NLP ーNecromancy Laid Programmingー

七里田発泡

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発作

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 僕と坂上を結びつけてくれたほんの些細な偶然の積み重ねだった。きっかけとなるものがなければ僕らの関係性はずっと平行線をたどり、決して交わることはなかっただろう。たまたま僕が忘れ物をしていなければ、そしてたまたま坂上が遅くまで学校に居残っていなければ僕らはいつまでも他人同士のままだったと思う。

 本来交わるはずのない僕らが互いの存在を認めはじめたのは冬のある日のことであった。その日、僕は帰り道の途中で机の引き出しに担任から宿題として出された算数のプリント用紙を置きっぱなしにしていることに気づき、いちど教室に引き返そうとしていた。冬の寒空の下、僕は白い息を吐きながら正門をくぐり、昇降口へと向かっていた。幸いなことに昇降口のドアは開いたままだった。

 鍵を閉められてしまう前にさっさと宿題を回収しようと思い、僕は急いでシューズを下駄箱にを入れ、上履きに履き替え、階段を素早く駆け上がった。階段の踊り場で他のクラスの連中と何人かすれ違った。思えばホームルームが終わってから大して時間が経っていない。そこで校舎にまだ生徒が残っていたとしても何らおかしくはないことにようやく気づいた。

 まだ時間に余裕がある。こんなことなら慌てて学校に戻る必要はなかったのにと僕は何だか損した気分になった。そもそもホームルームが終わっても学校に残る生徒がいること自体が信じがたいことなのだ。いったい何が楽しくてそんなことをやっているのだろう。友人と語り合う場が欲しいのならば別に学校でなくとも近くの公園や友達の家でもどこでも良いはずだ。

 教室へと続く廊下は不気味なほどの静けさに包まれていた。僕の足音が廊下の向こう側まで反響する。校舎にはもう僕1人しか残っていないのだろうか。

 ふと窓の外を見遣るとグラウンドを横切り、裏門に向かって寒そうに歩いている先ほどすれ違った生徒たちの姿が見えた。太陽は西の方角にある美萩山の稜線に顔半分ほど沈み、校庭にあるジャングルジムやブランコなどの遊具が夕焼け色に染まっていた。

 夕日は思い出したくもない過去を僕に思い出させた。真っ赤な夕日から血液の色が、そして血液の色からアスファルトの上に飛び散った血だまりや肉の拉げる音が、といったふうに数珠繋ぎとなったイメージが次々と頭の中でパッパッパッと明滅していく。あり得ない方向に折れ曲がった四肢、潰れた両足とその断面、腹から飛び出した内臓と思しき何か、壮絶な死に顔を浮かべる兄、野次馬たちの好奇の目。

 あの日の記憶がありありとよみがえり、僕の心は突如として安定を失いはじめた。何とか気分を落ち着かせようと僕は強く何度も自分に大丈夫だと言い聞かせてみたが重苦しい不安や焦燥感は増していくばかりであった。胸が激しく波打ち、呼吸は乱れた。いよいよ立っていられなくなった僕はたまらずその場にしゃがみこんだ。深呼吸しようにも肺が酸素を受け入れてくれず息をすることさえままならなかった。

 冷たいリノリウムの床が次第にぼやけて見え、このままでは意識を失ってしまうかもしれないと思い始めたその時。前方から誰かの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 校内にまだ生徒が残っていないか先生が見回りをしているのだ。心から救われる思いがした。これまでの人生において誰かの存在がいるということにこれほど感謝したことはなかった。やがてその足音は僕の目の前までやってきてぴたりと止み、僕は朦朧とする意識の中で足音の主の顔を拝もうとゆっくりと目線をあげた。

「なにやってんの?」

 視線の先に先生はいなかった。代わりにいたのは床に這いつくばっている僕の醜態をけらけらと笑う転校生、坂上秀一だけだった。
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