Reセカイ

月乃彰

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第76話 第二幕

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 2019.11.26。
 20:00──ミース学園自治区を囲うように大規模な結界が現れる。
 20:11──理事会は事態を把握。学園都市全域に緊急事態宣言を発令する。また、GMCにこれを連絡し、対策本部を設置する。
 20:24──GMCは近隣の魔術師を派遣。ホタルたち四名の魔術師が結界内に侵入。危険が予期されるため、三級以下の魔術師たちは侵入を禁止。連絡網の構築に努める。
 21:03──特級魔術師イア・スカーレットが結界内に侵入。しかしおよそ15分後、アリストリア・グルーヴの報告によりイア・スカーレットの封印を確認。
 21:38──イア・スカーレットの奪還に向かった魔術師たちからの連絡が途絶える。
 21:45──現在。結界周囲にて連絡網を築いていた魔術師たちからの定期連絡も途絶える。

 ──学園都市統括庁、内部、緊急対策本部にて。
 主な出席者は以下の通り。
 学園都市理事会理事長、アンドリュー・ハリソン。他、理事会員。
 RDC財団総責任者、ミリア・アインドラ。
 護衛として、アルゼスを除く暗部組織F.F.A.。
 GMC職員統括、アベル・オースティン。
 護衛として、GMC脅威対策部門第一課B&D。
 同じくGMC脅威対策部門第三課責任者、ウィルム。
 他にも各分野の主要人物が集まっている。
 だが、これと言った打開策は思い付かず、会議室内には重い空気が流れていた。

「⋯⋯⋯⋯」

 時間だけが過ぎていく。
 どれほどの天才であろうと、どれほどの偉業を為そうと、可能性がなければ奇跡は起こらない。
 ミリア・アインドラ──学園都市最高の頭脳の持ち主でさえ、現状を打破する方法が思い浮かばないでいた。

「⋯⋯内部の魔族の存在が何より厄介。他の特級、一級魔術師の派遣は?」

 ミリアの問に、アベルは答えた。

「他の特級魔術師は任務等で周辺に居ません。どれだけ早くとも、到着は明日の朝。⋯⋯一級魔術師も同様の理由です」

 戦力になりそうな特級魔術師二名は、現在派遣できそうにない。残る一名も戦力とは言い難い。もし戦力として投入しようものなら、彼女にできることは結界内部の人間、魔族を無差別に廃人にすることくらいだろうか。

「⋯⋯⋯⋯」

 魔術師の人員が足りない。
 いや、本来、イア一人で全て事足りるはずだった。人手不足だったとしても、あの閉鎖空間内一つを制圧するだけなら、最強一人だけで足りていたはずだった。
 かつての二つの戦争。どちらか片方がなければ、未来は変わっていたかもしれない。

(⋯⋯いや、無い物ねだりをしても意味はない)

 GMCの職員統括、アベルは、GMCの最高責任者──というわけではない。
 財団がそうであるように、GMCにも本当の最高責任者たる評議会が存在する。
 そしてアベルは、GMC内で数少ない、評議会に直接謁見することが可能な権限が与えられている。
 その権限を活用すれば、イア・スカーレットに届き得るとされるGMC内最強の戦力を派遣することができるかもしれない。それも、今すぐに。
 だが──彼は、いや、は動いてくれるだろうか?
 なにより動いたとして──問題がすげ変わるだけではないのか?

(⋯⋯そもそもイア・スカーレットを封印するような相手だ。彼女より強い魔術師は現代において存在しない。彼女がそうなった時点で、評議会は⋯⋯。私の判断一つで、核が爆発すると考えろ⋯⋯!)

 イアは抑止力でもある。彼女を動かした時点で、そして解決しない時点で、残る手段は限られる。
 評議会が何より恐れるのは現代社会の壊滅。そのためには学園都市、国一つが滅ぼうと関係ない。そう考えるだろう。
 だから、アベルはこの立場に選ばれた。倫理委員会よりも、人としての感情をGMCという組織が尊重できるようにするために。

「⋯⋯!」

 その時だ。
 会議室の扉が開く。そして現れた人物二名に、その場の人々は全員、言葉を失った。

「やあやあ。財団の皆さんはこの前ごめんねー。GMCの皆さん、仕事放棄、契約違反しちゃったのは謝るよ」

「ンでコイツがここにいンだよ⋯⋯。ッたく、調子狂うな⋯⋯」

 白髪の少女。人外であることを隠そうともしない魔力。一級魔術師、エスト。
 黒髪の少年。周囲の現実強度を揺るがす圧倒感。第一位超能力者、アンノウン。
 まさかの二名の突然の来訪に、各陣営の主要人物たちは驚きを隠せなかった。

「何だ君たちは⋯⋯!?」

「ああ? ミース学園でシャフォン教がテロ起こしたんだろォが。放置すれば学園都市が壊滅する⋯⋯オレにとっちゃどうでもいいが⋯⋯」

 アンノウンは思い出す。
 ただのレベル1──しかし自分の悪行を見つけ、それを解決に導いた少女に頼まれたことを。

「⋯⋯チッ。気に食わねェから潰してやる。テメェらに協力してやるから、ここに来てやったんだ」

 アンノウンは頭を掻きつつ、心底嫌そうに一応は協力を申し出た。

「あ、私は単純におも⋯⋯学園都市を救うために、ね。まあでも私自身どっかの誰かのせいでただでさえ本調子じゃないのにもっと弱ってるから、アドバイスと援助くらいしかできないけど」

「テメェ役立たずなんだから出しゃばんな」

「まあキミくらいは殺せると思うけど?」

 エストの魔圧が大きくなる。場の空気が物理的に重くなる。これで弱っているとは、アベルは思えなかった。

「⋯⋯で、二人は協力してもらえるみたいですが、具体的には?」

「ンなもん真っ直ぐ行って全員ぶっ潰す」「え? 首謀者邪魔者害獣、全員殺せばいいでしょ」

「⋯⋯聞いた私が馬鹿でした⋯⋯」

 アベルは頭を抱える。ミリアもこれには苦笑いだ。
 しかし──この二人ならば、できるかもしれない。そう思わせる。

「⋯⋯じゃあ、現状を説明する。聞いてね」

 ミリアはこれまでにあったことを全部、エストとアンノウンに伝えた。
 アンノウンはそれを聞いても特に何か思ったわけではなかったが、エストの方は違った。

「⋯⋯イア・スカーレットが、ね⋯⋯なるほど。どん詰まりの最悪な空気になるわけだよ」

 六色魔女異世界の最強種族からしてみても、イア・スカーレットの強さは自分たちに並ぶと評価していた。
 ましてや異世界ゆえの実質的弱体化が掛かっている今のエストでは、最強の魔術師とは互角には至ることができないだろう。

「ただ⋯⋯そうか、封印、か」

「何か気になることでも?」

「ん? ああ。わざわざ敵方がスカーレットを封印した理由だよ。私ならあんな厄介で強い相手はさっさと殺す。封印破られるかもしれないしね。もしするのなら、理由は一つ」

「⋯⋯殺せなかった、っつうわけだ。簡単な話だ。なら逆にチャンスかもしれねェ。その最強の魔術師を封印したならよォ、消耗してんじゃァねェか?」

 最強が封印された負けたと、そればかりが先行した。敵はイアを上回る化物だと、思い込んでいた。
 だが、冷静に考えれば二人の予想のほうが正しいかもしれない。

「でもただの予測だ。何か他に封印するしかない理由があったのかもしれない。油断はできないね」

 ただ、希望的観測でしかない。魔術世界にはある種の因果というものがある。
 例えば、魔術界御三家の一つ、マナ家の相伝固有魔力は、子供のうち一人にしか発現しない、といった因果がある。
 封印するしかない理由を探せばいくらでも見つかるだろう。

「で⋯⋯相手の目的は何なのか、だね。どうやら結界が二重くらいで展開されているらしいね? 一つは魔術師、超能力者含む一般人の侵入及び脱出を防ぐ結界⋯⋯でも、もう一つが分からない」

「そうです。ホタル一級魔術師の報告です」

「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯ねぇ、一つ聞きたいんだけど、結界内では虐殺が起きているんだよね?」

 エストはアベルに質問する。

「そうです。大量の魔族が跋扈していると報告が。また、エインズワース二級魔術師が、魔胎の発見と、特級魔族と遭遇した、と」

「⋯⋯ふーん。ならさぞ大勢が死んでいるはずだ。⋯⋯ところでもう一つ、結界って魔力通したっけ?」

「⋯⋯普通の結界には、電波等、視界を遮断することはありますが、魔力を遮断する効果はありません」

「そう。知らなかった。ありがとう。でさ、私さっき現地行ってきてたんだけど、まるで魔力を感じなかったんだよね。それだけ人死んどいて、いくら魔力がすぐに離散するものとはいえ、一切魔力を感じないことってあるのかな?」

「⋯⋯それはどういう⋯⋯」

「もう一つの結界は、魔力を遮断している⋯⋯もっと言えば、結界内に魔力を留めておいているんじゃないの、ってこと。まあ魔力じゃなく、魂でもいい。とにかく、結界内でなんで虐殺なんかしてるんだろうね。まるで大量の魔力が必要だから、生贄として人を殺してるみたい⋯⋯深く考え過ぎかな?」

 エストの予想はただの妄想かもしれない。確固たる根拠はない。が、ありえない話ではない。
 なぜ、結界を一つだけではなく二つも展開したのか。なぜ、その中で虐殺をしているのか。
 そもそもシャフォン教らの目的は何なのか。復讐だとしたら、どうやって成し遂げるつもりなのか。

「⋯⋯シャフォン教はとある神を信仰している。だがその神は唯一神を否定するような存在だった⋯⋯ミース学園を形成する全ての宗教は一神教。だから、排斥された⋯⋯。何か関係ありそォだな? 贄なんぞ、神とやらの大好物じゃねェか」

 アンノウンはかつて、学園都市の歴史を学んでいる時に、ミース学園の過去や成り立ちを知った。そして今回の事件を知ったあと、シャフォン教の存在、過去の宗教戦争、差別を調べ上げた。

「ま、どちらにせよ急いだほうが良さそうなのは事実だよ。神の降臨なんて馬鹿馬鹿しい⋯⋯けど、私はそういうのを見たことがある。ここでは違うと、否定はできない」

 エストは神を見たことがあるという口ぶりだ。その真偽はどうであれ、可能性としてはなくはない。
 どうやって学園都市を、国を、世界を壊滅させるのか⋯⋯アンサーとして、神の降臨とは、なるほど、それができるのであれば崩落は容易いだろう。

「あとは頼むよ。オースティン統括、アインドラさん。⋯⋯じゃ、行こうか。今回は救国だ。前よりは断然マシな仕事だね」

「指図すンじゃねェ。仕切ンじゃねぇ」

 二人の姿がそこから消える。当然のようにテレポートしていることに、最早驚きはない。

 ◆◆◆

 シャフォン教団は今までどこに隠れ、この機会を狙っていたのか。
 その答えは、文字通り足元にあった。
 ミース学園自治区、座標位置としてはその地下1.3kmの場所にある巨大異常空間。
 通常の物理的移動方法では辿り着くことが不可能であるように、一種のアノマリーとして存在するその空間は、外部世界との関係を遮断した独立世界である。
 内部の様子は地上のミース学園自治区に酷似している──と言っても、その様子はおよそ1940年以前のものである。

「過去に囚われた世界⋯⋯か。過去に執着していては何も面白くはないと思うのだがね。しかし、それもここまで通せば、僅かだが興味が出る」

 イアとの戦闘後、消耗したギーレは、この通称『裏都市』に向かった。ここであれば、まず財団やGMCに補足されることはないだろうからだ。

「さて⋯⋯」

 『裏都市』には今、シャフォン教団の姿は少ない。彼らの多くは魔族となり、一部の者たちはミース学園で儀式を行っているからだ。
 ここに残っているのは、目的を達成したあと、地上の学園都市を支配するための人間。つまるところ、女子供、そして少数の男のみ。

「⋯⋯⋯⋯」

 ──ギーレの捕食が始まった。
 半時間も経たないうちに、シャフォン教団の人間は皆殺しだ。ギーレ本人が食べなかった肉も、彼の支配する魔獣たちに与えた。彼の魔術の支配下にあるうちは必要はないが、意味はあるからだ。

「⋯⋯わかってはいたけど、いざ目撃すると恐ろしいね。魔族って奴は」

 そんなギーレに、躊躇いもなく話し掛けて来る男がいた。
 長身の白髪の男だ。体格は老人とは思えないほどにしっかりしている。顔に大傷を負った彼の名は、

「色彩⋯⋯何か用かい?」

「ボクも食べるのかな、と思ってね。それならボクじゃあどうしようもない。逃げるしかないからね」
 
 口では魔族であるギーレへの対抗策がない、無力だ、と言っているが、ギーレからしてみればただの欺瞞だ。
 僅かにだが、感じられる魔力。それは抑制された結果のもの。
 ギーレが意識して探らないと感知もできない。
 他の特級魔族ならどれだけ警戒しようが、彼は魔術を使えない一般人だと認識するだろう。

「まさか。私は君たちと争うつもりはない。それより、君たちに話しておいたほうが良いことがあるのを思い出したんだ。少し時間、いいかな?」

「勿論さ。我が親愛なる友、ギーレ」
 
 色彩の声には抑揚があり、本心から言っているように思われる。だが、それらは黒に近い灰色の言葉である。

「私と協力していた特級魔族四体が先程死んだ。まあこうなることは予期していた。⋯⋯だが、問題はその方法なんだ」

「方法?」

「そう。一級魔術師、ホタル──その内に眠る『終焉の魔法使い』、ロア・イリサール。彼女が全てを滅ぼすかと思っていたが、彼女が殺ったのは一体のみ。もう一体はホタルとしての人格とあと一人がやったようだけど⋯⋯残り二体は別々の魔力反応によって殺されている」

 レグ、ノイは別の存在によって殺されている。
 ギーレの魔力感知は広範囲に及ぶ。大雑把な把握なら、1.3km離れた地上も圏内だ。

「⋯⋯私が知る限り、あの場で特級魔族を殺すそこができる者はほぼいない。そして、魔術師側だとホタルくらいなのさ」

「裏切りかな? あの魔詛使はどうだろう? 彼女は相当強いと思うよ」

「ヴィーテか。あり得るね。ただ彼女の魔力を感じなかった。まあ彼女は魔力隠蔽が得意だから、私と最初あったときから魔力を誤魔化していれば、感知に引っ掛からないだろう⋯⋯けれど、あと一つは?」

「⋯⋯そうだ。以前、キミが言っていた異世界人、彼女が対策本部に現れたらしい。ついでにアンノウンも居たと報告を受けたよ」

 色彩の『友人』の一人が、財団とGMC、理事会が参加する対策本部内に居る。
 その人物からの報告だ。

「⋯⋯そう、か。⋯⋯全く面倒になったね。さっさと儀式を終わらせてもらわなければ」

 ギーレはそう言って、コツコツと足音を鳴らし歩き始めた。

「どこへ行くんだい?」

「補給なら終わったからね。その異世界人を殺しにいく。おそらく、私か君くらいじゃないと瞬殺されるような相手だ」

「それなら待ってほしい。ボクにいい考えがある」

 ギーレは立ち止まり、振り返る。その先にいる男の顔には、歪んだ笑顔が張り付いていた。
 その笑顔にギーレは思わず、動揺した。おそらく、これは彼の本心だ。

「⋯⋯もうそろそろ儀式は終わる。その前に、邪魔な害獣共をさっさと殺処分するべきじゃあないかね?」
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