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第79話 ダスト・トゥ・ダスト
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足音がした。でもそれは大きく、普通の人間のものではない。
イーライはそれが、あの巨人のものであると即座に判断し、リンを守るように構えた。
巨人は図書館の扉を壊さず、体を縮めて侵入してきた。化物らしい暴力的な動きはない。
まるで人間のような様子が見受けられる。が、イーライたちに対しては敵対的である。
「⋯⋯西園寺、俺が食い止める。だから君は逃げるんだ」
目前にはあの白い巨人が四体。二人では対応もできない、が、一人だけならば逃がすこともできる。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯いや、大丈夫です」
しかし、リンは気が付いた。その魔力反応、二つに。
「〈穿ち引き裂く死の茨〉」
「〈千編重糸〉」
まず、二体の巨人が殺された。不意打ちとはいえ、特級魔族相当の巨人を一撃で殺害するのは限られる。
残り二体も、反撃を許すまでもなく、動けなくなっている。糸がそれらの四肢を縛っていたのだ。
そして、捕縛された巨人たちの心臓を茨が貫き、その肉体を灰に帰す。
「ホタルさん⋯⋯と⋯⋯なぜ、お前が⋯⋯」
尊敬すべき大先輩と、殺すべき魔詛使が一緒に居る。何かあったのだろうが、リンは警戒せざるを得なかった。
「そんなに殺気立たないでよぉ。僕は今のところ、あなたたちと敵対する気はないからさぁ」
ヴィーテの声に嘘は見受けられない。だが、訓練次第でどうにでもなるような技術だ。ポーカーフェイスなど、彼女の十八番だろう。
「⋯⋯今は、協力してほしいの。わたしからもお願いするわ、西園寺さん」
「⋯⋯わかりました。はい。⋯⋯ヴィーテ、今は、信用してあげる」
「あー、いいか? ⋯⋯とりあえず、協力するというのなら情報を共有しよう」
ホタルとヴィーテに現状、イーライたちの目的を話した。
「ふーん。なら、この自治区内で調べられそうなものはないだろうね。つまり、やっぱりこの地下に行くしかないよぉ?」
「それは、なにか根拠でもあるのか?」
ヴィーテが断言するようなその言い方をしたのには、勿論理由がある。
ヴィーテら魔詛使に与えられた任務は学園都市内に存在する全ての生存者の殺害だ。
しかし、ミース学園には近づかないことが命じられていた。
「何かあるとすればミース学園しかない、ってこと」
どちらにせよ、地下は探査するつもりだった。
そのため、四人は地下に続く階段を降りていった。
その後は、エストらと同じように転移し、『裏都市』の各地点に分断された。
「⋯⋯転移による分断。それによる各個撃破が目的、か」
イーライは右手にハンドガン、左手にナイフを持ち、構える。そして決して、眼前の少女から目を離さないようにしている。
「相性も考えて配置しているらしいな? ⋯⋯レイチェル・S・ブラック」
レベル6第五位、『変異変貌』の能力者、レイチェル・S・ブラック。
ほぼ全ての超能力者相手に優位が取れるイーライであろうと、相性の悪い超能力者は存在する。
それは、異形系の超能力者だ。そもそもの肉体が人間からかけ離れた存在である超能力者を視たところで、その肉体を人間のものに戻すことはできない。
「そうね。わたくしの超能力による変貌は肉体改造。改造自体には現実の改変が発生するけれど、改造されたものは正真正銘、わたくし自身の身体機能⋯⋯多少、利便性は落ちるけれど⋯⋯非能力者を相手にするなら問題はない、でしょう?」
レイチェルの背中には翼がある。右腕は刃物のような形を取っており、左手は盾のようになっている。足は逆脚となっている。
攻撃、防御、機動力。オールラウンダーの肉体改造を施した状態で、レイチェルはイーライを迎撃する。
イーライの超能力では相性が悪い。実質的に無能力で超能力者を相手にしないといけないからだ。
「さて。お喋りもここまで。それじゃあ⋯⋯殺してあげるわ」
レイチェルは一瞬でイーライとの距離を詰める。イーライは射撃するが、当然のように左手の盾でガードされた。
間合いに入り、剣が薙ぎ払われる。イーライは何とか躱したが、それは一撃目だけだ。
追撃のキックが鳩尾に直撃し、背後の壁に叩き付けられる。そして剣先が迫る。
ナイフで滑らし、ゼロ距離、レイチェルの顔面に銃口を叩き付け、引き金を引く。
しかしレイチェルは身を低くし銃撃を回避。シールドでイーライをバッシュした。
「ぐっ──」
地面をバウンドする。レイチェルはイーライを突き刺すように剣を振り下ろす。
イーライは転がりつつ突きを躱し、跳躍し体制を整える。
(ハンドガンじゃまともにやり合えないな。⋯⋯通じるとすれば、生身へのゼロ距離射撃。頭に弾丸か刃を叩き込むしか──)
レイチェルはひと踏みでイーライの後ろまで動いていた。その剣からは、赤い血が滴っていた。
「へぇ。今のに反応できるなんて。凄いわね」
イーライはナイフで防御しようとしたが、その防御ごと破られた。彼の胴体には、肩から脇腹にかけて深い傷が刻まれていた。
「くっ⋯⋯」
「じゃあ二度目で殺しであげましょう」
イーライは照準を合わせる余裕すらないと判断し、銃口を向けるだけ向けてトリガーを引く。
その狙いは、近距離ということもあり正確だった。だが、レイチェルの瞬発力は凄まじかった。
銃弾を剣で切断し、そして、その剣は、イーライの心臓を貫いた。
「か⋯⋯は⋯⋯っ⋯⋯」
痛い。熱い。意識が、遠のく。
心臓の鼓動が弱まるのを感じる。血の気が引いていくのを実感する。
死が、迫る。
──だが、
「⋯⋯ッ!」
イーライは、レイチェルの剣の腕を握った。触れたのだ。すると、彼女の手の変貌は解かれ、元の正常な肉体に戻った。
「なに⋯⋯っ!?」
イーライはその腕を撃ち抜いた。痛みで、レイチェルは後退り、その手を引く。
明確な隙ができてしまった。イーライは接近し、銃口をレイチェルの頭に突き付け、そして引き金を引いた。
銃声、一発。マズルフラッシュがレイチェルの目を焼いた。耳鳴りが酷い。
しかし──レイチェルは、死んでいない。
「油断した⋯⋯まさかその状態で動くなんて⋯⋯」
イーライの超能力は、レイチェルに接近したことで弱まり、彼女は頭部を守るように硬質化した。
長時間維持できたものではないが、銃弾を防ぐには猶予は十分長かった。
「なら今度こそ、確実に、殺さなくちゃあならないわね」
イーライは血反吐を吐き、地面に倒れ込む。それでも油断はしない。できない。尚も警戒は怠ることはできなかった。
ゆえにレイチェルは一切隙を見せずに、その剣を、首を撥ねるべく払った。
一人の男の首が、道路に転がった。
「⋯⋯。⋯⋯さてと。それじゃあ他のみんなの援護に行こうかしらね──」
レイチェルは翼を羽ばたかせ、飛ぼうとした。しかしその瞬間、レイチェルの周囲を星が舞う。
「──っ!」
爆撃は回避できない。レイチェルの全身は大火傷を負った。彼女が超能力で自己回復できなければ、今ので終わっていただろう。
人を殺す火力としては、あまりにも過剰だった。
「⋯⋯あはは。ヒーローは遅れてやってくる、と? しかしまあ⋯⋯遅すぎね?」
現れたのはミナだった。以前会った時とは、まるで雰囲気が違った。
今の彼女には、殺意しかない。その可愛らしい顔は真っ黒な影に染まっている。
「────」
よくも、とか。殺してやる、とか。そんな言葉を出すより先に、体が動いていた。
あるのは、ただ、絶望であり、恐怖であり、悲しさ。
たった二ヶ月程度、師事を受けただけで、彼のことは何も知らない。
けれど間違いなく、恩師であり、恩人だった。
そんな人を、目の前で、殺された。
そんな人の死を、目の前で、見過ごした。
己への怒りが、沸いてくる。目の前の人を救けることもできずに、ヒーローになりたいだなんて言えた自分に。
「⋯⋯。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ミナの後ろに、遅れてリエサが来た。彼女も恩師の生首を見て動揺した。その事実を一瞬、受け入れられないほどのショックを受けた。
が、それよりもミナの様子を見て、冷静さを取り戻した。
「⋯⋯わたしはあなたを、赦さない」
「はっ。赦してもらう気なんてないわ──よ」
一瞬にして、周囲半径百メートルが消し炭になるほどの爆裂が生じた。
恐ろしいことに、百メートルの範囲を超えた瞬間、そこは何事もなかったかのように無傷であったこと。
そして、近くに居たはずのリエサは熱を一切感じなかったこと。
圧倒的な超火力であるにもかかわらず、その精密動作性能は反比例するように高かった。
「はーーー⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
星華ミナの能力スペックに関しては情報を得ている。レイチェルであれば、その爆発に耐えられる強度の対爆装甲を展開することはできた。
が、瞬発性能においては、見誤っていた。
「⋯⋯リエサ、先に行ってて。⋯⋯周りのこと、考えたくない」
「⋯⋯わかった。⋯⋯負けないでよ」
リエサは『Accel Edit』により自身を加速させ、その場から一瞬で離れた。
レイチェルは元より追う気はなかった。
彼女は上半身がほとんど吹き飛んでいたが、筋肉繊維が編まれるようにして再生している。
数秒足らずで完治した。
「⋯⋯恐ろしい火力ね。でも、あなたとの戦闘も見越して、ここに居るのよ」
「前みたいに簡単に殺せると思わないでよ。もう、不覚は取らない」
『仄明星々』──出力45%。そして瞬間出力100%の爆裂を起動。
たった一度の爆撃。何十メートル規模で、地面が融解した。
その爆心地。対爆装甲を完全に得たレイチェルは、無傷で立っていた。
「言ったでしょう。あなたとの戦闘は見越している、と。あなたの100%くらい耐えられるわ」
『裏都市』に集められた人員は、侵入者たるミナたちにとって有利を取ることができるメンバーで構成されている。
勿論、マッチアップまで操作することはできなかったが、その場合逃亡すれば良いだけだ。
レイチェルは、最優先でイーライを相手にし、その次にミナを殺す役目を与えられた。
(⋯⋯星華ミナ。以前勝てたのは、ひとえに彼女が本気じゃなかったから。本気の彼女はレベル6上位の戦闘力を持つ、とあの人は言っていた)
あの人──色彩は、ジョーカーを育てた人物だ。レイチェルやメイリも会ったことがある人物だが、彼の言うことは全て真実であった。アドバイスも、何もかもが気色悪いくらい的確だった。
ミナはそれだけの戦闘力を持つ⋯⋯信じがたい、というのがレイチェルの本音だった。数分前まで、は。
(⋯⋯本当みたいね。アンノウンやミリア・アインドラほどまではいかないけど⋯⋯それ未満とは隔絶している)
レイチェルの周りを高密度、高体積の星屑が舞う。反応は許されず、即時起爆。
もしレイチェルに対爆装甲がなければ、もう何度死んでいただろうか。
「そこに立っているだけで、何もしないの? わたしを殺すんじゃないの?」
「ええ。そうね」
超能力『変異変貌』。自分もしくは触れた対象の肉体を自由自在に作り変えることができる。質量保存の法則は適応されず、架空のものさえ編み出すことが可能。
その圧倒的な応用性能を十全に発揮するには人外の演算能力と精密なコントロールが要求される。
だが、レイチェルの演算能力はアンノウンに並ぶ。
彼女自身の能力スペックも高く、その戦闘能力は白石ユウカに次ぐだろう。
「ッ!」
ミナの爆撃は、彼女との間合いを詰める間に数回直撃した。しかし、レイチェルがその程度で止まることはない。
剣を振る。ミナは当然かのように躱し、裏拳を叩き込む。
金属でも殴ったような音と、感触がした。
直後、爆撃。レイチェルは吹き飛ばされる。
「⋯⋯⋯⋯」
ミナの右腕には鈍痛が響いていた。しかし、魔力を回せば痛みが消える。傷が治ったわけではない。鈍化させているだけだ。
(硬い。わたしの100%の爆撃も耐えられる。仮に通じたとしても生半可な攻撃じゃあ、再生される。⋯⋯なら)
痛みはない。衝撃も通っていない。体は完全なまま。
このままいけば、体力がなくなり出力が低下したミナを殺すだけで勝つことができる。
だが──
(もし仮にわたくしが負ける道があるとすれば、万に一つ。⋯⋯けれど、星華はもう気がついているはずかしらね)
──レイチェルの能力は無敵に近い。なぜならば相手にあわせて自らの耐性を強化し、常に相手に有利をとることができるからだ。
しかし、あえて欠点を挙げるとすれば、
(──もっと高い出力で、その全身を消し炭にする)
レイチェルが適応しているのは今のミナの能力だ。そして彼女の超能力には限界がある。
現時点において、レイチェルはミナよりも能力出力が高い状態にあるが、もしも、その出力の差が反転した場合、状況は一気に変わる。
レイチェルという超能力者が最も苦手とする相手。つまり彼女の『変異変貌』、唯一の欠点は、単純な超火力能力には弱いこと。
中でもミナのような、最大出力を連発できるような、搦手が通じない相手は相性最悪だろう。
「──勝負はここからだよ。レイチェル・S・ブラック」
イーライはそれが、あの巨人のものであると即座に判断し、リンを守るように構えた。
巨人は図書館の扉を壊さず、体を縮めて侵入してきた。化物らしい暴力的な動きはない。
まるで人間のような様子が見受けられる。が、イーライたちに対しては敵対的である。
「⋯⋯西園寺、俺が食い止める。だから君は逃げるんだ」
目前にはあの白い巨人が四体。二人では対応もできない、が、一人だけならば逃がすこともできる。
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯いや、大丈夫です」
しかし、リンは気が付いた。その魔力反応、二つに。
「〈穿ち引き裂く死の茨〉」
「〈千編重糸〉」
まず、二体の巨人が殺された。不意打ちとはいえ、特級魔族相当の巨人を一撃で殺害するのは限られる。
残り二体も、反撃を許すまでもなく、動けなくなっている。糸がそれらの四肢を縛っていたのだ。
そして、捕縛された巨人たちの心臓を茨が貫き、その肉体を灰に帰す。
「ホタルさん⋯⋯と⋯⋯なぜ、お前が⋯⋯」
尊敬すべき大先輩と、殺すべき魔詛使が一緒に居る。何かあったのだろうが、リンは警戒せざるを得なかった。
「そんなに殺気立たないでよぉ。僕は今のところ、あなたたちと敵対する気はないからさぁ」
ヴィーテの声に嘘は見受けられない。だが、訓練次第でどうにでもなるような技術だ。ポーカーフェイスなど、彼女の十八番だろう。
「⋯⋯今は、協力してほしいの。わたしからもお願いするわ、西園寺さん」
「⋯⋯わかりました。はい。⋯⋯ヴィーテ、今は、信用してあげる」
「あー、いいか? ⋯⋯とりあえず、協力するというのなら情報を共有しよう」
ホタルとヴィーテに現状、イーライたちの目的を話した。
「ふーん。なら、この自治区内で調べられそうなものはないだろうね。つまり、やっぱりこの地下に行くしかないよぉ?」
「それは、なにか根拠でもあるのか?」
ヴィーテが断言するようなその言い方をしたのには、勿論理由がある。
ヴィーテら魔詛使に与えられた任務は学園都市内に存在する全ての生存者の殺害だ。
しかし、ミース学園には近づかないことが命じられていた。
「何かあるとすればミース学園しかない、ってこと」
どちらにせよ、地下は探査するつもりだった。
そのため、四人は地下に続く階段を降りていった。
その後は、エストらと同じように転移し、『裏都市』の各地点に分断された。
「⋯⋯転移による分断。それによる各個撃破が目的、か」
イーライは右手にハンドガン、左手にナイフを持ち、構える。そして決して、眼前の少女から目を離さないようにしている。
「相性も考えて配置しているらしいな? ⋯⋯レイチェル・S・ブラック」
レベル6第五位、『変異変貌』の能力者、レイチェル・S・ブラック。
ほぼ全ての超能力者相手に優位が取れるイーライであろうと、相性の悪い超能力者は存在する。
それは、異形系の超能力者だ。そもそもの肉体が人間からかけ離れた存在である超能力者を視たところで、その肉体を人間のものに戻すことはできない。
「そうね。わたくしの超能力による変貌は肉体改造。改造自体には現実の改変が発生するけれど、改造されたものは正真正銘、わたくし自身の身体機能⋯⋯多少、利便性は落ちるけれど⋯⋯非能力者を相手にするなら問題はない、でしょう?」
レイチェルの背中には翼がある。右腕は刃物のような形を取っており、左手は盾のようになっている。足は逆脚となっている。
攻撃、防御、機動力。オールラウンダーの肉体改造を施した状態で、レイチェルはイーライを迎撃する。
イーライの超能力では相性が悪い。実質的に無能力で超能力者を相手にしないといけないからだ。
「さて。お喋りもここまで。それじゃあ⋯⋯殺してあげるわ」
レイチェルは一瞬でイーライとの距離を詰める。イーライは射撃するが、当然のように左手の盾でガードされた。
間合いに入り、剣が薙ぎ払われる。イーライは何とか躱したが、それは一撃目だけだ。
追撃のキックが鳩尾に直撃し、背後の壁に叩き付けられる。そして剣先が迫る。
ナイフで滑らし、ゼロ距離、レイチェルの顔面に銃口を叩き付け、引き金を引く。
しかしレイチェルは身を低くし銃撃を回避。シールドでイーライをバッシュした。
「ぐっ──」
地面をバウンドする。レイチェルはイーライを突き刺すように剣を振り下ろす。
イーライは転がりつつ突きを躱し、跳躍し体制を整える。
(ハンドガンじゃまともにやり合えないな。⋯⋯通じるとすれば、生身へのゼロ距離射撃。頭に弾丸か刃を叩き込むしか──)
レイチェルはひと踏みでイーライの後ろまで動いていた。その剣からは、赤い血が滴っていた。
「へぇ。今のに反応できるなんて。凄いわね」
イーライはナイフで防御しようとしたが、その防御ごと破られた。彼の胴体には、肩から脇腹にかけて深い傷が刻まれていた。
「くっ⋯⋯」
「じゃあ二度目で殺しであげましょう」
イーライは照準を合わせる余裕すらないと判断し、銃口を向けるだけ向けてトリガーを引く。
その狙いは、近距離ということもあり正確だった。だが、レイチェルの瞬発力は凄まじかった。
銃弾を剣で切断し、そして、その剣は、イーライの心臓を貫いた。
「か⋯⋯は⋯⋯っ⋯⋯」
痛い。熱い。意識が、遠のく。
心臓の鼓動が弱まるのを感じる。血の気が引いていくのを実感する。
死が、迫る。
──だが、
「⋯⋯ッ!」
イーライは、レイチェルの剣の腕を握った。触れたのだ。すると、彼女の手の変貌は解かれ、元の正常な肉体に戻った。
「なに⋯⋯っ!?」
イーライはその腕を撃ち抜いた。痛みで、レイチェルは後退り、その手を引く。
明確な隙ができてしまった。イーライは接近し、銃口をレイチェルの頭に突き付け、そして引き金を引いた。
銃声、一発。マズルフラッシュがレイチェルの目を焼いた。耳鳴りが酷い。
しかし──レイチェルは、死んでいない。
「油断した⋯⋯まさかその状態で動くなんて⋯⋯」
イーライの超能力は、レイチェルに接近したことで弱まり、彼女は頭部を守るように硬質化した。
長時間維持できたものではないが、銃弾を防ぐには猶予は十分長かった。
「なら今度こそ、確実に、殺さなくちゃあならないわね」
イーライは血反吐を吐き、地面に倒れ込む。それでも油断はしない。できない。尚も警戒は怠ることはできなかった。
ゆえにレイチェルは一切隙を見せずに、その剣を、首を撥ねるべく払った。
一人の男の首が、道路に転がった。
「⋯⋯。⋯⋯さてと。それじゃあ他のみんなの援護に行こうかしらね──」
レイチェルは翼を羽ばたかせ、飛ぼうとした。しかしその瞬間、レイチェルの周囲を星が舞う。
「──っ!」
爆撃は回避できない。レイチェルの全身は大火傷を負った。彼女が超能力で自己回復できなければ、今ので終わっていただろう。
人を殺す火力としては、あまりにも過剰だった。
「⋯⋯あはは。ヒーローは遅れてやってくる、と? しかしまあ⋯⋯遅すぎね?」
現れたのはミナだった。以前会った時とは、まるで雰囲気が違った。
今の彼女には、殺意しかない。その可愛らしい顔は真っ黒な影に染まっている。
「────」
よくも、とか。殺してやる、とか。そんな言葉を出すより先に、体が動いていた。
あるのは、ただ、絶望であり、恐怖であり、悲しさ。
たった二ヶ月程度、師事を受けただけで、彼のことは何も知らない。
けれど間違いなく、恩師であり、恩人だった。
そんな人を、目の前で、殺された。
そんな人の死を、目の前で、見過ごした。
己への怒りが、沸いてくる。目の前の人を救けることもできずに、ヒーローになりたいだなんて言えた自分に。
「⋯⋯。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ミナの後ろに、遅れてリエサが来た。彼女も恩師の生首を見て動揺した。その事実を一瞬、受け入れられないほどのショックを受けた。
が、それよりもミナの様子を見て、冷静さを取り戻した。
「⋯⋯わたしはあなたを、赦さない」
「はっ。赦してもらう気なんてないわ──よ」
一瞬にして、周囲半径百メートルが消し炭になるほどの爆裂が生じた。
恐ろしいことに、百メートルの範囲を超えた瞬間、そこは何事もなかったかのように無傷であったこと。
そして、近くに居たはずのリエサは熱を一切感じなかったこと。
圧倒的な超火力であるにもかかわらず、その精密動作性能は反比例するように高かった。
「はーーー⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
星華ミナの能力スペックに関しては情報を得ている。レイチェルであれば、その爆発に耐えられる強度の対爆装甲を展開することはできた。
が、瞬発性能においては、見誤っていた。
「⋯⋯リエサ、先に行ってて。⋯⋯周りのこと、考えたくない」
「⋯⋯わかった。⋯⋯負けないでよ」
リエサは『Accel Edit』により自身を加速させ、その場から一瞬で離れた。
レイチェルは元より追う気はなかった。
彼女は上半身がほとんど吹き飛んでいたが、筋肉繊維が編まれるようにして再生している。
数秒足らずで完治した。
「⋯⋯恐ろしい火力ね。でも、あなたとの戦闘も見越して、ここに居るのよ」
「前みたいに簡単に殺せると思わないでよ。もう、不覚は取らない」
『仄明星々』──出力45%。そして瞬間出力100%の爆裂を起動。
たった一度の爆撃。何十メートル規模で、地面が融解した。
その爆心地。対爆装甲を完全に得たレイチェルは、無傷で立っていた。
「言ったでしょう。あなたとの戦闘は見越している、と。あなたの100%くらい耐えられるわ」
『裏都市』に集められた人員は、侵入者たるミナたちにとって有利を取ることができるメンバーで構成されている。
勿論、マッチアップまで操作することはできなかったが、その場合逃亡すれば良いだけだ。
レイチェルは、最優先でイーライを相手にし、その次にミナを殺す役目を与えられた。
(⋯⋯星華ミナ。以前勝てたのは、ひとえに彼女が本気じゃなかったから。本気の彼女はレベル6上位の戦闘力を持つ、とあの人は言っていた)
あの人──色彩は、ジョーカーを育てた人物だ。レイチェルやメイリも会ったことがある人物だが、彼の言うことは全て真実であった。アドバイスも、何もかもが気色悪いくらい的確だった。
ミナはそれだけの戦闘力を持つ⋯⋯信じがたい、というのがレイチェルの本音だった。数分前まで、は。
(⋯⋯本当みたいね。アンノウンやミリア・アインドラほどまではいかないけど⋯⋯それ未満とは隔絶している)
レイチェルの周りを高密度、高体積の星屑が舞う。反応は許されず、即時起爆。
もしレイチェルに対爆装甲がなければ、もう何度死んでいただろうか。
「そこに立っているだけで、何もしないの? わたしを殺すんじゃないの?」
「ええ。そうね」
超能力『変異変貌』。自分もしくは触れた対象の肉体を自由自在に作り変えることができる。質量保存の法則は適応されず、架空のものさえ編み出すことが可能。
その圧倒的な応用性能を十全に発揮するには人外の演算能力と精密なコントロールが要求される。
だが、レイチェルの演算能力はアンノウンに並ぶ。
彼女自身の能力スペックも高く、その戦闘能力は白石ユウカに次ぐだろう。
「ッ!」
ミナの爆撃は、彼女との間合いを詰める間に数回直撃した。しかし、レイチェルがその程度で止まることはない。
剣を振る。ミナは当然かのように躱し、裏拳を叩き込む。
金属でも殴ったような音と、感触がした。
直後、爆撃。レイチェルは吹き飛ばされる。
「⋯⋯⋯⋯」
ミナの右腕には鈍痛が響いていた。しかし、魔力を回せば痛みが消える。傷が治ったわけではない。鈍化させているだけだ。
(硬い。わたしの100%の爆撃も耐えられる。仮に通じたとしても生半可な攻撃じゃあ、再生される。⋯⋯なら)
痛みはない。衝撃も通っていない。体は完全なまま。
このままいけば、体力がなくなり出力が低下したミナを殺すだけで勝つことができる。
だが──
(もし仮にわたくしが負ける道があるとすれば、万に一つ。⋯⋯けれど、星華はもう気がついているはずかしらね)
──レイチェルの能力は無敵に近い。なぜならば相手にあわせて自らの耐性を強化し、常に相手に有利をとることができるからだ。
しかし、あえて欠点を挙げるとすれば、
(──もっと高い出力で、その全身を消し炭にする)
レイチェルが適応しているのは今のミナの能力だ。そして彼女の超能力には限界がある。
現時点において、レイチェルはミナよりも能力出力が高い状態にあるが、もしも、その出力の差が反転した場合、状況は一気に変わる。
レイチェルという超能力者が最も苦手とする相手。つまり彼女の『変異変貌』、唯一の欠点は、単純な超火力能力には弱いこと。
中でもミナのような、最大出力を連発できるような、搦手が通じない相手は相性最悪だろう。
「──勝負はここからだよ。レイチェル・S・ブラック」
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