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第71話 悪化
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21:20。ミース学園自治区内の某所にて。
リンたちは生存者の救助及び魔族の討伐を行っていた。
しかし結果は芳しくない。既に大量の死傷者が出ているのだろう。死体ばかり見つかり、魔族を殺し尽くすしかない。
先程、遠くのビルで花火のようなものが上がったかと思えば、しばらくしてビルが凍結することがあった。
それを見たリクは、「おそらくミナと月宮の仕業だ」と言っていた。
とにかく、それのおかげで魔族の数は大分減ったようだし、釣られた魔族の一部を発見し、討伐することもできた。
続いて、ミース学園の方でも気になることがあった。一瞬、何かが空へと上がり、直後に地面へと落ちたのだ。
それを調べるために、リンたちは現場に向かおうとした。
「⋯⋯連絡。GMCから⋯⋯?」
ホタルの連絡用魔道具に連絡があった。結界外にて周辺の安全維持を行っている術師兼連絡係だった。
『ホタルさん! 不味いことになりました!』
「どうしたの?」
『それが⋯⋯あの⋯⋯イア・スカーレットが⋯⋯封印されたそうです!』
「──なっ」
まず思い浮かんだ言葉は、ありえない、だ。しかし、連絡係曰く、その情報はアリストリア・グルーヴからの連絡らしい。
主従関係にある者同士は、互いの状況を把握することができることもある。
敵はイア・スカーレットの存在を知って尚このテロを実行に移した。
──ならば、ありえないこともありえるのではないか。
『GMCからは、至急、イア・スカーレットを救助せよ、と⋯⋯。場所は不明ですが⋯⋯』
「⋯⋯わかった。場所は、心当たりがある。GMCには増援を頼んで欲しい。⋯⋯嫌な予感しかしないの」
『わかりました、増援を要請しておきます』
通話を切り、リンたちにも何があったのかを伝える。やはり、信じられない、といった反応だった。当然である。
しかし、事実であるだろう。
「イア・スカーレットが封印されたということは、敵はより活発に動く可能性があるかも⋯⋯難しい判断だけど、二手に別れるのはどう?」
ホタルは現状が非常に危機的状況であることを理解している。イアを封印した相手に戦力を分散させるリスクは承知しているが、イアに充てられていた敵方の戦力が自治区内に流れるかもしれない。
もしそうなれば被害はより大きくなる。人手が足りない状態だ。
「⋯⋯そうね。私はホタルさんの提案に賛成。リスクは非常に大きい。けど、何より恐ろしいのは全員まとめて殺されること。魔族を殺すことができるのは私たち魔術師だけだもの」
「⋯⋯わかった。じゃあそうしよう。僕とエインズワースは引き続き生存者の救助と魔族の討伐を行う。多分、ホタルさんとリンのほうが僕たちよりそっちに向いてる」
「それでいいわ。私からもそう言おうとしていたし。⋯⋯無事、後で合流するわよ。ヨセフ、リク」
「勿論」「リン、ホタルさん、無事に会いましょう」
ホタルとリン、リクとヨセフの二手に別れ、彼らは自治区内を走り回る。
リクとヨセフは周辺を探索していたが、時間と共に魔族の数が減っているのを確認した。
救助活動もそうだ。死体すら見られなくなった。
「⋯⋯明らかにおかしい。まさか僕たち以外に魔族を討伐している奴がいるとは思えないし⋯⋯」
「そうですね⋯⋯。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯っ!?」
「⋯⋯ん? どうかした?」
ヨセフは突然、何かに驚き、不快感を示した。
「⋯⋯あの、これ⋯⋯」
ヨセフはコンビニエンスストアだったものの瓦礫の下に、とあるものを見つけた。
──それは黒い肉塊。人のシルエットに近いもの。それの表面は泡立っている。内側で何かが蠢いているようだ。
「なんだ⋯⋯これ⋯⋯人? じゃないよね?」
リクはそれを調べようと、手を近づけた。
そして次の瞬間、リクの手をまるで恋人繋ぎでもするように、黒い肉塊の内側から手が伸びた。
危機を感じたリクはただちに黒い肉塊を黄金化させた。
「⋯⋯これ。今のは⋯⋯」
明確な魔力を感じた。もし何もしなければ、おそらくあのままリクの手は握り潰されていただろう。
この肉塊はおそらく魔胎──魔族、魔獣として生まれる前の状態のこと──であるのだろう。
「魔族、魔物はあくまで自然発生的なもの⋯⋯でもこれじゃあまるで⋯⋯」
この肉塊は元は人間だろう。つまり、人間を寄生先とした一種の繁殖行為。予想が正しければ魔物として異例の増殖方法である。
「⋯⋯⋯⋯急ごう。僕の最悪の予想が正しければ⋯⋯」
今まで見てきた魔獣は、何者かによって投入された外部の存在だ。
しかし、もしも死体から生まれる魔獣の種が蒔かれているのなら──、
「⋯⋯魔獣がそこら中に生まれ落ちることになる」
魔胎の発する魔力はおかしなくらい小さかった。ヨセフが見つけられたのは偶然であった。
その魔力を感知するのは難しい。時間を掛けて探すしかないのだが、あまりにも非現実的だ。
時間が限られている今、方針を絞らないといけない。
「生存者の結界外への避難を最優先目標に備えないといけない。この際、魔獣の誕生を阻止することは無視しよう」
「そうですね。そうしましょう」
二人は大通りに出た。そのまま先程爆発が起こった場所。ミナたちと合流することにした。人手は多いほうが良いと判断してのことだ。
その時。
「────」
リクの胴体を、白い腕が穿いていた。それは引き抜かれると同時に心の臓を抜いた。
リクは振り返り、黄金の剣を射出する。しかし、そこに対象はいない。
敵は既に、リクの死角に居た。そして、
「空井さん──ッ!?」
影のようなものが覆ったかと思えば、彼の上半身が消し飛ぶ。残った足がコロリと転がった。
そこに立っていたのは、少女だった。しかし、明らかにそれは魔族だ。額にある一本の角が証明している。
それは口を動かしている。何かを──いや、彼を食ったのだ。
「いいねー。いいよー。いいさー。味わい深いなぁ。とても美味しい。優れた魔術師の魔力はさぁー!」
紫色の髪。白のブラウスに黒のショートパンツ。可憐な少女の見た目をしたその化物は、肌で実感できる。特級の魔族である、と。
「⋯⋯⋯⋯」
「さあて! キミはどんな味がするのー!?」
ヨセフに対して、魔族──四騎士の一体、レグは襲い掛かる。
あの捕食行為は攻撃手段としては微妙だ。レグはその腕を槍のように突き刺す。
ヨセフは無防備に立っていた。感じられる魔力も、リクより小さい。だから、彼は不意打ちを仕掛ける対象ではなかったのだ。
「────」
だが、予想に反してレグの攻撃は失敗に終わる。
レグの片足は影に囚われていたのだ。瞬間、ヨセフがレグに殴りかかってきた。
魔力強化が施された拳を避けられず、顔面にモロに食らう。続いて、蹴りが飛んでくる。
影から脱出し避けつつ、レグは一旦距離を取った。
違和感。魔力量はそれほど多くない。
しかし、
(⋯⋯あれ。結構痛い)
レグは鼻血を手で拭いつつ、ヨセフの魔力量を再確認する。やはり変化はない。魔力抑制をしている様子もなさそうだ。
(魔力量に対して出力が結構高いタイプなのかなぁ? 珍しいー!)
ヨセフから魔術の起こりを感じたレグは、そうはさせまいと接近し格闘。詠唱が必要となる魔術師の弱点は近接戦闘。故に格闘術を修めている魔術師は多いが、魔族という基礎的な身体能力から人間の上位互換の相手には基本的に不利だ。
いくら魔力出力が高いと言っても、それはあくまで二級魔術師としては。
レグに及ぶほどの身体強化を行うことはできない。
「っ!」
レグの蹴りのガードに使ったヨセフの腕は、ミシ、という鈍い音を立てた。
直後、激痛が走る。痛みに顔を顰めるが、動きが止まるようでは術師は務まらない。
無詠唱術式での一般攻撃魔術を行使する。だがレグに、出力の低下したそれはまるで通用しなかった。
二撃目の回し蹴りはヨセフの顔面にクリーンヒット。
そのままヨセフは背後の瓦礫に突っ込む。
「まあ中々、今の結構いいとこ入ったと思うんだけどぉー?」
レグは自身の近くに発生した黒い渦を躱しつつ、そう言った。
魔術を行使するも、魔力の起こりを認識されてから避けられている。反応速度、魔力感知能力が化物じみているのだ。
ヨセフは瓦礫から立ち上がる。
ボロボロだ。折れた鼻を無理矢理戻す。魔力で止血はするが、今にも意識が飛びそうだ。
「まさか生きているなんて。⋯⋯でも」
レグの捕食行為は、予備動作がわかりやすかった。対象者の目前に口の影がくっきりと現れるからだ。ある程度の術師なら、避けるのは容易い。
それをレグも理解している。だから捕食活動は、対象者が満身創痍であったり、不意打ちの時だけ行うのである。
「いただきまぁーすっ!」
影の口が閉じる。
──だが感触は何もなかった。
「⋯⋯あれ? ⋯⋯ああ。逃げたー?」
方法は分からないが、どうやらヨセフは逃亡したらしい。しかし魔力は覚えている。遠くには行っていないはずだ。魔力を感知すれば、問題なく追いつけるはずである。
「逃さないよぉー! だってキミはぁ、美味しそうなんだもの!」
レグはヨセフを捕食するために走り出した。
◆◆◆
21:20、ミース学園周辺、地下鉄内。
イア・スカーレットの封印に成功したタイミングで、四騎士は意識を取り戻していた。
「⋯⋯おお。本当にあの最強の魔術師を⋯⋯」
自身の魔術で死をなかったことにしたノイは平然と蘇り、ギーレの足元に転がっていた封印魔道具『六鏡』をまじまじと見ていた。
「封印、と言っても一時的なものだがね。だがその時間があれば学園都市は壊滅する。そうなれば、今度こそイア・スカーレットを殺すことができる⋯⋯さて」
ギーレは『六鏡』を手に取り、異空間に収納しようとした。しかし、その封印魔道具を持ち上げる事ができなかった。
それだけではない。触れた瞬間、クレーターができたのだ。まるでギーレを拒絶しているように、それの重量が増えたのである。
「⋯⋯ほう」
「どうしたのです?」
「おそらく『六鏡』がイア・スカーレットという情報量を解析するのに追いついていない。処理落ちしているんだろう。この重量感は彼女の抵抗⋯⋯。⋯⋯全く、本当に恐ろしいね、君ってやつは」
つまり、『六鏡』がイアの封印を完了させるまで、それを移動させることはできないということだ。
「悪いけど私は少し休ませてもらう。消耗したしね。君たちのうち二人はこの封印魔道具を守っておいてほしい。GMCにはこの封印を解く術があるだろうからね」
「ええぇー! アタシ人間たちを食べに行きたいー!」
「⋯⋯なら⋯⋯儂は、ここに、残ろう」
「僕も。動くの面倒だし」
「そう? でしたら私とレグが外に行って人間たちを皆殺しにしましょう。レグ、それじゃあ行きましょうか」
「うん! わかった!」
ノイとレグは地下鉄外へと出ていく。ギーレはどこかへ消えていった。サエ、ラウの二人だけが、地下鉄内に残った。
しばらくの間は何もなかった。だが、21:25。
「⋯⋯む」
「──『処刑人の名に於いて下す』。心核結界〈葬審祈拝殿〉」
突如として、サエ、ラウの二人を範囲内に収めた結界術が行使された。
黄金の光が満ちる無限に続く畳の間。術者、リンの背後には須弥壇が顕現している。
この心核結界に付与されている魔術は何か──それを把握するよりも先に、魔族たちは防御術式及び魔力防御を行った。
瞬時、無数の斬撃が降り注ぐ。防御魔術を貫通し、減衰した斬撃は、魔力防御を重ねても完全には防ぐことはできなかった。
「っ!」
肉体に斬撃が幾度も、幾つも刻まれる。
サエは刀で飛ぶ斬撃を弾くが間に合わない。そしてラウと同じく、斬撃に押し殺される。
(特級魔族⋯⋯心核結界を使うことができるかもしれないけど、そうはさせない! 詠唱もさせずに切り刻むッ!)
リンの心核結界〈葬審祈拝殿〉は、結界維持が不能になるダメージを受ける、あるいは維持のための魔力が枯渇するまで、制限時間という縛りはない。
そして無数の斬撃の嵐の中で、心核結界の発動ができるような人間、魔族はそうは居ない。
が、魔族たちは肉体を魔力にて修復しつつ、魔術を無詠唱にて起動した。
ラウは武器を創造し、射出した。心核結界を維持し、リソースを全て注ぎ込んでいるリンには対応は不可能。
だが、それを承知の上でリンはそうしている。なぜならば、
「──人、間がァッ!」
リンの前に出たホタルが、それら剣を全て茨によって叩き落とした。
流石のホタルであろうと特級魔族を二人相手にして攻勢に移るのは厳しい。だが、リンの心核結界内ならば、不可能なことではない。
「────ッ!」
サエが刀を構え、ホタルとの距離を一気に詰める。
ホタルは木刀を握り、刀を弾く。
背後、剣が生成される。ただしそれはホタルを狙ったものではない。木々の壁を生成し、リンを剣の雨から守った。
(⋯⋯厄介。この小娘を先に落とさねば、斬撃の嵐を止めることはできんな)
サエとラウは挟み撃ちをするようにホタルに一般攻撃魔術を仕掛ける。
ホタルは全面に防御魔術を展開し、防ぐ。
サエは刀を障壁に振り下ろした。本来、彼の膂力では、たった一撃でホタルの防御魔術を破ることはできない。だが、サエが斬ったものは別だった。
彼の視界には黒い線のようなものがあり、斬ったものはそれである。
防御魔術は一撃で粉砕された。
「なっ!?」
ラウはその瞬間、全方位からの剣の射出を行った。
「ホタルさんっ──」
即座にラウはリンに対して剣を撃つ。リンは心核結界を解除し、防御魔術を起動する──。
「──〈理解を拒む鬱蒼な森〉」
一瞬。──そう、時間にして一秒程度、ホタルはその魔術を持続させた。
その間、サエとラウの視界は奪われた。
一秒の間、ホタルは大質量の茨によりサエとラウを吹き飛ばした。盲目状態となった二体に、避ける判断、行動はできなかった。
「ごめんなさい、判断間違えた!」
ホタルは全身の至る所に剣が刺さっていたり、刺し傷があったりした。しかしそれは時間と共に抜け、塞がっていく。
心核結界は解除されたが、ホタルとリンは逃げようともせずに構えている。どうやらサエたちの出方を伺っているようだ。
(⋯⋯何を狙っている? 一日に何度も心核結界を展開できるわけでもなければ、今の結界内で僕たちを仕留められなかった時点で逃げるべきのはず⋯⋯それだけの実力差がある⋯⋯)
ラウは警戒を怠らない。思考を停止させることはない。少なくともホタルは、実力だけならばラウやサエに匹敵する。いや、防戦になれば二人掛かりでも仕留めきれないほどの魔術師だ。
だが、リンを守りながらでは非常に困難だ。短時間ならばともかく。
リンは結界術だけなら脅威に値するが──
「──いや、そうか。できる、のか!」
リンはその結界術の才能故に、条件があるとはいえ一度の心核結界の展開では魔力回路が麻痺することはない。そのため、少しのインターバル──麻痺しきった魔力回路の回復よりも格段に短い──を挟めば、魔力が続く限り何度でも心核結界を連続して起動できる。
「わたしが前に出る。西園寺さんはできるだけ魔力回路の回復に専念して。それまで⋯⋯わたしがきみを守るから」
「わかり、ました!」
二度目の心核結界を受けて耐えられるだけの余裕はサエ、ラウ共にない。
よって、冷却時間を終えて〈葬審祈拝殿〉が展開されるか、それまでにリンとホタルを仕留めるか。
これより八十秒後が、互いに分水嶺となるだろう。
リンたちは生存者の救助及び魔族の討伐を行っていた。
しかし結果は芳しくない。既に大量の死傷者が出ているのだろう。死体ばかり見つかり、魔族を殺し尽くすしかない。
先程、遠くのビルで花火のようなものが上がったかと思えば、しばらくしてビルが凍結することがあった。
それを見たリクは、「おそらくミナと月宮の仕業だ」と言っていた。
とにかく、それのおかげで魔族の数は大分減ったようだし、釣られた魔族の一部を発見し、討伐することもできた。
続いて、ミース学園の方でも気になることがあった。一瞬、何かが空へと上がり、直後に地面へと落ちたのだ。
それを調べるために、リンたちは現場に向かおうとした。
「⋯⋯連絡。GMCから⋯⋯?」
ホタルの連絡用魔道具に連絡があった。結界外にて周辺の安全維持を行っている術師兼連絡係だった。
『ホタルさん! 不味いことになりました!』
「どうしたの?」
『それが⋯⋯あの⋯⋯イア・スカーレットが⋯⋯封印されたそうです!』
「──なっ」
まず思い浮かんだ言葉は、ありえない、だ。しかし、連絡係曰く、その情報はアリストリア・グルーヴからの連絡らしい。
主従関係にある者同士は、互いの状況を把握することができることもある。
敵はイア・スカーレットの存在を知って尚このテロを実行に移した。
──ならば、ありえないこともありえるのではないか。
『GMCからは、至急、イア・スカーレットを救助せよ、と⋯⋯。場所は不明ですが⋯⋯』
「⋯⋯わかった。場所は、心当たりがある。GMCには増援を頼んで欲しい。⋯⋯嫌な予感しかしないの」
『わかりました、増援を要請しておきます』
通話を切り、リンたちにも何があったのかを伝える。やはり、信じられない、といった反応だった。当然である。
しかし、事実であるだろう。
「イア・スカーレットが封印されたということは、敵はより活発に動く可能性があるかも⋯⋯難しい判断だけど、二手に別れるのはどう?」
ホタルは現状が非常に危機的状況であることを理解している。イアを封印した相手に戦力を分散させるリスクは承知しているが、イアに充てられていた敵方の戦力が自治区内に流れるかもしれない。
もしそうなれば被害はより大きくなる。人手が足りない状態だ。
「⋯⋯そうね。私はホタルさんの提案に賛成。リスクは非常に大きい。けど、何より恐ろしいのは全員まとめて殺されること。魔族を殺すことができるのは私たち魔術師だけだもの」
「⋯⋯わかった。じゃあそうしよう。僕とエインズワースは引き続き生存者の救助と魔族の討伐を行う。多分、ホタルさんとリンのほうが僕たちよりそっちに向いてる」
「それでいいわ。私からもそう言おうとしていたし。⋯⋯無事、後で合流するわよ。ヨセフ、リク」
「勿論」「リン、ホタルさん、無事に会いましょう」
ホタルとリン、リクとヨセフの二手に別れ、彼らは自治区内を走り回る。
リクとヨセフは周辺を探索していたが、時間と共に魔族の数が減っているのを確認した。
救助活動もそうだ。死体すら見られなくなった。
「⋯⋯明らかにおかしい。まさか僕たち以外に魔族を討伐している奴がいるとは思えないし⋯⋯」
「そうですね⋯⋯。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯っ!?」
「⋯⋯ん? どうかした?」
ヨセフは突然、何かに驚き、不快感を示した。
「⋯⋯あの、これ⋯⋯」
ヨセフはコンビニエンスストアだったものの瓦礫の下に、とあるものを見つけた。
──それは黒い肉塊。人のシルエットに近いもの。それの表面は泡立っている。内側で何かが蠢いているようだ。
「なんだ⋯⋯これ⋯⋯人? じゃないよね?」
リクはそれを調べようと、手を近づけた。
そして次の瞬間、リクの手をまるで恋人繋ぎでもするように、黒い肉塊の内側から手が伸びた。
危機を感じたリクはただちに黒い肉塊を黄金化させた。
「⋯⋯これ。今のは⋯⋯」
明確な魔力を感じた。もし何もしなければ、おそらくあのままリクの手は握り潰されていただろう。
この肉塊はおそらく魔胎──魔族、魔獣として生まれる前の状態のこと──であるのだろう。
「魔族、魔物はあくまで自然発生的なもの⋯⋯でもこれじゃあまるで⋯⋯」
この肉塊は元は人間だろう。つまり、人間を寄生先とした一種の繁殖行為。予想が正しければ魔物として異例の増殖方法である。
「⋯⋯⋯⋯急ごう。僕の最悪の予想が正しければ⋯⋯」
今まで見てきた魔獣は、何者かによって投入された外部の存在だ。
しかし、もしも死体から生まれる魔獣の種が蒔かれているのなら──、
「⋯⋯魔獣がそこら中に生まれ落ちることになる」
魔胎の発する魔力はおかしなくらい小さかった。ヨセフが見つけられたのは偶然であった。
その魔力を感知するのは難しい。時間を掛けて探すしかないのだが、あまりにも非現実的だ。
時間が限られている今、方針を絞らないといけない。
「生存者の結界外への避難を最優先目標に備えないといけない。この際、魔獣の誕生を阻止することは無視しよう」
「そうですね。そうしましょう」
二人は大通りに出た。そのまま先程爆発が起こった場所。ミナたちと合流することにした。人手は多いほうが良いと判断してのことだ。
その時。
「────」
リクの胴体を、白い腕が穿いていた。それは引き抜かれると同時に心の臓を抜いた。
リクは振り返り、黄金の剣を射出する。しかし、そこに対象はいない。
敵は既に、リクの死角に居た。そして、
「空井さん──ッ!?」
影のようなものが覆ったかと思えば、彼の上半身が消し飛ぶ。残った足がコロリと転がった。
そこに立っていたのは、少女だった。しかし、明らかにそれは魔族だ。額にある一本の角が証明している。
それは口を動かしている。何かを──いや、彼を食ったのだ。
「いいねー。いいよー。いいさー。味わい深いなぁ。とても美味しい。優れた魔術師の魔力はさぁー!」
紫色の髪。白のブラウスに黒のショートパンツ。可憐な少女の見た目をしたその化物は、肌で実感できる。特級の魔族である、と。
「⋯⋯⋯⋯」
「さあて! キミはどんな味がするのー!?」
ヨセフに対して、魔族──四騎士の一体、レグは襲い掛かる。
あの捕食行為は攻撃手段としては微妙だ。レグはその腕を槍のように突き刺す。
ヨセフは無防備に立っていた。感じられる魔力も、リクより小さい。だから、彼は不意打ちを仕掛ける対象ではなかったのだ。
「────」
だが、予想に反してレグの攻撃は失敗に終わる。
レグの片足は影に囚われていたのだ。瞬間、ヨセフがレグに殴りかかってきた。
魔力強化が施された拳を避けられず、顔面にモロに食らう。続いて、蹴りが飛んでくる。
影から脱出し避けつつ、レグは一旦距離を取った。
違和感。魔力量はそれほど多くない。
しかし、
(⋯⋯あれ。結構痛い)
レグは鼻血を手で拭いつつ、ヨセフの魔力量を再確認する。やはり変化はない。魔力抑制をしている様子もなさそうだ。
(魔力量に対して出力が結構高いタイプなのかなぁ? 珍しいー!)
ヨセフから魔術の起こりを感じたレグは、そうはさせまいと接近し格闘。詠唱が必要となる魔術師の弱点は近接戦闘。故に格闘術を修めている魔術師は多いが、魔族という基礎的な身体能力から人間の上位互換の相手には基本的に不利だ。
いくら魔力出力が高いと言っても、それはあくまで二級魔術師としては。
レグに及ぶほどの身体強化を行うことはできない。
「っ!」
レグの蹴りのガードに使ったヨセフの腕は、ミシ、という鈍い音を立てた。
直後、激痛が走る。痛みに顔を顰めるが、動きが止まるようでは術師は務まらない。
無詠唱術式での一般攻撃魔術を行使する。だがレグに、出力の低下したそれはまるで通用しなかった。
二撃目の回し蹴りはヨセフの顔面にクリーンヒット。
そのままヨセフは背後の瓦礫に突っ込む。
「まあ中々、今の結構いいとこ入ったと思うんだけどぉー?」
レグは自身の近くに発生した黒い渦を躱しつつ、そう言った。
魔術を行使するも、魔力の起こりを認識されてから避けられている。反応速度、魔力感知能力が化物じみているのだ。
ヨセフは瓦礫から立ち上がる。
ボロボロだ。折れた鼻を無理矢理戻す。魔力で止血はするが、今にも意識が飛びそうだ。
「まさか生きているなんて。⋯⋯でも」
レグの捕食行為は、予備動作がわかりやすかった。対象者の目前に口の影がくっきりと現れるからだ。ある程度の術師なら、避けるのは容易い。
それをレグも理解している。だから捕食活動は、対象者が満身創痍であったり、不意打ちの時だけ行うのである。
「いただきまぁーすっ!」
影の口が閉じる。
──だが感触は何もなかった。
「⋯⋯あれ? ⋯⋯ああ。逃げたー?」
方法は分からないが、どうやらヨセフは逃亡したらしい。しかし魔力は覚えている。遠くには行っていないはずだ。魔力を感知すれば、問題なく追いつけるはずである。
「逃さないよぉー! だってキミはぁ、美味しそうなんだもの!」
レグはヨセフを捕食するために走り出した。
◆◆◆
21:20、ミース学園周辺、地下鉄内。
イア・スカーレットの封印に成功したタイミングで、四騎士は意識を取り戻していた。
「⋯⋯おお。本当にあの最強の魔術師を⋯⋯」
自身の魔術で死をなかったことにしたノイは平然と蘇り、ギーレの足元に転がっていた封印魔道具『六鏡』をまじまじと見ていた。
「封印、と言っても一時的なものだがね。だがその時間があれば学園都市は壊滅する。そうなれば、今度こそイア・スカーレットを殺すことができる⋯⋯さて」
ギーレは『六鏡』を手に取り、異空間に収納しようとした。しかし、その封印魔道具を持ち上げる事ができなかった。
それだけではない。触れた瞬間、クレーターができたのだ。まるでギーレを拒絶しているように、それの重量が増えたのである。
「⋯⋯ほう」
「どうしたのです?」
「おそらく『六鏡』がイア・スカーレットという情報量を解析するのに追いついていない。処理落ちしているんだろう。この重量感は彼女の抵抗⋯⋯。⋯⋯全く、本当に恐ろしいね、君ってやつは」
つまり、『六鏡』がイアの封印を完了させるまで、それを移動させることはできないということだ。
「悪いけど私は少し休ませてもらう。消耗したしね。君たちのうち二人はこの封印魔道具を守っておいてほしい。GMCにはこの封印を解く術があるだろうからね」
「ええぇー! アタシ人間たちを食べに行きたいー!」
「⋯⋯なら⋯⋯儂は、ここに、残ろう」
「僕も。動くの面倒だし」
「そう? でしたら私とレグが外に行って人間たちを皆殺しにしましょう。レグ、それじゃあ行きましょうか」
「うん! わかった!」
ノイとレグは地下鉄外へと出ていく。ギーレはどこかへ消えていった。サエ、ラウの二人だけが、地下鉄内に残った。
しばらくの間は何もなかった。だが、21:25。
「⋯⋯む」
「──『処刑人の名に於いて下す』。心核結界〈葬審祈拝殿〉」
突如として、サエ、ラウの二人を範囲内に収めた結界術が行使された。
黄金の光が満ちる無限に続く畳の間。術者、リンの背後には須弥壇が顕現している。
この心核結界に付与されている魔術は何か──それを把握するよりも先に、魔族たちは防御術式及び魔力防御を行った。
瞬時、無数の斬撃が降り注ぐ。防御魔術を貫通し、減衰した斬撃は、魔力防御を重ねても完全には防ぐことはできなかった。
「っ!」
肉体に斬撃が幾度も、幾つも刻まれる。
サエは刀で飛ぶ斬撃を弾くが間に合わない。そしてラウと同じく、斬撃に押し殺される。
(特級魔族⋯⋯心核結界を使うことができるかもしれないけど、そうはさせない! 詠唱もさせずに切り刻むッ!)
リンの心核結界〈葬審祈拝殿〉は、結界維持が不能になるダメージを受ける、あるいは維持のための魔力が枯渇するまで、制限時間という縛りはない。
そして無数の斬撃の嵐の中で、心核結界の発動ができるような人間、魔族はそうは居ない。
が、魔族たちは肉体を魔力にて修復しつつ、魔術を無詠唱にて起動した。
ラウは武器を創造し、射出した。心核結界を維持し、リソースを全て注ぎ込んでいるリンには対応は不可能。
だが、それを承知の上でリンはそうしている。なぜならば、
「──人、間がァッ!」
リンの前に出たホタルが、それら剣を全て茨によって叩き落とした。
流石のホタルであろうと特級魔族を二人相手にして攻勢に移るのは厳しい。だが、リンの心核結界内ならば、不可能なことではない。
「────ッ!」
サエが刀を構え、ホタルとの距離を一気に詰める。
ホタルは木刀を握り、刀を弾く。
背後、剣が生成される。ただしそれはホタルを狙ったものではない。木々の壁を生成し、リンを剣の雨から守った。
(⋯⋯厄介。この小娘を先に落とさねば、斬撃の嵐を止めることはできんな)
サエとラウは挟み撃ちをするようにホタルに一般攻撃魔術を仕掛ける。
ホタルは全面に防御魔術を展開し、防ぐ。
サエは刀を障壁に振り下ろした。本来、彼の膂力では、たった一撃でホタルの防御魔術を破ることはできない。だが、サエが斬ったものは別だった。
彼の視界には黒い線のようなものがあり、斬ったものはそれである。
防御魔術は一撃で粉砕された。
「なっ!?」
ラウはその瞬間、全方位からの剣の射出を行った。
「ホタルさんっ──」
即座にラウはリンに対して剣を撃つ。リンは心核結界を解除し、防御魔術を起動する──。
「──〈理解を拒む鬱蒼な森〉」
一瞬。──そう、時間にして一秒程度、ホタルはその魔術を持続させた。
その間、サエとラウの視界は奪われた。
一秒の間、ホタルは大質量の茨によりサエとラウを吹き飛ばした。盲目状態となった二体に、避ける判断、行動はできなかった。
「ごめんなさい、判断間違えた!」
ホタルは全身の至る所に剣が刺さっていたり、刺し傷があったりした。しかしそれは時間と共に抜け、塞がっていく。
心核結界は解除されたが、ホタルとリンは逃げようともせずに構えている。どうやらサエたちの出方を伺っているようだ。
(⋯⋯何を狙っている? 一日に何度も心核結界を展開できるわけでもなければ、今の結界内で僕たちを仕留められなかった時点で逃げるべきのはず⋯⋯それだけの実力差がある⋯⋯)
ラウは警戒を怠らない。思考を停止させることはない。少なくともホタルは、実力だけならばラウやサエに匹敵する。いや、防戦になれば二人掛かりでも仕留めきれないほどの魔術師だ。
だが、リンを守りながらでは非常に困難だ。短時間ならばともかく。
リンは結界術だけなら脅威に値するが──
「──いや、そうか。できる、のか!」
リンはその結界術の才能故に、条件があるとはいえ一度の心核結界の展開では魔力回路が麻痺することはない。そのため、少しのインターバル──麻痺しきった魔力回路の回復よりも格段に短い──を挟めば、魔力が続く限り何度でも心核結界を連続して起動できる。
「わたしが前に出る。西園寺さんはできるだけ魔力回路の回復に専念して。それまで⋯⋯わたしがきみを守るから」
「わかり、ました!」
二度目の心核結界を受けて耐えられるだけの余裕はサエ、ラウ共にない。
よって、冷却時間を終えて〈葬審祈拝殿〉が展開されるか、それまでにリンとホタルを仕留めるか。
これより八十秒後が、互いに分水嶺となるだろう。
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