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【第30話】あれからしばしの時が経ち
しおりを挟む季節が変わった。木々の緑は抜け落ち、アスファルトの陽炎は姿を見せなくなった。暑苦しかった蝉の声は聞こえなくなり、枯れ果てた草木には寂しい風が吹いている。
さて、寒さが肌に染みる季節となった世間では、逆にひとつのニュースが熱烈な盛り上がりを見せていた。
[『株式会社CHONNMAGE』ビル爆発倒壊、新事実判明]
新聞の一面を飾る大ニュース。
数ヶ月前、都内にビルを構える株式会社CHONNMAGEが、突如として大爆発を起こした。その威力は凄まじく、6階の高さもある施設がことごとく崩落してしまったのだ。事故現場は阿鼻叫喚。近隣住民は戦慄した。
数十名にも及ぶ死傷者を出した、謎のビル爆発事故。同時に、あの大物政治家である黒川一博が謎の死を遂げた事から、ビルの爆発に巻き込まれたのではないかという憶測が飛び交い、日本民栄党の白山派が疑われた。しかし、白山派はこれを真っ向から否定。
見え隠れする事件性や不自然な報道・・・その謎の多さから、SNS上では陰謀論が囁かれ、情報が錯綜。世間の注目を一気に集めることとなったのだ。
「ちょっと、どういうことなのよコレ!」
「仕方ねーだろぉ?!」
広い畳の部屋。棚には何も置かれていない。殺風景な空間の真ん中に置かれた大きな炬燵で暖をとる黒スーツの女性、ベルは、新しく建てた拠点に遊びに来た公安警察の土井に文句を垂れていた。
「ビル爆発の件は報道させるなってアレだけ頼んだじゃないのよ!」
「いや、俺も一生懸命動いたっつの! 証拠にほら、見てみ。死傷者の詳細は非公開だろ?」
「ソリャそうでしょーが! 『爆発に巻き込まれて死んだのは、まんまとおびき寄せられた39委員会の私兵たちです』なんて書かれたら、私たち即終了よ!」
「わ、悪かったよぉ!」
「もう、土井のバカちん!」
新聞をビリビリに破り捨てるベルは、頭を抱えて苦しそうな表情で悶えている。その様子をすぐそばで見つめるビットは、相変わらず真顔で無表情である。
「あー、もうやだぁ」
土井はそんな彼女に同情するかのように、ベルの肩に手をポンと置いた。
「苦労、お察しするぜ」
「余計なお世話です!」
そう言って、ベルは土井の手をパシッと弾いてしまった。土井は赤く腫れ上がった手をプラプラと振りながら、フーと息を吹きかけた。
「おーイテ。・・・そういえば最近、あのふたり見ねえな」
「あのふたりって?」
「ほら、お前が可愛がってる女の子たちだよ」
「ああ、プラムとアローのことですか。あの子たちなら、また特殊課に放り込みましたよ」
それを聞いた土井は、思わず声を出して笑ってしまった。プンスカ怒るベルは「笑い事じゃないわよ!」と言ってこたつの机をバンバン叩いた。
「まったく、あの子らもカワイソーになぁ」
「トーゼンよ! 車で市街を暴走するわ、学校の先生と大喧嘩するわ、家政婦さんに迷惑ばかりかけるわ、まだ手を出すなと言ってたカルト教団は勝手に潰すわ、あの子たちが壊した物全部、私に請求来るわ!!」
「ダァッハッハッハ! 特殊課ってアレだろ? 何かやらかした奴らが入れられる雑用専門係だろ?」
「そーよ。まったくもう!」
頬杖をついてため息をつくベル。土井がニヤリと笑った。
「けど、あの子らなんだろ? ALPHABETのBを殺ったのは」
「まぁそうね」
土井はさらにニヤけながら、ベルの顔を伺った。
「本当はあの子らを辺境の地に飛ばして、匿ってやってんだろ?」
「・・・ふん、うるさい」
ぎこちなくそっぽを向くベル。その様子を見て、そばに立つビットはわずかに微笑んだ。土井は机に肘をついて顎に手を添えると、鋭い眼光をベルに向けた。
「そろそろ、お前たちの正体をあの子たちに伝えてもいいんじゃないか? いつかは、39委員会との全面戦争になるんだぞ」
「・・・まだ早いわよ。もう少し、あの子たちには休んでいて欲しいわ」
ベルと土井の間に、妙に暖かな空気が満たされていった。
「むかーしむかーしある所に、お爺さんとお婆さんがいました」
ここは、草村幼稚園。緑豊かな自然の中にぽつりと佇む、小さな幼稚園だ。深刻な人手不足解消のため、最近ふたりの女性がアルバイトとして入ってきた。その新人のふたりが、園児たちの人気を集めているという。
特に、長髪の新人女性の紙芝居は大人気で、園児たちの中には熱狂的なファンもいるほど。その語りの上手さは、ベテランの先生も一目置くレベル。あまりの評判に、自治体でも偉い立場の園長先生が、本日わざわざ足を運んで彼女の紙芝居を見に来ていた。
教室には園児だけでなく、大勢の先生と園長先生が集い、皆その女性の紙芝居に注目していた。果たして、彼女はどのようにして幼い子供たちを紙芝居で魅了しているのだろうか・・・。
「お爺さんは山の芝刈りに。お婆さんは川に洗濯に向かいました。お婆さんが川で洗濯をしていると、ドンブラコ~ドンブラコ・・・ドンブラコッコー、ドンブラコ~」
何という抑揚。聞く者全ての耳を癒す川の音。まさに今、川に大きな桃が流れてきた情景が浮かび上がる・・・!
園長歴30年の園長先生は確信した。
語り方、間の開け方、全て完璧・・・。聞いているうちに作品に引き込まれ、早く次のページが見たくなる! ・・・間違いない。彼女は数十年に一度の、紙芝居の逸材だわ! 私の目に狂いはない。この子なら、空想と夢に溢れる子どもたちの想像力を無限大に膨らませることができる! この子をアルバイトに採用して良かった!
アルバイトの女性が画用紙を一枚、ぺらりとめくった。そこには、画用紙いっぱいに大きく描かれた、どっしり構えるウンコの絵が・・・。
「ドンブラコー、ドンブラコ。川の向こうから、大きな大きなウンコが流れてきました!」
・・・は?
目が真っ白になる園長先生。顔面蒼白で固まる先生たち。ドッと爆笑の渦を巻き起こす園児たち・・・。
あーあ、アローやらかしちゃったー。今日だけはやめとけって言ったんだけどなぁ。
可愛らしいライオンが描かれたエプロンを着るプラムは、爆笑する園児たちと激怒する先生たちで賑わう教室の中でひとり、大きなあくびをした。
紙芝居を強制終了させられ、園長先生から酷く怒られるアローを眺めながら、プラムはぼんやりと教室の隅に突っ立っている。
はぁ・・・なーんでこんなことになるかねぇ。確かにアタシらがポンコツなのは分かるけどさ。よりによって幼稚園? そりゃあんまりだよベル姉。
すると、鼻を垂らしたひとりの男児がてくてくと近寄ってきた。
「せんせー、うんちもらしたー」
「ん? おぉそうか・・・なにぃッ?!」
うわクサッ!!
「せんせえトイレー」
「なんで漏らしてから言うんだよぉ!」
あまりの臭さに鼻が曲がりそうになりながら、男児をトイレに連れて行くプラム。男児はヘラヘラと笑いながら、プラムに自慢をし始めた。
「せんせ、ぼくのうんちおっきーよ!」
「知らーん!」
「みてみてー」
「うぉぉおおおお見せるなァァァァ!!!」
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