Reセカイ

月乃彰

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第96話 猟奇殺人事件

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 不可視の怪物。得体の知れない化物。
 何かが薙ぎ払われ、突き刺されているが、それを視覚で捉えることはできない。
 『危機感知』と、何よりユウカ自身の超人的な感覚がなければ、もう幾度死んでいたかも分からない。

「────」

 今、ユウカがすべきことは二つ。怪物の戦闘能力を測ることと、不可視化を突破することだ。
 戦闘能力に関しては、手札を隠していることがなければ、ほぼ把握済みだ。警戒するに越したことはないが、何か超常的な攻撃手段はなさそうだ。

(肝心の不可視化だが⋯⋯擬態、ではなさそうだな)

 周囲の風景に合わせて体の色素を変えている、というわけではなさそうだ。いくら色素変更の精度が高くとも、全くブレがないとは思えない。
 そうなると、考えられる原理は一つ。肉体が完全に透明であること。

(自然界にも体が透明な生き物はいる。内蔵まで透明な生き物は知らないが⋯⋯それと同じようなものである可能性があるな)

 ユウカのすぐ横で風切り音が無数に鳴る。
 見えないものを見えるようにするなら、簡単な方法がある。ユウカは能力を応用し、土煙を立たせた。
 だが──、

「⋯⋯見えない? 居ない⋯⋯ことはないはずだが」

 何も浮かび上がることはなかった。攻撃の瞬間、その部分が風で吹き飛ばされるだけだ。
 触れることはできる。攻撃による余波は確認できる。しかし、実体を見ることはどうしてもできない。
 つまり物理法則的にありえない現象が起きている。

「⋯⋯⋯⋯わからない、な。仕方ない」

 ユウカは魔術光線を放つ。攻撃というより、目潰し目的だ。実際それが有効であったかどうかは知らないが、その隙にユウカはその場を離れようとした。
 その時だ。

「──ッ!?」

 突然、何もないところから血飛沫が舞う。否、そこにはあの怪物が居たはずだ。
 ユウカは何もしていない。つまり、

「あら、人間さん。こんなところで何を?」

 女声がする。その方向を見ると、
 水色の長髪。白のセーターに、ロングスカート。茶色のカーディガンを羽織ったソレ。
 そして、額から生える一本の白い角は、ソレを人外であると示している。
 違う。存在。雰囲気のみで、ユウカはソレを人であると認識できなかった。

「⋯⋯⋯⋯」

 焦り。恐怖。本能が生存欲を刺激している。戦ってはいけない。逃げなくてはならない。なのに、足は動かないでいる。

「⋯⋯あらあら。怖がらせちゃったかしら? 初めまして。私はネイフェルン。貴女あなたのお名前は?」

「⋯⋯何者だ、お前」

「⋯⋯? 私は貴女のお名前が聞きたいのだけれど」

 会話が成り立っていない。これは形上のものだ。会話などする気がないのか、自分が話したいだけなのか。
 ──そんなことどうだっていい。

「まあいいわ。私は貴女に用があってここに来たわけじゃないの。⋯⋯これを取りに来たのよ」

 ネイフェルンは透明な死体の中にあった、唯一可視の肉塊を手に取った。彼女はそれを何も無い空間に収納する。

「じゃあね、人間さん。また会いましょう」

 ネイフェルンは、ユウカに背を向けてどこかへ歩いていく。隙だらけだ。今のうちに殺しておくべき化物だと理性が言っているが、同時、余計なことをするべきでないと直感が言っている。
 ユウカは、そのままネイフェルンを見逃した。

「⋯⋯っ」

 緊張が解け、ユウカは忘れていた呼吸を再開する。全身からどっと汗が流れ始める。
 まさか自分がこんなことになるとは、と思った。
 明らかにあの化物は、ユウカより格上だった。

「⋯⋯これが魔力の圧、か。文字通り、桁違いだな⋯⋯」

 ユウカはミナたちに連絡を取り、事務所に帰還することを伝えた。
 数十分後、メディエイト事務所にて。

「⋯⋯おそらくそれは、大魔族だ」

 ユウカの話を聞いたアレンは、第一声にそう断言した。
 アレンもGMCから情報提供を受けている。特にギーレの件があったことから、大魔族とは何なのかを聞いた。

「元々、大魔族に積極的に行動する者はほとんど居ないらしい。⋯⋯が、ギーレの影響で、今後他の大魔族が活発化する可能性が危惧されていた。こんなにも早いとは思わなかったが⋯⋯」

 大魔族に分類されるような魔族は、その圧倒的な実力故に自分たちの行動が人間と魔族のバランスを崩しかねないと自覚している。
 魔族は人を食らって生きる生命だ。食料たる人間との全面戦争など、自分たちの首を絞めるだけだと理解している。だから、積極的に行動することはない。そんなことせずとも生きていけるからだ。
  
(人間と魔族のバランスを崩しかねないギーレを殺す為に、動き出した大魔族⋯⋯というわけね)

 リエサは、おそらくこの中で一番魔族の生態に詳しいアルターに質問した。

『ああ。だが、ただ殺し合ってくれるとは思わないほうがいい。大魔族の殺し合いなど、特級魔術師同士の殺し合いと同じか、下手をすればそれ以上の被害が出る。それに⋯⋯どちらも人間が敵であることには変わりない』

 大魔族の存在は抑止力でもある。これを含めて二種族間のバランスは保たれている。
 ギーレ側に付く魔族の中には、大魔族がいても可笑しくない。魔族間で争い、数を減らせば、今度は人類に残党が滅ぼされるだけだと理解している。

『魔族の数が減ることは、奴らとしても由々しき問題のはず。一種のバランサーたる大魔族たちは、ギーレ側の魔族だけでなく人間も狩るはずだ。それこそイアという人類側最強の魔術師は最優先でな』

 ギーレたちと他の魔族たちの殺し合いの末には、人類と魔族の生存競争が待っている。それを見越した立ち回りが、これから要求されるだろう。

(⋯⋯ねぇ、まるで魔族たちがイア・スカーレットを殺せるみたいな言い方が気になるんだけど。だってあのギーレでさえ、真正面からの戦闘では手も足も出ないって。だから封印という手段を取ったんじゃ?)

 リエサは魔術師について詳しくないが、あのイア・スカーレットが常軌を逸した魔術師であることは理解している。

『少し勘違いしているな。ギーレは確かに大魔族で、特級魔術師でも、魔術戦で奴に勝てるのはイアとあと一人くらいなものだが、ギーレは大魔族の中じゃ平均的な強さだ』

(⋯⋯え?)

 リエサは相対して、行動一つ見えないほど速かったギーレが、大魔族の中では特別強いわけでもないということが信じられなかった。
 アルターも生前に大魔族と遭遇したことは複数回あるし、何体か狩ったこともある。だからこそ、言えるのだ。

『奴の強みは入念な準備と、他の魔族とは違い、傲らない性格であることだ。直接的な戦闘能力が優れているわけではない。⋯⋯そして、次に話そうとしていたことだが、白石が遭遇したと思われる大魔族が、イアを殺せる大魔族である確率が高い』

(ネイフェルン、っていう大魔族?)

『そうだ。なぜなら、僕はネイフェルンという大魔族を知らないからな』

(⋯⋯は?)

『まあ話を聞け。大魔族は基本的に二つ名だったり、個体名だったりが知れ渡っている。その強さゆえに、な。遭遇した魔術師やらが、何とか逃げ延びてその情報を伝えているからだ』

 強いから、危険だから、恐ろしいから、人間はそれを共有し、対策する。
 大魔族と正面から戦って勝てるような人間はほぼ居ない。もし、二種族が互いに万全な状態で全面戦争をしようものなら、確実に人類が全滅するだろう。それだけの実力差がある。

『だが、大魔族でもが居る。なぜだと思う?』

(⋯⋯まさか、遭遇して誰も生きて帰ってきていない⋯⋯?)

『そういうことだ。まあ本人は誰も生きて返すつもりがないわけではないとは、今回のことで推測できるわけだが⋯⋯』

 そのネイフェルンが本当に無名の大魔族であるかどうかは分からないが、十中八九そうだろう、とアルターは思っていた。だが確定はできない。だからこその無名なのだが。
 誰も、確かめようとして生きて帰ることはできなかったと、歴史が証明しているのだ。

「──ねえってば、リエサ?」

 アルターと会話していたため、リエサはずっと黙りっぱなしだった。そんな彼女にミナは声を掛けていた。

「あ、ごめん。少し考え事してた」

「そうならいいけど⋯⋯体調悪かったら言ってよ?」

「うん。大丈夫」

 一先ず、今回の件はGMCに連絡することになった。
 気になることといえば、件の大魔族が持ち去ったとされる肉片だろうか。あれの正体に関しては全く分からないため議論する余地もない。

「とりあえず今日はここで解散だ。まだ生徒の失踪事件自体は何も手掛かりがないから、また調査を頼む」

 ミナたちは各々、寮や自宅に戻った。

 ◆◆◆

 生徒が夜に出歩くことに、学校は注意を促している。その理由は、失踪あるいは死亡事件が多発しているからだ。
 ファインド・スクール管轄の寮でも夜間の外出は禁止されており、夜六時以降は基本的に閉鎖されている。
 一般人も、外出は控えるように喚起されており、仕事帰りの社会人以外はほとんど出歩いていなかった。

「⋯⋯⋯⋯」

 街頭はあるものの、数は少なく光量は小さい。精々、その下元くらいしか照らされていない頼りない光だった。
 そんな暗い道を、一人、歩いている人物がいた。
 ミース学園の女子制服を着たその人物は、帯刀していた。

「⋯⋯やっぱり」

 目前の深い草むらを見て、そう口に出す。一見すると何も違和感はない。
 が、そのバンダナに隠れた目は、見えないものでも視ることができた。
 草むらを掻き分けると、そこには死体があった。胸が引き裂かれ、中心にあったはずの臓腑を抜き取られた状態だ。

「これは⋯⋯」

 一年前の五月頃、ファインド・スクール学区で、今回と似たような事件が発生していた。
 心臓が抜き取られた状態で、各所に死体が放置されている事件。警察は猟奇殺人事件として調査した結果、とあるカルト集団が心臓を集めていたことが分かり、彼らを鎮圧することで事件は終息したと思われていた。
 だが、それは表向きの話だ。そんな『とあるカルト集団』は居なかった。報道された人物は、適当な死刑囚だ。

「⋯⋯『動く死体』」

 誰が殺人事件の首謀者なのかなんて分かっていない。けれど、死体が動くという不可解なことが起きていた。
 動く死体は、拳銃などで物理的に鎮圧することはできなかった。
 偶然にも当時、ファインド・スクールに来ていたミライが居なければ、この異常な現象を止めることはできなかっただろう。

「⋯⋯あーあー、聞こえる?」

 ミライは通信機を取り出し、ファインド・スクール自治委員会と通話する。

『問題ない。何か見つかったか? 剣野』

 通信機から男の声がした。

「うん。自分たちの予想通り、『動く死体』の件だよ」

『⋯⋯信じたくはないな。いつから私たちはオカルト研究会に入ったんだ? 理事会はなんでこんなこと私たちに⋯⋯』

「まあそう愚痴らないでよ、エルネスト。理事会や財団も人手不足なんだ。自分たちみたいな高レベル能力者が駆り出されるのは仕方のないことなんだよ」

『そうは言うがな⋯⋯はあ⋯⋯まあいい。これも罪滅ぼしと思うことにしよう』

 ミライが通信しているのは、レベル6第八位、エルネスト・ファンタジアだ。かつては財団の暗部組織に在籍していたが、仲間が全員殺されて事実上の壊滅状態になった。
 本来ならばエルネストは財団によって消されるはずだったが、どういうわけか何事もなく暗部組織から足を洗うことができたのだ。
 記憶の一部は消去されたが、エルネストは自分が暗部所属であったことは覚えている。レベル6の超能力者を縛り付けるためなのだろうと、勝手に彼は思っている。

「罪滅ぼし?」

『こっちの話だ。気にしないでくれ』

 露骨に話をはぐらかされたが、ミライに追及するつもりはない。
 ともあれ、この死体が動き出すかどうかの判別はつかない。今この瞬間にも動き出す可能性はあるが、だからといって死体を破損させるわけにはいかない。

「遺体を回収するよう頼んどいてくれる?」

『もう準備している。⋯⋯それより、お前仮にも先輩相手にその言葉遣いなんとかならないのか』

「⋯⋯エルネスト、三年生だったの?」

『ああ』

「そうだったんだ。⋯⋯今更言葉遣い変えるわけにもいかないから、別によくない?」

『知らなかったのかよ。⋯⋯まあ俺はいいが、その辺気をつけたほうがいいぞ、剣野』

「はーい」

 エルネストからミライとの通信を切る。
 ミライは引き続き周囲の探索を行った。だがこれといって何かが見つかることはなく、一時間後に探索を切り上げることにした。
 その帰路にて。

「⋯⋯ん?」

 現在時刻は夜の十一時。ミライは閑静な住宅街を歩いていた。
 時刻が時刻で、物騒な事件が起きていることもあり、人通りはない。ないはすだ。
 にも関わらず、ミライの目線の先には人影があった。

(ライトもつけずに⋯⋯歩き方も、なんかおかしい?)

 酔っ払って千鳥足になっているようには見えない。足を引きずるような歩き方。まるで映画に出てくるゾンビみたいだった。

「ウ、アアァ⋯⋯」

 その人影はミライを認識したようだ。突然、一直線に走ってくる。
 男だった。心臓がくり抜かれ、血塗れになったスーツを着たままである。その手にはパイプが握られていた。
 ミライに近づき、パイプを振りかぶる。だが下ろされることはなく、男は倒れた。
 ミライは一瞬にして男の首を両断していた。既に刀は鞘に納めていた。

「⋯⋯ごめんなさい、助けてあげられなくて」

 ミライは男に謝った。
 その後、先程の死体と男の遺体は回収された。
 ミライは今度こそ何事もなく帰宅した。
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