Reセカイ

月乃彰

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第59話 魔族

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 世界中の各地に支部を持ち、魔術を管理する組織、GMC。アメリカを本部とするこの組織だが、勿論、ルーグルア国の学園都市にも支部を持っている。
 GMCルーグルア支部に属する魔術師の男女は現在、学園都市のとある山奥のコンビニに居た。

「そろそろだと思うけど⋯⋯」

 時刻は二十三時。約束の時間だ。
 ワインレッドのセミロングヘア。金色の目。白い肌。赤いコートを羽織った少女はそう言った。彼女の名は西園寺琳さいおんじりん。学生でありながら魔術師ライセンスを持つ優秀な人物だ。

「⋯⋯あ、あの人じゃないですか?」

 黒のシャツに黒のズボン。赤い目をした灰色の、男にしては長めの髪、中性的な印象を抱かせる少年、ヨセフ・エインズワースは、待ち合わせていた人物が来たことをリンに伝えた。
 その人物は彼らより年若そうに見える人物だったが、実際は先輩の立場になる女性だ。
 ホワイトブロンドのミディアムヘア。赤に近いピンク色の目。白いタートルネックの上に黒のカーディガン、ミニスカートを着ている。

「ごめんなさい。ちょっと遅れちゃった。ええと、きみたちが⋯⋯」

「はい。GMC脅威対策部門第三課、西園寺リンです」

「同じく、ヨセフ・エインズワースと申します」

「西園寺さんに、エインズワースさんね。わたしは⋯⋯その、本名は事情があってあまり言いたくなくて⋯⋯だから、ホタルって名乗ってるの。是非、そっちで呼んでほしいな」

 フリーランスの魔術師、ホタル。等級こそリンと同じ一級だが、彼女は元第三課の魔術師であり、その名を知らない魔術師は居ないレジェンド的な存在だ。
 リンやヨセフからしてみれば大先輩である。

「分かりました。では、早速任務についてもう一度確認しましょう」

 GMCから学園都市に派遣されたのは、ある任務を行うためだ。
 その内容は、GMCの基本活動目的である魔族の討伐。
 しかし、一級魔術師が二名と二級魔術師一名。計三人の術師が一つの任務に派遣されることは珍しい。
 
「今回の仕事は魔族の討伐ですが、他にも能力犯罪者が出没する可能性。そして何より、現場の近くではミース学園の生徒が林間合宿をしています」

 リンは任務の内容が記された書類を見ながら確認し始めた。
 魔術師、魔族の存在は一般人に秘匿しなければならない。そのため、ミース学園の生徒たちがいる場所に出没する今回の魔族討伐は困難を極めるだろう。
 だから手練の魔術師を三人も派遣したのである。

「相手は組織的な動きをしているようです。だからこそアクシデントが起きる前に同行を掴むことができた、のですが⋯⋯」

「そうね。超能力犯罪者が居るってなると、面倒になるかもしれない」

 魔術師の等級はあくまで対魔族を想定している。特にリンもヨセフも、対人任務は行ったことがない素人だ。

「⋯⋯うん。超能力者の方はわたしが相手にする。二人は魔族の方をお願いしたいのだけど、どうかな?」

「了解です。ヨセフもそれでいい?」

「勿論です」

 それから互いの固有魔力を把握したり、細かな動き、何パターンかの想定をしていると、時刻は二十四時間際となっていた。

「そろそろ現場に向かいましょう。相手方の目的はミース学園の生徒を襲うことです。まずは彼らの保護を優先にしましょう」

「分かりました」「ええ。無事に終えようね」

 三人は現場に向かった。
 山に足を踏み入れる。
 鬱蒼とした雰囲気は、やけに足を重くさせる。月明かりこそあるが、木々に遮られており、足元は真っ暗闇だ。
 ヨセフの魔術で暗闇でも十分な視界は確保できている。が、恐ろしい空気感までは消せなかった。
 敵に悟られないように徒歩で移動している道中だった。

「⋯⋯!」

 ホタルは防御術式を起動する。展開された防御壁は鉤爪を弾いた。
 金属音が響く。
 瞬時に臨戦態勢を取る。

「クア⋯⋯アア⋯⋯」

 三人の目先。そこには、一体の異形が居た。
 全長二メートルほどの真っ黒な人形実体。頭部には複数の目が散らばっており、側面に牙が生えている。口を開けば、顔が横開きになるだろう構造だ。
 人間なら肩がある位置からは到底飛べはしないだろう翼が生えている。そして腕が三対、浮遊している。
 足はない。代わりに三角錐がある。ただ、胴体とも、地面とも離れている。

「⋯⋯魔族って、一応は人間によく似た生き物のはずよね。これが人とよく似た化物の姿?」

 リンは今までの数多くの魔族を屠ってきたが、そのどれもが角が生えていたり翼があったりはすれど、人によく似たものだった。
 だから、目の前の異形を魔族とは認識できなかった。

「魔族が人に似ているのは、人を捕食するための進化の結果⋯⋯旧い魔族ほど、その姿は人から大きくかけ離れるものって聞いたことあるよ」

 ホタルのかつての仲間は、たしかそんなことを言っていた気がする。

「じゃあつまり、コイツは⋯⋯」

 今日まで、人を化物の姿で食ってきた魔族。他の魔族と比べても、その危険度は別格だろう。
 魔術において旧いとは、それだけで特別な力を持つものだ。

「⋯⋯西園寺さんとエインズワースさんは先に行って。ここはわたしが」

「⋯⋯分かりました」

 リンはホタルの言葉の意図を理解した。彼女は優しい。直接、足で纏だ、と言わないのだから。
 リンとヨセフの二人は魔族の横を駆け抜けようとする。しかし、人を食らうことだけを目的としてきた魔族が、ご馳走を逃すはずない。
 浮遊していた腕の先には獣のような鉤爪がある。それらが二人を襲う。

「させないよ」

 ホタルは手を伸ばす。その先から茨が具現化し、それが魔族の腕を縛り、圧し折った。

「詠唱どころか⋯⋯魔術陣の展開さえない⋯⋯!?」

 逃げるリンは、ホタルの魔術を見て驚愕した。ただでさえ高難易度の無詠唱術式の上、魔術において必要不可欠な術陣の展開がない。それは最早、魔術論的にありえない事象だった。
 そして同時に、ホタルの圧倒的な強さを表わしていた。
 ──確かに、リンとホタルは同じ一級の魔術師だ。しかし、

「⋯⋯流石はレジェンド。一級でも、最高峰の魔術師の一人に数えられる人です」

 ヨセフは感嘆した。その評価は間違ってなどいなかったのだ、と。
 魔族はホタルを最優先撃破目標であると理解し、リンとヨセフへの追撃を諦めた。
 相対する。

「⋯⋯もう敵方にはわたしたちの存在がバレてるんだろうね。じゃあ、さくっと倒さないとまずいなぁ」

 目の前の魔族は敵方の最高戦力だという希望的観測をしたいわけだが、そうでない場合も考えなくてはならないのがホタルの立場だ。

「『暗き中に垂れる火の星。刹那でこそ、意味はあり』」

 ホタルは詠唱する。たった二節。本来、もっと詠唱は長いのだが、今はこれで十分。
 ──が、詠唱無しでも魔術を使うことができるホタルがわざわざ詠唱するということはつまり、行われるは大魔術。

「〈穿ち引裂く死の茨ベルソル〉」

 ホタルの足元から茨が現われる。それは先程のものとは比べ物にならないほど巨大で、何より多かった。
 魔族は茨を弾こうとはせず、回避に徹していた。どんどんとホタルとの距離を離していく。しかし、茨からは逃れられない。

「────」

 茨から逃れた先にホタルは回っていた。手に持つ木刀で魔族を殴打する。
 彼女の固有魔力は自然現象を具現化するというもの。だが具現化されたものの強度、形状等をホタルは設定することができる。
 木刀によって魔族の顔面が粉砕される。

「────」

 ホタルの背後に腕が二つ、浮遊していた。それらは彼女の首を掴み、締め上げる。

「⋯⋯⋯⋯」

 魔族の頭部が再生していく。それらは体を魔力により構成している。故に、体の修復が容易であるのだ。
 残った一本の腕が、ホタルの胸を貫いた。

「⋯⋯!?」

 しかしあまりにも感触が違った。人間の胴体を、心臓を抉った感覚ではない。
 それはホタルの外見をしただけの人形だった。魔族の背後に回った時点で、入れ替わっていたのだ。
 ならば本物はどこか。魔族はその多数の目で周囲を見渡す。
 ──居ない。

「ふんっ!」

 ホタルは上から魔族の頭目掛けてキックした。ライダーキックさながらの身のこなし。魔力が十分回された身体攻撃は、魔族を一撃で砕いた。

「⋯⋯単純な強さだけなら一級は確実にあった。でも、固有魔力は持っていなかった⋯⋯」

 この魔族が敵方の最高戦力であるという予測は間違っていそうだ。下手をすれば、ただの斥候程度の戦力かもしれない。

「急がなくちゃ」

 リンとヨセフを先に行かせた判断は危うかったかもしれない。そう思ったホタルは、急いで二人のあとを追いかけた。

 ◆◆◆

 目が覚めたきっかけは、悲鳴だった。
 日も落ち、夕食を終え、就寝した。眠りが深くなりつつあった深夜。女子生徒の悲鳴が、キャンプ場に響いたのである。

「⋯⋯リエサ、委員長、起きてる?」

「⋯⋯ええ」

「早く行くわよ」

 ミナ、リエサ、リアンの三人は小屋から出ていき、悲鳴が聞こえた先に目をやる。
 ──すると死体が飛んできた。

「──っ!?」

 ミナはそれを受け止めた。知っている顔だ。クラスのムードメーカーだった女子生徒。そして悲鳴の主。
 否。悲鳴の主は彼女ではない。

「助けて。キャー。誰か。殺さないで」

 死体を投げ飛ばした『それ』が、悲鳴を上げた張本人だ。
 赤黒い体。人形ではあるものの、それを人と呼ぶことはできない外観。
 腕があるような位置からは四方向に肩が伸びており、その先は先端が鋭い昆虫の脚のようなものが生えている。
 頭部があるべきところはイソギンチャクのようで、触手が何本も生えていた。
 代わりに胴体に巨大な複眼、口がそれぞれ二つずつあった。
 声は、その口から出ていた。

「何⋯⋯これ⋯⋯ばけ⋯⋯化物!」

 リアンは見るからに恐慌していた。
 騒ぎに目を覚ました生徒たちが外に出てきては、全員が化物を見て叫ぶ。恐怖する。中には発狂する者も居た。取り乱し、森に逃げようとする者もいた。
 だが、化物の触手の餌食となる。
 なぜなら、化物は一体だけではなかったからだ。森から、複数の同じ外見をした化物が現れた。
 悲鳴。肉が裂ける音。また悲鳴。断末魔。死ぬ音。泣き声。嗚咽。叫び声。
 阿鼻叫喚の事態が、地獄のような出来事が発生している。

「⋯⋯まさか魔族!? ⋯⋯いやでも、魔族は魔術適性がないと見えないはず⋯⋯」

 エストから教えてもらった魔族の特徴では、魔術適性、魔力を認識できる人物でなければ魔族の姿を視認することはできない。
 ただし、例外がある。
 エストは異世界の住人だが、当てはめるなら種族上魔族の類である。そんな彼女がどうしてただの人間にも視認できるか。
 答えは、エストの肉体は魔力で構成されているものの、その密度は恐ろしく大きい。自然状態の魔力は体積に対して非常に軽い。それが人間並みの質量となるまで圧縮し、肉体として変容した場合、視認が可能となる。
 故に強力な魔族ほど姿を隠そうとしなければ視認しやすくなる。
 また、魔力が満ちた特殊環境や死に瀕して魔力が活性化した状態だと視認可能なこともある。

「リエサ、みんなを連れて逃げて。ここはわたしがなんとかする⋯⋯するしかない!」

 魔族は魔力による攻撃でなければ傷をつけることもできない。そしてここで魔術を扱うことができるのはミナだけだろう。
 しかし、彼女は魔術師と呼ぶこともできない素人だ。エストから指導を受けているものの、実戦をしたことはない。

「ミナ⋯⋯まかせた、って言いたいとこだけど、それはできない相談よ。⋯⋯囲まれた」

 リエサは周囲に目をやる。
 彼女、魔術を扱えない一般人の視点だと、ミナほど鮮明には魔族を認識できていない。半透明の靄がかかったような化物として、視えている。
 だが、魔力を僅かながらに。尋常ではない殺気を周囲から感じ取ることができた。

「⋯⋯っ。じゃあどうすれば⋯⋯」

「だったら、私も戦えばいい」

 確かに魔族には魔術以外攻撃として通用しない。
 しかし、魔族は物体を透過するわけではない。
 リエサは超能力により結晶を生成、魔族に向けて射出する。
 結晶は生徒を襲っていた魔族に命中する。吹き飛ばされた。

「ダメージはない⋯⋯本当みたいね。でも、吹き飛ばせるのなら、それで十分」

 魔族たちのヘイトがリエサへと向かった。
 そして同時、クラスメイトたちの空気が変わった。混乱状態だったにも関わらず、一人の反撃により、自分たちが何を目指しているのかを思い出したのだ。
 例え能力が通用せずとも、引き剥がすことはできる。遠くへ退けることができる。ならば、足掻く意味がそこにはあった。

「超能力と同じように⋯⋯体に、魔力を通すイメージ⋯⋯!」

 ミナは下手に魔術を使うよりも、魔力を纏わせた体による体術にて魔族を屠る。それはただの魔力による身体強化とは異なる技術だったが、コツとしては近かった。
 ミナの蹴りが、魔族の頭を叩き割り、そして一体の魔族が死亡した。これを見たクラスメイトたちの士気はより上がる。
 悲鳴は雄叫びに。逃亡は攻勢に転ずる。
 このままならやれる。全員がそう思った瞬間だった。

「──え」

 突然、リエサの目の前に青色の炎が走った。それに数人の生徒が巻き込まれ、おそらく焼け死んだだろう。
 再度来る。予感したリエサは自身を氷晶によって守る。予感は的中し、リエサを氷晶ごと炎が呑んだ。

「んー、流石、レベル3以上は入学資格もねぇ学校の生徒。今ので十人は殺せたと思ったが⋯⋯まさか四人程度しか死なねぇとはなぁ!」

 男の声がした。声が震えているが、それはおそらく笑っているからだ。
 彼は現れた。リエサは彼の顔を知っている。なぜならば、指名手配されていた人物であるからだ。
 その名はエイダン・エヴァンス。その超能力は『蒼炎ブルー・フレイム』。レベル5相当の炎熱系超能力者にして数々の焼死体事件の犯人である。
 青メッシュが入った銀髪碧眼の美青年。白のシャツに黒のジャケットを着ている。

「超能力者⋯⋯思っていたけど、やっぱりこれは⋯⋯」
 
 不自然に現れた魔族。そして能力犯罪者の出現。偶然の一言で片付けることはできるはずがない。
 そんなことをする相手には心当たりがある。

「──『シャフォン教』による、襲撃」
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