TEST SCENE

みかん星人

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【第5話】任務の前はゆったりと

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 人里離れた田舎。寂れた自動車整備工場の『梅工房』を訪れたプラムとアロー。
 プラムの愛車であるランサーエボリューションⅦの任務用部品への換装と、注文していた代物をすべて受け取り、その日は近くの格安ホテルに泊まった。
 翌日、任務開始1日前となった。ふたりは高速道路を使い自身の住む街に戻ると、そのまま大きな鉄道駅のすぐ近くにある、巨大なショッピングモールに向かった。
 ショッピングモールの3階、お手頃価格と高い品質が売りの人気洋服店を訪れたふたりは、明日から始まる護衛任務に必要な服を買うため、試着室に大量の服を持ち込んでいた。
 ただ、プラムは変装に乗り気ではなく、試着室の前でつまらなそうに待機しているだけだ。やがて、女性教師がよく着ていそうなクールビズを試着したアローが、試着室のカーテンを開けて、その姿をプラムに見せつけた。

「見て見てこれどう? ケッコーよくない?」

「何だっていいだろうがよそんなもん」

「ダメよ。アタシたち明日から先生役もしなきゃなんだから」

「ンなもん、いつものスーツでやりゃいいじゃんよ」

「だーめ! こんな真っ黒スーツじゃ、他の子達が怖がるでしょー」

「けっ」

 十数分後、すべての買い物を済ませたふたりは、1階にある広いフードコートで昼食を食べることにした。あらかじめ席を取ってから、各々が好きな食べ物を買いに行き、出来上がりを知らせる呼び出しベルを貰って再び席に戻ってきた。今日は休日だからか、周りはたくさんの家族連れで賑わっている。

「何頼んだー?」

「とんかつ定食」

「昼からよく食べるわね~」

「うるせえ。アローは何頼んだんだよ」

「あたし豚骨ラーメン」

「ラーメン? お前うどん派じゃなかった?」

「今はラーメンの口なのよ。でも、ちゃーんとうどんラブよ」

「あっそ」

「あっそって何よアンタ。私のうどん愛をぜんっぜん理解してないでしょ」

「知らんがな」

「はぁ~・・・これだからアンタって人は。いい? うどんっていうのはもちろん美味しいってことを大前提として、食べるだけでメリット満載なのよ?」

「ラーメンもおんなじだろーが」

「ノンノン。確かにラーメンは美味しいわよ? けどね、消化に悪いのよ。何が言いたいかって、ここぞって時にしか食べたくならないの。朝から何も食べてなくて、ずっと働きっぱなしで、もう動けない・・・何を食べても美味しく感じる・・・そういう、お腹が本気でペコペコの時にしか食べたくならないのよ。けど、うどんは違う。うどんは小腹が空いた時も腹ペコの時も「そうだ、うどん食べよ」って気にさせてくれるのよ。ラーメンと比較しても、うど・・・」

 熱弁するアローを遮るように、手元の呼び出しベルが鳴った。豚骨ラーメンが出来上がったようだ。

「あーもう! 今話してんのに!」

「早く行けよ。店の人待たせると悪いだろ」

「分かってるっつーの!」

 呼び出しベルを黙らせたアローは、少し不機嫌そうに席を立ち、豚骨ラーメンを取りに行った。その様子を見ていたプラムは、心の中で呼び出しベルに感謝の念を送った。

 呼び出しベル様・・・。アローのクソ無駄話から解放してくれてありがとうございます。

 やがて、自身が頼んだとんかつ定食の呼び出しベルが鳴ったので、プラムも席を立ち、とんかつ定食を取りに行った。
 時間が経ち、すっかり昼食を食べ終えたふたりは、お腹を落ち着けるため席でゆっくりと休んでいた。

「は~、豚骨ラーメン美味しかった~」

「うどん愛なんぞ語ってた奴がよく言うわ」

「今日はいいのよ。腹ペコだったから」

 呆れるプラムだが、お腹も膨れて上機嫌なアローの手前、これ以上刺激すべきではないと判断し、何も言わないことにした。それよりも、プラムにはまだ食べたいものがあった。

「アロー。あたしアイスクリーム食べたい」

「んっ? ゴメンなんて?」

「アイスクリーム食べたい」

「・・・」

 アローが口をポカンと開けて、プラムを見つめている。

「・・・何だよ」

「何よあんた、急に女の子っぽいこと言い出しちゃって」

 目を丸くするアローに、プラムは少しだけ頬を赤らめた。

「な、なんだよ。男だって言うだろこのくらい」

「イヤイヤそうじゃなくて、あんたがそういう、まったくトゲのない、100%キュートなことを言うこと自体が珍しいって言ってんのよ」

「うっせえな。とにかく、行ってくる!」

「あちょっと待って! あたしチョコと抹茶!」

「自分で買えアホ!」

「えー、ケチィッ!」
 
 ガタンと音を立てて席を立ったプラムを慌てて追うアロー。ふたりは、アイスクリーム店の受付にできた列に並んだ。
 列で順番を待つ間、プラムははすぐ前に並ぶ女性が気になった。赤ん坊を抱っこしている。ぷにぷにのほっぺに、紅葉のような手が可愛らしい。しばらく見つめていると、抱っこしている赤ん坊と目があった。赤ん坊はプラムに好奇心を寄せるでもなく、かと言って泣き出すわけでもなく、幼児特有のどっちともとれない顔をしている。その可愛さに、思わずプラムは、隣でスマートフォンをいじるアローにバレないように軽く手を振った。すると、赤ん坊は少しだけ微笑み、口をパクパクしだしたので、プラムもつられて口をパクパクと動かした。

「きゃーかわいい!」

「!!」

 突然、アローの声がしたのでびっくりしたプラム。慌てて口パクパクを止め、振っていた手を下ろした。

「見てプラム、かわいいー!」

 はしゃぐアローは、赤ん坊に向かっていないいないばあを繰り返した。ケタケタと笑う赤ん坊。それに気づいた、赤ん坊を抱っこしていた女性がこちらを振り返った。

「あ、どーもお母さん、すみません。かわいい赤ちゃんだなっと思って」

 にこやかに話すアローに、女性は微笑んで軽くお辞儀した。

「ありがとうございます。ねー、よかったねー」

 赤ん坊に笑顔で言い聞かせる女性は、赤ん坊の頭を優しく撫でながら、ふたりに聞いた。

「スーツカッコいいですね。何のお仕事をされてるんですか?」

「ちょっと、銀行の営業の関係で出張してきたんです」

「へえー! カッコいいですね! その黒ネクタイとか、イカしてます!」

「え、うれしい! あたしはコレそんなに好きじゃなかったけど、今ので自信が持てたかも!」

 笑顔で会話するアローと女性。会話に入ることなく、その女性に抱っこされた赤ん坊のことが気になるプラム。会話に気を取られるふたりの隙をついて、プラムは仕切りに赤ん坊に手を振るのであった。
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