Reセカイ

月乃彰

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第83話 決死

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 淡い桃色に輝く星の河。
 美しいものには棘があるとは正にこのこと。ミナの爆撃は一発一発が即死級の超火力攻撃だった。

(さっきより火力が⋯⋯!?)

 そして遂に、レイチェルが恐れていたことが起きてしまった。
 ミナの超能力の出力が上がっている。同じ100%だったとしても、火力は確実にレイチェルの首に届きつつある。
 対爆装甲は、二、三撃防ぐのがやっと。破壊された側から、再構築しなければ次の瞬間には死んでいるだろう。

「──ぐ!?」

 装甲+シールドでさえ威力を相殺しきれず、レイチェルは大きく吹き飛ぶ。そして背後には超高密度の星屑が展開されていた。
 触手を伸ばしビルを掴む。ワイヤーアクションが如き方法でレイチェルはその場から離れ、翼で飛ぶ。
 ミナは能力を応用し飛行、レイチェルを追跡する──ことはない。

「⋯⋯嘘」

 ミナは広げた手の平を握る。
 瞬間、レイチェルの周囲に、星屑が舞う。直後、それは破裂した。

「はぁ──」

 ミナは深く長く息を吐く。
 彼女は一度、見た。リエサが超能力に魔術、魔力を掛け合わせた技術を。
 意識してそれを倣ったわけではない。ミナの無意識が、それを最適解であるとし、実行に移した。
 爆裂の起動範囲の広域化及び出力そのものの強化。
 短時間での能力成長レベルアップも伴い──ミナの火力は、遂にレイチェルの防御を剥がすに至る。
 レイチェルの翼は地に墜ちる。
 何とか立っていられるだけで、再生速度は低下している。

(⋯⋯体力的にまだ戦えるわ)

 最早装甲は意味を為さない。だから、捨てる。重いものは全部捨てる。物理的な防御など、ミナの前では等しく無意味だ。

「──!」

 だが、ミナもただでは済まなかった。
 彼女がこれまで『仄明星々』の100%を連発してこなかったのは、その大き過ぎる負荷ゆえだ。
 加えて、成長したのは能力だけ。──体は、ついていけていない。

「⋯⋯お互い、満身創痍、かしらね」

「⋯⋯⋯⋯」

 レイチェルは肉体をスピードに特化させる。
 情報は十分得た。目も、神経も造り変える。昆虫を参考にし、体内の全てを変異変貌させる。
 ミナは、ノーモーションで即死級の爆裂をピンポイントで起動する。

「────」

 レイチェルは、無傷でミナの真上に跳躍した。その右腕はショットガンのような形状になっていた。
 散弾の雨が文字通り降り注ぐ。ミナは爆裂で全て消し炭にし無力化するが、背後に着地したレイチェルの速度に身体が追いついていない。
 レイチェルの左腕は棍棒になっており、ミナはそれを爆撃せず、回避に徹する。
 後隙にミナはレイチェルの背中に爆撃を叩き込む。が、またしても避けられる。
 一度、レイチェルはミナから距離を離し、ビルの側面に張り付きしゃがみ込む。

(反応できた。あの爆裂、その前の段階で視認することもできた⋯⋯けれど、それでも速すぎるわ⋯⋯!)

 過呼吸になっている。肺活量も強化する。が、そろそろ強化上限に引っ掛かる。
 変異変貌の再生能力は極度に低下している。身体の40%程度が消し飛んだ時点でレイチェルは即死するだろう。
 尤も、今のミナの爆撃を食らった時点で全身が消し飛んでも可笑しくないから、その点は考えなくて良い。

(⋯⋯全部避けないと、勝てない!)

 連続的な爆撃一つ一つが即死攻撃。レイチェルの集中力は、命の危機を直感したことでこれまでにないほど研ぎ澄まされている。
 都市の大道路を疾走する。ミナは高速で飛行し、レイチェルに追走。空中から彼女に爆撃を放つ。
 レイチェルは適当なビルに侵入した。

「⋯⋯⋯⋯」

 だから、ミナはビルを爆撃した。いとも簡単にそれは崩壊する。たった一撃で、粉々にした。
 大量の土煙が生じる。そこに影が視認される。ミナはピンポイントで、その影を爆撃した。
 ──が、それはデコイだった。

「──触手」

(星屑を周囲に⋯⋯! 勘付かれた⋯⋯けれど!)

 星屑の起動よりも先に、背後に回ったレイチェルの鎌が、ミナの首を狩るのが先だ。
 鎌の刃が迫る──。

「っ!?」

 ──刃が、通らない。

「──しま」

 ミナの爆裂が乗った裏拳が、まともに彼女の腹部を捉える。
 百メートル近く、レイチェルは吹き飛んだ。ビルの屋上。落下防止用の柵に体をぶち当て、ひん曲がるが何とか落下死は免れた。

(⋯⋯100%の爆撃だったら死んでた)

 レイチェルはミナの爆撃を避けていた。だからミナは、確実にダメージを与えるために近接攻撃を仕掛けた。
 結果論だが、ミナのその判断は最善ではなかった。あの状況下で、レイチェルは彼女の爆撃を避けることはできなかったからだ。
 しかしながら、それは致命的な判断ミスでもなければ、堅実な判断であり、レイチェルに万が一でも逆転の機を与えるようなものではなかった。

(⋯⋯でも、もう再生がまともに機能しない。頭がぼーっとする⋯⋯)

 目の前、ミナが着地する。

「──わたしはあなたを赦さない。けれど、最期の言葉くらいは聞いてあげる」

「⋯⋯そう。優しいのね。⋯⋯わたくしはね、色彩とか、ジョーカーとか、宵本の目的とか、どうでもよかった。ただただ⋯⋯世界が気に入らなかった。弱者が虐げられ、強者が支配するこの世界が。だから、そんなものを壊すという彼に手を貸したのよ。⋯⋯あなたもわたくしも、同じ方法でしか何も変えられないロクでなしね」

「⋯⋯⋯⋯」

 ミナは一瞬、躊躇った。
 レイチェルはまだ、負けたと思っていなかった。

「⋯⋯なーんてね。全部ウソでした」

 ミナは、胸に散弾を叩き込まれた。破裂し、多量の血が流れる。
 出血が止まることはない。膝から崩れ落ちる。彼女は確実に死ぬだろう。

「⋯⋯また暴走されても困るわ。早く死になさい、星華ミナ」

 レイチェルはできるだけ最速で、ミナの首を刎ねた。
 ──刎ねた、はずだった。

「言ったでしょ。わたしは、あなたを、赦さない。⋯⋯いつ、あなたを殺すのを躊躇ったと、思ったの?」

 気がついた時には、レイチェルは仰向きに倒れていた。
 速かった。速すぎた。おそらく、レイチェルの触手より素早く、ミナは彼女を爆撃し、確認できないがレイチェルの首から下は消し飛んでいるだろう。証拠に、感覚がまったくない。

「⋯⋯なんで。⋯⋯なんで、あれで⋯⋯」

 生きている。それを言い終わる前に、ミナはレイチェルを今度こそ完全に消し飛ばした。

「わたしの魔術は小細工程度しかできないけど、小細工でもあなたには十分だった、ってだけ」

 ◆◆◆

 ミナと別れたあと、リエサはとある場所に向かって走っていた。

「ねぇそれって本当? あなたが、過去に大魔族ギーレと戦ったことあるって」

『ああ。本当だ。記憶は曖昧だが、それは確実だ。⋯⋯おそらく、それが原因で僕は死んだんだろう』

 アルターの記憶は未だ十分に戻ったわけではない。しかし、断片的な記憶を思い出しつつあった。
 うち一つに、ギーレとの交戦経験があった。彼はギーレの魔力を覚えているらしく、リエサが魔力を感知し、ギーレの居場所を特定した。

「でも私は魔術師としては素人よ? 大魔族と戦ったところで勝てるとは⋯⋯」

『君はあの特級魔族に勝ったろう。それに、問題ない。戦えるのは君一人じゃないだろうからな』

「それってどういう⋯⋯」

『とりあえずそこで止まれ』

 リエサはアルターの言葉に従い、その場で立ち止まる。
 すると直後、リエサの足元に斬撃が叩き込まれた。目の前では斬撃の嵐が吹いているのだ。

「斬撃⋯⋯?」

『心核結界だろう。だがこれは⋯⋯』

 数秒後、斬撃の嵐は止む。
 リエサは再び走り出した。そうして、を見た。

「⋯⋯ふーむ。心核結界が使えるから、少しは期待したんだがね⋯⋯これじゃあ興味すら沸かないな」

 細身で焦げ茶色の長髪。やや高身長の中性的な男。
 そして肩で呼吸するほど消耗し、全身に傷を負うリンが立っていた。

「あれが⋯⋯!?」

 上位者特有の威圧感。本能的恐怖を感じる。死を目前にしたことで全身に冷や汗が流れ、身体が無意識に震える。

「⋯⋯おや? どうやらお仲間さんが助けに来てくれたようだよ?」

「なっ⋯⋯逃げろ! コイツは──」

 リエサは魔術師としては素人だ。魔族であるギーレに勝てるわけがない。魔術師として最高位の一級であるリンですら敵わなかったからだ。
 ゆえに、ここで正しい選択は逃げること。リンは、何としてでもリエサを逃がすべく魔術を使おうとした。
 それが致命に繋がるとしても、時間を稼ぐべく。
 ──だが、それよりずっと、ずっと速く、リエサは動いていた。

「『Accel Edit』──始動スタート

 超能力に魔力を込めて、魔術を重ねる。身体の加速も同時に行う。たった一度の経験で、アルターとの能力同期が促進され、先程よりもリエサの技術は洗練される。
 そしてリエサは、魔術の何たるかを理解した。

「回路術式起動──〈零下ゼロ・オーバー〉」

 急激に熱が下がったかと思えば、次の瞬間、ギーレの全身を強烈な高温のクリスタルが覆う。
 あの特級魔族ノイすら一撃で屠った複合魔術。
 だが──、

「⋯⋯ほう。面白いね! 本気で防御したが、まさか貫通するとは思わなんだ!!」

 ギーレは、多少火傷を負ったくらいだった。破壊した防御術式が消滅する。
 彼の火傷は再生していく。肉体は人間のそれでも、体質は魔族のものに完全変質している。それ故の再生力だ。

(アルター、あの魔族何か弱点とかないの? ⋯⋯何か絡繰ありきの防御力ならどれほど良かったか⋯⋯今のを防ぎ切るなんて)

『⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯月宮、僕の魔力感知は確かにアレを大魔族ギーレとして認識している。が、僕が戦ったことのある奴の姿は⋯⋯違ったはずだ』

 朧気な過去の記憶。だがその記憶の中でも、ギーレとの戦いは印象に深く、他の記憶と比較し鮮明だ。
 何かの為に抗ったことは、覚えている。
 そしてその為に、命を失う覚悟を決めたことも。

(⋯⋯は?)

『注意しろ。奴は⋯⋯おそらくだが、他人の体を乗っ取ることができる。⋯⋯そうか。この魔獣騒動、そういうことか⋯⋯!』

「何か考え事しているみたいだが、どうしたのかな? 余所見していると⋯⋯死ぬよ?」

 ギーレの影から何かが飛び出す。リエサは反応に遅れた。が、しかし、飛び出してきた百足のような魔獣は、リエサに噛み付く直前に切り刻まれた。

「油断するな⋯⋯! 奴は大魔族だぞ!」

「鬱陶しいなぁ。まずは君から殺してあげようか」

 ギーレの動きを目で追うことはできなかった。
 辛うじて、動き出しを見て、防御の構えを取ることはできた。だが、ギーレの拳はリンの防御魔術を破り、彼女の腕に激痛を走らせた。

「遅いね」
 
 リエサの背後からのクリスタルによる奇襲攻撃も、ギーレは防御魔術で防ぎ切る。
 彼の周囲の空間に亀裂が入り、割れた。その割れた空間から、赤い肉塊のワーム型魔獣が二体、リエサとリンに襲い掛かる。
 二人は丸呑みされる。が、内側から切裂くなりなんなりし、脱出した。

「そのワームは二級魔獣だが、体内に魔毒を含んでいる優秀な種類なんだ。どうだい? 感想は?」

 魔毒とは、魔力を蝕み毒に変質させる物質だ。これに侵された生き物は全身に絶え間ない激痛が走り、最終的に死に至る。
 また、魔術を使えば進行が促進されると同時に痛みも増す凶悪な性質を持ち合わせる。

「⋯⋯⋯⋯っ」

 体が動かない。魔毒に侵された魔術師は、魔術が使えなくなった魔術師は、死ぬしかない。

「──心核結界」

「──む?」

 だが、ここで諦めるようでは、一級魔術師などやっていない。
 リンは命を賭ける縛りを自らに課す。これから死ぬ身であるため、本来のそれより縛りとしての効力は弱まるが、必要十分だ。
 ここでこの大魔族を殺す。殺せずとも、再起困難なダメージを与え、リエサを逃がす。それらがリンにできることだ。

「ほう⋯⋯!」

「〈葬審祈──」

 結界が構築され始める。しかし、その瞬間。

「──『Accel Edit』起動。〈冥界の霊矢〉」

 天空より、無数のクリスタルの矢が降り注ぐ。それはリンを躱し、ギーレにのみ命中する。
 ギーレは防御魔術を展開する。だが、

「⋯⋯なに」

 防御魔術に矢が突き刺さると、それは凍った。防御魔術に凍るなどという現象は起こるはずがない。
 しかし、魔術とはそもそも、奇跡を起こす術が起源であることを知っているギーレは、直ちに理解した。
 氷霧が舞う。それはリエサが意図してやったこと。彼女はリンを抱え、その隙に走り、逃げ出した。

「⋯⋯そうか。魔毒はアレの応用で焼いたのか。それにこの魔術⋯⋯いや、超能力と魔術の複合能力は⋯⋯」

 厄介だ、と思う。反面、素晴らしい。興味深い、とも思った。
 ギーレの顔には笑みが浮かんでいた。あのリエサという少女には、なぜだがやけに興味が湧く。魔術師としては素人に毛が生えた程度。なのに、面白いと思った。

「おっと、いけない。私の悪い癖だな、これは。⋯⋯計画を遂行する上で、彼女はどうも大きな障壁になりそうだ」

 ギーレは魔力探知を行う。すぐにリエサたちを見つけ、テレポート系の魔力を持つ魔獣を使ってそこに飛ぶ。
 眼前、影から現れたギーレ。リエサは動揺を隠せなかった。

「悪いけど、ここで死んでもらうよ」

「駄目だよぉ。そこまでなんだからぁ、さ!」

 ギーレは魔力の糸に巻き付けられ、投げ飛ばされる。建物に突っ込みそうになるが、彼は糸を引き裂き、逃れる。

「ヴィーテか。⋯⋯面倒な奴が来たね、全く」

「そこのお二人さんは早く逃げなよぉ? ⋯⋯巻き込まれたくなかったら、ね」

 リエサたちはすぐさまその場から逃げ出した。
 ギーレは追おうとはしなかった。できなかった。

「さぁて。⋯⋯僕は君を殺すことはしない。時間稼ぎしかしないから、安心してちょーだい?」

「不殺の縛り、のつもりかい? それは君が私より強いか同等じゃないと機能しないだろうに」

「だから、だよぉ」

 刹那、ギーレは吹き飛ばされていた。防御が間に合わなければ今頃粉微塵になっていただろうほどの密度の糸が叩き込まれていた。
 百メートル近く飛んだが、ギーレは無傷で耐えた。だがそれはヴィーテにとってはただのジャブ程度に過ぎない。
 適当なビルを解体し、瓦礫を糸でつかみ、ギーレに叩き落とす。
 ギーレは巨大な口を持つ魔獣を顕現させ、瓦礫を飲み込ませた。
 が、背後、いつの間にかヴィーテが回っていた。

(速い⋯⋯!? イア並か⋯⋯違う、偽物!?)

 それは糸でできた本体と同等の実力を持つ複製体だ。
 それに命を落とす縛りを用いらせることで、ヴィーテの魔力出力を超えた魔術を使わせる。

「ちぃ⋯⋯!」

 出力最大の防御魔術を破壊され、ギーレは全身を切り刻まれ、糸に巻かれる。

「あはァ!」

 そして天井に叩きつけられ、かと思えば地面に引き落とされる。
 空中。魔術陣が展開される。そこで糸によって編まれた槍が複数、作られていた。
 それら全てをギーレに落とした。

「⋯⋯本当に不殺の縛り結んでいるのかい」

 ギーレは体を再生しているが、治りが遅い。

「ははは。そんだけやっても死んでないんだから、ちゃんとやってるよぉ」

 ギーレが知っているヴィーテの実力は、魔術師換算でも一級以上。戦闘力に限って言えば、特級にすら届きうる。
 敢えて言えば理不尽さが足りなかったが──、

(⋯⋯あの糸人形。普通は命を懸けた縛りなんて結ばせることはできないはずだった。⋯⋯不殺の縛りの恩恵はその辺に割いているってところだろうね)

 おそらく、ヴィーテ本体の実力は何も変わっていない。彼女は素で、大魔族に匹敵する魔詛使いというわけだ。そこに、特級らしい理不尽さが追加された今──彼女は、特級の魔術師と同等の脅威として認識された。

「良いね。君にはそれほど興味を持っていなかったが⋯⋯。⋯⋯有象無象では無駄遣いに終わるね。ここは⋯⋯」

 ギーレは特級魔導武具『断骨』を取り出した。

「直に叩くとしようかっ!」
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