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第95話 廃屋の怪物
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ミナたちがファインド・スクールに編入し、一ヶ月ほどが経過した。そろそろ学校にも慣れ、新しく友人もできた。
今日最後の授業が終了し、時刻は十六時。ホームルームを終え、ミナたちは学校の外に出た。
既に日は落ちようとしている。気温も低く、ミナはマフラーを巻き、厚めのタイツを穿いていた。
隣を歩いていたリエサは、二ヶ月ほど前から服装が変わっていない。自分が出す冷気に比べれば、この程度問題ないのだろう。
普段であれば、ミナたちは寮に戻る。そこで温かい湯に浸かり、ご飯を食べ、眠る。
だが、今日は違う。
ミース学園でのテロ事件から一ヶ月。メディエイトは再始動した。
今やメディエイトは学生からの依頼を受けることは少なくなり、財団、GMCと連携するようになった。
十七時半、メディエイト事務所に、ミナとリエサは入る。
久しい事務所内。そこにはアレンとアルゼス、ヒナタが既に居た。
いや、彼らだけではない。
「久しいな、二人とも」
「⋯⋯⋯⋯」
長い白い髪の少女。凛々しさを感じる紫紺の目がミナたちに向けられる。
彼女の隣で、不機嫌そうに立っているのは金髪に赤目の少年。
二人とも、見覚えがある。
「白石先輩に、ベーカー君。どうしてここに?」
「いや、なに、何でも人手不足らしいじゃないか。⋯⋯先の件では何もできなかった。ならせめて、今度は手伝わせてもらいたくてな」
ユウカは、ミース学園でのテロ事件に尽力できなかったことを悔いている。仕方ないといえばそうなのだが、事の発端たるVellの件に関わっておいて、最後まで協力しきれなかったことを気にしているのだ。
「⋯⋯まあ、そういうわけだ。今回の仕事は財団、理事会からの依頼だ。表立って他の組織とも協力できる」
アルゼスは、電子黒板を用意し、そこにファインド・スクール自治区の地図を投写した。
赤いペンを持ちながら、アレンは説明を始める。
「財団から依頼された仕事の内容は、近頃、ファインド・スクール自治区内で発生している生徒たちの失踪事件だ」
ミナたちもそのことは知っている。
ここ一ヶ月間、ファインド・スクール自治区内で少なくない人数の生徒が失踪している。ファインド・スクールの関連校の生徒は勿論、近隣の学校の生徒も行方不明になっているそうだ。
「警察やS.S.R.F.がこれの捜査を行ったが、連絡が途切れた翌日に死体として発見された。現場で魔力反応があったことから、魔獣、魔族の仕業だとしてGMCも捜査に参加したが、人手が足りないということでメディエイトにも協力申請が来たというわけだ」
「⋯⋯あの、すみません。アレンさん、それ白石先輩たちに言っていいんですか?」
説明の途中だが、リエサは、魔族の存在をユウカたちに、さぞ当たり前かのように言ったことに疑念を覚えた。
「ああ、言ってなかったか。確かにミース学園でのテロ事件は、表向きには色彩──ユーフェル・ロス一派による犯行になっているが、一部の人たちには情報が共有されているんだ」
「未だに信じ難いが、ね。しかしまあ、ルイズ・レーニー・ヴァンネルの魔術を目の当たりにしたんだ。魔族や魔獣と言った存在を、いくら非科学的であろうと疑う余地はない。それに私に嘘などあまり通じない」
「だが他言は無用だ。情報が共有されているのはあくまで一部の上位陣のみ。ほとんどの人たちは、今まで通り魔族や魔獣の存在は知らない。それらは秘匿されるべき内容であることは留意しておくように」
アレンは逸れた話の軌道を戻し、事件の内容についての説明を続ける。
失踪した生徒たちは、夜間に出歩いている最中に行方が分からなくなっていることが大半だ。
そして、複数あるものの失踪するポイントが暴かれている。
「類似しているのは、夜間は人通りが少なく、廃墟や廃屋、もしくは森林などがある場所だ」
「要は身を隠せる場所、ですね」
電子黒板の地図に、アレンはその要素を含むポイントを書き込む。
そのうちの一つに、アレンは赤ペンを指す。
「で、今夜ここを歩き回る」
「はい。⋯⋯はい?」
アレンは何てことなさそうに言うものだから、リエサは一瞬その言葉を流しそうになった。
「かなりリスキーですよ。相手の実力が分からない以上⋯⋯」
「その辺は大丈夫だ。私がやるからな」
そう言ったのはユウカだった。確かに彼女はレベル6でもアンノウンに次ぐ戦闘能力の持ち主だ。が、
「先輩、魔族は魔術でしか倒せないんです。ここは機動力もあるわたしが」
魔術が使え、いざという時は素早く逃げられるミナが適任だと、その場にいたほとんどの人は思った。
しかし、ユウカはミナが言ったことは既に、財団から教えられて、知っている。
「私の超能力は『破壊』ではなく『完全複製』というものでな。これでコピーすれば魔力だろうが使えるようになる。まあ、測定したら超能力として判別されるが⋯⋯きっちり魔術的反応が確認されたから、行けるんじゃないか?」
ユウカはGMCの協力で、一般攻撃魔術と一般防御魔術を見て、コピーした。固有魔力のコピーは、魔術を知らない彼女には相当難しくできなかったが、一先ず問題はないと判断された。
「ちょ⋯⋯ちょっと、待ってください? え? コピー能力者ってことですか、先輩?」
「ああ。そうだ。GMCという組織、魔族や魔術の存在⋯⋯それに比べれば大したことはないが、財団が徹底的に隠蔽するような情報だということは覚えておいてくれ」
「⋯⋯えぇー。ちなみに、それ話してよかったんですか?」
「ん? 勿論、捜査協力をする上で、必要な情報共有として認証されているぞ」
ただ、他言無用であることには変わらない。その、証拠にユウカの隣にいたエドワードが口を開けて唖然とした状態で止まっていた。
今回、ユウカが投入されたのは彼女の実力が必要とされたからだ。また、本任務では彼女のコピーした魔術が正常に作動するかのテストも兼ねられている。
「万が一、私のコピーした魔術が通じなかったときのために、星華と月宮は近くに配置しといてくれないか?」
「ああ。元よりそのつもりだ。二人もそれでいいか?」
「うん」「大丈夫です」
「その他のメンバーは事務所で待機。こっちから三人のサポートを行う。今日は偵察みたいなものだ。あまり無茶はしないように」
ミナ、リエサ、ユウカの三人は、目的のポイントに向かい始めた。
「飛ばしていけるが、どうだ?」
「いいえ、転送さないでください。遠慮しておきます」
ユウカのその言葉が、文字通りの意味であることをミナは知っているため、断った。
◆◆◆
一時間後、ユウカは現地に到着した。
とっくに日は落ちている。街頭が少なく、人通りも殆どない。月は雲に隠れてしまっており、辺りは真っ暗闇に包まれている。
ユウカは『暗視』を使っているため、暗闇も昼間と変わらないように見ることができる。
「⋯⋯目的地についたぞ。何か反応はあるか?」
小声で、無線によってユウカは近くにいるはずのミナたちにそう問いかけた。
『魔力反応は⋯⋯なし、です』
「そうか。引き続き探知を頼む」
ユウカの『危機感知』や広範囲化した『読心』にも反応はない。
少なくとも探知能力は、周囲に危険存在はいないと判断している。しかし、
(⋯⋯嫌な感じだ。空気が重いような⋯⋯。何か、変なものを感じる⋯⋯)
勘がここは危ないと、言っている。
まさか、ユウカが闇夜に恐怖を抱くようなか弱い乙女心を持っているはずはない。
ユウカの眼前には竹林があった。全く整備されていないのだろう。雑草が生い茂っており、竹も伸び切ってしまっている。
住宅街の中の一角にある林。その入口付近には、廃屋があった。
「廃屋を見つけた。探索してみる」
『了解です。周囲の警戒に回ってます』
「ああ」
メディエイトで現状、魔力を感知することができるのはミナとリエサの二人のみ。彼女らに外の警戒をして貰い、ユウカは廃屋内部を探索することにした。
『千里眼』によって、廃屋内部をざっぱに確認する。
外見から想像のつく、荒れているだけの普遍的な廃屋だった。
「目前だから精度に問題はない。普通は探索するまでもないが⋯⋯」
今回は魔術という、ユウカの専門外の要素がある。超能力が正常に働かない可用性は十分に留意しておくべきである。
何より、ユウカは異常がないことに異常を感じている。
あの嫌な気配の発信源は、おそらくこの廃屋からだ。
超能力ではなく、自分自身の勘を信じれば、この廃屋の探索は、事件解決の第一歩目になるだろう。
ユウカは廃屋の入り口扉を開く。
入ってすぐの玄関から、ゴミが沢山落ちている。元の住人のものではないものが多数ある。おそらく、ここに肝試しに来た人が不法に投棄していったものだろう。
何とか踏める場所を探しつつ、ユウカは玄関から大広間に向かって歩いた。
そこはやけに綺麗だった。ゴミが大広間に落ちていることはない。床も、そこまで泥などがついていることはなかった。
──血で汚れていることを除いて。
「⋯⋯さっき視た時は、こんなものなかった。まして、やただの血だ。乾いただけの血だ。それがなぜ、視えなかった?」
ユウカは無線にてミナたちと連絡を取ろうとした。
しかし、無線はいつまで経っても彼女らの声を拾わない。繋がることはない。
「通信が切れた? ⋯⋯感知系の超能力は⋯⋯」
何も、反応しない。何も、反応しないのだ。
──そう、機能していない。
そのことに気がついた瞬間、ユウカは脱出を試みた。
転移能力も、転送能力も機能していない。物理的に来た道を戻ろうとしても、しばらくゴミの中を歩いたあとは大広間に辿り着く。付けた印が残っていることから、ループでもしているようだ。
「⋯⋯まずいな」
大広間に侵入してから五分、ユウカはここに閉じ込められたと結論付ける。
空間操作の能力で、一定空間内をループさせるというものは過去に例がある。しかし、閉じ込めてループさせるという強力なものだと、それ相応の現実改変能力を求められる。
「確かに範囲は小さく、ループという必要なリソースが少ない空間操作ではあるが⋯⋯私を閉じ込める、どころか察知すらさせないほどとなれば⋯⋯」
はっきり言ってそれはアンノウンにさえできない。アンノウンが本気でユウカを閉じ込めようとしても、まずそもそも、その支配領域に入ることは万が一にでもありえない。なぜならそれほど強力な空間操作が行われていれば、察知できるからだ。
「まあ分かっていたことたが、魔術的空間操作だろう。であれば、超能力者が気が付かないのも当然。星華や月宮が気が付かないのも、相手の練度次第ではあり得る」
ミナやリエサは魔術師としては見習いだ。戦闘能力はあっても、それは魔術を使っているだけ。魔力操作という面においては荒削りも良いところである。
「まずは脱出だな。ループ空間の原理的に、オーバーフローという手段は取れないだろう」
継ぎ接ぎ的に空間を繋いでいるのではなく、円環的に空間を繋いでいる。その中を光速で回ることができるのならともかく、さすがのユウカでもそれは無理だ。
オーソドックスにいくのであれば、ループ現象を起こしている元凶を発見し、倒す。
「能力者自身を隔離した上で、遠隔の空間操作は人間である限り不可能。スパコンを何十台用意して、ようやく一メートルのループ空間が作れるくらいだろう⋯⋯」
ユウカは知らないが魔術的空間操作においても同じことが言える。魔術では脱出方法を確立していない封鎖空間など原理的にありえないか、強度が非常に低い。
いくらユウカが魔術的に一般人同然といえど、超能力者としての実力のみでそういう封鎖空間に囚われることは考え難い。
「つまり、この空間内に元凶は居る。それを倒せば一石二鳥だが⋯⋯」
敵は異例だ。そして今回は調査、探索だ。ここで危険をわざわざ犯す必要はない。
それしか方法がないのであれば、やらなければならない。が、そういうわけではないのだ。
「さて、最初は自信があって、成功率が高そうな手段から試してみよう」
ユウカは出力を絞りつつ、全範囲への『破壊』を起動した。崩壊は伝播し、周囲の景色は崩れていく。
「なるほど。私の予想は間違っていなかったようだな」
ユウカの予想──このループ空間が現実と非現実を混ぜた中途半端な未完成品であることは、合っていた。
「現実の廃屋を外郭とし、その中にループ空間を展開している。そしてそれらは完全に乖離していない。繋がっている。だから、物理的に破壊することが可能、内側からな」
造りが甘い虚飾の品物だ。
効力を強くするあまり、隠蔽性能を高めるがあまり、肝心の強度を落としている。しかも、よりにもよって物理的な強度を、だ。
しかし、壊れた外郭はすぐさま修復されている。破壊の伝播も終え、綺麗さっぱり元通りだ。
「壊しきれない程度には対策しているか。いくら壊れたってそこから見えるのは曖昧な狭間。全部壊さないといけないがその前に修復してくる⋯⋯なるほど、いくら中途半端といっても、並大抵の超能力者なら封殺されていたな」
だが、ここにいるのはレベル6の超能力者だ。対物破壊においてはトップレベルの実力者だ。
「以前、山を更地に変えたときは、感覚的に半分程度の出力だったか?」
その時と同じ出力で、破壊を巻き起こす。一気に外郭は粉々となったが、それでも一瞬で完全に修復する。
だが、ならばと今度は全力全開で出力する。
──瞬間、外郭は粒子レベルの細かでさえ存在することが許されなくなった。文字通り、破壊の極地。文字通り、跡形なく、消滅した。
「全開の出力、範囲を極限まで絞り、ようやく破壊できる、か。⋯⋯だが、脱出はできたな」
『──白石先輩っ! 返答してください! 無事ですか!?』
脱出と同時に、ミナから無線が飛んできた。
「ああ、もう大丈夫だ。閉じ込められていたが」
『閉じ⋯⋯? いや、今はとにかくその場から離れてください! やばいぐらい魔力反応が──』
ユウカの『危機感知』が起動する。
「──みたい、だな」
ユウカは身を捻る。何も見えなかったが、そこに風切り音がした。
何かがそこに居る。認識できないが、そこには何かが居るのだ。
「星華、月宮、君たちは撤退しろ。私は⋯⋯少し、こいつを調べる」
『危機感知』のおかげで、ユウカは不可視の化物からの攻撃を避け続けている。
躱すこと自体は問題ないが、手数が多すぎる。何より不可視だ。ミナたちでは対処できないだろう。
『でも⋯⋯』
「大丈夫だ。死なないように立ち回るからな」
『⋯⋯分かりました』
そこで通信が切れる。
「さて──っと」
ユウカは右手を前に突き出し、魔術陣を展開。そこから極太の光線を放つ。それは見事に命中したようだ。
「そう簡単には通じないか」
何かが反撃として薙ぎ払われる。軽く音速など超えている攻撃速度だった。
ユウカはそれを素手で受け止め、『破壊』を行使する。
魔術的化物に、超能力が通じるかどうかを試してみたのだ。
「効かない⋯⋯と思っていたが⋯⋯」
ユウカは何かを破壊した感覚を得た。つまり能力は化物に通用したのだ。サイズがどうであれ、直接触れて能力を発動して、木端微塵にならないことには驚きつつも、全く効かないというわけではなかった。
「ふむ。どうやら私が聞いていた魔獣とやらとは少しばかり違うようだな。⋯⋯さて、威力偵察といこう」
今日最後の授業が終了し、時刻は十六時。ホームルームを終え、ミナたちは学校の外に出た。
既に日は落ちようとしている。気温も低く、ミナはマフラーを巻き、厚めのタイツを穿いていた。
隣を歩いていたリエサは、二ヶ月ほど前から服装が変わっていない。自分が出す冷気に比べれば、この程度問題ないのだろう。
普段であれば、ミナたちは寮に戻る。そこで温かい湯に浸かり、ご飯を食べ、眠る。
だが、今日は違う。
ミース学園でのテロ事件から一ヶ月。メディエイトは再始動した。
今やメディエイトは学生からの依頼を受けることは少なくなり、財団、GMCと連携するようになった。
十七時半、メディエイト事務所に、ミナとリエサは入る。
久しい事務所内。そこにはアレンとアルゼス、ヒナタが既に居た。
いや、彼らだけではない。
「久しいな、二人とも」
「⋯⋯⋯⋯」
長い白い髪の少女。凛々しさを感じる紫紺の目がミナたちに向けられる。
彼女の隣で、不機嫌そうに立っているのは金髪に赤目の少年。
二人とも、見覚えがある。
「白石先輩に、ベーカー君。どうしてここに?」
「いや、なに、何でも人手不足らしいじゃないか。⋯⋯先の件では何もできなかった。ならせめて、今度は手伝わせてもらいたくてな」
ユウカは、ミース学園でのテロ事件に尽力できなかったことを悔いている。仕方ないといえばそうなのだが、事の発端たるVellの件に関わっておいて、最後まで協力しきれなかったことを気にしているのだ。
「⋯⋯まあ、そういうわけだ。今回の仕事は財団、理事会からの依頼だ。表立って他の組織とも協力できる」
アルゼスは、電子黒板を用意し、そこにファインド・スクール自治区の地図を投写した。
赤いペンを持ちながら、アレンは説明を始める。
「財団から依頼された仕事の内容は、近頃、ファインド・スクール自治区内で発生している生徒たちの失踪事件だ」
ミナたちもそのことは知っている。
ここ一ヶ月間、ファインド・スクール自治区内で少なくない人数の生徒が失踪している。ファインド・スクールの関連校の生徒は勿論、近隣の学校の生徒も行方不明になっているそうだ。
「警察やS.S.R.F.がこれの捜査を行ったが、連絡が途切れた翌日に死体として発見された。現場で魔力反応があったことから、魔獣、魔族の仕業だとしてGMCも捜査に参加したが、人手が足りないということでメディエイトにも協力申請が来たというわけだ」
「⋯⋯あの、すみません。アレンさん、それ白石先輩たちに言っていいんですか?」
説明の途中だが、リエサは、魔族の存在をユウカたちに、さぞ当たり前かのように言ったことに疑念を覚えた。
「ああ、言ってなかったか。確かにミース学園でのテロ事件は、表向きには色彩──ユーフェル・ロス一派による犯行になっているが、一部の人たちには情報が共有されているんだ」
「未だに信じ難いが、ね。しかしまあ、ルイズ・レーニー・ヴァンネルの魔術を目の当たりにしたんだ。魔族や魔獣と言った存在を、いくら非科学的であろうと疑う余地はない。それに私に嘘などあまり通じない」
「だが他言は無用だ。情報が共有されているのはあくまで一部の上位陣のみ。ほとんどの人たちは、今まで通り魔族や魔獣の存在は知らない。それらは秘匿されるべき内容であることは留意しておくように」
アレンは逸れた話の軌道を戻し、事件の内容についての説明を続ける。
失踪した生徒たちは、夜間に出歩いている最中に行方が分からなくなっていることが大半だ。
そして、複数あるものの失踪するポイントが暴かれている。
「類似しているのは、夜間は人通りが少なく、廃墟や廃屋、もしくは森林などがある場所だ」
「要は身を隠せる場所、ですね」
電子黒板の地図に、アレンはその要素を含むポイントを書き込む。
そのうちの一つに、アレンは赤ペンを指す。
「で、今夜ここを歩き回る」
「はい。⋯⋯はい?」
アレンは何てことなさそうに言うものだから、リエサは一瞬その言葉を流しそうになった。
「かなりリスキーですよ。相手の実力が分からない以上⋯⋯」
「その辺は大丈夫だ。私がやるからな」
そう言ったのはユウカだった。確かに彼女はレベル6でもアンノウンに次ぐ戦闘能力の持ち主だ。が、
「先輩、魔族は魔術でしか倒せないんです。ここは機動力もあるわたしが」
魔術が使え、いざという時は素早く逃げられるミナが適任だと、その場にいたほとんどの人は思った。
しかし、ユウカはミナが言ったことは既に、財団から教えられて、知っている。
「私の超能力は『破壊』ではなく『完全複製』というものでな。これでコピーすれば魔力だろうが使えるようになる。まあ、測定したら超能力として判別されるが⋯⋯きっちり魔術的反応が確認されたから、行けるんじゃないか?」
ユウカはGMCの協力で、一般攻撃魔術と一般防御魔術を見て、コピーした。固有魔力のコピーは、魔術を知らない彼女には相当難しくできなかったが、一先ず問題はないと判断された。
「ちょ⋯⋯ちょっと、待ってください? え? コピー能力者ってことですか、先輩?」
「ああ。そうだ。GMCという組織、魔族や魔術の存在⋯⋯それに比べれば大したことはないが、財団が徹底的に隠蔽するような情報だということは覚えておいてくれ」
「⋯⋯えぇー。ちなみに、それ話してよかったんですか?」
「ん? 勿論、捜査協力をする上で、必要な情報共有として認証されているぞ」
ただ、他言無用であることには変わらない。その、証拠にユウカの隣にいたエドワードが口を開けて唖然とした状態で止まっていた。
今回、ユウカが投入されたのは彼女の実力が必要とされたからだ。また、本任務では彼女のコピーした魔術が正常に作動するかのテストも兼ねられている。
「万が一、私のコピーした魔術が通じなかったときのために、星華と月宮は近くに配置しといてくれないか?」
「ああ。元よりそのつもりだ。二人もそれでいいか?」
「うん」「大丈夫です」
「その他のメンバーは事務所で待機。こっちから三人のサポートを行う。今日は偵察みたいなものだ。あまり無茶はしないように」
ミナ、リエサ、ユウカの三人は、目的のポイントに向かい始めた。
「飛ばしていけるが、どうだ?」
「いいえ、転送さないでください。遠慮しておきます」
ユウカのその言葉が、文字通りの意味であることをミナは知っているため、断った。
◆◆◆
一時間後、ユウカは現地に到着した。
とっくに日は落ちている。街頭が少なく、人通りも殆どない。月は雲に隠れてしまっており、辺りは真っ暗闇に包まれている。
ユウカは『暗視』を使っているため、暗闇も昼間と変わらないように見ることができる。
「⋯⋯目的地についたぞ。何か反応はあるか?」
小声で、無線によってユウカは近くにいるはずのミナたちにそう問いかけた。
『魔力反応は⋯⋯なし、です』
「そうか。引き続き探知を頼む」
ユウカの『危機感知』や広範囲化した『読心』にも反応はない。
少なくとも探知能力は、周囲に危険存在はいないと判断している。しかし、
(⋯⋯嫌な感じだ。空気が重いような⋯⋯。何か、変なものを感じる⋯⋯)
勘がここは危ないと、言っている。
まさか、ユウカが闇夜に恐怖を抱くようなか弱い乙女心を持っているはずはない。
ユウカの眼前には竹林があった。全く整備されていないのだろう。雑草が生い茂っており、竹も伸び切ってしまっている。
住宅街の中の一角にある林。その入口付近には、廃屋があった。
「廃屋を見つけた。探索してみる」
『了解です。周囲の警戒に回ってます』
「ああ」
メディエイトで現状、魔力を感知することができるのはミナとリエサの二人のみ。彼女らに外の警戒をして貰い、ユウカは廃屋内部を探索することにした。
『千里眼』によって、廃屋内部をざっぱに確認する。
外見から想像のつく、荒れているだけの普遍的な廃屋だった。
「目前だから精度に問題はない。普通は探索するまでもないが⋯⋯」
今回は魔術という、ユウカの専門外の要素がある。超能力が正常に働かない可用性は十分に留意しておくべきである。
何より、ユウカは異常がないことに異常を感じている。
あの嫌な気配の発信源は、おそらくこの廃屋からだ。
超能力ではなく、自分自身の勘を信じれば、この廃屋の探索は、事件解決の第一歩目になるだろう。
ユウカは廃屋の入り口扉を開く。
入ってすぐの玄関から、ゴミが沢山落ちている。元の住人のものではないものが多数ある。おそらく、ここに肝試しに来た人が不法に投棄していったものだろう。
何とか踏める場所を探しつつ、ユウカは玄関から大広間に向かって歩いた。
そこはやけに綺麗だった。ゴミが大広間に落ちていることはない。床も、そこまで泥などがついていることはなかった。
──血で汚れていることを除いて。
「⋯⋯さっき視た時は、こんなものなかった。まして、やただの血だ。乾いただけの血だ。それがなぜ、視えなかった?」
ユウカは無線にてミナたちと連絡を取ろうとした。
しかし、無線はいつまで経っても彼女らの声を拾わない。繋がることはない。
「通信が切れた? ⋯⋯感知系の超能力は⋯⋯」
何も、反応しない。何も、反応しないのだ。
──そう、機能していない。
そのことに気がついた瞬間、ユウカは脱出を試みた。
転移能力も、転送能力も機能していない。物理的に来た道を戻ろうとしても、しばらくゴミの中を歩いたあとは大広間に辿り着く。付けた印が残っていることから、ループでもしているようだ。
「⋯⋯まずいな」
大広間に侵入してから五分、ユウカはここに閉じ込められたと結論付ける。
空間操作の能力で、一定空間内をループさせるというものは過去に例がある。しかし、閉じ込めてループさせるという強力なものだと、それ相応の現実改変能力を求められる。
「確かに範囲は小さく、ループという必要なリソースが少ない空間操作ではあるが⋯⋯私を閉じ込める、どころか察知すらさせないほどとなれば⋯⋯」
はっきり言ってそれはアンノウンにさえできない。アンノウンが本気でユウカを閉じ込めようとしても、まずそもそも、その支配領域に入ることは万が一にでもありえない。なぜならそれほど強力な空間操作が行われていれば、察知できるからだ。
「まあ分かっていたことたが、魔術的空間操作だろう。であれば、超能力者が気が付かないのも当然。星華や月宮が気が付かないのも、相手の練度次第ではあり得る」
ミナやリエサは魔術師としては見習いだ。戦闘能力はあっても、それは魔術を使っているだけ。魔力操作という面においては荒削りも良いところである。
「まずは脱出だな。ループ空間の原理的に、オーバーフローという手段は取れないだろう」
継ぎ接ぎ的に空間を繋いでいるのではなく、円環的に空間を繋いでいる。その中を光速で回ることができるのならともかく、さすがのユウカでもそれは無理だ。
オーソドックスにいくのであれば、ループ現象を起こしている元凶を発見し、倒す。
「能力者自身を隔離した上で、遠隔の空間操作は人間である限り不可能。スパコンを何十台用意して、ようやく一メートルのループ空間が作れるくらいだろう⋯⋯」
ユウカは知らないが魔術的空間操作においても同じことが言える。魔術では脱出方法を確立していない封鎖空間など原理的にありえないか、強度が非常に低い。
いくらユウカが魔術的に一般人同然といえど、超能力者としての実力のみでそういう封鎖空間に囚われることは考え難い。
「つまり、この空間内に元凶は居る。それを倒せば一石二鳥だが⋯⋯」
敵は異例だ。そして今回は調査、探索だ。ここで危険をわざわざ犯す必要はない。
それしか方法がないのであれば、やらなければならない。が、そういうわけではないのだ。
「さて、最初は自信があって、成功率が高そうな手段から試してみよう」
ユウカは出力を絞りつつ、全範囲への『破壊』を起動した。崩壊は伝播し、周囲の景色は崩れていく。
「なるほど。私の予想は間違っていなかったようだな」
ユウカの予想──このループ空間が現実と非現実を混ぜた中途半端な未完成品であることは、合っていた。
「現実の廃屋を外郭とし、その中にループ空間を展開している。そしてそれらは完全に乖離していない。繋がっている。だから、物理的に破壊することが可能、内側からな」
造りが甘い虚飾の品物だ。
効力を強くするあまり、隠蔽性能を高めるがあまり、肝心の強度を落としている。しかも、よりにもよって物理的な強度を、だ。
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「壊しきれない程度には対策しているか。いくら壊れたってそこから見えるのは曖昧な狭間。全部壊さないといけないがその前に修復してくる⋯⋯なるほど、いくら中途半端といっても、並大抵の超能力者なら封殺されていたな」
だが、ここにいるのはレベル6の超能力者だ。対物破壊においてはトップレベルの実力者だ。
「以前、山を更地に変えたときは、感覚的に半分程度の出力だったか?」
その時と同じ出力で、破壊を巻き起こす。一気に外郭は粉々となったが、それでも一瞬で完全に修復する。
だが、ならばと今度は全力全開で出力する。
──瞬間、外郭は粒子レベルの細かでさえ存在することが許されなくなった。文字通り、破壊の極地。文字通り、跡形なく、消滅した。
「全開の出力、範囲を極限まで絞り、ようやく破壊できる、か。⋯⋯だが、脱出はできたな」
『──白石先輩っ! 返答してください! 無事ですか!?』
脱出と同時に、ミナから無線が飛んできた。
「ああ、もう大丈夫だ。閉じ込められていたが」
『閉じ⋯⋯? いや、今はとにかくその場から離れてください! やばいぐらい魔力反応が──』
ユウカの『危機感知』が起動する。
「──みたい、だな」
ユウカは身を捻る。何も見えなかったが、そこに風切り音がした。
何かがそこに居る。認識できないが、そこには何かが居るのだ。
「星華、月宮、君たちは撤退しろ。私は⋯⋯少し、こいつを調べる」
『危機感知』のおかげで、ユウカは不可視の化物からの攻撃を避け続けている。
躱すこと自体は問題ないが、手数が多すぎる。何より不可視だ。ミナたちでは対処できないだろう。
『でも⋯⋯』
「大丈夫だ。死なないように立ち回るからな」
『⋯⋯分かりました』
そこで通信が切れる。
「さて──っと」
ユウカは右手を前に突き出し、魔術陣を展開。そこから極太の光線を放つ。それは見事に命中したようだ。
「そう簡単には通じないか」
何かが反撃として薙ぎ払われる。軽く音速など超えている攻撃速度だった。
ユウカはそれを素手で受け止め、『破壊』を行使する。
魔術的化物に、超能力が通じるかどうかを試してみたのだ。
「効かない⋯⋯と思っていたが⋯⋯」
ユウカは何かを破壊した感覚を得た。つまり能力は化物に通用したのだ。サイズがどうであれ、直接触れて能力を発動して、木端微塵にならないことには驚きつつも、全く効かないというわけではなかった。
「ふむ。どうやら私が聞いていた魔獣とやらとは少しばかり違うようだな。⋯⋯さて、威力偵察といこう」
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