白と静寂の短編集

すもも

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無機質なぬくもり

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冷たく無機質なプラスチック、すべすべしてて、つるつるしてて、生き物とは呼べないそれは畳の上に敷かれた座布団の上に大人しく座っていた。おすわりとお手、あと声に反応してわんと鳴いて見せるだけの面白みのない犬の形をしたロボット。おばあちゃんの家に来るたびに同じ行動しかしないそれを、こんなおもちゃの何処が面白いんだろうと首を傾げる。だって、わたしの家にいるねねは尻尾をくるくる追いかけ回したり、一緒にかけっこをしたり、食べたいと思っていたお肉を盗られてしまった時には、ひどい!って思ったけれど、でも一緒にいて楽しい、もふもふした毛並みは暖かいし、とってもかわいい。それに比べておばあちゃんの家のロボット犬とこれば、機械のぎいぎいした音でのんびりと動くだけだし、一緒に散歩だって行けない。数日で飽きちゃう単なるおもちゃ。なのにおばあちゃんはそれを大切にしている。名前はタロウ丸。 おばあちゃんはタロちゃんて可愛がっている。座布団から抱き上げるとわたしの座っている縁側までやって来て、自分の横に置いて日向ぼっこさせている。機械だから日向ぼっこなんて必要ないよ。わたしが言うと、おばあちゃんはタロちゃんだって太陽が大好きなのよ。なんて言いながら、つるつるしたプラスチックを撫でている。顔も何も変わらないのに、おばあちゃんは喜んでると笑う。よく分からない。

「おばあちゃん。うちのねねに会いにおいでよ。ねねはもっとたくさん動くよ。もっと笑うし、もっと色んなことが出来るよ!」

縁側で足をぶらぶらさせながらわたしが言う。おばあちゃんは剥いてくれたみかんをわたしに差し出しながら笑う。

「わたしはおばあちゃんだからね。体が痛くて遠くに行けないんよ」
「そうなの?じゃあねねを散歩に連れてきてあげる」
「ほほ。うれしいねえ」

でも、それからしばらくわたしはおばあちゃんの家には行かなかった。雨が降ったら散歩はお休み。ねねは体が濡れるのを嫌うから、雨の日に散歩に行きたがらない。



ようやく雨が上がった日。わたしはおばあちゃんとの約束を叶えるためにねねのさんぽを自分からするよとお母さんに言った。ひとりだから遠くはダメよ。というお母さんの言葉に頷くけれど、おばあちゃんの家が少し遠いのは内緒。ねねと一緒におばあちゃんのところへ駆けていく。きっとおばあちゃんは喜んでくれる。ロボット犬でさえあんなに可愛がっているのだもの。わたしが走り出さなくてもねねは久しぶりの散歩に飛び上がって喜んで、走り出した。息を切らしながらもおばあちゃんの家へと到着する。でも何時もと様子が違った。おばあちゃんひとりで暮らしているはずの小さな家にたくさんの黒い服の大人がいる。なんだか不気味でわたしは家の裏にまわってこっそりと庭に入った。縁側から見える部屋もたくさんの黒服の大人が溢れて、お線香の匂いがした。黒服の人が砂を人差し指でつまんでお辞儀をしてまた落として。よく分からないことをしている。ここはおばあちゃんの家なのに、どうしてこんなことをしてるの?おばあちゃんは何処?きょろきょろと目を動かして黒服のなかにおばあちゃんが居ないかを探す。でも見つからない。この人たちが隠してしまったのかもしれない、悪い人たちかもしれない。警察に言った方がいいのかな。

「こんにちは。佐々木さんに会いに来たの?」

わたしに気づいた黒服の女の人が話しかけてきた。

「ささきさん?おばあちゃんに会いに来たの。ここにひとりで住んでいたおばあちゃんよ。ねねを連れてきてあげるって約束したの」

ねねのリードを強く握って話しかけてきた黒服の女の人に言う。

「…そうだったの。佐々木さん、おばあちゃんは、長い眠りについてしまったの。挨拶してあげて」

眠り?黒服の女の人はわたしに家に上がるように言ってきた。おばあちゃんはわたしがこんにちは!と挨拶するといつもお入りと家に入れてくれた。みかんも剥いてくれたし、一緒にお汁粉を食べたこともある。わたしはねねのリードを縁側の足に縛ってから、戸惑いながら家に上がる。女の人が大人の人の間に入って連れて行ってくれた。おばあちゃんがいた。手を組んで真っ白な着物みたいなのを着て眠ってる。

「おばあちゃん?こんにちは!ねぇ、起きて、今日は約束してたねねを連れてきたんだよ!遊びに来たよ!なんでこんなところで変な格好して寝てるの?ねえ起きてよ」

黒服の大人の人が息を飲んだ音が聞こえた。どうしてか起きないおばあちゃんの手に触ろうと手を伸ばす。かさかさしててちょっと冷たい手。手を握るとわたしの手をあったかいねえってにこにこ笑ってくれた。でも今触った手はいつも以上に冷たかった。びっくりして手を引いてしまう。何があったの?どうして?頭がこんがらがる。そんなわたしの肩を女の人が優しく止めた。

「おばあちゃんは、長い眠りについたのよ」

よく分からない。

「……死んでしまったの。もう、動けないのよ」

黒い服の女の人に言われてようやくこの人たちがなんなのか知った。お葬式。死んでしまった人のお見送りする儀式。わたしのおじいちゃん、おばあちゃんはとても元気で、お葬式を見たことが無かった。これがそうなんだ。もう。動かないんだ。

「そんな。おばあちゃん、せっかく、ねねを連れてきたのに」

ねねは優しい子だからタロウ丸とだって仲良くなれた筈なのに。…タロウ丸。タロウ丸は何処?タロウ丸がいつもいる畳の上の座布団には大人の人が居るばかりでタロウ丸がいない。わたしはきょろきょろと目を動かしてタロウ丸を探した。いた。縁側のすみっこに横になって倒れている。ただのオモチャ。犬の形をしたロボット。そのはずなのにタロウ丸はおばあちゃんを亡くして悲しんでいるように見えた、泣いているように見えた。タロウ丸に近づいて体を起こして、抱きしめてあげた。無機質なプラスチック、すべすべしてて、つるつるしてて、冷たいはずのタロウ丸はあたたかかった。 
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