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第82話 白の魔女
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複数の超能力、魔術、異能を保有し、同時に使うことができる神秘『能力簒奪』。
色彩が持つその力は、最凶だ。
例えば類似能力として、ユウカの『完全複製』が挙げられる。
これはコピーした超能力や魔術などを同時併用することはできないという制限がある。
だが、色彩の『能力簒奪』には一切の制限がない。何より恐ろしいのはそれはコピーではなく簒奪であるということだ。
(少し分かってきた。⋯⋯人間も吸血鬼も、そして魔女も。才能⋯⋯つまり能力や魔術適正に上限値みたいなものがあるとすれば、それは全部一緒だ。種族間の違いがあるとすれば、ハイスペックになりやすいかどうか。人間だろうと魔女だろうと、才能そのものは一緒)
エストが例え人間だったとしても、彼女は今と同じだけの魔法や魔術、超能力を使うことが、理論上はできる。
ただ、現実はそう甘くない。確かに、ステータスというもので表せば、人間もその他の上位種族も、上限値は変わらない。
だが、基本的に吸血鬼などの種族のほうが魔術的、超能力的に強いとされる理由は、その身体のスペック差だ。
(私が人間だったなら、使えたのは第十階級魔法まで。心核結界も、そう何度も連発できたものじゃないだろうね。⋯⋯そして、超能力の併用なんて、できても三つかな? それ以上は身体の上限に引っかかるだろうさ)
身体スペックが高いからこそ、その才能を引き出す事ができる。人間にはそれができず、魔女や吸血鬼にはそれができる。だから、差が生まれる。
にも関わらず、色彩はそれが可能だ。少なくとも彼は純粋な人間だ。だとすれば、原因は一つ。
(彼の神秘は、奪った力を100%の性能で扱うことができる。なんならそこに自分自身の力を上乗せできる⋯⋯ってとこかな)
厄介な相手だ。神秘とは超能力とは違い、演算能力や理論的思考能力を持ち合わせなくても良いという性質がある。
だから、制限が少なく、凶悪な性能を持っている。
それは、神秘が生まれ持って得た力であることが理由だろう、とエストは考察している。
しかし、それでも弱点はある。
「ねぇ、色彩。なんで私の力を奪わないの? さっきから何度も私に触れられているはずだよ。じゃなかったとしたら尚更、そうしない理由もないけどさ」
「キミの力は難しそうだ。下手に奪って暴走するくらいならやらないのは当然だろう?」
「嘘付いてるね。私ってば天才だからさ、ポーカーフェイス見破るくらい簡単なんだ。⋯⋯キミは私から力を奪わないんじゃない。奪えないんでしょ。⋯⋯キミのその力には制限がある。私から力を盗ろうとしたら⋯⋯キミ、逆に死ぬんじゃない?」
エストは色彩に接近し、触れる。そして彼女は能力を使う。
「プレゼントだよ、色彩。私の力、取ってごらんよ」
「──ッ!?」
白の魔女、エスト。彼女には現在、四つの力がある。
魔法、魔術、超能力、そして彼女の元の世界で言うところの能力⋯⋯超能力とほぼ同一のものだ。
彼女の能力は『万象改竄』。簡潔に言えばありとあらゆるモノの情報を好き勝手に改竄することができる。例えば特定の人物の存在そのものを消したりできる。
ただし、異世界に来たことでこの力は弱体化している。
が、彼女の覚醒前の能力『記憶操作』の強化版程度の力は発揮することが可能だった。
(思考は奪われていない⋯⋯が、体の操作権を一瞬だが取られた! この女はボクに⋯⋯力を奪わせようと⋯⋯!?)
──色彩が対象から力を奪い取るとき、彼は対象の心を潰さないといけない。
相手の心を殺さないといけない。それが『能力簒奪』の唯一にして最大の弱点。
普通であれば、人心掌握を極め、人の心を殺すなど造作もない彼には弱点として機能していない。
だが、もし相手がそもそも人の心であるかどうかすら怪しい破綻者だったならば?
そしてその相手が、力の出力差でこの条件を無視できるような弱者でなかったなら、どうなるか。
「初めまして。ここは彼女⋯⋯エストちゃんの精神世界だ」
真っ白な空間。その中には一人の黒髪、赤目の少女が居た。
「⋯⋯誰だい、キミは」
「私の名前は⋯⋯なんだろうね。イザベリア? それともエスト? もしくは⋯⋯その両方なのかな。⋯⋯ま、色々あってエストちゃんの精神世界に居る人格だよ」
「そうかい。⋯⋯邪魔だ、死ね」
色彩はその少女を殺そうと、超能力を使った。だが、
「君如きが触れられるとでも? 私は最強の魔法使いの分霊みたいなものだ。少なくとも今のエストちゃんさえ殺せない君が、何の弱体化もしていない私に勝てるわけないよ」
「っ⋯⋯」
精神世界において、色彩は無敵の力を持っているはずだった。
だが、ここに例外がいる。居たから、色彩はエストから力を奪おうとはしなかった。
もししてしまえば⋯⋯死ぬと、そう直感していたから。
(理屈はなかった。根拠はなかった。⋯⋯だが、今なら分かる。ボクはこの女を、恐れていた。⋯⋯コイツは⋯⋯正真正銘の化物だ。人の形をしただけの、化物。魔女だ、と⋯⋯!)
「そうさ。私は化物だ。私は私のために生きている。人と共存できるのだって、世界を救うのだって、全部、私の都合の結果だよ。確かに私は人と理解し合えるし、人を慈しむこともできる。その命が散ったとき、悲しささえ覚えることができるのには驚いたけどね。⋯⋯でもね色彩、キミは相手を間違えた」
『能力簒奪』の力が完全に抵抗された時、そのダメージはすべて現実の色彩本体にのしかかる。
色彩は体内から破裂する。尚も形を保っていられるのは、彼は『能力簒奪』の暴走をなんとか食い止め、機能を意図的に停止させたからだ。
しかしこれにより、色彩は神秘を失い、勿論奪った力も使えない状態になった。クールタイムが必要だが、エストがそれを許すだろうか。
「キミと正面からやり合うのは流石に骨が折れるし、正直やりたくない。こんなギミックボスの倒し方みたいに、面倒な手段をわざわざ取るくらいにはね。褒めてあげよう。キミは強いよ。だから死ぬんだ」
「貴様っ⋯⋯!」
「じゃあね。色彩⋯⋯いや、ユーフェル・ロス。君には何の恨みもないけど⋯⋯面白くもないから死んで頂戴」
エストは彼の過去を、記憶を視た。だが面白くはなさそうだ。
ただのヴィラン、魔王に憧れただけの男。歪んだ思想も、価値観も、何もかもがエストの興味を惹くようなものじゃなかった。
そんなものは見飽きている。エストが見たいものは、ヒーローだ。何もかもを救うような、そんな馬鹿げた英雄を見てみたい。それだけだ。
「私は私じゃできないことをやる子に、興味を持つんだ。⋯⋯その点じゃあ、アンノウン。キミは⋯⋯ミナと同じくらい、期待しているんだよ?」
エストの目は色彩の死体が映っている。だが、視えているものは別のものだ。
アンノウンは今、ジョーカーと戦っている。もし彼がジョーカーをただ殺すだけの人間なら、とっくの昔に始末していた。
アンノウンには、人間性が残っている。
「邪魔な奴は葬った。私は英雄譚が見たいのさ」
エストは誰の味方でもない。彼女はただ、ハッピーエンドが見たいだけだ。
だが、そのハッピーエンドに、自分のような機械仕掛けの神は要らない。
苦境を乗り越え、絶望し、しかし抗い、未来を掴む。
かつて自分が為したことは、ただの傲慢だった。だからこそ憧れたのだ。
もし世界の為に世界を救う人間が居るならば、その人物はどれほどの輝かしいのか。
そして──面白いのか。
──見てみたい。──それだけの欲望。
「──さあ見せてくれよ、人間。この白の魔女に」
◆◆◆
『裏都市』内部の複数箇所には階段があり、その階段を下ることで、地上に上ることができる。
つまり地上に戻るためには来た道を帰れば良いだけだが、そんな都合が良いわけではない。
「⋯⋯やっぱり」
ホタルは階段を下り続けていたが、いつまで経っても地上に戻ることができなかった。
試しに壁に傷を付けてみると、予想通り、しばらく下るとその傷が同じ場所に現れた。
つまりこの階段はループしているということだ。
「魔術、超能力⋯⋯いや、おそらく異常関連の現象ね。ループする階段の異常。そして相手方はこれを制御することができる」
閉じ込められた、誘導されたことは明白だ。
目的はホタルたちの殲滅。一緒に居たリンたちの姿が見られないことから、分断されたのだろう。
ホタルは地上に出る。が、そこには人は誰も居ない。
代わりに、地上で見たあの白い巨人が二体、彷徨いていた。
「⋯⋯姿形、特徴も一緒。だけど⋯⋯」
何かが違う。そして確実に魔力量は倍以上だ。感じる魔圧が別格である。
ただでさえ一級相当の魔族を超えるそれの倍以上の強さとして考えても良い。特級でも上澄みで間違いない。
「それが二体。⋯⋯普通は戦闘を避けるべきだけど⋯⋯」
今はそう言ってられない。ここにホタルがいる事は悟られている。魔力隠密を解けば、その瞬間、巨人が持つ槍や大剣の凶刃がホタルに襲い掛かるだろう。
ならば、せめて先制。また、二体の巨人を分断しなければならない。
「──〈果て無き可憐な花畑〉」
ホタルの固有魔力『自然幻想』は、端的に言えば自然環境を創り出し、操る。
そして彼女のこの魔力は、心核結界を前提とする性質を持ち合わせている。故に詠唱、魔術陣の展開の重要度が他の魔術と比べ小さい。
〈果て無き可憐な花畑〉はホタルの心核──彼女の精神世界に対象を引き込み、閉じ込める魔術である。
それは物理的現象でもあり、対象は現実世界から姿を消す。
「⋯⋯⋯⋯」
そこは夜の森林。そこはホタルの心核であり、彼女が決定した環境。
ホタルに有利な環境を創る大魔術だが、総則がある。
一、この魔術は一日に一度しか行使することはできない。
二、この空間内においてのホタルは本体を模した劣化コピーかつ、行使可能な魔術は回路術式換算でⅡ以下に限られる。
三、対象者のこの空間内でのいかなるダメージや消耗は、現実世界への帰還時になかったものとして扱われる。
ただし、ホタルのみ魔力消耗は本体にフィードバックされる。
四、対象者が死亡した場合、現実でも死亡扱いとなる。
五、ホタルが死亡した場合、この空間内での時間経過はなかったことになり、現実に帰還する。
この魔術は多対一を想定し編んだ魔術であり、目的も敵の分断。
劣化、制限有りのコピー体とはいえ、記憶も技術もホタル本体と同期している。その足止め性能は強力と言わずしてなんと言うか。
「⋯⋯一瞬では帰ってこない。と、いうことは、少なくとも格上じゃない」
目の前の白い巨人は一体。もう一体を足止めしている間に殺さなくてはならない。
ホタルは魔力、体力共に、ここまでの戦闘でかなり消耗している。だが、もう一踏ん張りする必要がある。
この巨人たちをリンたちの方にいかせるわけにはいかない。なんとしてでも、ここで仕留めなくてはいけない。
「────」
白い巨人は、その手に赤い槍を持っていた。
巨人は槍によって、ホタルを突き刺す。ホタルは槍に茨を巻き付け受け止めようとするが、パワー負けする。
が、それも考慮に入れていたホタルは槍を回避。攻撃魔術を行使する。
「防御術式⋯⋯魔力防御でもない? ただの魔術抵抗⋯⋯!」
対魔能力が高い個体あるいは種族なのか。それとも何か絡繰があるのか。
考えられるのは魔術の威力ではなく、位階による無効化もしくは超耐性。
一般攻撃魔術は、基本構築だと対生物に必要な火力のみを確保し、その他の要素をコストパフォーマンスや安定性に割当てている。これにより、一般攻撃魔術は低位の魔術として扱いやすいものになっている。
「なら貫通力と基礎火力を高める」
技術としての魔力圧縮コントロール。
加えて構築要素の組み換え、追加による要件変更。一般攻撃魔術の圧倒的な組換、拡張のしやすさは、戦闘中でさえそれが可能なほどだ。
多少魔力コントロールの負担がホタルに掛かったところで問題はない。
強化された一般攻撃魔術が白い巨人の顔面に直撃する。
瞬間、煙が立つ。それは一般攻撃魔術によって発生したものではない。蒸気だ。
半分ほどが消し飛んだ頭だったが、即座に再生した。
「⋯⋯再生持ち。⋯⋯面倒ね」
特性なのか魔術なのか。はたまた異能の類いなのか。
どれにせよ面倒な能力だ。そして、また、無限に再生できる代物でもないはずだ。
「だから、再生力を発揮させずに⋯⋯倒す!」
本来、ホタルの魔術には詠唱も術陣の展開も必要無い。
だからこそ、それは『縛り』として有効的に活用できた。
白い巨人の足元に、大規模魔術陣形が展開される。その魔術に本来必要とされる魔術陣だ。
白い巨人は大魔術陣から逃れようとした。が、それより早くホタルは魔術を起動した。
「〈穿ち引裂く死の茨〉」
大質量。超火力。茨によって白い巨人は足元から穿たれ、そして引き裂かれる。だがそれだけでは死ぬことはない。再生と共に茨を、逆に引き裂く。
だが魔術の効果は終了していない。茨は再度伸び、巨人の体を押し留める。
「『循環。回帰。幾千の星々。今、それを照らす』」
ホタルの魔力は自然を創る。操る。支配する。
一般攻撃魔術に、彼女は自身の魔力の性質を付与した。
その効果──、
「────!?」
──白い巨人の肉体が、樹木へと変質し始める。草木が内側から、開く。
『一般攻撃魔術・自然幻想』──それは対象に心核結界と同質のものを打ち込み、内側から暴走させる。
白い巨人は、その命を自然の循環に落とした。
色彩が持つその力は、最凶だ。
例えば類似能力として、ユウカの『完全複製』が挙げられる。
これはコピーした超能力や魔術などを同時併用することはできないという制限がある。
だが、色彩の『能力簒奪』には一切の制限がない。何より恐ろしいのはそれはコピーではなく簒奪であるということだ。
(少し分かってきた。⋯⋯人間も吸血鬼も、そして魔女も。才能⋯⋯つまり能力や魔術適正に上限値みたいなものがあるとすれば、それは全部一緒だ。種族間の違いがあるとすれば、ハイスペックになりやすいかどうか。人間だろうと魔女だろうと、才能そのものは一緒)
エストが例え人間だったとしても、彼女は今と同じだけの魔法や魔術、超能力を使うことが、理論上はできる。
ただ、現実はそう甘くない。確かに、ステータスというもので表せば、人間もその他の上位種族も、上限値は変わらない。
だが、基本的に吸血鬼などの種族のほうが魔術的、超能力的に強いとされる理由は、その身体のスペック差だ。
(私が人間だったなら、使えたのは第十階級魔法まで。心核結界も、そう何度も連発できたものじゃないだろうね。⋯⋯そして、超能力の併用なんて、できても三つかな? それ以上は身体の上限に引っかかるだろうさ)
身体スペックが高いからこそ、その才能を引き出す事ができる。人間にはそれができず、魔女や吸血鬼にはそれができる。だから、差が生まれる。
にも関わらず、色彩はそれが可能だ。少なくとも彼は純粋な人間だ。だとすれば、原因は一つ。
(彼の神秘は、奪った力を100%の性能で扱うことができる。なんならそこに自分自身の力を上乗せできる⋯⋯ってとこかな)
厄介な相手だ。神秘とは超能力とは違い、演算能力や理論的思考能力を持ち合わせなくても良いという性質がある。
だから、制限が少なく、凶悪な性能を持っている。
それは、神秘が生まれ持って得た力であることが理由だろう、とエストは考察している。
しかし、それでも弱点はある。
「ねぇ、色彩。なんで私の力を奪わないの? さっきから何度も私に触れられているはずだよ。じゃなかったとしたら尚更、そうしない理由もないけどさ」
「キミの力は難しそうだ。下手に奪って暴走するくらいならやらないのは当然だろう?」
「嘘付いてるね。私ってば天才だからさ、ポーカーフェイス見破るくらい簡単なんだ。⋯⋯キミは私から力を奪わないんじゃない。奪えないんでしょ。⋯⋯キミのその力には制限がある。私から力を盗ろうとしたら⋯⋯キミ、逆に死ぬんじゃない?」
エストは色彩に接近し、触れる。そして彼女は能力を使う。
「プレゼントだよ、色彩。私の力、取ってごらんよ」
「──ッ!?」
白の魔女、エスト。彼女には現在、四つの力がある。
魔法、魔術、超能力、そして彼女の元の世界で言うところの能力⋯⋯超能力とほぼ同一のものだ。
彼女の能力は『万象改竄』。簡潔に言えばありとあらゆるモノの情報を好き勝手に改竄することができる。例えば特定の人物の存在そのものを消したりできる。
ただし、異世界に来たことでこの力は弱体化している。
が、彼女の覚醒前の能力『記憶操作』の強化版程度の力は発揮することが可能だった。
(思考は奪われていない⋯⋯が、体の操作権を一瞬だが取られた! この女はボクに⋯⋯力を奪わせようと⋯⋯!?)
──色彩が対象から力を奪い取るとき、彼は対象の心を潰さないといけない。
相手の心を殺さないといけない。それが『能力簒奪』の唯一にして最大の弱点。
普通であれば、人心掌握を極め、人の心を殺すなど造作もない彼には弱点として機能していない。
だが、もし相手がそもそも人の心であるかどうかすら怪しい破綻者だったならば?
そしてその相手が、力の出力差でこの条件を無視できるような弱者でなかったなら、どうなるか。
「初めまして。ここは彼女⋯⋯エストちゃんの精神世界だ」
真っ白な空間。その中には一人の黒髪、赤目の少女が居た。
「⋯⋯誰だい、キミは」
「私の名前は⋯⋯なんだろうね。イザベリア? それともエスト? もしくは⋯⋯その両方なのかな。⋯⋯ま、色々あってエストちゃんの精神世界に居る人格だよ」
「そうかい。⋯⋯邪魔だ、死ね」
色彩はその少女を殺そうと、超能力を使った。だが、
「君如きが触れられるとでも? 私は最強の魔法使いの分霊みたいなものだ。少なくとも今のエストちゃんさえ殺せない君が、何の弱体化もしていない私に勝てるわけないよ」
「っ⋯⋯」
精神世界において、色彩は無敵の力を持っているはずだった。
だが、ここに例外がいる。居たから、色彩はエストから力を奪おうとはしなかった。
もししてしまえば⋯⋯死ぬと、そう直感していたから。
(理屈はなかった。根拠はなかった。⋯⋯だが、今なら分かる。ボクはこの女を、恐れていた。⋯⋯コイツは⋯⋯正真正銘の化物だ。人の形をしただけの、化物。魔女だ、と⋯⋯!)
「そうさ。私は化物だ。私は私のために生きている。人と共存できるのだって、世界を救うのだって、全部、私の都合の結果だよ。確かに私は人と理解し合えるし、人を慈しむこともできる。その命が散ったとき、悲しささえ覚えることができるのには驚いたけどね。⋯⋯でもね色彩、キミは相手を間違えた」
『能力簒奪』の力が完全に抵抗された時、そのダメージはすべて現実の色彩本体にのしかかる。
色彩は体内から破裂する。尚も形を保っていられるのは、彼は『能力簒奪』の暴走をなんとか食い止め、機能を意図的に停止させたからだ。
しかしこれにより、色彩は神秘を失い、勿論奪った力も使えない状態になった。クールタイムが必要だが、エストがそれを許すだろうか。
「キミと正面からやり合うのは流石に骨が折れるし、正直やりたくない。こんなギミックボスの倒し方みたいに、面倒な手段をわざわざ取るくらいにはね。褒めてあげよう。キミは強いよ。だから死ぬんだ」
「貴様っ⋯⋯!」
「じゃあね。色彩⋯⋯いや、ユーフェル・ロス。君には何の恨みもないけど⋯⋯面白くもないから死んで頂戴」
エストは彼の過去を、記憶を視た。だが面白くはなさそうだ。
ただのヴィラン、魔王に憧れただけの男。歪んだ思想も、価値観も、何もかもがエストの興味を惹くようなものじゃなかった。
そんなものは見飽きている。エストが見たいものは、ヒーローだ。何もかもを救うような、そんな馬鹿げた英雄を見てみたい。それだけだ。
「私は私じゃできないことをやる子に、興味を持つんだ。⋯⋯その点じゃあ、アンノウン。キミは⋯⋯ミナと同じくらい、期待しているんだよ?」
エストの目は色彩の死体が映っている。だが、視えているものは別のものだ。
アンノウンは今、ジョーカーと戦っている。もし彼がジョーカーをただ殺すだけの人間なら、とっくの昔に始末していた。
アンノウンには、人間性が残っている。
「邪魔な奴は葬った。私は英雄譚が見たいのさ」
エストは誰の味方でもない。彼女はただ、ハッピーエンドが見たいだけだ。
だが、そのハッピーエンドに、自分のような機械仕掛けの神は要らない。
苦境を乗り越え、絶望し、しかし抗い、未来を掴む。
かつて自分が為したことは、ただの傲慢だった。だからこそ憧れたのだ。
もし世界の為に世界を救う人間が居るならば、その人物はどれほどの輝かしいのか。
そして──面白いのか。
──見てみたい。──それだけの欲望。
「──さあ見せてくれよ、人間。この白の魔女に」
◆◆◆
『裏都市』内部の複数箇所には階段があり、その階段を下ることで、地上に上ることができる。
つまり地上に戻るためには来た道を帰れば良いだけだが、そんな都合が良いわけではない。
「⋯⋯やっぱり」
ホタルは階段を下り続けていたが、いつまで経っても地上に戻ることができなかった。
試しに壁に傷を付けてみると、予想通り、しばらく下るとその傷が同じ場所に現れた。
つまりこの階段はループしているということだ。
「魔術、超能力⋯⋯いや、おそらく異常関連の現象ね。ループする階段の異常。そして相手方はこれを制御することができる」
閉じ込められた、誘導されたことは明白だ。
目的はホタルたちの殲滅。一緒に居たリンたちの姿が見られないことから、分断されたのだろう。
ホタルは地上に出る。が、そこには人は誰も居ない。
代わりに、地上で見たあの白い巨人が二体、彷徨いていた。
「⋯⋯姿形、特徴も一緒。だけど⋯⋯」
何かが違う。そして確実に魔力量は倍以上だ。感じる魔圧が別格である。
ただでさえ一級相当の魔族を超えるそれの倍以上の強さとして考えても良い。特級でも上澄みで間違いない。
「それが二体。⋯⋯普通は戦闘を避けるべきだけど⋯⋯」
今はそう言ってられない。ここにホタルがいる事は悟られている。魔力隠密を解けば、その瞬間、巨人が持つ槍や大剣の凶刃がホタルに襲い掛かるだろう。
ならば、せめて先制。また、二体の巨人を分断しなければならない。
「──〈果て無き可憐な花畑〉」
ホタルの固有魔力『自然幻想』は、端的に言えば自然環境を創り出し、操る。
そして彼女のこの魔力は、心核結界を前提とする性質を持ち合わせている。故に詠唱、魔術陣の展開の重要度が他の魔術と比べ小さい。
〈果て無き可憐な花畑〉はホタルの心核──彼女の精神世界に対象を引き込み、閉じ込める魔術である。
それは物理的現象でもあり、対象は現実世界から姿を消す。
「⋯⋯⋯⋯」
そこは夜の森林。そこはホタルの心核であり、彼女が決定した環境。
ホタルに有利な環境を創る大魔術だが、総則がある。
一、この魔術は一日に一度しか行使することはできない。
二、この空間内においてのホタルは本体を模した劣化コピーかつ、行使可能な魔術は回路術式換算でⅡ以下に限られる。
三、対象者のこの空間内でのいかなるダメージや消耗は、現実世界への帰還時になかったものとして扱われる。
ただし、ホタルのみ魔力消耗は本体にフィードバックされる。
四、対象者が死亡した場合、現実でも死亡扱いとなる。
五、ホタルが死亡した場合、この空間内での時間経過はなかったことになり、現実に帰還する。
この魔術は多対一を想定し編んだ魔術であり、目的も敵の分断。
劣化、制限有りのコピー体とはいえ、記憶も技術もホタル本体と同期している。その足止め性能は強力と言わずしてなんと言うか。
「⋯⋯一瞬では帰ってこない。と、いうことは、少なくとも格上じゃない」
目の前の白い巨人は一体。もう一体を足止めしている間に殺さなくてはならない。
ホタルは魔力、体力共に、ここまでの戦闘でかなり消耗している。だが、もう一踏ん張りする必要がある。
この巨人たちをリンたちの方にいかせるわけにはいかない。なんとしてでも、ここで仕留めなくてはいけない。
「────」
白い巨人は、その手に赤い槍を持っていた。
巨人は槍によって、ホタルを突き刺す。ホタルは槍に茨を巻き付け受け止めようとするが、パワー負けする。
が、それも考慮に入れていたホタルは槍を回避。攻撃魔術を行使する。
「防御術式⋯⋯魔力防御でもない? ただの魔術抵抗⋯⋯!」
対魔能力が高い個体あるいは種族なのか。それとも何か絡繰があるのか。
考えられるのは魔術の威力ではなく、位階による無効化もしくは超耐性。
一般攻撃魔術は、基本構築だと対生物に必要な火力のみを確保し、その他の要素をコストパフォーマンスや安定性に割当てている。これにより、一般攻撃魔術は低位の魔術として扱いやすいものになっている。
「なら貫通力と基礎火力を高める」
技術としての魔力圧縮コントロール。
加えて構築要素の組み換え、追加による要件変更。一般攻撃魔術の圧倒的な組換、拡張のしやすさは、戦闘中でさえそれが可能なほどだ。
多少魔力コントロールの負担がホタルに掛かったところで問題はない。
強化された一般攻撃魔術が白い巨人の顔面に直撃する。
瞬間、煙が立つ。それは一般攻撃魔術によって発生したものではない。蒸気だ。
半分ほどが消し飛んだ頭だったが、即座に再生した。
「⋯⋯再生持ち。⋯⋯面倒ね」
特性なのか魔術なのか。はたまた異能の類いなのか。
どれにせよ面倒な能力だ。そして、また、無限に再生できる代物でもないはずだ。
「だから、再生力を発揮させずに⋯⋯倒す!」
本来、ホタルの魔術には詠唱も術陣の展開も必要無い。
だからこそ、それは『縛り』として有効的に活用できた。
白い巨人の足元に、大規模魔術陣形が展開される。その魔術に本来必要とされる魔術陣だ。
白い巨人は大魔術陣から逃れようとした。が、それより早くホタルは魔術を起動した。
「〈穿ち引裂く死の茨〉」
大質量。超火力。茨によって白い巨人は足元から穿たれ、そして引き裂かれる。だがそれだけでは死ぬことはない。再生と共に茨を、逆に引き裂く。
だが魔術の効果は終了していない。茨は再度伸び、巨人の体を押し留める。
「『循環。回帰。幾千の星々。今、それを照らす』」
ホタルの魔力は自然を創る。操る。支配する。
一般攻撃魔術に、彼女は自身の魔力の性質を付与した。
その効果──、
「────!?」
──白い巨人の肉体が、樹木へと変質し始める。草木が内側から、開く。
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