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第73話 支配の騎士
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半径二百メートル圏内が更地となる。それには恐ろしいほどの轟音が伴っていた。
都市庁舎の屋上にて被害を確認したミナたちは、そこに人影が一つあるのを見つけた。
「⋯⋯魔力⋯⋯あの、人が⋯⋯?」
その人影はミース学園の方を振り返り、歩き始めていた。
敵か味方かもわからないが、とにかくわかることが一つだけある。
あれは、超越者だ。三百メートル以上は離れているというのに、威圧感を覚えた。
「⋯⋯あれには⋯⋯近づかないほうがいいかもしれない」
そう言ったのはイーライだった。彼は目頭を抑えている。
この反応は以前にもあった。エストを直視したときだ。あのときも、イーライの両目は燃えるような痛みを覚えた。
「敵か味方、どちらであるか分からない。⋯⋯が、オレの見立てだと少なくとも敵の敵ではあるようだな」
「ミース学園の方に向かっているからですか?」
アレンの予想の理由には根拠が乏しい。アルゼスにはそうは思えなかった。寧ろ彼は、アレが何より対処すべき化物であるかのようにさえ思えた。
「いいや、ただの勘。なんとなく、だ」
「何となく、って⋯⋯。まあ、どちらにせよ関わらないほうが良い類なことには変わりませんでしょうね。今は──」
救助を待とう、とアルゼスは言おうとした。
けれどその瞬間、熱を感じた。青い炎が丸ごと都市庁舎を飲み込んだのだ。
ミナたちは都市庁舎から飛び降り、離れる。
しかし、避難所に居た人たちの救護には向かえないことを理解した。
なぜならば、目の前には避難所を焼き討ちした能力者、及び──
「角⋯⋯」
「初めまして、ニンゲンさん。私は『支配の騎士』、ノイと申します。以後お見知りおきを」
──明らかに格上であると理解できる魔族が立っていた。
「⋯⋯⋯⋯」
「そんなに警戒せずとも、よろしいですよ。私はあなたたちを殺したいわけではありませんから」
黒シャツ、赤髪の女型の魔族。名はノイ。彼女の声は酷く誘惑的であり、気を張らないと意識が持っていかれそうな気がした。
おそらく、精神支配系の魔力を持つのだろう。
「殺したいわけではない? ⋯⋯避難所の人たちを焼き殺しておきながら──」
ミナは静かに怒りつつ、ノイの発言の矛盾を指摘する。
「⋯⋯? あれは通信設備を燃やしただけですよ。避難所の人たちは、ほら。居るではありませんか」
ぞろぞろと、避難所に居た人たちが焼けた都市庁舎から逃げてきた。
しかし様子がおかしい。顔には恐怖、痛みに悶え苦しんでいる表情が張り付いているというのに、足並みには一切の震えがない。
それどころか、彼らは走りさえしていた。骨が折れてあらぬ方向に曲がってしまった人も、まるで糸で操られているように動いている。勿論、激痛に顔を歪ませていた。気絶していないのがおかしいほどだ。
「⋯⋯あんた、何が目的だ?」
「目的⋯⋯ですか。⋯⋯私はニンゲンと仲良くなりたいのです。なので、和平を結びにきました」
「和平? これがかよ? ⋯⋯ふざけるな! あんたらがやってるのはただの虐──」
「──ばん」
ノイは手を銃に見立てて、人差し指の先をレオンの頭に向けた。そして一言、銃声を口に出す。
直後、レオンの頭は弾けた。隣りに居たアレン、ミナの肩に脳髄と鮮血がぶちまけられる。
彼の体は呆気なく後ろに倒れた。
「──は」
「いつの時代でも、私たち魔族を頭ごなしに否定するニンゲンさんは居るものですね。非常に邪魔です。和平の話し合いをスムーズに進めるため、犠牲になってもらいました。さて、残りの皆さんはどうです? 私と話し合いしてもらえますか?」
理解できない。全くもって、理解できない。何がしたいのだろうか。和平を望む者が行う所業としては、あまりにも非合理的だ。取り繕うにしても、もう少しやり方を選べたはずだ。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯困りましたね。返答はなし、ですか」
いや、どちらにせよ──やるべきことは最初から決まっている。
「──アレンさんたちは逃げて。ここは⋯⋯わたしが食い止める」
ミナはノイに一気に近付き、魔力を存分に纏わせた足で蹴りつけた。
ノイは片手で防御しつつ距離を取る。そして指先を向ける。ばん、と声を発する。
ミナは不可視のそれを躱し、爆裂を利用しノイの胴体に拳を叩き込む。ノイは魔力防御をしたが、そのノックバックに耐えられずに焼け落ちた都市庁舎跡に突っ込んだ。
(⋯⋯あの攻撃は魔力を弾丸みたいに撃つ魔術。魔力防御もかなりの出力。⋯⋯さっき戦ったあの骨の魔獣より格段に強い⋯⋯)
周囲に目をやる。
どうやらアレン、ヒナタ、そして護衛のアルゼスは逃げることができたようだ。
リエサとイーライは残っている。超能力者が相手にも居る。ミナ一人では生きて逃げることはできないと判断したのだ。
「リエサ、先生は超能力者を。わたしがあの魔族を相手にする」
「いや、俺が能力者を相手にする。星華、月宮があの魔族を相手してくれ。⋯⋯三分だ。三分、時間を稼いだら逃げるぞ、二人とも」
「わかりました」「⋯⋯はい」
ミナ、リエサ、イーライは構える。能力犯罪者たちは微動だにしない。その場から動こうともしない。
青い炎の超能力者──リエサと少し前に戦ったエイダンという男は、こんな状況下で一言も発しないような人物ではなかったはずだ。
「⋯⋯やっぱり⋯⋯」
「驚きましたよ。まさか超能力者が魔力操作できるとは」
ノイは復帰した。焼け跡はない。殴った跡もない。煤で汚れた様子も何もない。
ノイは、何もかもが元通りになっている。
「さて、と。交渉は決裂ですね。もう暴力で解決するしかありません。⋯⋯ですが、ふふ⋯⋯どうして、でしょうか⋯⋯」
ノイは不敵に口を歪ませる。ようやく、人としての皮を剥いだようだ。
「こんな状況だというのに、面白くなった、と感じるのです。不思議ですよね。私の望みは和平。魔族とニンゲンの共存である、というのに」
「⋯⋯⋯⋯っ!」
『仄明星々』──50%。魔力強化纏い、出力最大。
魔術起動、〈黄金の剣〉。
ミナは剣を逆手に、超音速にてノイに接近した。
速かった。スピードはノイたち特級魔族に及ぶ。
危険を感じた黄金の剣を警戒し、ノイは後ずさる。だが、足が動かない。氷のようなものに囚われている。
「──ッ!」
ノイの額に黄金の剣がぶっ刺される。同時、黄金の剣は込められた魔力に耐えられず破壊した。
「駄目じゃないですか。そんなに魔力を込めちゃ」
頭から血を流しながら、首が半分ほど引き千切られそうになりながら、ノイは魔力弾を放とうとした。
が、リエサの結晶弾がノイの体を吹き飛ばす。ダメージこそないが、厄介だ。的確にミナのサポートをしている。
体を魔力で修復することはない。そうするまでもなく、ノイの体は即座に元に戻った。
「⋯⋯精神汚染系の魔術じゃない⋯⋯?」
「ふふふ⋯⋯さあ、どうでしょうね? 情報の開示などしませんよ」
ミナはノイとの戦闘に思考のリソースをかなり割いている。
自ずと、サポートに徹しているリエサがノイの魔術を解析しなければいけない。
だが、避難民たちが超能力などを使いリエサを襲った。
「やめてくれ! オレじゃない!」「体が勝手に⋯⋯!」「逃げて!」
「⋯⋯⋯⋯!」
リエサは容赦無く人質を凍結させた。死にはしない程度には手加減しているが、凍傷は避けられない。あまり長引くと、体の部位が壊死してしまうかもしれない。
「やっぱりあの魔族の魔術は洗脳系⋯⋯。じゃあ、あの回復能力は──」
その時、リエサは凍らせた人質の中にある死体を見た。
それは、頭を何かに貫かれ、首が引き千切られた死体だった。
そして、リエサは一つの答えを導き出した。
「ミナ! そいつ⋯⋯は⋯⋯」
「リエサ、分かったの!?」
「⋯⋯そいつを早く殺さなくちゃ、人質が全員死ぬ! だから全力で死ぬまで殺さないといけないっ!」
特級魔族、ノイ。彼女の固有魔力は対象の肉体を支配する。
肉体支配の条件は様々だが、条件が厳しいほど強力な支配が可能。例えば『目を合わせる』は強い意志があれば反抗可能だが、『意思を挫く』だと死ぬまでマリオネットのままだ。
この魔力により支配可能な人数に制限はなく、一度でも支配した相手の操作には追加の魔力消費がない。
そして何より強力な効力は──、
(⋯⋯支配した相手に、自らの死を押し付けることで、自分は死ななかったことにする能力。どれだけ楽観的に見ても、ここにいる人質は全員死ぬ。最悪の場合、国家規模での死者が⋯⋯)
その能力を運用するために、ノイは自らに『肉体強度を一般人程度まで下げる』という縛りを課している。が、彼女はこれを特級魔族の魔力量、出力によりカバーしていた。
(⋯⋯いや、それだとそもそも実質的に殺害はできない。殺さないように無力化するか⋯⋯死を押し付ける能力の発動条件を探らないといけない)
氷漬けにされた人質たちは、ミナがノイを殺す度に死んでいく。幸いにもミナはこれに気がついていない。だからリエサはこの絡繰を彼女に伝えなかった。
もし伝えてしまったら、ミナはきっとノイを殺せなくなるだろうから。
(⋯⋯少なくとも死の押し付け相手はランダムじゃなさそうね。魔族に近い対象から死んでる。⋯⋯距離制限があるかもしれない。希望的観測だけれども⋯⋯)
ここにいる人質たちは全員死ぬ。そうしないとノイは殺せないことが確定している。
リエサには冷酷な判断を下す必要性があり、できる方法があった。
彼女はその選択肢から目を逸らしたかった。
──だが、ミナにはできないことを、リエサはしなくてはならなかった。
(⋯⋯ごめんなさい)
リエサは、人質たちを完全に凍結させた。
そして瞬間──ノイは、リエサを狙って魔力弾を放った。
「リエサっ!」
「⋯⋯。⋯⋯⋯⋯ぁ」
リエサはこれを予期していた。命のストックが削られる可能性を危惧していないわけがなかった。
でも、あまりにも、実力差があり過ぎた。どれだけ警戒していても、魔力のないリエサには──特級魔族の魔術を避けることは、できなかった。
──リエサの左胸に風穴に空いていた。
「⋯⋯ミナ⋯⋯きか⋯⋯はや⋯⋯げて⋯⋯」
リエサの意識が途絶える。
「⋯⋯驚きました。結構早く、私の魔力を理解したことは勿論⋯⋯それ以上に、その判断ができるとは」
「⋯⋯お前⋯⋯っ」
ミナのその言葉は、無意識でたものだ。
今まで以上にない殺意を覚えた。誰かを守るためじゃない。何としてでも殺さなくてはならない、そう思った。
「おや? 御友人の心臓が潰されてお怒りですか? ですがあのニンゲンは、人質を殺そうとしたのですよ?」
「⋯⋯⋯⋯は」
何を言っているのだ、この化物は。リエサがそんなことするわけがない。嘘だ。
「非情ですね。残酷ですよ。⋯⋯でも仕方ないのです。私は支配した対象に、死を押し付けることができるのですから。⋯⋯つまり、あなたはもう六人ものニンゲンを、殺めてしまっているのですよ」
「⋯⋯⋯⋯。────」
ミナの体からは力が抜けていた。
頭が真っ白になっていた。何も考えられなかった。理解に時間が必要だった。
「⋯⋯あははははは。あはははははっ! 面白いですね! 私の魔術を知ったニンゲンはいつもそうです! 自分が殺したのに! その事実を受け止められないっ! 自分の罪に向き合おうとしないッ! その点、あの銀髪のニンゲンは素晴らしかった。その罪を承知で、最善を成そうとしたのですから! あなたに真実を伝えず、自分一人だけで背負おうとしたのですから! なんと美しい友情でしょう!」
ミナは頭を抱えた。両膝をついた。視界がは不鮮明となる。目が熱くなる。でも心は酷く冷たく、蝕まれる。
罪悪感。恐怖。否定を、怨念を、絶望を精神に叩き込まれる。
そして遅れて──ミナの心は壊れてしまった。
「ああ。ああああああああ⋯⋯!」
殺した。わたしが。殺してしまった。わたしが。六人の無実の人を、殺した。
なぜ。なぜ殺した。なぜ。どうして。どうして殺した。どうして。
なんで。分からない。知らない。知らなかった。でも許されない。許されちゃいけない。駄目だ。わたしがやった。やったから、誰もわたしを許さない。わたし自身がなにより許せない。
死ななくちゃ。死んで償わなくちゃいけない。わたしなんて死んだほうがマシだ。
もう、生きていけない。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい──。
ノイはゆっくりと歩き、呻くミナに近づいた。そして指先を彼女の頭に突きつける。
「さあ、罪を償いましょう。あなたのその命を散らせば⋯⋯一人分の恨み辛みくらいは晴らされるでしょう」
──血飛沫が舞った。
都市庁舎の屋上にて被害を確認したミナたちは、そこに人影が一つあるのを見つけた。
「⋯⋯魔力⋯⋯あの、人が⋯⋯?」
その人影はミース学園の方を振り返り、歩き始めていた。
敵か味方かもわからないが、とにかくわかることが一つだけある。
あれは、超越者だ。三百メートル以上は離れているというのに、威圧感を覚えた。
「⋯⋯あれには⋯⋯近づかないほうがいいかもしれない」
そう言ったのはイーライだった。彼は目頭を抑えている。
この反応は以前にもあった。エストを直視したときだ。あのときも、イーライの両目は燃えるような痛みを覚えた。
「敵か味方、どちらであるか分からない。⋯⋯が、オレの見立てだと少なくとも敵の敵ではあるようだな」
「ミース学園の方に向かっているからですか?」
アレンの予想の理由には根拠が乏しい。アルゼスにはそうは思えなかった。寧ろ彼は、アレが何より対処すべき化物であるかのようにさえ思えた。
「いいや、ただの勘。なんとなく、だ」
「何となく、って⋯⋯。まあ、どちらにせよ関わらないほうが良い類なことには変わりませんでしょうね。今は──」
救助を待とう、とアルゼスは言おうとした。
けれどその瞬間、熱を感じた。青い炎が丸ごと都市庁舎を飲み込んだのだ。
ミナたちは都市庁舎から飛び降り、離れる。
しかし、避難所に居た人たちの救護には向かえないことを理解した。
なぜならば、目の前には避難所を焼き討ちした能力者、及び──
「角⋯⋯」
「初めまして、ニンゲンさん。私は『支配の騎士』、ノイと申します。以後お見知りおきを」
──明らかに格上であると理解できる魔族が立っていた。
「⋯⋯⋯⋯」
「そんなに警戒せずとも、よろしいですよ。私はあなたたちを殺したいわけではありませんから」
黒シャツ、赤髪の女型の魔族。名はノイ。彼女の声は酷く誘惑的であり、気を張らないと意識が持っていかれそうな気がした。
おそらく、精神支配系の魔力を持つのだろう。
「殺したいわけではない? ⋯⋯避難所の人たちを焼き殺しておきながら──」
ミナは静かに怒りつつ、ノイの発言の矛盾を指摘する。
「⋯⋯? あれは通信設備を燃やしただけですよ。避難所の人たちは、ほら。居るではありませんか」
ぞろぞろと、避難所に居た人たちが焼けた都市庁舎から逃げてきた。
しかし様子がおかしい。顔には恐怖、痛みに悶え苦しんでいる表情が張り付いているというのに、足並みには一切の震えがない。
それどころか、彼らは走りさえしていた。骨が折れてあらぬ方向に曲がってしまった人も、まるで糸で操られているように動いている。勿論、激痛に顔を歪ませていた。気絶していないのがおかしいほどだ。
「⋯⋯あんた、何が目的だ?」
「目的⋯⋯ですか。⋯⋯私はニンゲンと仲良くなりたいのです。なので、和平を結びにきました」
「和平? これがかよ? ⋯⋯ふざけるな! あんたらがやってるのはただの虐──」
「──ばん」
ノイは手を銃に見立てて、人差し指の先をレオンの頭に向けた。そして一言、銃声を口に出す。
直後、レオンの頭は弾けた。隣りに居たアレン、ミナの肩に脳髄と鮮血がぶちまけられる。
彼の体は呆気なく後ろに倒れた。
「──は」
「いつの時代でも、私たち魔族を頭ごなしに否定するニンゲンさんは居るものですね。非常に邪魔です。和平の話し合いをスムーズに進めるため、犠牲になってもらいました。さて、残りの皆さんはどうです? 私と話し合いしてもらえますか?」
理解できない。全くもって、理解できない。何がしたいのだろうか。和平を望む者が行う所業としては、あまりにも非合理的だ。取り繕うにしても、もう少しやり方を選べたはずだ。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯困りましたね。返答はなし、ですか」
いや、どちらにせよ──やるべきことは最初から決まっている。
「──アレンさんたちは逃げて。ここは⋯⋯わたしが食い止める」
ミナはノイに一気に近付き、魔力を存分に纏わせた足で蹴りつけた。
ノイは片手で防御しつつ距離を取る。そして指先を向ける。ばん、と声を発する。
ミナは不可視のそれを躱し、爆裂を利用しノイの胴体に拳を叩き込む。ノイは魔力防御をしたが、そのノックバックに耐えられずに焼け落ちた都市庁舎跡に突っ込んだ。
(⋯⋯あの攻撃は魔力を弾丸みたいに撃つ魔術。魔力防御もかなりの出力。⋯⋯さっき戦ったあの骨の魔獣より格段に強い⋯⋯)
周囲に目をやる。
どうやらアレン、ヒナタ、そして護衛のアルゼスは逃げることができたようだ。
リエサとイーライは残っている。超能力者が相手にも居る。ミナ一人では生きて逃げることはできないと判断したのだ。
「リエサ、先生は超能力者を。わたしがあの魔族を相手にする」
「いや、俺が能力者を相手にする。星華、月宮があの魔族を相手してくれ。⋯⋯三分だ。三分、時間を稼いだら逃げるぞ、二人とも」
「わかりました」「⋯⋯はい」
ミナ、リエサ、イーライは構える。能力犯罪者たちは微動だにしない。その場から動こうともしない。
青い炎の超能力者──リエサと少し前に戦ったエイダンという男は、こんな状況下で一言も発しないような人物ではなかったはずだ。
「⋯⋯やっぱり⋯⋯」
「驚きましたよ。まさか超能力者が魔力操作できるとは」
ノイは復帰した。焼け跡はない。殴った跡もない。煤で汚れた様子も何もない。
ノイは、何もかもが元通りになっている。
「さて、と。交渉は決裂ですね。もう暴力で解決するしかありません。⋯⋯ですが、ふふ⋯⋯どうして、でしょうか⋯⋯」
ノイは不敵に口を歪ませる。ようやく、人としての皮を剥いだようだ。
「こんな状況だというのに、面白くなった、と感じるのです。不思議ですよね。私の望みは和平。魔族とニンゲンの共存である、というのに」
「⋯⋯⋯⋯っ!」
『仄明星々』──50%。魔力強化纏い、出力最大。
魔術起動、〈黄金の剣〉。
ミナは剣を逆手に、超音速にてノイに接近した。
速かった。スピードはノイたち特級魔族に及ぶ。
危険を感じた黄金の剣を警戒し、ノイは後ずさる。だが、足が動かない。氷のようなものに囚われている。
「──ッ!」
ノイの額に黄金の剣がぶっ刺される。同時、黄金の剣は込められた魔力に耐えられず破壊した。
「駄目じゃないですか。そんなに魔力を込めちゃ」
頭から血を流しながら、首が半分ほど引き千切られそうになりながら、ノイは魔力弾を放とうとした。
が、リエサの結晶弾がノイの体を吹き飛ばす。ダメージこそないが、厄介だ。的確にミナのサポートをしている。
体を魔力で修復することはない。そうするまでもなく、ノイの体は即座に元に戻った。
「⋯⋯精神汚染系の魔術じゃない⋯⋯?」
「ふふふ⋯⋯さあ、どうでしょうね? 情報の開示などしませんよ」
ミナはノイとの戦闘に思考のリソースをかなり割いている。
自ずと、サポートに徹しているリエサがノイの魔術を解析しなければいけない。
だが、避難民たちが超能力などを使いリエサを襲った。
「やめてくれ! オレじゃない!」「体が勝手に⋯⋯!」「逃げて!」
「⋯⋯⋯⋯!」
リエサは容赦無く人質を凍結させた。死にはしない程度には手加減しているが、凍傷は避けられない。あまり長引くと、体の部位が壊死してしまうかもしれない。
「やっぱりあの魔族の魔術は洗脳系⋯⋯。じゃあ、あの回復能力は──」
その時、リエサは凍らせた人質の中にある死体を見た。
それは、頭を何かに貫かれ、首が引き千切られた死体だった。
そして、リエサは一つの答えを導き出した。
「ミナ! そいつ⋯⋯は⋯⋯」
「リエサ、分かったの!?」
「⋯⋯そいつを早く殺さなくちゃ、人質が全員死ぬ! だから全力で死ぬまで殺さないといけないっ!」
特級魔族、ノイ。彼女の固有魔力は対象の肉体を支配する。
肉体支配の条件は様々だが、条件が厳しいほど強力な支配が可能。例えば『目を合わせる』は強い意志があれば反抗可能だが、『意思を挫く』だと死ぬまでマリオネットのままだ。
この魔力により支配可能な人数に制限はなく、一度でも支配した相手の操作には追加の魔力消費がない。
そして何より強力な効力は──、
(⋯⋯支配した相手に、自らの死を押し付けることで、自分は死ななかったことにする能力。どれだけ楽観的に見ても、ここにいる人質は全員死ぬ。最悪の場合、国家規模での死者が⋯⋯)
その能力を運用するために、ノイは自らに『肉体強度を一般人程度まで下げる』という縛りを課している。が、彼女はこれを特級魔族の魔力量、出力によりカバーしていた。
(⋯⋯いや、それだとそもそも実質的に殺害はできない。殺さないように無力化するか⋯⋯死を押し付ける能力の発動条件を探らないといけない)
氷漬けにされた人質たちは、ミナがノイを殺す度に死んでいく。幸いにもミナはこれに気がついていない。だからリエサはこの絡繰を彼女に伝えなかった。
もし伝えてしまったら、ミナはきっとノイを殺せなくなるだろうから。
(⋯⋯少なくとも死の押し付け相手はランダムじゃなさそうね。魔族に近い対象から死んでる。⋯⋯距離制限があるかもしれない。希望的観測だけれども⋯⋯)
ここにいる人質たちは全員死ぬ。そうしないとノイは殺せないことが確定している。
リエサには冷酷な判断を下す必要性があり、できる方法があった。
彼女はその選択肢から目を逸らしたかった。
──だが、ミナにはできないことを、リエサはしなくてはならなかった。
(⋯⋯ごめんなさい)
リエサは、人質たちを完全に凍結させた。
そして瞬間──ノイは、リエサを狙って魔力弾を放った。
「リエサっ!」
「⋯⋯。⋯⋯⋯⋯ぁ」
リエサはこれを予期していた。命のストックが削られる可能性を危惧していないわけがなかった。
でも、あまりにも、実力差があり過ぎた。どれだけ警戒していても、魔力のないリエサには──特級魔族の魔術を避けることは、できなかった。
──リエサの左胸に風穴に空いていた。
「⋯⋯ミナ⋯⋯きか⋯⋯はや⋯⋯げて⋯⋯」
リエサの意識が途絶える。
「⋯⋯驚きました。結構早く、私の魔力を理解したことは勿論⋯⋯それ以上に、その判断ができるとは」
「⋯⋯お前⋯⋯っ」
ミナのその言葉は、無意識でたものだ。
今まで以上にない殺意を覚えた。誰かを守るためじゃない。何としてでも殺さなくてはならない、そう思った。
「おや? 御友人の心臓が潰されてお怒りですか? ですがあのニンゲンは、人質を殺そうとしたのですよ?」
「⋯⋯⋯⋯は」
何を言っているのだ、この化物は。リエサがそんなことするわけがない。嘘だ。
「非情ですね。残酷ですよ。⋯⋯でも仕方ないのです。私は支配した対象に、死を押し付けることができるのですから。⋯⋯つまり、あなたはもう六人ものニンゲンを、殺めてしまっているのですよ」
「⋯⋯⋯⋯。────」
ミナの体からは力が抜けていた。
頭が真っ白になっていた。何も考えられなかった。理解に時間が必要だった。
「⋯⋯あははははは。あはははははっ! 面白いですね! 私の魔術を知ったニンゲンはいつもそうです! 自分が殺したのに! その事実を受け止められないっ! 自分の罪に向き合おうとしないッ! その点、あの銀髪のニンゲンは素晴らしかった。その罪を承知で、最善を成そうとしたのですから! あなたに真実を伝えず、自分一人だけで背負おうとしたのですから! なんと美しい友情でしょう!」
ミナは頭を抱えた。両膝をついた。視界がは不鮮明となる。目が熱くなる。でも心は酷く冷たく、蝕まれる。
罪悪感。恐怖。否定を、怨念を、絶望を精神に叩き込まれる。
そして遅れて──ミナの心は壊れてしまった。
「ああ。ああああああああ⋯⋯!」
殺した。わたしが。殺してしまった。わたしが。六人の無実の人を、殺した。
なぜ。なぜ殺した。なぜ。どうして。どうして殺した。どうして。
なんで。分からない。知らない。知らなかった。でも許されない。許されちゃいけない。駄目だ。わたしがやった。やったから、誰もわたしを許さない。わたし自身がなにより許せない。
死ななくちゃ。死んで償わなくちゃいけない。わたしなんて死んだほうがマシだ。
もう、生きていけない。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい──。
ノイはゆっくりと歩き、呻くミナに近づいた。そして指先を彼女の頭に突きつける。
「さあ、罪を償いましょう。あなたのその命を散らせば⋯⋯一人分の恨み辛みくらいは晴らされるでしょう」
──血飛沫が舞った。
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