Reセカイ

月乃彰

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第86話 白い神

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 あの後、突然『裏都市』が揺れたかと思えば、気を失った。
 そして気が付けば、知らない天井が広がっていた。

「⋯⋯ここ、は?」

 薄暗い。ベッドに寝かされているようだ。
 リエサは、誰より早く目が覚めた。すかさず携帯を取り出し、現在時刻を確認する。
 00:07。ついさっき日を超えたようだ。

「⋯⋯みんな」

 これが死に際に見る夢でもなければ、ここはどこかの仮眠室か何かのようだ。
 ミナを含め、あの『裏都市』に突入したメンバー全員がそこに寝かされている。そして傷も応急処置が施されていた。

『目が覚めたか、月宮』

「うん。アルター、何が起きたの?」

『さあな。僕が見える外の景色は君が見ているものに限られる。だが⋯⋯まだ何も終わっちゃいないらしい。いやむしろ、ここからが正念場だろう』

 やけに外が騒がしい。窓の外を見ると、そこには言葉を失うような光景が広がっていた。
 歪んだ空間の領域。赤い光が満ちる空間と、そこに佇む巨人たち、そして翼の生えた白い胎児のような何か。
 アレが何であるかをリエサは知らないが、直感できた。
 神だ、と。

「⋯⋯どうしよう。⋯⋯いや、やることは一つしかない」

 リエサは仮眠室を飛び出そうとした。
 ミナたちの傷は酷いが、自分は比較的軽傷だ。まだ、戦えるからだ。

『本来ならば僕は君を止めなくてはならない。最早、この問題は君には危険すぎるからな。⋯⋯しかし、止めても無視するだろう?』

「少ししか関わりないのに、私のことよく分かっているのね」

『どうも、君のように諦めの悪い子供の面倒を見ていたらしいな、僕は。そして僕も、諦めが良いタイプじゃあなかったみたいだ。⋯⋯だがいざという時は逃げろ。死んだら元も子もない』

 やけに説得力があるのはアルターが故人だからだろう。
 何にせよ行動しなくては何も変わらない。リエサは廊下を駆ける。
 が、彼女の行手を阻む者がいた。

「安静にしておけ、月宮」

「⋯⋯アレンさん」

 扉を開けてすぐの所に、アレンが壁を背に立っていた。その手には吸いかけの煙草が握られていた。

「私は大丈夫です。まだ、戦えます」

「これは機関長命令だ。ここに居ろ、月宮リエサ」

「ですが⋯⋯」

「君が行ったところで何も変わらない。死ぬだけだ。⋯⋯頼むから、死にに行かないでくれよ」

 アレンは目を細める。煙草を吸う。
 『裏都市』での地震。もしエストがいなければリエサたちは今頃地面に埋まっていただろう。
 レオンが死んだことで、アレンは責任を感じていた。そしてこれから、もう一人失うかもしれない、と思っている。

「死にに行く気はありません」

「そりゃそうだ。君は死にたがりじゃない。が、臆病じゃない」

 肺いっぱいの煙草の煙を吐き出す。最後にこれをしたのはいつだったか?

「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯⋯⋯私はここで止まっていますが、ミナなら強行したでしょう」

「そうだな。彼女はそういう人間だ。⋯⋯でも君なら止まると思っているから、話し掛けている」

「それならば、あなたは私を過剰評価しているようですね。⋯⋯私は、いつでも合理性を重視できる人間じゃない。私は、こんな情況でただ何もせずに立っていることは、できません」

 リエサは駆け出す。超能力者の疾走に、無能力者アレンが付いていくことはできない。阻止することも、勿論できるはずがない。
 分かっていたこと、だったはずだ。だからアレンは、リエサを止めようとして体が動くようなことはなかった。

「⋯⋯そう、だよな」

 此処から先に、無能力者の出番はない。
 ──リエサは勢い良く扉を開けて、外に出た。そしてそれを目の当たりにする。
 00:10、降臨から十分が経過し、『白神』が目覚めた。
 これにより、不動を保っていた白い巨人たちは動き出す。
 『白神』も、翼を用いず浮遊し、移動を始める。その移動速度は時速にして二十から三十キロメートルほどである。

「アレが⋯⋯止めなくちゃ⋯⋯!」

 リエサは魔力を込めた超能力を使おうとした。が、しかしそれは無意味だった。
 結晶は近くの白い巨人が撃ち落とした。たった一振りで、結晶の散弾を全て。

『──避けろッ!』

 そして次の瞬間、白い巨人はリエサの目の前に現れる。
 赤い鎌は、既に振り払われていた。
 もし、アルターの言葉なければ、今頃リエサは胴体が真っ二つになっていただろう。
 『Accel Edit』を最大出力で起動し、自身を最大限まで加速させなければ、避けることはできなかった。

「速い⋯⋯さっきよりも、格段に⋯⋯!?」

『⋯⋯どうやら、思っていたより状況は不味いようだな。⋯⋯弱めの大魔族相当まで強化されているようだ』

 魔力らしい魔力は持っていないようだ。どちらかといえば超能力に近い系統の力を持っているのだろう。ゆえに正しい力量を測ることはできないが、少なくとも特級の域に達している。

「なにを⋯⋯」

 白い巨人は鎌を振り上げる。勿論、距離を離した今、その射程範囲にリエサは居ない。
 距離を詰めてくる。リエサはそう考え、直後、己の判断の間違いに気がつく。
 白い巨人は、その場で鎌を振り下ろした。すると、赤い斬撃を伴う風がリエサを襲った。

「────」

 致命傷は躱した。が、左腕に深い傷が入る。激痛が走る。顔が歪む。
 しかし、痛がっているような余裕はない。リエサは巨人の追撃をガードし、空中に結晶の足場を作り逃げる。
 白い巨人は背中から天使の翼を生やし、リエサに追いついた。
 リエサは既に、迎撃の準備を整えていた。結晶でハンマーを作り、魔力を硬質化に回し、魔術で超加速させる。
 白い巨人の頭をぶん殴った。恐ろしく硬かったが、凹ませ外殻を壊す。
 空中では踏ん張りが効かず、白い巨人は斜め下に吹き飛ばされる。翼で体制を整えたとき、リエサを見れば、彼女は左腕を天に掲げていた。その先には、

「見様見真似だけれど、単純だから威力は十分」

 一般攻撃魔術の陣が、複数展開されていた。それらは十分な魔力が込められている。
 いやむしろ、対人用としては過剰なほどの魔力が込められている。
 白い巨人の頭、心臓など致命傷となる部位及び飛行に必要な翼を的確に撃ち抜く。無論、白い巨人は地に落ちる。
 白い巨人は、動かない。

「⋯⋯そんなに防御力なくてよかった──」

『⋯⋯いや、構えろ。いくらなんでも──』

 古い時計の低い音がする。
 それは再臨する。それは息を吹き返す。
 それは、あなたへ死を運ぶ。名も無き天の使いである。
 白い巨人は赤い十字の光を放つ。そして、蘇る。

『何だこの魔力反応は──ッ!?』

 リエサの周囲に、真っ赤な魔術陣に酷似した全くの別物が全方位に展開されていた。
 瞬間、リエサは死を目前にした。
 ──しかし、死は訪れることはない。

「⋯⋯え」

 ──リエサは、いつの間にかその場から離れていた。いや、転移させられていたのだ。
 赤い光線が放たれるも、それが狙ったのはリエサではなかった。

「⋯⋯⋯⋯」

 全方位に展開された防御術式により、光線は無力化された。
 現れたのは、エスト。彼女は左手を白い巨人に向けたかと思えば、次の瞬間、巨人の表皮と内臓が反転し、グロテスクな死体となって今度こそ地に落ちた。

「エスト⋯⋯さん。⋯⋯助かりました」

「無事で何よりだよ、リエサ。⋯⋯さて、立場上キミには逃げろと言いたいところだけれど、あいにくそうは言ってられない状況だ」

 エストはジェスチャーで、地に落ちた白い巨人の方を見るようにリエサに伝えた。
 見れば、白い巨人は時間と共に再生しつつある。

「さっきは紛い物だったけど、今度の不死性は本物だ。文字通り、死んでも生き返る。原因はおそらく、『白神』⋯⋯あの胎児みたいな化物だよ。アレが存在する限り、何度だって私たちの喉を切り裂こうとして来るだろうね」

「⋯⋯それじゃあ、どうすれば?」

「私一人で何とかなると思ってたんだけど⋯⋯やろうとすればどうにかなるんだけどさ、思ったより強くてね。⋯⋯人手が欲しい。白い巨人を引きつける人員がね」

「分かりました。呼んできます」

「助かるよ。白い巨人は全部で十二体だ。最低、同じだけ欲しいね」

 リエサはその場から離れる。エストは安全が確保されるまでそれを見届けた。
 そして、復活しそうになった白い巨人をもう一度殺し、『白神』の方に目をやる。

「さて⋯⋯どうしようかな」

 現状、周囲にはウィルム、そしてイアの存在が確認できた。ただし、イアの魔力は空らしく、魔力をほとんど感じない。
 『白神』への攻撃もあまり意味をなさなかった。物理攻撃は当然のように効かず、魔術は効果半減どころでは済まないほど減衰していた。超能力も、おそらく同じだろう。

「⋯⋯おそらく神性を持っていることが影響している。私の知る所の神の定義には当てはまらないけれど、アレは神と同様のもの。と、すれば理の内側にある魔術や超能力が通じないのは至極当然のこと」

 無論、エストに全く有効打がないわけでもない。
 そんなことを考えているとき、エストの近くにイアが飛んできた。先程知り合ったばかりだが、互いの実力を認めたことでそこだけは信頼しあっている。

「何か通じた?」

「全く。ダメージが入らない。ただ、防御が硬いわけじゃなさそうね。魔術特性的なもので防がれているような感触があった」

 イアほどの魔術師となれば、ギミック系の固有魔力持ちであっても、真上から火力で叩きのめすことができる。
 しかし、今度のギミックはゴリ押しで何とかできる範疇にないようだ。

「やっぱりね。じゃあ少し私の方でも試してみるかな」

 転移の魔法を使い、エストは『白神』の真正面に現れる。そして、大魔法を使う。
 それはかつて、エストらと敵対し、世界を壊しかけた魔女が使った魔法。名を、

「〈神殺エクセキューション〉」

 黒い波動が『白神』を襲う。ソレは翼を使い、自らを守った。先程まで、防御の姿勢なんてしなかったのにガードしたということは、つまり、

「通じるね、神性特攻の魔法は。⋯⋯ケホっ⋯⋯にしても、この魔法の反動すっごいなぁ⋯⋯連発できたものじゃない」

 エストは血反吐を吐く。
 〈神殺〉は第十一階級魔法。理外の魔法であり、そして元々の持主の特性ゆえ、安定性と負荷を無視した構築がされているし、特性と火力を維持したまま改造することはできない。既に最適化された状態だ。
 血反吐を吐くだけで済む、そう考えたほうがよいだろう。

「⋯⋯そして、通じるだけ」

 あの魔女のようにはいかないな、とエストは思う。
 より火力が高く、負荷が少ない魔法はあるにはある。だが、それら魔法に神性特攻はない。普通の魔法、魔術などと同じように無効化されるだけだろう。

「さて、どうしたものかな。アリストリアが何とかして退散させるらしいけど、二分間の沈黙が必須条件、か⋯⋯」

 『白神』は考え込むエストの方を見た。
 ずっと、アレは何もかもを無視して進行していた。行先は分からなかったが、移動を最優先に行動してきた。
 突然のパターンの変化に、エストは神の動きを警戒する。
 予備動作はなかった。だが、直後、エストは建物に突っ込んだ。
 強烈な力が急に生じたのだ。おそらく、サイコキネシスのようなものだろう。
 問題は、感知ができないということ。見えないし予測もできない力を回避することはできない。

「あー、まっずいなぁ──」

 『白神』はテレポート能力も持っているようだ。エストの目の前に、いつの間にか浮遊していた。
 そして、周囲には無数の瓦礫が浮いている。
 エストの識別能力は、瓦礫に魔力は込められておらず、ただの瓦礫だと判断している。
 しかし、エストの直感は、それが変質した何かであると判断した。よってを反転魔力を組み込んだ防御術式を起動。判定方法を全ての範囲において物理威力に変更する。

「おっそろしい火力だ。ただの防御魔術なら、私でも防げずに破壊されていたね」

 『白神』はもう一度、瓦礫をエストに飛ばそうとしている。それは更に変質したようだ。もう一度、同じ方法で防御はできないだろう。相当に頭が働くらしい。
 躱すか、魔法で防ぐか。エストの選択した行動は、しかし、そのうちどちらでもない。

「〈時間停止牢獄ストッピング・プリズン〉」

 第十階級魔法であるが、だからこそ神性特攻を付与できた。無論、『白神』にその効果を十全に発揮することはできず、数秒動きを止めるだけしかできない。
 だが、これはサポートのための魔法だ。ならば十分な働きをしたと言えるだろう。

「────」

 イアは『白神』を殴打する。『白神』は魔術だけではなく、物理攻撃にも超耐性を持っていたが、あくまで耐性。無効化ではない。

「かったいな」

 そうは言うが、『白神』は損傷している。
 これに物理的ダメージを負わせられる者は存在しないと言っても良かった。
 地に落ちた『白神』は再浮遊し、そして声を発する。
 女声とも、金属音とも形容できる音だった。

「⋯⋯多彩だな」

 イアは今、心を乱された。一瞬、心臓に氷でも突き刺されたような冷たさを感じた。
 あの声はおそらく恐怖を与える精神攻撃だ。刹那とはいえイアにも通じるほど高度な汚染能力であった。
 そして、同時、十二体の白い巨人が生き返り、即座にイアの周りに召喚されていた。
 巨人たちは一斉にイアに襲い掛かる。
 ──その時、影が巨人たちの首を撥ねた。

「⋯⋯再生持ちは厄介極まりないな。更に転移能力もあるとは。全く、面倒だ」

 それをやってのけたのは誰でもない。
 一級魔術師、ウィルムだった。
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