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第77話 異形
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22:00、ミース学園自治区、市民体育館にて。
ミナたち学生組は体育館に備え付けられたシャワーを浴び、血が付着した服を洗った。そうすると急激に眠気が襲ってきた。常に意識を張り詰めていたからだ。リラックスして緊張の糸が緩んだのだろう。
イーライ、アレンは彼ら彼女らに一時間ほど仮眠するように言った。
今、彼らは仮眠室にて眠っている頃だろうか。
そして、体育館の一角。そこには二人の大人が壁にもたれかけて立っていたり、地べたに座り込んでいたりした。
「⋯⋯はあ。クソ⋯⋯どうしてこんなことに⋯⋯」
格好付けて冷静沈着な大人を演じる必要はなくなった。
イーライは今まで飲み込んでいた愚痴を吐き出す。
アレンも同じ気持ちだ。どうしてこんなことになったのか。
「食べます? 腹を満たせば少しは気持ちもマシになるでしょう」
アレンはイーライに非常食としてあった乾パンを渡した。イーライは礼を言いつつ、それを齧った。アレンも同じく食べた。
「⋯⋯さて、どうしましょうかね」
弱音と愚痴も言うだけでは意味がない。
これからどうすべきなのか。どうしないといけないのか。話し合わなければいけない。
「生存者⋯⋯も、期待薄。もうこの自治区内に生きている人間は極少数でしょう」
「と、すると⋯⋯やはり、元凶を絶つ? それとも脱出ですか?」
元凶と思しきシャフォン教が居るとすれば、ミース学園の一番怪しい。調べるならばそこだろう。
が、それには小さくない危険性が伴う。下手しなくとも全滅することは十分あり得る。
「脱出に関しては、多分できる。私たちが入ってきた時に出られるかも試しましたから」
最初は結界は侵入、脱出共にできなかった。だが、何者かの手によってそれらは可能となっていた。
魔獣、魔族の群れを超えれば脱出は十分可能であるだろう。
「⋯⋯しかし脱出するつもりはない、でしょう?」
「そうです。シャフォン教の目的がわからない。虐殺の意図も知らない。⋯⋯だから、逃げるつもりはない。今の俺たちの目標は、既に、この事件の真相を突き止め、更なる被害の拡大を防ぐことに変わっている」
ただ、虐殺をするためだけにこんな大掛かりなことをしたわけではないはずだ。
何かを狙っている。何かをしようとしている。
ならば、それを止めなくてはならない。
「調べて、ただの大量虐殺目的のイカレ外道でした、ってオチなら、まだマシですよ」
イーライは呆れるように笑った。ポケットにタバコとライターがあれば、二本か三本は吸っていただろう。
「じゃあ、とりあえずミース学園に向かうってことで?」
「ええ。今は俺たちだけじゃあ人手不足も甚だしい。生徒たち⋯⋯子どもたちを危険に遭わせることになるが⋯⋯」
イーライは歯を食いしばる。拳を握る。守るべき子どもを戦いに投じなければいけないという己の非力さゆえに。
「私は先生と違って無力な大人ですからね。⋯⋯が、彼らの命の責任は負うことができる。⋯⋯私が指揮をします。先生は、生徒たちの命を守ってやってください」
アレンは非能力者で、戦闘できる人間ではない。
しかし、そんな彼だからこそ、生徒たちを頼り、かつ、生徒たちを守ることができる。
「ああ。助かる、エドワーズ機関長」
「私⋯⋯俺のことはアレンでいいですよ。俺も、イーライと呼ぶので」
「⋯⋯。⋯⋯はは。ありがとう、アレン」
「はい。俺も頼りにしてますよ、イーライ」
落ち込んでいた気持ちはもうない。
あるのは決意。あるのは勇気。あるのは希望。
何としてでも、シャフォン教の、色彩の、魔族の企みを阻止してやるという意気込み。
これから行われる戦闘が、おそらく学園都市の存続を決める重要なものになるだろう。
「──誰か、いるの?」
突然、体育館内に入ってくる人物がいた。
暗めの赤い髪の少女。年齢はミナたちと同年代ほどだろうが、雰囲気は学生のそれではない。どちらかといえばイーライに近かった。
彼女は灰色の髪の少年を背負っていた。少年は酷い傷を負っていた。
「君は⋯⋯いや、話はあとにしよう。先にその子に手当を。アレン、救急キットを探してほしい」
「分かりました。ちょっと探してきます」
アレンは救急キットを探しに向かった。
少女は背負っていた青年を降ろす。彼女も少年ほどではないが、傷を負っていた。
すぐにアレンは救急キットを持ってきた。イーライは慣れた手付きで少年の手当を終わらせた。
「一先ずは大丈夫だろうが⋯⋯酷い状態だ。しばらくは安静にしておいたほうがいい」
少年に布団を被せ、安静にした後、ようやく本題に入る。
「ありがとう。助かったわ。⋯⋯まずは私の素性からね。私は西園寺リン。信じてもらえないかもしれないけれど、魔術師よ」
「魔術師⋯⋯そうか。大丈夫だ。私たちは魔術師を知っているからね」
アレンが答える。
「え。⋯⋯そう、なの⋯⋯?」
それに困惑しつつも、リンは今までに何があったのかをイーライとアレンに話した。
「⋯⋯私たちの力不足だった。もっと私が強ければ、こうはならなかった。ごめんなさい。⋯⋯その上、烏滸がましいかもしれないけれど、協力させてほしいの」
魔術師として、人を助けられなかった。それどころか魔族たちに殺されそうにもなった。
こんな状況を打開もできないのに、一級魔術師なんて名乗れない。
そういうリンの悔しさがひしひしと伝わった。
「⋯⋯勿論だ。寧ろ、俺たちから願いたいところだ。ありがとう」
「⋯⋯。⋯⋯こちらこそ、ありがとう。⋯⋯ええ。その期待に、今度こそ応えてみせるわ」
まだ若いのに、強い。イーライは素直にリンに対してそう思った。
◆◆◆
23:00。
休憩は終わり、いよいよ、ミナたちはミース学園に向かうことになる。
出勤でも、登校でもない。これは、シャフォン教の企みを阻むため、戦うために、向かう。
「⋯⋯以上だ。確認しておくことは?」
目的、手段をイーライは最後に各々に説明した。
アレン、ヒナタは体育館内から残りの突入メンバーをサポートする。
突入メンバーの目的は単純明快。敵戦力の殲滅及び目的の阻止である。
誰も、何も言わなかった。ただ覚悟のみを決めている。
「⋯⋯では、作戦を始める」
ミース学園自治区内、中央部、ミース学園。
正方形の敷地内の中心は巨大な噴水が備えられている公園がある。その北側に校舎、西側に大聖堂、東側に図書館、南側には学園の出入り口の門があり、その両側に部室棟がある。
平日は草木が生い茂り、気品を感じさせる歴史ある風景が広がっているが、此度の雰囲気はまるで違った。
血肉に汚れているわけではないが、何か、おどろおどろしい空気に包まれている。
いつもとは違った⋯⋯姿形はまるで変わっていないのに、致命的に何かが違う、非日常に飲み込まれているように思えた。
──否、確実に、その聖域は非日常に侵食されていた。
「──なに、あれ」
ミナたちは『それ』を見てしまった。
白い巨人。三、四メートルの人形。中身は赤色であるのだろう。白い装甲のような筋肉の隙間から、赤い肉が垣間見える。
頭部はペストマスクのような形状をしている。目があるべき位置には巨大な単眼があった。また、頭上には赤い血が滴る真紅の環が浮かんでいる。
巨人は右手に赤い両刃の斧、左手にタワーシールドを握っている。
そして、この化物が、見渡すだけで少なくとも五体、闊歩していた。
化物は個体により、姿や武装がやや異なる。
「⋯⋯明らかヤバイ。⋯⋯アレンさん、ヒナタ、何とかならない?」
『ちょっと待ってくださいね⋯⋯』
ヒナタはミース学園内の監視カメラをハッキングし、白い巨人の居場所を特定する。
どうやら巨人たちは無作為に、敷地内をパトロールするように動いているらしい。
『⋯⋯化物は不確定要素の塊だ。ここは二手に別れ、隠密行動に徹しよう』
アレンはチームをミナとリエサ、イーライとリンに別けた。
ミナたちは西側の大聖堂、イーライたちは東側の図書館を探索することにした。校舎はそこまで重要ではないと判断しているが、これら二つに手掛かりがなければ、合流の後、探索する手筈となっている。
監視カメラで確認する限り、敷地内には八体の巨人を発見した。
「全員、無事に帰還すること。いいな?」
イーライの言葉に了承の意を伝え、二手に別れる。
ミナとリエサは大聖堂を目指し、動き始めた。
ミース大聖堂は入学式や卒業式、普段は学内のとある委員会の本部として使われている。
また、礼拝堂もあり、それでミナたちも何度か訪れたことがある。
白い巨人の監視を掻い潜り、二人は大聖堂内への侵入を成功させた。
「⋯⋯⋯⋯」
大聖堂内部。高さはおよそ三十メートル。入り口から奥まではおよそ七十メートル。両脇には真っ白な長椅子がいくつも陳列しており、彫刻の施された柱が幾つも天井まで伸びている。
ステンドガラスが一定間隔に設置されており、日が差していれば圧倒される雰囲気、光景になることをミナたちは知っている。入学式の時は感動さえしたものだ。
だが今は、まるで真逆のオーラーを醸し出していた。
なぜならば──祭壇は破壊されている。椅子は砕けて、投げ捨てられたようだ。
内部は酷く荒らされている。強盗にでも入られたような状態となっているが、何も盗まれたものはない。
「⋯⋯酷い」
そう言うしか、なかった。
何か手掛かりはないだろうか。ミナたちは周辺を調べることにした。
探索を初めて十分。リエサは祭壇を調べているときに、あるものを見つけた。
「ミナ、これ見て」
「ん?」
リエサが見つけたものとは、地下へ続く階段だ。元々そこには祭壇があり、隠れていたのだろう。
すぐにアレンにこれを連絡する。
『そうか。そっちでも、か』
どうやら、イーライたちの方でも同じように地下へ続く道を見つけたらしい。
『少し危険だが⋯⋯地下とは怪しい。何か知っていたりは?』
『わからん。⋯⋯が、さっき館内で調べてみたんだが、どうもミース学園の下には封鎖された地下空間があるらしいな。元々あった大洞窟だそうだ』
かつてこの地に多くの宗教があったことは周知の事実だ。
そして、それらは一度、宗教戦争を起こしている。
ミース学園として統合されるにあたり、宗教戦争は終わる。
その後、この戦争で亡くなった人々を鎮魂するため、そして遺体を埋葬するため、この洞窟が利用された。
『しかし後に崩落の危険性を理由に、洞窟内の遺体は移送され、封鎖もされた⋯⋯か』
それが真実であれば侵入するのは危険極まりない。が、これは五十年前の出来事だ。崩落するならとっくにしているだろうし、今はどうもこの封鎖理由が嘘であるように思える。
『侵入してくれ。内部を探索しよう。⋯⋯危険だと判断したらすぐに地上に逃げること。あれだったら星華、爆破してもいいからな』
「はは。⋯⋯わかりました。いざという時は、洞窟を地上に晒します」
ジョークなのか本気なのか分からないトーンでミナは答えた。彼女ならばできそうだから困る、と、他のメンバーは苦笑いする。
『なんにせよ、命を優先にするように』
両チームは地下に続く階段に足を踏み入れる。
──その瞬間。ミナたちに向かって走ってくる巨大な足音が聞こえた。
「──っ!?」
嫌な予感を覚えた。それだけで判断には事足りる。
ミナはリエサを抱き抱え、飛行し、大聖堂の天井を爆破し空に抜ける。
地上、そこには、先程見た白い巨人が四体居た。それらの巨眼は上空のミナたちを捉えていた。
「⋯⋯なに。どうしていきなり⋯⋯アレンさん、どうすれば⋯⋯」
「⋯⋯ミナ?」
抱き抱えられたまま、リエサは突然黙ったミナの名を呼ぶ。
「⋯⋯通信が繋がらない──!」
ミース学園を囲うように結界が展開されていることを確認した。通信を途絶された。
何者かに侵入を察知された。結界により脱出は不可能だろう。そして、白い巨人はミナたちを始末するように命じられたのだろう。
「まずい──」
ミナはどうすべきなのか、思考を巡らせる。が──目前、展開した翼によるたった一回の羽撃きで、上空百メートルのミナたちに白い巨人は接近した。
その白い巨人は初めに見た、斧を持った個体だ。
巨大は斧を薙ぎ払う。避けつつ、ミナは爆発を推進力に地上に逃れる。巨人も羽を羽撃かせ、着地した。
「────」
三体の巨人たちが走り、向かってくる。目の前には斧を振りかぶる巨人が一体。
スピードは異常。パワーも異常。どうも魔族ではないようだが、そのスペックはあの特級魔族と同等あるいはそれ以上だろう。
ミナの魔力がよく見える目は、そうだと判断した。
それが、ここには四体。そしてイーライたちの方にも同じ数が居る。
──死ぬ、と、直感した。
────だが、目前の巨人の首が落ちる。他、三体の巨人も、真っ黒な翼によって引き裂かれていた。
「──大丈夫? ミナ」
「──ッたくよォ⋯⋯手間かけさせんな」
ミナとリエサを助けたのは、誰でもない。
エストと、アンノウンという予想もしなかった人たちだ。
ミナたち学生組は体育館に備え付けられたシャワーを浴び、血が付着した服を洗った。そうすると急激に眠気が襲ってきた。常に意識を張り詰めていたからだ。リラックスして緊張の糸が緩んだのだろう。
イーライ、アレンは彼ら彼女らに一時間ほど仮眠するように言った。
今、彼らは仮眠室にて眠っている頃だろうか。
そして、体育館の一角。そこには二人の大人が壁にもたれかけて立っていたり、地べたに座り込んでいたりした。
「⋯⋯はあ。クソ⋯⋯どうしてこんなことに⋯⋯」
格好付けて冷静沈着な大人を演じる必要はなくなった。
イーライは今まで飲み込んでいた愚痴を吐き出す。
アレンも同じ気持ちだ。どうしてこんなことになったのか。
「食べます? 腹を満たせば少しは気持ちもマシになるでしょう」
アレンはイーライに非常食としてあった乾パンを渡した。イーライは礼を言いつつ、それを齧った。アレンも同じく食べた。
「⋯⋯さて、どうしましょうかね」
弱音と愚痴も言うだけでは意味がない。
これからどうすべきなのか。どうしないといけないのか。話し合わなければいけない。
「生存者⋯⋯も、期待薄。もうこの自治区内に生きている人間は極少数でしょう」
「と、すると⋯⋯やはり、元凶を絶つ? それとも脱出ですか?」
元凶と思しきシャフォン教が居るとすれば、ミース学園の一番怪しい。調べるならばそこだろう。
が、それには小さくない危険性が伴う。下手しなくとも全滅することは十分あり得る。
「脱出に関しては、多分できる。私たちが入ってきた時に出られるかも試しましたから」
最初は結界は侵入、脱出共にできなかった。だが、何者かの手によってそれらは可能となっていた。
魔獣、魔族の群れを超えれば脱出は十分可能であるだろう。
「⋯⋯しかし脱出するつもりはない、でしょう?」
「そうです。シャフォン教の目的がわからない。虐殺の意図も知らない。⋯⋯だから、逃げるつもりはない。今の俺たちの目標は、既に、この事件の真相を突き止め、更なる被害の拡大を防ぐことに変わっている」
ただ、虐殺をするためだけにこんな大掛かりなことをしたわけではないはずだ。
何かを狙っている。何かをしようとしている。
ならば、それを止めなくてはならない。
「調べて、ただの大量虐殺目的のイカレ外道でした、ってオチなら、まだマシですよ」
イーライは呆れるように笑った。ポケットにタバコとライターがあれば、二本か三本は吸っていただろう。
「じゃあ、とりあえずミース学園に向かうってことで?」
「ええ。今は俺たちだけじゃあ人手不足も甚だしい。生徒たち⋯⋯子どもたちを危険に遭わせることになるが⋯⋯」
イーライは歯を食いしばる。拳を握る。守るべき子どもを戦いに投じなければいけないという己の非力さゆえに。
「私は先生と違って無力な大人ですからね。⋯⋯が、彼らの命の責任は負うことができる。⋯⋯私が指揮をします。先生は、生徒たちの命を守ってやってください」
アレンは非能力者で、戦闘できる人間ではない。
しかし、そんな彼だからこそ、生徒たちを頼り、かつ、生徒たちを守ることができる。
「ああ。助かる、エドワーズ機関長」
「私⋯⋯俺のことはアレンでいいですよ。俺も、イーライと呼ぶので」
「⋯⋯。⋯⋯はは。ありがとう、アレン」
「はい。俺も頼りにしてますよ、イーライ」
落ち込んでいた気持ちはもうない。
あるのは決意。あるのは勇気。あるのは希望。
何としてでも、シャフォン教の、色彩の、魔族の企みを阻止してやるという意気込み。
これから行われる戦闘が、おそらく学園都市の存続を決める重要なものになるだろう。
「──誰か、いるの?」
突然、体育館内に入ってくる人物がいた。
暗めの赤い髪の少女。年齢はミナたちと同年代ほどだろうが、雰囲気は学生のそれではない。どちらかといえばイーライに近かった。
彼女は灰色の髪の少年を背負っていた。少年は酷い傷を負っていた。
「君は⋯⋯いや、話はあとにしよう。先にその子に手当を。アレン、救急キットを探してほしい」
「分かりました。ちょっと探してきます」
アレンは救急キットを探しに向かった。
少女は背負っていた青年を降ろす。彼女も少年ほどではないが、傷を負っていた。
すぐにアレンは救急キットを持ってきた。イーライは慣れた手付きで少年の手当を終わらせた。
「一先ずは大丈夫だろうが⋯⋯酷い状態だ。しばらくは安静にしておいたほうがいい」
少年に布団を被せ、安静にした後、ようやく本題に入る。
「ありがとう。助かったわ。⋯⋯まずは私の素性からね。私は西園寺リン。信じてもらえないかもしれないけれど、魔術師よ」
「魔術師⋯⋯そうか。大丈夫だ。私たちは魔術師を知っているからね」
アレンが答える。
「え。⋯⋯そう、なの⋯⋯?」
それに困惑しつつも、リンは今までに何があったのかをイーライとアレンに話した。
「⋯⋯私たちの力不足だった。もっと私が強ければ、こうはならなかった。ごめんなさい。⋯⋯その上、烏滸がましいかもしれないけれど、協力させてほしいの」
魔術師として、人を助けられなかった。それどころか魔族たちに殺されそうにもなった。
こんな状況を打開もできないのに、一級魔術師なんて名乗れない。
そういうリンの悔しさがひしひしと伝わった。
「⋯⋯勿論だ。寧ろ、俺たちから願いたいところだ。ありがとう」
「⋯⋯。⋯⋯こちらこそ、ありがとう。⋯⋯ええ。その期待に、今度こそ応えてみせるわ」
まだ若いのに、強い。イーライは素直にリンに対してそう思った。
◆◆◆
23:00。
休憩は終わり、いよいよ、ミナたちはミース学園に向かうことになる。
出勤でも、登校でもない。これは、シャフォン教の企みを阻むため、戦うために、向かう。
「⋯⋯以上だ。確認しておくことは?」
目的、手段をイーライは最後に各々に説明した。
アレン、ヒナタは体育館内から残りの突入メンバーをサポートする。
突入メンバーの目的は単純明快。敵戦力の殲滅及び目的の阻止である。
誰も、何も言わなかった。ただ覚悟のみを決めている。
「⋯⋯では、作戦を始める」
ミース学園自治区内、中央部、ミース学園。
正方形の敷地内の中心は巨大な噴水が備えられている公園がある。その北側に校舎、西側に大聖堂、東側に図書館、南側には学園の出入り口の門があり、その両側に部室棟がある。
平日は草木が生い茂り、気品を感じさせる歴史ある風景が広がっているが、此度の雰囲気はまるで違った。
血肉に汚れているわけではないが、何か、おどろおどろしい空気に包まれている。
いつもとは違った⋯⋯姿形はまるで変わっていないのに、致命的に何かが違う、非日常に飲み込まれているように思えた。
──否、確実に、その聖域は非日常に侵食されていた。
「──なに、あれ」
ミナたちは『それ』を見てしまった。
白い巨人。三、四メートルの人形。中身は赤色であるのだろう。白い装甲のような筋肉の隙間から、赤い肉が垣間見える。
頭部はペストマスクのような形状をしている。目があるべき位置には巨大な単眼があった。また、頭上には赤い血が滴る真紅の環が浮かんでいる。
巨人は右手に赤い両刃の斧、左手にタワーシールドを握っている。
そして、この化物が、見渡すだけで少なくとも五体、闊歩していた。
化物は個体により、姿や武装がやや異なる。
「⋯⋯明らかヤバイ。⋯⋯アレンさん、ヒナタ、何とかならない?」
『ちょっと待ってくださいね⋯⋯』
ヒナタはミース学園内の監視カメラをハッキングし、白い巨人の居場所を特定する。
どうやら巨人たちは無作為に、敷地内をパトロールするように動いているらしい。
『⋯⋯化物は不確定要素の塊だ。ここは二手に別れ、隠密行動に徹しよう』
アレンはチームをミナとリエサ、イーライとリンに別けた。
ミナたちは西側の大聖堂、イーライたちは東側の図書館を探索することにした。校舎はそこまで重要ではないと判断しているが、これら二つに手掛かりがなければ、合流の後、探索する手筈となっている。
監視カメラで確認する限り、敷地内には八体の巨人を発見した。
「全員、無事に帰還すること。いいな?」
イーライの言葉に了承の意を伝え、二手に別れる。
ミナとリエサは大聖堂を目指し、動き始めた。
ミース大聖堂は入学式や卒業式、普段は学内のとある委員会の本部として使われている。
また、礼拝堂もあり、それでミナたちも何度か訪れたことがある。
白い巨人の監視を掻い潜り、二人は大聖堂内への侵入を成功させた。
「⋯⋯⋯⋯」
大聖堂内部。高さはおよそ三十メートル。入り口から奥まではおよそ七十メートル。両脇には真っ白な長椅子がいくつも陳列しており、彫刻の施された柱が幾つも天井まで伸びている。
ステンドガラスが一定間隔に設置されており、日が差していれば圧倒される雰囲気、光景になることをミナたちは知っている。入学式の時は感動さえしたものだ。
だが今は、まるで真逆のオーラーを醸し出していた。
なぜならば──祭壇は破壊されている。椅子は砕けて、投げ捨てられたようだ。
内部は酷く荒らされている。強盗にでも入られたような状態となっているが、何も盗まれたものはない。
「⋯⋯酷い」
そう言うしか、なかった。
何か手掛かりはないだろうか。ミナたちは周辺を調べることにした。
探索を初めて十分。リエサは祭壇を調べているときに、あるものを見つけた。
「ミナ、これ見て」
「ん?」
リエサが見つけたものとは、地下へ続く階段だ。元々そこには祭壇があり、隠れていたのだろう。
すぐにアレンにこれを連絡する。
『そうか。そっちでも、か』
どうやら、イーライたちの方でも同じように地下へ続く道を見つけたらしい。
『少し危険だが⋯⋯地下とは怪しい。何か知っていたりは?』
『わからん。⋯⋯が、さっき館内で調べてみたんだが、どうもミース学園の下には封鎖された地下空間があるらしいな。元々あった大洞窟だそうだ』
かつてこの地に多くの宗教があったことは周知の事実だ。
そして、それらは一度、宗教戦争を起こしている。
ミース学園として統合されるにあたり、宗教戦争は終わる。
その後、この戦争で亡くなった人々を鎮魂するため、そして遺体を埋葬するため、この洞窟が利用された。
『しかし後に崩落の危険性を理由に、洞窟内の遺体は移送され、封鎖もされた⋯⋯か』
それが真実であれば侵入するのは危険極まりない。が、これは五十年前の出来事だ。崩落するならとっくにしているだろうし、今はどうもこの封鎖理由が嘘であるように思える。
『侵入してくれ。内部を探索しよう。⋯⋯危険だと判断したらすぐに地上に逃げること。あれだったら星華、爆破してもいいからな』
「はは。⋯⋯わかりました。いざという時は、洞窟を地上に晒します」
ジョークなのか本気なのか分からないトーンでミナは答えた。彼女ならばできそうだから困る、と、他のメンバーは苦笑いする。
『なんにせよ、命を優先にするように』
両チームは地下に続く階段に足を踏み入れる。
──その瞬間。ミナたちに向かって走ってくる巨大な足音が聞こえた。
「──っ!?」
嫌な予感を覚えた。それだけで判断には事足りる。
ミナはリエサを抱き抱え、飛行し、大聖堂の天井を爆破し空に抜ける。
地上、そこには、先程見た白い巨人が四体居た。それらの巨眼は上空のミナたちを捉えていた。
「⋯⋯なに。どうしていきなり⋯⋯アレンさん、どうすれば⋯⋯」
「⋯⋯ミナ?」
抱き抱えられたまま、リエサは突然黙ったミナの名を呼ぶ。
「⋯⋯通信が繋がらない──!」
ミース学園を囲うように結界が展開されていることを確認した。通信を途絶された。
何者かに侵入を察知された。結界により脱出は不可能だろう。そして、白い巨人はミナたちを始末するように命じられたのだろう。
「まずい──」
ミナはどうすべきなのか、思考を巡らせる。が──目前、展開した翼によるたった一回の羽撃きで、上空百メートルのミナたちに白い巨人は接近した。
その白い巨人は初めに見た、斧を持った個体だ。
巨大は斧を薙ぎ払う。避けつつ、ミナは爆発を推進力に地上に逃れる。巨人も羽を羽撃かせ、着地した。
「────」
三体の巨人たちが走り、向かってくる。目の前には斧を振りかぶる巨人が一体。
スピードは異常。パワーも異常。どうも魔族ではないようだが、そのスペックはあの特級魔族と同等あるいはそれ以上だろう。
ミナの魔力がよく見える目は、そうだと判断した。
それが、ここには四体。そしてイーライたちの方にも同じ数が居る。
──死ぬ、と、直感した。
────だが、目前の巨人の首が落ちる。他、三体の巨人も、真っ黒な翼によって引き裂かれていた。
「──大丈夫? ミナ」
「──ッたくよォ⋯⋯手間かけさせんな」
ミナとリエサを助けたのは、誰でもない。
エストと、アンノウンという予想もしなかった人たちだ。
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