追放されたけどFIREを目指して準備していたので問題はない

君山洋太朗

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8話 未来への一歩

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夕暮れ時の宿屋の一室。窓から差し込む橙色の光が、机の上に広げられた帳簿の山を照らしていた。

「ふむ」

レオンは万年筆を走らせながら、最後の計算を終えた。三年分の収支がすべて記された帳簿には、彼特有の几帳面な文字が並んでいる。

「予想以上だな」

彼は満足げに微笑んだ。計算結果は、当初の見込みを大きく上回っていた。

「三年間の純利益が約50万ゴールド。そこにボーナスとして『価値転換』による利益が約100万ゴールド」

レオンは新しいページを開き、数字を書き写していく。

「パーティーでの取り分が20%だから、俺の手元には30万ゴールド」

その額は、一般的な冒険者なら3年どころか5年かかっても貯められない金額だった。

「まあ、あいつらには教えなかったけどね」

薄暗い部屋の中で、レオンは独り言を続ける。

「『価値転換』で高めた素材の一部を、別ルートで売却していたこと」

彼は懐から、もう一冊の帳簿を取り出した。表紙には「副業収支」と記されている。

「これを含めると…そうだな。手元の総資産は約50万ゴールドってところか」

レオンは満足げに頷く。これだけの資産があれば、FIRE達成までの道筋は見えていた。

「本来の計画より一年以上は短縮できる」

彼は新しいページに、今後の収支計画を書き始めた。文字の一つ一つには、未来への確信が込められている。

「まずは、この街の不動産相場を調べる必要があるな」

計画を練りながら、レオンは窓の外に目をやった。夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。

「あいつらも、そろそろ気付いているだろうな」

彼は薄く笑う。

「俺がいない『無限の旅人』が、どれだけ非効率なパーティーなのかを」

* * *

翌朝。レオンは早々に宿を出て、街の不動産屋を訪れていた。

「へぇ、なるほど」

彼は興味深そうに、店主の説明に耳を傾ける。

「つまり、街の東側は開発が遅れているから、地価が安いと」

「はい、そうでして」

中年の店主は、熱心に地図を指さす。

「特に城壁に近い区画は、魔獣の襲来を恐れて敬遠されがちでございます。年に二、三度は中規模の魔獣の群れが接近してきますからね」

「魔獣の種類は?」

「主にグレイウルフの群れでございます。まれにホーンドベアも」

「城壁は突破されたことがある?」

「いいえ、さすがに城壁は堅固ですので。ただ、襲来時は街全体が緊張に包まれますし、商売にも影響が…」

「ふむ」

レオンは何かを閃いたように目を細める。

「で、その城壁。どのくらいの頻度で補強工事をしているんです?」

「え?ああ、年に二回ほど…」

「建材は?」

「王都から支給される上質な石材を…」

「なるほど」

レオンは満足げに頷いた。店主は、少し困惑した表情を浮かべている。

「あの、物件の方は…」

「ああ、城壁から200メートル以内の物件を全て見せてください」

「え?そんな場所に…」

店主は驚いた様子で首を傾げる。

「この前も、グレイウルフの群れが50頭ほど接近してきて、街中が大騒ぎになったばかりなのですが…」

「それこそ、価値があるってことですよ」

レオンは意味ありげに微笑んだ。

* * *

正午過ぎ。レオンは城壁近くの空き地で、慎重に周囲を確認していた。

「ここなら…」

彼は地面に膝をつき、落ちていた小石に触れる。

「『価値転換』の実験をしても、誰にも気付かれないはずだ」

レオンは強く集中する。石の価値が、ゆっくりと変化していく。

「これで証明できた」

実験を終えたレオンは、満足げに頷く。

「城壁の補強工事で出る端材。それを高品質な建材に変換すれば…」

計算は既に終わっていた。利益は最低でも月に5000ゴールド。それも、誰にも気付かれることなく。

「こういう計画を立てると言っても、あいつらには理解できなかっただろうな」

レオンは立ち上がりながら、独り言を続ける。

「所詮、感情で動く連中だ」

ふと、朝の光景が脳裏をよぎる。冒険者ギルドの前で、装備の修理費が払えず肩を落とす元パーティーメンバーたちの姿。

「ふん」

レオンは表情を崩さない。

「予測した通りの結末だ」

彼は新しい手帳を取り出し、計画を書き加えていく。

「感情に流されず、計画的に」

その言葉には、かつて没落した実家で聞いた父の後悔の言葉が重なっていた。

「さて」

レオンは立ち上がり、街の中心部へと歩き始める。

「次は商人ギルドだな。まずは情報収集から…」

夏の陽光が、彼の背中を明るく照らしていた。それは、計画通りに進む未来への光のようでもあった。

* * *

商人ギルドの建物は、街の中心部に堂々とそびえ立っていた。大理石の柱と重厚な木製の扉が、その格式の高さを物語っている。

「お初にお目にかかります」

レオンは受付で軽く会釈をした。

「クラウゼン商会の跡取りです」

その言葉に、受付の女性は目を見開いた。

「まさか、あのクラウゼン商会の…」

「ええ。今はなき商会ですがね」

レオンは薄く笑う。

「父の代で経営が傾き、全てを失った。今は冒険者をしていましたが、そろそろ商売の世界に戻ろうかと」

彼の物腰の確かさと落ち着いた態度が、没落した商家の跡取りとは思えないほどだった。

「少々お待ちください」

女性は奥へと向かい、すぐに中年の男性を連れて戻ってきた。

「これはこれは、クラウゼンの若様」

ギルドマスターのヴァイスと名乗る男性は、レオンを応接室へと案内した。

「お父上とは、かつて何度か取引させていただきました」

「そうでしたか」

レオンは丁寧に、しかし決して卑屈にならない態度で応じる。

「実は、新規の事業計画についてご相談があります」

「ほう?」

「建材の加工と流通に関してです」

レオンは懐から企画書を取り出した。昨夜徹夜で作成した資料だ。

「城壁付近の不動産取引と、補強工事の端材の活用を考えています」

「なるほど…」

ヴァイスは企画書に目を通しながら、時折感心したように頷いていた。

「しかし、魔獣の襲来が心配ではありませんか?」

「むしろ、それを前提とした計画です」

レオンは自信に満ちた表情で説明を続けた。

「襲来時の一時避難所としての施設需要。それに、補強工事の定期的な発生。これらを組み合わせれば…」

「なるほど!」

ヴァイスの目が輝いた。

「リスクを機会に変えると」

「はい。私には、それを実現する力があります」

レオンは意図的に「価値転換」の能力については触れなかった。それは、彼の最大の切り札だった。

「面白い」

ヴァイスは企画書を置き、レオンをじっと見つめた。

「かつてのクラウゼン商会の跡取りらしい着眼点ですな」

「恐縮です」

レオンは表情を変えずに応じる。

「ただ、私の方法は父とは違います」

「どう違うのです?」

「感情で判断はしない」

レオンの声音に、強い意志が滲んでいた。

「すべては計算と予測に基づいて」

「ふむ」

ヴァイスは長年の経験から、レオンの言葉に本物の実行力が伴っていることを感じ取っていた。

「分かりました。商人ギルドとして、できる支援はさせていただきましょう」

「ありがとうございます」

「ただし」

ヴァイスは意味ありげに言葉を続けた。

「最初の取引で結果を見せていただきたい」

「もちろんです」

レオンは優雅に立ち上がる。

「では、一週間後に具体的な数字を持ってまいります」

応接室を出たレオンは、満足げに手帳に新たな書き込みを加えた。

「予定通り」

彼は静かに呟く。

「いや、予定以上だな」

夕暮れの商人ギルドを後にする彼の足取りは、これまで以上に確かなものとなっていた。


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連続投稿8話目です。
よろしくお願いいたします。
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