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第87話 繋ぐもの
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2003年、彼はこの世に生まれた。
その身に宿る才能は、生まれ持って開花することはなかった。
彼には心優しい両親が居た。小さい頃の彼は、よく両親と一緒に大好きな遊園地に行っていた。
しかし、ある日、そんな家庭は一瞬にして崩壊してしまった。
当時、彼は小学校一年生だった。学校に行き、勉強に励み、友達と一緒に遊んで、「ああ今日も楽しかった」「帰ったらお父さんとお母さんに学校であったことをいっぱい話そう」と思いながら自宅に帰った、
そして、彼は見た。身体の至るところが引き千切られた死体を。両親の亡骸を。
幼い彼の心を壊すにはあまりにも過剰な光景だった。
後に、これは猟奇殺人事件として捜査されることになったが、犯人は不明のまま捜索は終わってしまった。
後日、彼は保護施設に引き取られた。
そこで彼は定期検査を受けた際に、超能力者としての才能が認められ、能力開発を受けに学園都市に訪れる。
それから先は、語るまでもない。
「⋯⋯⋯⋯」
──軋む、空間。
────歪む、世界。
──────────変る、理。
「──てめぇを超えるのは、俺だ⋯⋯!」
目が、戻る。
ジョーカーは心身の主導権を握る。
そして、目の前の正体不明に殺意を向ける。
何の為に?
⋯⋯ああ、それは──忘れてしまったモノを、取り返す為に。
八本の紅い結晶が、異常空間の中心へと突き伸びる。
目視不能には届かなかった。
再び、可能性を手繰り寄せる。解析不可に通じるものを。
複数、超能力を重ね、波動を放つ。
閲覧不能はその波動を明確に掻き消した。
再度、行う。──結果、無効。
不解概念はジョーカーに手を伸ばした。
そして次の瞬間、ジョーカーは遥か上空へと吹き飛ばされる。
酸素が薄い。地上何百メートル⋯⋯いや、何キロメートルかも定かではないが、ともかく不味い状況であることに変わりはない。
未来を視る。視て、その中で最善の可能性を自らに手繰り寄せる。
しかし、可能性は可能性であり、有り得ないわけではなく、とどのつまり、詰みを覆す事ができるようなものではない。
既に、未来は決まっている。
アンノウンには固有魔力があった。それは異能に近しい性質を持ち合わせていたが、ここでは関係ない。
ただ、その固有魔力が彼の超能力の補助をしていた、とだけ理解していればいい。
アンノウンは無自覚に、無意識に、この魔力の本質を扱っていた。
そして暴走状態へと至った原因は、この魔力の完全覚醒である。
「⋯⋯これが」
ジョーカーは見てしまった。一位と二位の間にある、大きな、それはそれはとてつもないほど巨大な『差』を。
──目前に広がる黒い太陽。
アンノウンが超能力と固有魔力を十全に機能させ、作り出した架空の天体。
僅かに残った理性か、はたまた足場を壊してしまうことをただ危惧しただけなのか、地上でそれを行わなかった理由には納得がいく。
黒い太陽は、堕ちる。そしてジョーカーに激突する。
蒸発する肉。体の感覚を喪う。
いや、そうなっていれば感覚などなく、思考はないはずだ。つまり無くなったのは、片腕だった。
今更、片腕程度が無くなったところで何も危惧することはない。
だが、今度は違った。
何もなかった空間にノイズが走り、アンノウンが現れた。それからジョーカーが目の前に落ちてくる。
「────」
戦闘機の吸引音みたいな音がする。アンノウンの体はノイズに包まれている。
ジョーカーは辛うじて意識を保っていた。が、立つことはできない。
次の攻撃を躱すことはできない。最早超能力を使うこともできず、未来を視ることはできないが、結果は明白だ。 黒いノイズが渦巻く。それは瓦礫などを吸収し、その大きさを増加させていく。
──黒い。
────ノイズ。
────────砂嵐。
死にたくない。
誰か。
救けて。
「──は?」
直径百メートルの半球状に地面が抉られたが、その中心に居たはずのジョーカーは、いつの間にか範囲外に逃れていた。
動くこともできなかったジョーカーが、それを避けることはできない。
彼を救ったのは、アルゼスだったのだ。アルゼスはジョーカーの首根っこを掴み、範囲外に飛んだのである。
「⋯⋯お前、なんで⋯⋯」
「訳は後だ。それより今のあんたはどっちだ?」
「⋯⋯俺は、誰でもない。俺は、俺だ」
「そうか。なら今は協力してもらう。⋯⋯あのアンノウンをどうにかして止めないといけない」
再生能力が効いてきた。ジョーカーは、何とか動ける程度まで回復している。
「何か方法はあるか?」
「お前、何も考えずにここに来たのかよ⋯⋯? ⋯⋯まあいい。どうせそんな方法は無いんだからな」
「無い?」
「ああ。⋯⋯アンノウンを直接元に戻す方法は、な」
ジョーカーは冷静さを取り戻した。内の色彩の人格が完全に沈黙したことで、彼本来の性格が強く出てきているからだ。
今の彼のアンノウンへの敵意は薄くなりつつある。本人は気がついていないが。
「アンノウンが暴走していることは分かりきってると思うが、あれは自らの力に呑まれている状態⋯⋯俺たちは、その状態に見覚えがあるはずだ。そうだろ?」
「⋯⋯レベル6への急激な変化。能力の暴走。⋯⋯なるほど。つまり、今のアンノウンはオーバーレベルへシフトしている段階、ということか」
「ああ」
尤も完全なO.L.S.ではない。ミナがそうであったように、中途半端な進化状態だ。あるいはO.L.S.は全てそうなるのか。
わからないが、確かめる方法も意義もない。
把握しておくべきは二つ。
一つ、これが完了したとき、理性を失った現人神が誕生すること。
二つ、O.L.S.を阻止するには、アンノウンを正気に戻す以外に方法はないこと。
「で、具体的な方法は⋯⋯頭ぶん殴ればいいか?」
「お前結構頭良さそうに見えて、脳筋なんだな。まあそうなんだが。⋯⋯力を無理矢理にでも押さえつける。超能力を使っているのは頭だ。そこに大きなダメージが入れば、いくらアンノウンだろうと一瞬、力は途切れる」
その一瞬を作り、アンノウンに正気を取り戻させる。彼の自制心に全てを賭けた作戦だが、それしか方法はない。
「⋯⋯しっかし、それが一番──」
アルゼス、ジョーカーは横に飛ぶ。直後、そこに黒いノイズが走った。勿論、地面は抉れた。
「⋯⋯難しいんだがな」
さっきまでアンノウンは頭を抱え悶ていた。今も、頭を片手で抱えながら、もう片手で二人に攻撃を仕掛けていた。
暴走を何とかしようと彼は内側から抗っているようだ。
これは好都合。自制心はきちんと働いていることを確認できた。
「能力の出力が弱まっている⋯⋯。が⋯⋯これが今の奴にできる上限だな」
頭を抱えていた片手は降ろされた。激しかったノイズは収まっていく。
出力の低下は確認できたが、行動妨害などには期待できないようだ。
「⋯⋯⋯⋯スミス、一回だけだ。一回だけ、チャンスを作ることができる。その瞬間、お前の全力を奴の頭に叩き込んでやれ」
「⋯⋯何する気なんだ?」
「何、クソ野郎の過去の所業を精算するだけだ」
──記憶が鮮明になってきた。
色彩本体が死亡した。
アンノウンに一度殺されたことが影響し色彩の人格が完全に沈黙した。
これら二つが理由で、ジョーカーに使われた記憶を消す魔術は消えた。
かつての記憶を、リアム・サンダースとしての性格を、ジョーカーは取り戻しつつある。
それと、アルゼスに助けられたことも関係あるだろうか。
「⋯⋯わかった」
ジョーカーは──リアムは、アルゼスから離れた。狂気と暴走に悶苦しむアンノウンに接近する。
「⋯⋯奇妙なもんだな。さっきまで殺し合ってた奴と協力するってのは」
自分の心変わりに何より驚いた。まるで別人になったようだ。いや、まさしくそうなのだろう。
ジョーカーとしての記憶はある。そしてリアム・サンダースとしての記憶もある。
ただし残虐性、暴力性は無くなっている。
不思議だ。
そして、忘れていたものを思い出す。
──ああ、ずっと近くに居てくれたのか。こんな俺を救うために。
「⋯⋯思い出した。色々償ったあと、アイツにも謝らないと。⋯⋯また、一緒に、居られるように⋯⋯まず、為すべきことを為さないと、な」
リアムは自らの中に押し付けられた数々の超能力、魔力に意識を向ける。
それらには元の持ち主の残留思念があった。『能力簒奪』は、それら残留思念をへし折り従えることが本質だ。
「『能力簒奪』は力を奪う能力⋯⋯」
『能力簒奪』は奪った力を他者に与えることもできる。
これまでに奪ってきた力の持ち主たちは既にこの世には居ない。だから返すことはできないが、そこには彼らの想いが残っている。
色彩は彼らの想いを踏み潰してきた。踏み潰し、従えてきた。
しかし、リアムは違う。彼はこの能力を、こう解釈した。
「──都合がいいことはわかっている。信じられないことも、わかっている。けど⋯⋯それでも、力を貸してくれ」
──『能力簒奪』は、力を奪い、与える能力。
この力が神秘である以上、色彩の精神性が大きく影響しているはずだ。にも関わらず、なぜ、与える力があるのか。なぜ、奪うだけではないのか。
もしかすれば、『能力簒奪』でさえ色彩本人の力ではなかったのかもしれない。もしかすれば、色彩は奪うだけの純粋悪でなかったのかもしれない。
最早、それを確かめる手段はこの世にはない。が、リアムはこれに気が付いたのだ。
これは、力を託し、繋ぐ能力ではないか、と。
リアムは残留思念と対話する。会話らしい会話ができるわけではなかった。ただ、感情が流れてくる。
恨みがあった。恐怖があった。恐れがあった。そして虚無があった。
しかし『対話』に時間は要らなかった。
──意思を開放する。でも、最後に一度だけ、力を貸して欲しい。
その願いは聞き届けられた。
色彩であれど、ストックする全ての力を同時に使うことはできなかった。理由は、拒絶反応。意思をへし折ったとはいえ、従えているとはいえ、いや、従えているからこその反抗があったから。
協力を得れば、全て同時に使用可能となる。
「⋯⋯たった一度、だ。命を賭ける博打を打つ気はない。だから二度も三度もできたものじゃない。⋯⋯しくじってくれるなよ、アルゼス・スミス」
アンノウンも、リアムも、準備を整えた。奇しくも互いに考えていたことは同じようだ。
自らの最大火力によって、敵を滅する。
「さあ火力勝負と行こう⋯⋯アンノウンっ!」
リアムは放出系能力を基盤に、多種多様な超能力、魔術をそこに重ねがけした。それによる負荷はリアムが過去に経験したどんなものより大きかった。
対し、アンノウン。彼は右腕を真上に上げ、そこにノイズの塊を形成していた。周辺空間は歪み、はち切れているのか黒い裂け目さえ生じていた。
彼の体の殆どはノイズに飲まれていた。最早、シルエットくらいしか原型はなかった。
エネルギー放出とノイズの塊が、衝突する。
音が消える。視界が真っ白になる。感覚がなくなり意識が朦朧となる。
ただしそれらは一秒後には何事もなかったかのように元に戻っており、結果が目前に広がっていた。
──答えは、リアムの負け。出力勝負において、無数の力を持とうとも、アンノウンたった一人に勝ることはできなかった。
しかし、リアムが賭けたのはここからだ。そしてアンノウンもそれが分かっていたから、例え致命傷寸前のダメージを受けてでも余力を残していた。
──アルゼスは、自らの超能力の本質を引き出す。
それには決して軽くない負担が伴うし、相反する特性を相手に無法の性質を一方的に押し付けることはできない。
だがそうしなければ勝負の場にすら上がれない。
最大出力、最大速度、最大量の斥力によって、アンノウンの頭を的確に狙い叩き潰す。
殺す気だった。救えるだけの余裕はなかった。そうしなければならなかった。
アンノウンの過負荷が嵩んだ脳回路では、斥力を防ぎ切ることはできなかった。
そしてアルゼスの超能力は、アンノウンに届き得た──。
「──ッ」
アルゼスの一撃をくらい、アンノウンは大きく蹌踉めく。
アルゼスはその場に倒れる。意識を失ったようだ。リアムも、辛うじて立っているだけで、最早戦えるだけの余力は一切ない。
にも関わらず、アンノウンは立っている。確かに満身創痍だ。しかし、まだ、余力はあった。気絶もせず、跪くこともなく、蹌踉めきはしたが、立っている。ノイズはまだ、走っている。
ノイズはまだ、走って──いた。
「⋯⋯ッ。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯もう、大丈夫だ⋯⋯が⋯⋯どういう風の吹き回しだ、ジョーカー? それともテメェは⋯⋯」
アンノウンのノイズは治まりを見せた。
作戦は成功。彼が世界を編纂する危険性は、今この瞬間をもって無くなった。
「リアム。リアム・サンダース⋯⋯俺の名前だ。あんたは?」
「⋯⋯チッ。誰がテメェなんざに教えるか」
「そうか。⋯⋯まあいい。事情は後で説明する。だが今は⋯⋯」
「わァってら。⋯⋯あの神だろォ? 多少消耗しているが、十分だ。協力してやる」
「ああ。⋯⋯たの、む⋯⋯」
何とか保っていただけの意識が、切れる。アンノウンはそれを見て、心底面倒臭そうに頭を掻きながらも、目を細め『白神』の方を見る。
「⋯⋯これで貸し借りは無しだ」
その身に宿る才能は、生まれ持って開花することはなかった。
彼には心優しい両親が居た。小さい頃の彼は、よく両親と一緒に大好きな遊園地に行っていた。
しかし、ある日、そんな家庭は一瞬にして崩壊してしまった。
当時、彼は小学校一年生だった。学校に行き、勉強に励み、友達と一緒に遊んで、「ああ今日も楽しかった」「帰ったらお父さんとお母さんに学校であったことをいっぱい話そう」と思いながら自宅に帰った、
そして、彼は見た。身体の至るところが引き千切られた死体を。両親の亡骸を。
幼い彼の心を壊すにはあまりにも過剰な光景だった。
後に、これは猟奇殺人事件として捜査されることになったが、犯人は不明のまま捜索は終わってしまった。
後日、彼は保護施設に引き取られた。
そこで彼は定期検査を受けた際に、超能力者としての才能が認められ、能力開発を受けに学園都市に訪れる。
それから先は、語るまでもない。
「⋯⋯⋯⋯」
──軋む、空間。
────歪む、世界。
──────────変る、理。
「──てめぇを超えるのは、俺だ⋯⋯!」
目が、戻る。
ジョーカーは心身の主導権を握る。
そして、目の前の正体不明に殺意を向ける。
何の為に?
⋯⋯ああ、それは──忘れてしまったモノを、取り返す為に。
八本の紅い結晶が、異常空間の中心へと突き伸びる。
目視不能には届かなかった。
再び、可能性を手繰り寄せる。解析不可に通じるものを。
複数、超能力を重ね、波動を放つ。
閲覧不能はその波動を明確に掻き消した。
再度、行う。──結果、無効。
不解概念はジョーカーに手を伸ばした。
そして次の瞬間、ジョーカーは遥か上空へと吹き飛ばされる。
酸素が薄い。地上何百メートル⋯⋯いや、何キロメートルかも定かではないが、ともかく不味い状況であることに変わりはない。
未来を視る。視て、その中で最善の可能性を自らに手繰り寄せる。
しかし、可能性は可能性であり、有り得ないわけではなく、とどのつまり、詰みを覆す事ができるようなものではない。
既に、未来は決まっている。
アンノウンには固有魔力があった。それは異能に近しい性質を持ち合わせていたが、ここでは関係ない。
ただ、その固有魔力が彼の超能力の補助をしていた、とだけ理解していればいい。
アンノウンは無自覚に、無意識に、この魔力の本質を扱っていた。
そして暴走状態へと至った原因は、この魔力の完全覚醒である。
「⋯⋯これが」
ジョーカーは見てしまった。一位と二位の間にある、大きな、それはそれはとてつもないほど巨大な『差』を。
──目前に広がる黒い太陽。
アンノウンが超能力と固有魔力を十全に機能させ、作り出した架空の天体。
僅かに残った理性か、はたまた足場を壊してしまうことをただ危惧しただけなのか、地上でそれを行わなかった理由には納得がいく。
黒い太陽は、堕ちる。そしてジョーカーに激突する。
蒸発する肉。体の感覚を喪う。
いや、そうなっていれば感覚などなく、思考はないはずだ。つまり無くなったのは、片腕だった。
今更、片腕程度が無くなったところで何も危惧することはない。
だが、今度は違った。
何もなかった空間にノイズが走り、アンノウンが現れた。それからジョーカーが目の前に落ちてくる。
「────」
戦闘機の吸引音みたいな音がする。アンノウンの体はノイズに包まれている。
ジョーカーは辛うじて意識を保っていた。が、立つことはできない。
次の攻撃を躱すことはできない。最早超能力を使うこともできず、未来を視ることはできないが、結果は明白だ。 黒いノイズが渦巻く。それは瓦礫などを吸収し、その大きさを増加させていく。
──黒い。
────ノイズ。
────────砂嵐。
死にたくない。
誰か。
救けて。
「──は?」
直径百メートルの半球状に地面が抉られたが、その中心に居たはずのジョーカーは、いつの間にか範囲外に逃れていた。
動くこともできなかったジョーカーが、それを避けることはできない。
彼を救ったのは、アルゼスだったのだ。アルゼスはジョーカーの首根っこを掴み、範囲外に飛んだのである。
「⋯⋯お前、なんで⋯⋯」
「訳は後だ。それより今のあんたはどっちだ?」
「⋯⋯俺は、誰でもない。俺は、俺だ」
「そうか。なら今は協力してもらう。⋯⋯あのアンノウンをどうにかして止めないといけない」
再生能力が効いてきた。ジョーカーは、何とか動ける程度まで回復している。
「何か方法はあるか?」
「お前、何も考えずにここに来たのかよ⋯⋯? ⋯⋯まあいい。どうせそんな方法は無いんだからな」
「無い?」
「ああ。⋯⋯アンノウンを直接元に戻す方法は、な」
ジョーカーは冷静さを取り戻した。内の色彩の人格が完全に沈黙したことで、彼本来の性格が強く出てきているからだ。
今の彼のアンノウンへの敵意は薄くなりつつある。本人は気がついていないが。
「アンノウンが暴走していることは分かりきってると思うが、あれは自らの力に呑まれている状態⋯⋯俺たちは、その状態に見覚えがあるはずだ。そうだろ?」
「⋯⋯レベル6への急激な変化。能力の暴走。⋯⋯なるほど。つまり、今のアンノウンはオーバーレベルへシフトしている段階、ということか」
「ああ」
尤も完全なO.L.S.ではない。ミナがそうであったように、中途半端な進化状態だ。あるいはO.L.S.は全てそうなるのか。
わからないが、確かめる方法も意義もない。
把握しておくべきは二つ。
一つ、これが完了したとき、理性を失った現人神が誕生すること。
二つ、O.L.S.を阻止するには、アンノウンを正気に戻す以外に方法はないこと。
「で、具体的な方法は⋯⋯頭ぶん殴ればいいか?」
「お前結構頭良さそうに見えて、脳筋なんだな。まあそうなんだが。⋯⋯力を無理矢理にでも押さえつける。超能力を使っているのは頭だ。そこに大きなダメージが入れば、いくらアンノウンだろうと一瞬、力は途切れる」
その一瞬を作り、アンノウンに正気を取り戻させる。彼の自制心に全てを賭けた作戦だが、それしか方法はない。
「⋯⋯しっかし、それが一番──」
アルゼス、ジョーカーは横に飛ぶ。直後、そこに黒いノイズが走った。勿論、地面は抉れた。
「⋯⋯難しいんだがな」
さっきまでアンノウンは頭を抱え悶ていた。今も、頭を片手で抱えながら、もう片手で二人に攻撃を仕掛けていた。
暴走を何とかしようと彼は内側から抗っているようだ。
これは好都合。自制心はきちんと働いていることを確認できた。
「能力の出力が弱まっている⋯⋯。が⋯⋯これが今の奴にできる上限だな」
頭を抱えていた片手は降ろされた。激しかったノイズは収まっていく。
出力の低下は確認できたが、行動妨害などには期待できないようだ。
「⋯⋯⋯⋯スミス、一回だけだ。一回だけ、チャンスを作ることができる。その瞬間、お前の全力を奴の頭に叩き込んでやれ」
「⋯⋯何する気なんだ?」
「何、クソ野郎の過去の所業を精算するだけだ」
──記憶が鮮明になってきた。
色彩本体が死亡した。
アンノウンに一度殺されたことが影響し色彩の人格が完全に沈黙した。
これら二つが理由で、ジョーカーに使われた記憶を消す魔術は消えた。
かつての記憶を、リアム・サンダースとしての性格を、ジョーカーは取り戻しつつある。
それと、アルゼスに助けられたことも関係あるだろうか。
「⋯⋯わかった」
ジョーカーは──リアムは、アルゼスから離れた。狂気と暴走に悶苦しむアンノウンに接近する。
「⋯⋯奇妙なもんだな。さっきまで殺し合ってた奴と協力するってのは」
自分の心変わりに何より驚いた。まるで別人になったようだ。いや、まさしくそうなのだろう。
ジョーカーとしての記憶はある。そしてリアム・サンダースとしての記憶もある。
ただし残虐性、暴力性は無くなっている。
不思議だ。
そして、忘れていたものを思い出す。
──ああ、ずっと近くに居てくれたのか。こんな俺を救うために。
「⋯⋯思い出した。色々償ったあと、アイツにも謝らないと。⋯⋯また、一緒に、居られるように⋯⋯まず、為すべきことを為さないと、な」
リアムは自らの中に押し付けられた数々の超能力、魔力に意識を向ける。
それらには元の持ち主の残留思念があった。『能力簒奪』は、それら残留思念をへし折り従えることが本質だ。
「『能力簒奪』は力を奪う能力⋯⋯」
『能力簒奪』は奪った力を他者に与えることもできる。
これまでに奪ってきた力の持ち主たちは既にこの世には居ない。だから返すことはできないが、そこには彼らの想いが残っている。
色彩は彼らの想いを踏み潰してきた。踏み潰し、従えてきた。
しかし、リアムは違う。彼はこの能力を、こう解釈した。
「──都合がいいことはわかっている。信じられないことも、わかっている。けど⋯⋯それでも、力を貸してくれ」
──『能力簒奪』は、力を奪い、与える能力。
この力が神秘である以上、色彩の精神性が大きく影響しているはずだ。にも関わらず、なぜ、与える力があるのか。なぜ、奪うだけではないのか。
もしかすれば、『能力簒奪』でさえ色彩本人の力ではなかったのかもしれない。もしかすれば、色彩は奪うだけの純粋悪でなかったのかもしれない。
最早、それを確かめる手段はこの世にはない。が、リアムはこれに気が付いたのだ。
これは、力を託し、繋ぐ能力ではないか、と。
リアムは残留思念と対話する。会話らしい会話ができるわけではなかった。ただ、感情が流れてくる。
恨みがあった。恐怖があった。恐れがあった。そして虚無があった。
しかし『対話』に時間は要らなかった。
──意思を開放する。でも、最後に一度だけ、力を貸して欲しい。
その願いは聞き届けられた。
色彩であれど、ストックする全ての力を同時に使うことはできなかった。理由は、拒絶反応。意思をへし折ったとはいえ、従えているとはいえ、いや、従えているからこその反抗があったから。
協力を得れば、全て同時に使用可能となる。
「⋯⋯たった一度、だ。命を賭ける博打を打つ気はない。だから二度も三度もできたものじゃない。⋯⋯しくじってくれるなよ、アルゼス・スミス」
アンノウンも、リアムも、準備を整えた。奇しくも互いに考えていたことは同じようだ。
自らの最大火力によって、敵を滅する。
「さあ火力勝負と行こう⋯⋯アンノウンっ!」
リアムは放出系能力を基盤に、多種多様な超能力、魔術をそこに重ねがけした。それによる負荷はリアムが過去に経験したどんなものより大きかった。
対し、アンノウン。彼は右腕を真上に上げ、そこにノイズの塊を形成していた。周辺空間は歪み、はち切れているのか黒い裂け目さえ生じていた。
彼の体の殆どはノイズに飲まれていた。最早、シルエットくらいしか原型はなかった。
エネルギー放出とノイズの塊が、衝突する。
音が消える。視界が真っ白になる。感覚がなくなり意識が朦朧となる。
ただしそれらは一秒後には何事もなかったかのように元に戻っており、結果が目前に広がっていた。
──答えは、リアムの負け。出力勝負において、無数の力を持とうとも、アンノウンたった一人に勝ることはできなかった。
しかし、リアムが賭けたのはここからだ。そしてアンノウンもそれが分かっていたから、例え致命傷寸前のダメージを受けてでも余力を残していた。
──アルゼスは、自らの超能力の本質を引き出す。
それには決して軽くない負担が伴うし、相反する特性を相手に無法の性質を一方的に押し付けることはできない。
だがそうしなければ勝負の場にすら上がれない。
最大出力、最大速度、最大量の斥力によって、アンノウンの頭を的確に狙い叩き潰す。
殺す気だった。救えるだけの余裕はなかった。そうしなければならなかった。
アンノウンの過負荷が嵩んだ脳回路では、斥力を防ぎ切ることはできなかった。
そしてアルゼスの超能力は、アンノウンに届き得た──。
「──ッ」
アルゼスの一撃をくらい、アンノウンは大きく蹌踉めく。
アルゼスはその場に倒れる。意識を失ったようだ。リアムも、辛うじて立っているだけで、最早戦えるだけの余力は一切ない。
にも関わらず、アンノウンは立っている。確かに満身創痍だ。しかし、まだ、余力はあった。気絶もせず、跪くこともなく、蹌踉めきはしたが、立っている。ノイズはまだ、走っている。
ノイズはまだ、走って──いた。
「⋯⋯ッ。⋯⋯⋯⋯。⋯⋯もう、大丈夫だ⋯⋯が⋯⋯どういう風の吹き回しだ、ジョーカー? それともテメェは⋯⋯」
アンノウンのノイズは治まりを見せた。
作戦は成功。彼が世界を編纂する危険性は、今この瞬間をもって無くなった。
「リアム。リアム・サンダース⋯⋯俺の名前だ。あんたは?」
「⋯⋯チッ。誰がテメェなんざに教えるか」
「そうか。⋯⋯まあいい。事情は後で説明する。だが今は⋯⋯」
「わァってら。⋯⋯あの神だろォ? 多少消耗しているが、十分だ。協力してやる」
「ああ。⋯⋯たの、む⋯⋯」
何とか保っていただけの意識が、切れる。アンノウンはそれを見て、心底面倒臭そうに頭を掻きながらも、目を細め『白神』の方を見る。
「⋯⋯これで貸し借りは無しだ」
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