78 / 116
第78話 裏都市
しおりを挟む
絶体絶命の状況下、ミナたちの命を救ったのは、まさかのエスト、アンノウンの二人であった。
「ごめんね。遅れちゃった」
エストはそう言った。が、ミナは「ありがとう」と、命を助けてもらったことへの礼を言うより先に、叫ばねばならないことがあった。
「後ろ──まだ──」
大斧が、エストを胴体を切断すべく薙ぎ払われた。それを行った巨人に頭は生えていない。それは頭部がない状態で動いたのである。
いや、頭部など所詮は外部の状況を把握するための器官でしかないのかもしれない。
「⋯⋯ははは。ありがとうね。教えてくれて。でもまあ⋯⋯安心してよ」
斧は消えていた。反転魔術による座標移動を適応され、武器をテレポートさせたのだ。
だから、エストを切り裂くものは何もなかった。
「⋯⋯え」
「不死殺しには慣れているから、さ」
エストの手に魔術陣が展開される。すると、巨人がひっくり返った。
転んだ、という意味ではない。文字通り、肉体の内側と外側が反転したのだ。
表皮は体内に、体内の臓器や骨などは外側に。
それはグロテスクな、辛うじて人のシルエット保っただけの肉塊へと成り果てる。
「普通の生き物なら即死だ。動くことは当然、蠢くこともできないものだけど⋯⋯なるほど。キミたちはどうやら、生き物であるのかも怪しいらしい」
裏返った巨人は、それでもエストを殺そうと動く。が、崩れ落ちる。蠢くことしか、もはやできない。
トドメを刺すように、極太の一般攻撃魔術が巨人だったものを焼き払った。
「完全な不死身とは少し違うね。消し炭にでもすれば死ぬ程度。不死身のなり損ないだ。わかった? アンノウン?」
致命傷であるにもかかわらず動く巨人が三体。それらはアンノウンを一気に襲っていた。
が、攻撃は容易く躱す。そして巨人たちに触れた。
すると、巨人の肉体は砂に成り果てた。
「命令すんな」
「そう。悪かったね」
全く心の篭っていない謝罪に、最早、アンノウンは苛立つ気も起きなかった。
「⋯⋯あ、ありがとう、ございます⋯⋯いや、それより先生たちも⋯⋯!」
「ああ。あっちにはまた別の人らが行ったよ。さっき合流したんだ」
イーライ、リンの二人の心配はいらない、ということだ。
ミナはエストたちに地下のことを伝えた。すると、エストは魔術らしき何かを使った。
「ふむ⋯⋯確かに洞窟らしきものがあるね。ただ⋯⋯特段何も⋯⋯」
その彼女の言葉のあとに続くはずだった否定はなくなった。
「⋯⋯どうしたんですか?」
「⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯」
エストは今、魔法による超音波ソナーで地下空間を探索した。結果として、特に異常はなかった、はずだった。
「魔術的反抗装置⋯⋯それも別々のものが二つ?」
もし、エストでなければ探知を阻害され、違和感を覚えることさえなかった。仮に起動したとしても、その瞬間、探知者の脳回路は焼き切れ、即死していただろう。
実際、エストのように常に体内防御を起動し続けているような人間でない限り、死んでいた。
「⋯⋯怪しいね。状況が状況なら爆撃していたところだけど⋯⋯」
流石にそれはできない。ミース学園を更地どころかクレーターまみれの荒地にするほど、エストは倫理観を溶かしたことはあまりない。
「ならさっさと向かえばいいじゃねェか。ここでうだうだやってる暇がありゃ、クソ野郎共の一人、二人ぶん殴るほうが幾らか有意義だ」
「珍しい、意見が合うのは。そうだね、さっさと降りよう。ミナとリエサの二人は後から着いてきてね」
エストと横に並ぶアンノウンを前に、ミナとリエサが着いていく。
地下に降りる階段は、大人四人ほどが横に並んでも余裕があるくらいには広かった。
コツコツと、石を踏む音が暗闇の中、響き渡る。
通路はやけに寒く感じた。下がる度にそれは強くなる。
何段降りた、何分下がり続けたのか。意識していなかったが、ある瞬間、あることに気がついた。
「⋯⋯ん」
階段は降りていない。上がっていた。目の前は暗闇ではない。明かりがある。
いつのまにか、エストは階段を登っていた。
そして昇りきったとき、そこには──都市が広がっていた。
「空間転移? 認識阻害⋯⋯私の耐性を貫通するほどのものは流石に⋯⋯だとしたら、思い当たるのは──」
地上の学園都市とは違い、その都市は古かった。エストにとって記憶に残る故郷のような時代背景──それは五十年ほど前のものだが、これに近かった。
「──アノマリー、だよ。ミス、エスト」
そんな旧都市、ビル含めたコンクリートの森の中。道端に出たエストの眼前。
そこには、一人の男が立っていた。
光のない赤色の目。色の抜けた髪。黒のスーツに身を包む初老の男。だが、スーツの上からでもわかるほど鍛えられた体と、二メートルに近い巨体。
顔面の半分ほどが大傷に覆われた彼は、優しく低く、人を虜にするような、しかし、どこか信用できない声色でエストの独り言に返事した。
「⋯⋯誰? ⋯⋯まあいい。どうやら私以外の人たちがいないようだけど、知ってる?」
「知らないね。仮に知っていて、話したとして、キミは──」
男──その正体は色彩である──の背後に、エストは回っていた。
エストは色彩の心臓を抉ろうとした。
「──ボクを、殺さなかったかい?」
エストの回し蹴りを色彩はノールックで回避した。
色彩はエストに手のひらを向ける。直後、超能力を発動する。
後方の建物に円形の穴が貫通した。
しかしそれはエストの長髪を幾らか抉っただけだ。彼女は結晶を圧し折った。
「はじめまして。ボクが色彩だ。キミのことはよく知ってるよ。異世界人、だろう?」
「少しは面白そうな相手だね。私はエスト。白の魔女と呼ばれているよ、故郷ではね」
「そうかい。少し話さないかい? キミはどちらかといえばボクたち側の人間だろう?」
「ふふふ。それはもしかしなくても冗談のつもりで言っているのかな? 私は私だ。人を殺すことに躊躇はなくとも、害を為したい破綻者になった覚えはないけどね」
反転魔術を組み込んだ一般攻撃魔術と通常の一般攻撃魔術を同時に多重展開。それを掃射する。
魔術に対して超能力は不利でもなんでもない。むしろ超能力は魔力のような明確なリソースがないため、継戦能力を評価した場合、対魔術師性能において、超能力は魔術を超えかねない。
「おやおや。キミとは同類である気がしたが⋯⋯いや、そうだな。ボクとキミは同じ人間だ。でも⋯⋯趣味嗜好が違うようだ」
色彩は全方位を守るように球体状の防御壁を展開した。それは魔術でなく、超能力だ。
ただし、反転された一般攻撃魔術は貫通し、色彩に直撃していた。つまりほぼ無傷だ。
「その点においては同意するよ。もし私が殺戮を楽しむタイプの性格なら、世界なんてとっくにいくつも滅ぼしてる。それかあえて殺し尽くしていないだろうね」
エストが放った一発の魔術は色彩の防御壁を素通りし、直撃。つまり無傷──というわけにはいかず、色彩の胴体を貫いた。当然のように背後の建物は半分ほどが蒸発し、断面は真っ赤になった。
「⋯⋯ふむ」
が、色彩の胴体に空いた穴は、即座に塞がる。それを見てもエストは一切驚かない。
「さて今度は私が何か話す手番だね。私はお喋りでね。テンションが高くなると饒舌になるタイプなんだ」
色彩に予備動作はない。超能力特有の『起こり』もほぼない。だが、エストには視えていた。
エストの背後の地面から、赤い結晶が突き出てきた。それは無音で高速で殺意を持って、彼女を背中から穿とうとしていた。
「今回のシャフォン教のテロ、キミはただ自分の目的のために利用しただけだろうけど、どういう結果になるか分かっていたのかな?」
結晶はエストに当たると同時に圧し折れる。
「学園都市及び周辺諸国の壊滅。それ以上でも以下でもないさ」
「いいや、それ以上だよ。地上でミナたちを襲わせたあのアノマリー、あれには確かに神性を感じた。本物の神格実体には遠く及ばないけど、その眷属⋯⋯使徒だろうね」
衝撃波がエストを襲う。だが何事もなかったかのように無傷のままだ。
そして、色彩に衝撃波は帰ってくる。彼は驚くことはなかった。既に予想していたことだ。
「ほう⋯⋯つまりキミは、ボクを心配してくれている、ってことだ」
「まさか。神格実体なんて降ろそうものなら、私はそれを堕ろす。私が危惧しているのはね、その余波で──」
エストの魔力に変質が確認された。
「──この世界を壊してしまうことだよ」
第十一階級魔法〈虚化〉。
色彩の『危機感知』が、過去最高クラスの警告を彼の頭の中に響かせる。
即座、色彩はその場を離れる。
回避は間に合った。間に合ったが⋯⋯、
「⋯⋯なんだ、これは⋯⋯」
色彩が先程まで立っていた箇所は、消し飛んでいた。それだけなら彼にも同じことはできる。
問題はその状態だ。一瞬、そこは空気も在さない領域となっていた。
そしてなにより、防御能力を持つ色彩が、回避を選択したこと。先の小細工ありの魔術による防御貫通とは違う。
単純明快に、出力差で消し飛ばされるという予感。
「ボクの防御能力は核の直撃すら凌げるほどだと自負していたのだけどね⋯⋯それがキミ本来の力かい?」
「うん。元の世界の力を使えない道理はないでしょ」
「だが世界には理がある。異界の力⋯⋯それに分類される異常は、特有ではなく非存在だ。⋯⋯なぜ、その力を発揮してその身体を保てられるのか⋯⋯ボクには疑問だね?」
色彩は異常について、よく知っている。彼はかつて財団に在籍していたことがあるからだ。
それをミリアは覚えていないだろうが、彼は職員統括議会の長だった。Dメンバーとも対面したことがあった。
だからこそ、エストの存在を、理解できなかった。アノマリーに詳しいからこそ、彼女が分からなかった。
「何が疑問なのかな? 単純な話さ。ないなら、創ればいい。私の旧友が見せてくれた問題の解決方法だよ」
「⋯⋯興味深い。科学者としてのボクが、好奇心を持つのは本当に久しいなぁ。⋯⋯その異能力、是非とも欲しい」
超能力『衝撃波』+『電撃』+『全反射』。
複数の超能力を掛け合わせることは非常に難しい技術であるが、色彩の能力は、彼の脳回路をその運用に最適化している。
『全反射』はエストの反転防御を貫くためのものだ。本来、この超能力は直接手で触れたものを反射するという効果を持ち、エストの反転魔術のように自動防御には使えず、また、遠隔発動することはできない。
だが、色彩はその反射能力を自らの超能力にセットした。発動条件は、対象に命中すること。それくらいの能力改造は、権能の範疇だ。
「⋯⋯ん」
エストの反転防御を貫通し、彼女は電撃を纏った衝撃波に直撃した。
全身が痺れる。生き物である限り、強力な電流が肉体に走れば、神経伝達は一瞬だが麻痺する。
一秒にも満たない硬直を、色彩は見逃さない。
色彩はエストに接近する。初老の男とは思えないほどのスピードであった。
『筋肉増強』+『鋼鉄皮膚』+『空気砲』+『全反射』
そして、その右腕は人間とは思えないものに変貌していた。
色彩の、最早凶器とも呼べる拳による右ストレートが、エストを捉える。
建物をいくつも貫通し、彼女は百メートル近く吹き飛ぶ。
色彩はテレポートし、エストが叩き込まれた建物の前に現れる。
「⋯⋯⋯⋯」
あんなに細い体。魔術師であろうと、肉体的には小柄な少女に過ぎない。
姿形を保っていられるかも怪しいパワーで殴ったが、油断はしない。
重たい右腕を解く。代わりに、手の平に熱エネルギーを収束させ、圧縮させ、ビームのように放とうとする。
「────」
瞬間、色彩は側面から恐ろしい殺気を感じた。そこには手に紫色のエネルギーを刃物のように纏ったエストが居た。
それを、振るう。
色彩はテレポートにより躱す。回避が遅れていれば、周囲の建物のように一刀両断されていただろう。
「くく。はは。やっぱり来て良かったよ。安心した。ここは異常な空間だ。そうでしょ? ⋯⋯私はこれだけ魔女として現界しているのに、未だ不調の兆しもない」
エストは本来、その存在自体が世界から排斥され然るべき者だ。
魔女としての力を最大限発揮した場合、彼女には世界からの抵抗がモロに掛かる。
だが、ここは異常空間。そもそも、世界からして正常な領域ではない。
つまり、正常であることを強制する力は、相殺され弱まっている。
「少しギアを上げようか。⋯⋯能力は劣化したままだけど⋯⋯魔法は、本調子に一番近くなってるから!」
エストの魔圧がより上がる。強くなっている。いや、これは彼女本来の力に近づいていっているのだ。
「⋯⋯ははは! 面白いっ! なるほど異世界の魔女殺し、悪くない称号じゃあないかっ!」
身体能力を弱化させる代わりに生命力を大幅に増幅させる『摂生』を発動。
また、複数の身体強化系能力を起動。これにより弱化した身体能力は元に戻るどころか、より、強化される。
更に肉体を自動で修復する『再生』の強度を最大限まで増幅する。
これらすべて、常時発動できるものではない。負荷は大きい。戦闘終了後、しばらく動けなくなるリスクはあるが──、
「キミは何としてでも、ここで殺さなければいけないボクの敵だ!」
「ごめんね。遅れちゃった」
エストはそう言った。が、ミナは「ありがとう」と、命を助けてもらったことへの礼を言うより先に、叫ばねばならないことがあった。
「後ろ──まだ──」
大斧が、エストを胴体を切断すべく薙ぎ払われた。それを行った巨人に頭は生えていない。それは頭部がない状態で動いたのである。
いや、頭部など所詮は外部の状況を把握するための器官でしかないのかもしれない。
「⋯⋯ははは。ありがとうね。教えてくれて。でもまあ⋯⋯安心してよ」
斧は消えていた。反転魔術による座標移動を適応され、武器をテレポートさせたのだ。
だから、エストを切り裂くものは何もなかった。
「⋯⋯え」
「不死殺しには慣れているから、さ」
エストの手に魔術陣が展開される。すると、巨人がひっくり返った。
転んだ、という意味ではない。文字通り、肉体の内側と外側が反転したのだ。
表皮は体内に、体内の臓器や骨などは外側に。
それはグロテスクな、辛うじて人のシルエット保っただけの肉塊へと成り果てる。
「普通の生き物なら即死だ。動くことは当然、蠢くこともできないものだけど⋯⋯なるほど。キミたちはどうやら、生き物であるのかも怪しいらしい」
裏返った巨人は、それでもエストを殺そうと動く。が、崩れ落ちる。蠢くことしか、もはやできない。
トドメを刺すように、極太の一般攻撃魔術が巨人だったものを焼き払った。
「完全な不死身とは少し違うね。消し炭にでもすれば死ぬ程度。不死身のなり損ないだ。わかった? アンノウン?」
致命傷であるにもかかわらず動く巨人が三体。それらはアンノウンを一気に襲っていた。
が、攻撃は容易く躱す。そして巨人たちに触れた。
すると、巨人の肉体は砂に成り果てた。
「命令すんな」
「そう。悪かったね」
全く心の篭っていない謝罪に、最早、アンノウンは苛立つ気も起きなかった。
「⋯⋯あ、ありがとう、ございます⋯⋯いや、それより先生たちも⋯⋯!」
「ああ。あっちにはまた別の人らが行ったよ。さっき合流したんだ」
イーライ、リンの二人の心配はいらない、ということだ。
ミナはエストたちに地下のことを伝えた。すると、エストは魔術らしき何かを使った。
「ふむ⋯⋯確かに洞窟らしきものがあるね。ただ⋯⋯特段何も⋯⋯」
その彼女の言葉のあとに続くはずだった否定はなくなった。
「⋯⋯どうしたんですか?」
「⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯」
エストは今、魔法による超音波ソナーで地下空間を探索した。結果として、特に異常はなかった、はずだった。
「魔術的反抗装置⋯⋯それも別々のものが二つ?」
もし、エストでなければ探知を阻害され、違和感を覚えることさえなかった。仮に起動したとしても、その瞬間、探知者の脳回路は焼き切れ、即死していただろう。
実際、エストのように常に体内防御を起動し続けているような人間でない限り、死んでいた。
「⋯⋯怪しいね。状況が状況なら爆撃していたところだけど⋯⋯」
流石にそれはできない。ミース学園を更地どころかクレーターまみれの荒地にするほど、エストは倫理観を溶かしたことはあまりない。
「ならさっさと向かえばいいじゃねェか。ここでうだうだやってる暇がありゃ、クソ野郎共の一人、二人ぶん殴るほうが幾らか有意義だ」
「珍しい、意見が合うのは。そうだね、さっさと降りよう。ミナとリエサの二人は後から着いてきてね」
エストと横に並ぶアンノウンを前に、ミナとリエサが着いていく。
地下に降りる階段は、大人四人ほどが横に並んでも余裕があるくらいには広かった。
コツコツと、石を踏む音が暗闇の中、響き渡る。
通路はやけに寒く感じた。下がる度にそれは強くなる。
何段降りた、何分下がり続けたのか。意識していなかったが、ある瞬間、あることに気がついた。
「⋯⋯ん」
階段は降りていない。上がっていた。目の前は暗闇ではない。明かりがある。
いつのまにか、エストは階段を登っていた。
そして昇りきったとき、そこには──都市が広がっていた。
「空間転移? 認識阻害⋯⋯私の耐性を貫通するほどのものは流石に⋯⋯だとしたら、思い当たるのは──」
地上の学園都市とは違い、その都市は古かった。エストにとって記憶に残る故郷のような時代背景──それは五十年ほど前のものだが、これに近かった。
「──アノマリー、だよ。ミス、エスト」
そんな旧都市、ビル含めたコンクリートの森の中。道端に出たエストの眼前。
そこには、一人の男が立っていた。
光のない赤色の目。色の抜けた髪。黒のスーツに身を包む初老の男。だが、スーツの上からでもわかるほど鍛えられた体と、二メートルに近い巨体。
顔面の半分ほどが大傷に覆われた彼は、優しく低く、人を虜にするような、しかし、どこか信用できない声色でエストの独り言に返事した。
「⋯⋯誰? ⋯⋯まあいい。どうやら私以外の人たちがいないようだけど、知ってる?」
「知らないね。仮に知っていて、話したとして、キミは──」
男──その正体は色彩である──の背後に、エストは回っていた。
エストは色彩の心臓を抉ろうとした。
「──ボクを、殺さなかったかい?」
エストの回し蹴りを色彩はノールックで回避した。
色彩はエストに手のひらを向ける。直後、超能力を発動する。
後方の建物に円形の穴が貫通した。
しかしそれはエストの長髪を幾らか抉っただけだ。彼女は結晶を圧し折った。
「はじめまして。ボクが色彩だ。キミのことはよく知ってるよ。異世界人、だろう?」
「少しは面白そうな相手だね。私はエスト。白の魔女と呼ばれているよ、故郷ではね」
「そうかい。少し話さないかい? キミはどちらかといえばボクたち側の人間だろう?」
「ふふふ。それはもしかしなくても冗談のつもりで言っているのかな? 私は私だ。人を殺すことに躊躇はなくとも、害を為したい破綻者になった覚えはないけどね」
反転魔術を組み込んだ一般攻撃魔術と通常の一般攻撃魔術を同時に多重展開。それを掃射する。
魔術に対して超能力は不利でもなんでもない。むしろ超能力は魔力のような明確なリソースがないため、継戦能力を評価した場合、対魔術師性能において、超能力は魔術を超えかねない。
「おやおや。キミとは同類である気がしたが⋯⋯いや、そうだな。ボクとキミは同じ人間だ。でも⋯⋯趣味嗜好が違うようだ」
色彩は全方位を守るように球体状の防御壁を展開した。それは魔術でなく、超能力だ。
ただし、反転された一般攻撃魔術は貫通し、色彩に直撃していた。つまりほぼ無傷だ。
「その点においては同意するよ。もし私が殺戮を楽しむタイプの性格なら、世界なんてとっくにいくつも滅ぼしてる。それかあえて殺し尽くしていないだろうね」
エストが放った一発の魔術は色彩の防御壁を素通りし、直撃。つまり無傷──というわけにはいかず、色彩の胴体を貫いた。当然のように背後の建物は半分ほどが蒸発し、断面は真っ赤になった。
「⋯⋯ふむ」
が、色彩の胴体に空いた穴は、即座に塞がる。それを見てもエストは一切驚かない。
「さて今度は私が何か話す手番だね。私はお喋りでね。テンションが高くなると饒舌になるタイプなんだ」
色彩に予備動作はない。超能力特有の『起こり』もほぼない。だが、エストには視えていた。
エストの背後の地面から、赤い結晶が突き出てきた。それは無音で高速で殺意を持って、彼女を背中から穿とうとしていた。
「今回のシャフォン教のテロ、キミはただ自分の目的のために利用しただけだろうけど、どういう結果になるか分かっていたのかな?」
結晶はエストに当たると同時に圧し折れる。
「学園都市及び周辺諸国の壊滅。それ以上でも以下でもないさ」
「いいや、それ以上だよ。地上でミナたちを襲わせたあのアノマリー、あれには確かに神性を感じた。本物の神格実体には遠く及ばないけど、その眷属⋯⋯使徒だろうね」
衝撃波がエストを襲う。だが何事もなかったかのように無傷のままだ。
そして、色彩に衝撃波は帰ってくる。彼は驚くことはなかった。既に予想していたことだ。
「ほう⋯⋯つまりキミは、ボクを心配してくれている、ってことだ」
「まさか。神格実体なんて降ろそうものなら、私はそれを堕ろす。私が危惧しているのはね、その余波で──」
エストの魔力に変質が確認された。
「──この世界を壊してしまうことだよ」
第十一階級魔法〈虚化〉。
色彩の『危機感知』が、過去最高クラスの警告を彼の頭の中に響かせる。
即座、色彩はその場を離れる。
回避は間に合った。間に合ったが⋯⋯、
「⋯⋯なんだ、これは⋯⋯」
色彩が先程まで立っていた箇所は、消し飛んでいた。それだけなら彼にも同じことはできる。
問題はその状態だ。一瞬、そこは空気も在さない領域となっていた。
そしてなにより、防御能力を持つ色彩が、回避を選択したこと。先の小細工ありの魔術による防御貫通とは違う。
単純明快に、出力差で消し飛ばされるという予感。
「ボクの防御能力は核の直撃すら凌げるほどだと自負していたのだけどね⋯⋯それがキミ本来の力かい?」
「うん。元の世界の力を使えない道理はないでしょ」
「だが世界には理がある。異界の力⋯⋯それに分類される異常は、特有ではなく非存在だ。⋯⋯なぜ、その力を発揮してその身体を保てられるのか⋯⋯ボクには疑問だね?」
色彩は異常について、よく知っている。彼はかつて財団に在籍していたことがあるからだ。
それをミリアは覚えていないだろうが、彼は職員統括議会の長だった。Dメンバーとも対面したことがあった。
だからこそ、エストの存在を、理解できなかった。アノマリーに詳しいからこそ、彼女が分からなかった。
「何が疑問なのかな? 単純な話さ。ないなら、創ればいい。私の旧友が見せてくれた問題の解決方法だよ」
「⋯⋯興味深い。科学者としてのボクが、好奇心を持つのは本当に久しいなぁ。⋯⋯その異能力、是非とも欲しい」
超能力『衝撃波』+『電撃』+『全反射』。
複数の超能力を掛け合わせることは非常に難しい技術であるが、色彩の能力は、彼の脳回路をその運用に最適化している。
『全反射』はエストの反転防御を貫くためのものだ。本来、この超能力は直接手で触れたものを反射するという効果を持ち、エストの反転魔術のように自動防御には使えず、また、遠隔発動することはできない。
だが、色彩はその反射能力を自らの超能力にセットした。発動条件は、対象に命中すること。それくらいの能力改造は、権能の範疇だ。
「⋯⋯ん」
エストの反転防御を貫通し、彼女は電撃を纏った衝撃波に直撃した。
全身が痺れる。生き物である限り、強力な電流が肉体に走れば、神経伝達は一瞬だが麻痺する。
一秒にも満たない硬直を、色彩は見逃さない。
色彩はエストに接近する。初老の男とは思えないほどのスピードであった。
『筋肉増強』+『鋼鉄皮膚』+『空気砲』+『全反射』
そして、その右腕は人間とは思えないものに変貌していた。
色彩の、最早凶器とも呼べる拳による右ストレートが、エストを捉える。
建物をいくつも貫通し、彼女は百メートル近く吹き飛ぶ。
色彩はテレポートし、エストが叩き込まれた建物の前に現れる。
「⋯⋯⋯⋯」
あんなに細い体。魔術師であろうと、肉体的には小柄な少女に過ぎない。
姿形を保っていられるかも怪しいパワーで殴ったが、油断はしない。
重たい右腕を解く。代わりに、手の平に熱エネルギーを収束させ、圧縮させ、ビームのように放とうとする。
「────」
瞬間、色彩は側面から恐ろしい殺気を感じた。そこには手に紫色のエネルギーを刃物のように纏ったエストが居た。
それを、振るう。
色彩はテレポートにより躱す。回避が遅れていれば、周囲の建物のように一刀両断されていただろう。
「くく。はは。やっぱり来て良かったよ。安心した。ここは異常な空間だ。そうでしょ? ⋯⋯私はこれだけ魔女として現界しているのに、未だ不調の兆しもない」
エストは本来、その存在自体が世界から排斥され然るべき者だ。
魔女としての力を最大限発揮した場合、彼女には世界からの抵抗がモロに掛かる。
だが、ここは異常空間。そもそも、世界からして正常な領域ではない。
つまり、正常であることを強制する力は、相殺され弱まっている。
「少しギアを上げようか。⋯⋯能力は劣化したままだけど⋯⋯魔法は、本調子に一番近くなってるから!」
エストの魔圧がより上がる。強くなっている。いや、これは彼女本来の力に近づいていっているのだ。
「⋯⋯ははは! 面白いっ! なるほど異世界の魔女殺し、悪くない称号じゃあないかっ!」
身体能力を弱化させる代わりに生命力を大幅に増幅させる『摂生』を発動。
また、複数の身体強化系能力を起動。これにより弱化した身体能力は元に戻るどころか、より、強化される。
更に肉体を自動で修復する『再生』の強度を最大限まで増幅する。
これらすべて、常時発動できるものではない。負荷は大きい。戦闘終了後、しばらく動けなくなるリスクはあるが──、
「キミは何としてでも、ここで殺さなければいけないボクの敵だ!」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる