14 / 31
尋問
しおりを挟む
帰り道の途中で公園の時計で今が何時なのか確認する。時刻は7時を過ぎていた。存外遅い時間になっていた。幸いなことに僕の家は坂上のアパートから程近い場所にあった。距離にしておよそ400メートル。子供である僕の足で歩いても5分も掛からない。
まばらな街灯の灯りを頼りにすっかり暗くなってしまった夜道を歩きながら僕は考えていた。坂上のこと、自分を取り巻く環境のこと、あるいは母について。
ひょっとすると僕は『不幸である自分』というものに特別な何かを見出していたのではないだろうか。自分と同等か、もしくはそれ以上に不遇な生い立ちの人物が自分の人生に現れたという事実が何を意味しているのか、どのように受け止めればいいのか僕には分からなかった。
考えれば考えるほど、自分がどんどん見えなくなっていった。夜の闇と一緒に自分という存在までもが跡形もなく溶けて消えていくような錯覚さえ覚えた。暗く閉ざされた未来に思いを馳せてみたが、どれだけ待っても何かが見えてくることはなかった。
◆◆◆◆
「遅かったわね。こんな時間になるまでいったい何をしていたの?」
ワンプレート皿にはハンバーグ、スーパーのカット野菜、白米が盛りつけられていた。付け合わせにインスタントの味噌汁。いつもと変わらない普段通りの献立がテーブルの上に並べられている。違うことと言えば、料理が冷たくなってしまっていることと僕に対する母の態度くらいだろう。
「答えなさい。何をしていたの?」
テーブルを挟んだ向かい側に剣呑な雰囲気を漂わせている母が座っている。爬虫類を思わせる切れ長の目で睨みつけられ、僕は石になる他なかった。黙っていても母は矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。僕の精神は崖ぎりぎりまで追いやられていた。1歩でも踏み外してしまえば僕は真っ逆さまに落っこちてしまうだろう。固い地面に衝突し、脳漿を撒き散らしながら死んでいる自分の姿を想像してみる。
崖っぷちに立たされている自分。自然の法則に従うがまま真っ逆さまに落ちていく自分。地面にぶつかりバラバラに砕け散ってしまう自分。破滅のイメージがまるで一枚画のように頭の中で次々と投影されていく度に心臓が跳ねあがる。最後に浮かんできた画はアスファルトに横たわっている兄の死体だった。膝の上で握りこぶしをつくり、震える声で友達と遊んでいたことを母に伝える。
大丈夫。僕は大丈夫。自分に強く言い聞かせながらやっとの思いで母の質問に答えた。頭が真っ白になっているからか、いつもより口の周りの筋肉がこわばっている気がした。
「あんたが? 友達と?」
僕が静かに首を縦に振ると、母は鼻先でせせら笑った。
「その友達って本当にいる? その場しのぎの嘘だったらすぐにバレるから早めに本当のことを言った方がいいわよ。怒らないのは今だけだからね」
「嘘じゃないよ。本当に友達と遊んでたんだ」
「名前は?」
「え?」
「鈍いわね。友達の名前よ」
母は視線を僕から僅かに逸らし、電話機のある方をちらっと見て、それからまた視線を僕の方に戻した。口元が微かに緩んでいる。母の瞳に嗜虐の色が宿っているのを僕は見過ごさなかった。
「その子の親に言ってやるのよ。ウチの子を夜遅くまで連れ回すなんてお宅はいったいどういう教育をなさっているんですかって。ママ友に聞いて回れば、知らない子の連絡先だってすぐに分かるんだからね。田舎って良くも悪くも大らかな性格の人が多いから聞けば何だって答えてくれるのよ」
まばらな街灯の灯りを頼りにすっかり暗くなってしまった夜道を歩きながら僕は考えていた。坂上のこと、自分を取り巻く環境のこと、あるいは母について。
ひょっとすると僕は『不幸である自分』というものに特別な何かを見出していたのではないだろうか。自分と同等か、もしくはそれ以上に不遇な生い立ちの人物が自分の人生に現れたという事実が何を意味しているのか、どのように受け止めればいいのか僕には分からなかった。
考えれば考えるほど、自分がどんどん見えなくなっていった。夜の闇と一緒に自分という存在までもが跡形もなく溶けて消えていくような錯覚さえ覚えた。暗く閉ざされた未来に思いを馳せてみたが、どれだけ待っても何かが見えてくることはなかった。
◆◆◆◆
「遅かったわね。こんな時間になるまでいったい何をしていたの?」
ワンプレート皿にはハンバーグ、スーパーのカット野菜、白米が盛りつけられていた。付け合わせにインスタントの味噌汁。いつもと変わらない普段通りの献立がテーブルの上に並べられている。違うことと言えば、料理が冷たくなってしまっていることと僕に対する母の態度くらいだろう。
「答えなさい。何をしていたの?」
テーブルを挟んだ向かい側に剣呑な雰囲気を漂わせている母が座っている。爬虫類を思わせる切れ長の目で睨みつけられ、僕は石になる他なかった。黙っていても母は矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。僕の精神は崖ぎりぎりまで追いやられていた。1歩でも踏み外してしまえば僕は真っ逆さまに落っこちてしまうだろう。固い地面に衝突し、脳漿を撒き散らしながら死んでいる自分の姿を想像してみる。
崖っぷちに立たされている自分。自然の法則に従うがまま真っ逆さまに落ちていく自分。地面にぶつかりバラバラに砕け散ってしまう自分。破滅のイメージがまるで一枚画のように頭の中で次々と投影されていく度に心臓が跳ねあがる。最後に浮かんできた画はアスファルトに横たわっている兄の死体だった。膝の上で握りこぶしをつくり、震える声で友達と遊んでいたことを母に伝える。
大丈夫。僕は大丈夫。自分に強く言い聞かせながらやっとの思いで母の質問に答えた。頭が真っ白になっているからか、いつもより口の周りの筋肉がこわばっている気がした。
「あんたが? 友達と?」
僕が静かに首を縦に振ると、母は鼻先でせせら笑った。
「その友達って本当にいる? その場しのぎの嘘だったらすぐにバレるから早めに本当のことを言った方がいいわよ。怒らないのは今だけだからね」
「嘘じゃないよ。本当に友達と遊んでたんだ」
「名前は?」
「え?」
「鈍いわね。友達の名前よ」
母は視線を僕から僅かに逸らし、電話機のある方をちらっと見て、それからまた視線を僕の方に戻した。口元が微かに緩んでいる。母の瞳に嗜虐の色が宿っているのを僕は見過ごさなかった。
「その子の親に言ってやるのよ。ウチの子を夜遅くまで連れ回すなんてお宅はいったいどういう教育をなさっているんですかって。ママ友に聞いて回れば、知らない子の連絡先だってすぐに分かるんだからね。田舎って良くも悪くも大らかな性格の人が多いから聞けば何だって答えてくれるのよ」
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
霊和怪異譚 野花と野薔薇[改稿前]
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
本作は改稿前/改稿後の複数バージョンが存在します
掲載媒体ごとに内容が異なる場合があります。
改稿後小説作品はカイタとネオページで見られます
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
「お前のカメラ、ずっと映ってるよ」〜ホラースポット配信者が気づいた時には、もう遅かった〜
まさき
ホラー
ホラースポット専門のYouTuber・桐島悠は、霊も怪異も一切信じない合理主義者だ。
ある廃病院での配信中、今まで感じたことのない「違和感」を覚えた。しかし撮影は無事終了。その後も普通に配信を続け、あの夜のことなど忘れかけていた頃——深夜、金縛りにあう。
疲れてるだけだ。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
記憶の空白。知らない足跡。動画に毎回映り込む、同じ女の姿。そして——「やっと、見つけた」という声。
カメラが映し続けていたのは、心霊スポットではなかった。もっとずっと、近いところにいるものだった。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる