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【第26話】Bの誓いは届くのか
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都内某所。夜の街を煌びやかに彩る建物の光。時間はとうに深夜を回っているというのに、街に集まる人の数は、まるで朝方の通勤ラッシュのよう。信号が赤から青になると共に、四方八方から大勢の人々が入り混じり、賑やかに各々の目的地へ向かっていく。
この人混みの中に、ひときわ存在感を放つ人物がいた。白いスーツを着た男。額から目にかけての凹凸は大きく、見る者を思わず魅了させる透き通った蒼あおい瞳。すらりと通った高い鼻は、明らかに北欧人のそれを思わせる。
身体の大きさときたらなかった。2メートルを裕に超えているであろう身長。千年の時を生きる大樹の幹と見間違うほどの首に、以上に発達した僧帽筋から伸びる、メロンのような肩。大の大人が手のひらを目一杯広げても及ばぬほどの、極太の腕。分厚い胸筋からは考えられないほど、ウエストが細く見える。
まさに豪傑。大男。弁慶とも表せるほどの体格をしているというのに、佇まいは静そのもの。巨漢特有の荒々しさはまるで無く、猫のように滑らかに、柔らかく、悠々と交差点を歩いている。
そのギャップが、彼とすれ違った人々を振り返らせていた。しかし巨漢は、自分が注目されていることなどは気にも止めず、ただまっすぐと交差点を渡り切ると、高級感を醸すBARに続く地下階段を降りて行った。
入り口に辿り着き、店に入ると、つい先程までの大きな交差点の賑やかな音は掻き消え、薄暗い照明と落ち着いた雰囲気のバーカウンターが目の前に現れた。奥にはいくつかテーブル席も用意されており、高級スーツを身に纏った貴族のような男性や、ドレスを着た上品な女性が数組、店の高級酒と料理を楽しんでいる。
白いスーツの巨漢は、迷わず一直線にバーカウンターに向かうと、背もたれのない丸い椅子に静かに腰掛けた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですB様」
バーテンダーの男が会釈をすると、Bと呼ばれた巨漢は表情を変えることなく、わずかに会釈した。バーテンダーは嬉しそうに微笑むと、Bに語りかけた。
「貴方様が久々に来日されると聞いて、奥のテーブルをご用意していますが」
「いい。俺にとっては、ここが特等席だ」
真面目な表情で語るB。懐かしむように、バーテンダーは微笑んだ。
「そうでしたね」
「いつものを頼む」
「かしこまりました」
バーテンダーは素早く、正確な動作でカクテルを作ると、Bの前に静かに置いた。
ギムレット。Bはカクテルグラスを優しく手に持つと、その美しさをひと通り楽しみ、静かに口に運んだ。しばらく、ゆったりとした静かな時間が流れた。どこを見るでもなく、ただぼんやりと、Bはギムレットが放つ白色の美貌を眺めていた。
「・・・相変わらず」
「・・・?」
「貴方様は相変わらず、何をお考えになっているか分からない顔をされます」
グラスを拭くバーテンダーはBを見るでもなく、話しかけてきた。
「ただ、今日は違う。・・・何か、大切なものを失くされたのでしょうか?」
「・・・Cは記憶の中にしかいない」
思わず、バーテンダーはBを見た。わずかに眉間に皺を寄せる彼の顔には、切なさが見え隠れしている。
「C様はお美しい方でした」
「昔の話だ。彼女は任務に失敗した。それだけのことだ」
Bはギムレットをひと口、静かに飲んだ。
「無駄が許されない世界で私は・・・。彼女を殺したのは私だ」
「どうか、ご自身を責めないでください」
「一目惚れなど・・・」
「・・・」
少し、項垂れているようにも見えるB。Bから目を逸らしたバーテンダーは、再びグラスを磨き始めた。
「以前、C様がお越しになりました」
Bが、わずかに顔を上げた。グラスを拭き終わったバーテンダーは、次に拭くグラスを手に取った。
「C様は、貴方様のことをご心配のご様子でした。会話の節々で、貴方様が仕事で無茶をしているのだと、私にこぼしていらっしゃいました。貴方様のように」
「・・・」
「過去はもちろん、互いの本名さえ知らない。そんなおふたりが、意思のみで会話をしていたのを、私は見ました」
「そうか・・・」
Bはギムレットを飲み干すと、人差し指をピンと立てた。バーテンダーはグラスを置き、再びカクテルのシェイカーを用意した。その様子をぼんやり眺めながら、Bはしみ込むような声で語った。
「次の任務を終えたら、互いに組織を抜けてどこか自然の豊かな場所でふたり静かに暮らそうと、約束していた」
「・・・」
「その時初めて・・・互いの名も、生い立ちも、想いも、何から何まで明かし合おうと、約束していた。・・・嫌気がさしていたのかもな。長くこの世界にいて」
バーテンダーは作り終えたギムレットを、Bの前に静かに差し出した。
「・・・すまない」
「いえ。私が貴方様にしてさしあげることができるのは、これくらいですから」
再び、しっとりとした時間が流れた。ふたりに、もはや会話は必要なかった。しばらくしてギムレットを飲み終えたBは、バーテンダーの方を向いた。
「・・・困ったことはないか?」
「ご心配なく」
「・・・。どこに絡まれているんだ」
「・・・お恥ずかしながら最近、香手酢会の三次団体に目をつけられていまして」
「みかじめ料とやらか」
「ええ。時代錯誤なものです」
すると、Bの背後の出入り口のドアからバンッと大きな音がなった。
「中村さんいる~?」
男の声と共に、数人の男たちがぞろぞろと店内に入ってきた。
「みかじめ料まだぁ? そろそろ組長が怒りそうなんだけど?」
「以前も申し上げましたが、当店は暴力団関係者の方々との繋がりは一切お断りしております」
「なーに言ってんだテメェは。誰のおかげでココに店構えてられると思ってんだ?」
「それは・・・」
「勘違いしてんじゃねぇよ。さっさとみかじめ料払え。店の売上の3割な」
「そんな・・・!」
暴利を突きつけられるバーテンダー。にやついた顔の男たち。丸坊主で大柄な男が、白いスーツを着た男に近寄った。
「兄ちゃん。今から大事な話し合いするからよ、そこどいてくれや」
「・・・」
「おい、聞いてんのか」
そう言われて、白いスーツの男はゆっくりと立ち上がった。坊主の男の目線がゆっくりと、下から真ん中、やがて上へと昇っていく。男のあまりの大きさに、ヤクザは驚いた。
「Oletko tuholaisia?」
「なんだテメェは!」
「喧嘩売ってんのか!」
騒ぎ立てる彼らを無視して、Bは静かに懐に手を入れると、トカレフを取り出しヤクザに向けて迷わず発砲した。
突如鳴り響いた激音に驚いた客たちが、一斉にBの方を向いた。Bはトカレフを懐にしまうと、次は札束を取り出してバーカウンターに置いた。横たわる数体の死体には一瞥もくれず、バーテンダーに語りかけた。
「また、ここに来れてよかった」
「B様・・・」
「En voi lopettaa」
バーテンダーにひと言、そう言ったBは、電話を取り出しながらBARを後にした。
この人混みの中に、ひときわ存在感を放つ人物がいた。白いスーツを着た男。額から目にかけての凹凸は大きく、見る者を思わず魅了させる透き通った蒼あおい瞳。すらりと通った高い鼻は、明らかに北欧人のそれを思わせる。
身体の大きさときたらなかった。2メートルを裕に超えているであろう身長。千年の時を生きる大樹の幹と見間違うほどの首に、以上に発達した僧帽筋から伸びる、メロンのような肩。大の大人が手のひらを目一杯広げても及ばぬほどの、極太の腕。分厚い胸筋からは考えられないほど、ウエストが細く見える。
まさに豪傑。大男。弁慶とも表せるほどの体格をしているというのに、佇まいは静そのもの。巨漢特有の荒々しさはまるで無く、猫のように滑らかに、柔らかく、悠々と交差点を歩いている。
そのギャップが、彼とすれ違った人々を振り返らせていた。しかし巨漢は、自分が注目されていることなどは気にも止めず、ただまっすぐと交差点を渡り切ると、高級感を醸すBARに続く地下階段を降りて行った。
入り口に辿り着き、店に入ると、つい先程までの大きな交差点の賑やかな音は掻き消え、薄暗い照明と落ち着いた雰囲気のバーカウンターが目の前に現れた。奥にはいくつかテーブル席も用意されており、高級スーツを身に纏った貴族のような男性や、ドレスを着た上品な女性が数組、店の高級酒と料理を楽しんでいる。
白いスーツの巨漢は、迷わず一直線にバーカウンターに向かうと、背もたれのない丸い椅子に静かに腰掛けた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですB様」
バーテンダーの男が会釈をすると、Bと呼ばれた巨漢は表情を変えることなく、わずかに会釈した。バーテンダーは嬉しそうに微笑むと、Bに語りかけた。
「貴方様が久々に来日されると聞いて、奥のテーブルをご用意していますが」
「いい。俺にとっては、ここが特等席だ」
真面目な表情で語るB。懐かしむように、バーテンダーは微笑んだ。
「そうでしたね」
「いつものを頼む」
「かしこまりました」
バーテンダーは素早く、正確な動作でカクテルを作ると、Bの前に静かに置いた。
ギムレット。Bはカクテルグラスを優しく手に持つと、その美しさをひと通り楽しみ、静かに口に運んだ。しばらく、ゆったりとした静かな時間が流れた。どこを見るでもなく、ただぼんやりと、Bはギムレットが放つ白色の美貌を眺めていた。
「・・・相変わらず」
「・・・?」
「貴方様は相変わらず、何をお考えになっているか分からない顔をされます」
グラスを拭くバーテンダーはBを見るでもなく、話しかけてきた。
「ただ、今日は違う。・・・何か、大切なものを失くされたのでしょうか?」
「・・・Cは記憶の中にしかいない」
思わず、バーテンダーはBを見た。わずかに眉間に皺を寄せる彼の顔には、切なさが見え隠れしている。
「C様はお美しい方でした」
「昔の話だ。彼女は任務に失敗した。それだけのことだ」
Bはギムレットをひと口、静かに飲んだ。
「無駄が許されない世界で私は・・・。彼女を殺したのは私だ」
「どうか、ご自身を責めないでください」
「一目惚れなど・・・」
「・・・」
少し、項垂れているようにも見えるB。Bから目を逸らしたバーテンダーは、再びグラスを磨き始めた。
「以前、C様がお越しになりました」
Bが、わずかに顔を上げた。グラスを拭き終わったバーテンダーは、次に拭くグラスを手に取った。
「C様は、貴方様のことをご心配のご様子でした。会話の節々で、貴方様が仕事で無茶をしているのだと、私にこぼしていらっしゃいました。貴方様のように」
「・・・」
「過去はもちろん、互いの本名さえ知らない。そんなおふたりが、意思のみで会話をしていたのを、私は見ました」
「そうか・・・」
Bはギムレットを飲み干すと、人差し指をピンと立てた。バーテンダーはグラスを置き、再びカクテルのシェイカーを用意した。その様子をぼんやり眺めながら、Bはしみ込むような声で語った。
「次の任務を終えたら、互いに組織を抜けてどこか自然の豊かな場所でふたり静かに暮らそうと、約束していた」
「・・・」
「その時初めて・・・互いの名も、生い立ちも、想いも、何から何まで明かし合おうと、約束していた。・・・嫌気がさしていたのかもな。長くこの世界にいて」
バーテンダーは作り終えたギムレットを、Bの前に静かに差し出した。
「・・・すまない」
「いえ。私が貴方様にしてさしあげることができるのは、これくらいですから」
再び、しっとりとした時間が流れた。ふたりに、もはや会話は必要なかった。しばらくしてギムレットを飲み終えたBは、バーテンダーの方を向いた。
「・・・困ったことはないか?」
「ご心配なく」
「・・・。どこに絡まれているんだ」
「・・・お恥ずかしながら最近、香手酢会の三次団体に目をつけられていまして」
「みかじめ料とやらか」
「ええ。時代錯誤なものです」
すると、Bの背後の出入り口のドアからバンッと大きな音がなった。
「中村さんいる~?」
男の声と共に、数人の男たちがぞろぞろと店内に入ってきた。
「みかじめ料まだぁ? そろそろ組長が怒りそうなんだけど?」
「以前も申し上げましたが、当店は暴力団関係者の方々との繋がりは一切お断りしております」
「なーに言ってんだテメェは。誰のおかげでココに店構えてられると思ってんだ?」
「それは・・・」
「勘違いしてんじゃねぇよ。さっさとみかじめ料払え。店の売上の3割な」
「そんな・・・!」
暴利を突きつけられるバーテンダー。にやついた顔の男たち。丸坊主で大柄な男が、白いスーツを着た男に近寄った。
「兄ちゃん。今から大事な話し合いするからよ、そこどいてくれや」
「・・・」
「おい、聞いてんのか」
そう言われて、白いスーツの男はゆっくりと立ち上がった。坊主の男の目線がゆっくりと、下から真ん中、やがて上へと昇っていく。男のあまりの大きさに、ヤクザは驚いた。
「Oletko tuholaisia?」
「なんだテメェは!」
「喧嘩売ってんのか!」
騒ぎ立てる彼らを無視して、Bは静かに懐に手を入れると、トカレフを取り出しヤクザに向けて迷わず発砲した。
突如鳴り響いた激音に驚いた客たちが、一斉にBの方を向いた。Bはトカレフを懐にしまうと、次は札束を取り出してバーカウンターに置いた。横たわる数体の死体には一瞥もくれず、バーテンダーに語りかけた。
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