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第91話 十三の試練
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白い巨人と相対するのは四人。ミナ、ウィルム、ホタル、リンだ。
イア、ジョーカー、アルゼス、リエサはエストの転移魔法により撤退済み。ヴィーテは行方不明。ホタルとリンはかなり消耗しており、全力全開の戦闘は困難だ。心核結界の展開を、両者ともできない。
「⋯⋯⋯⋯」
既に戦闘は始まっている。白い巨人の強さは、先程の十三体居た頃より格段に上だ。数は減ったが、個体の強さそのものは大魔族でも上位相当だろう。つまり、単純な強さだけであれば、あのギーレを上回る化物だ。
強さだけならギーレ以上だが、ソレほどの狡猾さも手札の多さもない。だからこそ応戦できているものの、一つのミスがチームの瓦解に繋がることには変わりない。
ウィルムの固有魔力は火力、速度面では非常に優れている。だが非常に堅い──つまり、脆い。
ウィルムの影による刺突は確実により強くなった白い巨人さえ屠ることができる。
ただし、当たればの話だ。
「──む」
巨人はウィルムの影を素手で砕いた。パリン、と、硝子が割れるような音がした。影の破片は飛び散り、魔力となり離散する。
そして直後、巨人がウィルムに迫る。丁度、攻撃の雨が止んだ一瞬だった。
恐ろしく速い。巨体が、赤い戦斧を持ち上げ、振り下ろした。
「⋯⋯!」
戦斧を一瞬、茨で受けとめ、その隙にホタルはウィルムを助け出した。
「ウィルム、あなたじゃ、あの巨人の攻撃を受け止めきれない。前衛はわたしが行くから」
消耗しているホタルとリン。魔術師としては素人同然のミナ。
ウィルムは自分が前に出なければならないと考え、無理に攻撃を仕掛けてしまった。
「⋯⋯すまない。助かった、ホタル」
「一人で突っ走らないでください、ウィルムさん!
今の状態でもサポートくらいはできますから!」
「了解した」
巨人は突っ込んでくるウィルム、ホタル、リンの三人を警戒する。なぜならそれ以外に目立った魔力反応は無いからだ。
十二の神器を一斉掃射する。ホタルが茨でガード、リンは斬撃でガードしきれなかったものを弾く。そして出来た隙に、ウィルムが影を付け入れる。
それでも巨人は己が得物で影を撃ち落とす。
十二の神器は、かの巨人の周りに回収された。
そして今度は近距離にて、神器の掃射が行われる。十三の神器がそれに充てられ、半円形状に展開されている。回避は不可能。防御も困難極まりない。
つまり巨人には得物がない。つまり巨人は素手である。つまり──、
「──今」
魔力を込める。能力を発動する。最大限まで圧縮し、最大限まで高めた出力により、放つ最大火力。
星灰燼が、宙を舞う。
煌き光る星々の灰。そこにあるのは果たして星の塵か、
あるいは肉片か。もしくはその両方なのか。
どちらにせよ、それは白い巨人を木端微塵にして余りある火力だった。
それ程の火力だった。間違いはない。否、実際、白い巨人は死滅した。これは嘘でも冗談でもない。
「⋯⋯ウソ」
赤く燃える。だが、ただ普通に燃えている色の炎ではない。
それは生命の炎。ゆえに、燃やされるのは命でなく闘志であり、そして起死回生を示す狼煙でもある。
白い巨人の肉片は燃え上がり、消え失せ、だが纏まり形を成す。
燃え上がりて使徒は回帰する。我らが主神の為なれば。
『再生⋯⋯いや、蘇生だな』
「アレンさん⋯⋯こんなの、どうすれば⋯⋯」
今のミナの一撃は、彼女の残存魔力の全てを注ぎ込んだが故の破壊力だ。最早生半可な爆撃では、白い巨人に外傷一つつけられはしない。
無限に蘇生する化物ということであれば、手のうちようがない。
『⋯⋯いいや、諦めるのはまだ早いぞ、星華。魔術師さんらも聞いてくれ。先程、エストから連絡があった』
白神には神性がなく、白い巨人の存在とシャフォン教の心霊たちの信仰心によってその現界、受肉が確立されていること。
エストは心霊の処理を行っているが、あと五分は掛かるということ。
アンノウンが白神を対応していること。
そして、白神も白い巨人も、今が最も弱い状態であり、神性故のデタラメな権能が軒並み不能になっているということ。
『アレの再生能力も蘇生能力も、権能なしの自前の力だ。所詮神でもない生き物の生体機能でしかない。上限があるはずだ。限界があるはずだ。実際、見てみろ。奴の武器が三つ減っている』
アレンの言う通り、白い巨人が周りに浮かせている武器の数が三つ、減っていた。
『元々、白い巨人──使徒は、十三体居た。だが今、それは一体だけだ。そしてその一体は先程より個体として格段に強く、十二と一つの武器を浮かせ、持っていた⋯⋯つまりそういうことだ。世の中、神様でも不合理な奇跡は起こせんらしい。できるなら、十三体に増やしちまえばいいからな』
未だ絶望的な戦況には変わりない。
『何、問題はないだろ? あと九つ、神の使いの蓄積された命を削るだけでいい。⋯⋯星華ミナ、君の得意分野だ』
「⋯⋯はいっ!」
だが、希望の光が一筋あるのとないのとでは心の持ちようは大きく変わった。
「⋯⋯十二ならぬ十三の試練、ってわけね。⋯⋯なるほど、やってやろうじゃないの」
その困難さを理解しつつも、リンは敢えて笑う。
でなければ魔術師ではない。魔術師とはそうだ。人間とはそうだ。不可能を可能にしてこそ、人間足り得るのだ。
『来るぞ、莫大なエネルギー反応だ!』
戦斧を構える。
祖は我らが救世主。祖は世に罰を与う。異端なき世界こそ我らが目指す理想郷である。
ゆえに問う。これは審問である。
白い巨人はその赤い戦斧を振り上げた。そこに赤いエネルギーが流れる。奔流は次第に大きくなり、風圧を、光を、そして正体不明の圧力を、周囲に発する。
「『暗き中に垂れる火の星』──〈祝福を齎す灌木〉っ!」
魔術陣が地面に展開され、木々が何重にも生茂る。それはホタルたちを赤い破壊光線から守る。
木々が破壊されるのと同時に、破壊光線も止む。
白い巨人は、内側の異端者を殺処分すべく、八つの神器を射出した。
だが⋯⋯そこには、誰も居ない。
「──ッ!」
既に彼女は回り込んでいる。
「『処刑人の名に於いてここに下す』っ! 〈裁〉ッ!」
ホタルの真似事だ。一節でも詠唱することで、魔術の威力を高める。
連続的な斬撃が白い巨人を襲う。随分の効いたようだ。巨人は大きくよろめいた。
そしてこれを逃すような馬鹿はするはずがない。
──辺り一帯が影に飲まれる。そして──、
「堕ちろ」
影の槍に、使徒は穿たれる。真っ赤な血が噴射する。身動きを取ることができない。武器の残数は既に、三つだ。
「──っ!」
超能力の出力を限界まで引き上げる。魔力の代わりに体力を削る。その身を削る。捨て身の火力をここで引き出すのだ。
先程のものと同じまではいかずとも、ミナはもう一度だけ超火力の爆撃を白い巨人に叩き込んだ。
クリーンヒット。使徒はグロテスクな灼けた肉塊へと変貌する。
──そして、神器が二つ砕けた。
『⋯⋯残るは、一つ』
白い巨人は最後の蘇生を行う。
アレンの予測は間違っていないと肯定するように、白い巨人は明らかに守りの姿勢を取った。戦斧を構えているが、反撃を重視しているのか仕掛けてこようとしない。
自分が死ぬことが、白神の退去を確定させると理解しているのだろう。
『ここからが正念場だ』
守りを重視した白い巨人を、消耗しきったミナたちでいかに崩すか。ここからの戦いは、それが互いに分水嶺。
もしかすれば、ストックを回復する手段があるのかもしれない。
時間はかけていられない。
速攻でミナは仕掛ける。
ミナは、もうマトモな火力を出すことはできない。
リンも、斬撃の出力が低下している。
白い巨人の命を削ることができるとすれば、ウィルムの影の直撃か、ホタルの大魔術ぐらいだ。
(⋯⋯白い巨人は、おそらく私の影を警戒している)
唯一、詠唱無しの通常攻撃で白い巨人を殺すことができるウィルムの魔術は、故により警戒されている。
畳み掛けるように攻撃すれば回避も防御もされないが、ウィルム単体の攻撃では最優先でブロックされてしまう。
(だが⋯⋯)
ウィルムは一瞬だけホタルと目を合わせる。
普通の人間なら、目を合わせられたことにすら気づかない状況だったが、戦友であり親友であった二人であれば、僅かな合間、ただのアイコンタクトでも、その意図を理解できる。
「ふんッ!」
ウィルムはできる限りの影を伸ばす。防戦に徹した白い巨人に、彼の物量攻撃はそれでも通じなかった。
リンとミナが間髪入れず魔術、超能力攻撃を仕掛ける。それらは既に当たらない。飛ぶ斬撃であろうと視認して、反応不可の爆撃なら未来予知に等しいことをして、避ける。
白い巨人は彼らに、彼女らに適応しつつある。その、行動パターンを学習している。
「⋯⋯⋯⋯!」
戦斧による切り上げがウィルムを襲う。影によるガードは当然意味をなさない。軌道を予測し回避するも、発せられたエネルギー波によって彼は吹き飛ばされる。
ホタルが魔術式を介さない茨を伸ばし、ウィルムを覆う。だが、白い巨人はその茨の強度を知っている。
白い巨人は茨ごと、ウィルムを叩き斬った。
「⋯⋯ウィルムさんっ!?」
「⋯⋯っ!?」
驚いたのは、リンとミナ。その二人だ。
ホタルは未だ冷静なまま。動揺した二人を守るべく、茨で二人を巻き付け勢い良く引き寄せる。
直後、そこに高エネルギー波が迸った。
「二人とも、動揺しないで。戦いに集中して」
リン、ミナは体制を立て直す。ホタルが、ウィルムと戦友であった冷静を保っているのだ。
相対する。白い巨人は彼女らを警戒している。戦斧を構えている。それからすれば、最大警戒対象であるウィルムを屠ったにも関わらず、未だそれは油断しない。
「⋯⋯魔族特有の驕りもない。油断しない大魔族なんて、骨が折れるわ。⋯⋯でもね、まだ、戦える」
ホタルは魔力が少なくなっている。大魔術はあと一発分と少しだけだ。
リンも同じく魔力切れ寸前。何より脳の魔力回路が悲鳴を上げている。
ミナの魔力は既に空だ。演算機構も体力も限界近く、超能力の出力が極めて低下している。
それでも、そんな満身創痍だったとしても、まだ、身体は動く。だから戦えるのだ。
──両者、構える。──そして、ミナたちは一斉に仕掛ける。
三人による同時攻撃。一つ一つは白い巨人に通用しないとしても、ガードされるとしても、併せれば一撃の超火力成り得る。ならば命を削ることができる。
それを、白い巨人は理解した。だからこそそれは賭けにでた。使徒も限界近い。ここで粘られては、敗北の可能性があると考えたのだ。特にホタルには、少しだけ余裕があると、見抜いていたのだ。
だからまずはその余裕を必死の状態に変えなければならない。
「やっぱり⋯⋯!」
戦斧を斜め後ろに構える。そこにエネルギーが収束する。それを放つだろう。それを穿つだろう。ホタルにあの灌木の防御大魔術を使わせ、余裕を無くすつもりなのだろう。
予備動作には既に入った。ご丁寧に、エネルギーの奔流を、近づけさせないための棘、盾のように扱ってもいる。
必ず白い巨人はホタルに攻撃を当てる。選択肢は防御のみ。
「『循環。回帰。幾千の星々──」
ホタルは大魔術の詠唱を行う。残りの魔力を圧縮し、可能な限り出力を高める。
ミナとリンは、その場から退避する。余波で死んでしまうかもしれないからだ。
「──今、それを照らす』」
詠唱完了。ホタルは大魔術を起動する──。
────そして⋯⋯影が白い巨人の頭を貫いた。
「────」
予想外だった。白い巨人からしてみれば。だが、しかし、なおも、それが白い巨人の命を削るほどではない。たった一撃。頭を穿かれただけ。すぐに回復すれば何も問題はない。
何も、問題はない。エネルギー放出攻撃が一時、遅延されただけなのだから。
問題なく、ホタルに後打ちで放出攻撃を行える。
「⋯⋯馬鹿め。術式を見てみろ。それは、〈祝福を齎す灌木〉じゃないぞ、巨人よ」
ウィルムの一撃により、白い巨人の攻撃のテンポが遅れた。防御に対する攻撃の先制が取れなくなったのは痛いものの、単純な出力勝負になるだけだった。
しかし、今度は違う。
「──〈穿ち引裂く死の茨〉」
──大きく、強固な死の茨が、ホタルの足元より顕現する。それは音速を遥かに超えた速度にて、特大の魔力を纏い白い巨人に迫る。
攻撃の打ち合いにおいて、有利なのが先制であることは自明の理。ましてやワンテンポ遅れた側は、相殺すらできずに攻撃をマトモに受ける。
茨は白い巨人を縛り付け、穿ち、貫きそして内側より引裂く。
白く、赤い肉片が飛び散る。飛び散ったあと、それらは離散した。
魔力としてではない。燃えるように、離散した。使徒は、消え失せたのだ。
「⋯⋯よくやった、君たち。助かった。⋯⋯ホタル、君にも無理をさせた。休んでいてくれ。⋯⋯私は、まだ⋯⋯」
ウィルムは白い神のところに向かおうとしている。残存魔力はまだある。体力も、ある。消耗しているが、まだ戦える。
最後まで戦わなければならない。
「おっと、まさかもう殺れているなんてね。これは予想外だったよ」
そんな時、女声が聞こえた。少女とも女声とも取れる⋯⋯どちらかと言えば少女の声だ。
「⋯⋯エストさん」
「ボロボロだね。ごめんね。こっちに時間かけ過ぎちゃった」
『エスト、心霊体の排除ができたのか?』
「ん? ああ、できたよ。で、白い巨人も今死んだ。これで白い神を退散させる準備は整ったと思いたかったんだけどね⋯⋯。どうも時間をかけ過ぎたようだ。⋯⋯いや、というよりあっちが速すぎた」
『⋯⋯それは』
「奴は神性を取り戻した、ってこと。⋯⋯考えが足りてなかった。これは私の落ち度だ。ここは異世界で、私の知識は参考材料にしかならないということを忘れていた。ごめん」
状況は好転しなかった。
『⋯⋯聞こえるかい?』
そこに、ミリアが通信に割り込んでくる。
「何かな?」
『白神が神性を再取得したのは言うまでもないが、解析の結果、取り戻した──言い方は酷くチープだが──神性力はついさっきの六割ぐらいだと判明した。万全と比較すれば二割か三割程度だろう。単純な相互関係にはないと思うが、つまり奴の権能、能力もその程度のはずだ』
神性を取り戻したといっても、全てを取り戻したわけではない。おそらく、受肉現界することができる必要最低限のライン程度。適応能力も権能の火力も、何もかもが最底辺の状態だろう。
「⋯⋯なるほど。受肉直後で最も弱い状態から、今は復活直後で何とか生き延びてるって段階か。⋯⋯なら、まだ勝機はあるね」
「なら、私は何をすればいい?」
「うん? キミももう休んでいるといい。⋯⋯一時であっても、ね。万が一私たちが神の進行を止められなかった場合、その進行を遅延化させる戦力が必要になる。それまで少しの間だけでも休んでおいてほしいんだ」
「⋯⋯君でさえ、確証はとれないということか」
「⋯⋯まあね。ここは私にとって異世界だ。何もかもの前では、私の知識と経験は予測の域を過ぎない。⋯⋯でもね」
エストは笑みを浮かべる。そこに、世界を賭けた戦いに赴くような緊張も責任感も、ない。
「私はかつて世界を救ったことがある英雄だ。その時に比べれば、今は幾分かマシな状況だよ。何せ⋯⋯相手は神だ。ヒトじゃない」
エストがその場から消え去る。転移した。あの神の目前に。神を殺すべく、征ったのだ。
イア、ジョーカー、アルゼス、リエサはエストの転移魔法により撤退済み。ヴィーテは行方不明。ホタルとリンはかなり消耗しており、全力全開の戦闘は困難だ。心核結界の展開を、両者ともできない。
「⋯⋯⋯⋯」
既に戦闘は始まっている。白い巨人の強さは、先程の十三体居た頃より格段に上だ。数は減ったが、個体の強さそのものは大魔族でも上位相当だろう。つまり、単純な強さだけであれば、あのギーレを上回る化物だ。
強さだけならギーレ以上だが、ソレほどの狡猾さも手札の多さもない。だからこそ応戦できているものの、一つのミスがチームの瓦解に繋がることには変わりない。
ウィルムの固有魔力は火力、速度面では非常に優れている。だが非常に堅い──つまり、脆い。
ウィルムの影による刺突は確実により強くなった白い巨人さえ屠ることができる。
ただし、当たればの話だ。
「──む」
巨人はウィルムの影を素手で砕いた。パリン、と、硝子が割れるような音がした。影の破片は飛び散り、魔力となり離散する。
そして直後、巨人がウィルムに迫る。丁度、攻撃の雨が止んだ一瞬だった。
恐ろしく速い。巨体が、赤い戦斧を持ち上げ、振り下ろした。
「⋯⋯!」
戦斧を一瞬、茨で受けとめ、その隙にホタルはウィルムを助け出した。
「ウィルム、あなたじゃ、あの巨人の攻撃を受け止めきれない。前衛はわたしが行くから」
消耗しているホタルとリン。魔術師としては素人同然のミナ。
ウィルムは自分が前に出なければならないと考え、無理に攻撃を仕掛けてしまった。
「⋯⋯すまない。助かった、ホタル」
「一人で突っ走らないでください、ウィルムさん!
今の状態でもサポートくらいはできますから!」
「了解した」
巨人は突っ込んでくるウィルム、ホタル、リンの三人を警戒する。なぜならそれ以外に目立った魔力反応は無いからだ。
十二の神器を一斉掃射する。ホタルが茨でガード、リンは斬撃でガードしきれなかったものを弾く。そして出来た隙に、ウィルムが影を付け入れる。
それでも巨人は己が得物で影を撃ち落とす。
十二の神器は、かの巨人の周りに回収された。
そして今度は近距離にて、神器の掃射が行われる。十三の神器がそれに充てられ、半円形状に展開されている。回避は不可能。防御も困難極まりない。
つまり巨人には得物がない。つまり巨人は素手である。つまり──、
「──今」
魔力を込める。能力を発動する。最大限まで圧縮し、最大限まで高めた出力により、放つ最大火力。
星灰燼が、宙を舞う。
煌き光る星々の灰。そこにあるのは果たして星の塵か、
あるいは肉片か。もしくはその両方なのか。
どちらにせよ、それは白い巨人を木端微塵にして余りある火力だった。
それ程の火力だった。間違いはない。否、実際、白い巨人は死滅した。これは嘘でも冗談でもない。
「⋯⋯ウソ」
赤く燃える。だが、ただ普通に燃えている色の炎ではない。
それは生命の炎。ゆえに、燃やされるのは命でなく闘志であり、そして起死回生を示す狼煙でもある。
白い巨人の肉片は燃え上がり、消え失せ、だが纏まり形を成す。
燃え上がりて使徒は回帰する。我らが主神の為なれば。
『再生⋯⋯いや、蘇生だな』
「アレンさん⋯⋯こんなの、どうすれば⋯⋯」
今のミナの一撃は、彼女の残存魔力の全てを注ぎ込んだが故の破壊力だ。最早生半可な爆撃では、白い巨人に外傷一つつけられはしない。
無限に蘇生する化物ということであれば、手のうちようがない。
『⋯⋯いいや、諦めるのはまだ早いぞ、星華。魔術師さんらも聞いてくれ。先程、エストから連絡があった』
白神には神性がなく、白い巨人の存在とシャフォン教の心霊たちの信仰心によってその現界、受肉が確立されていること。
エストは心霊の処理を行っているが、あと五分は掛かるということ。
アンノウンが白神を対応していること。
そして、白神も白い巨人も、今が最も弱い状態であり、神性故のデタラメな権能が軒並み不能になっているということ。
『アレの再生能力も蘇生能力も、権能なしの自前の力だ。所詮神でもない生き物の生体機能でしかない。上限があるはずだ。限界があるはずだ。実際、見てみろ。奴の武器が三つ減っている』
アレンの言う通り、白い巨人が周りに浮かせている武器の数が三つ、減っていた。
『元々、白い巨人──使徒は、十三体居た。だが今、それは一体だけだ。そしてその一体は先程より個体として格段に強く、十二と一つの武器を浮かせ、持っていた⋯⋯つまりそういうことだ。世の中、神様でも不合理な奇跡は起こせんらしい。できるなら、十三体に増やしちまえばいいからな』
未だ絶望的な戦況には変わりない。
『何、問題はないだろ? あと九つ、神の使いの蓄積された命を削るだけでいい。⋯⋯星華ミナ、君の得意分野だ』
「⋯⋯はいっ!」
だが、希望の光が一筋あるのとないのとでは心の持ちようは大きく変わった。
「⋯⋯十二ならぬ十三の試練、ってわけね。⋯⋯なるほど、やってやろうじゃないの」
その困難さを理解しつつも、リンは敢えて笑う。
でなければ魔術師ではない。魔術師とはそうだ。人間とはそうだ。不可能を可能にしてこそ、人間足り得るのだ。
『来るぞ、莫大なエネルギー反応だ!』
戦斧を構える。
祖は我らが救世主。祖は世に罰を与う。異端なき世界こそ我らが目指す理想郷である。
ゆえに問う。これは審問である。
白い巨人はその赤い戦斧を振り上げた。そこに赤いエネルギーが流れる。奔流は次第に大きくなり、風圧を、光を、そして正体不明の圧力を、周囲に発する。
「『暗き中に垂れる火の星』──〈祝福を齎す灌木〉っ!」
魔術陣が地面に展開され、木々が何重にも生茂る。それはホタルたちを赤い破壊光線から守る。
木々が破壊されるのと同時に、破壊光線も止む。
白い巨人は、内側の異端者を殺処分すべく、八つの神器を射出した。
だが⋯⋯そこには、誰も居ない。
「──ッ!」
既に彼女は回り込んでいる。
「『処刑人の名に於いてここに下す』っ! 〈裁〉ッ!」
ホタルの真似事だ。一節でも詠唱することで、魔術の威力を高める。
連続的な斬撃が白い巨人を襲う。随分の効いたようだ。巨人は大きくよろめいた。
そしてこれを逃すような馬鹿はするはずがない。
──辺り一帯が影に飲まれる。そして──、
「堕ちろ」
影の槍に、使徒は穿たれる。真っ赤な血が噴射する。身動きを取ることができない。武器の残数は既に、三つだ。
「──っ!」
超能力の出力を限界まで引き上げる。魔力の代わりに体力を削る。その身を削る。捨て身の火力をここで引き出すのだ。
先程のものと同じまではいかずとも、ミナはもう一度だけ超火力の爆撃を白い巨人に叩き込んだ。
クリーンヒット。使徒はグロテスクな灼けた肉塊へと変貌する。
──そして、神器が二つ砕けた。
『⋯⋯残るは、一つ』
白い巨人は最後の蘇生を行う。
アレンの予測は間違っていないと肯定するように、白い巨人は明らかに守りの姿勢を取った。戦斧を構えているが、反撃を重視しているのか仕掛けてこようとしない。
自分が死ぬことが、白神の退去を確定させると理解しているのだろう。
『ここからが正念場だ』
守りを重視した白い巨人を、消耗しきったミナたちでいかに崩すか。ここからの戦いは、それが互いに分水嶺。
もしかすれば、ストックを回復する手段があるのかもしれない。
時間はかけていられない。
速攻でミナは仕掛ける。
ミナは、もうマトモな火力を出すことはできない。
リンも、斬撃の出力が低下している。
白い巨人の命を削ることができるとすれば、ウィルムの影の直撃か、ホタルの大魔術ぐらいだ。
(⋯⋯白い巨人は、おそらく私の影を警戒している)
唯一、詠唱無しの通常攻撃で白い巨人を殺すことができるウィルムの魔術は、故により警戒されている。
畳み掛けるように攻撃すれば回避も防御もされないが、ウィルム単体の攻撃では最優先でブロックされてしまう。
(だが⋯⋯)
ウィルムは一瞬だけホタルと目を合わせる。
普通の人間なら、目を合わせられたことにすら気づかない状況だったが、戦友であり親友であった二人であれば、僅かな合間、ただのアイコンタクトでも、その意図を理解できる。
「ふんッ!」
ウィルムはできる限りの影を伸ばす。防戦に徹した白い巨人に、彼の物量攻撃はそれでも通じなかった。
リンとミナが間髪入れず魔術、超能力攻撃を仕掛ける。それらは既に当たらない。飛ぶ斬撃であろうと視認して、反応不可の爆撃なら未来予知に等しいことをして、避ける。
白い巨人は彼らに、彼女らに適応しつつある。その、行動パターンを学習している。
「⋯⋯⋯⋯!」
戦斧による切り上げがウィルムを襲う。影によるガードは当然意味をなさない。軌道を予測し回避するも、発せられたエネルギー波によって彼は吹き飛ばされる。
ホタルが魔術式を介さない茨を伸ばし、ウィルムを覆う。だが、白い巨人はその茨の強度を知っている。
白い巨人は茨ごと、ウィルムを叩き斬った。
「⋯⋯ウィルムさんっ!?」
「⋯⋯っ!?」
驚いたのは、リンとミナ。その二人だ。
ホタルは未だ冷静なまま。動揺した二人を守るべく、茨で二人を巻き付け勢い良く引き寄せる。
直後、そこに高エネルギー波が迸った。
「二人とも、動揺しないで。戦いに集中して」
リン、ミナは体制を立て直す。ホタルが、ウィルムと戦友であった冷静を保っているのだ。
相対する。白い巨人は彼女らを警戒している。戦斧を構えている。それからすれば、最大警戒対象であるウィルムを屠ったにも関わらず、未だそれは油断しない。
「⋯⋯魔族特有の驕りもない。油断しない大魔族なんて、骨が折れるわ。⋯⋯でもね、まだ、戦える」
ホタルは魔力が少なくなっている。大魔術はあと一発分と少しだけだ。
リンも同じく魔力切れ寸前。何より脳の魔力回路が悲鳴を上げている。
ミナの魔力は既に空だ。演算機構も体力も限界近く、超能力の出力が極めて低下している。
それでも、そんな満身創痍だったとしても、まだ、身体は動く。だから戦えるのだ。
──両者、構える。──そして、ミナたちは一斉に仕掛ける。
三人による同時攻撃。一つ一つは白い巨人に通用しないとしても、ガードされるとしても、併せれば一撃の超火力成り得る。ならば命を削ることができる。
それを、白い巨人は理解した。だからこそそれは賭けにでた。使徒も限界近い。ここで粘られては、敗北の可能性があると考えたのだ。特にホタルには、少しだけ余裕があると、見抜いていたのだ。
だからまずはその余裕を必死の状態に変えなければならない。
「やっぱり⋯⋯!」
戦斧を斜め後ろに構える。そこにエネルギーが収束する。それを放つだろう。それを穿つだろう。ホタルにあの灌木の防御大魔術を使わせ、余裕を無くすつもりなのだろう。
予備動作には既に入った。ご丁寧に、エネルギーの奔流を、近づけさせないための棘、盾のように扱ってもいる。
必ず白い巨人はホタルに攻撃を当てる。選択肢は防御のみ。
「『循環。回帰。幾千の星々──」
ホタルは大魔術の詠唱を行う。残りの魔力を圧縮し、可能な限り出力を高める。
ミナとリンは、その場から退避する。余波で死んでしまうかもしれないからだ。
「──今、それを照らす』」
詠唱完了。ホタルは大魔術を起動する──。
────そして⋯⋯影が白い巨人の頭を貫いた。
「────」
予想外だった。白い巨人からしてみれば。だが、しかし、なおも、それが白い巨人の命を削るほどではない。たった一撃。頭を穿かれただけ。すぐに回復すれば何も問題はない。
何も、問題はない。エネルギー放出攻撃が一時、遅延されただけなのだから。
問題なく、ホタルに後打ちで放出攻撃を行える。
「⋯⋯馬鹿め。術式を見てみろ。それは、〈祝福を齎す灌木〉じゃないぞ、巨人よ」
ウィルムの一撃により、白い巨人の攻撃のテンポが遅れた。防御に対する攻撃の先制が取れなくなったのは痛いものの、単純な出力勝負になるだけだった。
しかし、今度は違う。
「──〈穿ち引裂く死の茨〉」
──大きく、強固な死の茨が、ホタルの足元より顕現する。それは音速を遥かに超えた速度にて、特大の魔力を纏い白い巨人に迫る。
攻撃の打ち合いにおいて、有利なのが先制であることは自明の理。ましてやワンテンポ遅れた側は、相殺すらできずに攻撃をマトモに受ける。
茨は白い巨人を縛り付け、穿ち、貫きそして内側より引裂く。
白く、赤い肉片が飛び散る。飛び散ったあと、それらは離散した。
魔力としてではない。燃えるように、離散した。使徒は、消え失せたのだ。
「⋯⋯よくやった、君たち。助かった。⋯⋯ホタル、君にも無理をさせた。休んでいてくれ。⋯⋯私は、まだ⋯⋯」
ウィルムは白い神のところに向かおうとしている。残存魔力はまだある。体力も、ある。消耗しているが、まだ戦える。
最後まで戦わなければならない。
「おっと、まさかもう殺れているなんてね。これは予想外だったよ」
そんな時、女声が聞こえた。少女とも女声とも取れる⋯⋯どちらかと言えば少女の声だ。
「⋯⋯エストさん」
「ボロボロだね。ごめんね。こっちに時間かけ過ぎちゃった」
『エスト、心霊体の排除ができたのか?』
「ん? ああ、できたよ。で、白い巨人も今死んだ。これで白い神を退散させる準備は整ったと思いたかったんだけどね⋯⋯。どうも時間をかけ過ぎたようだ。⋯⋯いや、というよりあっちが速すぎた」
『⋯⋯それは』
「奴は神性を取り戻した、ってこと。⋯⋯考えが足りてなかった。これは私の落ち度だ。ここは異世界で、私の知識は参考材料にしかならないということを忘れていた。ごめん」
状況は好転しなかった。
『⋯⋯聞こえるかい?』
そこに、ミリアが通信に割り込んでくる。
「何かな?」
『白神が神性を再取得したのは言うまでもないが、解析の結果、取り戻した──言い方は酷くチープだが──神性力はついさっきの六割ぐらいだと判明した。万全と比較すれば二割か三割程度だろう。単純な相互関係にはないと思うが、つまり奴の権能、能力もその程度のはずだ』
神性を取り戻したといっても、全てを取り戻したわけではない。おそらく、受肉現界することができる必要最低限のライン程度。適応能力も権能の火力も、何もかもが最底辺の状態だろう。
「⋯⋯なるほど。受肉直後で最も弱い状態から、今は復活直後で何とか生き延びてるって段階か。⋯⋯なら、まだ勝機はあるね」
「なら、私は何をすればいい?」
「うん? キミももう休んでいるといい。⋯⋯一時であっても、ね。万が一私たちが神の進行を止められなかった場合、その進行を遅延化させる戦力が必要になる。それまで少しの間だけでも休んでおいてほしいんだ」
「⋯⋯君でさえ、確証はとれないということか」
「⋯⋯まあね。ここは私にとって異世界だ。何もかもの前では、私の知識と経験は予測の域を過ぎない。⋯⋯でもね」
エストは笑みを浮かべる。そこに、世界を賭けた戦いに赴くような緊張も責任感も、ない。
「私はかつて世界を救ったことがある英雄だ。その時に比べれば、今は幾分かマシな状況だよ。何せ⋯⋯相手は神だ。ヒトじゃない」
エストがその場から消え去る。転移した。あの神の目前に。神を殺すべく、征ったのだ。
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