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みかん星人

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【第6話】黒川翔斗とポンコツコンビ

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 『黒川翔斗くろかわかけと』の護衛任務当日となった。
 プラムとアローは今日から契約期間満了まで、ひとりの高校生を守り通さねばならない。かと言って、ふたりに緊張した様子はなく、いつものように黒スーツを着て、ランエボで黒川邸に向かいながら、いつものように無駄話をしていた。
 やがて、カーナビが設定された住所への到着を知らせた。大きな家だ。ゲートが閉じられた入り口の前で、プラムはランエボを停車させた。黒川邸のあまりの広さを、ふたりは口を半開きにして眺めていた。

「おっきいわね~」

「ああ。普通に羨ましい」

 すると、ゲートがひとりでにガラガラと開き始めた。

「おいおい自動かよ。すげえ」

「入っていいんじゃない?」

 プラムはギアをニュートラルから1速に入れると、徐行しながらランエボをゲートに潜らせた。
 中は玄関まで続く石畳の一本道と、砂利敷きの地面が広がっていて、家を囲うように松の木などの植物が植えられている。まるで庭園。いかにも「和」を感じさせる。ある程度進むと、玄関の扉から女性がひとり飛び出してきた。家政婦だろうか。エプロンをつけている。

「誰か出てきた」

「翔斗くんじゃない?」

「黒川翔斗は男だろ」

「じゃあ誰?」

「さあ」

「窓開けたげたら?」

 アローに言われて、ようやくプラムは窓を開けた。窓がすべて開くと、エプロンを着た女性は挨拶もナシにものを言いだした。

「ちょっと困りますよ! せっかくさっき砂利を整え終わったのに!」

「え?」

 いきなり怒り出した女性に理解が追いつかないプラム。アローは窓を開けると、ランエボが踏み進んだ砂利敷きの地面を覗き込んだ。砂利の下の地面がめくれ、タイヤの通った跡が付いてしまっている。

「あちゃー、ここ庭だったんだ。どーもスミマセン」

 謝るアローに続いて、プラムも一応、ペコリとお辞儀した。

「もう・・・次からは気をつけてくださいね」

 女性は不貞腐れた様子で玄関まで戻ると、誰かに声をかけた。すると玄関から、右肩にカバンを担いだ、ブレザー姿の少年が現れた。

「あ、あれ! 黒川翔斗くんじゃない?」

「多分そうだろ」

 ふたりは車を降りると、こちらに近づいてくる少年と対面した。少年は挨拶するでもなく、終始真顔でふたりを見ている。目も微妙に合わせてこない。暗い雰囲気などお構いなしと言わんばかりに、アローははつらつとした声であいさつを始めた。

「はっじめまして~! あたしアローでーす! 君が黒川翔斗くんだよね? 今日からよろしくね~!」

「あたしプラム。よろしく」

 ふたりの熱量の差がありすぎる自己紹介に戸惑うでもなく、少年は黙ったまま首だけコクリと折下げた。

 なんだコイツ。感じワリィなぁ。
 
 緊張してるのかな? かっわいい~!

 少年に対して抱く印象もまるで違うふたり。いつのまにか少年の元まで来ていたエプロン姿の女性が、プラムとアローに深々とお辞儀をした。

「どうか、御坊ちゃまをよろしく頼みますね。それでは御坊ちゃま、気をつけていってらっしゃいませ」

 その時、少年が微かすかに舌打ちしたのを、プラムとアローは見逃さなかった。

「はいよ。任しといて」

「じゃあ翔斗くん、行こっか!」

 ランエボの後部座席のドアを開けたアローの案内にお礼も言わずに、少年は終始不機嫌そうな顔で、黙ったままランエボに乗り込んだ。続いてアローも少年の隣に乗り込み、運転席に座ったプラムはエンジンを始動させた。エンジンの、唸るような音が庭園に響き渡る。

「一応防弾ガラスにしたけど、できるだけ頭下げといて」

 プラムに言われて、少年は少しだけ頭を下げた。同時に、ランエボが砂利敷きの地面を進み始めた。

「あたしの膝の上に寝てもいいよーん」

「・・・」

 ニコニコとした笑顔で少年をからかったアローだが、鮮やかに無視されてしまった。まもなく、ランエボは黒川翔斗の通う稽進けいしん学園高校に続く道路へと出た。道中、黒川翔斗の隣に座るアローは、ニコニコ笑顔で仕切りに質問を繰り返した。

「翔斗くんって、好きな食べ物何なのー?」

「・・・別に」

「えー! あたしうどん! きつねうどんが一番好き~! じゃあ、嫌いな食べ物は? あと、趣味とか!」

「・・・知らない」

 アローの元気のいい問いかけも虚しく、黒川翔斗は不機嫌そうにボソッと呟くだけ。かと言って、アローは凹むわけでもなく、終始ニコニコとして黒川翔斗に話しかける。

「じゃあさじゃあさ、あたしたちに何か質問ある? 今ならなーんでも聞いていいよ! 趣味とか、好きな色とか、彼氏いるの? とか!」

「・・・」

 プラムの運転する車に揺られる少年の表情が、わずかに変わった。

「・・・あの・・・・・」

 何か言いかけた少年。しかし、思いとどまったのか、すぐに口を閉じてしまった。

「なになに? なんでも聞いて!」

 明るい笑顔のアローに、やっと少しだけ心を許したのか、少年は恐る恐る口を開いた。

「・・・ふたりは、こ」

 その時、アローのズボンの左ポケットからスマートフォンの着信音が鳴りだした。

「ごっめーん! ちょっと待っててね」

 振動するスマートフォンを取り出したアローは、すぐに通話ボタンを押して右耳に当てた。

「もっしもーっし。お疲れ様でーす! いやいやとんでもない! 全然大丈夫ですよ~。急にどーしたんですかリーダー」

 ん? ベル姉から電話・・・?

 ハンドルを握るプラムは、後部座席で電話するアローの会話に耳をすませた。

「ハイ、ハイ・・・え?! やっぱそーだったんだぁ! けど意外だな~! ・・・ハイ、ハイ。りょーかいでーす!」

 会話を終えたアローは、スマートフォンをポケットにしまうと、懐から黒いゴム手袋のようなものを取り出して、はめ始めた。その様子を、プラムはバックミラーでちらりと見た。

「ベル姉から?」

「うん!」

「なんて言ってた?」

柴崎竜介しばさきりゅうすけって覚えてる? 『Secondセカンド Oceanオーシャン』って古着屋のオーナー店長」

「あ~、一緒にアロハシャツ買ったトコ?」

「そうそこ。少し前、Groupあたし Emmaたちとの取引で資金の横領事件があったでしょ? アレ、やっぱり柴崎店長が犯人だったらしいよ」

「マジかよ。まぁたしかに怪しかったけど」

「ね、いい人そうなのに意外よね~・・・ってことでさ、悪いけどSecond Oceanの近くに停めてくんない?」

「オッケー」

 隣でにこやかに話す女性と、運転席で眠たそうに話す女性。その会話の妙な異質さに、黒川翔斗は戸惑っていた。
 やがて、プラムはSecond Oceanという看板が取り付けられた古着屋の近くにランエボを停めた。

「どっち使おっかなー」

「ん~。サプレッサーがどんだけ役立つか知っときたいかも」

 ギアをニュートラルに入れ、楽な姿勢になったプラムが言うと、アローはニッコリ笑顔のまま、懐から黒い物を取り出した。

 ・・・?!

 隣に座る黒川翔斗はギョッとして、思わず背筋が凍りついた。そんな彼をアローは気にかけることも、配慮することもなく、ただニッコリと黒い物を黒い筒に取り付けた。

「じゃ、ちょっくら行ってくるわね~」

「ういー」

 やりとりを終えると、アローはドアを開けてランエボを降り、まるで買い物でもするかのような足取りでSecond Oceanに向かっていった。その様子を、黒川翔斗はただ呆然と眺めることしかできなかった。
 
 Second Oceanは、2階建ての小さな建物だった。アローが小さな入り口のドアを開けると、ドアに括り付けられた小さなベルがカランカランと鳴った。それと同時に、アローはたくさんの古着が置かれたおしゃれな店内へと足を踏み入れた。

「柴崎店長おひさ~! 元気してる~?」

 店内ではちょうど、パーマで髭を生やした男性が、アローに背を向ける形で服を畳んでいた。男性はアローの声に気づくと、くるりと振り返った。

「あーアローちゃん! ひさしぶ・・・ッ」















 パンッ。

 乾いた音が、ランエボの中で待機するプラムと黒川翔斗にも確かに聞き取れた。やがて車に戻ってきたアローは、特に疲れた様子もなく、ぶつくさと文句を言いながら黒川翔斗の隣に座った。

「何よコレ~。フツーにうるさいじゃないのよぉ。不良品じゃないの?」

「使い方が悪いんだよ」

 アローの文句を一蹴したプラムは、素早くランエボを発進させ、学校に続く道路に復帰した。この間、たったの数分。何が起きたのか、黒川翔斗の理解は追いつかなかった。
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