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【第19話】初めて味わう小さな痛み
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「だから、お味噌のとき方はこうだと言ってるでしょ!」
「え、こう?」
「ちげぇそうじゃねぇッ!」
家政婦に何度も手際の悪さを指摘されるプラム。プラムの味噌ときがあまりに気に食わないので、怒ってヤンキーと化す家政婦。すぐそばで野菜を切る翔斗は、滅多に握らない包丁の扱いに、悪戦苦闘を強いられていた。慣れない手つきで、ひとつ切るごとに丁寧に、失敗せぬように、慎重に切り進める。
今思えば、すぐ隣でプラムにやいのやいの言う家政婦の料理は、凄いものだと痛感する。喉が渇いた時などに、キッチンの冷蔵庫まで飲み物を求めに行くことがあるが、そこで見る家政婦の包丁さばきは到底真似できない。ひとつ間違えば自身の指もろともキャベツの千切りに加わりそうなほど、職人顔負けの技術だったのか。
・・・いつも見ているだけだった。だから、心のどこかで「自分もこれくらいできる」と勝手に思い込んでいた。それは、もはや立派だと賞賛できるほどに、誤りだった。
「・・・ッ」
人差し指の先を軽く切った。脊髄反射で野菜を押さえていた手が包丁から離れる。指先に開いた切り傷から、赤黒い血が水滴のように溢れ出てきた。
家政婦はプラムへの味噌とき講座に夢中になっていて、隣で翔斗が指を切ったことに気づいていない。翔斗はまな板の上にそっと包丁を置き、水で手を洗うと、一度キッチンを出て、小さな棚から絆創膏を取り出した。
絆創膏を貼ったのはいつぶりだろう。指先に痛みがジンジンと、波紋となって広がっていく。翔斗は素早くキッチンに戻り、素早く包丁を手にした。同時に、プラムへの味噌とき講座が終わった家政婦が不思議そうに聞いてきた。
「おぼっちゃま、何かありましたか?」
「・・・いや、何も」
家政婦を見るでもなく、もくもくと野菜を切る翔斗が、野菜を押さえる手の人差し指だけ丸めているのを、プラムは眠たそうな目で見ていた。
やがて夕食が完成し、食卓に料理を並べていると、タイミングよくアローが帰ってきた。
「たっだいま~! 疲れた~!」
「・・・お帰り」
「お帰りなさい」
「おお、早かったな」
相変わらずニコニコとした笑顔のアローは、手をうちわ代わりにして、自身の首を仰いだ。
「外が暑くて参っちゃうわよホント! あら、何々? 今日はサバの味噌煮と大根のお味噌汁に、豚テキ? おいしそーじゃ~ん!」
「帰ったらまずは手を洗ってください」
不機嫌そうな家政婦の指示に、アローは元気よく「ハーイ!」と返事をして洗面所に向かう。その間際、アローはプラムを翔斗と家政婦から少し離れた場所に呼び寄せた。
「どした?」
「ベル姉からの伝言よ」
「あーそっか。ベル姉、なんて?」
「どうも、ALPHABETがGroup Emmaに「これから仲良くやりましょーよ~」って言い寄って来てるらしいのよ」
「ヘー」
「でねでね? Group Emmaの労働力スッゲェ! って言ってるらしくて、ALPHABETを管理するお偉いさんがウチと契約しないかだって。ウチの取り分、なんと40%! やばくな~い?!」
「ほえー、すげえじゃん。ベル姉、受けるって?」
「まだ迷ってるらしいのよ~。稼げるから受けたらいいのにね~」
「まぁ怪しさムンムンだもんな」
「ねー。あたしたちに配下になれって言ってるようなもんだしね」
「ベル姉は蹴るな。この話」
「あたしもそう思う! あの人に舐めた態度とるとホント怖いからね~」
「まぁ分かった。てか早く手洗ってこいよ。待たせてんぞ」
少し離れた先にある食卓で、翔斗と不機嫌そうな家政婦がこちらを見つめている。
「ごめんなさ~い! 先食べてて大丈夫ですよ~」
「それ先に言ってくださいよ! お料理が冷めちゃうでしょ!」
ピリピリと怒る家政婦に、アローは笑顔でごめんなさいと謝罪のポーズをとった。
「じゃ、あたしも先に食べとくわ」
プラムが食卓に向かおうと踵きびすを返したところで、再びアローがプラムを呼び止めた。
「なんだよ」
「まーだ話は終わってないわよ。はいコレ」
アローが、スーツの懐から手のひらサイズの四角い切り餅のような物を取り出して、プラムに渡した。モバイルバッテリーのようなソレに、プラムは首を傾げる。
「何これ」
「ベル姉から。いざという時のお守りよ」
「爆弾?」
「ノンノン。これはデコイボイス。ボタンを押せば、5分間音声が流れる。臨場感たっぷりのね。いざとなったら、これで敵を撹乱してねってこと」
「えー、いらない。ダサいもん」
「なーに言ってんのよ。せっかくベル姉が梅おじさんに頼み込んで作ってもらったんだからね? 役に立つわよきっと」
「なんたってこんなもん用意したんだよ」
すると、アローは一瞬だけ、ちらりと向こうで夕食を食べる家政婦と翔斗を見て、ふたりがこちらを気にしていないことを確認すると、口角を吊り上がらせた。
「最近、あたしらの周りでウロチョロしてる奴がいるらしいのよ」
「・・・なるほどね」
察したのか、プラムは呆れたように軽いため息を吐くと、デコイボイスを受け取った。
「いっそがしくなるわよ~! がんばろー!」
そう言いながら、アローは洗面所へと向かった。
「めんどくせー」
プラムも、すでに夕食を食べる家政婦と翔斗の元に向かった。
「え、こう?」
「ちげぇそうじゃねぇッ!」
家政婦に何度も手際の悪さを指摘されるプラム。プラムの味噌ときがあまりに気に食わないので、怒ってヤンキーと化す家政婦。すぐそばで野菜を切る翔斗は、滅多に握らない包丁の扱いに、悪戦苦闘を強いられていた。慣れない手つきで、ひとつ切るごとに丁寧に、失敗せぬように、慎重に切り進める。
今思えば、すぐ隣でプラムにやいのやいの言う家政婦の料理は、凄いものだと痛感する。喉が渇いた時などに、キッチンの冷蔵庫まで飲み物を求めに行くことがあるが、そこで見る家政婦の包丁さばきは到底真似できない。ひとつ間違えば自身の指もろともキャベツの千切りに加わりそうなほど、職人顔負けの技術だったのか。
・・・いつも見ているだけだった。だから、心のどこかで「自分もこれくらいできる」と勝手に思い込んでいた。それは、もはや立派だと賞賛できるほどに、誤りだった。
「・・・ッ」
人差し指の先を軽く切った。脊髄反射で野菜を押さえていた手が包丁から離れる。指先に開いた切り傷から、赤黒い血が水滴のように溢れ出てきた。
家政婦はプラムへの味噌とき講座に夢中になっていて、隣で翔斗が指を切ったことに気づいていない。翔斗はまな板の上にそっと包丁を置き、水で手を洗うと、一度キッチンを出て、小さな棚から絆創膏を取り出した。
絆創膏を貼ったのはいつぶりだろう。指先に痛みがジンジンと、波紋となって広がっていく。翔斗は素早くキッチンに戻り、素早く包丁を手にした。同時に、プラムへの味噌とき講座が終わった家政婦が不思議そうに聞いてきた。
「おぼっちゃま、何かありましたか?」
「・・・いや、何も」
家政婦を見るでもなく、もくもくと野菜を切る翔斗が、野菜を押さえる手の人差し指だけ丸めているのを、プラムは眠たそうな目で見ていた。
やがて夕食が完成し、食卓に料理を並べていると、タイミングよくアローが帰ってきた。
「たっだいま~! 疲れた~!」
「・・・お帰り」
「お帰りなさい」
「おお、早かったな」
相変わらずニコニコとした笑顔のアローは、手をうちわ代わりにして、自身の首を仰いだ。
「外が暑くて参っちゃうわよホント! あら、何々? 今日はサバの味噌煮と大根のお味噌汁に、豚テキ? おいしそーじゃ~ん!」
「帰ったらまずは手を洗ってください」
不機嫌そうな家政婦の指示に、アローは元気よく「ハーイ!」と返事をして洗面所に向かう。その間際、アローはプラムを翔斗と家政婦から少し離れた場所に呼び寄せた。
「どした?」
「ベル姉からの伝言よ」
「あーそっか。ベル姉、なんて?」
「どうも、ALPHABETがGroup Emmaに「これから仲良くやりましょーよ~」って言い寄って来てるらしいのよ」
「ヘー」
「でねでね? Group Emmaの労働力スッゲェ! って言ってるらしくて、ALPHABETを管理するお偉いさんがウチと契約しないかだって。ウチの取り分、なんと40%! やばくな~い?!」
「ほえー、すげえじゃん。ベル姉、受けるって?」
「まだ迷ってるらしいのよ~。稼げるから受けたらいいのにね~」
「まぁ怪しさムンムンだもんな」
「ねー。あたしたちに配下になれって言ってるようなもんだしね」
「ベル姉は蹴るな。この話」
「あたしもそう思う! あの人に舐めた態度とるとホント怖いからね~」
「まぁ分かった。てか早く手洗ってこいよ。待たせてんぞ」
少し離れた先にある食卓で、翔斗と不機嫌そうな家政婦がこちらを見つめている。
「ごめんなさ~い! 先食べてて大丈夫ですよ~」
「それ先に言ってくださいよ! お料理が冷めちゃうでしょ!」
ピリピリと怒る家政婦に、アローは笑顔でごめんなさいと謝罪のポーズをとった。
「じゃ、あたしも先に食べとくわ」
プラムが食卓に向かおうと踵きびすを返したところで、再びアローがプラムを呼び止めた。
「なんだよ」
「まーだ話は終わってないわよ。はいコレ」
アローが、スーツの懐から手のひらサイズの四角い切り餅のような物を取り出して、プラムに渡した。モバイルバッテリーのようなソレに、プラムは首を傾げる。
「何これ」
「ベル姉から。いざという時のお守りよ」
「爆弾?」
「ノンノン。これはデコイボイス。ボタンを押せば、5分間音声が流れる。臨場感たっぷりのね。いざとなったら、これで敵を撹乱してねってこと」
「えー、いらない。ダサいもん」
「なーに言ってんのよ。せっかくベル姉が梅おじさんに頼み込んで作ってもらったんだからね? 役に立つわよきっと」
「なんたってこんなもん用意したんだよ」
すると、アローは一瞬だけ、ちらりと向こうで夕食を食べる家政婦と翔斗を見て、ふたりがこちらを気にしていないことを確認すると、口角を吊り上がらせた。
「最近、あたしらの周りでウロチョロしてる奴がいるらしいのよ」
「・・・なるほどね」
察したのか、プラムは呆れたように軽いため息を吐くと、デコイボイスを受け取った。
「いっそがしくなるわよ~! がんばろー!」
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