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ラミアなリリィさん
リリィさんとお見合い?~前編~
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年末。この時期になると俺の様なへっぽこブリーダー達はちょっとだけソワソワする。
いや、俺の場合はもうちょっとどころか、かなりソワソワしている。
それはもう、ソワソワどころかゾワゾワというか、ふんがー!というか、そんな名状し難き心情なのだ!!
なぜなら、お上へと一年の成果の報告書を提出しなければならない時期だから!
言うまでもなく、俺の今年のブリーダーとしての成果はゼロだ。
うん。
言わなくても分かるぐらいの成果なんだから、当然、書面にする程のなにかがあるわけない。
ないのだが、提出は義務であり責任。
今の俺の心境は、夏休み最後の日に丸々残った宿題をどうして片付けようか? いっそのこともうバックレちゃおうかな? てかバックレるしかないよな? アヒャ! と言う感じだ。
さて、それらを踏まえた上で、ある話を受けるか否か、俺は今、選択を迫られていた。
と言うのも、先日、同じ様に四苦八苦している同業者から、珍しく家の固体とのお見合い話が来たのだ。
既に悪名が各所に轟いている家の連中は、よっぽどの事がない限りご指名される事はない。
こっちから頭を下げて下げてお願いし、その結果、お断りされるのがデフォだ。
そんな珍しい事態なのだが、俺が迷うのには理由がある。
本来ならこれ幸いと喜々として受けるのだが、よりにもよって、先方が指定してきた固体はリリィ。
そう。相手のご希望はあのリリィさんなのだ。これがチャコやミントならなんの憂いも無かったのだが・・・。
この話が旧知の間柄である佐竹さんから振られた話なら、リリィでも悩む必要はなかったのだが、相手は名前を少し聞いた事がある程度の顔すら良く分からないブリーダーだ。
念のため、俺達の記録がざっくりと纏められている環境省のHPでブリーダー名簿を調べた所、そこそこの業績を残している一級ファームのオーナーにしてAランクブリーダーらしい。
先方さんの名前は一九。じゅうきゅうではなく、これでニノマエ イチジクと読むらしい。
難解な読み方故に、一度覚えてしまえば記憶に残る名前だったので、電話で名乗られた際に、あー、そういやちょっと前の会報に、そんな珍奇な名前の合格者が載ってたなぁ・・・と名前を思い返す事だけはできた。
んが、面識が無い以上、文字通り何処の馬の骨ともわからぬ奴である事に変わりは無い。
そんな奴が飼ってる♂と、我が家の秘蔵っ娘であるリリィをカップリングするのは、正直躊躇われる。
ついでに言えば、爬虫種の発情期は原則的に冬眠明けの春だ。♂は年中無休で発情しているものも多いが、♀に限ってはこの辺り、かなりシビアだ。
リリィはあの性格な上に繁殖の予定はなかったから冬眠すらさせていない。
(おしおきで半休眠はさせたが)
なので繁殖へのノリはすごぶる悪いと言わざるを得ない。
色々な不安不満材料が重なっている以上、正直、断りたいのが本音なんだが、置かれた現状を鑑みた場合は、受ける以外の選択はない。
念のため、送られて来たお見合い相手の情報も確認した所、ネキリヘビの蛇男君との事だった。
ネキリヘビとは、蛇龍目、龍王科、ネキリヘビ属、ネキリヘビ種となる3メートル程のでっかい蛇で、ラミア系と相性の良い爬虫類型の魔物だ。
パッと見はただの大蛇なのだが、この魔物の特徴はその名前に集約されている。根を切るのだ。
なんの根か? それは自分の根。つまりこの場合の根とは男根の事を指す。
この蛇型魔物の交尾時間は平均24時間にもおよぶのだが、それ自体は普通の蛇でもある事なので、そう驚く事ではない。
問題はその後、接合から離れる際に、この蛇は自分の男根をトカゲが尾を切り離すが如く自切し、雌の体内にイチモツを残す。
イチモツには予備タンクに相当する精巣が複数あり、雌の体内に残された男根はこの精巣が空になるまで射精を続けるのだ。
このイチモツは切り離された際に、返し状になっている硬い突起がいくつも飛び出し、雌の体内に根を張るかの如くめり込む。
無理に引き抜くと内部を傷つけてしまう程に凶悪な自己主張のおかげで、主が無くとも簡単には抜け落ちない構造になっている。
種を撃ち出し切るまでは縮む事もなく引き抜けない、延々と快楽をもたらすこのイチモツは、大変凶悪な代物だ。
実際問題、魔物被害で人間の女性が襲われたケースもあるらしいが、その際の被害者は皆、快楽漬けにされた結果、イカレてしまったそうだ。
これはモン娘でもありえる事で、頑なに魔物との交尾を拒む雌の調教としても利用できる。
もっとも、アヘり狂った挙句にイカレてしまうので、その後、別の意味で厄介な固体になってしまうが。
なので、相手の指定がミントだったら、元々イカレているみたいなものなので、渡りに船な案件だったのだが・・・。
この繁殖形態のおかげで、ネキリヘビとの配合は特殊な繁殖形態を持たない種と比べて、若干受精率が良い事が判明している。
ネキリヘビ自体は、使い終わって抜け落ちたペニスが強力な精力剤として利用できる程度で、大した国益にならない種なのだが、この繁殖形態のおかげで種親としては極めて優秀であり、多様するブリーダーは少なくない。
そんな良く使われる種なので、産まれてくる子もオーソドックスな50/50(フィフティ/フィフティ。どちらかの種が半々で産まれる状況)で、ネキリヘビの雄か母体となった種の雌しか産まれず、今の所、変わった種が産まれたと言う報告はない。
リリィを母体として使った場合、繁殖に関わる能力は人間部分に集約されているので、産まれてくる卵の数は1個か2個。
ネキリヘビが産まれて来た場合は雄とは言え大した利益にはならないので、国益貢献度の高い雌を母体として使えるなら褒賞額にも期待できる良い配合なのだが、リリィは産卵数も見込めない上に国益にも貢献できないので、家のマネー的にはゲロ不味という事になる。
まぁ、それでも成果報告としては十分なんだが。
これが蛇部分に生殖器があるタイプのラミア系なら、一度に10個以上産むのでネキリヘビが半分産まれると考えた場合、安いけど数が取れるので利益もそこそこの物になるのだが・・・う~む。
やはり、ここは色々な意味で断りたい所だな。リリィをチンボコ中毒にはしたくないし。
ただでさえ病んでるのに、そんなオプションまで付いたら、ただの痛い子になってしまう。
いや、今でも十分過ぎる程に痛いが。
しかし・・・このままでは俺を担当している役人からこっぴどく叱られてしまう。減給も免れない。
さて、どうしたものか。
なんとかミント辺りに変更してもらえないか交渉してみようか?
だが今回は先方からのお話だ。諸経費は向こう持ち。
相手も家の連中の中では一番ネキリヘビと相性の良いリリィがいいのだろう。
結論が出せず、うんうん悩んでいた所、唐突に手元の携帯へと着信があった。
液晶に記されている相手は、くだんの一さんだ。
雑音が入らない様、そそくさと自室のドアを閉めてから電話に出る。
「もしもし。お世話になります一ですが」
「どうもお世話になります。一さん」
最初に電話を貰った時も思ったが、ずいぶんと声が若い人だ。
「お見合いの件どうでしょうか? 私の方もそろそろレポートを作成しなくてはならないので、できれば次の満月にでもカップリングしたいのですが・・・」
どうやら、先方さんも、レポート作成に四苦八苦しているのは間違いないらしい。
「いやぁ、申し訳ない。家も切羽詰った状況なので、正直ありがたいお話だったのですが、リリィは家の秘蔵っ子ですので、色々考えた結果、今回は縁がなかったと言う事で・・・」
もったいない話なので、口から吐き出す直前まで悩んだが、結局やんわりと断る俺、
「ありゃあ、そうでしたか、家の子がネキリヘビなので、成功率が一番高そうなリリィさんを指定したのですが、でしたらミントさんでも、チャコールさんでもOKです。こちらとしてはお上に交尾報告ができるだけで十分ありがたいので。いかがでしょうか?」
なんとびっくり。別にリリィでなくても良いようだ。こっちから固体変更を持ちかけるまでもなく、話が進んでしまった。
「おお、それは願っても無いお話です。謹んでお受けいたしましょう」
ミントやチャコならなんの憂いもないので、さらっとOKしておいた。
「やったー! ありがとうございます! 良かったら、お見合い前に一度会ってお話しませんか? 当日までお互いに面識がないというのもあれなので」
「ええ。かまいませんよ」
その提案を快諾する俺。こうして一さんの日程が開く3日後に家へと一さんが来る事になった。
こっちから出向いても良かったのだが、家の飼育現場を一さんが見学したいとの事だった。
まぁ、なにも見せる所なんてない、ただの民家だよ。とは先に言っておいたが・・・。
~~~3日後~~~
この日、一さんは13時ぐらいに家に来るとの事だった。
先の電話で来訪が決まって以来、我が家ではちょっとしたお片づけイベントがあり、牧場長室(俺の自室)の人様には見せられない物を地下室へと運んだり、ミント小屋のエロ本やエロゲーやエロアイテムを地下室へ運んだり。ぐちゃぐちゃになってるチャコ小屋のいるんだかいらないんだかよくわからないものを地下室へ運んだりと、とにかくもう、住人の痛いアイテム類を全て地下室へとへしこんだ。
知人だって滅多に来ない我が家では、人様には見せられない色々な物がそこいらじゅうに溢れかえっていたのだ。
「さて、とりあえず迎える準備はできてるな。オメー達! 粗相の無い様にな!! 特にチャコ&ミント!! わかってるだろうな!!」
「OKOK 無問題だぜ!」
「大丈夫よ! 長さん! いきなり襲ったりはしない! たぶんきっと!!」
と、それぞれのいつも通りの反応に、そこはかとない不安がよぎるが、まぁ、大丈夫だろう。
リリィには何処の誰が来るのか話してあるが、縁談を持ちかけてきたブリーダーの来訪ともなれば、チャコはまだ良いとして、未だに魔物との交尾に難色しか示さないミントが知れば、この縁談をご破算へと導きかねないので、奴等にはお上に関連したVIPが来るとしか説明していない。
まぁ、相手はAランクブリーダーなので、嘘ではない。
そんなこんなで13時ちょっと前、普段鳴る事がほとんどない我が家のチャイムが鳴った。
「こんにちはー。一です」
インターホンから聞こえて来たのは、間違いなく、電話の声だった。
「はいはい。ただいまー。」
どたどたと慌しく駆けて行き、玄関のドアを開ける。
「あ、どうも始めまして。一九です。今日は宜しくお願いします」
開け放ったドアの向こうに居たのは、どデカイ鞄を持った20代前半ぐらいの小柄な女性だった。
「うん? あれ? 一さん??」
「はい。一九です」
こいつはびっくり。女の子かよ。てっきり男が来るものだと思っていたぜ。
ブリーダーと言えば少々の荒事や力仕事もあるために、女性にとっては肉体的に厳しい職業だ。
資格試験の際にも、実際に現場で起こりえるだろう事を想定した実地試験で、まず落ちる。
そんな女性にとって厳しい試験を、気合とガッツと才能で乗り越えた女性ブリーダーも極僅かに存在するとは聞いていたが、いやはや実物を見たのは初めてだ。
環境省のホームページでも、名前や所在地、保有している能力などは、一般人から見ても解る様に細かく記載されているが、性別は特に書いてないからなぁ・・・。
「いや、てっきり男性かと思ってたので、少々驚いてしまいました」
「あははは。ですよねー。私もブリーダーと聞いたら大体男の人を連想しますので、しかたがないかと」
苦笑いをしながらそう答える一さん。
「いやぁ、申し訳ない。さ、どうぞ、おあがりください」
非礼を詫びて真新しいスリッパを差出し室内へと招き入れる。
「はい。お邪魔します」
う~む、なんというか、その明るい笑顔や仕草を見るに、なんだか子犬っぽい人だな。尻尾があったら意味もなくブンブン振り回してるに違いない。
それが、俺が一さんに抱いた第一印象だった。
先の通り、女性がブリーダー試験に受かるのは並大抵の事ではない。
受かるとしたら、それはもう並々ならない努力が必要だ。
一さんが家に来て小一時間。家の面々と軽く自己紹介を済ませた後の事。
失礼ながら、とてもAランクブリーダーとは思えない残念な娘であることが判明してしまった。たった一時間でである。
唐突に
「うひゃあー!」
との叫び声が聞こえたと思ったら、何も無い所で転んでおり、我が家の品々をそこはかとなく破壊してみたり。(ただし本人は無傷)
渡した飲料を盛大に俺の股間付近へとぶちまけたと思えば、
「ぬわー! ごめんなさーい!!」
と半泣きで詫びつつ、こぼした飲料を拭き取ろうと行動するものの、なぜか開け放たれた社会の窓の内部へ、ズボりっ!と腕ごと進入して来て、我が息子へと直にクリティカル級の一撃をお見舞いしてきたり。
この時点で俺の意識は一時的にあっちの世界へと旅立ってしまうのだが、その後もなぜか執拗に股間付近をいじいじする事へ粘着したらしく、
「拭かなきゃ! 拭かなきゃ!! 拭かなきゃ!!」
彼女のその一声毎に、生命に関わる大事な部分へと素殴りがクリティカルヒット。
「イチジクさん!! ヤメテあげて!! 死んじゃうから!! おっさんの種とか死んぢゃうから!! イチジク!! おい!! イチ!!」
チャコの奴がそう叫びぐいぐい引っ張るものの全く止らない為、最後に彼女の頭にスパコーン!! と突っ込みを入れるまで一さんの凶行は続いたそうだ。
そして極めつけがコレ。
「・・・・・あの、一さん? これは??」
「はい。せっかくなので、蛇男も連れてきました。いいかなーと思って」
いや、いいかなーぢゃねぇよ!! 良くねーよ!!
比較的数の多いネキリヘビとは言え、魔物の♂は貴重品にして危険物でもある。
条件さえクリアすれば、人間社会での大幅な自由が許されるモン娘とは違い、該当施設以外では原則的に飼育禁止で、持ち出す時にだって専用のケージに入れて専用の車で運ぶと言う相応のうるさいルールがある。
それを、それをこんな普通の鞄の中にただ押し込んで、しかも公共の乗り物に乗せて持ち歩くとか、ぶっ飛んでるにも程があるだろ・・・・。
今は大人しく鞄の中で巻き糞の如くとぐろを巻いて大人しくしてるけど、軽く伸びをしただけでこんな鞄、ぶち破ってしまうんだぞ??
電車の中でこんなもんが出てきたら、一般人はパニックだ。
「にょわー!!! なんじゃこりゃあ!! これ魔物の♂ぢゃん!!! はっ!! さてはまた私にけしかける気かー!!!」
「おーおー。でっけぇ蛇だなぁ」
「あら~、これはいただけませんねぇ」
と、家の娘達も三者三様の反応。
クソぉ。ミントに見られたのは痛手だ。事前情報なしで当日けしかける予定だったのに、満月までまだかなり間がある。これでは対策を練られてしまうだろう。
いやそんな事よりどうなってるんだ!! この子の頭ん中は!! ブリーダー以前に常識が大分足りてねーんぢゃねーの!!
少なくとも俺が受けた時の試験水準なら、目の前のこの子は面接で落ちるレベルのポンコツだと思う。
能力不足のブリーダーが巻き起こした、不祥事やら事件やらが世間を騒がせた事も一度や二度ではないので、試験は年々厳しくなっており、今では俺が受けた時より遥かにキツイと聞いている。
そんな試験に一さんが受かったと言うだけでもびっくりなのだが、これでAランク認定を受けているのだから、全く持って謎だ。
とは言えこの試験。
ブリーダーなんて一握りの人間しか儲からないヤクザな職業なので、そんなもんになりたいと思う奴も少なく、適正となるアビを保有していても希望しない者がほとんどだ。
なので、受験者の能力が代えの効かない最適アビともなれば、試験をぶっちぎって才能のみで合格と言う希少な例もある。
もしかしたら一さんはそっちで通ったのかもしれない。
はて、HPに乗っていた一さんの能力はなんだったか?? 見たとは思うが、大して気にしてなかったのでど忘れしちまったなぁ。
「あの~、失礼ですが一さん。参考までに貴方の能力、聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。私のアビはですねぇ、ラック99って言う物らしいです!」
うん? うんきょくとな?? なんじゃそら?? 聞いた事ないな???
「え? うん? え~と、それはどんな能力なんでしょう??」
名前からではさっぱりわからんので、率直に聞いてみた。
「おおまかに言うと、ものすごく運が良いらしいんです。とは言え、私に把握できない所での細かい制約とか条件が揃った時にしか発動しないので、自分の意思では発動できないのですが・・・」
うんきょくって、運極かよ!! なんだよその最強能力! つーかそれって能力になるのかよ!!
「いやいやいや、ちょっとまって? て事はなに? もしかしてソイツが抜群に効果を発揮して、文字通り運良くブリーダー試験に合格しちまったって事?」
「まぁ、恐らく・・・・」
「とんでもねぇ能力だな・・・」
「いえ、それが運極とは名ばかりで、どこでどんな形で発動するかわからない、全く安定しない能力ですから、企業に運良く入社できても数日でクビになってしまう・・・なんて事はザラで、とうとうやけになって試験と言う物は片っ端から受けたのですが、それだって受かったのはブリーダー試験だけでしたので・・・」
おおぅ、て事は俺と同じ能力社会難民だったのか。
それについてはものすごく親近感を覚えるが、でもたぶん、この人が会社をクビになったのは別の所の能力が足りなさ過ぎるからなんぢゃないかと思ふ。
まぁ、それはさておき。どうするよこのネキリヘビ。今は寝ているが、起きちまったら事だぞ・・・。
蛇ゆえにまぶたがなく、目を閉じられないので開けたまま寝ている姿がシュールだが、見えている以上恐らく脳では既にこちらを認識しているハズだ。
これは非常に、不味い。
こんな危ないパンドラの鞄は、そっと蓋を閉めて一さんにはお帰り願おう。こんな事、糞五月蝿いお上にバレたら減給どころの騒ぎではない。
一切家とは無関係な案件を装って、我関せずで押し通すのが最良の選択だ。
「一さん・・・とりあえず魔物はこう簡単に持ち運んで良い物ではないので、今日の所はお互いの為にも一旦お引取りください・・・」
「ふぇええ!! そ、そうだったんですかー!!」
「いやいや、そうだったんですかー!ぢゃねぇよ! ブリーダーなら年1回義務付けられている講習で毎回言われる程の鉄板案件だよ!! 逆になんで♂の飼育許可証まで持ってる一流ブリーダーなのに知らないのさ!!」
「???? 私、年1回の講習なんて受けていませんよ??」
「え? うん?? なんだって???」
年1の講習をすっぽかすとお上からどやされて、繰り返される場合は資格を剥奪されてしまうから、こちとら毎回大差のない内容のつまらない講習を受けて辟易しているのに、このお嬢さんは今なんと言ったのか??
「うろ覚えですけど、去年の暮れにAランク認定証が送られてきた時、Aランクに認定したから5年に1度で良いとかなんとか書いてありましたので、まだ受けた事ないんですよ・・・ 私、ブリーダーになって半年位でなぜかAランク認定されてしまったので・・・」
な、なにー! 確か、A級に認定されるには最低条件の一つに数年の実務経験が必要なんぢゃなかったか?? どうあってもあの無駄講習を数回は受ける事になるはずだ。
いやまぁ、確かにランクはお上が勝手に決め付けるアテにならねぇもんだが、いくらなんでも最低条件さえぶっちぎるって、流石にずさんなお上仕事とは言え無いと信じたい。
ないよ・・・な? いや、あるわ。うん。奴等ならやりかねん。
俺の担当官も相当にいい加減だ。それを思い出し、一周して俺の思考はそう結論付けた。
「まぁ、講習云々はさておき、そんなワケなので、直ぐに連れ帰った方が良いですよ。役人連中は自分はいい加減なクセに、俺等が起こす不祥事には烈火の如く噛み付いてきますから」
「は、はい!」
俺はそう言い一さんの返事を聞きながら、鞄のチャックを掴んだ。
その時だ。手の動きに反応したのか、にょろ~んと、盛大に鎌首をもたげて起き上がる蛇男君。
おーまいがー。寝てると思ったのにめっさ起きてたー!! 目をつむってないからわっかり辛いんだよ!!
しかたがないから、その頭を押さえる様にして再度中へと押し込む。
んが、ガンとして踏ん張り抵抗する蛇男君。
「あの・・・一さん。ちょっとこの子しまってくれませんかね?」
「あ、はい。こら! 蛇男! 中に入って!! お家に帰るわよ!」
言いつつ一さんもぐいぐい頭を押し込むが、やっぱりガンとして突っ張り譲らない蛇男君。
「変ですね・・・満月の時だってこんなに興奮する子じゃないんですけど・・・」
見れば、確かに鼻息も荒く、やたらとシューシュー鳴らしている。
今現在、ここに居るのは俺と蛇男君を抜かせば雌ばかりだ。雌度が高いから興奮しているのだろう。
「おいお前達。蛇男君が興奮する要因だろうから、各々一旦小屋へ帰れ。ハウスだハウス!」
「はーい。言われないでも帰りまーす。性戦ならまだしも、関係ない時にレイPされたらたまりませんしー」
「あいよー。落ち着いたらまた見せてくれやー」
チャコ&ミントは各々そうぼやき、素直に小屋へと帰ろうと立ち上がる中、リリィだけは蛇男君を見つめ、こう言った。
「臭う・・・臭いますよ・・・ご主人様」
「えあ!? 俺臭い??? ちゃんと昨日風呂入ったぞ??」
どきりとして、咄嗟に体のあちこちを嗅いで見るが、自分では良くわからない。
くんくんくんくんやってみるが、やっぱりわからない。どうしよう。一さんにも臭いと思われていたのだろうか?
「ぬおー! あれかー! もうしかしてもう華麗に加齢臭が漂ってるのかー! ぬおーん!!」
絶望に打ちひしがれ両手で顔を覆い叫ぶ俺。
「ち、ちがいますよ!! ご主人様でもなければ加齢臭でもありません! そこのネキリヘビですよ! 完璧に発情しています」
「あ、あー、なんだそうか。発情臭か。それなら良いコトだ。当日になれば良い仕事してくれるだろう。覚悟しておけよ!ミント!!!」
ミントをズビシ! と指差し宣戦布告。
「ざけんなっし!! 返り討ちにするからね!!」
ミントと二人、目線で火花を散らす中、リリィはさらなるトドメを刺してくれた。
「いえ。この♂。ご主人様に対して発情しています・・・」
え? あ? うん?? なんだって????
「いや、これ♂だぞリリィ? 俺の尻の穴が狙われてるって事か?? 冗談キツイぜー HAHAHA」
「いいえ、冗談ではありません。ガチです。ガチホモセックルを狙っています。つまり完全にわたくしの敵です!!」
ハイライトの消えた目でそう言い切るリリィ。
だー!! マジかー!! リリィがヤンデレアイで敵認定するって事はガチだー!! 冗談だろー!! 冗談ぢゃねーよ!!
「たはー!! マジにウケルー!! やっちゃえ!やっちゃえー!!! 長さんも私の苦しみを味わえばいいのさー!!」
ミント。大喜び。
「ありゃあ、他のモン娘さんとの反応悪いと思ったら、蛇男ったらそんな趣味があったのですねぇ・・・これは興味深い」
そして止めるそぶりすらなく、鼻息荒くそれに乗っかる飼い主の一さん。
「わたくしの男に手を出すとは良い度胸です。その喧嘩買いましたよ」
そう言って、作業用の使い捨てゴム手袋を持ってきて蛇男君に投げつけるリリィ。
各々がそれぞれの反応を示す中、うねうねと俺に巻きついて来る蛇男君。ヤラナイカとばかりに。
「あーもうなんだよもったいねー。このプリン腐ってるぢゃねーかぁ」
チャコだけは特に関心を示さず(良く分かってないだけかもしれないが)冷蔵庫の賞味期限が切れたプリンに対して文句を垂れていた。
~~後編へ続く~~
いや、俺の場合はもうちょっとどころか、かなりソワソワしている。
それはもう、ソワソワどころかゾワゾワというか、ふんがー!というか、そんな名状し難き心情なのだ!!
なぜなら、お上へと一年の成果の報告書を提出しなければならない時期だから!
言うまでもなく、俺の今年のブリーダーとしての成果はゼロだ。
うん。
言わなくても分かるぐらいの成果なんだから、当然、書面にする程のなにかがあるわけない。
ないのだが、提出は義務であり責任。
今の俺の心境は、夏休み最後の日に丸々残った宿題をどうして片付けようか? いっそのこともうバックレちゃおうかな? てかバックレるしかないよな? アヒャ! と言う感じだ。
さて、それらを踏まえた上で、ある話を受けるか否か、俺は今、選択を迫られていた。
と言うのも、先日、同じ様に四苦八苦している同業者から、珍しく家の固体とのお見合い話が来たのだ。
既に悪名が各所に轟いている家の連中は、よっぽどの事がない限りご指名される事はない。
こっちから頭を下げて下げてお願いし、その結果、お断りされるのがデフォだ。
そんな珍しい事態なのだが、俺が迷うのには理由がある。
本来ならこれ幸いと喜々として受けるのだが、よりにもよって、先方が指定してきた固体はリリィ。
そう。相手のご希望はあのリリィさんなのだ。これがチャコやミントならなんの憂いも無かったのだが・・・。
この話が旧知の間柄である佐竹さんから振られた話なら、リリィでも悩む必要はなかったのだが、相手は名前を少し聞いた事がある程度の顔すら良く分からないブリーダーだ。
念のため、俺達の記録がざっくりと纏められている環境省のHPでブリーダー名簿を調べた所、そこそこの業績を残している一級ファームのオーナーにしてAランクブリーダーらしい。
先方さんの名前は一九。じゅうきゅうではなく、これでニノマエ イチジクと読むらしい。
難解な読み方故に、一度覚えてしまえば記憶に残る名前だったので、電話で名乗られた際に、あー、そういやちょっと前の会報に、そんな珍奇な名前の合格者が載ってたなぁ・・・と名前を思い返す事だけはできた。
んが、面識が無い以上、文字通り何処の馬の骨ともわからぬ奴である事に変わりは無い。
そんな奴が飼ってる♂と、我が家の秘蔵っ娘であるリリィをカップリングするのは、正直躊躇われる。
ついでに言えば、爬虫種の発情期は原則的に冬眠明けの春だ。♂は年中無休で発情しているものも多いが、♀に限ってはこの辺り、かなりシビアだ。
リリィはあの性格な上に繁殖の予定はなかったから冬眠すらさせていない。
(おしおきで半休眠はさせたが)
なので繁殖へのノリはすごぶる悪いと言わざるを得ない。
色々な不安不満材料が重なっている以上、正直、断りたいのが本音なんだが、置かれた現状を鑑みた場合は、受ける以外の選択はない。
念のため、送られて来たお見合い相手の情報も確認した所、ネキリヘビの蛇男君との事だった。
ネキリヘビとは、蛇龍目、龍王科、ネキリヘビ属、ネキリヘビ種となる3メートル程のでっかい蛇で、ラミア系と相性の良い爬虫類型の魔物だ。
パッと見はただの大蛇なのだが、この魔物の特徴はその名前に集約されている。根を切るのだ。
なんの根か? それは自分の根。つまりこの場合の根とは男根の事を指す。
この蛇型魔物の交尾時間は平均24時間にもおよぶのだが、それ自体は普通の蛇でもある事なので、そう驚く事ではない。
問題はその後、接合から離れる際に、この蛇は自分の男根をトカゲが尾を切り離すが如く自切し、雌の体内にイチモツを残す。
イチモツには予備タンクに相当する精巣が複数あり、雌の体内に残された男根はこの精巣が空になるまで射精を続けるのだ。
このイチモツは切り離された際に、返し状になっている硬い突起がいくつも飛び出し、雌の体内に根を張るかの如くめり込む。
無理に引き抜くと内部を傷つけてしまう程に凶悪な自己主張のおかげで、主が無くとも簡単には抜け落ちない構造になっている。
種を撃ち出し切るまでは縮む事もなく引き抜けない、延々と快楽をもたらすこのイチモツは、大変凶悪な代物だ。
実際問題、魔物被害で人間の女性が襲われたケースもあるらしいが、その際の被害者は皆、快楽漬けにされた結果、イカレてしまったそうだ。
これはモン娘でもありえる事で、頑なに魔物との交尾を拒む雌の調教としても利用できる。
もっとも、アヘり狂った挙句にイカレてしまうので、その後、別の意味で厄介な固体になってしまうが。
なので、相手の指定がミントだったら、元々イカレているみたいなものなので、渡りに船な案件だったのだが・・・。
この繁殖形態のおかげで、ネキリヘビとの配合は特殊な繁殖形態を持たない種と比べて、若干受精率が良い事が判明している。
ネキリヘビ自体は、使い終わって抜け落ちたペニスが強力な精力剤として利用できる程度で、大した国益にならない種なのだが、この繁殖形態のおかげで種親としては極めて優秀であり、多様するブリーダーは少なくない。
そんな良く使われる種なので、産まれてくる子もオーソドックスな50/50(フィフティ/フィフティ。どちらかの種が半々で産まれる状況)で、ネキリヘビの雄か母体となった種の雌しか産まれず、今の所、変わった種が産まれたと言う報告はない。
リリィを母体として使った場合、繁殖に関わる能力は人間部分に集約されているので、産まれてくる卵の数は1個か2個。
ネキリヘビが産まれて来た場合は雄とは言え大した利益にはならないので、国益貢献度の高い雌を母体として使えるなら褒賞額にも期待できる良い配合なのだが、リリィは産卵数も見込めない上に国益にも貢献できないので、家のマネー的にはゲロ不味という事になる。
まぁ、それでも成果報告としては十分なんだが。
これが蛇部分に生殖器があるタイプのラミア系なら、一度に10個以上産むのでネキリヘビが半分産まれると考えた場合、安いけど数が取れるので利益もそこそこの物になるのだが・・・う~む。
やはり、ここは色々な意味で断りたい所だな。リリィをチンボコ中毒にはしたくないし。
ただでさえ病んでるのに、そんなオプションまで付いたら、ただの痛い子になってしまう。
いや、今でも十分過ぎる程に痛いが。
しかし・・・このままでは俺を担当している役人からこっぴどく叱られてしまう。減給も免れない。
さて、どうしたものか。
なんとかミント辺りに変更してもらえないか交渉してみようか?
だが今回は先方からのお話だ。諸経費は向こう持ち。
相手も家の連中の中では一番ネキリヘビと相性の良いリリィがいいのだろう。
結論が出せず、うんうん悩んでいた所、唐突に手元の携帯へと着信があった。
液晶に記されている相手は、くだんの一さんだ。
雑音が入らない様、そそくさと自室のドアを閉めてから電話に出る。
「もしもし。お世話になります一ですが」
「どうもお世話になります。一さん」
最初に電話を貰った時も思ったが、ずいぶんと声が若い人だ。
「お見合いの件どうでしょうか? 私の方もそろそろレポートを作成しなくてはならないので、できれば次の満月にでもカップリングしたいのですが・・・」
どうやら、先方さんも、レポート作成に四苦八苦しているのは間違いないらしい。
「いやぁ、申し訳ない。家も切羽詰った状況なので、正直ありがたいお話だったのですが、リリィは家の秘蔵っ子ですので、色々考えた結果、今回は縁がなかったと言う事で・・・」
もったいない話なので、口から吐き出す直前まで悩んだが、結局やんわりと断る俺、
「ありゃあ、そうでしたか、家の子がネキリヘビなので、成功率が一番高そうなリリィさんを指定したのですが、でしたらミントさんでも、チャコールさんでもOKです。こちらとしてはお上に交尾報告ができるだけで十分ありがたいので。いかがでしょうか?」
なんとびっくり。別にリリィでなくても良いようだ。こっちから固体変更を持ちかけるまでもなく、話が進んでしまった。
「おお、それは願っても無いお話です。謹んでお受けいたしましょう」
ミントやチャコならなんの憂いもないので、さらっとOKしておいた。
「やったー! ありがとうございます! 良かったら、お見合い前に一度会ってお話しませんか? 当日までお互いに面識がないというのもあれなので」
「ええ。かまいませんよ」
その提案を快諾する俺。こうして一さんの日程が開く3日後に家へと一さんが来る事になった。
こっちから出向いても良かったのだが、家の飼育現場を一さんが見学したいとの事だった。
まぁ、なにも見せる所なんてない、ただの民家だよ。とは先に言っておいたが・・・。
~~~3日後~~~
この日、一さんは13時ぐらいに家に来るとの事だった。
先の電話で来訪が決まって以来、我が家ではちょっとしたお片づけイベントがあり、牧場長室(俺の自室)の人様には見せられない物を地下室へと運んだり、ミント小屋のエロ本やエロゲーやエロアイテムを地下室へ運んだり。ぐちゃぐちゃになってるチャコ小屋のいるんだかいらないんだかよくわからないものを地下室へ運んだりと、とにかくもう、住人の痛いアイテム類を全て地下室へとへしこんだ。
知人だって滅多に来ない我が家では、人様には見せられない色々な物がそこいらじゅうに溢れかえっていたのだ。
「さて、とりあえず迎える準備はできてるな。オメー達! 粗相の無い様にな!! 特にチャコ&ミント!! わかってるだろうな!!」
「OKOK 無問題だぜ!」
「大丈夫よ! 長さん! いきなり襲ったりはしない! たぶんきっと!!」
と、それぞれのいつも通りの反応に、そこはかとない不安がよぎるが、まぁ、大丈夫だろう。
リリィには何処の誰が来るのか話してあるが、縁談を持ちかけてきたブリーダーの来訪ともなれば、チャコはまだ良いとして、未だに魔物との交尾に難色しか示さないミントが知れば、この縁談をご破算へと導きかねないので、奴等にはお上に関連したVIPが来るとしか説明していない。
まぁ、相手はAランクブリーダーなので、嘘ではない。
そんなこんなで13時ちょっと前、普段鳴る事がほとんどない我が家のチャイムが鳴った。
「こんにちはー。一です」
インターホンから聞こえて来たのは、間違いなく、電話の声だった。
「はいはい。ただいまー。」
どたどたと慌しく駆けて行き、玄関のドアを開ける。
「あ、どうも始めまして。一九です。今日は宜しくお願いします」
開け放ったドアの向こうに居たのは、どデカイ鞄を持った20代前半ぐらいの小柄な女性だった。
「うん? あれ? 一さん??」
「はい。一九です」
こいつはびっくり。女の子かよ。てっきり男が来るものだと思っていたぜ。
ブリーダーと言えば少々の荒事や力仕事もあるために、女性にとっては肉体的に厳しい職業だ。
資格試験の際にも、実際に現場で起こりえるだろう事を想定した実地試験で、まず落ちる。
そんな女性にとって厳しい試験を、気合とガッツと才能で乗り越えた女性ブリーダーも極僅かに存在するとは聞いていたが、いやはや実物を見たのは初めてだ。
環境省のホームページでも、名前や所在地、保有している能力などは、一般人から見ても解る様に細かく記載されているが、性別は特に書いてないからなぁ・・・。
「いや、てっきり男性かと思ってたので、少々驚いてしまいました」
「あははは。ですよねー。私もブリーダーと聞いたら大体男の人を連想しますので、しかたがないかと」
苦笑いをしながらそう答える一さん。
「いやぁ、申し訳ない。さ、どうぞ、おあがりください」
非礼を詫びて真新しいスリッパを差出し室内へと招き入れる。
「はい。お邪魔します」
う~む、なんというか、その明るい笑顔や仕草を見るに、なんだか子犬っぽい人だな。尻尾があったら意味もなくブンブン振り回してるに違いない。
それが、俺が一さんに抱いた第一印象だった。
先の通り、女性がブリーダー試験に受かるのは並大抵の事ではない。
受かるとしたら、それはもう並々ならない努力が必要だ。
一さんが家に来て小一時間。家の面々と軽く自己紹介を済ませた後の事。
失礼ながら、とてもAランクブリーダーとは思えない残念な娘であることが判明してしまった。たった一時間でである。
唐突に
「うひゃあー!」
との叫び声が聞こえたと思ったら、何も無い所で転んでおり、我が家の品々をそこはかとなく破壊してみたり。(ただし本人は無傷)
渡した飲料を盛大に俺の股間付近へとぶちまけたと思えば、
「ぬわー! ごめんなさーい!!」
と半泣きで詫びつつ、こぼした飲料を拭き取ろうと行動するものの、なぜか開け放たれた社会の窓の内部へ、ズボりっ!と腕ごと進入して来て、我が息子へと直にクリティカル級の一撃をお見舞いしてきたり。
この時点で俺の意識は一時的にあっちの世界へと旅立ってしまうのだが、その後もなぜか執拗に股間付近をいじいじする事へ粘着したらしく、
「拭かなきゃ! 拭かなきゃ!! 拭かなきゃ!!」
彼女のその一声毎に、生命に関わる大事な部分へと素殴りがクリティカルヒット。
「イチジクさん!! ヤメテあげて!! 死んじゃうから!! おっさんの種とか死んぢゃうから!! イチジク!! おい!! イチ!!」
チャコの奴がそう叫びぐいぐい引っ張るものの全く止らない為、最後に彼女の頭にスパコーン!! と突っ込みを入れるまで一さんの凶行は続いたそうだ。
そして極めつけがコレ。
「・・・・・あの、一さん? これは??」
「はい。せっかくなので、蛇男も連れてきました。いいかなーと思って」
いや、いいかなーぢゃねぇよ!! 良くねーよ!!
比較的数の多いネキリヘビとは言え、魔物の♂は貴重品にして危険物でもある。
条件さえクリアすれば、人間社会での大幅な自由が許されるモン娘とは違い、該当施設以外では原則的に飼育禁止で、持ち出す時にだって専用のケージに入れて専用の車で運ぶと言う相応のうるさいルールがある。
それを、それをこんな普通の鞄の中にただ押し込んで、しかも公共の乗り物に乗せて持ち歩くとか、ぶっ飛んでるにも程があるだろ・・・・。
今は大人しく鞄の中で巻き糞の如くとぐろを巻いて大人しくしてるけど、軽く伸びをしただけでこんな鞄、ぶち破ってしまうんだぞ??
電車の中でこんなもんが出てきたら、一般人はパニックだ。
「にょわー!!! なんじゃこりゃあ!! これ魔物の♂ぢゃん!!! はっ!! さてはまた私にけしかける気かー!!!」
「おーおー。でっけぇ蛇だなぁ」
「あら~、これはいただけませんねぇ」
と、家の娘達も三者三様の反応。
クソぉ。ミントに見られたのは痛手だ。事前情報なしで当日けしかける予定だったのに、満月までまだかなり間がある。これでは対策を練られてしまうだろう。
いやそんな事よりどうなってるんだ!! この子の頭ん中は!! ブリーダー以前に常識が大分足りてねーんぢゃねーの!!
少なくとも俺が受けた時の試験水準なら、目の前のこの子は面接で落ちるレベルのポンコツだと思う。
能力不足のブリーダーが巻き起こした、不祥事やら事件やらが世間を騒がせた事も一度や二度ではないので、試験は年々厳しくなっており、今では俺が受けた時より遥かにキツイと聞いている。
そんな試験に一さんが受かったと言うだけでもびっくりなのだが、これでAランク認定を受けているのだから、全く持って謎だ。
とは言えこの試験。
ブリーダーなんて一握りの人間しか儲からないヤクザな職業なので、そんなもんになりたいと思う奴も少なく、適正となるアビを保有していても希望しない者がほとんどだ。
なので、受験者の能力が代えの効かない最適アビともなれば、試験をぶっちぎって才能のみで合格と言う希少な例もある。
もしかしたら一さんはそっちで通ったのかもしれない。
はて、HPに乗っていた一さんの能力はなんだったか?? 見たとは思うが、大して気にしてなかったのでど忘れしちまったなぁ。
「あの~、失礼ですが一さん。参考までに貴方の能力、聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。私のアビはですねぇ、ラック99って言う物らしいです!」
うん? うんきょくとな?? なんじゃそら?? 聞いた事ないな???
「え? うん? え~と、それはどんな能力なんでしょう??」
名前からではさっぱりわからんので、率直に聞いてみた。
「おおまかに言うと、ものすごく運が良いらしいんです。とは言え、私に把握できない所での細かい制約とか条件が揃った時にしか発動しないので、自分の意思では発動できないのですが・・・」
うんきょくって、運極かよ!! なんだよその最強能力! つーかそれって能力になるのかよ!!
「いやいやいや、ちょっとまって? て事はなに? もしかしてソイツが抜群に効果を発揮して、文字通り運良くブリーダー試験に合格しちまったって事?」
「まぁ、恐らく・・・・」
「とんでもねぇ能力だな・・・」
「いえ、それが運極とは名ばかりで、どこでどんな形で発動するかわからない、全く安定しない能力ですから、企業に運良く入社できても数日でクビになってしまう・・・なんて事はザラで、とうとうやけになって試験と言う物は片っ端から受けたのですが、それだって受かったのはブリーダー試験だけでしたので・・・」
おおぅ、て事は俺と同じ能力社会難民だったのか。
それについてはものすごく親近感を覚えるが、でもたぶん、この人が会社をクビになったのは別の所の能力が足りなさ過ぎるからなんぢゃないかと思ふ。
まぁ、それはさておき。どうするよこのネキリヘビ。今は寝ているが、起きちまったら事だぞ・・・。
蛇ゆえにまぶたがなく、目を閉じられないので開けたまま寝ている姿がシュールだが、見えている以上恐らく脳では既にこちらを認識しているハズだ。
これは非常に、不味い。
こんな危ないパンドラの鞄は、そっと蓋を閉めて一さんにはお帰り願おう。こんな事、糞五月蝿いお上にバレたら減給どころの騒ぎではない。
一切家とは無関係な案件を装って、我関せずで押し通すのが最良の選択だ。
「一さん・・・とりあえず魔物はこう簡単に持ち運んで良い物ではないので、今日の所はお互いの為にも一旦お引取りください・・・」
「ふぇええ!! そ、そうだったんですかー!!」
「いやいや、そうだったんですかー!ぢゃねぇよ! ブリーダーなら年1回義務付けられている講習で毎回言われる程の鉄板案件だよ!! 逆になんで♂の飼育許可証まで持ってる一流ブリーダーなのに知らないのさ!!」
「???? 私、年1回の講習なんて受けていませんよ??」
「え? うん?? なんだって???」
年1の講習をすっぽかすとお上からどやされて、繰り返される場合は資格を剥奪されてしまうから、こちとら毎回大差のない内容のつまらない講習を受けて辟易しているのに、このお嬢さんは今なんと言ったのか??
「うろ覚えですけど、去年の暮れにAランク認定証が送られてきた時、Aランクに認定したから5年に1度で良いとかなんとか書いてありましたので、まだ受けた事ないんですよ・・・ 私、ブリーダーになって半年位でなぜかAランク認定されてしまったので・・・」
な、なにー! 確か、A級に認定されるには最低条件の一つに数年の実務経験が必要なんぢゃなかったか?? どうあってもあの無駄講習を数回は受ける事になるはずだ。
いやまぁ、確かにランクはお上が勝手に決め付けるアテにならねぇもんだが、いくらなんでも最低条件さえぶっちぎるって、流石にずさんなお上仕事とは言え無いと信じたい。
ないよ・・・な? いや、あるわ。うん。奴等ならやりかねん。
俺の担当官も相当にいい加減だ。それを思い出し、一周して俺の思考はそう結論付けた。
「まぁ、講習云々はさておき、そんなワケなので、直ぐに連れ帰った方が良いですよ。役人連中は自分はいい加減なクセに、俺等が起こす不祥事には烈火の如く噛み付いてきますから」
「は、はい!」
俺はそう言い一さんの返事を聞きながら、鞄のチャックを掴んだ。
その時だ。手の動きに反応したのか、にょろ~んと、盛大に鎌首をもたげて起き上がる蛇男君。
おーまいがー。寝てると思ったのにめっさ起きてたー!! 目をつむってないからわっかり辛いんだよ!!
しかたがないから、その頭を押さえる様にして再度中へと押し込む。
んが、ガンとして踏ん張り抵抗する蛇男君。
「あの・・・一さん。ちょっとこの子しまってくれませんかね?」
「あ、はい。こら! 蛇男! 中に入って!! お家に帰るわよ!」
言いつつ一さんもぐいぐい頭を押し込むが、やっぱりガンとして突っ張り譲らない蛇男君。
「変ですね・・・満月の時だってこんなに興奮する子じゃないんですけど・・・」
見れば、確かに鼻息も荒く、やたらとシューシュー鳴らしている。
今現在、ここに居るのは俺と蛇男君を抜かせば雌ばかりだ。雌度が高いから興奮しているのだろう。
「おいお前達。蛇男君が興奮する要因だろうから、各々一旦小屋へ帰れ。ハウスだハウス!」
「はーい。言われないでも帰りまーす。性戦ならまだしも、関係ない時にレイPされたらたまりませんしー」
「あいよー。落ち着いたらまた見せてくれやー」
チャコ&ミントは各々そうぼやき、素直に小屋へと帰ろうと立ち上がる中、リリィだけは蛇男君を見つめ、こう言った。
「臭う・・・臭いますよ・・・ご主人様」
「えあ!? 俺臭い??? ちゃんと昨日風呂入ったぞ??」
どきりとして、咄嗟に体のあちこちを嗅いで見るが、自分では良くわからない。
くんくんくんくんやってみるが、やっぱりわからない。どうしよう。一さんにも臭いと思われていたのだろうか?
「ぬおー! あれかー! もうしかしてもう華麗に加齢臭が漂ってるのかー! ぬおーん!!」
絶望に打ちひしがれ両手で顔を覆い叫ぶ俺。
「ち、ちがいますよ!! ご主人様でもなければ加齢臭でもありません! そこのネキリヘビですよ! 完璧に発情しています」
「あ、あー、なんだそうか。発情臭か。それなら良いコトだ。当日になれば良い仕事してくれるだろう。覚悟しておけよ!ミント!!!」
ミントをズビシ! と指差し宣戦布告。
「ざけんなっし!! 返り討ちにするからね!!」
ミントと二人、目線で火花を散らす中、リリィはさらなるトドメを刺してくれた。
「いえ。この♂。ご主人様に対して発情しています・・・」
え? あ? うん?? なんだって????
「いや、これ♂だぞリリィ? 俺の尻の穴が狙われてるって事か?? 冗談キツイぜー HAHAHA」
「いいえ、冗談ではありません。ガチです。ガチホモセックルを狙っています。つまり完全にわたくしの敵です!!」
ハイライトの消えた目でそう言い切るリリィ。
だー!! マジかー!! リリィがヤンデレアイで敵認定するって事はガチだー!! 冗談だろー!! 冗談ぢゃねーよ!!
「たはー!! マジにウケルー!! やっちゃえ!やっちゃえー!!! 長さんも私の苦しみを味わえばいいのさー!!」
ミント。大喜び。
「ありゃあ、他のモン娘さんとの反応悪いと思ったら、蛇男ったらそんな趣味があったのですねぇ・・・これは興味深い」
そして止めるそぶりすらなく、鼻息荒くそれに乗っかる飼い主の一さん。
「わたくしの男に手を出すとは良い度胸です。その喧嘩買いましたよ」
そう言って、作業用の使い捨てゴム手袋を持ってきて蛇男君に投げつけるリリィ。
各々がそれぞれの反応を示す中、うねうねと俺に巻きついて来る蛇男君。ヤラナイカとばかりに。
「あーもうなんだよもったいねー。このプリン腐ってるぢゃねーかぁ」
チャコだけは特に関心を示さず(良く分かってないだけかもしれないが)冷蔵庫の賞味期限が切れたプリンに対して文句を垂れていた。
~~後編へ続く~~
応援ありがとうございます!
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