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【第31話】車遊びは控えめに
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田舎の夜とは、まさに真っ暗闇そのものである。街灯など滅多に存在せず、そもそもが少ない家屋の明かりも非常に乏しい。
都会の建造物の灯りに照らされ、夜でも肌の色が目に見えて分かるような世界は、田舎にはまず存在しないのだ。月明かりと星の輝きのみが、夜の道を自然に照らす。人や車の喧騒などとは無縁の、静かな場所。
さて、プラムとアローは、ベルに用意されたボロアパートで共同生活を送っていた。仕事でやらかした代償として、嫌々放り込まれた幼稚園のアルバイト。度重なる激務を乗り越えたふたりは、プラム自慢のランエボに乗って激安スーパーで買い物を終え、今しがた帰宅したところである。
「はぁ~、疲れたわねぇ~」
「あぁ。クタクタだ」
日がな一日中、自由に走り回り、自由に笑い、自由に泣きじゃくる子供達の相手をしていたのだ。ふたりの疲労は、本業以上に溜まっていた。
「まぁとりあえず、缶ビール開けましょー」
さぁ、宴が始まる。アローはビニール袋をちゃぶ台にドカリと乗せ、唐揚げや天ぷらなどの惣菜を取り出して並べると、冷蔵庫から冷やしておいたビールを掴み出した。キンキンに冷えた缶の肌触り。外はほんのり寒いというのに、アローの心はこの凍てついたビールを欲していた。
プシュッ。わずかに飛沫が見えると同時に、ぽっかりと空いた穴の向こうに揺れる波。麦の海。座り込んでスマートフォンをいじくるプラムなどお構いなしに、柔らかい唇を缶の開口部と密着させた。口の中を満たしていく炭酸。喉を通るのは、爽快という概念そのもの。
ゴクッ・・・ゴクッ・・・。
「ッぷっはぁあああ~!! 効くぅうう~!!」
涙さえ滲み出てくる、圧倒的な美味さだ。我慢できず、唐揚げを口に放り込む。溢れ出る肉汁。すかさず、ビール。
「くぅぅううう~!!!!」
「・・・」
夕食兼晩酌を心から楽しむアローの前で、プラムは黙って唐揚げを頬張っている。見かねたアローは、プラムに缶ビールを差し出した。
「飲みなよ~。疲れてんじゃないのー?」
頬を少し赤くしてビールを勧めるアローに、プラムは首を横に張るだけだった。
「なんでよぉ。一緒に飲んだ方が楽しいのにー」
「あたしゃこの後ひとっ走りしてくる」
「ん? ひとっ走り?」
アローの目つきが変わった。お惣菜のえびの天ぷらを頬張りながら、プラムの顔を覗き込む。
「アンタまさか、峠を攻めようってんじゃないでしょーね。謹慎中なのに」
「悪いかよ」
「ベル姉に知られたら怒られるわよ~」
「けっ」
少しバツが悪そうにするプラム。アローはハッとした。彼女には分かるのだ。長年行動を共にしていると、普段から無表情なプラムの微妙な口元の動きや、眉の傾き具合で、その時の感情が手に取るように分かる。今、プラムが見せた表情はまさに、欲求不満の4文字。アローは満面の笑みで答えた。
「いいじゃなーい! 大大大賛成よ! アタシも乗せて!」
「あぁ? アローも?」
「何よ~。不服なのー?」
「いや、だってお前、疲れてんじゃねえのかよ」
「大丈夫よへーきへーき! それにアンタ最近、つまらなそーにしてたからさ~」
「なんで分かるんだよそんなこと」
「さぁね。でも分かるのよー」
「・・・あっそ。言っとくけど、ダウンヒルだぞ?」
「愚問ね。アタシはどんな絶叫アトラクションでも無表情を貫けるくらい肚が座ってんのよ」
「あっそ」
「ぎゃあぁぁぁああああぁあぁああ!!」
「ィやっほぉぉおおおおおおお!!!」
峠に鳴り響くマフラーの雄叫び。タイヤとアスファルト道路の激しい摩擦音。独特の吸気音。
プラムは今、生きている。ランエボと同化している。意思がそのまま、ステアリングに乗っかる。迫り来るコーナー。対向車はいない。目一杯加速する。
まだだ・・・。
「ちょっ、プラムッ! カーブカーブ!」
まだまだ・・・。
「ぶ、ぶぶブレーキ! ブレーキぃいい!! ぎゃああああ!!」
今ッ!!
一才の兆しを見せず、ゼロカウンターのドリフトを遂行するプラム。全身にぞわりと鳥肌が立つ。綺麗にストレートに復帰し、再びアクセル全開。
うん、いい・・・。最高だ。やっぱりあたしのランエボは最高だ!
久々に夜の峠を攻めることができて、満足げなプラム。助手席のアローは終始絶叫を繰り返し、先ほど飲んだビールをいつリバースするかとの戦いを繰り広げていた。
と、その時。プラムのポケットから、小刻みに振動が走った。スマートフォンに着信だ。絶叫するアローを放っておいて、プラムは片手でポケットからスマートフォンを取り出した。
「ちょっ・・・! なに片手運転してんのよぉ!」
「・・・げっ!」
「な、なに?!」
「ベル姉からだ・・・」
「え~?!」
ま、まずい・・・。謹慎中に遊んでるのがバレたら、また大目玉だ。けど、コース的にはここからが一番楽しいんだよな・・・。
プラムは恐る恐る通話ボタンを押し、耳にスマートフォンを当てた。
「も、もしもし・・・」
「お疲れ様~」
「お疲れッス・・・」
「・・・何やら騒がしいわね。スキール音がするわよ」
「あーいやいや! 今ちょうどテレビでラリー選手権見てまして!」
頬に大量の汗をかきながら、片手で慣性ドリフトを決めるプラム。助手席に座るアローは恐ろしさのあまり、気絶寸前だ。
「ふーーーーん? にしては、臨場感たっぷりの排気音ねぇ」
「で、でしょ~?! いいスピーカー買ったんスよぉ~!」
「あら~。お買い物したのねぇ。ところで今聞こえた吸気音、ランエボよね? ラリー選手権にはランエボも参戦してるのかしら」
「あ、ああハイもちろん!」
「へぇ~」
や、やばい・・・ だいぶ疑ってるぞこれ! お、怒られる・・・!
「・・・まぁいいわ。アンタたちに連絡よ」
「う、ウッス!」
杞憂だったか。プラムの想定した最悪の展開はあっさりと回避され、ベルはいつもの口調で続けた。
「明日の午後13時に支部ビルに来てちょうだい。新しい仕事よ」
「ウッス。了解しました」
「夜遊びもほどほどにね」
バ、バレてたぁぁぁ~!!
「な、なんのことでしょうね! アハハ」
慌てて電話を切ったプラム。明日午後13時に新しく建てられた支部ビルに集合か。また怒られそうだな・・・。
スマートフォンをポケットにしまい、ハンドルを握り直す。気を取り直して、全開ダウンヒルの再会だ。
「オエ・・・」
「・・・?」
ふと隣に目をやると、顔がブルベリーのように青ざめてしまっているアローが・・・。
「お、おい! ウッソだろお前!」
「や、やばい・・・」
「や、やめろ! 吐くなら外で! 今停めっから!!」
「ぐぇええ・・・」
「うぉぉおおぉおおやめてくれぇええ!!」
都会の建造物の灯りに照らされ、夜でも肌の色が目に見えて分かるような世界は、田舎にはまず存在しないのだ。月明かりと星の輝きのみが、夜の道を自然に照らす。人や車の喧騒などとは無縁の、静かな場所。
さて、プラムとアローは、ベルに用意されたボロアパートで共同生活を送っていた。仕事でやらかした代償として、嫌々放り込まれた幼稚園のアルバイト。度重なる激務を乗り越えたふたりは、プラム自慢のランエボに乗って激安スーパーで買い物を終え、今しがた帰宅したところである。
「はぁ~、疲れたわねぇ~」
「あぁ。クタクタだ」
日がな一日中、自由に走り回り、自由に笑い、自由に泣きじゃくる子供達の相手をしていたのだ。ふたりの疲労は、本業以上に溜まっていた。
「まぁとりあえず、缶ビール開けましょー」
さぁ、宴が始まる。アローはビニール袋をちゃぶ台にドカリと乗せ、唐揚げや天ぷらなどの惣菜を取り出して並べると、冷蔵庫から冷やしておいたビールを掴み出した。キンキンに冷えた缶の肌触り。外はほんのり寒いというのに、アローの心はこの凍てついたビールを欲していた。
プシュッ。わずかに飛沫が見えると同時に、ぽっかりと空いた穴の向こうに揺れる波。麦の海。座り込んでスマートフォンをいじくるプラムなどお構いなしに、柔らかい唇を缶の開口部と密着させた。口の中を満たしていく炭酸。喉を通るのは、爽快という概念そのもの。
ゴクッ・・・ゴクッ・・・。
「ッぷっはぁあああ~!! 効くぅうう~!!」
涙さえ滲み出てくる、圧倒的な美味さだ。我慢できず、唐揚げを口に放り込む。溢れ出る肉汁。すかさず、ビール。
「くぅぅううう~!!!!」
「・・・」
夕食兼晩酌を心から楽しむアローの前で、プラムは黙って唐揚げを頬張っている。見かねたアローは、プラムに缶ビールを差し出した。
「飲みなよ~。疲れてんじゃないのー?」
頬を少し赤くしてビールを勧めるアローに、プラムは首を横に張るだけだった。
「なんでよぉ。一緒に飲んだ方が楽しいのにー」
「あたしゃこの後ひとっ走りしてくる」
「ん? ひとっ走り?」
アローの目つきが変わった。お惣菜のえびの天ぷらを頬張りながら、プラムの顔を覗き込む。
「アンタまさか、峠を攻めようってんじゃないでしょーね。謹慎中なのに」
「悪いかよ」
「ベル姉に知られたら怒られるわよ~」
「けっ」
少しバツが悪そうにするプラム。アローはハッとした。彼女には分かるのだ。長年行動を共にしていると、普段から無表情なプラムの微妙な口元の動きや、眉の傾き具合で、その時の感情が手に取るように分かる。今、プラムが見せた表情はまさに、欲求不満の4文字。アローは満面の笑みで答えた。
「いいじゃなーい! 大大大賛成よ! アタシも乗せて!」
「あぁ? アローも?」
「何よ~。不服なのー?」
「いや、だってお前、疲れてんじゃねえのかよ」
「大丈夫よへーきへーき! それにアンタ最近、つまらなそーにしてたからさ~」
「なんで分かるんだよそんなこと」
「さぁね。でも分かるのよー」
「・・・あっそ。言っとくけど、ダウンヒルだぞ?」
「愚問ね。アタシはどんな絶叫アトラクションでも無表情を貫けるくらい肚が座ってんのよ」
「あっそ」
「ぎゃあぁぁぁああああぁあぁああ!!」
「ィやっほぉぉおおおおおおお!!!」
峠に鳴り響くマフラーの雄叫び。タイヤとアスファルト道路の激しい摩擦音。独特の吸気音。
プラムは今、生きている。ランエボと同化している。意思がそのまま、ステアリングに乗っかる。迫り来るコーナー。対向車はいない。目一杯加速する。
まだだ・・・。
「ちょっ、プラムッ! カーブカーブ!」
まだまだ・・・。
「ぶ、ぶぶブレーキ! ブレーキぃいい!! ぎゃああああ!!」
今ッ!!
一才の兆しを見せず、ゼロカウンターのドリフトを遂行するプラム。全身にぞわりと鳥肌が立つ。綺麗にストレートに復帰し、再びアクセル全開。
うん、いい・・・。最高だ。やっぱりあたしのランエボは最高だ!
久々に夜の峠を攻めることができて、満足げなプラム。助手席のアローは終始絶叫を繰り返し、先ほど飲んだビールをいつリバースするかとの戦いを繰り広げていた。
と、その時。プラムのポケットから、小刻みに振動が走った。スマートフォンに着信だ。絶叫するアローを放っておいて、プラムは片手でポケットからスマートフォンを取り出した。
「ちょっ・・・! なに片手運転してんのよぉ!」
「・・・げっ!」
「な、なに?!」
「ベル姉からだ・・・」
「え~?!」
ま、まずい・・・。謹慎中に遊んでるのがバレたら、また大目玉だ。けど、コース的にはここからが一番楽しいんだよな・・・。
プラムは恐る恐る通話ボタンを押し、耳にスマートフォンを当てた。
「も、もしもし・・・」
「お疲れ様~」
「お疲れッス・・・」
「・・・何やら騒がしいわね。スキール音がするわよ」
「あーいやいや! 今ちょうどテレビでラリー選手権見てまして!」
頬に大量の汗をかきながら、片手で慣性ドリフトを決めるプラム。助手席に座るアローは恐ろしさのあまり、気絶寸前だ。
「ふーーーーん? にしては、臨場感たっぷりの排気音ねぇ」
「で、でしょ~?! いいスピーカー買ったんスよぉ~!」
「あら~。お買い物したのねぇ。ところで今聞こえた吸気音、ランエボよね? ラリー選手権にはランエボも参戦してるのかしら」
「あ、ああハイもちろん!」
「へぇ~」
や、やばい・・・ だいぶ疑ってるぞこれ! お、怒られる・・・!
「・・・まぁいいわ。アンタたちに連絡よ」
「う、ウッス!」
杞憂だったか。プラムの想定した最悪の展開はあっさりと回避され、ベルはいつもの口調で続けた。
「明日の午後13時に支部ビルに来てちょうだい。新しい仕事よ」
「ウッス。了解しました」
「夜遊びもほどほどにね」
バ、バレてたぁぁぁ~!!
「な、なんのことでしょうね! アハハ」
慌てて電話を切ったプラム。明日午後13時に新しく建てられた支部ビルに集合か。また怒られそうだな・・・。
スマートフォンをポケットにしまい、ハンドルを握り直す。気を取り直して、全開ダウンヒルの再会だ。
「オエ・・・」
「・・・?」
ふと隣に目をやると、顔がブルベリーのように青ざめてしまっているアローが・・・。
「お、おい! ウッソだろお前!」
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