Reセカイ

月乃彰

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第88話 現界

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 ウィルムはいとも容易く白い巨人たちの首を刎ねた。が、白い巨人たちは直ちに復活を遂げる。
 どうやら本当に不死の化物と成ったようだ。いくら殺しても、死ぬことはない。
 ただしく完璧なる生命──最早、生き物を名乗ってよいのか、疑問ではあるが。

「死があってこその生命。死無きものは、ただの残骸にも等しい。⋯⋯全く、忌々しい」

 ウィルムはそんな白い巨人たちを見て、何やら憤っているようだ。その理由も何も分からない。だが、

「今は感情論をぶつけている暇はない、ウィルム。⋯⋯私の魔力がいくらか回復してきた。命令オーダーは対象神格実体の二分間の沈黙、だ」

アリストリア君の主には策があるようだな。拝命した。では白い巨人は任せてくれ。ついでに、白い神の隙も作ろう」

 ウィルムはその足元に魔術陣を描いた。

「『染まれ』」

 一節の詠唱を終えると同時、地面の至るところから黒い液体が滲みだす。
 黒い液体溜まりは全て白い巨人及び白い神の足元に形成されていた。
 そして瞬間、飛沫が上がるように黒い液体が刺突した。液体であるにも関わらず、それは超高速で、硬質化することにより、対象を穿いた。

「────」

 白い巨人たちは胴体を穿かれ、動くこともできないでいる。
 白神は刺突を捻じ曲げ免れたが、

「まだ終わらんよ」

 黒い液体は白神を囲うように変化し、球体の形を取る。それはおそらく白神のサイコキネシスに近い力による結界の形状、つまり外郭だ。
 耳を澄ませば、ミシミシという音がする。

「やはり硬いか──」

「いいや、十二分さ」

 エストの使う魔法の形式は、無詠唱と短文詠唱。
 そしてもう一つ、儀式詠唱。長い詠唱を必要とするが、格段に出力を引き上げた魔法行使を可能とする。
 既に彼女は一分未満程度とは言え、儀式詠唱を終えている。

「〈虚空封域ヴォイド・シールフィールド〉」

 白神の足元に一つ、及び真上に三重の白い魔法陣が展開する。不可視の何かによって、白神はその動きを抑制される。

「ギミックありきの封印魔法。でもただの超耐性じゃあ破れないだろうさ⋯⋯神なら時間でそれは解決できるだろうけど、キミにそんな時間はない」

 アリストリアの策を発動するのに必要な時間は二分。現時点で既に一分の時間を稼いでいる。エストの魔法を白神が破るまでに、一分以上の時間を必要とすることは明白。
 しかし油断はしない。ダメ押しと言わんばかりに、イアは魔術を唱える。
 ただの一般攻撃魔術。ただし、最強から放たれる制限無しの超圧縮光線だ。

「────」

 エストは魔法の仕様変更を一瞬で行い、イアの魔術を無抵抗で通すようにした。
 直後、光線が放たれる。白神の魔術耐性を真上から貫くよう、貫通力を極端に引き上げた一撃。それは白神の頭部を貫いた。
 力が弱まる。エストの魔法への抵抗力が一気に下がったのを確認した。

「今だ、アリストリア」

 アリストリアが魔術陣を展開した状態で、物陰から飛び出す。
 襲い来る白い巨人たちは、ウィルムが、エストが、そしてイアが粉砕する。
 白い神に到着したアリストリアは、その魔術を起動した。

 ──白神をこの世に呼ぶ魔術。それには副次効果として『神の現界を定着させる』というものがある。これに干渉し、現界を不安定化させることにより、白神の強制帰還を行う。
 もし、白神が万全な状態であれば、成功率は五分。だが、封印と致命傷を受けた状態であれば、九分九厘成功する。
 残り一厘を引く絶望的な運勢は、アリストリアにない。
 問題なく、一切の油断無く、アリストリアは強制帰還の魔術を発動した──。

「──。────。──────」

 ──しかし、神は神域に戻ることはなかった。

『人の子らに与うこれは試練であり、贖罪であり、そして罰である。それらが終わらぬ限り、我は回帰せん』

「──は?」

 頭の中に女声のような、機械音のような音が響いた。アリストリアだけでなく、周囲にいたイア、エスト、ウィルムの頭にも幻聴みたいに聞こえた。
 そして、赤色の雷が四人を標的に、落ちる。
 人の肉など容易く焼き尽くす赤い雷が彼らを貫くことはなかった。エストの機転により、回避したからだ。

「⋯⋯何、今の」

 アリストリアは、今何が起こったのかを一瞬理解できないでいた。結果から分かることである、失敗という二文字以外が、頭に浮かばない。
 間違っていたのだ。あの神は既に現界を終えている。現世への定着を終えている。退散させることは、既にできないでいる。
 故に、最早あの神をどうにかする方法は無くなった。

「⋯⋯考えなくちゃならない、方法を。けれども考える時間も、準備の時間も、何もかもが足りない、ね⋯⋯仕方ない。やるしか⋯⋯」

 あの神が学園都市を脱出してしまえば、世界はあの神に蹂躙される。
 今の白神が、おそらく最も弱い状態だ。ここで止めなくては、本当に手段を失ってしまう。そうなってはエストでもどうにもならない。
 エストは目を細めながら、左手を伸ばそうとした。だが、イアはその手を掴み、止めた。

「お前が何をするのかは知らないが、その前に私の策を試させろ」

「⋯⋯今は時間が足りない。でも、一回くらいは試すことができる。それ以上は容認できないよ」

「ああ。まずは私に魔力を渡せ。お前の魔力はどういう理屈か知らんが減らないんだろう?」

「視てたんだ。そして今まで要求しなかったのは、そのリスクも把握しているってことだね?」

 イアは無言で頷く。
 他人、ましてや異界の住人の魔力を受け取る。これはこの世界においては、適性外の血を輸血するようなものだ。つまり、まず間違いなく拒絶反応を起こし、最悪の場合死に至る。
 だが、イアならば即座に死ぬことはない。例え他人の魔力であろうと、一回くらいは魔術を使うことができる。

「私の心核結界は対象の時間を抹消し、その存在をこの世から無かったことにする。⋯⋯だが、アレにはまず効かないと思う。だから心核結界の効果を変更する。私はアレの時間を、極度に低下させる。そうなればアレへの攻撃は、私の心核結界が切れるまで通じなくなるが⋯⋯ここは問題ない」

「⋯⋯なるほど、だからか。心核結界の要件変更をそう簡単にできるのは信じ難いが、君なら問題ないのだろう」

 ウィルムはイアの思惑を汲み取った。
 対象時間の極度の低下。それへの攻撃も、極度に速度が低下し、通用しない。
 ただし、攻撃が消えるわけではない。速度の低下が切れた瞬間、攻撃も同時に動き出す。
 つまり、イアの心核結界により時間を稼ぎつつ、時間低下の効力終了と共に一斉攻撃を仕掛ける、というわけだ。
 エストはイアに魔力を渡した。彼女の魔力は痺れるような感覚が伴った。体が異物であると認識し、それを排出しようと拒絶反応を引き起こそうとしている。
 イアはこの反応を無理矢理に抑えて、心核結界の術式に流し込む。
 術式は固有魔力の性質ありきで構築されている。他人の魔力が同系統であろうと、本来、魔術の起動を自身の魔力以外で行うのは不可能だ。
 だが、イアは違う。彼女ほどの魔力操作技術があれば、魔力をただのエネルギーとして、魔術効果の全てを術式側で制御することだってできる。
 
「──心核結界〈壊れた幻想ブロークン・レヴァリエ〉」

 白神を中心に大規模魔術陣が起動する。そして直後、白神はあらゆる行動を停止した。
 否、停止に見紛うほどの時間遅延だ。
 同時、イアは立っていられないほどの疲労感に苛まれ、膝から座り込んだ。アリストリアが彼女を背負い、介抱する。

「⋯⋯これは三十分後に解除される⋯⋯私はもう、まともに動けない⋯⋯思ったより⋯⋯反発が強かった⋯⋯」

 だが、イアの魔術で三十分の猶予を得た。
 エストたちは一度、緊急対策本部に帰還する。

 ◆◆◆

「⋯⋯なるほどな」

 白神の行動遅延から五分後、対策本部にてエストは現状について説明した。
 白神はイアの魔術を解除することなく、現在も遅延化は継続されている。
 白い巨人たちは白神を護衛するべく、周囲から動こうとしていない。
 現在、硬直している。そんな状態だ。

「しかし、三十分か。⋯⋯準備という準備はできないですね。残存戦力による総攻撃がやっと⋯⋯というところでしょうか」 

 アベルはそう言いながらも、何か他にできることはないかを必死に考えた。しかし、何も思いつかない。

「⋯⋯そういえば、アンノウンはどうなったのさ──」

 戦力が欲しい。そう思ったエストは、ふとアンノウンを思い出した。そういえば、彼の暴走による空間の歪みが無くなっている、と。
 そして直後、答えが現れた。

「オレはここだ。コイツらの手当を頼みに来た」

 突然、アンノウンはノイズと共にそこに現れる。
 アンノウンは両肩に気絶しているアルゼスとジョーカーを抱えていた。
 すぐに職員が二人を運び、手当を始めた。
 それからアンノウンにも現状を説明した。

「⋯⋯最悪な状況みたいだな」

 流石のアンノウンも、すぐには答えを出せなかった。
 現状、残存戦力は国落としどころか周辺諸国に喧嘩を売っても勝利を収められるくらいだが、相手は世界を滅ぼすことができる神だ。相対的に戦力不足と言わざるを得ない。
 いくら総攻撃を仕掛けようと、あの神には超耐性と超再生がある。他の権能もあり、これで仕留められるかどうかは分の悪過ぎる賭けと言って良い。
 
「何とかするにしても、あの超耐性と再生はどうにかしないといけない。⋯⋯生憎アレは神だ。私にその手段はない」

 無限再生能力を持ったあの魔女対策に作った神聖属性の攻撃魔法が、あの神に通じるとは思えない。下手をすれば逆効果だろう。
 この神聖属性を対神属性に変更すれば、エストは自壊しかねない反動を受けるだろう。それでは意味がない。

「⋯⋯おい財団、超現実事象演算機S.C.Dはいくつ用意できる?」

 アンノウンは何かを考えついたのか、突然そんなことを言い出した。

「S.C.D.? ⋯⋯周辺の財団施設に⋯⋯まあ五台くらいはあると思うけど」

 ミリアの頭には、ほぼ全ての財団施設の位置と設備が入っている。
 それを聞いたアンノウンは、ミリアにそれらの全てを用意するように要求した。

「一体何をするつもりだい?」

「テメェらの望みを見せてやる。相手が世界から神に変わっただけだ。何も問題はねェだろ?」

「⋯⋯なるほど。もう君はその段階に至ったのか」

 ミリアは職員たちを、自らの神秘を用いて周辺財団施設に飛ばした。準備ができ次第、テレポートでこちらに来るそうだ。

「アンノウン君、一体何をするつもりですか?」

 彼らの話し合いは当人にしか分からない内容だった。
 アベルは何か手助けにならないか、と彼にその内容を聞いた。

「オレの超能力は世界そのものを編纂する力だ。その力で、あの神を殺す。⋯⋯と、言いたいところだが、神殺しは期待薄だ。主目的はヤツの神性を引ッ剥がすこと。そうすりゃこちらの攻撃も幾分か通りやすくなるだろォ」

「なるほど⋯⋯であれば、私たちのほうから魔術的にアプローチするのはどうでしょうか?」

「ほう?」

「あなたが気づいているかどうかは知りませんが、あなたの超能力には魔術的要素が組み込まれているかもしれません。であれば魔術的な──」

「もういい。大体理解した。価値はある」

 アンノウンは記憶を取り戻している。そして、自らの魔術についても、知っている。
 人間である限り扱いようのない超能力。それを魔力により扱っている。

「⋯⋯三十分後、スカーレットの魔術効果が切れると同時にオレは神から神性を奪う。あとは総攻撃だ」

「白い巨人はどうするのさ? 白神が神性を取り戻すことができる可能性、そしてそれまでの時間を稼がれる可能性はある?」

 神性を剥がしたとて、白神が再び神性を取り戻す可能性は十二分にある。アンノウンもそれを危惧していないといえば嘘になる。

「神性を⋯⋯取り戻す、だと?」

 疑問を言葉にしたのはウィルムで、そして疑ったのはアンノウンやエストなどの知恵者以外、その場にいた全員だ。
 
「神性ってのは神を神たらしめる要素の集合体。私のような魔族で言えば、脳、精神の構造だったり、魔力の性質、あと特有のオーラみたいなものがそれに該当する」

 エストは何気なしにオーラを放つ。威圧感、魔圧などとはまた違う、人外ゆえの気配だ。人に本能的恐怖を与えるものである。

「こういう特性は基本的に永続的に失わせることはできない。私の広く深い知識から語ればね。一時的に失わせることはできても、それの魂だかに刻まれた記憶や記録が、その特性を再構築し、いつかは取り戻すのさ」

「問題ない、とは言い切れねェ。やってみなきゃわからんことが多過ぎる。だが、やらねェ選択肢はねェだろォが」

「まあそれもそうか。じゃあ作戦はこうだよ」

 エストは白神を殺す手段を、もう一度整理する。
 まず、白い巨人たちを殺すか、白神から引き剥がす。
 次に、アンノウンが白神から神性を剥奪する。
 そして最後に、神性を失い超耐性が無くなった白神に対して、総攻撃を仕掛ける。
 その後、細かい策などを話し合っていると、三十分という制限時間は迫っていた。

「⋯⋯作戦指揮は私と、エドワーズ機関長により執り行う。では、作戦開始だよ」

 ミリアの一言によって、その場にいた全員は時間が動き出した白神に向かった。
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