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第81話 学園都市レベル6第二位『革命』
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「⋯⋯よぉ。最強」
「テメェがオレの相手か? 実力不足も甚だしいな、えェ?」
アンノウンが遭遇したのは、ジョーカーだった。
彼は町中にある変哲のないカフェの屋外席で、寛ぎながらアンノウンを待っていた。
「お前が来ることは分かっていた。その意味が分かるか?」
「首なら綺麗に洗ってるっつうことか」
ジョーカーは席を立ち上がり、アンノウンに相対する。
「そりゃお前の台詞だろうが」
ジョーカーは右手をアンノウンに翳した。そして次の瞬間、アンノウンに衝撃波が飛来する。
普通なら、衝撃波はアンノウンには無力だ。しかし、今度、アンノウンは吹き飛んだ。
背後の古い映画館に背中から突っ込む。
しかし、まともな有効打にはならなかった。
アンノウンは何事もなかったかのように、瓦礫を押し退けて出てくる。
「お前のその防御は対象をオートで識別している、ホワイトリスト方式でな。例えば光、空気⋯⋯生存に不可欠なものは、不解化しない」
アンノウンは黒翼を展開し、雑に薙ぎ払う。しかしそれはジョーカーに命中することなく自然に躱された。
「なら単純な話だ。攻撃をそれら不可欠なものに偽装し、フィルターをすり抜ける。それだと勿論、お前の解析能力に対抗しないといけないが⋯⋯そこは問題ないんだなぁ、これが」
ジョーカーの超能力は都合の良い未来を引き寄せる。それに伴う権能として、未来を視ることができる。
彼はアンノウンが出すであろう解析結果を、それによる対策を、彼より先に視ることができる。
そしてジョーカーはレベル6第二位の超能力者だ。アンノウンに勝るほどの演算能力、解析力はないが、決して、大きく劣るものでもない。
つまり、先に答えを視ることができるジョーカーは、アンノウンに対し常に有利に立ち回ることができる。
「お前は俺の能力によってッ! 殺されるんだぜ『元』最強ォッ!!」
色彩は本来、ジョーカーの肉体を乗っ取ろうとしていた。
だが、そこに一つ、不測の事態が生じる。
『驚いたよ。驚いたさ。でも、失敗したとは思わないよ。むしろ、これは、実に興味深いよ、ジョーカー』
人格はジョーカーを主とし、統合される。
そして能力の移植を受けた彼は、全盛期の色彩に限りなく近い状態となる。
その力──『能力簒奪』は、触れた対象の超能力、異能力、固有魔力などを奪い、自らのモノにすることができる。
色彩の人格が、彼のその力の制御を行う。
「『紅化結晶』+『硬質化』+『神経麻痺毒』+『大火』ッ!」
炎を纏い、毒が滴る紅い硬質結晶が、まるで触手のように動きアンノウンを襲った。
この明らかに攻撃性能を持った危険物は、アンノウンの識別フィルターには攻撃、危険物として引っかからない。
情報解析、フィルターの再構築をしても、次の瞬間には再度情報の再定義、暗号化が行われており、一瞬たりとも攻撃を無効化することはできない。
アンノウンの四肢を結晶が貫く。神経毒が身体に回り、身体が硬直する。
「これで終わりだッ!」
再度、ジョーカーは衝撃波を放つ──。
──だが、刹那。ジョーカーの片腕がもぎとられていた。
「⋯⋯な、に⋯⋯?」
アンノウンはもぎとったジョーカーの片腕を消し去る。
彼は結晶が刺さったまま動いていた。そしてノイズに包まれたかと思うと、結晶と傷はなかったかのように消えた。
「なぜ⋯⋯神経毒だぞ。⋯⋯いや、それより俺の目には⋯⋯お前が死ぬという未来が⋯⋯。⋯⋯ッ!?」
「あァ? 未来なんぞ不確定なモン、オレがどうにもできないとでも思ったかよォ?」
「⋯⋯お前⋯⋯まさか⋯⋯未来を⋯⋯未来を改変したのか!?」
「脳が足りてねェな。何を驚く必要がある? オレ自身を不解化させ、傷をなかったことに定義する⋯⋯そもそも、これの理屈を考えてなかったのか?」
アンノウンは特定状況下に限り、未来改変に近しいことをしている。
それは、自身のダメージもしくは死をなかったことにする。
彼は未来視を持たない。ゆえに基本的に未来を対象にした能力の行使は不可能だ。しかし、死という未来は、未来予知がなくとも仮定することで観測という発動条件を肩代わりすることができる。
「テメェはオレを殺した。だがよォ⋯⋯殺したところで勝ったつもりか? あァッ!?」
「なら何度だって殺ってやる。お前が負けるまで殺し続けてやらぁッ!」
一対の黒翼がジョーカーを潰すべく同時に叩き付けられる。彼はこれを躱すまでもなく当たらなかった。
一直線にアンノウンとの距離を詰め、ジョーカーは右ストレートを放つ。アンノウンは防御に黒翼が使えない状況。彼は拳を左手で受け流し、ジョーカーの顔面を右手で掴み覆う。
「よく味わえよ三下ァッ!」
爆発が生じる。ジョーカーはいくつかの建物をぶち抜き吹っ飛ぶ。
アンノウンは黒翼を羽ばたかせジョーカーを追い越し、膝蹴りで突き上げる。
天井に叩きつけられたジョーカーは、空中で体制を整え、電磁気を操る超能力を用いて着地する。
鼻血を袖で拭く。顔面の火傷は徐々に治り、元の綺麗な顔を取り戻す。
アンノウンも同じく、天井に着地する。
二人の髪も服も、まるでそこが地上であるかのように振る舞っていた。
「三下なんだろ、俺は。ならそんな奴さえ一撃で仕留められねぇお前は何下なんだろうな!?」
「位に酷く固執してるよォだな? 第二位。そんなに一位の称号が羨ましいかァ?」
ジョーカーは超高密度エネルギーを収束させ、ビームとして放つ。アンノウンはそれを躱し、黒い風を発生させた。
ジョーカーはビルに叩き落とされる。
屋上、ジョーカーは大の字になって仰向けに転がっている。追撃としてアンノウンは黒い風を纏った拳を、彼の顔面めがけてぶちかます。
天井とは打って変わって地下鉄内。地上から路線まで繋がる貫通穴が造られた。
土煙の中、ジョーカーはアンノウンに殴り掛かる。当然のように避けられる。連撃も、まるで水を掴もうとしているような感覚に陥るくらい、当たらなかった。
『電磁波』+『神経麻痺毒』+『押出』。
アンノウンは黒翼によって、その毒を帯びた電磁波を防ぐ。毒の情報は変化しており、効果は同じだが解析はゼロから。ならば、黒翼と自身の接続を直ちに切断し、本体への影響を無視する。
それが連続してもう一度来る。二つ、黒翼が削がれた。
「──チィ」
「ははッ──」
──アンノウンが生み出した黒翼。その『ありとあらゆるものへの一方的な干渉能力』は、彼をして生成、操作は困難を極める代物だ。
一度でも破壊もしくは破棄した場合、新たに黒翼を生成するにはしばらくの間、クールタイムを必要とする。また、同時に展開することができる数は現時点において一対まで。
つまり、
「隙を見せたなアンノウンッ!!」
アンノウンは翼を失った。攻めるなら、今。
ジョーカーは自身に多数の身体強化系超能力を重ねがけする。
その瞬間速度は音速など疾うに越す──。
『紅化結晶』+『硬質化』+『筋力増強』+『二重剛撃』+『風操作』+『神経麻痺毒』+『加速』。
ジョーカーは右腕に紅い結晶を纏い、その最早凶器とも呼べる代物によってアンノウンをぶん殴る。
アンノウンは壁に叩き付けられる。壁は全面にヒビが入り、彼の体はめりこむ。
地下全体が揺れるほどの衝撃。アンノウンが人のシルエットを保っていられるほうがおかしなほどのパワーだ。
「今ので死なねぇお前の耐久力には驚いたが⋯⋯そりゃあ、致命傷だろ。能力使える頭は残ってるか?」
アンノウンはピクリとも動かず、壁にもたれ掛かっている。全身から血を流している。
肋は砕けている。心臓含めた内蔵には骨が刺さっているか、もしくはスクランブルエッグみたいになっている。
「じゃあな最強。⋯⋯いや──」
あの言葉を言い返そうとした。その時だ。
ジョーカーの身体に、斬撃が走る。血飛沫が舞う。もし防御が間に合わなければ、今頃彼の体は真っ二つだった。
「⋯⋯『三下』、かァ⋯⋯?」
アンノウンは致命傷の状態から立ち上がる。そして致命傷はノイズと共に大傷程度まで復元された。
「く。くくく⋯⋯油断したぜ。だが! 依然勝利は俺の手から零れ落ちていないようだなぁ! どうした最強っ! 自分の体も治せない未熟な過去に戻ったかっ!?」
ジョーカーの体の傷は、やはり、完治した。
両者のダメージを比較したとき、明らかにジョーカーが優勢であると、誰しもが判断するだろう。
「死に瀕した時、人は火事場の馬鹿力を発揮する。それで自分の力の真髄を引き出す⋯⋯これが俗に言う覚醒ってやつだ⋯⋯しかし⋯⋯どうやら、オレはこの程度で覚醒なんぞできんらしい」
「は? 何言ってやがるお前。そんな都合の良いことが。お前に起きるとでも思ったのかよ」
「テメェ如き、オレにとっちゃ『倒せて当然の相手』だっつうことだ。その足りねェ脳味噌に叩き込んでやろォかァッ!? 文字通りなッ!!」
ジョーカーの視界。アンノウンをノイズが囲む。
それは非現実。他者の視界があったならば、ノイズは現実に無い。
いや、ノイズはアンノウンを囲っているのではない。
それは、ジョーカーの頭に入り込んでいるのだ。
「なっ⋯⋯!?」
視界が、ノイズに覆われる。
思考が、ノイズに満たされる。
精神が、ノイズに犯される。
「────」
最早、ジョーカーには何も聞こえず、見えず、考えられない。何もかもがノイズに邪魔されている。
『可哀想に、僕の大切なジョーカー』
話し、かけるな。
『そうは言っても、このままだとキミは彼に殺されるだけだぜ?』
俺は、俺だ。
『いいから、ボクに任せておきなよ』
やめろ。あんたの駒になるつもりはない!
◆◆◆
リアム・サンダース──後に学園都市でジョーカーと呼ばれる彼は、アメリカ合衆国のニューヨークに住む少年であった。
学園都市に行く子供とは、大抵の場合自らの可能性を信じてそこに移住する。学園都市は子供たちの入都を、学校の空きと素質がある限り制限していない。
だがリアムは、招待された側の人間だった。
学園都市が外部の人間を招待することは滅多に無い。理由は単純で、能力の才能の有無を判断することが難しく、入都審査で手一杯だからである。
にも関わらずリアムが招待された理由は、彼が能力開発を受けていないにもかかわらず現実改変を行ったからである。
「世界には神秘と呼ばれる力を持つ者が稀に生まれる。中でもアメリカは学園都市のように、神秘を人工的に発現する技術研究に投資しているためか、後天的な神秘を持つ者⋯⋯超能力者は、学園都市につぎ世界第二位の国家さ」
エストは、いとも簡単に色彩を追い詰めた。魔女としての力を発揮できる彼女に敵う者は、ほとんど存在しない。
それでも、色彩は、死ななかった。彼は致命傷を負ったが、その時、何かの薬剤を自身に投与したのだ。
直後、彼は若返った。それは色彩の最全盛期。
──三十年前、アメリカを壊滅寸前まで陥れた最強のヴィランの姿を、彼は一時的だが取り戻した。
「ボクはアメリカで生まれた神秘を持つ者だ。ああ、超能力者じゃあないよ。⋯⋯ボクはかつて失敗した。世界を征服したいというコミックのヴィランみたいな夢を拒まれたのさ」
話が脱線した。色彩は話を戻す。
1989年、夢を見事に叩き落とされた色彩は、死の淵を迷った。いや、死んでいたほうが道理なほどのダメージを受けていた。
彼が生き延びたのは奇跡さえ越えた執念だった。
「このままだとボクは夢を果たせずに死んでしまう。だからボクは後継者を見取った。キミも知っての通り、ジョーカー⋯⋯彼がボクを継ぐ者だ」
「ふーん。⋯⋯それで?」
「彼にはボクの人格が写っているのさ。それは彼と溶け合い、混ざり合い、新たなボクが生まれるはずだ。そして新たなるボクは、今度こそ世界を支配する⋯⋯このボクは、その障害足り得るキミたちを滅ぼし、バトンを『ボク』に繋ぐことが使命ってわけだぜ、お嬢さん」
『空気砲』+『電磁波』+『全反射』。
エストは魔法障壁を全面展開し、それを防ぐ。
当たり前だが出力が上がっている。若かりし頃の力が復活したのは本当のようだ。
「全く⋯⋯世界を支配する、ね。そんな面倒なことしても、得られるものは退屈だけだよ。永遠に何も変わらない恐慌が待っているに違いない」
「ボクにとってはどうでもいいことさ。ボクはただただ世界を手にしたい。世界を恐怖に陥れたい。ボクは、支配者になりたいんだ」
支配者になって何かを成し遂げたい、なんて理想みたいなものは色彩にはない。
「所有欲か。なるほど。それなら私もキミを正論で強くは否定できないね。じゃあキミを、私は自分勝手な理由で叩きのめすとしようかな」
「では、これは戦争だ。互いの身勝手な欲望を押し付ける、傲慢で⋯⋯しかし、人の本質的な闘争を始めようじゃないか」
エストの背後には多数、百門を超える魔法陣が展開された。
色彩の背後にも、魔術陣と同様のものがエストのそれと同数程度、展開された。
魔術〈帯魔力門〉+『鉄鋼生成』+『硬質化』。
超硬質の刀剣類が、魔術陣より射出される。
エストはそれらを魔法によって迎撃する。単純な破壊力という観点から見て、エストの魔法はただの鉄鋼武器程度破壊したところで威力の減衰など起こらない。
だが、
(〈帯魔力門〉⋯⋯文字通り魔力を指定のものに帯びさせる魔術ね。というか魔術も使えるんだ)
エストの魔法は、色彩の攻撃を相殺するに留まった。
「いいね。面白くなってきた」
「テメェがオレの相手か? 実力不足も甚だしいな、えェ?」
アンノウンが遭遇したのは、ジョーカーだった。
彼は町中にある変哲のないカフェの屋外席で、寛ぎながらアンノウンを待っていた。
「お前が来ることは分かっていた。その意味が分かるか?」
「首なら綺麗に洗ってるっつうことか」
ジョーカーは席を立ち上がり、アンノウンに相対する。
「そりゃお前の台詞だろうが」
ジョーカーは右手をアンノウンに翳した。そして次の瞬間、アンノウンに衝撃波が飛来する。
普通なら、衝撃波はアンノウンには無力だ。しかし、今度、アンノウンは吹き飛んだ。
背後の古い映画館に背中から突っ込む。
しかし、まともな有効打にはならなかった。
アンノウンは何事もなかったかのように、瓦礫を押し退けて出てくる。
「お前のその防御は対象をオートで識別している、ホワイトリスト方式でな。例えば光、空気⋯⋯生存に不可欠なものは、不解化しない」
アンノウンは黒翼を展開し、雑に薙ぎ払う。しかしそれはジョーカーに命中することなく自然に躱された。
「なら単純な話だ。攻撃をそれら不可欠なものに偽装し、フィルターをすり抜ける。それだと勿論、お前の解析能力に対抗しないといけないが⋯⋯そこは問題ないんだなぁ、これが」
ジョーカーの超能力は都合の良い未来を引き寄せる。それに伴う権能として、未来を視ることができる。
彼はアンノウンが出すであろう解析結果を、それによる対策を、彼より先に視ることができる。
そしてジョーカーはレベル6第二位の超能力者だ。アンノウンに勝るほどの演算能力、解析力はないが、決して、大きく劣るものでもない。
つまり、先に答えを視ることができるジョーカーは、アンノウンに対し常に有利に立ち回ることができる。
「お前は俺の能力によってッ! 殺されるんだぜ『元』最強ォッ!!」
色彩は本来、ジョーカーの肉体を乗っ取ろうとしていた。
だが、そこに一つ、不測の事態が生じる。
『驚いたよ。驚いたさ。でも、失敗したとは思わないよ。むしろ、これは、実に興味深いよ、ジョーカー』
人格はジョーカーを主とし、統合される。
そして能力の移植を受けた彼は、全盛期の色彩に限りなく近い状態となる。
その力──『能力簒奪』は、触れた対象の超能力、異能力、固有魔力などを奪い、自らのモノにすることができる。
色彩の人格が、彼のその力の制御を行う。
「『紅化結晶』+『硬質化』+『神経麻痺毒』+『大火』ッ!」
炎を纏い、毒が滴る紅い硬質結晶が、まるで触手のように動きアンノウンを襲った。
この明らかに攻撃性能を持った危険物は、アンノウンの識別フィルターには攻撃、危険物として引っかからない。
情報解析、フィルターの再構築をしても、次の瞬間には再度情報の再定義、暗号化が行われており、一瞬たりとも攻撃を無効化することはできない。
アンノウンの四肢を結晶が貫く。神経毒が身体に回り、身体が硬直する。
「これで終わりだッ!」
再度、ジョーカーは衝撃波を放つ──。
──だが、刹那。ジョーカーの片腕がもぎとられていた。
「⋯⋯な、に⋯⋯?」
アンノウンはもぎとったジョーカーの片腕を消し去る。
彼は結晶が刺さったまま動いていた。そしてノイズに包まれたかと思うと、結晶と傷はなかったかのように消えた。
「なぜ⋯⋯神経毒だぞ。⋯⋯いや、それより俺の目には⋯⋯お前が死ぬという未来が⋯⋯。⋯⋯ッ!?」
「あァ? 未来なんぞ不確定なモン、オレがどうにもできないとでも思ったかよォ?」
「⋯⋯お前⋯⋯まさか⋯⋯未来を⋯⋯未来を改変したのか!?」
「脳が足りてねェな。何を驚く必要がある? オレ自身を不解化させ、傷をなかったことに定義する⋯⋯そもそも、これの理屈を考えてなかったのか?」
アンノウンは特定状況下に限り、未来改変に近しいことをしている。
それは、自身のダメージもしくは死をなかったことにする。
彼は未来視を持たない。ゆえに基本的に未来を対象にした能力の行使は不可能だ。しかし、死という未来は、未来予知がなくとも仮定することで観測という発動条件を肩代わりすることができる。
「テメェはオレを殺した。だがよォ⋯⋯殺したところで勝ったつもりか? あァッ!?」
「なら何度だって殺ってやる。お前が負けるまで殺し続けてやらぁッ!」
一対の黒翼がジョーカーを潰すべく同時に叩き付けられる。彼はこれを躱すまでもなく当たらなかった。
一直線にアンノウンとの距離を詰め、ジョーカーは右ストレートを放つ。アンノウンは防御に黒翼が使えない状況。彼は拳を左手で受け流し、ジョーカーの顔面を右手で掴み覆う。
「よく味わえよ三下ァッ!」
爆発が生じる。ジョーカーはいくつかの建物をぶち抜き吹っ飛ぶ。
アンノウンは黒翼を羽ばたかせジョーカーを追い越し、膝蹴りで突き上げる。
天井に叩きつけられたジョーカーは、空中で体制を整え、電磁気を操る超能力を用いて着地する。
鼻血を袖で拭く。顔面の火傷は徐々に治り、元の綺麗な顔を取り戻す。
アンノウンも同じく、天井に着地する。
二人の髪も服も、まるでそこが地上であるかのように振る舞っていた。
「三下なんだろ、俺は。ならそんな奴さえ一撃で仕留められねぇお前は何下なんだろうな!?」
「位に酷く固執してるよォだな? 第二位。そんなに一位の称号が羨ましいかァ?」
ジョーカーは超高密度エネルギーを収束させ、ビームとして放つ。アンノウンはそれを躱し、黒い風を発生させた。
ジョーカーはビルに叩き落とされる。
屋上、ジョーカーは大の字になって仰向けに転がっている。追撃としてアンノウンは黒い風を纏った拳を、彼の顔面めがけてぶちかます。
天井とは打って変わって地下鉄内。地上から路線まで繋がる貫通穴が造られた。
土煙の中、ジョーカーはアンノウンに殴り掛かる。当然のように避けられる。連撃も、まるで水を掴もうとしているような感覚に陥るくらい、当たらなかった。
『電磁波』+『神経麻痺毒』+『押出』。
アンノウンは黒翼によって、その毒を帯びた電磁波を防ぐ。毒の情報は変化しており、効果は同じだが解析はゼロから。ならば、黒翼と自身の接続を直ちに切断し、本体への影響を無視する。
それが連続してもう一度来る。二つ、黒翼が削がれた。
「──チィ」
「ははッ──」
──アンノウンが生み出した黒翼。その『ありとあらゆるものへの一方的な干渉能力』は、彼をして生成、操作は困難を極める代物だ。
一度でも破壊もしくは破棄した場合、新たに黒翼を生成するにはしばらくの間、クールタイムを必要とする。また、同時に展開することができる数は現時点において一対まで。
つまり、
「隙を見せたなアンノウンッ!!」
アンノウンは翼を失った。攻めるなら、今。
ジョーカーは自身に多数の身体強化系超能力を重ねがけする。
その瞬間速度は音速など疾うに越す──。
『紅化結晶』+『硬質化』+『筋力増強』+『二重剛撃』+『風操作』+『神経麻痺毒』+『加速』。
ジョーカーは右腕に紅い結晶を纏い、その最早凶器とも呼べる代物によってアンノウンをぶん殴る。
アンノウンは壁に叩き付けられる。壁は全面にヒビが入り、彼の体はめりこむ。
地下全体が揺れるほどの衝撃。アンノウンが人のシルエットを保っていられるほうがおかしなほどのパワーだ。
「今ので死なねぇお前の耐久力には驚いたが⋯⋯そりゃあ、致命傷だろ。能力使える頭は残ってるか?」
アンノウンはピクリとも動かず、壁にもたれ掛かっている。全身から血を流している。
肋は砕けている。心臓含めた内蔵には骨が刺さっているか、もしくはスクランブルエッグみたいになっている。
「じゃあな最強。⋯⋯いや──」
あの言葉を言い返そうとした。その時だ。
ジョーカーの身体に、斬撃が走る。血飛沫が舞う。もし防御が間に合わなければ、今頃彼の体は真っ二つだった。
「⋯⋯『三下』、かァ⋯⋯?」
アンノウンは致命傷の状態から立ち上がる。そして致命傷はノイズと共に大傷程度まで復元された。
「く。くくく⋯⋯油断したぜ。だが! 依然勝利は俺の手から零れ落ちていないようだなぁ! どうした最強っ! 自分の体も治せない未熟な過去に戻ったかっ!?」
ジョーカーの体の傷は、やはり、完治した。
両者のダメージを比較したとき、明らかにジョーカーが優勢であると、誰しもが判断するだろう。
「死に瀕した時、人は火事場の馬鹿力を発揮する。それで自分の力の真髄を引き出す⋯⋯これが俗に言う覚醒ってやつだ⋯⋯しかし⋯⋯どうやら、オレはこの程度で覚醒なんぞできんらしい」
「は? 何言ってやがるお前。そんな都合の良いことが。お前に起きるとでも思ったのかよ」
「テメェ如き、オレにとっちゃ『倒せて当然の相手』だっつうことだ。その足りねェ脳味噌に叩き込んでやろォかァッ!? 文字通りなッ!!」
ジョーカーの視界。アンノウンをノイズが囲む。
それは非現実。他者の視界があったならば、ノイズは現実に無い。
いや、ノイズはアンノウンを囲っているのではない。
それは、ジョーカーの頭に入り込んでいるのだ。
「なっ⋯⋯!?」
視界が、ノイズに覆われる。
思考が、ノイズに満たされる。
精神が、ノイズに犯される。
「────」
最早、ジョーカーには何も聞こえず、見えず、考えられない。何もかもがノイズに邪魔されている。
『可哀想に、僕の大切なジョーカー』
話し、かけるな。
『そうは言っても、このままだとキミは彼に殺されるだけだぜ?』
俺は、俺だ。
『いいから、ボクに任せておきなよ』
やめろ。あんたの駒になるつもりはない!
◆◆◆
リアム・サンダース──後に学園都市でジョーカーと呼ばれる彼は、アメリカ合衆国のニューヨークに住む少年であった。
学園都市に行く子供とは、大抵の場合自らの可能性を信じてそこに移住する。学園都市は子供たちの入都を、学校の空きと素質がある限り制限していない。
だがリアムは、招待された側の人間だった。
学園都市が外部の人間を招待することは滅多に無い。理由は単純で、能力の才能の有無を判断することが難しく、入都審査で手一杯だからである。
にも関わらずリアムが招待された理由は、彼が能力開発を受けていないにもかかわらず現実改変を行ったからである。
「世界には神秘と呼ばれる力を持つ者が稀に生まれる。中でもアメリカは学園都市のように、神秘を人工的に発現する技術研究に投資しているためか、後天的な神秘を持つ者⋯⋯超能力者は、学園都市につぎ世界第二位の国家さ」
エストは、いとも簡単に色彩を追い詰めた。魔女としての力を発揮できる彼女に敵う者は、ほとんど存在しない。
それでも、色彩は、死ななかった。彼は致命傷を負ったが、その時、何かの薬剤を自身に投与したのだ。
直後、彼は若返った。それは色彩の最全盛期。
──三十年前、アメリカを壊滅寸前まで陥れた最強のヴィランの姿を、彼は一時的だが取り戻した。
「ボクはアメリカで生まれた神秘を持つ者だ。ああ、超能力者じゃあないよ。⋯⋯ボクはかつて失敗した。世界を征服したいというコミックのヴィランみたいな夢を拒まれたのさ」
話が脱線した。色彩は話を戻す。
1989年、夢を見事に叩き落とされた色彩は、死の淵を迷った。いや、死んでいたほうが道理なほどのダメージを受けていた。
彼が生き延びたのは奇跡さえ越えた執念だった。
「このままだとボクは夢を果たせずに死んでしまう。だからボクは後継者を見取った。キミも知っての通り、ジョーカー⋯⋯彼がボクを継ぐ者だ」
「ふーん。⋯⋯それで?」
「彼にはボクの人格が写っているのさ。それは彼と溶け合い、混ざり合い、新たなボクが生まれるはずだ。そして新たなるボクは、今度こそ世界を支配する⋯⋯このボクは、その障害足り得るキミたちを滅ぼし、バトンを『ボク』に繋ぐことが使命ってわけだぜ、お嬢さん」
『空気砲』+『電磁波』+『全反射』。
エストは魔法障壁を全面展開し、それを防ぐ。
当たり前だが出力が上がっている。若かりし頃の力が復活したのは本当のようだ。
「全く⋯⋯世界を支配する、ね。そんな面倒なことしても、得られるものは退屈だけだよ。永遠に何も変わらない恐慌が待っているに違いない」
「ボクにとってはどうでもいいことさ。ボクはただただ世界を手にしたい。世界を恐怖に陥れたい。ボクは、支配者になりたいんだ」
支配者になって何かを成し遂げたい、なんて理想みたいなものは色彩にはない。
「所有欲か。なるほど。それなら私もキミを正論で強くは否定できないね。じゃあキミを、私は自分勝手な理由で叩きのめすとしようかな」
「では、これは戦争だ。互いの身勝手な欲望を押し付ける、傲慢で⋯⋯しかし、人の本質的な闘争を始めようじゃないか」
エストの背後には多数、百門を超える魔法陣が展開された。
色彩の背後にも、魔術陣と同様のものがエストのそれと同数程度、展開された。
魔術〈帯魔力門〉+『鉄鋼生成』+『硬質化』。
超硬質の刀剣類が、魔術陣より射出される。
エストはそれらを魔法によって迎撃する。単純な破壊力という観点から見て、エストの魔法はただの鉄鋼武器程度破壊したところで威力の減衰など起こらない。
だが、
(〈帯魔力門〉⋯⋯文字通り魔力を指定のものに帯びさせる魔術ね。というか魔術も使えるんだ)
エストの魔法は、色彩の攻撃を相殺するに留まった。
「いいね。面白くなってきた」
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