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気配
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セルフィーユはその後食事を一緒にとり、仕事があるのだと部屋を後にした。魔王の仕事って何だろう。
結局お腹が鳴るまで続けられて、果てた後に食事というデジャブ。セルフィーユの近くにいると身体を重ね続けられる。彼は驚異的な体力を持っているのだと思う。
「さすがにだるい…」
そりゃだるいよね。寝ても覚めてもセルフィーユが襲ってくるのだもの。
何なのあの獣。魔王ってそう言うことか。
しかし、セルフィーユは凛花を抱き続けると、必ず哀しげに口付ける。
生まれ変わりとか言われているが、ラキティスさんを失った哀しみから立ち上がれていないのではないだろうか。
生まれ変わりはとりあえずスルーする。さすがにそこは簡単に納得できない。
「いてて」
私、身体あんまり柔らかくないんだよね。だからかな、開脚しすぎて股関節痛い。しかし気持ち良さが強すぎて、情事中気にならない罠。後から使いすぎた感満載。
冗談めいているが、もうね、冗談言ってないと恥ずかしいんだよ。何連戦してると思ってるの?かつてないよ。
ベッドに転がるのは何となく恥ずかしいので、ソファーにごろりと転がり、休憩を決め込む。お風呂も入ったので再び眠くなると言う、恐ろしいルーティン。眠ったらまた隣にいそうで怖い。
着替える時に鏡で見た自分の身体には、セルフィーユが遠慮なしにつけた痕がこれでもかと残っていた。首とか胸とか、腹とか太ももとか、ありとあらゆる場所に、点々と。激しいくせに優しく愛撫して、凛花の恥部を露わにする。
白銀の妖精は、獣のような魔王だった。何だ魔王って。魔王って全身黒づくめじゃないの?真っ白だよ、あの人。むしろ天使じゃない?妖精王って言われた方が納得する。
しかし本当に頭の左右に象牙のような角がある。出し入れ収納可能な角だけれど。
「その魔王様が、私のこと愛してるって」
言ってて照れると言うより、笑えるのだが。そんな人に見染められる人間じゃありません。
「むしろ黒いからか」
呟いて納得する。自分は社長相手に必殺ちゃぶ台返しを行おうと言う欲求を持つ者である。いや、やっとけば良かったなあ。後悔先に立たず。
黒い自分に見初められるのもどうかと思うので、やはり人違い説は濃厚なままだ。その勘違いのせいで、セルフィーユは不思議なことを言っていた。何と言っていただろうか。
「ちょっかい出してくるって言ってたっけ?この城に人がいるってこと?」
まだ見ぬ三人目の人間。いるのならばここのことを聞きたいのだが。セルフィーユだと、どうも話が先に進まない。進まないって、セルフィーユがすぐ始めるからなのだが。
問うのはやめて部屋に一人心地る。しかし暇なので、再び散策に出た。
書庫はもう避けて、別の場所へと移動する。中庭に行きたいが外に出るなと言われたので、屋上を目指す。塔があるらしく、そこから周囲が見下ろせるらしい。
塔なので外ではないと思う。
螺旋階段をひたすら上り、いつの間にかついてきていた小鳥たちと上へ上と歩く。
「ぴっぴぴ。ぴっぴぴ」
人懐こい鳥たちは、大きな目を瞬かせて小さく飛び上がりながらついてきた。健気さがかわいい。
「落ちないようにねー」
丸っこいので、間違えて転げたら一番下まで落ちていきそうだ。そうならないように、小鳥たちを確認しながら上へと目指す。
「ぴっぴぴ、ぴっぴぴ」
リズミカルな音が行進しているみたいだ。鳴き声に合わせて歩んでいくと、螺旋階段が一度途切れて踊り場に出た。
「うわ、大きい絵」
踊り場の壁に掛けられた金色の額縁に入る大きな絵に、花畑と女性が描かれている。後ろ背で顔が見えないが、長い黒髪の女性だ。背景が山と湖なので、おそらく外の景色だろう。
「もしかして、ラキティスさん?」
肖像画でなく風景画のようだ。遠目にある山の方向を見ていて、景色は綺麗だが少し寂しさを感じる。セルフィーユでも一緒に描かれていれば仲睦まじい絵に見えるのに、一人の女性だけなため物悲しい。
何だか変な絵だなあ。こんなに大きな絵ならば女性が正面を向いていた方が綺麗に見える。しかし女性は後ろ姿で、まるで遠くを臨む女性に声も掛けられず、後ろから見ているみたいだった。
景色はこの城を出た先の湖とその山だ。人の住む村はその先と言っただろうか。確かに周囲には村らしきものがなく、この不思議な城がどすんと建っているだけ。そこに住む一人の魔王。
魔王って人単位でいいのかな。一人?一体?
そして自分の後ろには不思議な鳥がぴっぴぴ鳴いている。他にも生き物はいるのだろう。魔王の城にいるならば、魔物?
そこにどうしてラキティスさんは訪れたのだろうか。その先の村から来たんだよね。小さな村から一人訪れて、セルフィーユと愛し合ったのだろうか。
セルフィーユが自分にしたように。
何だか、もやもやする気がするような、ないような。かぶりを振って絵に背を向ける。ラキティスが見ている先は山際。その先に彼女の村があるのだろう。それを見つめるのはセルフィーユ。
「ラキティスさんは、何で死んじゃったんだろうね」
「ぴっぴー」
呟きに鳥が首を傾げた。首と言うか体というか、数匹が同じ方向に傾く。
「まあ、私が気にすることじゃないか…」
絵を見るとあまりいい想像ができない。それは考えないようにして、城捜索を再開する。
「しかし広いねえ。もう既に迷子だよ」
踊り場から廊下に出て、左右を見回す。ずっと奥にテラスがあるか、外が見えた。今度はそちらに行こうと足を進めると、さっと何かが廊下を横切った。
黒い何か。人ではないが、結構大きめの巨体を持った何かだ。後ろで鳥たちが人の背に隠れる。
「え、なに。何かいるの??」
「ぴぴー」
鳥たちは怯えるように人の背に隠れたが、黒い何かは一瞬で通り過ぎたまま、他に何かが通る様子はない。鳥たちはそろそろと顔を出してきた。
「何だったのかな?何か担いでたような感じだったけれど」
「ぴぴー」
鳥たちは頭を傾けるだけだ。セルフィーユが現れても鳥たちは逃げるので、この城の住人が廊下を歩んでいても逃げそうな気がする。
「誰か荷物持って歩いていたのかもね」
「ぴー」
鳥たちの鳴き声を肯定と受け止めて、凛花は先程影が通った廊下へ進んだ。テラスの前に長い廊下が横切っている。右を見ても左を見ても廊下の雰囲気は同じだ。前にテラスがあり、奥に扉があるだけ。先ほど通った黒い影は部屋から出てきて廊下を通り、部屋に入っていったようだ。
廊下に面したテラスは何面もあるガラスに封じられている。そこから外に出ると山が良く見えた。こちらは城の裏面になるようだ。花畑の見える方向と違い山がとても近く、山と山が重なって見える。
花畑が表とするならばこちらは間違いなく裏だ。山は薄暗く霧が立ち込めていて遠目がよく見えない。空も濁って見えて黒い渦が見えるようだった。
「景色悪いね。こんなに広いテラスなのに」
廊下一面のテラスである。部屋まで続いているようだが、テラスから部屋が見えてしまわないだろうか。覗いたら失礼極まりない。
「う、さむっ」
山上はうっすらと雪化粧している。そのせいか流れてくる風がひどく冷たい。踵を返して凛花はテラスを後にしようとした。その瞬間、山から強風が凛花の背に吹きつけた。
否、大きな羽が羽ばたき、凛花の背に覆い被さるように降りてきたのだ。
背中に衝撃があったと同時、天地が逆転したかと思うと目の前が暗転した。
「誰だ。お前」
「いたっ」
背中に重力がかかる。その力によって地面に這いつくばったのに気付いた。何かに吹っ飛ばされたのか、自分はうつ伏せになって廊下に転がっている。そして何かが自分の背中を押し続けていた。
「見ないやつだな」
声と共に背中の重力が増す。著しい痛みが踏み付けられているのだと気付くのに時間は掛からない。声の主は不機嫌そうに言いながら足に力を入れる。重みに息が出来なくなりそうだ。腕の力で起きあがろうとしてもびくともしない。
「誰だと聞いている」
不機嫌な声は低さを増した。男の声で聞いたことのない声。返事をしろと怒りを滲ませられても背中を踏まれているせいで声が出ない。圧迫された肺と心臓が押し潰れそうになって、呻き声を上げるしかない。
途端髪を後部に引っ張られる。
「いたっ」
「女?人間?」
その言い方は何だ。髪を引きながら男は顔を向けた。見たことのない若い男。黒の髪と黒の目を持った、見慣れた色を纏っている。しかしのんびりと顔を眺めていられない。男は髪を引いたまま人を引き上げた。
「いたい、痛いってば!」
髪の毛が抜ける音が聞こえるようだ。人の背に足を乗せたまま髪など引っ張ればちぎれて当たり前。そのまま引き抜いたら腰も海老反りに曲がる。
「何で人間がここにいる。まだ生き残りがいたのか?」
怒りを滲ませていた声が急にとぼけた声に変わった。その声を出すといきなり手を離すので、べしりと地面に落とされた。
打ちつけた顎は何とか無事だ。ただぱらりと髪の毛が地面に落ちたのに目がいった。男の手から自分の髪の毛が引っこ抜かれたようだ。
「ごほっ。ちょっと、何なの、ごほ。ごほごほ」
背中の重みが消えて急いで体を丸める。男の体重のせいで声が掠れ、息を大きく吸ったせいでむせてしまう。
息継ぎのできないままでもこの状況に追いやった男を鋭く睨みつけた。
濡羽色の髪はうねって前髪が眉間に垂れ、漆黒の闇のような瞳は長いまつ毛で飾られている。白い肌に紅でも塗ったような唇が女性のようだ。しかし体格は男のそれで、鳥のような羽が背中に乗っていた。
そして、男のこめかみ上に羊のような角が小さく生えていた。
セルフィーユが見せてくれた角よりずっと小さいが、きっと同じ物だと思われる。
「誰…?」
「それはこちらの台詞だが?こんなところに何で人間がいる?どこから迷い込んだ」
背中の羽を不満げにばさりと広げて、男は偉そうにふんぞり返った。
「勝手に入り込んだか。生き残りがいたとは知らなかったな」
先程から何を言っているのだろう。男はやはり不機嫌そうに言って、人の手を無遠慮に引いた。
肩が抜けるほど強く引かれ、痛いと口にする前に、膝に痛みが走った。
「え?」
一瞬のこと。城の廊下にいたのに、廊下の冷たい研磨された石ではなく、小石や泥が膝に擦れた。
汚れ一つない美しい廊下の壁もテラスから見える景色も消え、冷えた風が肌に当たり、周囲の雰囲気が変化していたのに気付く。
「ここは…?」
燃えて炭になった柱がいくつも見える。一階建てのログハウスのような建物が何軒かあったか、しかし全て燃えて木組だけになった廃墟だ。村だったのか、それは等間隔で建てられていたが、けれど全てが燃え終え燻されたような跡になっていた。
家の周りは花壇のように石で囲まれていたが、咲いていたのは雑草で手入れもされていない。全て燃えてしまった廃村のようだ。
結局お腹が鳴るまで続けられて、果てた後に食事というデジャブ。セルフィーユの近くにいると身体を重ね続けられる。彼は驚異的な体力を持っているのだと思う。
「さすがにだるい…」
そりゃだるいよね。寝ても覚めてもセルフィーユが襲ってくるのだもの。
何なのあの獣。魔王ってそう言うことか。
しかし、セルフィーユは凛花を抱き続けると、必ず哀しげに口付ける。
生まれ変わりとか言われているが、ラキティスさんを失った哀しみから立ち上がれていないのではないだろうか。
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私、身体あんまり柔らかくないんだよね。だからかな、開脚しすぎて股関節痛い。しかし気持ち良さが強すぎて、情事中気にならない罠。後から使いすぎた感満載。
冗談めいているが、もうね、冗談言ってないと恥ずかしいんだよ。何連戦してると思ってるの?かつてないよ。
ベッドに転がるのは何となく恥ずかしいので、ソファーにごろりと転がり、休憩を決め込む。お風呂も入ったので再び眠くなると言う、恐ろしいルーティン。眠ったらまた隣にいそうで怖い。
着替える時に鏡で見た自分の身体には、セルフィーユが遠慮なしにつけた痕がこれでもかと残っていた。首とか胸とか、腹とか太ももとか、ありとあらゆる場所に、点々と。激しいくせに優しく愛撫して、凛花の恥部を露わにする。
白銀の妖精は、獣のような魔王だった。何だ魔王って。魔王って全身黒づくめじゃないの?真っ白だよ、あの人。むしろ天使じゃない?妖精王って言われた方が納得する。
しかし本当に頭の左右に象牙のような角がある。出し入れ収納可能な角だけれど。
「その魔王様が、私のこと愛してるって」
言ってて照れると言うより、笑えるのだが。そんな人に見染められる人間じゃありません。
「むしろ黒いからか」
呟いて納得する。自分は社長相手に必殺ちゃぶ台返しを行おうと言う欲求を持つ者である。いや、やっとけば良かったなあ。後悔先に立たず。
黒い自分に見初められるのもどうかと思うので、やはり人違い説は濃厚なままだ。その勘違いのせいで、セルフィーユは不思議なことを言っていた。何と言っていただろうか。
「ちょっかい出してくるって言ってたっけ?この城に人がいるってこと?」
まだ見ぬ三人目の人間。いるのならばここのことを聞きたいのだが。セルフィーユだと、どうも話が先に進まない。進まないって、セルフィーユがすぐ始めるからなのだが。
問うのはやめて部屋に一人心地る。しかし暇なので、再び散策に出た。
書庫はもう避けて、別の場所へと移動する。中庭に行きたいが外に出るなと言われたので、屋上を目指す。塔があるらしく、そこから周囲が見下ろせるらしい。
塔なので外ではないと思う。
螺旋階段をひたすら上り、いつの間にかついてきていた小鳥たちと上へ上と歩く。
「ぴっぴぴ。ぴっぴぴ」
人懐こい鳥たちは、大きな目を瞬かせて小さく飛び上がりながらついてきた。健気さがかわいい。
「落ちないようにねー」
丸っこいので、間違えて転げたら一番下まで落ちていきそうだ。そうならないように、小鳥たちを確認しながら上へと目指す。
「ぴっぴぴ、ぴっぴぴ」
リズミカルな音が行進しているみたいだ。鳴き声に合わせて歩んでいくと、螺旋階段が一度途切れて踊り場に出た。
「うわ、大きい絵」
踊り場の壁に掛けられた金色の額縁に入る大きな絵に、花畑と女性が描かれている。後ろ背で顔が見えないが、長い黒髪の女性だ。背景が山と湖なので、おそらく外の景色だろう。
「もしかして、ラキティスさん?」
肖像画でなく風景画のようだ。遠目にある山の方向を見ていて、景色は綺麗だが少し寂しさを感じる。セルフィーユでも一緒に描かれていれば仲睦まじい絵に見えるのに、一人の女性だけなため物悲しい。
何だか変な絵だなあ。こんなに大きな絵ならば女性が正面を向いていた方が綺麗に見える。しかし女性は後ろ姿で、まるで遠くを臨む女性に声も掛けられず、後ろから見ているみたいだった。
景色はこの城を出た先の湖とその山だ。人の住む村はその先と言っただろうか。確かに周囲には村らしきものがなく、この不思議な城がどすんと建っているだけ。そこに住む一人の魔王。
魔王って人単位でいいのかな。一人?一体?
そして自分の後ろには不思議な鳥がぴっぴぴ鳴いている。他にも生き物はいるのだろう。魔王の城にいるならば、魔物?
そこにどうしてラキティスさんは訪れたのだろうか。その先の村から来たんだよね。小さな村から一人訪れて、セルフィーユと愛し合ったのだろうか。
セルフィーユが自分にしたように。
何だか、もやもやする気がするような、ないような。かぶりを振って絵に背を向ける。ラキティスが見ている先は山際。その先に彼女の村があるのだろう。それを見つめるのはセルフィーユ。
「ラキティスさんは、何で死んじゃったんだろうね」
「ぴっぴー」
呟きに鳥が首を傾げた。首と言うか体というか、数匹が同じ方向に傾く。
「まあ、私が気にすることじゃないか…」
絵を見るとあまりいい想像ができない。それは考えないようにして、城捜索を再開する。
「しかし広いねえ。もう既に迷子だよ」
踊り場から廊下に出て、左右を見回す。ずっと奥にテラスがあるか、外が見えた。今度はそちらに行こうと足を進めると、さっと何かが廊下を横切った。
黒い何か。人ではないが、結構大きめの巨体を持った何かだ。後ろで鳥たちが人の背に隠れる。
「え、なに。何かいるの??」
「ぴぴー」
鳥たちは怯えるように人の背に隠れたが、黒い何かは一瞬で通り過ぎたまま、他に何かが通る様子はない。鳥たちはそろそろと顔を出してきた。
「何だったのかな?何か担いでたような感じだったけれど」
「ぴぴー」
鳥たちは頭を傾けるだけだ。セルフィーユが現れても鳥たちは逃げるので、この城の住人が廊下を歩んでいても逃げそうな気がする。
「誰か荷物持って歩いていたのかもね」
「ぴー」
鳥たちの鳴き声を肯定と受け止めて、凛花は先程影が通った廊下へ進んだ。テラスの前に長い廊下が横切っている。右を見ても左を見ても廊下の雰囲気は同じだ。前にテラスがあり、奥に扉があるだけ。先ほど通った黒い影は部屋から出てきて廊下を通り、部屋に入っていったようだ。
廊下に面したテラスは何面もあるガラスに封じられている。そこから外に出ると山が良く見えた。こちらは城の裏面になるようだ。花畑の見える方向と違い山がとても近く、山と山が重なって見える。
花畑が表とするならばこちらは間違いなく裏だ。山は薄暗く霧が立ち込めていて遠目がよく見えない。空も濁って見えて黒い渦が見えるようだった。
「景色悪いね。こんなに広いテラスなのに」
廊下一面のテラスである。部屋まで続いているようだが、テラスから部屋が見えてしまわないだろうか。覗いたら失礼極まりない。
「う、さむっ」
山上はうっすらと雪化粧している。そのせいか流れてくる風がひどく冷たい。踵を返して凛花はテラスを後にしようとした。その瞬間、山から強風が凛花の背に吹きつけた。
否、大きな羽が羽ばたき、凛花の背に覆い被さるように降りてきたのだ。
背中に衝撃があったと同時、天地が逆転したかと思うと目の前が暗転した。
「誰だ。お前」
「いたっ」
背中に重力がかかる。その力によって地面に這いつくばったのに気付いた。何かに吹っ飛ばされたのか、自分はうつ伏せになって廊下に転がっている。そして何かが自分の背中を押し続けていた。
「見ないやつだな」
声と共に背中の重力が増す。著しい痛みが踏み付けられているのだと気付くのに時間は掛からない。声の主は不機嫌そうに言いながら足に力を入れる。重みに息が出来なくなりそうだ。腕の力で起きあがろうとしてもびくともしない。
「誰だと聞いている」
不機嫌な声は低さを増した。男の声で聞いたことのない声。返事をしろと怒りを滲ませられても背中を踏まれているせいで声が出ない。圧迫された肺と心臓が押し潰れそうになって、呻き声を上げるしかない。
途端髪を後部に引っ張られる。
「いたっ」
「女?人間?」
その言い方は何だ。髪を引きながら男は顔を向けた。見たことのない若い男。黒の髪と黒の目を持った、見慣れた色を纏っている。しかしのんびりと顔を眺めていられない。男は髪を引いたまま人を引き上げた。
「いたい、痛いってば!」
髪の毛が抜ける音が聞こえるようだ。人の背に足を乗せたまま髪など引っ張ればちぎれて当たり前。そのまま引き抜いたら腰も海老反りに曲がる。
「何で人間がここにいる。まだ生き残りがいたのか?」
怒りを滲ませていた声が急にとぼけた声に変わった。その声を出すといきなり手を離すので、べしりと地面に落とされた。
打ちつけた顎は何とか無事だ。ただぱらりと髪の毛が地面に落ちたのに目がいった。男の手から自分の髪の毛が引っこ抜かれたようだ。
「ごほっ。ちょっと、何なの、ごほ。ごほごほ」
背中の重みが消えて急いで体を丸める。男の体重のせいで声が掠れ、息を大きく吸ったせいでむせてしまう。
息継ぎのできないままでもこの状況に追いやった男を鋭く睨みつけた。
濡羽色の髪はうねって前髪が眉間に垂れ、漆黒の闇のような瞳は長いまつ毛で飾られている。白い肌に紅でも塗ったような唇が女性のようだ。しかし体格は男のそれで、鳥のような羽が背中に乗っていた。
そして、男のこめかみ上に羊のような角が小さく生えていた。
セルフィーユが見せてくれた角よりずっと小さいが、きっと同じ物だと思われる。
「誰…?」
「それはこちらの台詞だが?こんなところに何で人間がいる?どこから迷い込んだ」
背中の羽を不満げにばさりと広げて、男は偉そうにふんぞり返った。
「勝手に入り込んだか。生き残りがいたとは知らなかったな」
先程から何を言っているのだろう。男はやはり不機嫌そうに言って、人の手を無遠慮に引いた。
肩が抜けるほど強く引かれ、痛いと口にする前に、膝に痛みが走った。
「え?」
一瞬のこと。城の廊下にいたのに、廊下の冷たい研磨された石ではなく、小石や泥が膝に擦れた。
汚れ一つない美しい廊下の壁もテラスから見える景色も消え、冷えた風が肌に当たり、周囲の雰囲気が変化していたのに気付く。
「ここは…?」
燃えて炭になった柱がいくつも見える。一階建てのログハウスのような建物が何軒かあったか、しかし全て燃えて木組だけになった廃墟だ。村だったのか、それは等間隔で建てられていたが、けれど全てが燃え終え燻されたような跡になっていた。
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