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第89話 総力戦
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2017.11.27.──01:44。
イア・スカーレットの魔術により、白神の身体は時間を停止していた。だが、この時を以て再び動き出す。
白神が進行する先は、学園都市ではなく、学園都市を内包するルーグルア国の人口密集地帯、つまり首都を目指している。理由は至って単純明快、できるだけ大量の人間へ罰を与えることが目的であるため、だ。
ただし、それより先に学園都市は壊滅するだろう。ここが見逃されることはなく、進行と同時に、学園都市の崩壊も行われる。
そしてそれを、彼らはただ黙って見ていられるわけがない。
『アレをミース学園自治区から出してはならない。既に看過できないほどの死亡者が出ている。これ以上の被害を防ぐために、今、私たちはかの神を打倒せねばならない。その白き翼を地に堕とせ。以上。健闘を祈るよ、諸君』
通信機からミリアの声が聞こえた。その終わりと共に、ミナは、彼らは瓦礫の影から飛び出した。
白い巨人たちはミナたちを迎撃するべく得物を構える。
「はああああ!」
星屑の展開範囲を絞り、魔力を込める。威力が格段に上昇した爆破は、白い巨人を一撃で破砕した。
しかしその分、再生力が大きく、ほぼ木っ端微塵の状態から完全に元に戻った。
白い巨人は大剣を構えている。
リエサから、巨人は斬撃を飛ばすと聞いている。ミナは油断することなく射線から離れるように斬撃を躱した。
背後、赤い斬撃が音速で通っていく。
(惹き付けた! このまま白神から離す⋯⋯!)
巨人に戦って勝つ必要はない。アンノウンに能力を使わせる隙を作るだけでいい。
ミナは巨人と距離を保ちつつ、白神から離れようとした。
だが、すぐに白い巨人はミナから興味を失ったように追跡を辞めた。
他の巨人たちも同じだった。惹きつけることはできなかった。白神から一定距離離れた時点で、巨人たちは戻っている。
何度やっても同じ結果となった。いたずらに体力を消耗するだけだ、このままでは。
「⋯⋯なら」
全部、吹き飛ばしてやる。幸いにも、周囲に一般人は居ない。まだ、白神がミース学園から出ていないからこそ、できる。
ミナは、全員に退避するように伝えた。そして数秒後、彼女は自らの超能力の制限を意図的に解除する。
総攻撃用に残しておくべき余力だったが、それができなくては意味がない。
「──出力最大」
周囲の気温が下がる。
そして、直後。白神を中心に超高密度の星屑が舞っていた。
──何もかもが吹き飛ぶ。核爆弾でも落とされたみたいな音、衝撃、熱が生じた。
耳鳴り、そして閃光が止むと同時、白い巨人たちの姿はそこになかった。白神でさえ、その翼のおよそ40%ほどを損失していた。
これから一秒後、白神はその体を再生させ、白い巨人たちは再び降臨する。
だが、その前に、アンノウンは白神に接近し、確実に触れた。
触れた途端、アンノウンの概念防御を貫通し激痛が走る。しかしそんなもの、気にしていられるような正気は疾うに捨て去った。
「まずはそのふざけた幻想を堕としてやらァッ!」
魔術的演算機構、S.C.Dによる演算補助、そして何より、アンノウン自身の超人的演算能力及び固有魔力によるサポート。
全てが合わさった『不解概念』の現実改変──損傷した白神には、抵抗する余地すらない。
白神が内包、定義する理が、その神性が、今、剥奪される。
甲高い機械的な女声がミース学園に響き渡る。
『対象実体の神性低下を確認──今だっ!』
白神の神性をモニタリングしていたヒナタは、明確な弱体化を観測した。アレンは通信により、総攻撃を命じる。
全員の現時点における最大火力攻撃が、絨毯爆撃が如く白神に襲い掛かった。
神を守る神性は、ない。神を護る兵士たちは、いない。
白煙が立ち込める。
現在時刻、00:51──。
『────。⋯⋯⋯⋯対象神格実体の、活動停止⋯⋯及び、コア反応の消失確認。⋯⋯勝利だ』
ミナはその報告をアレンから聞いた瞬間、思わず歓声を上げた。他の人たちもその報告に安堵したようで、息をついていた。
喜んでいるミナを傍目に、リエサは白神が居たところに歩いていった。
そしてアルターに話し掛ける。
(ねぇアルター。これって⋯⋯)
そこには白い翼があった。紛れもない。確実に、あの神のものだ。
『ああ。⋯⋯どうやら、肉体を持っていたらしい。というより、肉体を持とうとしていた、か。翼だけだが、もう少し時間が経っていれば、受肉していたかもしれないな』
神に肉体はなく、精神的存在だ。故に現界し、故に降臨する。だが、かの神はもう少しで生命として誕生しようとしていたらしい。
「そこに居ると危ないぞ。ええと?」
リエサに話し掛けて来る声があった。その声の主は、あの圧倒的な威圧感を抑えているようだ。今はただの可愛らしいツートンヘアーの少女にしか見えない。
「月宮リエサ、です」
「そうか。月宮リエサ⋯⋯今でこそ神は消滅したが、その残滓とでも言うべきものが舞っている。特にここは濃い。あまり居て良いことはない」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
リエサはイアの忠告に従い、この場を離れようとした。しかし、彼女はもう一度リエサを引き留める。
「⋯⋯⋯⋯。変なことを聞くけど、貴女は私と会ったこと、ある?」
「⋯⋯⋯⋯え?」
「いや、無いならいい。気のせいだった」
『⋯⋯⋯⋯』
言葉は流された。アルターが変な反応をしていたから、リエサは後で聞き出そうと思いつつも、歩き出す。
イアは、そんなリエサの後ろ姿を見ていた。
「⋯⋯⋯⋯。────ッ!?」
直前まで思考していたことは、掻き消された。
イアは、リエサを突き飛ばしていた。
あまりにも速かったが、リエサはちょっとした衝撃を感じたくらいで被害は何もなかった。
被害は全部、イアが負ったから、だ。
「────え?」
リエサを貫くはずだったものであり、今、イアを貫いたのは赤い光だった。
その赤い光は、いや、光にも酷似した触手のような、布のような、不明な実体は、あの翼の周辺から伸びていた。
『──待て。待て待て待てよ⋯⋯なんでっ!?』
通信から、アレンの明らかに動揺した声が漏れた。
それもそのはずだ。
一度、消失した神の心核の再出現を確認したのだから。
『対象神格実体の──現界を、確認⋯⋯』
『いや違うね、エドワーズ機関長。これは──受肉だ』
通信からそんな会話が聞こえる。
でも、リエサの耳にそんな声は届かなかった。
目の前で、イアが、腹を貫かれ力が抜けたように気絶している。否、力が、吸い取られているのだ。
「え⋯⋯あ⋯⋯」
それは受肉する。
白い胎児に翼が生えた姿など、人が想像した神のカタチ。
受肉したとき、それは本性を曝け出す。
正しく神のカタチ。正しく神の肉体。正しく神の姿。
それは化物らしくなく、しかし神らしくもなく、人外らしく、そして神々しかった。
三対の翼のようなものを持った形容し難い不定形生命体。白い体と合間合間にある表面。無数の触手のようなものが、そのシルエットを包んでいるかのような外見。
顔はなく、足はなく、胴体はなく、腕はない。けれど、顔はあり、足はあり、胴体はあり、腕はある。
それらに該当するものがあるが、人類の持つ語彙にそれらを表すものはない。
人智を越したモノを、言葉に表すことはもはや出来ない。
しかし敢えて言うのであれば⋯⋯それはひたすらに神々しかった。
『⋯⋯ヤ! ⋯⋯月宮っ! 正気を保てっ! 精神を壊すなっ! 直視するなっ! 早く、そこから逃げろっ⋯⋯!』
本物の神を目視したことで、リエサはその正気を失っている。思考はない。本能的恐怖のみが、彼女の心に渦巻いている。
「ぐ⋯⋯か⋯⋯わた、しと⋯⋯した、ことが⋯⋯」
赤い布のような触手から、イアは開放された。
魔力だけではない。力の殆どが吸収されたようだ。今の彼女に、最強の魔術師の力はない。指一本動かすこともままならない。
リエサを助けなければ、今頃反撃に移れたはずだ。彼女は死んでいたが、それが早くなるか遅くなるかの違いでしかなかったはずだ。今から、リエサは死ぬだろうから。
『⋯⋯クソ。クソっ! なんで気づけなかったっ⋯⋯!』
絶体絶命の状況だ。イアは動けない。リエサは正気を失っている。
だが、アルターは何もできない。彼にリエサの肉体を操ることはできないし、仮にできたとして、今ここで何ができるのか?
自分のせいで、二人の少女の命を失う。その結果のみが、押し寄せている。
白い神は、その赤い触手を、リエサめがけて突き刺そうとしている。
『────僕は、また──』
「リエサ──!!」
──瞬間、赤い触手は爆撃され、白煙に包まれていた。
「悲観してるとこ悪いけど、まだ諦めて貰ったら困るよ」
そして、彼女らは現れた。
リエサを守るようにして、不可視の防御壁が展開されているようだ。
『⋯⋯は?』
「あれ? もしかして外部の音は聞こえないの? リエサの内側のキミ?」
『⋯⋯まさか、僕を認識しているのか⋯⋯?』
「あ、やっぱ聞こえるんだ。まあね。どんな姿してるのかは知らないけど、誰かいるなってことくらいは把握してるよ。ああ勿論、誰にも言ってないから安心しなよ」
エストは矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「生憎だけど、私にキミたちを助けるための余裕はない。だからキミにはリエサの体の操作権を得る魔法を掛けた。急造品だから魔術とか超能力は使えないだろうけど、走るくらいはできるはずだ。さっさと逃げてね」
「──ああ。悪い。助かった。月宮のことは僕に任せてくれ。⋯⋯それと」
「分かってる。そこの最強さんも助けたげるよ。いや、全員生かして、完全勝利としようかな」
魔法、同時多数展開。演算、終了。詠唱、不要。
「ミナ、少し離れてね」
「え? あ、はい!」
刹那、神々の領域たる魔法の数々が、その一身に降り注ぐ。よって、白い神は肉体の過半数を損失した。
それでも消滅することなく、再生し、完全となる。
だが、
「はは。⋯⋯あーはははははははっ! 実質的な弱体化だぁね! この私にとってはさぁ! さあて⋯⋯神殺しといこうかっ!」
白い神は周囲の現実性を弱めている。それはエストにとって好都合な環境となっていた。
『裏都市』よりも、現環境の現実強度は低い。ゆえに今の彼女は、本来の実力と同等のスペックを発揮するようになっていた。
エストは能力『万象改竄』を発動する。しかし、無力化される。というより、対象外なのだろう。
白神は正真正銘の神格実体だ。この世界のあらゆる存在というカテゴリーに入っていないのだ。
しかし、気にすることはない。元より期待などしていなかった。
『⋯⋯!? なんだこの魔力反応⋯⋯!?』
アベルたちは、新たに──いや、
「『原初を紡ぐ。終焉を語る。永久を無に還し、天地を開闢す。幻想は崩落する。其の死を以て鎮まれ』! ──〈虚無崩滅閃〉ッ!」
完全詠唱、無制限の第十一階級白魔法が放たれる。
世界の抑止力さえ働くことは、非現実的環境では赦されない。
ミース学園全体が、暗い光に包まれる。
一時、そこは夜より暗くなった。
恐ろしいのは、風圧も熱風も何もなかったこと。ただ、確実にそこでは破壊が巻き起こされていた。
「⋯⋯なんで、皆、最初っから本気の一撃を叩き込まないんだろうね? 不思議で仕方ないよね」
白神はその肉体の八割以上を破損した。直ちに再生を開始するも、傷の治りがやけに遅い。
だがそんなこと気にする素振りも見せずに、白神は最重要撃破目標として認識したエストに対して、衝撃波を放つ。
予備動作無し。予告なし。発生の起こりも無し。予測不可能の状態で放たれる致命の一撃。だが、
「くくく。ははは。ははははは。あははははははは!」
──〈朽ちる真実〉
衝撃波は、エストに直撃する前に風化する。
続いて、三連続の赤い雷が落ちる。エストは瞬間移動の如きスピードで雷を躱した。
「元の世界でもここまで本気を出すのは久しぶりだよ⋯⋯存分に、愉しませてもらうよ」
白い巨人は、その不定形の形を人形に寄せた。尤も未だ身体は流動的であり、人形といってもおとまかなシルエットのみで背丈を始めに、人とは言い難い形状をしているが。
そして、形態変化と同時に一体の白い巨人が、赤い雷が降った所に出現した。
巨人たちは、より人に近づいたようだ。尚も異形ではあるが。
そこでようやく、アンノウンたちがエスト、ミナと合流する。
「ミナ、キミたちはあの白い巨人を相手にして欲しいな。アンノウン、キミは私と一緒にあの神を殺すよ」
「だから仕切ンじゃねェよ。⋯⋯が、乗ってやる。足引っ張んなよ?」
「足を引っ張る? はは! 私は白の魔女だよ?」
白神はその手らしきものに、赤い槍を持っている。
白い巨人は、その周囲に十二の武器が浮かんでいた。そして最後の一つの武器は、手で持っている。
開戦の狼煙代りに、白神はその槍を投擲した。
「ん──?」
エストはそれを躱そうとしたが、追尾してくる。だから、防御に切り替えた。
だが、投擲された槍は、エストの胸を貫通し、不自然な軌道を描き白神の手元に戻った。
呆気なく、白の魔女の心臓は壊され、戦闘は始まった──。
イア・スカーレットの魔術により、白神の身体は時間を停止していた。だが、この時を以て再び動き出す。
白神が進行する先は、学園都市ではなく、学園都市を内包するルーグルア国の人口密集地帯、つまり首都を目指している。理由は至って単純明快、できるだけ大量の人間へ罰を与えることが目的であるため、だ。
ただし、それより先に学園都市は壊滅するだろう。ここが見逃されることはなく、進行と同時に、学園都市の崩壊も行われる。
そしてそれを、彼らはただ黙って見ていられるわけがない。
『アレをミース学園自治区から出してはならない。既に看過できないほどの死亡者が出ている。これ以上の被害を防ぐために、今、私たちはかの神を打倒せねばならない。その白き翼を地に堕とせ。以上。健闘を祈るよ、諸君』
通信機からミリアの声が聞こえた。その終わりと共に、ミナは、彼らは瓦礫の影から飛び出した。
白い巨人たちはミナたちを迎撃するべく得物を構える。
「はああああ!」
星屑の展開範囲を絞り、魔力を込める。威力が格段に上昇した爆破は、白い巨人を一撃で破砕した。
しかしその分、再生力が大きく、ほぼ木っ端微塵の状態から完全に元に戻った。
白い巨人は大剣を構えている。
リエサから、巨人は斬撃を飛ばすと聞いている。ミナは油断することなく射線から離れるように斬撃を躱した。
背後、赤い斬撃が音速で通っていく。
(惹き付けた! このまま白神から離す⋯⋯!)
巨人に戦って勝つ必要はない。アンノウンに能力を使わせる隙を作るだけでいい。
ミナは巨人と距離を保ちつつ、白神から離れようとした。
だが、すぐに白い巨人はミナから興味を失ったように追跡を辞めた。
他の巨人たちも同じだった。惹きつけることはできなかった。白神から一定距離離れた時点で、巨人たちは戻っている。
何度やっても同じ結果となった。いたずらに体力を消耗するだけだ、このままでは。
「⋯⋯なら」
全部、吹き飛ばしてやる。幸いにも、周囲に一般人は居ない。まだ、白神がミース学園から出ていないからこそ、できる。
ミナは、全員に退避するように伝えた。そして数秒後、彼女は自らの超能力の制限を意図的に解除する。
総攻撃用に残しておくべき余力だったが、それができなくては意味がない。
「──出力最大」
周囲の気温が下がる。
そして、直後。白神を中心に超高密度の星屑が舞っていた。
──何もかもが吹き飛ぶ。核爆弾でも落とされたみたいな音、衝撃、熱が生じた。
耳鳴り、そして閃光が止むと同時、白い巨人たちの姿はそこになかった。白神でさえ、その翼のおよそ40%ほどを損失していた。
これから一秒後、白神はその体を再生させ、白い巨人たちは再び降臨する。
だが、その前に、アンノウンは白神に接近し、確実に触れた。
触れた途端、アンノウンの概念防御を貫通し激痛が走る。しかしそんなもの、気にしていられるような正気は疾うに捨て去った。
「まずはそのふざけた幻想を堕としてやらァッ!」
魔術的演算機構、S.C.Dによる演算補助、そして何より、アンノウン自身の超人的演算能力及び固有魔力によるサポート。
全てが合わさった『不解概念』の現実改変──損傷した白神には、抵抗する余地すらない。
白神が内包、定義する理が、その神性が、今、剥奪される。
甲高い機械的な女声がミース学園に響き渡る。
『対象実体の神性低下を確認──今だっ!』
白神の神性をモニタリングしていたヒナタは、明確な弱体化を観測した。アレンは通信により、総攻撃を命じる。
全員の現時点における最大火力攻撃が、絨毯爆撃が如く白神に襲い掛かった。
神を守る神性は、ない。神を護る兵士たちは、いない。
白煙が立ち込める。
現在時刻、00:51──。
『────。⋯⋯⋯⋯対象神格実体の、活動停止⋯⋯及び、コア反応の消失確認。⋯⋯勝利だ』
ミナはその報告をアレンから聞いた瞬間、思わず歓声を上げた。他の人たちもその報告に安堵したようで、息をついていた。
喜んでいるミナを傍目に、リエサは白神が居たところに歩いていった。
そしてアルターに話し掛ける。
(ねぇアルター。これって⋯⋯)
そこには白い翼があった。紛れもない。確実に、あの神のものだ。
『ああ。⋯⋯どうやら、肉体を持っていたらしい。というより、肉体を持とうとしていた、か。翼だけだが、もう少し時間が経っていれば、受肉していたかもしれないな』
神に肉体はなく、精神的存在だ。故に現界し、故に降臨する。だが、かの神はもう少しで生命として誕生しようとしていたらしい。
「そこに居ると危ないぞ。ええと?」
リエサに話し掛けて来る声があった。その声の主は、あの圧倒的な威圧感を抑えているようだ。今はただの可愛らしいツートンヘアーの少女にしか見えない。
「月宮リエサ、です」
「そうか。月宮リエサ⋯⋯今でこそ神は消滅したが、その残滓とでも言うべきものが舞っている。特にここは濃い。あまり居て良いことはない」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
リエサはイアの忠告に従い、この場を離れようとした。しかし、彼女はもう一度リエサを引き留める。
「⋯⋯⋯⋯。変なことを聞くけど、貴女は私と会ったこと、ある?」
「⋯⋯⋯⋯え?」
「いや、無いならいい。気のせいだった」
『⋯⋯⋯⋯』
言葉は流された。アルターが変な反応をしていたから、リエサは後で聞き出そうと思いつつも、歩き出す。
イアは、そんなリエサの後ろ姿を見ていた。
「⋯⋯⋯⋯。────ッ!?」
直前まで思考していたことは、掻き消された。
イアは、リエサを突き飛ばしていた。
あまりにも速かったが、リエサはちょっとした衝撃を感じたくらいで被害は何もなかった。
被害は全部、イアが負ったから、だ。
「────え?」
リエサを貫くはずだったものであり、今、イアを貫いたのは赤い光だった。
その赤い光は、いや、光にも酷似した触手のような、布のような、不明な実体は、あの翼の周辺から伸びていた。
『──待て。待て待て待てよ⋯⋯なんでっ!?』
通信から、アレンの明らかに動揺した声が漏れた。
それもそのはずだ。
一度、消失した神の心核の再出現を確認したのだから。
『対象神格実体の──現界を、確認⋯⋯』
『いや違うね、エドワーズ機関長。これは──受肉だ』
通信からそんな会話が聞こえる。
でも、リエサの耳にそんな声は届かなかった。
目の前で、イアが、腹を貫かれ力が抜けたように気絶している。否、力が、吸い取られているのだ。
「え⋯⋯あ⋯⋯」
それは受肉する。
白い胎児に翼が生えた姿など、人が想像した神のカタチ。
受肉したとき、それは本性を曝け出す。
正しく神のカタチ。正しく神の肉体。正しく神の姿。
それは化物らしくなく、しかし神らしくもなく、人外らしく、そして神々しかった。
三対の翼のようなものを持った形容し難い不定形生命体。白い体と合間合間にある表面。無数の触手のようなものが、そのシルエットを包んでいるかのような外見。
顔はなく、足はなく、胴体はなく、腕はない。けれど、顔はあり、足はあり、胴体はあり、腕はある。
それらに該当するものがあるが、人類の持つ語彙にそれらを表すものはない。
人智を越したモノを、言葉に表すことはもはや出来ない。
しかし敢えて言うのであれば⋯⋯それはひたすらに神々しかった。
『⋯⋯ヤ! ⋯⋯月宮っ! 正気を保てっ! 精神を壊すなっ! 直視するなっ! 早く、そこから逃げろっ⋯⋯!』
本物の神を目視したことで、リエサはその正気を失っている。思考はない。本能的恐怖のみが、彼女の心に渦巻いている。
「ぐ⋯⋯か⋯⋯わた、しと⋯⋯した、ことが⋯⋯」
赤い布のような触手から、イアは開放された。
魔力だけではない。力の殆どが吸収されたようだ。今の彼女に、最強の魔術師の力はない。指一本動かすこともままならない。
リエサを助けなければ、今頃反撃に移れたはずだ。彼女は死んでいたが、それが早くなるか遅くなるかの違いでしかなかったはずだ。今から、リエサは死ぬだろうから。
『⋯⋯クソ。クソっ! なんで気づけなかったっ⋯⋯!』
絶体絶命の状況だ。イアは動けない。リエサは正気を失っている。
だが、アルターは何もできない。彼にリエサの肉体を操ることはできないし、仮にできたとして、今ここで何ができるのか?
自分のせいで、二人の少女の命を失う。その結果のみが、押し寄せている。
白い神は、その赤い触手を、リエサめがけて突き刺そうとしている。
『────僕は、また──』
「リエサ──!!」
──瞬間、赤い触手は爆撃され、白煙に包まれていた。
「悲観してるとこ悪いけど、まだ諦めて貰ったら困るよ」
そして、彼女らは現れた。
リエサを守るようにして、不可視の防御壁が展開されているようだ。
『⋯⋯は?』
「あれ? もしかして外部の音は聞こえないの? リエサの内側のキミ?」
『⋯⋯まさか、僕を認識しているのか⋯⋯?』
「あ、やっぱ聞こえるんだ。まあね。どんな姿してるのかは知らないけど、誰かいるなってことくらいは把握してるよ。ああ勿論、誰にも言ってないから安心しなよ」
エストは矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「生憎だけど、私にキミたちを助けるための余裕はない。だからキミにはリエサの体の操作権を得る魔法を掛けた。急造品だから魔術とか超能力は使えないだろうけど、走るくらいはできるはずだ。さっさと逃げてね」
「──ああ。悪い。助かった。月宮のことは僕に任せてくれ。⋯⋯それと」
「分かってる。そこの最強さんも助けたげるよ。いや、全員生かして、完全勝利としようかな」
魔法、同時多数展開。演算、終了。詠唱、不要。
「ミナ、少し離れてね」
「え? あ、はい!」
刹那、神々の領域たる魔法の数々が、その一身に降り注ぐ。よって、白い神は肉体の過半数を損失した。
それでも消滅することなく、再生し、完全となる。
だが、
「はは。⋯⋯あーはははははははっ! 実質的な弱体化だぁね! この私にとってはさぁ! さあて⋯⋯神殺しといこうかっ!」
白い神は周囲の現実性を弱めている。それはエストにとって好都合な環境となっていた。
『裏都市』よりも、現環境の現実強度は低い。ゆえに今の彼女は、本来の実力と同等のスペックを発揮するようになっていた。
エストは能力『万象改竄』を発動する。しかし、無力化される。というより、対象外なのだろう。
白神は正真正銘の神格実体だ。この世界のあらゆる存在というカテゴリーに入っていないのだ。
しかし、気にすることはない。元より期待などしていなかった。
『⋯⋯!? なんだこの魔力反応⋯⋯!?』
アベルたちは、新たに──いや、
「『原初を紡ぐ。終焉を語る。永久を無に還し、天地を開闢す。幻想は崩落する。其の死を以て鎮まれ』! ──〈虚無崩滅閃〉ッ!」
完全詠唱、無制限の第十一階級白魔法が放たれる。
世界の抑止力さえ働くことは、非現実的環境では赦されない。
ミース学園全体が、暗い光に包まれる。
一時、そこは夜より暗くなった。
恐ろしいのは、風圧も熱風も何もなかったこと。ただ、確実にそこでは破壊が巻き起こされていた。
「⋯⋯なんで、皆、最初っから本気の一撃を叩き込まないんだろうね? 不思議で仕方ないよね」
白神はその肉体の八割以上を破損した。直ちに再生を開始するも、傷の治りがやけに遅い。
だがそんなこと気にする素振りも見せずに、白神は最重要撃破目標として認識したエストに対して、衝撃波を放つ。
予備動作無し。予告なし。発生の起こりも無し。予測不可能の状態で放たれる致命の一撃。だが、
「くくく。ははは。ははははは。あははははははは!」
──〈朽ちる真実〉
衝撃波は、エストに直撃する前に風化する。
続いて、三連続の赤い雷が落ちる。エストは瞬間移動の如きスピードで雷を躱した。
「元の世界でもここまで本気を出すのは久しぶりだよ⋯⋯存分に、愉しませてもらうよ」
白い巨人は、その不定形の形を人形に寄せた。尤も未だ身体は流動的であり、人形といってもおとまかなシルエットのみで背丈を始めに、人とは言い難い形状をしているが。
そして、形態変化と同時に一体の白い巨人が、赤い雷が降った所に出現した。
巨人たちは、より人に近づいたようだ。尚も異形ではあるが。
そこでようやく、アンノウンたちがエスト、ミナと合流する。
「ミナ、キミたちはあの白い巨人を相手にして欲しいな。アンノウン、キミは私と一緒にあの神を殺すよ」
「だから仕切ンじゃねェよ。⋯⋯が、乗ってやる。足引っ張んなよ?」
「足を引っ張る? はは! 私は白の魔女だよ?」
白神はその手らしきものに、赤い槍を持っている。
白い巨人は、その周囲に十二の武器が浮かんでいた。そして最後の一つの武器は、手で持っている。
開戦の狼煙代りに、白神はその槍を投擲した。
「ん──?」
エストはそれを躱そうとしたが、追尾してくる。だから、防御に切り替えた。
だが、投擲された槍は、エストの胸を貫通し、不自然な軌道を描き白神の手元に戻った。
呆気なく、白の魔女の心臓は壊され、戦闘は始まった──。
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