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第72話 死の騎士
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リンの心核結界のクールタイムを終えるまで、ホタルは防戦に徹していれば良い。
だから、必然的にサエ、ラウたちから仕掛けなければいけなかった。
「っ!」
特級魔族、四騎士が一人、サエ。
彼の固有魔力は、生命、非生命問わず、死を与える。
彼が魔術を起動した時、対象物には黒い線のようなものが現れる。これに沿って斬ることで、対象の強度を無視し、死を与えることができる魔術である。
イア・スカーレットには実力差があり過ぎて、本体にはこの魔術がまともには機能しなかったが、ホタル、リンには問題なく通用する。
サエは刀を振るう。ホタルは防戦に徹し、その剣戟を裁く。
パワーやスピードではホタルが勝っているが、剣術においてサエは上回っている。
技術でホタルを凌ぎつつ、的確に攻める。
ラウがホタルを狙うが、リンが彼の剣を叩き斬る。
「────」
ホタルの木刀を大きく弾き、サエは刀を突き刺す。しかし刺したのは茨。即座に蹴りが飛んでくる。
サエはこれを片手で受け止めたが、衝撃を消し切ることはできなかった。
数メートル吹き飛ぶ。
だが後隙にラウが直接攻撃を仕掛けてきた。リンの斬撃は防がれた。
「──硬」
ホタルは背中に硬質の木板を鎧のように纏わせ、ラウの攻撃を弾いた。
「引き裂いたげる!」
リンは高出力の斬撃を飛ばす。ラウは防御ではなく回避を選択。距離を取りつつ、再度剣を装填する。
(⋯⋯おそらく、この茨の魔術師は心核結界を使うことができるだろう⋯⋯。どれほどの実力か分からない今、下手に魔力回路が麻痺することは避けなくてはならぬが⋯⋯しかし⋯⋯)
ラウは未熟でできないが、サエは心核結界を展開することができる。
だが、ホタルのそのフィジカル──つまり魔力出力は特級魔族であるはずの二人を超えている。
もし結界術の押し合いに負けた場合、サエは一気に不利となるだろう。
かと言って、普通に攻めるのには時間が足りない。いつ、リンが再度心核結界を展開するのか、サエたちには分からなかった。
焦燥がじわじわと湧いてくる。
「⋯⋯仕方あるまい」
心核結界の展開はリスクが大きすぎる。だが、リスクを冒さねば敗北の確率は一気に上がる。
ならば、やらねばならない。
しかし心核結界ではない。それに比類する大魔術。回路術式的に言えばⅤ相当の奥義。
サエは刀を空振りした。彼の視界、そこには黒い線があった。空中に、それがあったのだ。
遅れて、変化が訪れる。
(音が⋯⋯いや、息が、できないっ!?)
そこには空気が存在する。サエの魔術は、あらゆるものを殺すことができる。
単純な話だ。空気を殺せば、そこは真空となる。普通ならば直ちに空気が流れ込んでくるが、サエはその状態を短時間ながら持続させることができる。
問題は、これは自分や味方も巻き込む技であるということ。
「⋯⋯!」
サエは即座に勝負を決めるべく、動いた。
真空の範囲は狭い。逃げようと思えば簡単に逃げられる。だから、サエはホタルをその空間に押し留める。
ラウはリンを相手にし、逃走を阻止する。このまま窒息死させるのが狙いである。
(魔族と人間。いかに魔力に優れていようと、基礎的な身体機能の差は出てくる⋯⋯確実に、魔族の方が真空空間内おいての生存時間は長いだろう!)
心核結界ではない。だから押し合いはありえない。このまま窒息死させる。それしか勝つ方法はない。
──だが、一つ、サエは判断を間違えた。
確かに心核結界と言えど、同じ結界術ではない発動済みの魔術を塗り潰す力は持たない。
しかし、相性次第では実質無効化されることが有り得る。
「────。──────」
声は聞こえない。だがそれは詠唱として成り立っている。
ホタルを中心に、夜の草原が顕現した。
だがそれは結界によって隔たれていない。現実世界を、心象世界が侵食、上書きする。
それは正しく、空に絵を描くが如く神業の一つだった。
「⋯⋯わたしの心核結界は自然環境そのものを具現化する。草原に、植物がありふれる自然に、空気がないなんてことはありえない」
ホタルの心核結界は、空気さえ具現化する。真空領域に、空気を顕現させることで、サエの魔術を無効化させた。
「⋯⋯こうなったら、ここで一気に仕留める。西園寺さん、ついてこれる?」
「勿論、です!」
刹那、二人は走り出す。瞬間、二体は構える。
ここから先は、ギアが一段階引き上がる。
「⋯⋯⋯⋯!」
ラウの剣の掃射。リンの魔術の発動。斬撃が空中で衝突し、相殺。
ホタルの茨の質量攻撃。茨には酸性の液が滲んでいる。濁流かのようにサエ、ラウを襲った。
(魔力出力が⋯⋯並外れた⋯⋯!?)
ただでさえ高いホタルの魔力出力は、結界内において増幅されている。
サエは刀で受け止めるが、それが茨ではなく岩盤のように感じられた。
黒い線は極めて細く、小さく、少ない。破壊は困難だ。
茨に飲まれ、全身がミキサーにでも突っ込まれたみたいにズタズタに引き裂かれる。
だが原型は留めている。なんとか茨の黒い線を切り刻み、脱出する。
「──〈穿ち引き裂く死の茨〉」
先程の大質量の茨は、通常技でしかない。詠唱ありきのこの魔術は、更に質量攻撃に特化し、新たな追加効果を得る。
──心核結界内の様子が変貌する。地面の草は茨となる。つまり、目の届く範囲すべてが魔術適応範囲。
「──イカレ⋯⋯」
茨が下から突き上げる。哀れな犠牲者は体を串刺しにされた。それだけでは済まない。無数の茨が追撃として対象を引き裂きに掛かる。
ラウはこれを捌ききれず、原型を失う。核を破壊され、確実に殺された。
しかしサエはこれを回避、弾き、致命傷で済ませる。
数秒後、顕現した茨は消失した。
「⋯⋯⋯⋯っ」
ホタルは膝を付く。魔術の反動が来た。彼女は無理をしている。
心核結界の展開直後に魔術を使ったこと。特級魔族を殺すべく、無理矢理、肉体強度に見合わない出力まで引き上げたことによる反動だ。
戦闘の継続は可能。一時的な反動。しかし、確実に致命的な隙。
⋯⋯これが一対一の戦闘ならば、負けていたのはホタルだった。
「⋯⋯ちぃ!」
刀によるホタルの斬首を防いだのはリンだ。本来、リンの反射神経ではサエの動きを捉えられない。
だが、今までにないほどの格上相手をし、リンはある種の集中状態に入っていた。
(ホタルさんの魔術は、私の何倍も洗練されていた。圧倒された。高みだった)
リンは目を細めている。口は少しだけ開いている。無意識。戦闘に一切関係ない思考のみが頭の中を渦巻いているが、体は最適の動きを選択していた。
(同じ一級とは思えない。⋯⋯だから、先を見ることができた。インスピレーションを得ることができた。この人みたいに、もっと⋯⋯もっと、上を⋯⋯)
西園寺琳は魔術師として歴代トップクラスの才能を持つ。それは結界術に優れているが故の評価ではない。
彼女は、魔術の全てにおいて天才的である。
高みを見せつけられたリンは、参考を見つけた彼女は、今この瞬間にも成長する。術師の成長曲線は直線的ではない。
停滞していたそれが、指数関数的に伸びる。
「⋯⋯回路、復旧完了。術式、起動。──心核結界」
リンが唱いた言葉は、全くの予想外だった。
(何⋯⋯味方同士で⋯⋯心核結界の押し合いでもするつもりか⋯⋯!?)
「────〈葬審祈拝殿〉」
──ホタルの心核結界を見たことで、リンはこれを感覚として理解した。だから、できると思ったのだ。
通常、二つ以上の心核結界が展開されると、それは自動的に押し合いとなる。
だがここに例外がある。そのどちらも結界による空間の分断を行わない心核結界の展開であれば、押し合いは自動的に発生することはない。
「⋯⋯!」
判断が遅れていれば。間違えていれば。魔力出力が低下していれば。
今この瞬間にもサエは木端微塵になるまで切り刻まれていただろう。極限の集中下にあるリンの心核結界はそれだけの威力を誇っていた。
しかし、状況は依然として最悪。ホタルとリンは心核結界の展開による魔力、身体能力が向上している。術の練度もそれに伴い格段に上昇している。
単純な戦闘能力であれば、ホタルはサエを僅かに上回り、リンは追いつきつつあるだろう。
ほぼ互角の相手を二人相手にし、環境は真っ向からの向かい風。
勝算は最早ない。──唯一、残していた手札を除いて。
「──心核結界」
サエは刀を逆手に持ち、地面に突き刺す。
「──させない」「──ッ!」
ホタルの茨がサエを掴み潰す。リンの斬撃が茨ごと魔族を切り刻む。防御魔術は潰されているから、木端微塵に切り刻むことができた。
⋯⋯が、遅い。
──〈瘴気満ちる死の大地〉
サエは心核結界を展開した。したが、押し合いは発生していない。
「⋯⋯な⋯⋯どういう⋯⋯」
「二人分の⋯⋯心核結界を⋯⋯相手に、押し合いを挑むほど⋯⋯儂が馬鹿に見えたかの?」
ホタルだけでさえ、心核結界の勝負は避けた。
だから、サエは勝負をしなかった。しないように、心核結界を展開した。
「⋯⋯自らの体内に心核結界を展開した⋯⋯いや、その体そのものを心核結界と同質のものにした⋯⋯!?」
それは極限まで範囲を絞った心核結界。それは究極の防御力を誇る心核結界。
押し合いはない。世界を侵食することも、創ることもない。ただ、自分という世界を護る。
肉体を魔力にて構成する魔族にのみ許された荒業だ。
「⋯⋯この年になって⋯⋯まだ若人みたく成長する⋯⋯とはな⋯⋯儂も⋯⋯まだまだ上に⋯⋯いけるようだ⋯⋯」
土壇場で、四騎士、サエは魔族として一段階進化した。
──今の彼の魔力出力は、大魔族にも匹敵する。
「──西園寺さん逃げ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯っ!?」
気がついた時には、リンは腹を突き刺されていた。
壊れちゃ駄目なところが壊された。体に力が入らない。
「⋯⋯魔力防御⋯⋯か。中々よく動く⋯⋯。だが⋯⋯動けんだろう⋯⋯?」
リンの心核結界が解除される。
背後からの茨の薙ぎ払いを、サエは見ずに避けた。
「一対一だ⋯⋯これで⋯⋯」
茨がいくつもサエを突き刺すべく伸びる。サエはそれらを刀で薙ぎ倒し、切り落し、ホタルに接近する。
ホタルは斬撃を躱し、蹴りのカウンターを叩き込む。だが微動だにしない。あまりにも、硬い。
足を捕まれ、投げ飛ばされる。木々を生やし、受け身を取るが、
「心核結界を⋯⋯解除したな⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
ホタルにはそれで限界が訪れていた。
「⋯⋯天晴だ。お前たちのような、人間が居たこと⋯⋯よく覚えておこう⋯⋯。血肉として、食らうことはせぬ。武人として⋯⋯その命、頂戴する」
サエは右手に持つその刀を、ホタルの首に振り下ろす──。
──。────。──────が、サエの右腕が刀ごと消滅した。
「⋯⋯退け。魔族風情が、この子に触るな」
サエはホタルから距離を取った。
その変異を理由に。その魔圧を理由に。その殺気を理由に。
「⋯⋯何⋯⋯!? ⋯⋯お前⋯⋯何者だ⋯⋯?」
声は同じ。しかし姿は違う。髪は黒く、目は赤く。顔のパーツも配置も一緒だが、何より雰囲気がまるで別人となっている。
「君にそれを教えて、この私に何かメリットでもあるのか? ないね。全く。ないさ。⋯⋯この子を殺そうとした。だから、私は君を殺す。この騒動を起こした奴ら連中、皆殺しだ」
感じる魔力は変わらない。つまり魔力量は変わらないし出力も変わらない。スペックはホタルのまま。
しかし、練度が、扱うものが別格。
ホタルの潜在能力を100%、彼女は引き出している。
その時、サエの肉体に亀裂が生じた。
「⋯⋯鬱陶しい。腐っても大魔族相当か」
(何が起きた⋯⋯何をされた⋯⋯? ⋯⋯いや⋯⋯そうか⋯⋯)
見られた。存在した、彼女の前に。
それが魔術でないことを肌で理解した。
「⋯⋯魔法⋯⋯『魔法使い』⋯⋯か⋯⋯!?」
サエがそれを口にした瞬間、『ホタル』は口元を歪ませた。
「物知りだな。数百年は生きている魔族と見た。まあだから何だって話でもあるが」
『ホタル』は茨を展開する。ホタルとはまるで違う。ドス黒い茨だった。
気がついた時にはサエは両手がもぎ取られていた。しかしそれは茨によるものではない。
「魔族といえど、両手は惜しいだろう。何せ君たちの再生能力も無限ではない。腕を生やすよりくっつけたほうが何倍も魔力消費は軽減できるものだ」
茨は遅れてサエを貫き、ビルに叩き込んだ。
そして目の前に『ホタル』が現れる。転移でもしてきたみたいだが、純粋なスピードだ。
サエは茨に触れてそれを殺す。『ホタル』に対して、生やした両手の拳でラッシュする。残像ができるほどの速度で叩き込むが、『ホタル』は片手で捌く。
『ホタル』はサエに裏拳を叩き込む。サエはビルの外に突き出された。ガードに使った片腕が消滅している。
「⋯⋯⋯⋯!」
『ホタル』は既に後ろに回っている。
サエは気がついた時には地面に仰向けになって転がっていた。
動けない。展開した心核結界が解除されている。リソースはまだあったが、『ホタル』によって消されたのだ。
『ホタル』はサエの頭を踏みつける。直感する。このままサエは核ごと消し殺される、と。
「仲間は?」
「ふん⋯⋯知らんな──」
「そうか。私を苛つかせることが得意だな、君は」
直後、サエは存在を消された。その余波で半径二百メートルが更地となった。
「⋯⋯ああ、私の大切なハル。もう大丈夫。私が⋯⋯全部、終わらせるから」
『ホタル』はホタルに戻ることはなかった。
──21:30。災厄の権化たる『魔法使い』が一人、現世へと解き放たれる。
だから、必然的にサエ、ラウたちから仕掛けなければいけなかった。
「っ!」
特級魔族、四騎士が一人、サエ。
彼の固有魔力は、生命、非生命問わず、死を与える。
彼が魔術を起動した時、対象物には黒い線のようなものが現れる。これに沿って斬ることで、対象の強度を無視し、死を与えることができる魔術である。
イア・スカーレットには実力差があり過ぎて、本体にはこの魔術がまともには機能しなかったが、ホタル、リンには問題なく通用する。
サエは刀を振るう。ホタルは防戦に徹し、その剣戟を裁く。
パワーやスピードではホタルが勝っているが、剣術においてサエは上回っている。
技術でホタルを凌ぎつつ、的確に攻める。
ラウがホタルを狙うが、リンが彼の剣を叩き斬る。
「────」
ホタルの木刀を大きく弾き、サエは刀を突き刺す。しかし刺したのは茨。即座に蹴りが飛んでくる。
サエはこれを片手で受け止めたが、衝撃を消し切ることはできなかった。
数メートル吹き飛ぶ。
だが後隙にラウが直接攻撃を仕掛けてきた。リンの斬撃は防がれた。
「──硬」
ホタルは背中に硬質の木板を鎧のように纏わせ、ラウの攻撃を弾いた。
「引き裂いたげる!」
リンは高出力の斬撃を飛ばす。ラウは防御ではなく回避を選択。距離を取りつつ、再度剣を装填する。
(⋯⋯おそらく、この茨の魔術師は心核結界を使うことができるだろう⋯⋯。どれほどの実力か分からない今、下手に魔力回路が麻痺することは避けなくてはならぬが⋯⋯しかし⋯⋯)
ラウは未熟でできないが、サエは心核結界を展開することができる。
だが、ホタルのそのフィジカル──つまり魔力出力は特級魔族であるはずの二人を超えている。
もし結界術の押し合いに負けた場合、サエは一気に不利となるだろう。
かと言って、普通に攻めるのには時間が足りない。いつ、リンが再度心核結界を展開するのか、サエたちには分からなかった。
焦燥がじわじわと湧いてくる。
「⋯⋯仕方あるまい」
心核結界の展開はリスクが大きすぎる。だが、リスクを冒さねば敗北の確率は一気に上がる。
ならば、やらねばならない。
しかし心核結界ではない。それに比類する大魔術。回路術式的に言えばⅤ相当の奥義。
サエは刀を空振りした。彼の視界、そこには黒い線があった。空中に、それがあったのだ。
遅れて、変化が訪れる。
(音が⋯⋯いや、息が、できないっ!?)
そこには空気が存在する。サエの魔術は、あらゆるものを殺すことができる。
単純な話だ。空気を殺せば、そこは真空となる。普通ならば直ちに空気が流れ込んでくるが、サエはその状態を短時間ながら持続させることができる。
問題は、これは自分や味方も巻き込む技であるということ。
「⋯⋯!」
サエは即座に勝負を決めるべく、動いた。
真空の範囲は狭い。逃げようと思えば簡単に逃げられる。だから、サエはホタルをその空間に押し留める。
ラウはリンを相手にし、逃走を阻止する。このまま窒息死させるのが狙いである。
(魔族と人間。いかに魔力に優れていようと、基礎的な身体機能の差は出てくる⋯⋯確実に、魔族の方が真空空間内おいての生存時間は長いだろう!)
心核結界ではない。だから押し合いはありえない。このまま窒息死させる。それしか勝つ方法はない。
──だが、一つ、サエは判断を間違えた。
確かに心核結界と言えど、同じ結界術ではない発動済みの魔術を塗り潰す力は持たない。
しかし、相性次第では実質無効化されることが有り得る。
「────。──────」
声は聞こえない。だがそれは詠唱として成り立っている。
ホタルを中心に、夜の草原が顕現した。
だがそれは結界によって隔たれていない。現実世界を、心象世界が侵食、上書きする。
それは正しく、空に絵を描くが如く神業の一つだった。
「⋯⋯わたしの心核結界は自然環境そのものを具現化する。草原に、植物がありふれる自然に、空気がないなんてことはありえない」
ホタルの心核結界は、空気さえ具現化する。真空領域に、空気を顕現させることで、サエの魔術を無効化させた。
「⋯⋯こうなったら、ここで一気に仕留める。西園寺さん、ついてこれる?」
「勿論、です!」
刹那、二人は走り出す。瞬間、二体は構える。
ここから先は、ギアが一段階引き上がる。
「⋯⋯⋯⋯!」
ラウの剣の掃射。リンの魔術の発動。斬撃が空中で衝突し、相殺。
ホタルの茨の質量攻撃。茨には酸性の液が滲んでいる。濁流かのようにサエ、ラウを襲った。
(魔力出力が⋯⋯並外れた⋯⋯!?)
ただでさえ高いホタルの魔力出力は、結界内において増幅されている。
サエは刀で受け止めるが、それが茨ではなく岩盤のように感じられた。
黒い線は極めて細く、小さく、少ない。破壊は困難だ。
茨に飲まれ、全身がミキサーにでも突っ込まれたみたいにズタズタに引き裂かれる。
だが原型は留めている。なんとか茨の黒い線を切り刻み、脱出する。
「──〈穿ち引き裂く死の茨〉」
先程の大質量の茨は、通常技でしかない。詠唱ありきのこの魔術は、更に質量攻撃に特化し、新たな追加効果を得る。
──心核結界内の様子が変貌する。地面の草は茨となる。つまり、目の届く範囲すべてが魔術適応範囲。
「──イカレ⋯⋯」
茨が下から突き上げる。哀れな犠牲者は体を串刺しにされた。それだけでは済まない。無数の茨が追撃として対象を引き裂きに掛かる。
ラウはこれを捌ききれず、原型を失う。核を破壊され、確実に殺された。
しかしサエはこれを回避、弾き、致命傷で済ませる。
数秒後、顕現した茨は消失した。
「⋯⋯⋯⋯っ」
ホタルは膝を付く。魔術の反動が来た。彼女は無理をしている。
心核結界の展開直後に魔術を使ったこと。特級魔族を殺すべく、無理矢理、肉体強度に見合わない出力まで引き上げたことによる反動だ。
戦闘の継続は可能。一時的な反動。しかし、確実に致命的な隙。
⋯⋯これが一対一の戦闘ならば、負けていたのはホタルだった。
「⋯⋯ちぃ!」
刀によるホタルの斬首を防いだのはリンだ。本来、リンの反射神経ではサエの動きを捉えられない。
だが、今までにないほどの格上相手をし、リンはある種の集中状態に入っていた。
(ホタルさんの魔術は、私の何倍も洗練されていた。圧倒された。高みだった)
リンは目を細めている。口は少しだけ開いている。無意識。戦闘に一切関係ない思考のみが頭の中を渦巻いているが、体は最適の動きを選択していた。
(同じ一級とは思えない。⋯⋯だから、先を見ることができた。インスピレーションを得ることができた。この人みたいに、もっと⋯⋯もっと、上を⋯⋯)
西園寺琳は魔術師として歴代トップクラスの才能を持つ。それは結界術に優れているが故の評価ではない。
彼女は、魔術の全てにおいて天才的である。
高みを見せつけられたリンは、参考を見つけた彼女は、今この瞬間にも成長する。術師の成長曲線は直線的ではない。
停滞していたそれが、指数関数的に伸びる。
「⋯⋯回路、復旧完了。術式、起動。──心核結界」
リンが唱いた言葉は、全くの予想外だった。
(何⋯⋯味方同士で⋯⋯心核結界の押し合いでもするつもりか⋯⋯!?)
「────〈葬審祈拝殿〉」
──ホタルの心核結界を見たことで、リンはこれを感覚として理解した。だから、できると思ったのだ。
通常、二つ以上の心核結界が展開されると、それは自動的に押し合いとなる。
だがここに例外がある。そのどちらも結界による空間の分断を行わない心核結界の展開であれば、押し合いは自動的に発生することはない。
「⋯⋯!」
判断が遅れていれば。間違えていれば。魔力出力が低下していれば。
今この瞬間にもサエは木端微塵になるまで切り刻まれていただろう。極限の集中下にあるリンの心核結界はそれだけの威力を誇っていた。
しかし、状況は依然として最悪。ホタルとリンは心核結界の展開による魔力、身体能力が向上している。術の練度もそれに伴い格段に上昇している。
単純な戦闘能力であれば、ホタルはサエを僅かに上回り、リンは追いつきつつあるだろう。
ほぼ互角の相手を二人相手にし、環境は真っ向からの向かい風。
勝算は最早ない。──唯一、残していた手札を除いて。
「──心核結界」
サエは刀を逆手に持ち、地面に突き刺す。
「──させない」「──ッ!」
ホタルの茨がサエを掴み潰す。リンの斬撃が茨ごと魔族を切り刻む。防御魔術は潰されているから、木端微塵に切り刻むことができた。
⋯⋯が、遅い。
──〈瘴気満ちる死の大地〉
サエは心核結界を展開した。したが、押し合いは発生していない。
「⋯⋯な⋯⋯どういう⋯⋯」
「二人分の⋯⋯心核結界を⋯⋯相手に、押し合いを挑むほど⋯⋯儂が馬鹿に見えたかの?」
ホタルだけでさえ、心核結界の勝負は避けた。
だから、サエは勝負をしなかった。しないように、心核結界を展開した。
「⋯⋯自らの体内に心核結界を展開した⋯⋯いや、その体そのものを心核結界と同質のものにした⋯⋯!?」
それは極限まで範囲を絞った心核結界。それは究極の防御力を誇る心核結界。
押し合いはない。世界を侵食することも、創ることもない。ただ、自分という世界を護る。
肉体を魔力にて構成する魔族にのみ許された荒業だ。
「⋯⋯この年になって⋯⋯まだ若人みたく成長する⋯⋯とはな⋯⋯儂も⋯⋯まだまだ上に⋯⋯いけるようだ⋯⋯」
土壇場で、四騎士、サエは魔族として一段階進化した。
──今の彼の魔力出力は、大魔族にも匹敵する。
「──西園寺さん逃げ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯っ!?」
気がついた時には、リンは腹を突き刺されていた。
壊れちゃ駄目なところが壊された。体に力が入らない。
「⋯⋯魔力防御⋯⋯か。中々よく動く⋯⋯。だが⋯⋯動けんだろう⋯⋯?」
リンの心核結界が解除される。
背後からの茨の薙ぎ払いを、サエは見ずに避けた。
「一対一だ⋯⋯これで⋯⋯」
茨がいくつもサエを突き刺すべく伸びる。サエはそれらを刀で薙ぎ倒し、切り落し、ホタルに接近する。
ホタルは斬撃を躱し、蹴りのカウンターを叩き込む。だが微動だにしない。あまりにも、硬い。
足を捕まれ、投げ飛ばされる。木々を生やし、受け身を取るが、
「心核結界を⋯⋯解除したな⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
ホタルにはそれで限界が訪れていた。
「⋯⋯天晴だ。お前たちのような、人間が居たこと⋯⋯よく覚えておこう⋯⋯。血肉として、食らうことはせぬ。武人として⋯⋯その命、頂戴する」
サエは右手に持つその刀を、ホタルの首に振り下ろす──。
──。────。──────が、サエの右腕が刀ごと消滅した。
「⋯⋯退け。魔族風情が、この子に触るな」
サエはホタルから距離を取った。
その変異を理由に。その魔圧を理由に。その殺気を理由に。
「⋯⋯何⋯⋯!? ⋯⋯お前⋯⋯何者だ⋯⋯?」
声は同じ。しかし姿は違う。髪は黒く、目は赤く。顔のパーツも配置も一緒だが、何より雰囲気がまるで別人となっている。
「君にそれを教えて、この私に何かメリットでもあるのか? ないね。全く。ないさ。⋯⋯この子を殺そうとした。だから、私は君を殺す。この騒動を起こした奴ら連中、皆殺しだ」
感じる魔力は変わらない。つまり魔力量は変わらないし出力も変わらない。スペックはホタルのまま。
しかし、練度が、扱うものが別格。
ホタルの潜在能力を100%、彼女は引き出している。
その時、サエの肉体に亀裂が生じた。
「⋯⋯鬱陶しい。腐っても大魔族相当か」
(何が起きた⋯⋯何をされた⋯⋯? ⋯⋯いや⋯⋯そうか⋯⋯)
見られた。存在した、彼女の前に。
それが魔術でないことを肌で理解した。
「⋯⋯魔法⋯⋯『魔法使い』⋯⋯か⋯⋯!?」
サエがそれを口にした瞬間、『ホタル』は口元を歪ませた。
「物知りだな。数百年は生きている魔族と見た。まあだから何だって話でもあるが」
『ホタル』は茨を展開する。ホタルとはまるで違う。ドス黒い茨だった。
気がついた時にはサエは両手がもぎ取られていた。しかしそれは茨によるものではない。
「魔族といえど、両手は惜しいだろう。何せ君たちの再生能力も無限ではない。腕を生やすよりくっつけたほうが何倍も魔力消費は軽減できるものだ」
茨は遅れてサエを貫き、ビルに叩き込んだ。
そして目の前に『ホタル』が現れる。転移でもしてきたみたいだが、純粋なスピードだ。
サエは茨に触れてそれを殺す。『ホタル』に対して、生やした両手の拳でラッシュする。残像ができるほどの速度で叩き込むが、『ホタル』は片手で捌く。
『ホタル』はサエに裏拳を叩き込む。サエはビルの外に突き出された。ガードに使った片腕が消滅している。
「⋯⋯⋯⋯!」
『ホタル』は既に後ろに回っている。
サエは気がついた時には地面に仰向けになって転がっていた。
動けない。展開した心核結界が解除されている。リソースはまだあったが、『ホタル』によって消されたのだ。
『ホタル』はサエの頭を踏みつける。直感する。このままサエは核ごと消し殺される、と。
「仲間は?」
「ふん⋯⋯知らんな──」
「そうか。私を苛つかせることが得意だな、君は」
直後、サエは存在を消された。その余波で半径二百メートルが更地となった。
「⋯⋯ああ、私の大切なハル。もう大丈夫。私が⋯⋯全部、終わらせるから」
『ホタル』はホタルに戻ることはなかった。
──21:30。災厄の権化たる『魔法使い』が一人、現世へと解き放たれる。
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