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獣の里
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風の声を聞き、里や村の災厄を払うものがいる。彼らは風の里と呼ばれる場所に産まれ、様々な技術を会得したのち旅に出る。彼らは名を持たずただ"風渡り"と呼ばれている。
そしてここにひとり、風渡りと呼ばれる少女が居た。風がすすき草原を撫でるなか瞳を閉じて風の声を聞く、風渡りは基本的に男性のことを指し、女性は里に篭り子を育てるとされているが彼女は自ら風渡りになることを決めた。
というのも1年に1度は必ず帰ってくる風渡りだった父が妖の討伐に失敗し亡くなったと風が伝えに来た、けれど風は詳しくは教えてくれない。どのように、何故、どこで。それらには沈黙してしまう。
母は彼女が風渡りになることを反対したが、父の死の真相を知りたかった。少しすると風の声が止み、すすきは動きを止め静寂が訪れた。ゆっくりと少女の瞼が持ち上がり、深緑の瞳がここではない別の何処かを見るように一点を見つめた。
「向かいます」
一言伝えるようにぽつりと零すと、風は気を付けてと送り出すように彼女の頬を撫で、彼女は足を進めた。風渡りを必要としている場所へと。
風が伝えた場所は、獣人が住む獣の里。流れる川が水車を回し、真っ白な干したばかりのシーツが木で組まれた家の近くに干してはためいている。人とは違うふさふさとした獣の耳や尻尾を楽し気に弾ませながら子供たちが駆け回って、足を滑らせて水の中に落ちた後けらけら笑う様子を大人は苦笑しつつも微笑ましく見守っていた。どこまでも平和な光景がそこには広がっていて、この場所に災いが迫っているのかどうか首を傾げてしまう、風の声を聞き間違えたことはないはずなのに。
「おや、風渡り様ではありませんか」
彼女を見つけた若い男が声をかけてきた、獣人の特徴である茶色い髪に、頭付近から生えている長い耳と尻尾。
「旅の途中ですか?」
「はい、そのようなところです。しばらくここへと滞在したい。長はいますか?」
間違いかどうか判断するにはまだ早い、ここに少し滞在してから判断しても遅くは無いだろう。
「長は出払っていて、現在その息子である僕が代理を務めています」
「そうですか、滞在の許可をいただきたい。それと長が帰ってきたら話をしたいことがあります、聞けますか?」
目に見えて危険が無いのに、自分がどのような目的で来たのかを住民に話せば余計な混乱を招く、必要以上に不安にさせるつもりはない。だがこれが間違いであるかもしれないことを含めて長には伝えておかなければならないだろう。
「滞在はもちろんいいですよ。ただ長はしばらく戻れないので話でしたら僕が代理で聞きます」
しばらく戻れないとはどういうことか、何処か遠くに出払っている?長ともあろうものが?彼の言い方に引っかかりを覚えたが、理由を聞くのもはばかられた。彼に話たとして里を無闇に混乱させるようなことはしないだろう。
「分かりました、あなたに話しましょう」
「ここではなんですし家へといらしてください。そこのほうがゆっくり話せると思います」
彼はにこりと微笑んで歩き出し、後を付いて歩きながら里の様子を眺める。籠の中にたくさんの野菜を詰め込んだ女性は近くにいた別の人におすそ分けだといくつかの野菜を手渡していたし、すすきを持った男の子が建物の奥へと走ろうとすると危ないだろう坊主と男の人が連れ戻していた。子供が風渡りに気づき「風渡り様だ!」嬉しそうな声をあげた。
風渡りは人とも獣人とも違う、他の種族では持ちえない若草のような髪色と深い緑の瞳をしているからすぐに分かる。手を振られたので軽く会釈をして若君の後へと続き、少しして里の中でも一番大きく立派な建物の前に到着した。ここが彼の家らしい。木製の3段ほどしかない階段を上り玄関の扉を開く。
「ただいま」
「おかえりなさい、若様」
食卓の机に花を飾っていた黒髪の少女がふわりと微笑んで出迎えてくれた。その黒髪に風渡りは目を見張る、彼女は獣人ではなく人だ。
人と獣人の歴史はどこまで辿っても不仲でしかない、力仕事を得意とする獣人、知恵で道具を作ることを得意とする人。お互いに手を取り合えば素晴らしいことが起こるような予感はあるのだが、獣人はひ弱で口先ばかりの種族だと人を嫌っているし、人は暴力的な力だと獣人を嫌っている。その種族が一緒にいる。
「おかえりなさい」
もうひとつ後ろから幼い子供の声がして5歳くらいの女の子が出てきたが、若君を見て風渡りに気づいて、黒髪の少女の後ろに隠れてしまった。
それでもこちらが気になるのか少女の背中から顔半分だけ出してこちらを見ている。その子供もまた獣人ではなかった、人でもなかった。血のように真っ赤な瞳。黒髪からは獣人のような、けれどそれとは違う獣の耳が生えている、突如現れた予想外のものたちに風渡りは硬直する。
「お客様もいらっしゃい」
少女が頭を下げ肩で切りそろえられた髪が揺れた、子供のほうは隠れたまま風渡りと凝視している。
「はは、驚かせてしまいましたね。彼女は梅、自分の村にいられなくなってここへ逃げてきたんだ。その子の後ろに隠れているのは柚子といいます」
若君は穏やかに説明をしているが風渡りは少し身構える。頭を下げた少女は問題ではない、その後ろにいる小さな子供が問題だ、無害そうに見えるがこの種族を見たことはない。
「柚子、といいましたか。人でも獣人でもない。彼女は、」
なんだ。
「この子は、おねえちゃんと朔さん。人と妖の子なんです」
人と、妖の子供。そんなものが存在していることに驚く、妖といえば理性を持たないただのバケモノ。ここにその姉がいないということは彼女はその妖に殺された?
「朔さんはとてもいい方でした!おねえちゃんと朔さんはお互いをすごく思い合ってた。朔さんのこと悪く勘違いしないでください」
風渡りの雰囲気で悪い方向に考えたと分かったのだろう、怒ったように梅が言う。俄かには信じがたい話だが妹である彼女がいうのならそういうこともあるのだろう。風渡りといえどこの世の出来事を全て把握出来るわけではない。
「分かりました、勝手な勘違いをして申し訳ない」
風渡りは頭を深く下げた。
「頭を上げてください!分かってくれたのならいいですから」
彼女は慌てたように早口で言った。それから風渡りは椅子に座るよう促され手作りの椅子に座り、梅はお茶を淹れてきますと台所へと向かった数分後、おぼんにふたつの湯飲みを乗せて戻ってきた。緑茶はとても香りがよく、一口飲んでおいしいですと感想を伝えると梅はほっとしたように笑い、ここに自分が居ては会話の邪魔になると思ったのだろう柚子を連れ立ってこの部屋を出て行った。
「それで、話とは」
若君は出て行ったふたりに向けていた視線を風渡りに移し本題を切り出すように促した。
「風渡りが出向く意味を貴方もご存知かと思いますが、風の知らせでここが危機の場所だと知り、出向きました」
若君の表情の変化を見ようと彼の顔を見つめていたがなんの変化も無かった。
「ここはとても穏やかな場所です、風渡り様もその目で御覧になったのでは?」
「そうですね、そのように思えました。わたしたちも間違いを犯さないわけではない。聞き間違えということもあるかもしれません。少しの間ここを調べさせてもらってもかまわないでしょうか」
「えぇ、もちろんです。長の代理としても危険なことを放っておくわけにはいきませんから」
若君は穏やかに微笑んだがその目が笑っていないように見えた、何かを隠していると本能的に風渡りは思ったが、湯飲みを手にして熱いのを冷まそうと何度も息を吹きかけている彼を見て、自分がさっき見たのは何かの見間違いだったのかもしれないと思い直した。
そしてここにひとり、風渡りと呼ばれる少女が居た。風がすすき草原を撫でるなか瞳を閉じて風の声を聞く、風渡りは基本的に男性のことを指し、女性は里に篭り子を育てるとされているが彼女は自ら風渡りになることを決めた。
というのも1年に1度は必ず帰ってくる風渡りだった父が妖の討伐に失敗し亡くなったと風が伝えに来た、けれど風は詳しくは教えてくれない。どのように、何故、どこで。それらには沈黙してしまう。
母は彼女が風渡りになることを反対したが、父の死の真相を知りたかった。少しすると風の声が止み、すすきは動きを止め静寂が訪れた。ゆっくりと少女の瞼が持ち上がり、深緑の瞳がここではない別の何処かを見るように一点を見つめた。
「向かいます」
一言伝えるようにぽつりと零すと、風は気を付けてと送り出すように彼女の頬を撫で、彼女は足を進めた。風渡りを必要としている場所へと。
風が伝えた場所は、獣人が住む獣の里。流れる川が水車を回し、真っ白な干したばかりのシーツが木で組まれた家の近くに干してはためいている。人とは違うふさふさとした獣の耳や尻尾を楽し気に弾ませながら子供たちが駆け回って、足を滑らせて水の中に落ちた後けらけら笑う様子を大人は苦笑しつつも微笑ましく見守っていた。どこまでも平和な光景がそこには広がっていて、この場所に災いが迫っているのかどうか首を傾げてしまう、風の声を聞き間違えたことはないはずなのに。
「おや、風渡り様ではありませんか」
彼女を見つけた若い男が声をかけてきた、獣人の特徴である茶色い髪に、頭付近から生えている長い耳と尻尾。
「旅の途中ですか?」
「はい、そのようなところです。しばらくここへと滞在したい。長はいますか?」
間違いかどうか判断するにはまだ早い、ここに少し滞在してから判断しても遅くは無いだろう。
「長は出払っていて、現在その息子である僕が代理を務めています」
「そうですか、滞在の許可をいただきたい。それと長が帰ってきたら話をしたいことがあります、聞けますか?」
目に見えて危険が無いのに、自分がどのような目的で来たのかを住民に話せば余計な混乱を招く、必要以上に不安にさせるつもりはない。だがこれが間違いであるかもしれないことを含めて長には伝えておかなければならないだろう。
「滞在はもちろんいいですよ。ただ長はしばらく戻れないので話でしたら僕が代理で聞きます」
しばらく戻れないとはどういうことか、何処か遠くに出払っている?長ともあろうものが?彼の言い方に引っかかりを覚えたが、理由を聞くのもはばかられた。彼に話たとして里を無闇に混乱させるようなことはしないだろう。
「分かりました、あなたに話しましょう」
「ここではなんですし家へといらしてください。そこのほうがゆっくり話せると思います」
彼はにこりと微笑んで歩き出し、後を付いて歩きながら里の様子を眺める。籠の中にたくさんの野菜を詰め込んだ女性は近くにいた別の人におすそ分けだといくつかの野菜を手渡していたし、すすきを持った男の子が建物の奥へと走ろうとすると危ないだろう坊主と男の人が連れ戻していた。子供が風渡りに気づき「風渡り様だ!」嬉しそうな声をあげた。
風渡りは人とも獣人とも違う、他の種族では持ちえない若草のような髪色と深い緑の瞳をしているからすぐに分かる。手を振られたので軽く会釈をして若君の後へと続き、少しして里の中でも一番大きく立派な建物の前に到着した。ここが彼の家らしい。木製の3段ほどしかない階段を上り玄関の扉を開く。
「ただいま」
「おかえりなさい、若様」
食卓の机に花を飾っていた黒髪の少女がふわりと微笑んで出迎えてくれた。その黒髪に風渡りは目を見張る、彼女は獣人ではなく人だ。
人と獣人の歴史はどこまで辿っても不仲でしかない、力仕事を得意とする獣人、知恵で道具を作ることを得意とする人。お互いに手を取り合えば素晴らしいことが起こるような予感はあるのだが、獣人はひ弱で口先ばかりの種族だと人を嫌っているし、人は暴力的な力だと獣人を嫌っている。その種族が一緒にいる。
「おかえりなさい」
もうひとつ後ろから幼い子供の声がして5歳くらいの女の子が出てきたが、若君を見て風渡りに気づいて、黒髪の少女の後ろに隠れてしまった。
それでもこちらが気になるのか少女の背中から顔半分だけ出してこちらを見ている。その子供もまた獣人ではなかった、人でもなかった。血のように真っ赤な瞳。黒髪からは獣人のような、けれどそれとは違う獣の耳が生えている、突如現れた予想外のものたちに風渡りは硬直する。
「お客様もいらっしゃい」
少女が頭を下げ肩で切りそろえられた髪が揺れた、子供のほうは隠れたまま風渡りと凝視している。
「はは、驚かせてしまいましたね。彼女は梅、自分の村にいられなくなってここへ逃げてきたんだ。その子の後ろに隠れているのは柚子といいます」
若君は穏やかに説明をしているが風渡りは少し身構える。頭を下げた少女は問題ではない、その後ろにいる小さな子供が問題だ、無害そうに見えるがこの種族を見たことはない。
「柚子、といいましたか。人でも獣人でもない。彼女は、」
なんだ。
「この子は、おねえちゃんと朔さん。人と妖の子なんです」
人と、妖の子供。そんなものが存在していることに驚く、妖といえば理性を持たないただのバケモノ。ここにその姉がいないということは彼女はその妖に殺された?
「朔さんはとてもいい方でした!おねえちゃんと朔さんはお互いをすごく思い合ってた。朔さんのこと悪く勘違いしないでください」
風渡りの雰囲気で悪い方向に考えたと分かったのだろう、怒ったように梅が言う。俄かには信じがたい話だが妹である彼女がいうのならそういうこともあるのだろう。風渡りといえどこの世の出来事を全て把握出来るわけではない。
「分かりました、勝手な勘違いをして申し訳ない」
風渡りは頭を深く下げた。
「頭を上げてください!分かってくれたのならいいですから」
彼女は慌てたように早口で言った。それから風渡りは椅子に座るよう促され手作りの椅子に座り、梅はお茶を淹れてきますと台所へと向かった数分後、おぼんにふたつの湯飲みを乗せて戻ってきた。緑茶はとても香りがよく、一口飲んでおいしいですと感想を伝えると梅はほっとしたように笑い、ここに自分が居ては会話の邪魔になると思ったのだろう柚子を連れ立ってこの部屋を出て行った。
「それで、話とは」
若君は出て行ったふたりに向けていた視線を風渡りに移し本題を切り出すように促した。
「風渡りが出向く意味を貴方もご存知かと思いますが、風の知らせでここが危機の場所だと知り、出向きました」
若君の表情の変化を見ようと彼の顔を見つめていたがなんの変化も無かった。
「ここはとても穏やかな場所です、風渡り様もその目で御覧になったのでは?」
「そうですね、そのように思えました。わたしたちも間違いを犯さないわけではない。聞き間違えということもあるかもしれません。少しの間ここを調べさせてもらってもかまわないでしょうか」
「えぇ、もちろんです。長の代理としても危険なことを放っておくわけにはいきませんから」
若君は穏やかに微笑んだがその目が笑っていないように見えた、何かを隠していると本能的に風渡りは思ったが、湯飲みを手にして熱いのを冷まそうと何度も息を吹きかけている彼を見て、自分がさっき見たのは何かの見間違いだったのかもしれないと思い直した。
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