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第1章 PLAYER1
旧神の賛美歌 ③
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目の前に、肥えた汚い男が座っている。40代後半、貿易で成り上がった父親の莫大な遺産を相続しこの街で貴族のごとく振る舞っている。親から引き継いだだけの地位をあたかも自分の力で得たかのように振る舞うこの男を彼は心から軽蔑していた。
「ご苦労、もう退がっていい。しばらく一人になりたい」
男は彼に告げた。しかし、彼にその気はなかった。ようやく二人っきりになれたのだこの機会を逃すては無い。
「退がれと言っている」
動こうとしない彼に男はもう一度偉そうに告げる。
「おいっ・・・」
「ルナという少女を覚えていますか?」
彼は静かに切り出した。
「誰だそれは、いいから退がれと・・・」
男の声はそこで止まった。彼が隠し持っていたナイフを素早く抜き、男の喉元に当てたからだ。
「貴様、私が誰だかわかっているのか?」
「少女趣味の変態だろう?」
男の性癖は知っている人は知っている程度には有名だった。
「質問に答える気にしてやろうか」
ナイフに力を込める。
「ま、待て。今、私の元にはそんな名前の少女はいない。本当だ」
彼が本気と見ると男の態度は一変した。
「ウェーブのかかった黒い髪に、緑の目だ。死にたくなかったらよく思い出すことだな」
その言葉で男はピンときたらしい。
「お、思い出したよ。確かに昔ここにいた。だが、何年も前のことだもうここにはいない。本当だ信じてくれ」
「今はどこにいる?」
「お、お前も短いとはいへここに勤めているんだ。わ、わかるだろう?」
下卑た薄ら笑いを浮かべる。男は徹底した実利主義者だ。自分が仕入れた商品に気に入った少女がいると楽しむだけ楽しみ、男の食指が動かない年齢になると、少女たちは次の持ち主へと売り払らわれる。
「誰に売った。質問に答えろ!」
激昂する。
「ひっ、ま、待ってくれ今おもいだす。思い出すから・・・」
彼の怒りが、理性を上回ろうとするのを感じとって男の表情が再び凍る。ナイフは薄皮を一枚分、男の命に近づいた所で止まった。血が首を伝う。
「た、確か・・・、確か・・・」
必死に記憶をたどっていた。男は無理やりにでも記憶を呼び覚ますこと以外に、彼のナイフの侵攻を食い止める手立てを思いつかなかった。
「お、思い出した。思い出したぞ!」
自らの記憶が、その命を生きながらえさせた事に男は歓喜する。
「どこだ!ルナという少女は、・・・姉さんは今どこにいる!」
「言う、・・今言うから落ち着け」
彼から吹き出る憤怒が誤って、男の喉を掻き切らぬ様男は必死になだめた。
「た、確か、そう買ったのは確か聖職者らしき男だ。アルビシオントンネルにある研究所で何かの実験に使うといっていた。材料にするために特別な才能を持った子供集めてると。そ、それで、私の取り扱う商品を見にきたんだ。それで、ルナを含めた数人を買っていった。う、嘘じゃ無い。も、もういいだろう、知ってることは正直に話した」
「わかったよ」
男の呼びかけに応じる様に、彼はナイフに込める力を緩めた。
「そ、そうか、わかってくっ–––––」
安堵に漏れた息は、男の喉から鮮血とともに出てきた。
「きさっ、・・・」
ヒュー、ヒューと息を漏らしながら恨みがましく膝を着く男を見下ろしながら、彼の関心ごとはもう次へと移っていた。
「アルビシオントンネル・・・」
それが、彼の次に向かうべき場所だ。
******
腹に空いた穴から、血と体温とそして命が漏れていく。どれほどの時間が経ったのだろうか。降り始めた小雪は、いつの間にか自分の体に積もっていた。寒さは感じない。もう彼の体温は積もる雪の温度まで冷え切った。死ぬのか、と思った。姉さんにもう一度会いたかった。集めた情報から考えて、彼女がまだ生きているとは思えない。だが、せめて眠っているという彼女の顔を見て納得したかった。体はもうピクリとも動かない。あるいは肉体はもう死んでいて、この感情だけがかろうじて残っているのかもしれない。
残っているのは後悔だ。姉さんに、もう一度会いたかった。そして叶うのなら彼女を救いたかった。もしあの頃の自分が今の自分ならそれができたはずなのに。いや、それは自惚れだろう。彼は所詮ここで朽ち果てる程度の男であったし、何より救うにはもう遅すぎるのだ。でもせめて、あと一目彼女の姿を見たかった。現実を知って諦めたかった。彼にはそれすら許されない。
「死ぬのか?」
何かが自分を見下ろしている。覗き込むのは天使か、死神か。もう、ろくに像を結ぶ力もない瞳ではそれが何かを特定するのは不可能だ。
–––––––– 死ねない。まだ死ねないんだ。
その何かに向かって彼は必死に訴えた。
「まだ死ねないか、ならば–––––––– 」
悪魔でも死神でも、彼にその先をくれるのならなんでも構わない。何者かの問いかけに彼はイエスと答えた。それが、彼の人生における最後の思考となった。
******
夢を見ていた。夢・・・違うこれは記憶だ。カイの記憶。カイ・カニンガルの記憶だ。カイ、なぜ今になってこんなものを見せるんだ。 あの日、ベースキャンプに眠る眠り子を見て以来、何度語りかけようが答えてはくれなかったのに。
そこまで考えて我に帰った。今、何時だ。ここはどこだ。あれからどうなった。次々と溢れる疑問の答えを探してユウキは瞳を開く。飛び込んできたのは木製の天井、そしてユウキの傍らで安堵の表情を浮かべる白銀の髪の美しい獣人だ。
「よかった。目を覚ましたか。もう一生眠っているかと思ったぞ」
喜びに涙すら浮かべながらイッポリートが微笑んだ。
「ここは?」
「ベースキャンプだ」
「そうか、ちゃんと無事に帰ってこられたのか」
彼女の答えにユウキは安堵する。
「みんなは?」
何気なく尋ねたユウキの問いに、イッポリートの表情が曇った。思考が冷える。ユウキは咄嗟に体を起こした。
「ベンは!?」
「ここにいる」
ユウキの死角にいたベンが返事をして彼は再び安堵する。
「なんだ脅かすなよ。サトリは? 力を使っちまったから俺みたいに寝てるのか?」
苦悶の表情とともに、イッポリートが目をそらす。嫌な予感がした。
「え? サトリは、サトリはどこだ!? 無事なんだろう?」
すがる様にイッポリートの肩をつかんだ。
「サトリはっ–––––」
彼女は言葉の続きを言えずに唇を噛む。
「いい、俺から話す」
いつの間にか側まで歩み寄っていたベンがイッポリートに変わってユウキの横たわるベッドの脇に座り直す。
「ベン!サトリは無事なんだよな?」
残酷にも彼は首を横にふる。
「すまん、ユウキ」
そして、頭が真っ白になった彼に向かってユウキが意識を失った後に怒った事をポツリポツリと話し始めた。
******
ユウキ達の作戦は一見成功した様に思われた。だが、橋とともに奈落の底に落ちて行った様に思えた闇はその触手を目いいいっぱいに伸ばしサトリの足をつかんだ。彼女はもちろん、PSYでそれを払いのける。しかしそれは闇に彼女が捕捉されたことと同義だった。サトリは自らの運命を悟り、ベン達の退路を確保するためにその場に残った。
「それじゃあ・・・、あんたサトリを見捨てたってことかよ!」
ユウキは激昂する。
「ベースキャンプまでの二日間、意識を失ったお前を抱えてサトリの力だけで闇の触手から逃れ続けるのは不可能だ。サトリが自分で選んだんだ。誰かがあそこで、アレを食い止めなければ俺たち全員が死んでた」
そしてあの時点でそれが可能なのはPSYを有するサトリだけだった。
「でも、だからって・・・」
どんなに正しい理論を並べられようと、ユウキは受け入れられなかった。
「約束・・・したんだ。全部終わったら、学食で・・・一緒にランチを食べようって」
「・・・・・・」
ユウキの悲痛な声に、誰もが沈黙した。ユウキの中に、抑えきれない激情が生まれる
「・・・ほんとだったな」
ただの八つ当たりなのかもしれない。だがユウキには生まれた激情を向ける相手をベン以外に見出せなかった。
「街で会った男が言ってたんだ。あんたは死神だって、ほんとだったな。ベン、あんた死神だ!」
「ユウキ!あんた––––––」
ユウキのあまりのいい様に怒ったのはイッポリートだ。しかし、ベンはそんな彼女を手で制すと静かに告げる。
「三日後、ヘンリーさんの隊に混ぜてもらってトーヴァに帰る。それまで動ける様にしておけ」
彼はそれだけを告げると部屋を後にする。イッポリートもそれに続いく。後悔と、怒り、悲しみ。感情を整理するには彼にはまだ時間が足りなかった。
「ご苦労、もう退がっていい。しばらく一人になりたい」
男は彼に告げた。しかし、彼にその気はなかった。ようやく二人っきりになれたのだこの機会を逃すては無い。
「退がれと言っている」
動こうとしない彼に男はもう一度偉そうに告げる。
「おいっ・・・」
「ルナという少女を覚えていますか?」
彼は静かに切り出した。
「誰だそれは、いいから退がれと・・・」
男の声はそこで止まった。彼が隠し持っていたナイフを素早く抜き、男の喉元に当てたからだ。
「貴様、私が誰だかわかっているのか?」
「少女趣味の変態だろう?」
男の性癖は知っている人は知っている程度には有名だった。
「質問に答える気にしてやろうか」
ナイフに力を込める。
「ま、待て。今、私の元にはそんな名前の少女はいない。本当だ」
彼が本気と見ると男の態度は一変した。
「ウェーブのかかった黒い髪に、緑の目だ。死にたくなかったらよく思い出すことだな」
その言葉で男はピンときたらしい。
「お、思い出したよ。確かに昔ここにいた。だが、何年も前のことだもうここにはいない。本当だ信じてくれ」
「今はどこにいる?」
「お、お前も短いとはいへここに勤めているんだ。わ、わかるだろう?」
下卑た薄ら笑いを浮かべる。男は徹底した実利主義者だ。自分が仕入れた商品に気に入った少女がいると楽しむだけ楽しみ、男の食指が動かない年齢になると、少女たちは次の持ち主へと売り払らわれる。
「誰に売った。質問に答えろ!」
激昂する。
「ひっ、ま、待ってくれ今おもいだす。思い出すから・・・」
彼の怒りが、理性を上回ろうとするのを感じとって男の表情が再び凍る。ナイフは薄皮を一枚分、男の命に近づいた所で止まった。血が首を伝う。
「た、確か・・・、確か・・・」
必死に記憶をたどっていた。男は無理やりにでも記憶を呼び覚ますこと以外に、彼のナイフの侵攻を食い止める手立てを思いつかなかった。
「お、思い出した。思い出したぞ!」
自らの記憶が、その命を生きながらえさせた事に男は歓喜する。
「どこだ!ルナという少女は、・・・姉さんは今どこにいる!」
「言う、・・今言うから落ち着け」
彼から吹き出る憤怒が誤って、男の喉を掻き切らぬ様男は必死になだめた。
「た、確か、そう買ったのは確か聖職者らしき男だ。アルビシオントンネルにある研究所で何かの実験に使うといっていた。材料にするために特別な才能を持った子供集めてると。そ、それで、私の取り扱う商品を見にきたんだ。それで、ルナを含めた数人を買っていった。う、嘘じゃ無い。も、もういいだろう、知ってることは正直に話した」
「わかったよ」
男の呼びかけに応じる様に、彼はナイフに込める力を緩めた。
「そ、そうか、わかってくっ–––––」
安堵に漏れた息は、男の喉から鮮血とともに出てきた。
「きさっ、・・・」
ヒュー、ヒューと息を漏らしながら恨みがましく膝を着く男を見下ろしながら、彼の関心ごとはもう次へと移っていた。
「アルビシオントンネル・・・」
それが、彼の次に向かうべき場所だ。
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腹に空いた穴から、血と体温とそして命が漏れていく。どれほどの時間が経ったのだろうか。降り始めた小雪は、いつの間にか自分の体に積もっていた。寒さは感じない。もう彼の体温は積もる雪の温度まで冷え切った。死ぬのか、と思った。姉さんにもう一度会いたかった。集めた情報から考えて、彼女がまだ生きているとは思えない。だが、せめて眠っているという彼女の顔を見て納得したかった。体はもうピクリとも動かない。あるいは肉体はもう死んでいて、この感情だけがかろうじて残っているのかもしれない。
残っているのは後悔だ。姉さんに、もう一度会いたかった。そして叶うのなら彼女を救いたかった。もしあの頃の自分が今の自分ならそれができたはずなのに。いや、それは自惚れだろう。彼は所詮ここで朽ち果てる程度の男であったし、何より救うにはもう遅すぎるのだ。でもせめて、あと一目彼女の姿を見たかった。現実を知って諦めたかった。彼にはそれすら許されない。
「死ぬのか?」
何かが自分を見下ろしている。覗き込むのは天使か、死神か。もう、ろくに像を結ぶ力もない瞳ではそれが何かを特定するのは不可能だ。
–––––––– 死ねない。まだ死ねないんだ。
その何かに向かって彼は必死に訴えた。
「まだ死ねないか、ならば–––––––– 」
悪魔でも死神でも、彼にその先をくれるのならなんでも構わない。何者かの問いかけに彼はイエスと答えた。それが、彼の人生における最後の思考となった。
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夢を見ていた。夢・・・違うこれは記憶だ。カイの記憶。カイ・カニンガルの記憶だ。カイ、なぜ今になってこんなものを見せるんだ。 あの日、ベースキャンプに眠る眠り子を見て以来、何度語りかけようが答えてはくれなかったのに。
そこまで考えて我に帰った。今、何時だ。ここはどこだ。あれからどうなった。次々と溢れる疑問の答えを探してユウキは瞳を開く。飛び込んできたのは木製の天井、そしてユウキの傍らで安堵の表情を浮かべる白銀の髪の美しい獣人だ。
「よかった。目を覚ましたか。もう一生眠っているかと思ったぞ」
喜びに涙すら浮かべながらイッポリートが微笑んだ。
「ここは?」
「ベースキャンプだ」
「そうか、ちゃんと無事に帰ってこられたのか」
彼女の答えにユウキは安堵する。
「みんなは?」
何気なく尋ねたユウキの問いに、イッポリートの表情が曇った。思考が冷える。ユウキは咄嗟に体を起こした。
「ベンは!?」
「ここにいる」
ユウキの死角にいたベンが返事をして彼は再び安堵する。
「なんだ脅かすなよ。サトリは? 力を使っちまったから俺みたいに寝てるのか?」
苦悶の表情とともに、イッポリートが目をそらす。嫌な予感がした。
「え? サトリは、サトリはどこだ!? 無事なんだろう?」
すがる様にイッポリートの肩をつかんだ。
「サトリはっ–––––」
彼女は言葉の続きを言えずに唇を噛む。
「いい、俺から話す」
いつの間にか側まで歩み寄っていたベンがイッポリートに変わってユウキの横たわるベッドの脇に座り直す。
「ベン!サトリは無事なんだよな?」
残酷にも彼は首を横にふる。
「すまん、ユウキ」
そして、頭が真っ白になった彼に向かってユウキが意識を失った後に怒った事をポツリポツリと話し始めた。
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ユウキ達の作戦は一見成功した様に思われた。だが、橋とともに奈落の底に落ちて行った様に思えた闇はその触手を目いいいっぱいに伸ばしサトリの足をつかんだ。彼女はもちろん、PSYでそれを払いのける。しかしそれは闇に彼女が捕捉されたことと同義だった。サトリは自らの運命を悟り、ベン達の退路を確保するためにその場に残った。
「それじゃあ・・・、あんたサトリを見捨てたってことかよ!」
ユウキは激昂する。
「ベースキャンプまでの二日間、意識を失ったお前を抱えてサトリの力だけで闇の触手から逃れ続けるのは不可能だ。サトリが自分で選んだんだ。誰かがあそこで、アレを食い止めなければ俺たち全員が死んでた」
そしてあの時点でそれが可能なのはPSYを有するサトリだけだった。
「でも、だからって・・・」
どんなに正しい理論を並べられようと、ユウキは受け入れられなかった。
「約束・・・したんだ。全部終わったら、学食で・・・一緒にランチを食べようって」
「・・・・・・」
ユウキの悲痛な声に、誰もが沈黙した。ユウキの中に、抑えきれない激情が生まれる
「・・・ほんとだったな」
ただの八つ当たりなのかもしれない。だがユウキには生まれた激情を向ける相手をベン以外に見出せなかった。
「街で会った男が言ってたんだ。あんたは死神だって、ほんとだったな。ベン、あんた死神だ!」
「ユウキ!あんた––––––」
ユウキのあまりのいい様に怒ったのはイッポリートだ。しかし、ベンはそんな彼女を手で制すと静かに告げる。
「三日後、ヘンリーさんの隊に混ぜてもらってトーヴァに帰る。それまで動ける様にしておけ」
彼はそれだけを告げると部屋を後にする。イッポリートもそれに続いく。後悔と、怒り、悲しみ。感情を整理するには彼にはまだ時間が足りなかった。
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