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【第29話】撃鉄
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応急救護室を出たプラムと翔斗。目指すは6階に繋がる階段。静まり返った長い廊下。一歩前に進むたび、靴の音がコツンと響く。
いつ、Bの襲撃を受けてもおかしくない。慎重に進みながら、プラムと翔斗は歩みを進める。翔斗の足が小刻みに震える。銃を手に前を歩くプラムの背中は、今まででいちばん逞しく見えた。
大きな玄関ロビーへ出た。来客用の受付カウンターや事務室はからっぽで、人の気配はない。
プラムは壁から壁、石柱から石柱に進み、6階に続く大きな階段に少しずつ近づく。そんな彼女の背中に張り付くように、翔斗も懸命についていく。
階段に差し掛かった。翔斗は、階段の壁に取り付けられた手すりよりも頭が低くなるようにかがんだ。プラムが階段の一段目に足を置いた。
「・・・!」
突如、受付カウンターからBが姿を現した。同時に激音が響き渡る。
「走れ!」
すかさずプラムも発砲。いたる場所に銃弾がめりこみ、壁に小さな穴を開けていく。
「ウッ!」
左の上腕を弾が掠った。
クソッ・・・!
怯まずに撃ち続ける。銃撃戦の最中、プラムは背後に意識を向けた。
・・・!
壁に守られているとはいえ、銃弾が降り注ぐ階段で、翔斗はうずくまったまま震えて動けなくなっていた。
「4階だッ!! 早く行けッ!!!」
プラムが叫んでようやく、翔斗は階段を駆け上がって行った。
・・・ッ?!
一瞬目を離した隙に、受付カウンターに潜んでいたBは姿を消していた。
しまった・・・。
受付カウンター、事務室、自販機、石柱、トイレ・・・。あらゆる場所に目を移しながら、プラムは後ろ歩きで階段をゆっくりと上がった。
ッ──。
眼前に迫るナイフをようやく認識したとき、体が勝手に反応していた。すかさず斜めに傾いた視界を平行に戻して飛び退く。
とっさに発砲。しかし、すでに回避行動を取っていたB。ひとっ飛びで階段を上りきり、プラムとの間合いが潰れる。
「・・・ウォッ!!」
肉薄する刃。辛うじて避けきり、袖に仕込んでいたコールドスチールナイフを振りかざす。交わされる。両者、互いの体を目掛けてナイフを滑り込ませる。
刃と刃。激突。Bの圧倒的なパワー。弾かれるプラムのナイフ。すかさず銃撃。避けられる。
「むんっ!」
「グギッ・・・!」
強烈なローキック。太ももに走る激痛。よろけるプラム。
死ね──。
プラムに銃口を向けるBの足元に、石ころのようなものが転がってきた。
「・・・!」
すかさず階段から飛び降りたB。直後、凄まじい爆発。爆風と熱風が体に襲いかかる。ボロボロになった階段。そこに、プラムの姿はなかった。
「イッ・・・」
プラムさん・・・。
4階の第三会議室に逃げ込んできたプラム。壁にもたれかかり、途切れる呼吸を抑えようと努めている。銃弾が掠った左の上腕を抑える彼女の右手には、血が滲んでいる。右の頬も一文字に切り裂かれ、真っ赤な血がドロリと薄く流れ出ている。
・・・危なかった。あと少し反応が遅れていたら、切り裂かれていた。
「プラムさん・・・」
どうすれば良いか分からない翔斗は、立ち尽くしたままひたすら考えていた。
どうしたらいい! どうしたら! 包帯も無い、絆創膏も無い! どうしたら!
「こっからは・・・」
「え?」
突然、話し始めたプラム。必死に考えていた翔斗の意識が現実に引き戻された。
「こっからはお前ひとりだ」
「そんな・・・」
「6階の長い廊下の突き当たりを右に行ったら、非常用ベルがある」
身体中が痛むのか、プラムは苦悶の表情を浮かべている。しかし、彼女はその痛みを無理やり押し殺しながら言葉を繋げていく。
「隠し通路の扉を開けるための偽装ボタンだ。行け」
「で、でも」
「でもじゃねえ行け」
「け、けど、プラムさんこんなに怪我して・・・」
「政治家になるんだろうがッ!」
声を荒げるプラム。頬から流れる血が、床に滴っていく。目はおぼろげに床を見つめ、痛みに耐えることに大半の意識を割いている。
震えが止まらない脚。プラムは終始、床の虚空を見つめて、浅い呼吸を繰り返している。もうこれ以上、彼女に話しかけてはいけない。ただでさえ限界なのに。もう行かなければ。ひとりで。翔斗が踵を返し、その場から黙って立ち去ろうとした、その時だった。
「翔斗」
ふと、名を呼ばれた。振り返ると、壁にもたれかかって座り込む、傷だらけの美女がこちらを見て微笑んでいた。
「かっこよくなれよ」
何も言わず、力強く頷く。呼応するかのように、プラムは微笑んだまま小さく頷いた。それが、翔斗が最後に見た彼女の顔だった。
誰もいなくなった。
グッ・・・痛え。
立ち上がるのもひと苦労だ。左の上腕は被弾。とても使い物にならない。右の頬からは頬を伝って血が流れ出て、顎からポタリポタリと床に滴っている。右ポケットからハンカチを取り出し、頬を押さえる。ここは4階中央廊下。ビル施設内では最も長い通路。この廊下の突き当たりはT字路で、左はトイレ。右は倉庫だ。
この身体では到底勝てない。ここはひとまず、倉庫に身を隠して・・・。
・・・。
そうも言っていられなくなったようだ。後方の階段から、革靴の音が少しずつ近づいてくる。体を引きずるように歩くプラムは、徐にポケットを探り始めた。
聞こえる。微かに。息を切らした奴の声・・・。このまっすぐな廊下の突き当たり、T字路のどちらか。
Bは物音を立てぬように靴を脱ぐと、すり足で慎重に歩みを進めた。距離にしておよそ20と数メートル。徐々に突き当たりに近づくにつれ、奴の声もハッキリと聞こえるようになってきた。
およそ15メートル。
・・・電話しているのか?
誰かと会話している。そっと銃を構え、さらに近づく。静かに。より静かに。服が擦れる音さえ許さない。右か左か、どちらだ。
突き当たりまでおよそ7メートル。推測が、やがて確信に変わる。
およそ3メートル。既に目と鼻の先。あと数歩進めば、そこに奴がいる。
「早く来てくれ頼む。血が出てんだ。場所は分かるだろ? GPSで」
これが奴の死に際か。
「いいから早く! 殺されちまう!」
聞くに堪えない。銃を握り締め、ゆっくりと、確実に足を運ぶ。距離にしておよそ1メートル。あと一歩。終わりだ。
「そう、そうだ。早く」
プラムは助けを呼ぶのに必死なようだ。
裏社会の人間が情けない。・・・死の間際、その叫びさえ押し殺して、Cは草むらの中でたったひとり、生き絶えたのだ。
最後まで誇り高きアサシンだったCを、お前のような運が良いだけの、情けない奴が・・・? 馬鹿な! 今まで殺してきたどの敵よりも情けない! 情けない!!
放たれた思考。勢いよく体を右方向に放り出し、思い切り銃を突きつけた。
死ね!!
瞬間、銃声。
ドサリと、重みのある音が響いた。
数秒前まで敵だったモノから吹き出した赤黒い液体が、水だまりを作っている。
構えたままだった銃を無気力に下ろし、そのまま背後の壁に体重を預けて静かにしゃがみ込んだ。死体となったかつての敵から、依然として助けを請う音声が流れ続けている。巨体の下敷きになったデコイボイス機を取り出す力など、この体のどこにも残っていない。
ハハ・・・左だよバーカ。
銃を放り捨てた。滑り転がる銃は、Bの死体の手前で止まった。心臓の鼓動がハッキリと聞こえる。水滴が水面に波紋を作るように、身体の隅々にいのちの波が行き渡る。
みんなは・・・。
死体を横目に、胸ポケットから小型特殊無線機を取り出し、通信オンのスイッチを押す。しばらくノイズが鳴った後、誰かの声が微かに聞こえてきた。
「し・・・もし・・・もしもしプラム! 聞こえる?! こ・・・らベル! 今ど・・・いるの?!」
「聞こえてますよ。大丈夫。今、支部の4階にいるッス」
「ま・・・茶なことを! すぐ行・・・らね!」
「えへへ。了解ッス」
通信が途切れた。特殊無線機を床に捨て、スマートフォンを取り出す。
意識が徐々に薄れていく。眠ってしまわぬよう、必死に意識を保つ。視界がぼやけて、よく見えない。ホーム画面に表示された時刻。時間はギリギリ。間に合うか間に合わないか・・・。遠くから、大勢の人が階段を駆け上がる音が近づいてくる。
座り込んだまま、プラムは何も無い天井を見上げた。
「お腹すいた」
いつ、Bの襲撃を受けてもおかしくない。慎重に進みながら、プラムと翔斗は歩みを進める。翔斗の足が小刻みに震える。銃を手に前を歩くプラムの背中は、今まででいちばん逞しく見えた。
大きな玄関ロビーへ出た。来客用の受付カウンターや事務室はからっぽで、人の気配はない。
プラムは壁から壁、石柱から石柱に進み、6階に続く大きな階段に少しずつ近づく。そんな彼女の背中に張り付くように、翔斗も懸命についていく。
階段に差し掛かった。翔斗は、階段の壁に取り付けられた手すりよりも頭が低くなるようにかがんだ。プラムが階段の一段目に足を置いた。
「・・・!」
突如、受付カウンターからBが姿を現した。同時に激音が響き渡る。
「走れ!」
すかさずプラムも発砲。いたる場所に銃弾がめりこみ、壁に小さな穴を開けていく。
「ウッ!」
左の上腕を弾が掠った。
クソッ・・・!
怯まずに撃ち続ける。銃撃戦の最中、プラムは背後に意識を向けた。
・・・!
壁に守られているとはいえ、銃弾が降り注ぐ階段で、翔斗はうずくまったまま震えて動けなくなっていた。
「4階だッ!! 早く行けッ!!!」
プラムが叫んでようやく、翔斗は階段を駆け上がって行った。
・・・ッ?!
一瞬目を離した隙に、受付カウンターに潜んでいたBは姿を消していた。
しまった・・・。
受付カウンター、事務室、自販機、石柱、トイレ・・・。あらゆる場所に目を移しながら、プラムは後ろ歩きで階段をゆっくりと上がった。
ッ──。
眼前に迫るナイフをようやく認識したとき、体が勝手に反応していた。すかさず斜めに傾いた視界を平行に戻して飛び退く。
とっさに発砲。しかし、すでに回避行動を取っていたB。ひとっ飛びで階段を上りきり、プラムとの間合いが潰れる。
「・・・ウォッ!!」
肉薄する刃。辛うじて避けきり、袖に仕込んでいたコールドスチールナイフを振りかざす。交わされる。両者、互いの体を目掛けてナイフを滑り込ませる。
刃と刃。激突。Bの圧倒的なパワー。弾かれるプラムのナイフ。すかさず銃撃。避けられる。
「むんっ!」
「グギッ・・・!」
強烈なローキック。太ももに走る激痛。よろけるプラム。
死ね──。
プラムに銃口を向けるBの足元に、石ころのようなものが転がってきた。
「・・・!」
すかさず階段から飛び降りたB。直後、凄まじい爆発。爆風と熱風が体に襲いかかる。ボロボロになった階段。そこに、プラムの姿はなかった。
「イッ・・・」
プラムさん・・・。
4階の第三会議室に逃げ込んできたプラム。壁にもたれかかり、途切れる呼吸を抑えようと努めている。銃弾が掠った左の上腕を抑える彼女の右手には、血が滲んでいる。右の頬も一文字に切り裂かれ、真っ赤な血がドロリと薄く流れ出ている。
・・・危なかった。あと少し反応が遅れていたら、切り裂かれていた。
「プラムさん・・・」
どうすれば良いか分からない翔斗は、立ち尽くしたままひたすら考えていた。
どうしたらいい! どうしたら! 包帯も無い、絆創膏も無い! どうしたら!
「こっからは・・・」
「え?」
突然、話し始めたプラム。必死に考えていた翔斗の意識が現実に引き戻された。
「こっからはお前ひとりだ」
「そんな・・・」
「6階の長い廊下の突き当たりを右に行ったら、非常用ベルがある」
身体中が痛むのか、プラムは苦悶の表情を浮かべている。しかし、彼女はその痛みを無理やり押し殺しながら言葉を繋げていく。
「隠し通路の扉を開けるための偽装ボタンだ。行け」
「で、でも」
「でもじゃねえ行け」
「け、けど、プラムさんこんなに怪我して・・・」
「政治家になるんだろうがッ!」
声を荒げるプラム。頬から流れる血が、床に滴っていく。目はおぼろげに床を見つめ、痛みに耐えることに大半の意識を割いている。
震えが止まらない脚。プラムは終始、床の虚空を見つめて、浅い呼吸を繰り返している。もうこれ以上、彼女に話しかけてはいけない。ただでさえ限界なのに。もう行かなければ。ひとりで。翔斗が踵を返し、その場から黙って立ち去ろうとした、その時だった。
「翔斗」
ふと、名を呼ばれた。振り返ると、壁にもたれかかって座り込む、傷だらけの美女がこちらを見て微笑んでいた。
「かっこよくなれよ」
何も言わず、力強く頷く。呼応するかのように、プラムは微笑んだまま小さく頷いた。それが、翔斗が最後に見た彼女の顔だった。
誰もいなくなった。
グッ・・・痛え。
立ち上がるのもひと苦労だ。左の上腕は被弾。とても使い物にならない。右の頬からは頬を伝って血が流れ出て、顎からポタリポタリと床に滴っている。右ポケットからハンカチを取り出し、頬を押さえる。ここは4階中央廊下。ビル施設内では最も長い通路。この廊下の突き当たりはT字路で、左はトイレ。右は倉庫だ。
この身体では到底勝てない。ここはひとまず、倉庫に身を隠して・・・。
・・・。
そうも言っていられなくなったようだ。後方の階段から、革靴の音が少しずつ近づいてくる。体を引きずるように歩くプラムは、徐にポケットを探り始めた。
聞こえる。微かに。息を切らした奴の声・・・。このまっすぐな廊下の突き当たり、T字路のどちらか。
Bは物音を立てぬように靴を脱ぐと、すり足で慎重に歩みを進めた。距離にしておよそ20と数メートル。徐々に突き当たりに近づくにつれ、奴の声もハッキリと聞こえるようになってきた。
およそ15メートル。
・・・電話しているのか?
誰かと会話している。そっと銃を構え、さらに近づく。静かに。より静かに。服が擦れる音さえ許さない。右か左か、どちらだ。
突き当たりまでおよそ7メートル。推測が、やがて確信に変わる。
およそ3メートル。既に目と鼻の先。あと数歩進めば、そこに奴がいる。
「早く来てくれ頼む。血が出てんだ。場所は分かるだろ? GPSで」
これが奴の死に際か。
「いいから早く! 殺されちまう!」
聞くに堪えない。銃を握り締め、ゆっくりと、確実に足を運ぶ。距離にしておよそ1メートル。あと一歩。終わりだ。
「そう、そうだ。早く」
プラムは助けを呼ぶのに必死なようだ。
裏社会の人間が情けない。・・・死の間際、その叫びさえ押し殺して、Cは草むらの中でたったひとり、生き絶えたのだ。
最後まで誇り高きアサシンだったCを、お前のような運が良いだけの、情けない奴が・・・? 馬鹿な! 今まで殺してきたどの敵よりも情けない! 情けない!!
放たれた思考。勢いよく体を右方向に放り出し、思い切り銃を突きつけた。
死ね!!
瞬間、銃声。
ドサリと、重みのある音が響いた。
数秒前まで敵だったモノから吹き出した赤黒い液体が、水だまりを作っている。
構えたままだった銃を無気力に下ろし、そのまま背後の壁に体重を預けて静かにしゃがみ込んだ。死体となったかつての敵から、依然として助けを請う音声が流れ続けている。巨体の下敷きになったデコイボイス機を取り出す力など、この体のどこにも残っていない。
ハハ・・・左だよバーカ。
銃を放り捨てた。滑り転がる銃は、Bの死体の手前で止まった。心臓の鼓動がハッキリと聞こえる。水滴が水面に波紋を作るように、身体の隅々にいのちの波が行き渡る。
みんなは・・・。
死体を横目に、胸ポケットから小型特殊無線機を取り出し、通信オンのスイッチを押す。しばらくノイズが鳴った後、誰かの声が微かに聞こえてきた。
「し・・・もし・・・もしもしプラム! 聞こえる?! こ・・・らベル! 今ど・・・いるの?!」
「聞こえてますよ。大丈夫。今、支部の4階にいるッス」
「ま・・・茶なことを! すぐ行・・・らね!」
「えへへ。了解ッス」
通信が途切れた。特殊無線機を床に捨て、スマートフォンを取り出す。
意識が徐々に薄れていく。眠ってしまわぬよう、必死に意識を保つ。視界がぼやけて、よく見えない。ホーム画面に表示された時刻。時間はギリギリ。間に合うか間に合わないか・・・。遠くから、大勢の人が階段を駆け上がる音が近づいてくる。
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