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第90話 理の外側へと
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「エストさん⋯⋯っ!?」
心臓が潰されたエストを、ミナは心配せざるを得なかった。だが、エストは「問題ないよ」と言い、平然を装っていた。
(治癒魔法も時間逆行、反転もできない。傷が治せない概念攻撃かな? ⋯⋯面倒だ)
神の攻撃ということもあるのか、解析にはかなりの時間を要しそうだ。安静にしていれば特に問題なくこの呪いは解除できるだろうが、そんなことは、今、選択できない。
「おい、それで戦えるのか?」
「だから問題ないってば。心臓潰されたくらいで死ぬようなら、私はここに居ない」
魔力による肉体強化、つまり肉体への干渉は魔力操作の延長線上にある。これを応用すれば、魔力操作することで、心臓の役割を肩代りすることもできる。
ただし、それに割く魔力、脳のリソース。何より心臓を破壊されたことによるダメージ、出血は、そう無視できたものではない。
止血魔法も治癒行為と見做され発動できなかった。
「⋯⋯まあいいや。本気じゃなく、全力で戦うことになっただけだね」
白い神は、もう一度赤い槍を投擲した。
アンノウンはエストを守るように前に出ようとした。超能力による防御を行おうとしたのだ。
が、エストはそれより先に、魔法を展開するべく左腕を前に出した。
「〈神殺〉」
それは本来、無数の神性特攻の斬撃を降り注ぐ魔法。しかし、エストはこの斬撃数を一にすることで、単発火力魔法として扱った。
総合威力としては、非改造の方が高かった。だが、エストの魔法出力だとそれでは白神に通用しないのである。
「必中必殺、治癒不可の投擲槍。でも、相殺ならできる、ってわけね」
赤い槍は真っ二つに割られた。直後に霧散するように消えて、白神の手に再出現した。
本当の神の投擲槍が、この程度で済むわけがない。アンノウンの神性剥奪は成功したようだ。
作戦は既に完了している。為すべきことは、ただひたすらに神を削る。
受肉したのであれば、その器を破壊する。もしくは器と精神体の繋がりを断つことが勝利条件。
器破壊のプランは、先の攻撃でできなかったことから後回しだ。
(精神体への干渉は二番目に私が得意なこと。器破壊はサブプランとして並行しつつ⋯⋯それらの繋がりにアプローチを仕掛けるかな)
エストは魔法ではなく魔術を展開した。アンノウンはそれを見たことがある。心核結界だ。
「は、テメェ何考えて──」
心核結界展開後、脳回路は麻痺し、一時的に魔術が使えなくなる。エストの場合、魔法関連も使用困難となる。
しかし、今だけは例外だ。
白神はその魔術の行使を阻止すべく、赤い雷を降らせる。勿論、アンノウンにも同様に降らし、彼にエストを守らせる行動は取らせなかった。
が、エストへの雷は、真上へと反射した。
そして直後、心核結界の術式が展開する。
「心核結界〈虚無世界〉」
エストの心核結界は、対象に虚無という情報量を流し込む。この理屈の術式の都合上、必然的に対象の精神、記憶に干渉する魔術構造となっていた。
精神構造の異なる魔族、人間のどちらにも適応させるため、彼女は発動対象に応じて、最適となる精神干渉を自動的に構築するプログラムを設定している。
彼女のリソースが許す限り、いかなる対象であろうと一切の減衰なく魔術効果を引き出す──例え相手が神であったとしても。
心核結界終了後、世界に色が戻る。
白神はその場を動こうとしない。一分にも満たないだろうが、あと数十秒は思考ができない状態のままだ。
「アンノウン、事後報告で悪いけど、さっきキミの記憶読み取らせてもらった。で、今、私は奴の精神に直接触れた」
「⋯⋯で? オレに何をさせてェわけだ?」
「話が早くて助かるよ。まず結論から言わせてもらうと、あの神を肉体に留めているものの根幹は招来の魔術による術式だ。尤も、アリストリアができなかったように、その術式を解体することは現時点では無理。それができるなら直接神の肉体破壊したほうが手っ取り早いくらいにはね」
「ほう? なら術式を解体する術がある、と」
「だね。で、理屈は長いから端折るけど、要は術式を守っているのは神性とか信仰心。ある種の願望だ」
「は? それならオレが引っぺがしたはすだが」
「キミが剥がしたのは白神自身の神性。今、神を受肉させ、肉体と精神体を繋げているのはあっちでミナたちが戦っている巨人が主で、他には⋯⋯まあおそらくシャフォン教団員の心霊体だろうね」
エストが予測する中で、最悪の状態であることが判明した。
だが考えてもみれば、当然のことだ。白神は自身の力によってこの世に降り立ったわけではない。
現世と神をつなげているのは、神を招来させたシャフォン教である。
故に、おそらく招来魔術を行使した魔術師と、白神の使徒と成った人間だったものが、繋がりとなるのはなんらおかしなことではない。
「狂信者共の魔術師の心霊体と、使徒たるあの白い巨人の両方を消滅させてやれば、白神は肉体から離されるということだな?」
「そそ。まあその前に白神の神性が復活すれば、全部最初っから。何なら白神は更に私たちの能力や魔術、魔法に耐性を得る。強くてニューゲームってやつさ。⋯⋯ってなわけで⋯⋯私とミナたちがそれやってる間に、キミ一人で白神を足止めしといて」
有無を言わさず、エストはその場から消え去った。追跡する気もないが、仕事を押し付けられたようで気分が悪い。
が、それだけだ。
「────」
白神の流動的な肉体は時間と共に固定化しつつある。まるで蛹が中身を形成している様子を観察しているみたいだ。
「⋯⋯ケッ。足止め、か。まさかこのオレがンなことするとは思いもしなかったぜ」
彼女を巻き込むことは気にしなくていい。力をセーブすることを意識しつつも、アンノウンは本気を出す。
ノイズが走る黒翼が一対、彼の背中から展開された。
「なァ、カミサマ?」
白神は意識を取り戻す。
白神は、未だエストを狙っている。それだけ、彼女を危険視しているらしい。だが逆に言えば、アンノウンのことは危険因子にも数えられていないということ。視界に入っているのかすら怪しい。
だから、アンノウンは白神に移動を許さない。黒翼はその胴体を貫いた。
血に該当するものは何も流れない。しかし、悶えるような反応からして効いているようだ。
「悪ィが、ここから先は通行止めだ。カミサマだろォが通すことはできねェなァ?」
アンノウンは指先に漆黒色の極小球体を作り出し、それを白神に向かって打ち出した。
そして直後、白神の肉体の半分は消し飛んだ。その余波でクレーターができたが、アンノウンには一切の影響がない。
白神の肉体は直ちに再生し、ようやくアンノウンを敵対存在として認めた。
赤い雷が彼に降る。アンノウンは防御ではなく回避を選択した。
雷には直撃していないが、熱を感じた。雷に似ただけの別物だろう。
「ア?」
白神がその場に居ない。後ろだ。その手には赤い槍を持っている。先ほどは投擲槍として扱っていたが、今度は近接武器として使って来る。
連続的な刺突をアンノウンは躱しつつ、黒翼を薙ぎ払う。しかし白神は、同じく白い翼でガードした。
鍔迫り合いのような格好になるか、そう思った次の瞬間、アンノウンは突然何かに吹き飛ばされた。
(サイコキネシス⋯⋯)
空中にてアンノウンは体勢を整え、攻撃の分析をする。
サイコキネシス自体に殺傷能力はない。というより、アンノウンには殺傷能力を発揮できるだけの有効打にならないのだろう。
(本当に今が最も弱い状態か)
アンノウンが無効化できずに無抵抗で吹き飛ばされるようなサイコキネシスでさえ、本来のスペックより格段に弱まっている。
蛹から羽化しようとしている、という白神の状態の表現はあながち間違いでもないようだ。
アレは今、成長しようとしている。精神体からの受肉。そして羽化。現時点が一番脆いのだ。
「────」
エストたちが白神を守る神性や信仰心を引き剥がすまで、アンノウンは白神を留めておく。
が、それだけに頼ることはない。
「⋯⋯別に、ここで殺しても構わんだろォ?」
解析、開始。
邪魔な補正機は最早要らない。
超能力を介した魔術的解析行為を、白神含めたその空間に対し実行する。
白神はアンノウンに対し、赤い槍を投擲する。アンノウンは手を伸ばした。
槍はアンノウンの腕を引き裂き、胴体を貫通する。
黒いノイズが槍を掴む。槍は白神の元に戻ろうとノイズに抵抗する。だが動かない。
「ギャハ! ギャハハハハハハハハハハハッ!」
腕が引き裂かれ、胸に孔が空いたまま、アンノウンは嗤った。血は流れていない。代わりに黒いノイズのようなものが流れている。
空間にノイズが走る。それは次第に大きくなり、蝕む。
世界が変る。世界が変わっていく。
気がついたら、赤い槍は白神の頭に該当する部分に突き刺さっていた。槍はノイズに包まれている。
白神は女性的な機械音を発する。絶叫しているようにも聞こえた。
「過程なんぞただの描写に過ぎない。結果が先に決まっている。因果逆転、必中必殺の権能を持つ槍」
アンノウンはその神器の性能を解析し、支配下に置き操った。流石の彼でも神器を思うがままに扱うことはできなかったが、一発限りの強制行使は可能だった。
「面白ェ! だがンな得物でも壊れりゃ使えねェ!」
白神に突き刺さった神器は、持ち主に支配権が戻る前に破壊された。その際に内包していたエネルギーが暴発し、白神に更なるダメージを与えた。
「あの魔女は精神体と肉体を切り離す方法でテメェを退散させるよォだが⋯⋯これならテメェを文字通り殺してやれそォだなァッ!」
神器は神の武器であり、ゆえに神を傷つけることができる。
こと解析において、アンノウンは異常の域に達している。
彼は既に、神器を解析し、再現可能なレベルまで理解した。
これよりアンノウンの攻撃の全ては、神格実体に直接影響を及ぼす神格特攻攻撃へ進化する。
傷を治せない権能に関してはまだ解っていないものの、アンノウンからすれば些細なことだ。
それが正常な状態であると定義さえすれば、傷は治すまでもない。生存において、何も問題はないのだから。
「死に晒せッ!」
黒い太陽。熱を持たない概念的炎属性。その火は、神の肉体を焼き尽くす。
それが複数個。一つでさえ周囲一体を火の海に変えかねない超火力だ。
白神はこの黒い爆炎に包まれる。範囲は不自然に絞られていた。
これはアンノウンの善意による配慮ではない。
「──ッ!?」
黒きに燃えるその白き身体は、更なる変化を迎えていた。
明確な人のカタチ。それが白神の本来の姿か?
否。神に正しいカタチなどない。それは不定形ゆえの最善。
即ち、アンノウンという外敵を排除するため、最も効率的な姿であるということ。
──辛うじて体裁を保っている大剣として、赤い大岩から切り出したような神器を持ち、まだ人に近いとは言え化物らしい姿。
形容するなら白い巨神、だろうか。
五メートルはあろう体躯からは想像もできないスピードで、アンノウンに迫る。その剣と言うにはあまりにも巨大で、不格好な、最早、岩と呼称すべき得物を振り下ろす。
赤い雷が走る。雷撃が伴う。
アンノウンはノイズを具現化させた防御概念を内包するそれにより、剣戟を防ぐ。が、衝撃までは打ち消すことができなかった。
一瞬で数百メートルは吹き飛ばされた。そして巨神はアンノウンの背後に、居る。既に、それには雷が纏っている。
「っ──」
横一閃。薙ぎ払い。直撃を避けられたとしても、その大岩はついでに過ぎない。
空気が痺れる。空間が帯電している。赤い電流がそこら中を浮遊している。
「が⋯⋯ぐ⋯⋯っ⋯⋯!」
シンプルな話だ。搦手は暴力に弱い。アンノウンが最も苦手とするのは、単純な力攻めだ。
だから白神は巨神となった。だから白神のはその得物を取った。
純粋なパワーにより、概念を真上から叩き潰す。文字通り暴の化身と成った。
「────」
痛い。全身が痺れている。痛みで? 雷で? その両方だ。
単純に、強すぎる。パワーも、スピードも、圧倒的に格上だ。搦手が通じなければ、無意味だ。
そう、通じなければ。
傷は治らない。でもそれが正常だと定義すれば、痛みは無くなるし、傷は悪化しないし、それが死因になることはない。
身体は動く。能力行使に支障はない。
何、最大HPが減っただけだ。そこに問題はない。
「⋯⋯ギャハハハハハハハハハハハッ! ⋯⋯辞めだ、辞め。⋯⋯やってやろォじゃねェか。この、オレが」
学園都市最強として、アンノウンはいつだって挑戦を受ける側の人間だった。いついかなる時でも、彼は上位者だった。
でも今は違う。でも今は、彼が挑戦者だ。
ようやく、納得した。
プライドは捨て去った。そんなもの、勝利には必要ない。勝負には必要ない。殺し合いには必要なんてない。
学園都市最強の超能力者、アンノウン。彼には固有魔力が有った。
彼はその固有魔力ありきで、超能力を行使していた。到底人間には、いや、スーパーコンピュータ並の演算能力があったところで、『不解概念』は使えたものではなかったからだ。
卵が先か鶏が先か、なんてものはここで問うべき疑問ではない。
重要なのは、アンノウンには文字通り無数の手段があるということだ。
「────」
アンノウンの身体にノイズが走る。歪な影が伸びる。
その黒い目が、赤く光る。赤く成る。
──意図的な暴走。超能力を固有魔力と言う制御装置無しで運用することによる、自滅防止措置の解除。
でも、思考までは捨てない。なにせ自主的な暴走なのだから。
「ククク⋯⋯ハハハハハハハ⋯⋯アハハハハハハハ⋯⋯ギャハハハハハハハ──ッ!」
アンノウンは震えるような声で高く嗤う。
その身体は最早、人のそれではないものだとしても、彼は人であり、そして、理外の存在へと至った。
心臓が潰されたエストを、ミナは心配せざるを得なかった。だが、エストは「問題ないよ」と言い、平然を装っていた。
(治癒魔法も時間逆行、反転もできない。傷が治せない概念攻撃かな? ⋯⋯面倒だ)
神の攻撃ということもあるのか、解析にはかなりの時間を要しそうだ。安静にしていれば特に問題なくこの呪いは解除できるだろうが、そんなことは、今、選択できない。
「おい、それで戦えるのか?」
「だから問題ないってば。心臓潰されたくらいで死ぬようなら、私はここに居ない」
魔力による肉体強化、つまり肉体への干渉は魔力操作の延長線上にある。これを応用すれば、魔力操作することで、心臓の役割を肩代りすることもできる。
ただし、それに割く魔力、脳のリソース。何より心臓を破壊されたことによるダメージ、出血は、そう無視できたものではない。
止血魔法も治癒行為と見做され発動できなかった。
「⋯⋯まあいいや。本気じゃなく、全力で戦うことになっただけだね」
白い神は、もう一度赤い槍を投擲した。
アンノウンはエストを守るように前に出ようとした。超能力による防御を行おうとしたのだ。
が、エストはそれより先に、魔法を展開するべく左腕を前に出した。
「〈神殺〉」
それは本来、無数の神性特攻の斬撃を降り注ぐ魔法。しかし、エストはこの斬撃数を一にすることで、単発火力魔法として扱った。
総合威力としては、非改造の方が高かった。だが、エストの魔法出力だとそれでは白神に通用しないのである。
「必中必殺、治癒不可の投擲槍。でも、相殺ならできる、ってわけね」
赤い槍は真っ二つに割られた。直後に霧散するように消えて、白神の手に再出現した。
本当の神の投擲槍が、この程度で済むわけがない。アンノウンの神性剥奪は成功したようだ。
作戦は既に完了している。為すべきことは、ただひたすらに神を削る。
受肉したのであれば、その器を破壊する。もしくは器と精神体の繋がりを断つことが勝利条件。
器破壊のプランは、先の攻撃でできなかったことから後回しだ。
(精神体への干渉は二番目に私が得意なこと。器破壊はサブプランとして並行しつつ⋯⋯それらの繋がりにアプローチを仕掛けるかな)
エストは魔法ではなく魔術を展開した。アンノウンはそれを見たことがある。心核結界だ。
「は、テメェ何考えて──」
心核結界展開後、脳回路は麻痺し、一時的に魔術が使えなくなる。エストの場合、魔法関連も使用困難となる。
しかし、今だけは例外だ。
白神はその魔術の行使を阻止すべく、赤い雷を降らせる。勿論、アンノウンにも同様に降らし、彼にエストを守らせる行動は取らせなかった。
が、エストへの雷は、真上へと反射した。
そして直後、心核結界の術式が展開する。
「心核結界〈虚無世界〉」
エストの心核結界は、対象に虚無という情報量を流し込む。この理屈の術式の都合上、必然的に対象の精神、記憶に干渉する魔術構造となっていた。
精神構造の異なる魔族、人間のどちらにも適応させるため、彼女は発動対象に応じて、最適となる精神干渉を自動的に構築するプログラムを設定している。
彼女のリソースが許す限り、いかなる対象であろうと一切の減衰なく魔術効果を引き出す──例え相手が神であったとしても。
心核結界終了後、世界に色が戻る。
白神はその場を動こうとしない。一分にも満たないだろうが、あと数十秒は思考ができない状態のままだ。
「アンノウン、事後報告で悪いけど、さっきキミの記憶読み取らせてもらった。で、今、私は奴の精神に直接触れた」
「⋯⋯で? オレに何をさせてェわけだ?」
「話が早くて助かるよ。まず結論から言わせてもらうと、あの神を肉体に留めているものの根幹は招来の魔術による術式だ。尤も、アリストリアができなかったように、その術式を解体することは現時点では無理。それができるなら直接神の肉体破壊したほうが手っ取り早いくらいにはね」
「ほう? なら術式を解体する術がある、と」
「だね。で、理屈は長いから端折るけど、要は術式を守っているのは神性とか信仰心。ある種の願望だ」
「は? それならオレが引っぺがしたはすだが」
「キミが剥がしたのは白神自身の神性。今、神を受肉させ、肉体と精神体を繋げているのはあっちでミナたちが戦っている巨人が主で、他には⋯⋯まあおそらくシャフォン教団員の心霊体だろうね」
エストが予測する中で、最悪の状態であることが判明した。
だが考えてもみれば、当然のことだ。白神は自身の力によってこの世に降り立ったわけではない。
現世と神をつなげているのは、神を招来させたシャフォン教である。
故に、おそらく招来魔術を行使した魔術師と、白神の使徒と成った人間だったものが、繋がりとなるのはなんらおかしなことではない。
「狂信者共の魔術師の心霊体と、使徒たるあの白い巨人の両方を消滅させてやれば、白神は肉体から離されるということだな?」
「そそ。まあその前に白神の神性が復活すれば、全部最初っから。何なら白神は更に私たちの能力や魔術、魔法に耐性を得る。強くてニューゲームってやつさ。⋯⋯ってなわけで⋯⋯私とミナたちがそれやってる間に、キミ一人で白神を足止めしといて」
有無を言わさず、エストはその場から消え去った。追跡する気もないが、仕事を押し付けられたようで気分が悪い。
が、それだけだ。
「────」
白神の流動的な肉体は時間と共に固定化しつつある。まるで蛹が中身を形成している様子を観察しているみたいだ。
「⋯⋯ケッ。足止め、か。まさかこのオレがンなことするとは思いもしなかったぜ」
彼女を巻き込むことは気にしなくていい。力をセーブすることを意識しつつも、アンノウンは本気を出す。
ノイズが走る黒翼が一対、彼の背中から展開された。
「なァ、カミサマ?」
白神は意識を取り戻す。
白神は、未だエストを狙っている。それだけ、彼女を危険視しているらしい。だが逆に言えば、アンノウンのことは危険因子にも数えられていないということ。視界に入っているのかすら怪しい。
だから、アンノウンは白神に移動を許さない。黒翼はその胴体を貫いた。
血に該当するものは何も流れない。しかし、悶えるような反応からして効いているようだ。
「悪ィが、ここから先は通行止めだ。カミサマだろォが通すことはできねェなァ?」
アンノウンは指先に漆黒色の極小球体を作り出し、それを白神に向かって打ち出した。
そして直後、白神の肉体の半分は消し飛んだ。その余波でクレーターができたが、アンノウンには一切の影響がない。
白神の肉体は直ちに再生し、ようやくアンノウンを敵対存在として認めた。
赤い雷が彼に降る。アンノウンは防御ではなく回避を選択した。
雷には直撃していないが、熱を感じた。雷に似ただけの別物だろう。
「ア?」
白神がその場に居ない。後ろだ。その手には赤い槍を持っている。先ほどは投擲槍として扱っていたが、今度は近接武器として使って来る。
連続的な刺突をアンノウンは躱しつつ、黒翼を薙ぎ払う。しかし白神は、同じく白い翼でガードした。
鍔迫り合いのような格好になるか、そう思った次の瞬間、アンノウンは突然何かに吹き飛ばされた。
(サイコキネシス⋯⋯)
空中にてアンノウンは体勢を整え、攻撃の分析をする。
サイコキネシス自体に殺傷能力はない。というより、アンノウンには殺傷能力を発揮できるだけの有効打にならないのだろう。
(本当に今が最も弱い状態か)
アンノウンが無効化できずに無抵抗で吹き飛ばされるようなサイコキネシスでさえ、本来のスペックより格段に弱まっている。
蛹から羽化しようとしている、という白神の状態の表現はあながち間違いでもないようだ。
アレは今、成長しようとしている。精神体からの受肉。そして羽化。現時点が一番脆いのだ。
「────」
エストたちが白神を守る神性や信仰心を引き剥がすまで、アンノウンは白神を留めておく。
が、それだけに頼ることはない。
「⋯⋯別に、ここで殺しても構わんだろォ?」
解析、開始。
邪魔な補正機は最早要らない。
超能力を介した魔術的解析行為を、白神含めたその空間に対し実行する。
白神はアンノウンに対し、赤い槍を投擲する。アンノウンは手を伸ばした。
槍はアンノウンの腕を引き裂き、胴体を貫通する。
黒いノイズが槍を掴む。槍は白神の元に戻ろうとノイズに抵抗する。だが動かない。
「ギャハ! ギャハハハハハハハハハハハッ!」
腕が引き裂かれ、胸に孔が空いたまま、アンノウンは嗤った。血は流れていない。代わりに黒いノイズのようなものが流れている。
空間にノイズが走る。それは次第に大きくなり、蝕む。
世界が変る。世界が変わっていく。
気がついたら、赤い槍は白神の頭に該当する部分に突き刺さっていた。槍はノイズに包まれている。
白神は女性的な機械音を発する。絶叫しているようにも聞こえた。
「過程なんぞただの描写に過ぎない。結果が先に決まっている。因果逆転、必中必殺の権能を持つ槍」
アンノウンはその神器の性能を解析し、支配下に置き操った。流石の彼でも神器を思うがままに扱うことはできなかったが、一発限りの強制行使は可能だった。
「面白ェ! だがンな得物でも壊れりゃ使えねェ!」
白神に突き刺さった神器は、持ち主に支配権が戻る前に破壊された。その際に内包していたエネルギーが暴発し、白神に更なるダメージを与えた。
「あの魔女は精神体と肉体を切り離す方法でテメェを退散させるよォだが⋯⋯これならテメェを文字通り殺してやれそォだなァッ!」
神器は神の武器であり、ゆえに神を傷つけることができる。
こと解析において、アンノウンは異常の域に達している。
彼は既に、神器を解析し、再現可能なレベルまで理解した。
これよりアンノウンの攻撃の全ては、神格実体に直接影響を及ぼす神格特攻攻撃へ進化する。
傷を治せない権能に関してはまだ解っていないものの、アンノウンからすれば些細なことだ。
それが正常な状態であると定義さえすれば、傷は治すまでもない。生存において、何も問題はないのだから。
「死に晒せッ!」
黒い太陽。熱を持たない概念的炎属性。その火は、神の肉体を焼き尽くす。
それが複数個。一つでさえ周囲一体を火の海に変えかねない超火力だ。
白神はこの黒い爆炎に包まれる。範囲は不自然に絞られていた。
これはアンノウンの善意による配慮ではない。
「──ッ!?」
黒きに燃えるその白き身体は、更なる変化を迎えていた。
明確な人のカタチ。それが白神の本来の姿か?
否。神に正しいカタチなどない。それは不定形ゆえの最善。
即ち、アンノウンという外敵を排除するため、最も効率的な姿であるということ。
──辛うじて体裁を保っている大剣として、赤い大岩から切り出したような神器を持ち、まだ人に近いとは言え化物らしい姿。
形容するなら白い巨神、だろうか。
五メートルはあろう体躯からは想像もできないスピードで、アンノウンに迫る。その剣と言うにはあまりにも巨大で、不格好な、最早、岩と呼称すべき得物を振り下ろす。
赤い雷が走る。雷撃が伴う。
アンノウンはノイズを具現化させた防御概念を内包するそれにより、剣戟を防ぐ。が、衝撃までは打ち消すことができなかった。
一瞬で数百メートルは吹き飛ばされた。そして巨神はアンノウンの背後に、居る。既に、それには雷が纏っている。
「っ──」
横一閃。薙ぎ払い。直撃を避けられたとしても、その大岩はついでに過ぎない。
空気が痺れる。空間が帯電している。赤い電流がそこら中を浮遊している。
「が⋯⋯ぐ⋯⋯っ⋯⋯!」
シンプルな話だ。搦手は暴力に弱い。アンノウンが最も苦手とするのは、単純な力攻めだ。
だから白神は巨神となった。だから白神のはその得物を取った。
純粋なパワーにより、概念を真上から叩き潰す。文字通り暴の化身と成った。
「────」
痛い。全身が痺れている。痛みで? 雷で? その両方だ。
単純に、強すぎる。パワーも、スピードも、圧倒的に格上だ。搦手が通じなければ、無意味だ。
そう、通じなければ。
傷は治らない。でもそれが正常だと定義すれば、痛みは無くなるし、傷は悪化しないし、それが死因になることはない。
身体は動く。能力行使に支障はない。
何、最大HPが減っただけだ。そこに問題はない。
「⋯⋯ギャハハハハハハハハハハハッ! ⋯⋯辞めだ、辞め。⋯⋯やってやろォじゃねェか。この、オレが」
学園都市最強として、アンノウンはいつだって挑戦を受ける側の人間だった。いついかなる時でも、彼は上位者だった。
でも今は違う。でも今は、彼が挑戦者だ。
ようやく、納得した。
プライドは捨て去った。そんなもの、勝利には必要ない。勝負には必要ない。殺し合いには必要なんてない。
学園都市最強の超能力者、アンノウン。彼には固有魔力が有った。
彼はその固有魔力ありきで、超能力を行使していた。到底人間には、いや、スーパーコンピュータ並の演算能力があったところで、『不解概念』は使えたものではなかったからだ。
卵が先か鶏が先か、なんてものはここで問うべき疑問ではない。
重要なのは、アンノウンには文字通り無数の手段があるということだ。
「────」
アンノウンの身体にノイズが走る。歪な影が伸びる。
その黒い目が、赤く光る。赤く成る。
──意図的な暴走。超能力を固有魔力と言う制御装置無しで運用することによる、自滅防止措置の解除。
でも、思考までは捨てない。なにせ自主的な暴走なのだから。
「ククク⋯⋯ハハハハハハハ⋯⋯アハハハハハハハ⋯⋯ギャハハハハハハハ──ッ!」
アンノウンは震えるような声で高く嗤う。
その身体は最早、人のそれではないものだとしても、彼は人であり、そして、理外の存在へと至った。
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ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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