は蛇口を捻るイメージをするといいよ。多分、キミは少ししか蛇口を開けていない。原因は、そうだね──」
ミナはエストに言われた通り、蛇口を捻るイメージをした。魔力を放出する感覚は掴んでいる。それに集中する。
蛇口を、開けるイメージ。
その瞬間、生成した黄金の剣はエストの方に超高速で飛んだ。エストはこれを防御魔法で弾くと、剣は離散するように砕けた。
「あっ! ごめんなさいっ!」
一歩間違っていれば大惨事だっただろう。
「いいや、いいよ。そうしろと言ったのは私だしね。⋯⋯でもこれでわかったでしょ? 魔力出力は高ければいいってものじゃない」
エストの予想は間違っていなかった。
ミナは、魔力出力が他の術師と比べても高いのだ。だから彼女は無意識に出力を抑えていた。
「そう⋯⋯ですね。⋯⋯それになんだか、頭が痛いような⋯⋯」
「魔力を一気に使いすぎたんだね。今の魔術、魔力の効率がすこぶる悪かったし当然だよ。魔力総量は⋯⋯まだ余裕あるみたいだから、少し休めば問題ないね」
エストは魔法で机と椅子を作り出し、少し休憩することにしたようだ。彼女は黒い靄のようなものを展開し、そこからティーカップとポットを取り出した。
カップは二人分ある。ポットから琥珀色の液体がカップに注がれた。甘い花の香りが漂って来る。
「最近気に入っている紅茶でね」
「ありがとうございます、エストさん」
ミナは甘いものが好きで、紅茶や珈琲などはあまり嗜まない。リエサが飲んでいた珈琲を一度飲んだことがあるが、苦くて二口目が飲めなかった。
(砂糖とミルクいっぱい入れて、リエサにちょっと引かれたっけ)
紅茶もそこまで好きではなかった。珈琲ほど苦くはないものの苦味があるし、独特な香りが好みではない。
だがせっかく出されたものだ。一口も飲まないわけにはいかない。
ミナはカップを手にして、口を付ける。
「⋯⋯美味しい」
苦味はなかった。香りもキツイことはなく、かと言って薄いわけでもない。ほのかに甘みがあって、飲みやすい。
「それはよかった。その品種は癖がなくて飲みやすくてね。キミにも気に入ってもらえると思ったんだ」
「あ⋯⋯気づいていましたか」
「うん。紅茶出したとき少し顔引きつっていたからね。思考を読むまでもなかったよ。ところで珈琲もあるんだけど⋯⋯」
「遠慮しておきます」
「ふふ。そう。まあ私も珈琲は苦手だから、気持ちは分かるよ」
クッキーなどのお菓子も出され、ミナはそれらもご馳走になった。異世界の食べ物だから最初は少し恐る恐るだったが、寧ろ品質はよく、高級なお菓子とはこれのことを言うのだろう、と彼女は思った。
ミナとエストはブレイクタイムを満喫する。
すると、突然近くに白色の魔法陣が展開されたかと思うと、次の瞬間、そこには非常に美しい女性が立っていた。
海のように深い青色の長髪。サファイアのように透き通った目。健康的な白い肌。女性的な魅力に富んだ肢体は、白と青からなるワンピースのようなドレスに包まれている。
青髪の彼女の透き通るような美声が、エストの名を呼ぶ。
「エスト、帰ってきていたのなら言ってください。本当に心配させますね⋯⋯」
青髪の彼女の声には、憂いや心配といった感情の他に怒りも含まれていた。
「あはは。ごめんね、姉さん。でも心配しなくても、私は大丈夫だよ」
「全く⋯⋯ところで、そこのお嬢さんは? ⋯⋯あなたまさか」
青髪の彼女の表情がどんどんと悪くなっていく。誰がどう見ても呆れているのだと分かった。
「攫ってきたわけじゃないよ。彼女は私が行った世界で出会ってね。まあ色々あって魔術⋯⋯えー、その世界での魔法みたいなものを教えることになったんだ」
心なしか、エストは早口になっていた。また、声も、いつものような余裕がなくなっていた。隠そうとはしているが、動揺しているようだ。
「そうですか。お嬢さん、エストは何かあなたに迷惑をかけませんでしたか? この子、いつも面倒事に頭を突っ込むので⋯⋯今回も置き手紙だけ書いて、何ヶ月も別世界に行って⋯⋯」
エストに向けられた威圧感はどこへやら。ミナに話しかけた彼女からは、一切恐怖することはない。まるで女神とでも話しているみたいだった。
「え、えっと⋯⋯寧ろ、わたしは助けてもらったというか⋯⋯」
「⋯⋯『助けてもらった』? ⋯⋯そうですか。⋯⋯エスト、話があります」
「えっ。なんでさ、姉さ──」
「すみません、お嬢さん。少し、ここで待ってもらっても構わないですか?」
「あ、はい。わかりました」
そして小一時間後、エストは青髪の彼女に連れられてミナの所に戻ってきた。
エストはこっぴどく怒られたのだろう。少々落ち込んでいる様子だ。
「本当にすみませんでした。うちのエストがどうやら面倒事にあなたたちを巻き込んだようで⋯⋯きつく言っておいたので、許してもらえませんか?」
「いえ、いえ⋯⋯わたしたちは、本当に助けられた側でして⋯⋯そんな、許すとか。寧ろこちらが感謝したいほどですので、その、エストさんのことはあまり責めないでください」
「そう⋯⋯ですか。はい。わかりました。お優しいのですね」
「アハハ⋯⋯。あ、あの、話は変わりますけど、お名前を伺ってもいいですか? わたし、星華ミナって言います」
なんとなく気まずい雰囲気になった。なので、ミナは自己紹介することにした。少しでもこの場の雰囲気を変えたかったのだ。
「良いお名前ですね。私はレネ。青の魔女、レネと申します。⋯⋯そのお名前、もしや日本人ですか?」
レネと名乗った彼女は、奇妙な質問をミナにした。
「え? ⋯⋯はい。正確にはハーフですけど⋯⋯」
「やはり。昔、この世界にも日本出身の異世界人が居ましてね。その方々とお名前の音が似ているので、もしや、と思ったのです」
「あ、そうなんですね」
この世界ではミナのような異世界人は、珍しくはあるが過去に例がないものでもない。事実、今も異世界人は稀に転移、転生して来る。
「それにしても魔法⋯⋯いや、魔術の鍛錬ですか。丁度時間に空きがありましてね。エスト、私に世界転移の魔法を教えてもらえませんか?」
「え、なんで。というか公務は⋯⋯?」
「私にはできないと? それとも、何か不都合が?」
「いえ、なんでもありません。スミマセンデシタ」
半ばレネに脅される形であったが、エストは彼女にも魔法を教えることになった。
それから、エストはミナたちに魔術、魔法の指導を行うことになった。
まずはミナの方からするようだ。
「えー、こほん。じゃあまずは魔術とは何か、から説明していこうか」
魔術。それは生き物が持つ魔力を用いることで能動的に発生させる奇跡論的事象のことである。
「『奇跡論的事象』? ⋯⋯って何ですか?」
「うん? あー、⋯⋯超能力がある世界の住人であるキミにこう言うのもあれだけど、魔法と同義語だよ」
例えば、何もせずに小麦粉がパンになるだろうか。それはありえない。だが、『一部の特異な人間』というものは、そういう『奇跡的な事象』が可能なのである。
「で、具体的には魔力を術陣に流し込むことで魔術は成立する⋯⋯その結果として、炎出したりできるってわけ」
「ふむ。聞いている限りだと私たちの世界での魔法に似通っていますね。ならば、階級的なものもあるのですか?」
ミナの魔術講座のはずだが、レネも話を聞いていたようだ。そして彼女の質問内容はミナが疑問にも思わなかったものであるが、聞いてみると確かに気になった。
「うん。あるよ。それにはまず術式を説明しないといけないね」
魔力を術陣に流すにしても、それにはいくつかの方法がある。この方法を体系化したもの。これが術式だ。
代表的なものだと、多くの魔術師が扱う『回路術式』。
あらかじめ術陣を設計しておき、魔術発動の際は術陣に設定した名前を詠唱することで呼び出す方式である。
これらにはⅠからⅤのランクのテンプレートがある。ランクが低い値ほど単純な効果だが、扱い易く出力は大きい、大きい値ほど複雑な効果だが、扱いが難しく出力は低い傾向にある。
今回、ミナが習得する術式はこの回路術式である。
「わかりました。⋯⋯でもエストさんって詠唱してませんでしたよね? 詠唱が不必要な術式もあるんですか?」
「私が主に使っているのは無詠唱術式だからね。詠唱を必要としない代わりに、術陣の組立は全部その場で、脳内でやるのさ。ま、オススメはしないよ」
回路術式は術陣の構造内容を覚えなくてよく、その場に合わせた細かな条件設定が不必要だ。
しかし無詠唱の場合、それら全てを手動で行う必要がある。
「うーん、無詠唱の方が強いと思うんですけどねぇ⋯⋯」
「使えたらね。はっきり言って私だって、私の反転と無詠唱術式の相性が良くなかったら使わなかっただろうし。それにミナの固有魔力は間違いなく無詠唱術式とは相性最悪だよ」
それから回路術式の組み方やミナの固有魔力『変質』について説明され、実践を通して鍛錬することになった。
気がつけば時刻は夕方となっていた。既にその頃にはミナは疲れ果てており、体がとても重く感じていた。
「今日はここまでだね。姉さんは⋯⋯」
「私も終わりましょうか。ある程度できるようにはなったので、そのうちそちらの世界に訪れてみましょうかね」
「わかった。その時はきちんと自分の理を守るようにしてね。じゃないと魔法が一切使えなくなるから」
ミナにはよくわからない話をしていたが、どうやらレネも世界間を移動することができるようになるらしい。
(⋯⋯本当に知らないけど、世界間の移動ってそうポンポンできていいものじゃないよね? この人たちどうなっているのかな⋯⋯?)
ここに居て、これ以上考えると常識がズレそうな気がしたため、ミナは考えることを放棄した。
しかし、ミナはエストに呼ばれ、要件を聞くと、魔術の修行をするとのこと。
ミナはリエサにそう伝え、彼女は一人で帰ることになった。
そうして残った二人は、路地裏に向かった。こんなところで何をするのか、ミナはそう思った。
「人に見られると面倒なんだよね。さ、私の手を握って」
言われるがままに、ミナはエストの手を握る。
そうするとエストは何かを唱えた。小声だったから何と言ったのかは分からないが、英語だった。
そして気がつくと、ミナは見知らぬ場所に居た。
薄暗い森の中。目の前には一階建ての家がある。それは洋風であるものの、学園都市らしくない。どちらかと言えばヨーロッパ諸国の建築様式に近いだろうか。
「ようこそ、我が家へ。歓迎するよ」
「⋯⋯へ?」
そう、転移したのだ、二人は。
おそらくここは学園都市ではない。そしてそれほどまでの長距離転移など、できる超能力者はレベル6でもあり得ない。
夢か幻か、はたまたここは異空間なのか。それともエストという魔術師は、あり得ないとされる長距離転移が可能なのか。
「そうだね。キミの予想は半分正しくて、半分間違ってる」
「あの、平然と思考読むのやめてくれませんか? ⋯⋯で、ここどこなんですか?」
「我が家。私の故郷で、キミからすれば異世界だね」
「あー、異世界ですか。ふーん。異世界。──異世界っ!?」
ミナは一瞬、エストの言葉を理解できなかった。まるで何を言っているのか意味が分からなかった。
だが、彼女には嘘をついている素振りも何もなかったから、それは真実なのだろう。
「いいノリツッコミだね。私キミのことちょっと好きかも」
「いや。いやいやいや⋯⋯待ってください、ちょっと意味分かんないんですけど!? じゃあなんですか? あなた所謂異世界人なんですか!?」
「そうだよ?」
「そうだよ⋯⋯じゃないですよもう⋯⋯なんでこんな所に連れてこられたんですか。というか戻れるんですか?」
「もちろん。それでここに連れてきた理由だけど、要約すればここなら私は魔法を⋯⋯魔術を十全に使えるんだ」
エストはミナたちの世界からすれば異物であり、本来であればその存在すら許されない。あの世界に渡った時点で存在そのものが抹消されるか、あるいは適合し二度と元の世界には戻れなくなる。
そのため、エストは自身を世界から保護する魔法を世界を渡る前に行使することで対策していた。
だがこの魔法も完璧ではなく、彼女はミナたちの世界だと魔法を使う度に自壊するほどの反動を受け、半端に適応するため、魔術も超能力も他の術師、超能力者と比べても反動が大きくなる。
しかし、元の世界なら問題はない。エストのアンノウンとの戦闘で麻痺した魔力回路はミナたちの世界特有のものだ。ここでは関係がないため、彼女は本来の実力を発揮することができる。
ミナはエストから一通りの説明を受けた。
「⋯⋯あの、今の聞く限り、わたしの身にも何か変化が起きているんじゃないですか? エストさんが超能力とか魔術を得て、本来の力を使うと反動を受けるということは⋯⋯」
「ああ、その辺なら大丈夫。ここには私の思い通りになる空間結界が貼られていてね。力を十全に発揮できる今の私なら、キミの力、キミの肉体は完璧に保護できる。専門的に言うなら、ここではキミの世界と全く同じ理を機能させているのさ」
無論、エストにはエストの世界の理を適応させている。二つの世界の理を同時に、しかも別々に適応させた上に競合もしないよう調整するのは非常に難しいことなのだが、一度確立してしまえばあとは自動で維持できる。
「質問は以上かな? じゃあ早速、魔術の練習といこう。私はこう見えても魔法の教授をやっているんだよ。実践も含めてね」
状況を何とか飲み込みつつ、ミナはエストから魔術を教えてもらう。
「聞いた話だと魔術の発動は可能なようだね? なら、一度見せて」
ミナは了承し、魔術を使う。術陣が展開されて、そこから黄金の剣が生成された。
エストはその剣を掴み、調べる。
「ふむ⋯⋯なるほど⋯⋯」
一瞬見ただけだが、エストの目であればそれで十分だった。
「どうですか?」
ミナは、我ながら上手くできたと思っていた。少なくとも初めて魔術を使った頃より、精度も効率も上がったはずだ。
「悪くないね。構成魔力も物質として形状を保っている。強度も申し分ない。筋はあるよ、キミ」
エストは黄金の剣に自身の魔力を流し、一瞬で砕く。物理的な破壊ではなく、より高圧の魔力を流したことで物質化した魔力が解けたのだ。
「ただ、キミの魔力出力、効率を最大限生かしきれていないみたいだね。センスはいいから、まずは自分の力を最大限発揮できるようにするところから始めようか」
エストはミナに、基礎的な鍛錬から行うように指示した。
魔術において最も重要なことはイメージだ。
いかに自分の力をイメージできるか。自分ならばできると思うことが大切である。
「魔力の出力は蛇口を捻るイメージをするといいよ。多分、キミは少ししか蛇口を開けていない。原因は、そうだね──」
ミナはエストに言われた通り、蛇口を捻るイメージをした。魔力を放出する感覚は掴んでいる。それに集中する。
蛇口を、開けるイメージ。
その瞬間、生成した黄金の剣はエストの方に超高速で飛んだ。エストはこれを防御魔法で弾くと、剣は離散するように砕けた。
「あっ! ごめんなさいっ!」
一歩間違っていれば大惨事だっただろう。
「いいや、いいよ。そうしろと言ったのは私だしね。⋯⋯でもこれでわかったでしょ? 魔力出力は高ければいいってものじゃない」
エストの予想は間違っていなかった。
ミナは、魔力出力が他の術師と比べても高いのだ。だから彼女は無意識に出力を抑えていた。
「そう⋯⋯ですね。⋯⋯それになんだか、頭が痛いような⋯⋯」
「魔力を一気に使いすぎたんだね。今の魔術、魔力の効率がすこぶる悪かったし当然だよ。魔力総量は⋯⋯まだ余裕あるみたいだから、少し休めば問題ないね」
エストは魔法で机と椅子を作り出し、少し休憩することにしたようだ。彼女は黒い靄のようなものを展開し、そこからティーカップとポットを取り出した。
カップは二人分ある。ポットから琥珀色の液体がカップに注がれた。甘い花の香りが漂って来る。
「最近気に入っている紅茶でね」
「ありがとうございます、エストさん」
ミナは甘いものが好きで、紅茶や珈琲などはあまり嗜まない。リエサが飲んでいた珈琲を一度飲んだことがあるが、苦くて二口目が飲めなかった。
(砂糖とミルクいっぱい入れて、リエサにちょっと引かれたっけ)
紅茶もそこまで好きではなかった。珈琲ほど苦くはないものの苦味があるし、独特な香りが好みではない。
だがせっかく出されたものだ。一口も飲まないわけにはいかない。
ミナはカップを手にして、口を付ける。
「⋯⋯美味しい」
苦味はなかった。香りもキツイことはなく、かと言って薄いわけでもない。ほのかに甘みがあって、飲みやすい。
「それはよかった。その品種は癖がなくて飲みやすくてね。キミにも気に入ってもらえると思ったんだ」
「あ⋯⋯気づいていましたか」
「うん。紅茶出したとき少し顔引きつっていたからね。思考を読むまでもなかったよ。ところで珈琲もあるんだけど⋯⋯」
「遠慮しておきます」
「ふふ。そう。まあ私も珈琲は苦手だから、気持ちは分かるよ」
クッキーなどのお菓子も出され、ミナはそれらもご馳走になった。異世界の食べ物だから最初は少し恐る恐るだったが、寧ろ品質はよく、高級なお菓子とはこれのことを言うのだろう、と彼女は思った。
ミナとエストはブレイクタイムを満喫する。
すると、突然近くに白色の魔法陣が展開されたかと思うと、次の瞬間、そこには非常に美しい女性が立っていた。
海のように深い青色の長髪。サファイアのように透き通った目。健康的な白い肌。女性的な魅力に富んだ肢体は、白と青からなるワンピースのようなドレスに包まれている。
青髪の彼女の透き通るような美声が、エストの名を呼ぶ。
「エスト、帰ってきていたのなら言ってください。本当に心配させますね⋯⋯」
青髪の彼女の声には、憂いや心配といった感情の他に怒りも含まれていた。
「あはは。ごめんね、姉さん。でも心配しなくても、私は大丈夫だよ」
「全く⋯⋯ところで、そこのお嬢さんは? ⋯⋯あなたまさか」
青髪の彼女の表情がどんどんと悪くなっていく。誰がどう見ても呆れているのだと分かった。
「攫ってきたわけじゃないよ。彼女は私が行った世界で出会ってね。まあ色々あって魔術⋯⋯えー、その世界での魔法みたいなものを教えることになったんだ」
心なしか、エストは早口になっていた。また、声も、いつものような余裕がなくなっていた。隠そうとはしているが、動揺しているようだ。
「そうですか。お嬢さん、エストは何かあなたに迷惑をかけませんでしたか? この子、いつも面倒事に頭を突っ込むので⋯⋯今回も置き手紙だけ書いて、何ヶ月も別世界に行って⋯⋯」
エストに向けられた威圧感はどこへやら。ミナに話しかけた彼女からは、一切恐怖することはない。まるで女神とでも話しているみたいだった。
「え、えっと⋯⋯寧ろ、わたしは助けてもらったというか⋯⋯」
「⋯⋯『助けてもらった』? ⋯⋯そうですか。⋯⋯エスト、話があります」
「えっ。なんでさ、姉さ──」
「すみません、お嬢さん。少し、ここで待ってもらっても構わないですか?」
「あ、はい。わかりました」
そして小一時間後、エストは青髪の彼女に連れられてミナの所に戻ってきた。
エストはこっぴどく怒られたのだろう。少々落ち込んでいる様子だ。
「本当にすみませんでした。うちのエストがどうやら面倒事にあなたたちを巻き込んだようで⋯⋯きつく言っておいたので、許してもらえませんか?」
「いえ、いえ⋯⋯わたしたちは、本当に助けられた側でして⋯⋯そんな、許すとか。寧ろこちらが感謝したいほどですので、その、エストさんのことはあまり責めないでください」
「そう⋯⋯ですか。はい。わかりました。お優しいのですね」
「アハハ⋯⋯。あ、あの、話は変わりますけど、お名前を伺ってもいいですか? わたし、星華ミナって言います」
なんとなく気まずい雰囲気になった。なので、ミナは自己紹介することにした。少しでもこの場の雰囲気を変えたかったのだ。
「良いお名前ですね。私はレネ。青の魔女、レネと申します。⋯⋯そのお名前、もしや日本人ですか?」
レネと名乗った彼女は、奇妙な質問をミナにした。
「え? ⋯⋯はい。正確にはハーフですけど⋯⋯」
「やはり。昔、この世界にも日本出身の異世界人が居ましてね。その方々とお名前の音が似ているので、もしや、と思ったのです」
「あ、そうなんですね」
この世界ではミナのような異世界人は、珍しくはあるが過去に例がないものでもない。事実、今も異世界人は稀に転移、転生して来る。
「それにしても魔法⋯⋯いや、魔術の鍛錬ですか。丁度時間に空きがありましてね。エスト、私に世界転移の魔法を教えてもらえませんか?」
「え、なんで。というか公務は⋯⋯?」
「私にはできないと? それとも、何か不都合が?」
「いえ、なんでもありません。スミマセンデシタ」
半ばレネに脅される形であったが、エストは彼女にも魔法を教えることになった。
それから、エストはミナたちに魔術、魔法の指導を行うことになった。
まずはミナの方からするようだ。
「えー、こほん。じゃあまずは魔術とは何か、から説明していこうか」
魔術。それは生き物が持つ魔力を用いることで能動的に発生させる奇跡論的事象のことである。
「『奇跡論的事象』? ⋯⋯って何ですか?」
「うん? あー、⋯⋯超能力がある世界の住人であるキミにこう言うのもあれだけど、魔法と同義語だよ」
例えば、何もせずに小麦粉がパンになるだろうか。それはありえない。だが、『一部の特異な人間』というものは、そういう『奇跡的な事象』が可能なのである。
「で、具体的には魔力を術陣に流し込むことで魔術は成立する⋯⋯その結果として、炎出したりできるってわけ」
「ふむ。聞いている限りだと私たちの世界での魔法に似通っていますね。ならば、階級的なものもあるのですか?」
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「うん。あるよ。それにはまず術式を説明しないといけないね」
魔力を術陣に流すにしても、それにはいくつかの方法がある。この方法を体系化したもの。これが術式だ。
代表的なものだと、多くの魔術師が扱う『回路術式』。
あらかじめ術陣を設計しておき、魔術発動の際は術陣に設定した名前を詠唱することで呼び出す方式である。
これらにはⅠからⅤのランクのテンプレートがある。ランクが低い値ほど単純な効果だが、扱い易く出力は大きい、大きい値ほど複雑な効果だが、扱いが難しく出力は低い傾向にある。
今回、ミナが習得する術式はこの回路術式である。
「わかりました。⋯⋯でもエストさんって詠唱してませんでしたよね? 詠唱が不必要な術式もあるんですか?」
「私が主に使っているのは無詠唱術式だからね。詠唱を必要としない代わりに、術陣の組立は全部その場で、脳内でやるのさ。ま、オススメはしないよ」
回路術式は術陣の構造内容を覚えなくてよく、その場に合わせた細かな条件設定が不必要だ。
しかし無詠唱の場合、それら全てを手動で行う必要がある。
「うーん、無詠唱の方が強いと思うんですけどねぇ⋯⋯」
「使えたらね。はっきり言って私だって、私の反転と無詠唱術式の相性が良くなかったら使わなかっただろうし。それにミナの固有魔力は間違いなく無詠唱術式とは相性最悪だよ」
それから回路術式の組み方やミナの固有魔力『変質』について説明され、実践を通して鍛錬することになった。
気がつけば時刻は夕方となっていた。既にその頃にはミナは疲れ果てており、体がとても重く感じていた。
「今日はここまでだね。姉さんは⋯⋯」
「私も終わりましょうか。ある程度できるようにはなったので、そのうちそちらの世界に訪れてみましょうかね」
「わかった。その時はきちんと自分の理を守るようにしてね。じゃないと魔法が一切使えなくなるから」
ミナにはよくわからない話をしていたが、どうやらレネも世界間を移動することができるようになるらしい。
(⋯⋯本当に知らないけど、世界間の移動ってそうポンポンできていいものじゃないよね? この人たちどうなっているのかな⋯⋯?)
ここに居て、これ以上考えると常識がズレそうな気がしたため、ミナは考えることを放棄した。
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