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第58話 能力訓練
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時刻は昼前。バスは山岳地帯を走っていた。ここは農道なのだろう。対向にはよく軽トラックが走っていた。
目的地はまだまだ。そんなふうに思いつつミナは外の景色を眺めていた。
だが、突然、バスは道端の広場で停止する。
何か不具合があったのか。一瞬そう思った。
「到着だ。全員降りるように」
しかし予想は裏切られた。あろうことか、こんな何もないところが目的地であったらしい。
驚きつつも降車する。周囲には山々のみ。事前に聞いていた合宿施設らしいものはない。
そういえば、他の学科の生徒が乗っていたバスは着いてきていない。ここには救助科の生徒しか居なかった。
「なぜこんなところで止まるのか、と疑問に思うだろう。まず言っておくが、毎年救助科はこうだ。不都合があったわけじゃない」
イーライは何度かこの林間合宿を経験している。彼は今の状況がおかしいものではないと言っている。
「君たちが救助科に入った目的は治安維持組織に入るため⋯⋯能力を人助けに活かすためだろう。ならば、こういう山岳地帯での救助活動もしなければならない。もしかすれば、サバイバル技術が必要になる時が来るかもしれない」
何となく、イーライの話が見えてきた。
要は、何から何まで自分たちで用意し、この山岳地帯でサバイバルをしろ、ということなのだろう。
「君たちにはサバイバルしてもらいながら、俺の訓練メニューをこなして貰う。以上だ。何か質問は?」
委員長のリアンが挙手する。
「はい。体調不良者が出た場合はどうしますか?」
事前の説明では、合宿施設にて療養。酷い状態であれば病院に搬送とあった。
しかし、これは実戦を想定した訓練だ。そのような生温い対応をするのか、という意図の質問だろう。
「風邪や軽度の熱程度なら続行と言いたいが、俺も鬼ではない。遠慮なく報告するように。あとは俺が判断する」
あくまでも学校の授業の一環だ。本物の治安維持組織の訓練並みの厳しさは酷というもの。しかしながら、甘々な対応も取れない。
質疑応答、合宿の説明は終え、いよいよ始まる。
まず班分けだが、これは事前に、公正なくじ引きにより決めてある。
救助科一年生A組は総勢二十五名。五人一組の班が五つできあがる計算だ。
ミナとリエサは偶然にも同班で、二班となった。
「よーし、じゃ、まず⋯⋯何しようか?」
ミナ、リエサ以外の二班のメンバーは以下の通り。
委員長のリアン・フォンテーヌ。
鮮やかな赤い短髪に青い目のディエゴ・アンドリュー。
片目が隠れた水色の長髪に、緑色の目を持ったノエル・リース。
「セオリーならテントの設営だな。勿論テントなんて持ち込んでないから、作らなくちゃいけない」
そう言ったのはディエゴだ。彼はアウトドアの趣味があるらしく、キャンプも嗜んでいる経験者だ。
イケイケのチャラそうな外見に反して、意外にもリーダーシップがある人物でもある。
「テントね⋯⋯それなら僕の能力が適任かな」
ノエルの超能力は『錬成』。あらゆる物質の形等を変化させる能力だ。ただし物質の構造そのものや質量を変化、増大させることはできない。具体的には木から金を作ることはできないが、石炭からダイアモンドを作ることはできる。
「僕の能力でそこら辺の木の形状を変化させて、家みたいなのを作れると思う」
「じゃあ木の伐採は私がやるよ」
リエサは刃のような結晶を生成し、容易く木を伐採した。伐採した木は結晶で覆い、浮遊させ操り、ノエルの近くへ持って来る。
そしてノエルはこれらの木に触れ、形状を変化させていく。瞬く間に三角形状の、家とも言えるものが造られた。
この間僅か数分である。
「⋯⋯まあ普通はテントの設営だけでもかなり時間かかるんだが、超能力フル活用できればそうなるわな。しかもこれテントじゃなくて最早家だろ」
周りを見ても似たような状況になっていた。
高位の超能力者たちが集えば簡単に小屋程度なら造ることができるのだ。
「とりあえず寝床はできたな。次はやっぱり食料か」
「この辺りで食料といえば⋯⋯魚とか、木の実、キノコとか?」
ミナは浅いアウトドア知識で食料になりそうなものを挙げる。実際、山岳地帯で調達できるものはこのあたりのラインナップとなるだろう。最も現実的かつ安全なのは魚だろうか。
「だな。聞けば動物狩ってもいいから、鹿とか猪いれば肉も食えるが⋯⋯魚が無難だろうな」
「わかった。川あるかちょっと見てくる。委員長、たしか水系の能力だったよね? 魚獲りできそう?」
「いけると思うけど。⋯⋯え? 何するの?」
ミナはリアンに近づき、その体を抱えようとした。
「何って、今から飛んで川まで行くだけだよ」
「はい? 飛ぶ? え、ちょっ、ま──」
ミナは足元を爆発させ、一気に速度と飛距離を稼ぎ、そのまま飛行する。そして川を見つけたのか、ある方角へ飛んでいった。
「⋯⋯星華の能力って俺と同じ爆発系だよな? 爆発させて飛ぶならまだしも、あんな飛び方どうやってるんだ⋯⋯?」
ディエゴの超能力は『爆破』。手足等の体表付近もしくは触れたものを起点に爆発を引き起こすことができる。
ミナと同じく飛行も可能で、爆破の反動を使って飛んでいる。無論、これによる自傷ダメージはない。が、限度がありこれを超えると怪我をする。
「ミナの能力は厳密には爆発系じゃないからね」
雑談を交えつつ、リエサとノエルはもう一つ小屋を造る。
その間にディエゴは焚き火の準備をしていた。円形に石を積み上げ防風壁を作る。そこに乾燥した小枝を敷き詰めた。これでいつでも火を点けられる。
もうその頃には小屋もできていた。少なくともこれで今日の寝床には困らないだろう。
周りを見れば、ほとんどのクラスメイトが寝床の作成を終えていた。
すぐにミナとリアンが戻ってきた。丁度五匹の魚を獲ってきたようだ。
「はい注目。各班準備ができたようだから、これから本題の能力訓練を行う。メニューは事前に言った通り、各々協力して行うように」
全員の準備が整ったことを確認すると、イーライは声を掛ける。
そうして各々、能力の特訓を始めた。
超能力とは一種の身体機能だ。それぞれに違いはあれど、負担を掛ければかけるほどより強力になっていく。
今回の合宿では、能力の出力そのものを引き上げることが主な目的だ。他にも能力の応用力を高めることも、特訓内容にあった。
「ミナは一体何するの? あんた、能力者的には欠点ないように思えるけど」
「先生からは機動力を鍛えるよう言われたんだよね。単純な速度、加速度はともかく、微調整とかカーブとか、その辺りのコントロール覚えろって」
これらの欠点を解決するために、ミナはある程度の案は考えついている。あとはそれを実践するだけだ。
「そういうリエサは?」
「私? 私は、シンプルに能力の限界を引き上げる訓練」
リエサは能力を使う度に体温が低下する。絶対零度の結晶を作ろうものなら、体が芯まで凍り、復帰までには致命的となる時間を要する。
そのため、これを克服することがリエサに課せられた内容だ。
「ふーん⋯⋯わたしいいこと思いついたんだけど、折角だしさ、戦わない?」
「いいねそれ。よしやろう」
即断即決。
ミナとリエサは相対する。その空気感に、周りの特訓していたはずの生徒たちは、思わず止めてしまった。
「おいおい⋯⋯学年トップツー同士がやりあうってのか」
「片や天才。片や秀才。どっちが勝つのか見ものね⋯⋯」
「俺はやっぱり星華が勝つと思うぜ。昼飯賭ける」
「じゃあ私は月宮さんに」
外野が騒ぎ始めたが、当の本人たちは特に気にしていない。なにせ、互いに勝利してやるという気持ちで一杯だからだ。
二人は喧嘩したり、よく競い合ったりすることがあった。その勝算は五分五分である。
「⋯⋯ふむ」
この雰囲気、イーライは立場上諌めなければならないが、気持ちは理解できる。何より、この勝負に水を差したくなかったため、静観することにした。
そしていよいよ、その時が来た。
「今日こそあんたに勝ってやるわ」
「望むところね!」
先制を仕掛けたのはミナだ。彼女は即時に能力で身体機能を強化し、一気にリエサとの距離を詰めた。彼女が近接を不得意とすると知っての判断だ。
だが、それはリエサ自身がよく理解している。
「っ!」
瞬間、ミナの体表を結晶が纏う。思わず、彼女はリエサから距離を取った。
しかしそれは悪手だ。生成された結晶の弾丸が、まるでガトリングのように発射される。
ミナはこれを防御──ではなく、敢えて回避する。
二人は本気で戦闘しようとはしていない。彼女らは能力の鍛錬の為に戦っている。つまり、いつもよりハイペース気味で戦っているのである。
(爆発の衝撃を利用した空中移動。すばしっこい⋯⋯でも⋯⋯)
ミナの動きには規則性があった。おそらく無意識だ。だからリエサはこの規則性を読み、予測して射撃した。
が、ミナは急にパターンを逸脱した動きを見せた。
(違う、誘導された)
今度は背後を取ってきた。
(さっきの氷結、多分意識的にやってなかった。でもそれなら、発動には条件があるはず)
ミナはリエサに近づくことはなかった。あくまで、リエサの得意距離には入らないようにするだけだ。
そして代わりに、能力を発動する。星屑がリエサを囲み、直後爆発する。
「⋯⋯確かに、直撃しても火傷と打撲で済む程度の火力にはした。でもまさか⋯⋯」
煙は煙でも、真っ白い。冷気がそこに漂っている。
「全くの無傷なんてね」
「反応防御よ、ミナ。衝撃感知してそれを氷結、結晶化させる。今のだと、あんたの爆裂を凍らせたの」
リエサの体は一部が凍っている。至近距離でミナの爆裂を防ぐほどの氷結を行ったからだ。
しかし、それらは時間と共に解けていっている。
「あれ? わたしが知っている限り、もっと解けるの遅かったはずだけど」
「ああ。私の体温低下はどうやら能力の範疇で、反動というよりかは自己防衛反応みたいなものっぽくてね。だから能力操作で解除できた」
実際、リエサの体温低下は極めると身体の一部が結晶化するという事態にまで陥る。
これは能力の使用による反動ではない。どちらかといえば体質変化だ。
自身の体温そのものを低下、あるいは結晶化させることで、周囲の環境に自分を適応させているのだ。
「そうなんだ。じゃ、もっとギアあげてくね!」
全身からの爆発による急加速。一瞬にしてリエサを過ぎ去り、その背後を取る。
だがこのまま行けば大きくリエサから離れるだろう。だからブレーキ代わりにもう一度爆破する。
「!?」
今までのミナなら、その瞬間は完全な停止状態であったはずだ。だから、リエサはタイミングを読み大質量の結晶を射出した。
しかし、ミナは完全には止まらなかった。加速よりも更なる高出力で爆発を生じさせ、斜め上の方向に飛んだのだ。
それはリエサに、再度の照準合わせを強要した。無論、この間にできた僅かな、しかし確実な隙を、ミナは逃さない。
(爆裂は防がれる。なら直接叩くしかない。氷結のカウンターを食らうとしても!)
ミナは反撃覚悟の接近を試みた。
リエサの反応防御も完璧ではない。あくまで遠距離攻撃に強いだけで、やはり接近されると完璧な対処はできないと理解していた。
事前に可能性を意識しておくことで、人間の反応速度は速くなる。
それでも、ミナのスピードには追いつけなかった。
「⋯⋯⋯⋯」「⋯⋯はは」
ミナの手のひらがリエサの顔の直前まで来ていた。
そして⋯⋯リエサの結晶弾丸が、ミナの背後を取っていた。
そこで、二人は止まった。これ以上やれば大怪我となるし、これで勝負はついたからだ。引き分けだ、という形で。
「初めてだね。引き分けなんて」
「そうね。でも正直、痛み分けになる形の時点で私の負けみたいなものよ。あんたの方が火力高いし。続ければ先に倒れるのは私になるはず」
ミナもただでは済まないだろうから、どっちもどっちだ。だから勝敗は引き分け。
たった五分にも満たなかった戦闘だが、全力で戦い続けたため疲労感は強かった。
緊張の糸が解けて、二人は忘れていたかのように呼吸し始める。
それから少しだけ休憩した後、また二人は能力の鍛錬を始めた。今度は山頂部までの競争である。
昼から始まった訓練が終わったのはそれから六時間後だった。
一日にこうも長時間能力を使い続けたことはなかったため、感じたことのない疲労があった。
それでも夕食を調達し、調理した。
流石に風呂も自分たちでなんとかするわけではなかった。合宿施設にある銭湯で身を清めてから、各々寝床につく。
時刻はすでに日を跨いでいた。疲れからか、ミナとリエサはいつもより早く、そして深く眠りについた。
目的地はまだまだ。そんなふうに思いつつミナは外の景色を眺めていた。
だが、突然、バスは道端の広場で停止する。
何か不具合があったのか。一瞬そう思った。
「到着だ。全員降りるように」
しかし予想は裏切られた。あろうことか、こんな何もないところが目的地であったらしい。
驚きつつも降車する。周囲には山々のみ。事前に聞いていた合宿施設らしいものはない。
そういえば、他の学科の生徒が乗っていたバスは着いてきていない。ここには救助科の生徒しか居なかった。
「なぜこんなところで止まるのか、と疑問に思うだろう。まず言っておくが、毎年救助科はこうだ。不都合があったわけじゃない」
イーライは何度かこの林間合宿を経験している。彼は今の状況がおかしいものではないと言っている。
「君たちが救助科に入った目的は治安維持組織に入るため⋯⋯能力を人助けに活かすためだろう。ならば、こういう山岳地帯での救助活動もしなければならない。もしかすれば、サバイバル技術が必要になる時が来るかもしれない」
何となく、イーライの話が見えてきた。
要は、何から何まで自分たちで用意し、この山岳地帯でサバイバルをしろ、ということなのだろう。
「君たちにはサバイバルしてもらいながら、俺の訓練メニューをこなして貰う。以上だ。何か質問は?」
委員長のリアンが挙手する。
「はい。体調不良者が出た場合はどうしますか?」
事前の説明では、合宿施設にて療養。酷い状態であれば病院に搬送とあった。
しかし、これは実戦を想定した訓練だ。そのような生温い対応をするのか、という意図の質問だろう。
「風邪や軽度の熱程度なら続行と言いたいが、俺も鬼ではない。遠慮なく報告するように。あとは俺が判断する」
あくまでも学校の授業の一環だ。本物の治安維持組織の訓練並みの厳しさは酷というもの。しかしながら、甘々な対応も取れない。
質疑応答、合宿の説明は終え、いよいよ始まる。
まず班分けだが、これは事前に、公正なくじ引きにより決めてある。
救助科一年生A組は総勢二十五名。五人一組の班が五つできあがる計算だ。
ミナとリエサは偶然にも同班で、二班となった。
「よーし、じゃ、まず⋯⋯何しようか?」
ミナ、リエサ以外の二班のメンバーは以下の通り。
委員長のリアン・フォンテーヌ。
鮮やかな赤い短髪に青い目のディエゴ・アンドリュー。
片目が隠れた水色の長髪に、緑色の目を持ったノエル・リース。
「セオリーならテントの設営だな。勿論テントなんて持ち込んでないから、作らなくちゃいけない」
そう言ったのはディエゴだ。彼はアウトドアの趣味があるらしく、キャンプも嗜んでいる経験者だ。
イケイケのチャラそうな外見に反して、意外にもリーダーシップがある人物でもある。
「テントね⋯⋯それなら僕の能力が適任かな」
ノエルの超能力は『錬成』。あらゆる物質の形等を変化させる能力だ。ただし物質の構造そのものや質量を変化、増大させることはできない。具体的には木から金を作ることはできないが、石炭からダイアモンドを作ることはできる。
「僕の能力でそこら辺の木の形状を変化させて、家みたいなのを作れると思う」
「じゃあ木の伐採は私がやるよ」
リエサは刃のような結晶を生成し、容易く木を伐採した。伐採した木は結晶で覆い、浮遊させ操り、ノエルの近くへ持って来る。
そしてノエルはこれらの木に触れ、形状を変化させていく。瞬く間に三角形状の、家とも言えるものが造られた。
この間僅か数分である。
「⋯⋯まあ普通はテントの設営だけでもかなり時間かかるんだが、超能力フル活用できればそうなるわな。しかもこれテントじゃなくて最早家だろ」
周りを見ても似たような状況になっていた。
高位の超能力者たちが集えば簡単に小屋程度なら造ることができるのだ。
「とりあえず寝床はできたな。次はやっぱり食料か」
「この辺りで食料といえば⋯⋯魚とか、木の実、キノコとか?」
ミナは浅いアウトドア知識で食料になりそうなものを挙げる。実際、山岳地帯で調達できるものはこのあたりのラインナップとなるだろう。最も現実的かつ安全なのは魚だろうか。
「だな。聞けば動物狩ってもいいから、鹿とか猪いれば肉も食えるが⋯⋯魚が無難だろうな」
「わかった。川あるかちょっと見てくる。委員長、たしか水系の能力だったよね? 魚獲りできそう?」
「いけると思うけど。⋯⋯え? 何するの?」
ミナはリアンに近づき、その体を抱えようとした。
「何って、今から飛んで川まで行くだけだよ」
「はい? 飛ぶ? え、ちょっ、ま──」
ミナは足元を爆発させ、一気に速度と飛距離を稼ぎ、そのまま飛行する。そして川を見つけたのか、ある方角へ飛んでいった。
「⋯⋯星華の能力って俺と同じ爆発系だよな? 爆発させて飛ぶならまだしも、あんな飛び方どうやってるんだ⋯⋯?」
ディエゴの超能力は『爆破』。手足等の体表付近もしくは触れたものを起点に爆発を引き起こすことができる。
ミナと同じく飛行も可能で、爆破の反動を使って飛んでいる。無論、これによる自傷ダメージはない。が、限度がありこれを超えると怪我をする。
「ミナの能力は厳密には爆発系じゃないからね」
雑談を交えつつ、リエサとノエルはもう一つ小屋を造る。
その間にディエゴは焚き火の準備をしていた。円形に石を積み上げ防風壁を作る。そこに乾燥した小枝を敷き詰めた。これでいつでも火を点けられる。
もうその頃には小屋もできていた。少なくともこれで今日の寝床には困らないだろう。
周りを見れば、ほとんどのクラスメイトが寝床の作成を終えていた。
すぐにミナとリアンが戻ってきた。丁度五匹の魚を獲ってきたようだ。
「はい注目。各班準備ができたようだから、これから本題の能力訓練を行う。メニューは事前に言った通り、各々協力して行うように」
全員の準備が整ったことを確認すると、イーライは声を掛ける。
そうして各々、能力の特訓を始めた。
超能力とは一種の身体機能だ。それぞれに違いはあれど、負担を掛ければかけるほどより強力になっていく。
今回の合宿では、能力の出力そのものを引き上げることが主な目的だ。他にも能力の応用力を高めることも、特訓内容にあった。
「ミナは一体何するの? あんた、能力者的には欠点ないように思えるけど」
「先生からは機動力を鍛えるよう言われたんだよね。単純な速度、加速度はともかく、微調整とかカーブとか、その辺りのコントロール覚えろって」
これらの欠点を解決するために、ミナはある程度の案は考えついている。あとはそれを実践するだけだ。
「そういうリエサは?」
「私? 私は、シンプルに能力の限界を引き上げる訓練」
リエサは能力を使う度に体温が低下する。絶対零度の結晶を作ろうものなら、体が芯まで凍り、復帰までには致命的となる時間を要する。
そのため、これを克服することがリエサに課せられた内容だ。
「ふーん⋯⋯わたしいいこと思いついたんだけど、折角だしさ、戦わない?」
「いいねそれ。よしやろう」
即断即決。
ミナとリエサは相対する。その空気感に、周りの特訓していたはずの生徒たちは、思わず止めてしまった。
「おいおい⋯⋯学年トップツー同士がやりあうってのか」
「片や天才。片や秀才。どっちが勝つのか見ものね⋯⋯」
「俺はやっぱり星華が勝つと思うぜ。昼飯賭ける」
「じゃあ私は月宮さんに」
外野が騒ぎ始めたが、当の本人たちは特に気にしていない。なにせ、互いに勝利してやるという気持ちで一杯だからだ。
二人は喧嘩したり、よく競い合ったりすることがあった。その勝算は五分五分である。
「⋯⋯ふむ」
この雰囲気、イーライは立場上諌めなければならないが、気持ちは理解できる。何より、この勝負に水を差したくなかったため、静観することにした。
そしていよいよ、その時が来た。
「今日こそあんたに勝ってやるわ」
「望むところね!」
先制を仕掛けたのはミナだ。彼女は即時に能力で身体機能を強化し、一気にリエサとの距離を詰めた。彼女が近接を不得意とすると知っての判断だ。
だが、それはリエサ自身がよく理解している。
「っ!」
瞬間、ミナの体表を結晶が纏う。思わず、彼女はリエサから距離を取った。
しかしそれは悪手だ。生成された結晶の弾丸が、まるでガトリングのように発射される。
ミナはこれを防御──ではなく、敢えて回避する。
二人は本気で戦闘しようとはしていない。彼女らは能力の鍛錬の為に戦っている。つまり、いつもよりハイペース気味で戦っているのである。
(爆発の衝撃を利用した空中移動。すばしっこい⋯⋯でも⋯⋯)
ミナの動きには規則性があった。おそらく無意識だ。だからリエサはこの規則性を読み、予測して射撃した。
が、ミナは急にパターンを逸脱した動きを見せた。
(違う、誘導された)
今度は背後を取ってきた。
(さっきの氷結、多分意識的にやってなかった。でもそれなら、発動には条件があるはず)
ミナはリエサに近づくことはなかった。あくまで、リエサの得意距離には入らないようにするだけだ。
そして代わりに、能力を発動する。星屑がリエサを囲み、直後爆発する。
「⋯⋯確かに、直撃しても火傷と打撲で済む程度の火力にはした。でもまさか⋯⋯」
煙は煙でも、真っ白い。冷気がそこに漂っている。
「全くの無傷なんてね」
「反応防御よ、ミナ。衝撃感知してそれを氷結、結晶化させる。今のだと、あんたの爆裂を凍らせたの」
リエサの体は一部が凍っている。至近距離でミナの爆裂を防ぐほどの氷結を行ったからだ。
しかし、それらは時間と共に解けていっている。
「あれ? わたしが知っている限り、もっと解けるの遅かったはずだけど」
「ああ。私の体温低下はどうやら能力の範疇で、反動というよりかは自己防衛反応みたいなものっぽくてね。だから能力操作で解除できた」
実際、リエサの体温低下は極めると身体の一部が結晶化するという事態にまで陥る。
これは能力の使用による反動ではない。どちらかといえば体質変化だ。
自身の体温そのものを低下、あるいは結晶化させることで、周囲の環境に自分を適応させているのだ。
「そうなんだ。じゃ、もっとギアあげてくね!」
全身からの爆発による急加速。一瞬にしてリエサを過ぎ去り、その背後を取る。
だがこのまま行けば大きくリエサから離れるだろう。だからブレーキ代わりにもう一度爆破する。
「!?」
今までのミナなら、その瞬間は完全な停止状態であったはずだ。だから、リエサはタイミングを読み大質量の結晶を射出した。
しかし、ミナは完全には止まらなかった。加速よりも更なる高出力で爆発を生じさせ、斜め上の方向に飛んだのだ。
それはリエサに、再度の照準合わせを強要した。無論、この間にできた僅かな、しかし確実な隙を、ミナは逃さない。
(爆裂は防がれる。なら直接叩くしかない。氷結のカウンターを食らうとしても!)
ミナは反撃覚悟の接近を試みた。
リエサの反応防御も完璧ではない。あくまで遠距離攻撃に強いだけで、やはり接近されると完璧な対処はできないと理解していた。
事前に可能性を意識しておくことで、人間の反応速度は速くなる。
それでも、ミナのスピードには追いつけなかった。
「⋯⋯⋯⋯」「⋯⋯はは」
ミナの手のひらがリエサの顔の直前まで来ていた。
そして⋯⋯リエサの結晶弾丸が、ミナの背後を取っていた。
そこで、二人は止まった。これ以上やれば大怪我となるし、これで勝負はついたからだ。引き分けだ、という形で。
「初めてだね。引き分けなんて」
「そうね。でも正直、痛み分けになる形の時点で私の負けみたいなものよ。あんたの方が火力高いし。続ければ先に倒れるのは私になるはず」
ミナもただでは済まないだろうから、どっちもどっちだ。だから勝敗は引き分け。
たった五分にも満たなかった戦闘だが、全力で戦い続けたため疲労感は強かった。
緊張の糸が解けて、二人は忘れていたかのように呼吸し始める。
それから少しだけ休憩した後、また二人は能力の鍛錬を始めた。今度は山頂部までの競争である。
昼から始まった訓練が終わったのはそれから六時間後だった。
一日にこうも長時間能力を使い続けたことはなかったため、感じたことのない疲労があった。
それでも夕食を調達し、調理した。
流石に風呂も自分たちでなんとかするわけではなかった。合宿施設にある銭湯で身を清めてから、各々寝床につく。
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