風渡り

すもも

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宴会

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あっさりと偵察の許可をした若君は梅を呼び、この小さな里には宿というものはないためこの家に滞在することになった旨を伝えると、梅は嫌な顔一つせずに頷いた。客間へと案内してくれるという彼女の後ろを歩く、床がぎしりと音を立てて抜けてしまうのではないかとひやりとしたものの、何者かが侵入した時に音が鳴るように昔の人がそう設計したのだと教えてくれた。

「わたしも長から聞いた受け売りなんですけどね」

感心する風渡りに梅は笑って見せた、細長い廊下だが両脇の障子から柔らかい灯りが漏れているため、暗さは感じない。ひとつ、ふたつ、と障子を通り越してみっつめの障子の前で足を止めて右手の障子を引く、和紙は所々継ぎはぎされた跡があったが、それが桜を象っているおかげでおかしなものには見えなかった。
客間は6畳程で広い部屋ではなかったが、畳のい草の香りが心を和ませたし、日当たりもいい、何時誰が来てもいいように掃除が丁寧に行き届いていた。

「手前の部屋は私と柚子の部屋になってます。用立てがあったら声かけてください」
「ありがとう、私はもう少し外を見て回りたいと思います。荷物をここに置いておいてもかまわないでしょうか」
「はい、もちろんです」

梅が頷いたので、荷物を置き振り返ると障子の片隅から探るように見ている柚子の姿があった、けれど視線が合うとさっと隠れてしまう。梅は苦笑していたが、風渡りは気にすることなく外へ出ることに決めた。
注意深く見て行けば何か変わったことが起こっているかもしれないし、これから何かが起こるにしても予測することは必要だ。

ぎしりと鳴る廊下を渡って外に出る、空は綺麗な夕焼け、風の声は聞こえない。
視線を空から戻すと夕飯の準備をする時間帯のためか、外で野菜を洗ったり、お皿を運んだり、夕食の準備をしている者たちが目に入った。

里をぐるりと一周回ってみることにする。普通に歩けばすぐに一周回ってしまうが、風渡りはひとつひとつ丁寧に見ていった。
建物と建物の間、水車小屋の周りからなかまで。けれど平和そのもので何も不自由なことがないように見受けられた、話を聞いてみても風渡りが出向くような困ったことは起こっていないようだ。子供の寝相が悪い、旦那の酒好きにも困ったものだ。些細な家庭の事情くらいしか出てこない。平和が一番、平和でなにより。その筈なのだが、なんだか嫌な胸騒ぎがする。

探るように視線を動かして家々が立ち並ぶ間を覗き込む、里へ足を踏み入れた時に子供が入り込もうとして大人に怒られていた場所。手入れもされずに草が伸び放題、木々が鬱蒼と覆い茂っていた、他は綺麗に整えられているのにここだけが妙だ。気になった風渡りは調べてみようと一歩足を踏み出した。

「風渡り様」

声がかかり振り向くとほっとした表情の梅がそこに立っていた。

「探したのですよ、どこに行ってしまったのかと思いました。夕飯の支度が整いました」
「ありがとう。この奥には何かあるのですか?」

林の奥を指す、手つかずの荒れ放題になっているこの場所を見て、梅は不思議そうに首を傾げて指の先を見る。

「ただの行き止まりだと思いますよ」

簡潔な答えが返ってきた、彼女の表情から何か隠し事をしていないかを探ろうとしたが、彼女は本当に何も知らないように見えた。

「そうですか。ところで夕食はあなたが?」
「ふふ、その答えは“はい”であり“いいえ”です」

梅は楽しそうに目を細めた。

梅に連れられて長の家へと戻るとそこは宴会場となっていた。大きな長机の上にはおいしそうな料理が並び、獣人達が所狭しと並んでいて、風渡りを見ると嬉しそうに顔を綻ばせた。
風渡りが訪れた場所の住民は大体不安そうな顔をしているものだが、旅の道中でここへ寄ったとしか思っていないからこその歓迎だった。

「今回の主役の登場だ!ささ、風渡り様、どうぞ座って」

肩幅の広い豪快な男が彼女を招き座らせる。戸惑いながら風渡りは獣人たちを見回した。

「ふふっ。驚いたでしょう。風渡り様が居るって知った里の皆が歓迎会をやろうって話になったんです」

梅は嬉しそうににこにこと笑う。こうして歓迎して貰えるのは追い出されるよりもいいが、風の声を聞いてやって来た身としては胸中複雑だ。

「さ、揃ったことだし!乾杯と行こう!!」

先ほどの肩幅の広い男が豪快に笑いながら杯を掲げる、周りの者もそれに習い上へと掲げ風渡りもそれに習った。

「かんぱーいっ!!」

明るい声が響き渡った。好んで酒を飲むほうではないが、こういう場になれば少しは嗜む。一口含んでみると甘い香りが口腔内を満たした。

「おいしい」

酒というものはアルコールばかり強くてあまり味を楽しむようなものではなかったのに、ここの酒は甘くて口当たりがいい。

「おお!それはよかった!!畑で作っている果実で作った酒なんだ!ほら、まだまだあるから飲んでくだせぇ!」

にかっと笑みを浮かべて赤い色の液体の入った瓶を風渡りに見せる。

「ありがとうございます」

礼は言ったものの、あまり飲んでも次の日がつらくなるからそれ以上酒に手を出そうとは思わなかった。

「風渡り様はどうして女の子なの?」

子供が近づいてきて風渡りにそんな質問を投げかけた。大人なら聞かないようなことでも、子供は自分が疑問に思ったら聞いてくる。
その子供の母親だろうと思われる女性は「そういうことを聞くものじゃありません」と嗜めた、父親のことは隠しているわけではないが積極的に話すことでもない。母親が止めに入ったので理由を話すことはなかった。

「風渡り様は色々なところを旅してきたんでしょう!どんなところに行ったの?」
「わぁ!それは私も聞いてみたいです!」

子供だけではなく、梅もきらきらと目を輝かせた。その梅に張り付くようにして座っていた柚子は風渡りを見上げ、関心を示したようだった。そういう質問なら大歓迎だ。彼女はにこりと微笑むと興味深そうにこちらを見てくる子供や、大人に向かって話し始めた。

ひとつずつ思い出しながら語っていく、海の近くで暮らし魚を取って生活をしている人達のこと、膨大に広がる砂の砂漠、また別の場所では塩の砂漠があるということなどを話した、里の者たちは見たことのない風景に関心したり驚いたりしていた。彼女がひとつの話を終える度に、それからそれから?と子供が急かす。

「みなさん、今日はこのくらいでお開きにしましょう。風渡り様は今日来られたばかりで疲れているし、それにまだすぐに行ってしまうわけでもない」

若君がそれに終止符を打った。あれだけあった酒も食べ物も綺麗に皿から消えていた。

「そうね、それに小さい子はもう眠たそうにしてるし」

梅はこくりこくりと船を漕いでいる柚子を見て笑みを零した。
そうして宴はお開きになった、里のものは自分達で持ち込んだものをいそいそと持ち帰っている、風渡りも手伝おうかと声をかけたものの「客人に片付けをさせえるわけにはいきません」と断られてしまった。
その言葉に甘えることにして、風渡りは外の空気を吸おうと家を出た。満点の星空が広がっている下で風が吹いて、ざわざわとすすきを揺らす。

目を瞑って声を聞く、風の声は変わらなかった。
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